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Turning Point 17

 成人の日、私たちは『新年聖会』に参加するため、大阪にある教会に行った。
 この聖会も、昔は2日か3日のどちらか聖日(日曜日のこと信者はこう呼ぶ)に当たらなかった方にしていたのだが、ハッピーマンデー法が施行され、一月の第二月曜日が確実に休みになった昨今、この日に固定された。
 とは言え、大阪から離れているウチの教会からの参加者は少ないし、翌日から新学期が始まるため、子供たちも留守番だ。だが、行ってみると、小学生は予想通りいなかったが、中高生は結構いて、夏の教団キャンプで知り合ったメンバーから、
「今日は菅沼くん来てへんの?」
と残念がられてしまった。その話をすると、安藤先生が、
「ゴールデンウイークに青年大会があるんです。私も参加しますから、良かったら拓也くんを乗せていきますよ」
と言うので、
「そんな、ご迷惑じゃないですか?」
私は恐縮してそう返したが、
「いいえ、明日美ちゃんや御国くんも一緒に行きますから」
安藤先生は笑顔でそう返した。明日美ちゃんが行くと知ったら、拓也は他に用事ができたってそれを蹴ってでも行きたがるだろう。
「じゃぁ、お願いします」
篤志もそう思ってか、ニヤニヤしながら先生にお願いした。

 そして、聖会が終わってそろそろ帰ろうとしていたとき、私たちに慌てて近づいてくる人がいた。博美さんの姉、曳津順子さんだ。
「菅沼さん、いらしてたんですね。
受洗おめでとうございます」
順子さんはにこにこしながらそう言って頭を下げた。
 洗礼式当日、初めておめでとうといわれたときには面食らったが、信者にとって受洗は、第二の誕生日とも言える日。『生まれ変わっておめでとう』ということなのだろう。
「ありがとうございます」
「あの時は、主人が失礼なことを申しましてすいませんでした」
続いて順子さんは、ちょっと恐縮したようにそう言った。
「いいえ、普通はあれが正しいと思いますから。
それに、曳津先生のあの一言がなければ、あの場所で博美さんの許し言葉も聞けなかった訳ですし、すべては御心なんだって今は思ってます」
そう、自分たちを離婚に追い込んだ女に、『感謝します』と言いきれるのはどこからきてるのだろう……それが私たちの救いの初穂だった。
「主人がね、ヒロたちが離婚したとき、『人の思いに勝る神の御思いを感じる』って言ってたんです。あの時はその意味が分かりませんでしたけど、振り返ってみて、本当にそうだなぁと思って」
「そうですよね、俺たちみたいなのを救うのに、神様なんでこんなに頑張るかなって」
順子さんの言葉に、篤志がそんな相づちを打つ。
「それが神様の愛なんですよね。
ヒロもね、菅沼さんたちの受洗の報告の電話でね、『私って本当にいろんなところを通らせてもらって、ホントに神様に愛されてるよね』ってしみじみ言ってました」
病気も離婚も再会も死別も全てを神様に愛されていることと言い切る博美さん。私はそこまでの信仰は持ってないけれど、神様は本当に思いもしない方法でご自分の民を興される。ただ、愛の故に。
 
 そして今、その愛の中におかれていることを本当に幸せだと思った。

Turning Point 16 

 私たちが教会員になった年が終わり、新しい年が始まった。

 そして、一年の始まりは教会から。日本の教会全部ではないが、一月一日に元日礼拝を挙行する教会は多い。今でこそコンビニやスーパーなど営業していたりするが、昔はみな休みだったし、初詣の意味合いもある。年の始めに神様に祈りを捧げるのだから、行く場所は違えど、歴とした初詣だろう。
 私は、家を継いでいる弟の正貴にも、
「朝初詣に行って、昼から行くわ」
と言っておいた。

 実は私は、私たち夫婦がクリスマスに受洗したことを私の親兄弟には話していなかった。ウチの両親は不惑もすぎた娘の決断に水を差すような親ではないと思うが、それでも、一応家の宗教と呼ばれるものはあったりするから、あまり良い顔はしないだろうと思ったからだ。

 それでも、食前感謝の祈りとか言葉の端々に出るみことばとか、感謝という台詞で、何かが違うと親も気づいたらしい。
「なんか変な宗教にはまっとるんやねぇやろね」
と、心配気に母に言われて、ちゃんとした教会で受洗したと話した。
「まぁ、篤志さんも一緒なんやし、仏壇は正貴が継ぐから、お母さんは何も言わんけどな」
と言いつつ、母は複雑な表情だった。
 それに対して私は、
「何も変な宗教じゃないし、本当に長年の重荷が取り去られた……」
と、救いのあかしを力説しようとしたが、篤志にそれをやんわりと制された。不満げな私に、篤志は帰りの車の中で、
「いきなりまくし立ててもたぶん却って受け入れてもらえなくて、心配されるだけだ。
それより、これからの俺たちの生きざまを見てもらおう」
と言った。確かに、先輩はその生き様で大胆にあかしして、そのおかげで私達は救われたんだけれど、ふつう先に逝くのは親だ。手を拱いている内に伝わらないまま終わってしまうなんてことにもなりかねない。すると篤志は、
「大丈夫、祈り続けていれば、きっと話す機会はいくらでも神様がくださるさ」
と言って、一旦車を路肩に止めて、私の肉親の救いの導きを祈ってから車を発進させた。

 

Turning Point 15

 求道者(信者ではなく教会に来ている人々を教会ではそう言う)が神様を信じて洗礼を受けたいと申し出た時、教会は直ちに洗礼を施したりはしない。洗礼準備会(教団によって、若干名称が違うところもあるようだが)というものをして、本当にその人に確かな信仰があるのかを確かめてからしか、洗礼式は行わない。

 先輩が亡くなってから急遽洗礼式を行えたのも、数週間後のペンテコステに受洗が決まっており、粗方の準備会の日程を終了していたからだと聞いた。
 何故そこまでガードを堅くしているのだろうと思わないこともないが、その昔はバレれば死ぬという時代もあったのだから、信仰表明にはそれなりの覚悟をもてということなのだろうか。
 
 私たちはその洗礼準備会でこの教団の基本的な教理を学び、決心までの経緯をあかしとして認めた。
 私はもちろん、先輩への想いから始まった神様の不思議な導きを綴ったのだが、
「どうせ、週報に織り込むんだから先に読んでも良いぞ」
と言われて篤志に見せられた彼のそれを見て、私は少なからず驚いた。そこには彼もまた先輩に対してずっと罪の意識を感じていたことが綴られていたからだ。
 
 私より二年入社の遅い篤志は、最初から私が好きだったようだ。しかし、当時の私は先輩しか眼中になかったし、そうでなくても年下の篤志は私にとって対象外だった。
 篤志は、先輩が妻帯者なのにも関わらず、何かと私を頼りにする(本当は大学時代から知っていた分、頼みやすかっただけなんだろうけれど)ことを疎ましく思っていたようだ。
 先輩と博美さんが別れた時、当然それは私を得るためだと思って、憎しみすら抱いたという。
 だけど、先輩は私の手を取ることはなかったし、それで篤志は私を得た訳だけれど、結婚して15年あまり、篤志は私が先輩に対してまだ想いを残しているのだと分かっていた。 
 そうして行った前夜式で私のとった行動で、私の先輩に残している想いが恋情ではなく、後悔であることを知った篤志は、正直ホッとしたという。

 さらに 、私を許し教会に誘う博美さんに興味を持った。というより、どちらかと言えば、こんな風に言ってはいるがそれは絶対にパフォーマンスだろうと。いつかしっぽを出すのを楽しみにしているという、いささか意地の悪い感情から教会に通いだしたのだった。
 
 だけど、博美さんにそんな裏表などあろうはずもなく、毎週通う内、篤志は教会生活の中で次第に自分の中に潜む罪と向き合うようになっていき、悔い改めに導かれた。
 私のように、明確に罪の自覚がある者の方が、実は救われ易いのだそうだ。そうかもしれない、人間的な物差しでは、自分の罪を認識することは難しい。神の物差しで見て初めて人は、自分が罪の存在だと気づくことができるのだ。

『義人はいない、一人もいない』
御子によって赦されて初めて人は神の前にたてる。だから、私も赦されて主の前にたちたい。篤志のあかしはそんな言葉で締められていた。

「でも、ちょっと長すぎるんじゃない?」
しかし、パソコンで綿々と書かれたそれは、原稿用紙で一体何枚になるんだろうと思われる量だ。
「ああ。最終的にはもう少し端折ろうと思ってる。けどさ、安藤先生と冴子にはきっちし一から全部見せときたくてな。
でないと、一緒に祈れないだろ」
「何で?」
この赤裸々なあかしと、祈りに何の関係があるのだろう。
「カッコつけちまうからだよ」
そうか、祈りは神との対話だが、一人で祈るときはともかく、複数で祈るときはえてして人の方を向いてしまいがちだ。
 私はこれから祈りあっていこうという篤志の気持ちに胸が熱くなった。

 ちなみに後日このあかしを持っていったら、安藤先生は
『そのままでいいですよ』
と言われた。なんでも、安藤先生の母教会(自分が信仰を持った教会のこと)の青年で、ルーズリーフ28枚にわたって綿々と書いた当時大学生の兄弟がいたとのこと。もちろん、母教会の先生はそれを小冊子にして週報に添付したという。
「俺のは本とまではいかないけどな」
上には上がいるもんだと、篤志は苦笑していた。
 

Turning Point 14

 私はただ、『信じます』と言っただけだ。しかも、礼拝中だったから、声に出して言った訳じゃない。
 だけど、その一言で私の世界は劇的に変わった。
 
 私は自分で思う以上に『あの一言』を悔やんでいたのだと思う。先輩の離婚劇の真相を知り、博美さんの置かれていた状況を知ってからは特に。その重石が一気に取り除かれて、赦されたという喜びが全身をかけ巡って、許されるならその場で踊りだしたかもしれない。
「冴子?」
号泣に近い私を隣の篤志は心配そうに見つめる。その篤志に口パクで『後でね』告げると、私はまた前を向く。程なくして、安藤先生のメッセージが終わった。
 そして私は、礼拝が終わるのもそこそこに自分の決心を安藤先生に伝えた。安藤先生はもう大喜びで、すぐに博美さんと篤志を招き寄せた。
 
 博美さんは私よりも大泣きでその報告を聞き、篤志は、
「決心のみことばがローマ書だなんて、おまえかっこ良すぎだろ」
と言い、
「どんどん先に行くなよな」
と言ったが、その顔は笑顔だった。

 不思議なもので、御子を受け入れたとたん、それまで難しいとばかり思っていた聖書の言葉は、それからどの架書も自分に向けて書かれているように感じるし、日々のデボーションが全く苦にならなくなっていた。
 それどころか、衒(てら)いがあるからと篤志とのデボーションを自分で断ったのに、以後の私は毎朝、その日の聖句と所感を彼に報告するのが日課になった。
 負けず嫌いの篤志は、そんな私の変わりように焦ったのかもしれない。それが、ノー残業デーの水曜日にあることも手伝って、祈祷会に熱心に参加するようになり、私から遅れること一月、彼もまた御子を主として受け入れた。

 そして、クリスマス礼拝のこの日、私たちは夫婦揃って主の家族として新しい歩みを始めた。

 私たちの洗礼式を見て、博美さんはまた号泣していた。
 先輩の前夜式の時、私に感謝すると言った博美さん。あのとき、私はその意味が分からなかったけれど、思えばあのときから、いや、私が先輩と博美さんをやっかんであんな発言をしたときから、この救いは始まっていたのだろうと思う。

 本当に……神様の導きは不思議だ。


【家を建てる者の退けた石が隅の親石となる。
これは主の御業。
私たちの目には驚くべきこと。
今日こそ主の御業の日
今日を喜び祝い、喜び踊ろう】

   

Turning Point 13

 その翌週の安藤先生のメッセージは、ローマの信徒への手紙からだった。
 ローマの信徒への手紙というのは、パウロの書簡集と呼ばれているものの一つ。パウロは半隷属されているユダヤ人の中にあって、ローマの市民権を持っているエリート。当時のユダヤのセレブリティーだ。
 当然高学歴なので、その考えは深いのだが表現方法は難解……私には無理と逃げ腰な部分だったのだが、この日のメッセージはぐいぐいと私の中に染み込んできた。
 
 神様を知って従いたいと思っているのに、やっぱり日々の生活に流されていく自分。何よりその根底には、自分が言ったことで先輩と博美さんを不幸にしたという事実。
 実はパウロ自身が新しい教えに従い始めたユダヤ教徒を迫害する最先鋒として、各地を巡っていたときに、復活した御子と出会い、劇的な人生の転換を経て大伝道者となっていったと知ったのはつい最近のことだ。

「あなたは自分は罪を犯した。もう、許されてはならないと思ってはいませんか」
安藤先生はその朝も、持ち前の高めの優しい声で説きはじめる。
「しかし、パウロが言うように、神の眼から見れば私たちは誰もが罪人です。
よく罪を負債にたとえることがありますが、
たとえばAさんが1兆円の借金をしていて、Bさんは3兆円、Cさんは10兆円の借金をしていたとします。
人間的には額の大小を問いがちですが、神様にとって額の大小はまったく問題ではありません。
問題は、人間は皆等しく神に大きな負債を抱えていて、人間の力ではだれもその負債を返すことができないのだということです。
しかし、人にできないことも神にはできます。
神は御子をこの世に下してくださいました。そして、その御子を信じる者の罪を許してくださるのです。
いいえ、それを言うならば、私たちはもう許されています。神様からの一方的な恵みで私たちは既にそれを受け取っているのですから。
私たちはそれを受け止め、ただ一言、『御子のゆえにそれを信じます』と言えばそれで良いのです」

 本当に、信じますと言うだけで良いのだろうか。何だか怖くて『信じます』の一言が心の中でさえ言いたいのに言えない。
 
 その時、私は、パウロはかつて迫害する側の人間であったことを思い出した。
信じる者は敵であった者でも受け入れる御子。それは一方的な神様からの愛。
『そう、君はそのままで良いんだよ。そのままの君を愛している』
どこからともなく聞こえてきたそんな声に押されて『信じます』と決意したとたん、私は涙があふれて止まらなくなった。

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