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Turning Point 15

 求道者(信者ではなく教会に来ている人々を教会ではそう言う)が神様を信じて洗礼を受けたいと申し出た時、教会は直ちに洗礼を施したりはしない。洗礼準備会(教団によって、若干名称が違うところもあるようだが)というものをして、本当にその人に確かな信仰があるのかを確かめてからしか、洗礼式は行わない。

 先輩が亡くなってから急遽洗礼式を行えたのも、数週間後のペンテコステに受洗が決まっており、粗方の準備会の日程を終了していたからだと聞いた。
 何故そこまでガードを堅くしているのだろうと思わないこともないが、その昔はバレれば死ぬという時代もあったのだから、信仰表明にはそれなりの覚悟をもてということなのだろうか。
 
 私たちはその洗礼準備会でこの教団の基本的な教理を学び、決心までの経緯をあかしとして認めた。
 私はもちろん、先輩への想いから始まった神様の不思議な導きを綴ったのだが、
「どうせ、週報に織り込むんだから先に読んでも良いぞ」
と言われて篤志に見せられた彼のそれを見て、私は少なからず驚いた。そこには彼もまた先輩に対してずっと罪の意識を感じていたことが綴られていたからだ。
 
 私より二年入社の遅い篤志は、最初から私が好きだったようだ。しかし、当時の私は先輩しか眼中になかったし、そうでなくても年下の篤志は私にとって対象外だった。
 篤志は、先輩が妻帯者なのにも関わらず、何かと私を頼りにする(本当は大学時代から知っていた分、頼みやすかっただけなんだろうけれど)ことを疎ましく思っていたようだ。
 先輩と博美さんが別れた時、当然それは私を得るためだと思って、憎しみすら抱いたという。
 だけど、先輩は私の手を取ることはなかったし、それで篤志は私を得た訳だけれど、結婚して15年あまり、篤志は私が先輩に対してまだ想いを残しているのだと分かっていた。 
 そうして行った前夜式で私のとった行動で、私の先輩に残している想いが恋情ではなく、後悔であることを知った篤志は、正直ホッとしたという。

 さらに 、私を許し教会に誘う博美さんに興味を持った。というより、どちらかと言えば、こんな風に言ってはいるがそれは絶対にパフォーマンスだろうと。いつかしっぽを出すのを楽しみにしているという、いささか意地の悪い感情から教会に通いだしたのだった。
 
 だけど、博美さんにそんな裏表などあろうはずもなく、毎週通う内、篤志は教会生活の中で次第に自分の中に潜む罪と向き合うようになっていき、悔い改めに導かれた。
 私のように、明確に罪の自覚がある者の方が、実は救われ易いのだそうだ。そうかもしれない、人間的な物差しでは、自分の罪を認識することは難しい。神の物差しで見て初めて人は、自分が罪の存在だと気づくことができるのだ。

『義人はいない、一人もいない』
御子によって赦されて初めて人は神の前にたてる。だから、私も赦されて主の前にたちたい。篤志のあかしはそんな言葉で締められていた。

「でも、ちょっと長すぎるんじゃない?」
しかし、パソコンで綿々と書かれたそれは、原稿用紙で一体何枚になるんだろうと思われる量だ。
「ああ。最終的にはもう少し端折ろうと思ってる。けどさ、安藤先生と冴子にはきっちし一から全部見せときたくてな。
でないと、一緒に祈れないだろ」
「何で?」
この赤裸々なあかしと、祈りに何の関係があるのだろう。
「カッコつけちまうからだよ」
そうか、祈りは神との対話だが、一人で祈るときはともかく、複数で祈るときはえてして人の方を向いてしまいがちだ。
 私はこれから祈りあっていこうという篤志の気持ちに胸が熱くなった。

 ちなみに後日このあかしを持っていったら、安藤先生は
『そのままでいいですよ』
と言われた。なんでも、安藤先生の母教会(自分が信仰を持った教会のこと)の青年で、ルーズリーフ28枚にわたって綿々と書いた当時大学生の兄弟がいたとのこと。もちろん、母教会の先生はそれを小冊子にして週報に添付したという。
「俺のは本とまではいかないけどな」
上には上がいるもんだと、篤志は苦笑していた。
 
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