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Turning Point 13

 その翌週の安藤先生のメッセージは、ローマの信徒への手紙からだった。
 ローマの信徒への手紙というのは、パウロの書簡集と呼ばれているものの一つ。パウロは半隷属されているユダヤ人の中にあって、ローマの市民権を持っているエリート。当時のユダヤのセレブリティーだ。
 当然高学歴なので、その考えは深いのだが表現方法は難解……私には無理と逃げ腰な部分だったのだが、この日のメッセージはぐいぐいと私の中に染み込んできた。
 
 神様を知って従いたいと思っているのに、やっぱり日々の生活に流されていく自分。何よりその根底には、自分が言ったことで先輩と博美さんを不幸にしたという事実。
 実はパウロ自身が新しい教えに従い始めたユダヤ教徒を迫害する最先鋒として、各地を巡っていたときに、復活した御子と出会い、劇的な人生の転換を経て大伝道者となっていったと知ったのはつい最近のことだ。

「あなたは自分は罪を犯した。もう、許されてはならないと思ってはいませんか」
安藤先生はその朝も、持ち前の高めの優しい声で説きはじめる。
「しかし、パウロが言うように、神の眼から見れば私たちは誰もが罪人です。
よく罪を負債にたとえることがありますが、
たとえばAさんが1兆円の借金をしていて、Bさんは3兆円、Cさんは10兆円の借金をしていたとします。
人間的には額の大小を問いがちですが、神様にとって額の大小はまったく問題ではありません。
問題は、人間は皆等しく神に大きな負債を抱えていて、人間の力ではだれもその負債を返すことができないのだということです。
しかし、人にできないことも神にはできます。
神は御子をこの世に下してくださいました。そして、その御子を信じる者の罪を許してくださるのです。
いいえ、それを言うならば、私たちはもう許されています。神様からの一方的な恵みで私たちは既にそれを受け取っているのですから。
私たちはそれを受け止め、ただ一言、『御子のゆえにそれを信じます』と言えばそれで良いのです」

 本当に、信じますと言うだけで良いのだろうか。何だか怖くて『信じます』の一言が心の中でさえ言いたいのに言えない。
 
 その時、私は、パウロはかつて迫害する側の人間であったことを思い出した。
信じる者は敵であった者でも受け入れる御子。それは一方的な神様からの愛。
『そう、君はそのままで良いんだよ。そのままの君を愛している』
どこからともなく聞こえてきたそんな声に押されて『信じます』と決意したとたん、私は涙があふれて止まらなくなった。
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