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赤ちゃんパニック 21

「本当に申し訳ありませんでした。いきなり殴りかかったりするなんて。でも、中司さんが心の広い方で本当に良かった。こいつを放り出した後、そのまま交渉に応じてくださったときにはホッとしましたよ」
女顔の社員に続いて、最初に声を掛けてきた上司と思しき男性も彰教に笑顔で頭を下げる。と言うことは、彼が昨日の交渉相手なのだろう。
「もう、本当にそのことは良いですよ」
彰教は面倒臭そうにそう言った。本当に昨日の契約交渉が恙無くいったのなら、後のことは思い出したくない、それが本音だった。
 
「満福珈琲のお客様は?」
「ここです」
その時、店員が珈琲を持って現れ、女顔の社員が自分たちの席に店員を導く。彼らのテーブルに置かれた『満福珈琲』は、先ほど彰教が訝りながら飲んだそれだった。案の定、上司はその珈琲を見て固まっている。とりあえず彼は店員を見送った後、
「宮本、コレ醤油の間違いじゃねぇのか」
と言った。それを聞いて彰教は思い出す。そうだ、あの女顔の社員は宮本と言う名字だった。俺はあの時、あまりよく顔をみないまま名刺を差し出されて、宮本美久という名前を、みやもとみくと読んだ。そして名刺から目をはずして改めてその人物の顔を見たんだ。
 で、俺はキレた。女を寄せ付けないと聞いていた誰かが、変に気を回して女に男の格好をさせたと思ったのだ。そんなことをされるくらいなら最初から女のままの方がまだましだと。 
 しかし、彼は男装をしていた訳ではなく、本当に男性だった。しかも、普段から女みたいだと言われているのがコンプレックスになっているらしく、彼は自分がクライアントだと言うことも忘れて、激怒して、
『あなたなんか、もう一度赤ちゃんからやり直せばいいんです』
とヒステリックに叫んだ。
 だが、そこまでは鮮明に思い出すのに、その後のことが全く思い出せない。交渉したという上司の名前はおろか、交渉内容もちっとも思い出さないことに、彰教はまた焦り始める。
 いや、まてよ? そうだ。交渉しているのなら名刺が残っているはず。彰教は一縷の望みを託して名刺入れを見た。そこには、件の宮本美久の名刺とともに、『櫟原株式会社 会長補佐 鮎川幸太郎』の名刺が入っていた。助かったと思った。だが、鮎川という名字に、
(鮎川……そうそう、あの女性はあの男を家でそう呼んでいた)
と、やはり連鎖的に母親代わりの女性の顔がちらつく。彰教は名前が分かった安堵感のあと、またあの忌まわしい記憶に引きずられて、無意識にため息をついていた。
「うぇ、こんなモンがホントに美味いのか?」
 一方、鮎川は珈琲カップを持ったもののまだそう言って飲むのをためらっていた。
「美味しいですよ、いくらここが長居できるからって、肝心のコーヒーが不味かったら、僕たちも贔屓にしませんよ」
唯でさえ金のない高校生はその辺シビアですよと、その言葉に宮本はそう返していた。
「いや、私も最初びっくりしましたが、このコーヒー、なかなかですよ。鮎川さんも熱い内にどうぞ」
自分と違って、せっかくできたてがそこにあるのだから。彰教はそう思いながら鮎川に勧めた。
「そうですか、そいじゃぁ……ホントだ。色に似合わずすっきりしてる。中司さんのような洗練された方が、通われることはあるな」
そして、彰教に勧められた鮎川は、一口飲んでそう言って口角を上げたが、
「じゃぁ、お前はなんでプリンなんて食ってやんだよ」
と言って、宮本を睨む。
「それは、彼が……」
宮本が口ごもっていると、彼の座っている席の奥から、
「お店にプリンがあればそれは食べなければならないでしょ、鮎川様」
と、声がする。しかも、その声は宮本そっくりだ。彰教は思わず身を乗り出して彼らの座席をのぞき込んでしまう。そこで宮本の奥の座席に座っていたのは、茄子紺の奇妙な衣装に身を包んだ、宮本そっくりの奴だった。
(宮本も双子か。しかし、こいつはさらに性別が分からないな)
 こいつも櫟原の社員か? 休日だからってこんな奇妙な恰好をしている社員のいる会社とライセンス契約などして本当に良かったのだろうか。彰教が昨日の契約に一抹の不安を感じた時、その宮本その2の向かい側の席から聞こえてきた声に彼は身体を硬直させることになる。
「そうよね、あんたどんだけにプリンが好きなのよ、トール。ねぇ鮎川、昨日私たちが迎えに行ったときも、この子ジャンボプリンパフェ完食してたのよ」
昨日の今日でまたプリン食べる? 普通。と笑い転げながら話しているのは、昨日一日彼の母親代わりとして、甲斐甲斐しく世話をしてくれたあの女性だったからだ。














 





 
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