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赤ちゃんパニック 16

「せ、先輩、捨てられたってどういうことですか」
確か、中司さんは自社の御曹司だったはず。その彼が母親に捨てられたってどういうこと?
「あぁ、正確に言えば少なくともこいつはそう思っているだろうってことだ」
そう言って、先輩は中司さんについて調べ上げたことを話始めた。こういうデータ収集が先輩はとんでもなく得意だ。
 今こんな風にして成り行きで社長見習いなんかしてるけど、一般社員のままでリストラとかされることになっても、十分探偵として食っていけるんじゃないかと思うほど。情報ソースはもちろん明かしてはくれないけど、どっからそんな重箱の隅みたいな情報を見つけてくるんだといつも思う。その点で谷山先輩の婿選びはホントに正しかったと思うんだよね。
「こいつには公表はしてないが双子の弟がいる。母親は5歳の時、その弟だけをつれて中司の家を出た。
それまででもこいつの母親は、こいつを放っておいて弟ばかりにかまっていたって話だから、こいつに良い母親の記憶なんざ一つもないんだろう。挙げ句の果てに、弟だけを連れて家を出ちまったんだから、捨てられたと言っても過言じゃねぇ」
「どうしてですか、その弟様というのはそれほどすばらしい能力がある方だったんですか?」
以外と親は平等に子供を愛さないものですけどね、とセルディオさん。
「そうじゃない、いや? ある意味そうかもしれねぇが。宮本、サヴァンシンドロームって言葉を知ってっか」
「サヴァンって……イデオ・サヴァンのこと?」
先輩は、そう言って僕にその質問を振ってきた。それに対して僕は頭を振ったけど、代わりに谷山先輩がその言葉に反応してぼそっとそう尋ねる。
「ああ、それだ。イデオが不快語に当たるから、今はそう呼ばれている。知的な障害を持つ代わりに、芸術面に特化している奴のことだ。サヴァンってのは、フランス語で賢人って意味。ちなみにイデオは白痴だけどよ。こいつの弟、寺田彰幸(てらだあきゆき)は、そのサヴァンシンドロームなんだよ」
(ミシェル……)
知的障害という言葉に、僕とセルディオさんは一人の人物を思い浮かべて同時に息をのむ。
「双子で生まれてきたこともあって、こいつと弟の反応の差は一目瞭然で、周りは早い内に弟の発達障害を認識した。
で、母親はその手のかかる弟の発達を促すのにかかりきりになった。
んなもん誰のせいでもないんだが、自分が生んだ子供の障害に罪悪感を感じる母親は意外と多い。
けどよ、それが父方の親――つまり、こいつのジジババだ――には気に食わなかったんだよ。
『こんな子は中司家の恥』
『跡取りを放っておいて、そんなバカに構うなんて以ての外だ』
とかさんざんに言いまくって、端金で母親と弟とを屋敷から叩き出したってのが本当のとこだ」
「そんなのひどいよ」
それを聞いて、谷山先輩が中司さんを改めて胸元に寄せる。
「んで、当のこいつには『母親はお前を捨てて出ていった』と吹き込んだ。元々あんまし構われてなかったのは事実だし、実質こいつを育てたババは自分たちを正当化するために母親をこき下ろし続けたからな、こいつはそんなババにもウザさを感じてすっかり女自体がダメになっちまったって訳」
「かわいそう、彰教ちゃん。今日はずっと一緒にいてあげますからね」
中司さんの女嫌いの理由(わけ)を全部聞き終わった谷山先輩はそう言って、彼に頬ずりをした。
「確かに不幸って言ゃぁ不幸だが……だからって、おまえが母性本能発揮してどーすんだよ」
「だって、ずっと愛されてなかったんでしょ。悲しいじゃない」
だって、こうしていられるのは今晩だけなんだし抱き癖もつかないからと、谷山先輩。
「ついたらどーすんだよっ! 他全部ダメなのにお前だけOKとかなったら!!」
そして、抱き癖という単語に過剰に反応した先輩は再び中司さんを彼女から引きはがそうとする。
 先輩、そうなってもどうもしないでしょ。中司さんが縦しんば谷山先輩に恋い焦がれても、先輩たちが相思相愛ならそれで無問題。完全に先輩のヤキモチなんだよね。
 ……でも、この二人に男の子が生まれたら、案外毎日こういうやりとりが聞けるかもしれないな。そう思って笑いを必死でこらえる僕たちに、
「おい、宮本、ビクトール、何笑ってやんだ。コレは重大な問題なんだぞ」
と、先輩だけが一人苦虫をかみつぶしたような顔でどっかとソファーに座り直した。













 





 
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