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天使の休息 後編

 それから一週間……
 アイザックは後悔していた。
(お外で遊んじゃいけなかったんだ。ミシェルはずっと病気だったのに……)
 父上がボクをミシェルのお部屋に入れてくれないのはきっと怒ってるんだと。
 アイザックがそんなことを考えながら自室で膝を抱えていると、そこにエリーサが入ってきた。
「ははうえ、ミシェル大丈夫? ボク、ごめんなさい。ちちうえ怒ってる?」
アイザックは、あふれてきた思いを整理できないまま、次々と口にする。
「いいえ、お父様は怒ってらっしゃらないわ。それに、ミシェルの目が覚めたの」
「ミシェル、起きたの!」
ミシェルが起きたと聞いて、まだ幼い彼はそれが元気になったと同義だと捉える。加えて、
「ええ、あなたにご本読んでほしいって」
と、ミシェルからそんなお願いをされれば、彼のテンションが一気に浮上するのは当然のことだろう。
「うん、行ってくるっ!!」
アイザックはぱぁっと顔を輝かせて、本棚にある一冊の絵本を取りだした。それは男の子とぬいぐるみが大冒険する物語。デニスがミシェルとシェリルを主人公にして書いたものだ。
 実はアイザックはまだ文字が読めない。しかし、その本はミシェルとともに何度も何度も母から読んでもらっているものなので、彼はページを開くだけで母そっくりの口調でそれを『読む』事ができるのだ。
 元気よく飛び出して行ったアイザックには、部屋に残った母エリーサが一人声を押し殺して泣いていた事を知る由もなかった。
 
 アイザックはいそいそとミシェルの部屋に入ろうとしたが、その中の空気の張りつめ具合に一瞬立ち止まった。ミシェルの元気になったとは言えないその姿と、父や祖母、伯父までが詰めている状況に気後れしてしまったのだ。それに気づいた父親の、
「ザック、入っておいで」
と言う声でやっと入室できた彼は、素早く父親の脇にへばりつく。
「ミシェル、アイザックが来たわよ」
クラウディアがミシェルの髪を撫でながら優しくそう言う。それを聞いてミシェルは、
「ごほん、よんで」
と、全身から絞り出すような声でアイザックにささやきかけた。
「うん」
アイザックは絵本を開いた。あとはノンストップで読み進めるだけだ。抑揚をつけて語っていくにつれてアイザックは物語に集中して周りの緊張感を忘れていった。
 そして、アイザックは、
「おしまいっ」
と元気よく叫ぶと、どや顔でミシェルを見る。ミシェルは穏やかに微笑んで、傍らのシェリルを今一度引き寄せると、
「おもしろかった、ありがと、またね」
と言って、すーっとまた眠りの-今度は覚めることのない-世界に旅立っていった。周囲に嗚咽の漏れる中、
「あれぇ、ミシェルまた寝ちゃったのぉ」
とアイザックだけがその意味を解らずつまらなそうにしていた。

 翌日からアイザックはまたミシェルの部屋に入れてもらえなくなった。ミシェルとはあれからお庭で一回会ったきりだ。
(ミシェルはそのときもずっと眠ってたけど)
(いつになったら、ミシェルとまた遊べるのかなぁ)
アイザックがそんなことを思いながらミシェルの部屋の前に立っていたときのことだ。
「ザック、久しぶりだな」
そう言って声をかけてきたのは、デニスだ。デニスは父の古い友人だが、ミシェルとも仲がいい。
「ミシェルに会いに来たの? でも、ミシェルの部屋には入れないよ」
「知ってるよ、ミシェルはもうここにはいないからな」
「えっ、ミシェルいないの?」
ミシェルがいないと聞いてアイザックは驚いた。
「ああ、ミシェルはな、シェリルと新しい旅に出たんだ。今日はそれをザックに伝えに来た」
デニスは、屈んでアイザックに目線を合わせてそう言った。
「ミシェルが旅?」
「そうだ、アシュレーンでゾウを見てくると言ってた。それだけじゃない、いろんなとこでいろんな物を見てくるそうだ。だから、しばらくは帰れない。でも、時々連絡をくれるそうだ」
まだ小さいアイザックはミシェルにもう会えない理由をそんなデニスの説明で納得したようだった。
「ミシェル旅に出たのかぁ、ボクも行きたかったな」
アイザックはちょっと残念そうにそう言った。すると、デニスは頷きながら、
「ザックもいつかは行ける」
と返した。
「ボクもいつか行けるの?」
「ああ、いつかはな。ただまだまだずーっと、ずーっと先だ。きっと、その時にはミシェルが迎えに来てくれる」
「ホントに?」
「ああ、本当だ。だからそれまでいい子で待てるな」
ミシェルにまた会えると、瞳を輝かせたアイザックの頭を撫でながら、デニスはそう言った。しかし、笑っているその眼にうっすらと涙が浮かんでいることに、アイザックは気づかなかった。

-ガッシュタルト城、執務室-

「先ほどは、どうもありがとうございます。」
「見ていたのか、セルディオ」
執務室に入った途端、立ち上がって頭を下げるビクトールに、デニスは照れながらそう返した。
「はい、ザックはあれから毎日あそこで長い間立っているものですから。正直、あの子にミシェルの死をどう説明すればいいのか迷っていたんです」
それに対して、ビクトールがため息をつきながらそう答えた。
「そうだな、下手にストレートに話すと、雪遊びの件があるから自分のせいでミシェルを死なせたと思うだろうしな。ザックが嘆き悲しむ姿をミシェルはそれこそ望まんだろう」
デニスは脇に置いてある椅子にどっかりとふんぞり返ると、
「それにあれはな、儂の次回作の執筆宣言だ」
と続ける。
「あの物語の続きを書いてくれるのですか、ザックのために」
「ザックのためじゃない、儂自身のためだ。儂が自分の中で昇華させたいのだ。あやつはある意味儂の理想だからな」
「あなたの理想?」
「そうだ、血として王に一番近い位置にいながら王にはなれなかった、あやつと儂はどことなく境遇が似ている。むしろ自由に動けない分、あやつの方が悲惨だ。
なのに、あやつはいつも笑っている。嘆くことを知らないのだからな。最初は見てて悲しくなったぞ。
だけどな、それはあやつがあの過酷な己が人生を全うするための天の計らいだと思うようになった。
だからこそ、あやつは関わる全ての人に愛される存在なのだと。あやつと関わるとどんな者も癒されるからな。そして、儂も癒された者の一人だ。そんなあやつには、せめて伽の中ででもいつまでも生き続けてほしい。と言うか、物書きの儂には、想いの全てを認めなければ、あやつを思い出にはできそうにないのだ」
何とも厄介な性分だろと、デニスは苦笑した。
「閣下……」
「書かせてくれるか」
「ええ、是非に。閣下は素晴らしい魔術師です。私にはミシェルをそんな形で永らえさせることはできませぬ故」
「セルディオ、閣下は止めてくれ。もうあの頃の儂は捨てたのだ。
しかし、魔力のかけらもない儂が魔術師か」
これは面白いと、デニスはビクトールの言葉にそう言って豪快に笑った。

 以後、デニスはミシェルとシェリルの冒険をライフワークとして書き続けた。彼が最期に認めていたのも彼らの物語だったという。そしてデニスは、
「ミシェル、待たせたな」
満足げに笑うと、彼と共に旅立ったという。













 
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