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深い森 6

「ああ、翼ちゃんごめんね。こっちから連絡しようとは思ってたんだけどね……」
電話に出た姫ちゃんのお母さんはそこでため息を一つついてから、
「あのね、美姫はもういないの」 
と掠れた声でそう言った。
 すぐにお線香をあげたいといった私に、
「ごめんね、今はまだ落ち着いていないから、それにもうすぐ年末だし。年末は翼ちゃんも忙しいでしょ? 年明けは寒いし。春……そうだ、春になったら来てちょうだい」
とお母さんはやんわりと断った。

 そして春、私は姫ちゃんちを訪ねた。
「すぐに呼んであげられなくてごめんね。あのころは美姫と同じ歳のあなたと話すことがもう辛かったの」
姫ちゃんのお母さんはそう言って、ぽつりぽつりと話し始めた。
 姫ちゃんは私に最後の電話をくれた次の日、映画館から帰宅途中に駅のホームから転落し、電車に轢かれた。
「一報を聞いたとき、家族の誰もが和臣君を追ったのだと思ったわ」
家族の人だけじゃない。私も、やっぱりそう思ったもの。
「あの娘の机の上にこの本が並べて置いてあったの。だから余計に」
おばさんの指さした先には赤と青の鮮やかな表紙の本―あの映画の原作本―が置かれていた。
「だけどね、映画を一緒に見に行った友達は、普通電車に乗り換えるために駅で降りたあの娘が、笑顔で『またね!』と急行に乗っている自分に手を振ってくれたんだと泣きながら言ってくれて。駅員さんも『きっと体調が急に悪くなったんですよ。絶対にこれは事故です』と言ってくださってね」
 自殺と事故……それがどちらであっても、母親にとっては娘を失ったことに何ら変わりはないのだろうけれど。賠償とかいう話ではそれは天と地ほどの差があるらしい。
「ねぇ翼ちゃん、良かったらこの本形見分けにもらってやってくれないかしら。この本が手元にあるのは辛いんだけど、捨てることもできないでいるから」
おばさんはその後、そう言って私に原作本をくれた。
 私は帰りの電車の中からその本を貪るように読んだ。私にはその本の中に、かー君の姫ちゃんを呼ぶ声を聞いたような気がした。
 震えが止まらなかった。言葉は凶器だと。私は今までなんと恐ろしいものをそれと気づかず喜々として紡いできたのだろうか。自分で書いたものも思い返して、尚更そう思った。
 私は以来筆を折り、その半年後につきあっていた彼が遠方に転勤になるのを機に彼と結婚し、実家から300kmも離れた今の地に来た。
 そしてそれから2年、私たち夫婦はこの地に小さな居を構えた。
 私はそのささやかな庭に、あの本を丁寧に灰にして埋め、そこに花梨の木を植えた。姫ちゃんは私が咳をするのをすごく心配していて、いつも花梨入りののど飴を懐に忍ばせていてくれたから。




 
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