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救いの初穂として-バニシング・ポイント38

 救いの初穂として

 その夜、遅くに雷雨があった。翌日は打って変わって雲一つない五月晴れが広がっていた。
 葬送式が厳かに始まった。昨日と同様、開会の挨拶の後、賛美歌が歌われ、中野がメッセージを説く。
 メッセージ後の賛美は故人愛唱歌と言って、故人が生前好きだったと遺言しているものを歌うことが多い。
式次第に書かれていたのは、博美たちが結婚した頃、青年たちが挙って歌っていたゴスペルフォークと呼ばれるものの一曲だった。まだ自分で着信音を作って設定できた頃、楽譜を渡して衛に設定してもらった曲でもある。
「明日のことは分からない。でも、主が守ってくださる」
その歌詞に、今回の事が重なる。博美は衛が笑顔で
「なぁ博美、どんなことがあっても生きろよ」
と言っている様な気がして、涙が止まらなかった。
 曲が終わった後、棺に花が手向けられる。礼拝堂に飾られている花をすべて入れるために、一人一人に花束にして手渡される。そうやって花に埋もれた衛は、博美には晩年より幾分ほっそりした様に見えた。
 やがて棺の蓋が閉められ、衛が黒塗りの霊柩車に乗せられた。そのとき、
「車に祭壇も乗っとらんのやの。寂しいの、ほんに別れた嫁に葬式まで仕切られとんじゃの。まぁ、親の代からの宗教をないがしろにするようじゃ、ええ死に方はできんさな」
と、各務原の叔父と呼ばれる幸司の声がした。その言葉にはっと目を上げると、心配そうに博美を見つめる君枝と徹の姿があった。博美は気にしていないと彼らに目で合図を送ると、名村の両親のところに戻った。斎場には寺内の親戚とはではなく、名村の両親とともに向かうつもりだ。
 
 斎場に着くと、釜の前で中野が再度祈り、衛の体が釜の中に入れられる。ああ、焼かれてしまえばもう、奇跡が起こっても衛が息を吹き返すことは絶対にない。博美は再臨の日に身体がなくては救いに預かれないと、火葬を頑なに拒むユダヤ人の気持ちが解る気がした。復活の身体はこの肉の身体ではないとは解っているけれど、それでもまったくなくなってしまうのは辛い。それならばまだ、死んだことを知らないままどこかで生きていると誤解していた方が良い。

 遺体が焼かれる間に軽食を摂るべく教会に戻る。明日美は葬儀社が用意した弁当を母子室(小さな子供連れでも礼拝に参列できるようなブース)で食べたが、博美は一人離れたところにいた。
「博美姉ちゃん、食わなきゃ保たねぇぞ」
そこに徹が現れて、フタさえ開けていない彼女の弁当を見てそう言った。
「ごめんな、各務原のおっさんのこと」
徹の言葉に博美は頭を振った。
「俺はさ、兄ちゃんいい顔してたと思うよ。苦しかったはずなのに、どことなく笑ってただろ」
確かに衛の表情は、苦しんだであろう最期には似つかわしくないほど穏やかだった。
「博美姉ちゃんが言うように兄ちゃんさ、天国見たんだと思うよ。だから、おっさんの言うことなんか気にすんなよ」
「私は別に気になんかしてないよ」
 本当に気にはしていなかった。幼い頃から日本に昔からある宗教を信じてない風当たりはそこここにあった。「良い死に方をしない」と言われたのもこれが初めてではない。
 宗教自体を信じている訳ではないのだが、昔ながらのしきたりを守ることで安心する、そういう日本人特有の感覚で考えているだけにすぎない。
「何でも良いからお腹に入れとけよ、姉ちゃん」
徹のその言葉に、博美の目頭が潤む。
「そんな、泣くこと?」
それを見て徹が慌てた。
「ごめん、違う。今の言葉衛がいつも私に言ってた言葉だから」
博美はそれに対してぽつりとそう言った。
 思えば明日美とのデートの時、小さな明日美が食べられないほどの料理を頼んでしまうのも、食の細かった私に少しでも食べさせようといろんなものを注文していた名残りだったのかもしれない。
「そろそろまた斎場に向かいますので、ご準備お願いします」
そのとき、葬儀社の社員が二人を見つけてそう言った。
 その声に応じてみんなの許に戻ってみると幸司がいない。父親が衛を教会の聖徒の墓に入れると言ったことに対して憤慨して帰ったという。
 博美は義父と叔父にそうやって口げんかをさせてしまったことに後ろめたさを感じる反面、それを骨上げの際にしないでくれて本当に良かったとホッとしていた。
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