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バニシング・ポイント 30

 博美と中野は博美の父の運転する車で急遽寺内家に向かった。
「博美ちゃん!」
寺内家に着くと、衛の姉、君枝が彼女らを迎えてくれた。
「事故? 今朝はあんなに元気だったのに……」
「ああ、最近時々衛の所に行ってくれてたんだってね。会社で倒れてて……会社の人が発見したときにはもう、死んでたそうよ。心筋梗塞だって」
「心筋梗塞……」
間に合わなかった。あんなに膨れ上がった衛を見た時、こうなることを怖れて、糖尿病や高血圧、高脂血症などの生活習慣病の対処法の本を読んで必死に勉強していたのに……こんなことになるんだったら、仕事なんかかなぐり捨てて、衛のアパートに押しかけて一緒に生活してしまえば良かった。博美はそう思った。
「さっき徹から連絡があったの、もうすぐ警察から帰ってくるわ。で、相談なんだけど、博美ちゃんが喪主になってくれないかしら。本来ならお父さんなんだろうけど、お父さんにあの歳になって息子の喪主をやらせるのはさすがにつらくて……」
だが、続く君枝の『喪主』の言葉に、博美は俯きながら頭を振った。 
「寺内に籍のない私がやるなんてそんなことできないよ」
そうだ、私は名前こそ寺内だが、寺内の人間ではない。
「でも、聞いたんだけど、そろそろ衛とよりを戻そうって話出てたんでしょ?」
「……」
博美が口ごもっていると、中野が君枝に頭を下げた。
「寺内さん、はじめまして。私は、教会の中野と申します。その寺内さんの告別式の事でご相談があります」
「何でしょうか」
「寺内さんは生前教会での告別式を希望しておられました。これを見て下さい」
中野は、一通の書類を取り出した。それは内容証明郵便で、中身は衛の『遺書』だった。そこには貯金などの財産を博美と明日美に相続させること、葬儀を教会ですることなどが書かれていた。
「実は、今月末のペンテコステに、彼は受洗を予定していました」
「私、聞いてない!」
その言葉に、君枝ではなく博美が反応する。
「ええ、博美さんをびっくりさせようと、内緒で洗礼準備会をしていましたからね。それに、寺内さんはここ半年ばかり、祈祷会にはちゃんと出席していたんですよ」
確かに祈祷会は平日だが。休日まで仕事に勤しんでいた衛が祈祷会に出席する時間があったなんて……そう言えば、祈祷会のある水曜日は、ノー残業デーだとちらっと言っていたことを思い出す。
『今の世の中、おいそれと仕事をさせてもくれないんだよ。何かというと時短だと言われる。だから、働きすぎなんて心配しなくて良い』
そう言っていた衛。
「衛、祈祷会で寝てなかったですか」
思わずそう聞いてしまった博美に、中野は軽く吹き出すが、すぐ真顔になって、
「いいえ、博美さんも解ってると思いますが、祈祷会は礼拝に比べて出席者は少ないし、それぞれ一言は祈りますからね、寝てなんかはいられないですよ。それに、寺内さんは本当に救いを求めてましたよ。灯台下暗し、得てして家族が一番その方の救霊に疎いものです」
といった。
「私は……私は彼の家族じゃありません」
家族という言葉に博美は頭を振りながらそう返した。
「今は、でしょ? 寺内さんは、ペンテコステの受洗が終わったら、その上であなたに『もう一度一緒になって欲しい』と言うとおっしゃってた。私はその日が来るのを本当に楽しみにしていたんですよ」
それに対して中野は、博美の肩を軽く叩きながらそう言った。
 そう言えば衛は最近、ふと黙り込んでしまうことがあった。博美が心配して声をかけると、何故か赤い顔をして
『心配しなくて良い』と言ってそっぽを向く。あれは、もしかしたら祈っていたのではなかったのか。衛が信仰を持ち始めていると思ってもいなかった博美には、その変化に気づきもしなかったのだが、そう言えば言葉の端々に聖書のみことばに似たニュアンスがあったような気がする。普段、全員が信者の中で暮らしている彼女には、そういう考え方をするのが当たり前で、特に気に留めもしなかったのだ。まさに、『灯台下暗し』だ。
 衛の『躓きの石』になっていたのは他でもない自分なのだと気づいた博美は、次の瞬間その場に泣き崩れた。
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