スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バニシング・ポイント8

「ねぇ、ヒロに生きてる実感味合わせてやってほしいの。このままだと、あの子生きているのに心だけ天国にいる気がする」
心だけ天国だなんて大げさなと衛は思ったが、順子はこう続けた。
「ヒロ、こ「ねぇ、ヒロに生きてる実感味合わせてやってほしいの。このままだと、あの子生きているのに心だけ天国にいる気がする」
心だけ天国だなんて大げさなと衛は思ったが、順子はこう続けた。
「ヒロ、この間なんて言ったと思う? 『私は今、与生を生きてる』よ。『余ってるんじゃなくて与えられてるんだ』とは言ってたけど、新成人の言う事じゃないでしょ?」
博美の与生発言はちらっと衛も聞いたことがあった。しかし博美はいかにも楽しそうな口調でそう言ったので、そんなもんかなと特に気にとめてはいなかったのだ。そう思って改めて考えると若さの欠片もない発言だ。

「衛君にその気がないのなら、教団のなかで急いで捜すつもりだから。時間がないの。私、来年大阪に行く予定なの」
 
 順子はつい先日、自分の信仰する教団の牧師との結婚を決めた。

 信者は様々な相談を牧師に持ちかけるが、若い女性には男性である牧師には打ち明けにくいといった問題もあったりする。
 例えば恋の悩みなどはその最たる例だろう。そういう場合、牧師の妻がそれを代わりに聞くことが多い。この場合、若い方が相手の女性信者は心を開いて相談してくれる。
 だから、彼女のいないまま献身してしまった若い牧師は年配の牧師から『結婚していなければ伝道は続かない』と、在学中に見合いを勧められたりすることがその教団では多かった。
 順子たちの場合、教団の若者向け集会で知り合った所謂恋愛結婚の部類なのだが、結婚したい旨を相手の牧師と共に彼女の所属する教会の牧師に告げた時、
『牧師の婚約者となれば、より牧師の同労者として深く実践的な教理を学ぶのが望ましい』
と真っ先に大学に入る事を勧められたのだ。
 もちろん、それに対して双方とも信者である両親の反対はなかった。
 かくして、順子は交際相手の地元でもある大阪のある大学を受けることになった。事情が事情であるし、親の代からの熱心な信者ともなれば、まず不合格になることはないだろう。

「未だ大学生の衛君にこんな事言っても迷惑かも知れない。でも私はヒロに命ある限り“生きて”ほしいの。でなきゃ、あの子が命を与えられた本当の意味がなくなると思うから」

 順子のそんな申し出に衛は即答することはできなかった。
「ゴメン、順子姉ちゃんちょっと考えさせてもらっていいかな」
「うん、即答なんてしてもらおうと思ってないから。じゃぁ、帰るね」

 順子を玄関で見送ると、衛は台所に入り、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して大きめのコップに注ぎ、一気に呷った。
……コツン……
飲み終わったコップを模造大理石の調理台に置いた時、衛の手はかすかに震えていた。





スポンサーサイト

comment

Secret

プロフィール

こうやまたすく

Author:こうやまたすく
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

Web page translation

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。