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バニシング・ポイント2

 私が毎年二回遺書をしたためる訳は、私の両親がごく普通の仏教徒ではなかったから。だからといってアヤシイ宗教ではないし、亡くなった時点でちゃんと家族が手配してくれるだろうから、そんな心配はいらないはずではあるのだけれど、
『一応本人も希望しているっていう方がやりやすい』ということで、遺言書が書ける15歳の誕生日間近の7月1日から私は誕生日と新年(数え年で歳を重ねるという意味で) に年二回遺書を書いてきたのだ。

 私は難病指定の病気に罹っていて小さい頃から入退院を繰り返し、たぶん成人はできないだろうと言われていた。

 ところが、ひょんなことから私の病気の治療法が見つかり、18歳の春、私はまさに九死に一生を得たのだ。
「定期検診にはもちろん来てもらわないとダメだけど、もう入院なんてことはないだろうと思うよ」
私を小さいときから診てくれている鹿島先生は、目を細めながらちょっと残念そうにそう言った。
「お祈りは聞かれるのよ。私、鳥肌立っちゃったわ」
「俺はまだ興奮してるよ。奇跡が起こる瞬間を目の当たりにすることができたんだからな」
帰りの車の中でそう興奮しながら話すパパとママ。

 だけど、手放しで喜ぶ周りの反応を見ながら私の心は冷めていた。
確かに命を永らえられることは嬉しくない訳じゃない。でも……

私は永らえた命で何をしたいのか、何をすべきなのかが全く分からなかった。贅沢だ! と私の入院仲間は挙ってそう言うだろう。なら、私の生を自分に回せと。

 でもね、今まで私は自分の人生設計を20年の枠でしか設定してこなかった。私は今まで死ぬ準備しかしてこなかった。そんな私にいきなり生きろと言われても、『はい、そうですか』と踵を返して歩き出すことなんて、私にはできなかった。
 それでも、20歳までは想定範囲内だったから、何とか生きてこられた。

 だけどそれもあと数日。私は7月10日に21歳の誕生日を迎える。
  
 何の夢も希望もない私の明日が始まろうとしていた。

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