2009.07.01
再び悪魔に魅入られて-Parallel 68
再び悪魔に魅入られて
僕らは遅ればせながらごく普通の家族になっていった。
おばあ様を見送って一年ほどした頃、秀一郎が体調不良を訴えるようになった。見覚えのあるその症状に、僕は戦慄を覚え、渋る彼を引っ張ってすぐに病院に向かった。
そして、僕と志穂は僕がかつて苦しめられ、海すら失ったあの病魔の名を再び聞いた。
「えーっ、退院してもしばらくサッカーしちゃいけないの?」
「しばらくだけだよ、ずっとじゃない。今ちゃんと治してないと、本当にできなくなってしまうよ。大丈夫、ずっとじゃないよ。ほら、父様だって今はこんなに元気なんだから」
激しい運動を当面避けるように言われて、口をとがらせる息子に僕はそう言ったものの、息子まで同じ枷を負わせてしまったことに、少なからずショックを受けていた。僕の子供でなければ、こんな苦労はしなくて良かったはずなのに。
そして、入院した秀一郎に志穂が付き添っているので、僕は久々に一人で夕食を食べることになった。これと言って食べたいものはなく、適当に選んだその店はそこそこに込んでいて、他の客たちはみんな連れだって楽しい夜のひと時を過ごしていた。聞き耳を立てているわけでもないのに、自然と隣接する若いOLらしき四人組の会話が聞こえてくる。どうもその中の一人が今回結婚を決めたらしく、その経緯を後の三人が根掘り葉掘り尋ねている様だった。
「実はね、ホントの事言うと、あっちの方失敗しちゃったんだ」
結婚を決めた女性が舌を出しながらそう告白した。
「失敗したって、まさかマミ、オメデタ? デキ婚って訳?」
その発言に残りの三人が俄かに色めき立つ。
「うーん、ちょっと違うのよね、それ。できたのはできたんだけど、速攻アウトだったんだ」
「何よ、それ」
マミと言う女性の不可解な発言に、思わず怪訝な声がそのうちの一人から出た。
「あのさぁ、この間のアレがめちゃキツでさぁ、吐き気も目眩も半端ないんでね、病院に行ったのよ。ってか、アキラに連れてかれたの。そしたら、流産してますってんじゃない? 聞いたらさ、そういうのって、結構あるらしいの。流産してても気づかないケースって。
でね、あたし、一旦はホッとしたんだけどさ、でもここにいたんだなぁってふと思っちゃったら何か泣けてきちゃって。ガラにもなくあたし、アキラの前で泣いちゃったのよ。あたしがそんなことで泣くなんて夢にも思ってなかっただろうから、アキラも最初引いちゃって、しばらく絶句してた。でもね、しばらくしてからさ、
『なぁ、マミ今度はマジで子供作っちまおうぜ。結婚しよう』
って言われたのよ」
妊娠した自覚もないまま流産したことにも気付かない。そんなこともあるのか、そう思った。
そう言えば……海も月のモノが遅れたあの時、ものすごく辛そうにしていた。マミと言う女性の話を聞いていて、僕はそんな昔話を思い出していた。あの時、思わず、
「そんなに辛いのなら、掃除なんて良いよ」
って僕が声をかけても、
「そんなこと言ったって、私が掃除しなきゃ、龍太郎ロクに掃除もしないじゃん」
ってカリカリ怒りながら海は掃除機をかけ続けていたっけ……
そこまで思いだしたところで、僕はあることに考えが行きつき震えだした。
もしかしたらあれは……本当は奇跡は秀一郎よりも十年も前に既に起こっていたんじゃないだろうかと。
僕と別れた後、海は夫との間に三人の子供を儲けているという。実際、彼らがどのくらい夫婦としての営みを持っているのかは聞きようもないことだけど、彼女はできやすい体質なのかもしれない。だとしたら、奇跡の可能性はゼロではない。
それに、マミと言う女性のその時の様子は、僕が記憶している海のあの時の様子に酷似している。
じゃぁ、今から二十年前にも奇跡は起こっていた?
それが真実だったとしたら、僕はなんて浅墓だったんだろう。
僕は頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。
僕らは遅ればせながらごく普通の家族になっていった。
おばあ様を見送って一年ほどした頃、秀一郎が体調不良を訴えるようになった。見覚えのあるその症状に、僕は戦慄を覚え、渋る彼を引っ張ってすぐに病院に向かった。
そして、僕と志穂は僕がかつて苦しめられ、海すら失ったあの病魔の名を再び聞いた。
「えーっ、退院してもしばらくサッカーしちゃいけないの?」
「しばらくだけだよ、ずっとじゃない。今ちゃんと治してないと、本当にできなくなってしまうよ。大丈夫、ずっとじゃないよ。ほら、父様だって今はこんなに元気なんだから」
激しい運動を当面避けるように言われて、口をとがらせる息子に僕はそう言ったものの、息子まで同じ枷を負わせてしまったことに、少なからずショックを受けていた。僕の子供でなければ、こんな苦労はしなくて良かったはずなのに。
そして、入院した秀一郎に志穂が付き添っているので、僕は久々に一人で夕食を食べることになった。これと言って食べたいものはなく、適当に選んだその店はそこそこに込んでいて、他の客たちはみんな連れだって楽しい夜のひと時を過ごしていた。聞き耳を立てているわけでもないのに、自然と隣接する若いOLらしき四人組の会話が聞こえてくる。どうもその中の一人が今回結婚を決めたらしく、その経緯を後の三人が根掘り葉掘り尋ねている様だった。
「実はね、ホントの事言うと、あっちの方失敗しちゃったんだ」
結婚を決めた女性が舌を出しながらそう告白した。
「失敗したって、まさかマミ、オメデタ? デキ婚って訳?」
その発言に残りの三人が俄かに色めき立つ。
「うーん、ちょっと違うのよね、それ。できたのはできたんだけど、速攻アウトだったんだ」
「何よ、それ」
マミと言う女性の不可解な発言に、思わず怪訝な声がそのうちの一人から出た。
「あのさぁ、この間のアレがめちゃキツでさぁ、吐き気も目眩も半端ないんでね、病院に行ったのよ。ってか、アキラに連れてかれたの。そしたら、流産してますってんじゃない? 聞いたらさ、そういうのって、結構あるらしいの。流産してても気づかないケースって。
でね、あたし、一旦はホッとしたんだけどさ、でもここにいたんだなぁってふと思っちゃったら何か泣けてきちゃって。ガラにもなくあたし、アキラの前で泣いちゃったのよ。あたしがそんなことで泣くなんて夢にも思ってなかっただろうから、アキラも最初引いちゃって、しばらく絶句してた。でもね、しばらくしてからさ、
『なぁ、マミ今度はマジで子供作っちまおうぜ。結婚しよう』
って言われたのよ」
妊娠した自覚もないまま流産したことにも気付かない。そんなこともあるのか、そう思った。
そう言えば……海も月のモノが遅れたあの時、ものすごく辛そうにしていた。マミと言う女性の話を聞いていて、僕はそんな昔話を思い出していた。あの時、思わず、
「そんなに辛いのなら、掃除なんて良いよ」
って僕が声をかけても、
「そんなこと言ったって、私が掃除しなきゃ、龍太郎ロクに掃除もしないじゃん」
ってカリカリ怒りながら海は掃除機をかけ続けていたっけ……
そこまで思いだしたところで、僕はあることに考えが行きつき震えだした。
もしかしたらあれは……本当は奇跡は秀一郎よりも十年も前に既に起こっていたんじゃないだろうかと。
僕と別れた後、海は夫との間に三人の子供を儲けているという。実際、彼らがどのくらい夫婦としての営みを持っているのかは聞きようもないことだけど、彼女はできやすい体質なのかもしれない。だとしたら、奇跡の可能性はゼロではない。
それに、マミと言う女性のその時の様子は、僕が記憶している海のあの時の様子に酷似している。
じゃぁ、今から二十年前にも奇跡は起こっていた?
それが真実だったとしたら、僕はなんて浅墓だったんだろう。
僕は頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。
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