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僕の…子供-Parallel 66

僕の…子供

 志穂は身籠って男の子――秀一郎――を産んだ。その時僕は、生まれてきた子供が自分の実の息子だとは思っていなかったから、子供の誕生を素直に喜んだ。僕は手離しで跡取りの誕生を喜ぶおばあ様の顔を見る度、自分の腹の奥底で黒い笑いがこみあげてくるのを感じた。
 志穂は、
「この子は本当に龍太郎さんとの子供なんです」
と、何度も力説した。実際にそうだったけれど、あの頃の僕はそれが彼女がそうして僕を夫として盛りたてている、秀一郎と親子として暮らすための方便だと、思いこもうとしていた。

 そんな秀一郎が四ヶ月を迎えたころ、僕は自宅近くで海を見つけてしまった。おおよそ十年ぶりだった。
昔のままだった海は、ベビーカーに秀一郎とさして変わらない赤ん坊を乗せて歩いていた。
「海、ひさしぶり」
僕はしばらく逡巡した後、意を決して彼女にそう声をかけた。海はひどく驚いた様子で僕を見て言った。
「久しぶり、龍太郎も変わらないね」
「そう? 海も変わらないよ」
「うそばっかり。今や二人の子持ちだもの。もうすっかりオバサンよ。この上にもうすぐ六歳の子供もいるのよ」
海はそう言って笑ったが、自分の子供の事を話す割に、その目は少し遠かったのが気になった。
「折角だから話して行かない?」
という僕の誘いに、海は携帯で時間を確認して応じた。
「今、千葉に住んでるから、あまり長くはしゃべれないんだけどね」
とも言っていた。

 喫茶店に場所を移して、海の話を聞いた。今は音楽の話ではなく、子供たちの話をしている彼女。幸せになったんだね、海。僕の心に一抹の寂しさの風が吹いた。
 だけど、それだけだった。あの一言を聞くまでは……

「龍太郎も結婚したんだってね。奥様、素敵な方なんでしょ?」
そう言われた時、僕は健史が同窓会で海に会ったと言ったことを思い出した。
「ああ、二年前にね。同窓会に来てたって健史から聞いたよ。あれっ?」
その時胸に何か引っかかるものを感じた。僕が不思議そうな顔をした途端、海は急に悲しい顔になり、みるみる内に眼に涙を溜めた。
「ホントはね、上の娘とこの娘の間にね、生きていたら2歳半になる男の子がいたの……死産だった」
ああ、だからか。最初子供の話を始める時、何故か目が遠いと思ったのはそのせいだったんだと解かった。
「ゴメン、辛いこと思い出させちゃったね」
僕が今にも涙をこぼしそうな海に慌てて謝ると、
「ううん、もう辛くはないの。だけど、話すとまだ勝手に涙が出てくるの。おかしいでしょ? だからこっちこそ気を遣わせてゴメンね」
海はそう言うと、ムリに笑顔を作った。そして……
「でもね、だからこそマーさん、あ、旦那の名前なんだけど、マーさんと本当の夫婦になれた気がするのよ」
海がはにかみながらそう続けた時、僕の中で何かカチリと寂しさから苛立ちへとスイッチが切り替わる音がしたような気がした。

「志穂はね、完璧な結城の妻なんだ」
僕はそう言うと、携帯を取り出してその待ち受けを海に見せた。
「これが僕の息子の秀一郎。来週で四ヶ月になる。今見るたびに大きくなるって感じだから、毎週貼り替えてるよ。彼女は僕にこの宝物をもたらしてくれた」
僕は聞き様によると、ひどく惚気ているようなセリフを吐いた。案の定、海はその言葉に顔色を変えた。
「海にはムリだよ。志穂は完璧な結城の妻なんだからね。彼女は僕のために跡取りを産んでくれたんだ。
僕があの病気だったことは知ってるよね。その後遺症らしくて、僕には子種がほとんどないんだ。海とも何もしなくてもできなかったから、それは解かってくれるよね。志穂とだって人工的なことは何もしてない。つまり、秀一郎は……そういうことなんだよ。」
僕は海には一生言うまいと心に決めていたはずの彼女を手離した本当の理由を、うすら笑いすら浮かべて口にしていた。海はその事実に言葉も失っていた。
 そして僕は畳み掛けるように志穂との結婚が偽装であり、彼女には別に男がいることを告げた。
 そう、僕は君のように当たり前の幸せを手に入れた訳じゃないんだ。それに、僕はまだ君のいない現実を十年経った今でも受け入れきれずにいる。君に僕の事を良い思い出になんかされたくない。良い思い出なんかすぐに風化してしまうだろう?

「そうだ、いまからでもよりを戻さない? 志穂も良いけど、やっぱり身体の相性が一番合うのは海なんだよね。僕なら子供のできる心配はないよ。面倒なことにならないから、ご主人にだって気付かれない。どう?」
僕は薄笑いを浮かべたまま、海を誘った。
 もう引き戻れないのだと解かっていたし、海がそんな提案を受け入れてくれる女性だとも、受け入れてほしいとも思ってはいなかった。
 そう、僕は彼女に嫌われたかった。良い思い出として風化してしまうのなら、嫌われてでも僕は君の心に一生残っていたい。
「バカにしないでよ、第一子供が出来るとかそういう問題じゃないでしょ!」
すると海はその店のテーブルを叩いてそう叫んだ。彼女は今にも泣き出しそうになった娘の明日香ちゃんを抱き上げてあやしてベビーカーに戻すと、
「帰るわ!」
と店を出ようとしたので、僕は咄嗟に彼女の腕を掴んで引き留めてしまった。
海を本格的に怒らせてしまったのだろうか。僕の心は後悔でいっぱいになっていた。
「じゃぁ、茶飲み友達。お互いうんと歳をとっていろんな柵がなくなったら、茶飲み友達としてまた会ってよ。それじゃ、ダメかな」
だから僕は慌てて海にそう言った。
 そう、男だとか女だとかそういうものも超えて一人の人間としてゆったりと構えられるようになる頃には僕たちもまた、あの頃のように優しい時間が過ごせるよね、きっと……
海、それまで待っててくれる? 僕は口に出さずにそう彼女に願った。
 海はそんな僕の顔を見て、複雑な表情をしながらも、頷いて店を後にした。
 僕はそれを彼女の承諾だと受け取った。 
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