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「R」への回帰-Parallel 46

「R」への回帰


 二人きりになった後、雅彦は何も言わずに夏海を抱きしめ続けた。いや、正確には何も言えなかったのだ。十七年あまり連れ添った夫の前でこれほどまでも心を乱してしまえる『同級生』とはどんな奴なのか、聞くのが怖いというのが本音であった。
 そもそも、これまで積み上げてきた結婚生活の全てを一瞬にして全部否定されている、そんな気すらした。彼らは子供たちが音も立てずにそっと学校に出かけてからもしばらくずっとそうしていた。

「マーさん、ゴメンね」
不意に夏海が口火を切った。
「謝るな。それともそいつと今、謝るような関係なのか、お前は」
涙声で謝罪する妻に、雅彦は不機嫌な声でそう返した。妻は俯いたまま頭を振った。
「夢をね……今朝夢を見たの。もう何年も龍太郎の夢なんか見たことなかったし、ずっと忘れてたのに。その矢先の訃報だったから……」
夏海はつぶやくように夫に今朝の夢の話をした。しかし、忘れていたというのは嘘だった。思えばさまざまな岐路に立たされた時、嬉しい時、悲しい時、思い出すのは必ず彼の事だった。彼とこの場面を迎えたなら、自分はどんな思いを持っていたのだろうと必ず考えた。
 ついこの間も、高校入学した未来の姿に、二十八年前の自分たちを重ねて思いを馳せたばかりだった。
「良いから、怒ってない」
雅彦はそう言うと、荒々しく夏海の唇に自身のそれを押しあてて、彼女の口内をかき回す。もうこれ以上妻がその口で自分以外の男の事を吐かないように。できることなら、その言葉を紡ぎ出す頭も全部リセットできれば良いのにと思いながら。
 夏海自身も、雅彦にそんな妻に縋りつくような口づけをさせていることが申し訳ないと感じていた。だが、申し訳ないという気持ちはあるのに、龍太郎への想いもまた止めることができないのだった。
 唇を離した雅彦はいきなり携帯を取り出し会社に電話をした。
「あ、佐山? 飯塚だけど。悪い、俺途中で腹壊しちゃって、動けなかった。やっと治まったんでこれから行くけど、会議には間に合いそうもないから、遅れるって部長に言っといてくれないかな。そうなんだよ、珍しいだろ? 俺自身が一番ビックリしてるよ。俺ももう年なのかな。じゃぁ、そう言う事で。なるべく急いで行くから」
夏海はバカ正直だと思っていた雅彦がぺらぺらと真実でもない遅刻の言い訳をするの聞いて驚いた。
 しかし、同じようなものじゃないかと、夏海はそうも思った。龍太郎の事をちっとも忘れていないまま、周りを――娘さえも欺いて――夫一筋の態度を貫いてきた私に言えることは何もない。
「お前、今日は休むか。休むなら早めに連絡入れろよ。自分からが都合が悪いんなら、俺から入れようか」
スーツを着込みネクタイを締めながら雅彦がそう言った。
「ううん、行く。ちょっと偶然が重なってビックリしただけよ。それに、仕事をしてる方が気が紛れるし」
それに対して、夏海はのろのろと立ちあがりながらそう答えた。
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