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Parallel 44

 だが、葉書が来てから十日ほどした土曜日の午後、飯塚家の電話が鳴った。休みの日だからと遅くまで寝ていて、やっとその日一度目の食事をしていた未来が電話に出た。
「はい、飯塚です。は? 誰? ああ、それママです。今代わります。ママぁ、電話だよ」
未来は大声で夏海を呼び、子機を渡しながら、
「ヤスフミさんって人から。でも、親戚にいた? そんなおじさん」
と首を傾げた。武田からの電話に身構える半面、おじさん発言に軽く吹き出しそうになりながら電話を受け取る。低音の武田の声は、歳以上に老けて聞こえるのかもしれない。しかし、よくよく考えてみれば、夏海より四歳も年下と言えど、未来にとっては充分親の年齢、おじさんに違いはないのだった。
「はい、お電話代わりました」
夏海は努めて事務的な声で電話に出た。
「お久しぶりです、武田です。すいません、いきなり話しかけたんだけど、お嬢さんだったんですね」
武田の切り出しもまた、事務的なように感じた。
「今頃、何の用ですか」
「相変わらずだな、今頃何の用はないでしょ。千佳宛にあんなメールまで送ってきたクセに。あの時は大変だったんですから」
夏海のつっけんどんな要件を尋ねる問いに、武田はいきなりぐっと声を低くしてそう言った。
「そ、それは……マーさん、いえ、主人が奥さんの方を友達だと勘違いして送った……」
慌ててしどろもどろで説明し始める夏海の耳に、突然甲高い笑い声が響く。
「ぶっ、はははは……すいません、いきなり笑っちゃって。そんな事だろうと思いました。妙に送信された文章が男っぽかったですからね。大丈夫ですよ、僕個人のメアドに送られたメールを千佳が見たりはしませんよ。名前と件名を見た時は、ちょっと『てめぇ、何考えてんだ』とか思いましたけどね」
「武田君、脅かさないでよ」
「すいません、ちょっと悪さが過ぎました。で、今すぐ近くまで来てるんですけど、ちょっと出て来られませんか。今××です」
武田は夏海の自宅から三つばかり離れた駅周辺の地名を口にした。夏海は少し躊躇したが、
「二十分くらいかかると思うけど、それでもいい?」
と会う事に同意した。今日の口調に些かの棘がないように感じたからである。
「ねぇ、ちょっと買い物に行ってくる」
夏海は窓を開けて、ベランダで素振りをしていた雅彦にそう呼び掛けた。
「すぐ帰ってくるんだろ」
「うん、すぐに帰ってくるわ」
「行っといで」
 雅彦はそれだけ言うとまた素振りを始めた。それこそ結婚した当初は、趣味欄に妻と書き込みそうなくらい、休みの日には一緒に行動したがったが、最近はそうでもない。こうして急に買い物に出かけると言っても付いていくとは言わなくなったし、夏海は明日香が高学年になってからパートだが仕事も始めた。どんどんと大きくなる子供たちにお金もかかって、専業主婦だなどと悠長なことを言っていられないのが実情だが、おかげで社会との接点も復活して、気持ちに張りと余裕を感じられるようにもなっている。

 指定されたファミレスに入ると、武田は目ざとく夏海を見つけて手を振った。
「お久しぶりです」
「待たせたんじゃないかしら」
「いいえ、急に呼び出したのは、こっちですから。それに、その間に昼飯食おうと思ってましたし、だから待ってなんかいないですよ」
武田はあらかた食べ終わった皿を指さしてそう言った。
「メールの件、本当にごめんなさい」
夏海は席に着く前にそう言って頭を下げた。
「あ、やっぱり責任感じちゃいましたか。ああ言えば、あなたは絶対に来てくれると思っただけで、気になんかしないでください。それに……謝るのは俺の方ですよ。今日はそのために連絡したんですから」
夏海は武田のその言葉に驚いた。
「夏海さん、一つだけ聞いて良いですか。旦那さんと結婚するつもりだって手紙をくれた時、本当は俺にどうしても断れって言って欲しかったんですか。
あのアドレス変更をもらったすぐ後に、俺、親父の十七回忌で実家に帰ってねーちゃんに愚痴ったんですよ。『今更あてつけかねぇ、女の考えてることなんてホント解からんな』って。そしたら、逆にねーちゃんに叱られました。『前から女心の解かんない奴だと思ってたけど、その上バカね、あんたって。彼女はその時、あんたに縁談を断れって言ってほしくて手紙書いたに決まってんじゃん』って」
その言葉を聞いて夏海の眼は大きく見開かれた。お姉さん、そんなことを言ってくださってたんだ……
「あなたを信じずに試そうとした私が悪いのよ。だから嫌われても仕方ないって思ったわ。あーあ、じゃぁあの時私が『絶対に別れたくないの!』とか言って泣きつけば、康文は何が何でもマーさんから奪って行ってくれるつもりだった訳?」
夏海も冗談ごかしてそう返した。
「ええ、夏海さんが『俺じゃなきゃダメだ』って言ってくれるのを待ってましたよ。その一言さえあれば、あなたのご両親がどう言おうが、旦那さんがどう言おうが掻っ攫ってきたと思います。
でもな、俺何であの時あんなに意地を張っちゃったんだろうな。やっぱ、あの時自分で言ったように縁がなかったのかな」
武田は苦笑しながらそう言った。
 あの時、私にもう少しだけ勇気があればまだ間に合ったのか。十七年目の真実に、夏海はしばしの間呆然とした。
 しかし、彼女はそのことを残念に思う気持ちこそあれ、もはや悲しいとは思わなかった。
「俺ね、あなたを結婚式に招待したでしょ、あれね、一応結婚する報告はしなきゃと思ったし、その時『結婚します、ハイさよなら』みたいな電話もなんだか失礼な気がして。実は夏海さんが絶対に断るようにってあんな言い方をしたんですよ。『喜んで出席させてもらう』なんて言われたらどうしようって、内心びくびくだったんですよ」
そして武田の続く一言に、夏海は脱力感すら覚えた。今まで、突き放した罪悪感を持ち続けていたのは一体何だったのだろうと、少しその発言に悔しさすら覚えた。
「何だ、そうだったの? あれ逆にかなりきつかったわよ。あの時密かに『こんなストーカーもどきの奥さんにならなくて良かった』って本気で思ったんだから。奥さんがかわいそうって、同情しちゃったわよ」
「ストーカーもどきはひどいなぁ」
だから、夏海は少し辛辣に言葉を返した。それに対して武田はちょっと首をすくめてため息をついた。
「ストーカーもどきはともかく、私は女だもの、いつでも女の味方よ。千佳さんに言っといて頂戴、もし浮気してるのが判ったらいつでも私に連絡頂戴って。お姉さんがこっぴどく説教してあげるからって」
夏海は意地悪く笑みをたたえながらそう続けた。
「そりゃないでしょ、第一それを誰が千佳に言う訳ですか。俺しかないでしょ。十七年も前の元カノの話を今更女房に誰ができるってんです? 夏海さん、怖すぎですよ」
その笑みに武田は口をとがらせて返す。
「あら、その慌てよう……もしかして今言われたくないことしてるって訳?」
「夏海さん、いい加減にしてください!」
「してないんなら私も説教しなくて良いんだし、もっと堂々としてなさいよ」
ついに怒りだした武田に夏海は余裕の笑みでそう返す。すると、彼はささやくような小さな声で
「遊ばれてるよ、だからオバサンってのは嫌なんだ」
とぼやくのが夏海の耳に届いた。
「聞こえたわよ、忘れたの? 私の耳が異常なくらい良い事」
そう言われて、武田ははっとしてがっくりと肩を落とした。
「これで、おあいこね。ああ、すっきりした。それに、独り言は充分オジサンの証明だと思うけどな」
夏海はそう言うと、コーヒーの残りを飲み干した。

 家に帰って夕食後、雅彦はご贔屓のチームの試合を熱を込めてリビングで応援している。明日香はその横で、ヘッドホンを付けて携帯ゲームに興じている。夏海は未来と二人台所にいた。
「ねぇママ、今日の電話の人、誰?」
いつもは片付けなど手伝いもしない未来が率先して参加すると思ったら……夏海はクスッと笑いながら
「うん? 昔のね、オトモダチ」
と答えた。結婚直前まで付き合っていたとは、さすがに娘には言えない。
「うひょ、もしかして元カレだったとか。でも何か意外だな、ママはパパ一筋だと思ってたんだもん」
すると未来からはそんな返事が返ってきた。
「そりゃ、今はね。でも、ママがパパと知り合ったのってママが二十七歳の時よ。それまでにママだってそう言う人の一人や二人はいたわよ」
その言葉に夏海はそう答えたが、そうは言っても、よくよく考えれば二人しかいないのだな、そう思った。
「止めてよ、パパに聞こえるじゃない。なんなら、慎君のこと、パパにバラそうか?」
「あー、ダメダメ! パパにバレたら殺されそうだもん」
「じゃぁ、ママの事も聞かないの。ママもパパにまだ殺されたくないわ」
そして、夏海と未来は同時に吹き出した。

 こんな風に娘と女同士の会話ができるようになったか……夏海には隔世の感があった。



業務連絡(笑)…

1回で書ききれませんでした。分けます。
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