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10年目の告白-Parallel 39

10年目の告白


 失った悲しみに変わりはないのだが、夏海には先に未来がいるということは大きかった。まだ手のかかる三歳半の娘は、その生きていること全てで母の悲しみを癒し、もう一度そんな娘に兄弟を与えたいと、夏海に新たな命を望む気持ちを起こさせていった。
 夏海は約半年で次の妊娠をし、翌年、次女明日香を産んだ。
「マーさん、ごめんね」
「何が?」
「男の子じゃなかったわ」
夏海は生まれてきたのが男の子でなかったことを雅彦に詫びた。
「何を謝ることがある。これで良かったんだよ。明日香を暁彦の生まれ変わりだなんて思ったら、暁彦が浮かばれない」
夏海は笑ってそう返した雅彦の言葉にはっとした。暁彦を失った時、『マーさんはあの子をなかったことにできるって言うの!』と彼を罵倒したのは自分の方だ。暁彦を失ってショックを受けていたのは自分だけではない。この当然と言えば当然の事にさえ、当時の私には見えていなかった。
 そして、未来はそれこそ自分が明日香の母ででもあるかのように、喜々として妹の面倒を看た。彼女もまたその小さな体で、弟を失った悲しみと妹を授かった歓びを受け止めていたのだろう。
 やがて明日香の月齢が進むと、迎えに行けば長時間預かってもらえる保育園に未来を預けていたのもあって、夏海はその時間を利用して明日香を連れて時々東京まで行くことがあった。

 そんなある日のことだった。
「海、久しぶり」
夏海は新宿の雑踏の中、懐かしい声で、懐かしい呼び方で呼び止められた。
驚いて振り向くと、そこには十年前と変わらない姿の龍太郎が立っていた。
「久しぶり、龍太郎変わらないね」
「そう? 海も全然変わらないよ」
「ウソばっかり、もうすっかりオバサンよ。今や二人の子持ちだもん。この子の上に五歳の娘もいるのよ」
あの時、無理をしなければ二歳半の息子もいた。そう口から出そうになるのを、夏海はやっとのことで呑み込んだ。
「君、何て言うお名前でしゅか?」
すると龍太郎は腰を落として目線をベビーカーに乗せてある明日香まで下げ、手慣れた様子で娘をあやし始めた。二人目と言うことであまり人見知りはしないが、全く初対面の龍太郎に、明日香はきゃっきゃと笑顔を振りまく。夏海には何だかそれが不思議に思えた。会わなかった時間の溝が埋まらないとでも言えば良いのだろうか。
 夏海の中の龍太郎は、まだ別れた二十四歳のままだった。当時の彼のイメージからは、赤ん坊をあやすなどということは考えられなかった。しかし、あの同窓会の時に結婚したと聞いた。あれからもう二年近くの時が経っている。彼にも子供が生まれていてもおかしくはない。それが夏海には妙に寂しかった。いま現に自分は子供を連れ歩いているというのに、龍太郎のそれを認めたくない自分がいる。
「明日香よ。今、八カ月」
「明日香ちゃんって言うんでしゅか。ママに似てかわいいでしゅねぇ」
龍太郎はそう言って、明日香の鼻の頭をつんと突いた。それでまた明日香が笑う。
「そう? 私に似てる?」
「うん、似てるよ、かわいい」
明日香は周りから雅彦にそっくりだと言われていたし、夏海自身もそう思っていた。それでも雅彦を一度も見たことのない龍太郎には、自分に似ている部分だけを拾い出せるのかもしれない。
「ねぇ、少し時間ない? 折角だもの、少し話していかない?」
続いて龍太郎にそう言われた夏海は、未来の保育園の緊急連絡用にと契約した携帯を開いて、現在の時刻を確認する。少しなら大丈夫そうだ。
「こんな偶然って、そうそうないもんね」
夏海は頷くと、ベビーカーを押しながら龍太郎と並んで歩いた。傍目には今、二人はどう映っているのだろう。仲の良い夫婦に見えるかしら……そんなことを思いながら。
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