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突風-Parallel 9

突風


二人は遊園地を後にし、最寄駅で帰りの電車を待っていた。
「今日は楽しんでもらえました?」
武田の言葉に夏海は笑顔で頷いた。
「倉本さん、まだ時間良いですか。」
武田にそう言われて、夏海は駅構内の時計を見た。まだ五時半をまわったばかり、夏の夕暮れはまだまだ先で、昼と言うも過言ではない。そんな時間帯にそんな風に聞かれるとは思わなかったので、彼女は少し面喰った。
 龍太郎との付き合いは、毎度終電との勝負だった。明らかに乗れなくなって、龍太郎の車で家の傍まで送ってもらうことも何度もあった。
「お昼に美味しいお弁当を作ってもらったから、夕飯は俺がおごります。もっとも、学生御用達の安い店しかムリですけど。俺のアパートの傍に、安くてうまい洋食屋があるんですよ。一旦、三駅先で降りてもらえますか」
武田はそう言って夏海を誘った。彼の実家は東京二三区の下町にあるのだが、彼はそこを離れて大学の近くに一人暮らしをしていた。
「時間はまだまだ大丈夫だけど、お金ないんでしょ? 私が払うわ」
「誕生日なんだし、俺に払わせてください。それより倉本さん、ビックリしないでくださいね」
夏海の申し出を彼は手を振って断り、そう付け加えた。
 しかし、学生相手の店でのビックリとはどういうことなのだろう、夏海はそう思いながら武田に連れられて、学生街の洋食屋に足を向けた。
そして、確かにビックリしたのだ。何がかと言うと、その量とその量に比例しない値段にだ。普通サイズのメニューももちろん用意されてはいる。しかし、中にいる学生と思しき面々は、大半が男性だったからもあるのだろうが、挙ってとんでもない量の盛りを注文していた。
「ねっ、言った通り驚いたでしょ」
「ちょっとね……でもとっても美味しいわ」
「それでこの値段なんですから。ホント助かってますよ」
武田はそう言って、カウンター席に料理を運んでいたこの店の主人の奥さんらしき女性に敬礼してみせた。
「ウチもいっぱいいっぱいなのよ。でもね、こういう学生さんたちの声を聞いちゃうと、サービスしないではいられないんだよねぇ」
それに対して、彼女はそう言って人の良い笑顔を二人に向けた。

「ああ、お腹苦しい」
夏海は店を出て一番にそう言った。
「そうですか? 俺なんかはいつもアレに慣れてるからかな、東京のランチなんか量が少なくって困ってるんですよ」
武田は中くらいの量を完食していて、更に夏海が残したものも攫えていた。
「ごめんなさい、今日のお弁当……量少なかったかしら」
夏海はそれを聞いて不安になった。
「いいえ、だって倉本さんほとんど食べてなかったし。俺ばっかが食って良いのかなぁって思ってたんです」
元々夏海は食が細い。武田がどんどんと食べ進めるのを、内心無理しているのではないかと心配していた位だ。龍太郎は『油断すると太るんだ』と言って、食べる量をコントロールする所があった。そうやって躊躇なく飲み食いできるのも、若い証拠なのだろうかと、そんな風に夏海は思ってから苦笑する。若いと言ってもたかだか四つではないか――妙齢の人間に言うと、そう言って叱られてしまいそうだ。

 店を出た後、駅に向かって歩き出した夏海に、武田が後ろからこう言った。
「コーヒーでも飲んで行きませんか。こっちです」
「何処に……いくの?」
店のない方に歩き出す彼に、少しどぎまぎしながら彼女が聞くと、
「俺のアパートじゃいけませんか。すぐそこなんですけど。チェレスタのCDが手に入ったんです」
ちょっと休憩して行ったら? そんな調子で武田は言った。だからと言って、ほいほいと付いて行っても良いものだろうか。夏海は逡巡しながらも結局は誘われるまま、彼のアパートに向かって歩き出していた。

「綺麗じゃないですけど。」
そう言いながら、武田は夏海を自分の部屋に迎え入れた。そう言う割には綺麗じゃないの。夏海はそう思って部屋の中を見まわした。物自体が少ないのだ。それでもクラシック好きの彼らしく、そういった類のCDが床に平積みしてあったのが目に付いた。
「あんまり見ないで下さいよ。POPSだったらレンタルもできるんですけど、こういうのは小まめに見つけて買わないといけないでしょ。で、バイト代をほとんどつぎ込んじゃうことになる」
武田は夏海がCDの山を見ているのに気付いて、苦笑しながらそう言った。
「これが言ってたチェレスタのCDですよ。大音量に出来なくて悪いですけど」
そして、彼はそう言いながら突き刺してあったヘッドホンのコードを抜いて、一枚のCDを機械に入れた。甘く物悲しい調べがアパートの部屋に充満する。
「私も、普段からあまり大きな音で聞いてないから」
耳の良い彼女は世間並みの三分の二位の音量で聞くのが常だった。それだからこそ、喫茶店のBGMにも反応してしまうのだろう。
 武田は部屋にある小さな冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出すと、紙コップにそれを注いで夏海に渡した。二人はそれを飲みながら、音楽の話を始めた。
 ひとしきり話した後夏海は、
「じゃぁ、御馳走様。本当に良い誕生日になったわ」
と言って立ち上がって、アパートの出入り口を目指した。だが、武田はそんな彼女の右手を掴んで引き止めた。
「待ってください。夏海……さん、これからそう呼んでいいですか」
「た、武田君? 離して!」
夏海は驚いてその手を振りほどこうとしたが、男の武田の手はびくともしなかった。
「俺、夏海さんのこと、初めて会ったときから好きになっていました。だから今日は、決めてたんです。部屋まで来てくれたら告白するって」
そして、武田は夏海にそう告げた。夏海はまるでいきなりの突風に煽られたような気分だった。夏海の心臓がキュンと一瞬跳ねた。
「で……でも、あなた小夜ちんとはどうしたの? 私、あの子から別れたって話は聞いてないわ」
そうよ、別れたのなら彼女から武田を直接知っている自分に泣きの一つも入らない訳がない。一旦は浮足立ったものの、気を取り直して彼女はそう考えた。自分と彼との関係を疑っていないのなら真っ先に相談するだろうし、縦しんば疑っていたとしても、それなら逆に嫌みの一つも聞かされてもいいものじゃないだろうかと……
「それはまだ……」
そう口ごもる彼を彼女は横目で睨んだ。
「だけど、夏海さんに会ったのは、小夜ちゃんと付き合うっていう話になったすぐあとだったから……そんな約束するんじゃなかったって、俺だって後悔してますよ。そしたら、こんなに悶々とすることなんてなかったと思うし」
やはり武田は小夜子と別れてはいない。
「だったら、そういう話はきっちり別れてからするもんじゃない? 私、二股かけられてるって解かってて付き合うほど、バカじゃないわよ。第一、私が龍太郎と別れたって知っていたとしたって、そんな物欲しそうな顔してた? 心外だわ!」
そして、だんだんと腹立たしく感じてきた夏海は、掴まれていない方の左手で――それが彼女の利き手であったこともあって――武田の頬を打ってそう言い放った。女の細腕では大した力ではなかったが、彼は驚いたのか手を話した。そして、俯くと、
「小夜ちゃんとは必ず別れます。だから、少し時間をください。小夜ちゃんは俺が夏海さんを好きだなんて夢にも思ってないだろうから。それに、この気持ちが俺の一方通行でも、それがために二人の関係、悪くなっちゃうでしょ? ねぇ、夏海さん、俺の独りよがりですか? じゃ、ないですよね」
武田は、小夜子との別れを約束した。夏海が『口でなら何とでも言える。』と反論しようとした時、逆に夏海の彼への気持ちを尋ねられて身体が強張った。そして、かなり逡巡した末に否定できずにこくりと肯いた。
 いつの間にか芽生えて消せなくなってしまった武田への想い。四つも年下、自分を慕ってくれている小夜子の彼氏――幾度も鍵をかけて封印しようとしてもできなかったのは、実は自分も同じだった。
「大丈夫です。小夜ちゃんには気付かれないように別れます。だから、俺に勇気をくれますか。」
武田はそう言って今度はしっかりと彼女を腕に絡め取ると、彼女の唇に自分の唇を深く重ねた。夏海は、全身の力が一気に抜けて行くのを感じた。
 ズルイ男だ。どう転がっても良いようにしているだけだ。でも……嫌いにはなれない。この先、この男がずるずると小夜子と引きずるようになっても、私はそれを許してしまうのだろうな。夏海はぼんやりとした頭でそう思った。

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