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明けましておめでとうございます。

2014年がはじまりました。

とはいえ、チェッカーのたすくは昨日まで仕事、そして明日から仕事という、全然お正月感のない年末年始です。

いやぁ、年末気付いたんですけど、「Turning Point」途中で放置したままでした。とりあえず、最後まで転載しておきましたので、よかったらご覧下さい。

今年はダイブロの方を引き上げて、ブログはこちらオンリーになります。今までの記事を引っ越ししたいのですが、コンパチでできるシステムがパソ鶏頭の私にはいまいちわからなくて、移動できないまま。さすがに1000を超える記事を手入れできる気力もございません。

何とか頑張ってみますが。どうしようもないときはダイジェストにでもして、引っ越してきます。

ま、ここは変わらないですけれど。

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Turning Point 18

 それから10年あまり、『御子を信じなさい、そうすればあなたもあなたの家族も救われます』のみことばの通り、先ず拓也が救われ、さらに献身(牧師になること)に導かれた。
 健斗は小学校のうちは喜んで付いてきたが、中学校に入るとそれを嫌がり、一旦は教会を離れたのだが、高校の近くにある教会にやっぱり友達絡みで導かれて、高校3年の春救われた。
 行かなくなったときには心配だったが、親のいない教会で健斗自身が神様と向かい合わなければならなかったのだろうと今は考える。

 そして、拓也は神学校を卒業し、なんと明日美ちゃんと結婚した。
 ウチは牧会のために妻帯をすすめる教団で、拓也が明日美ちゃんを好きなのは知っていたけれど、よもや4歳年上の明日美ちゃんがそれを受けてくれるとは思わなかった。
 聞けば明日美ちゃんのほうもずっと前から拓也を好きだったそう。
 私と博美さんが結婚式当日、感極まって姑同士で抱き合って泣いたら、篤志に笑われてしまったけれど。いいじゃない、あの時もし先輩が私を選んでいたら、こんなすてきな出来事は起こらなかったのだから。

 そして、任地に二人は赴き、一年後、明日美ちゃんは女の子を産んだ。名前は全愛(まさえ)。主の愛に包まれて、神と人とを愛するようにと拓也が名付けたのだが、
「どーでもいいけど、信者の子供の名前って難読が多いよな」
と、名前を聞いた篤志がぽつりとそう言った。
「そうかな、最近はそうじゃなくても変わった名前の子多いよ」
それに対して拓也はそう反論する。 
 確かに今の子供の名付けはフリーダムだけど、会員の師弟の名前はずいぶん前からそうだと思う。
 御国くんの名前を初めて聞いたとき、私はなんでこの子だけ名字なのかなって思ったから。彼のフルネームが榎本御国だと知ったのは、彼が拓也とゴスペルバンドを始める半年も後だった。

「ねぇねぇ、私あっちですごい人に会ったよ」
ある日の夜、博美さんが興奮気味で電話をしてきた。あっちというのは拓也たちの任地のこと。彼らの任地は北関東で、まだ仕事をしている私たちにはおいそれとは行けないのだが、博美さんは昨日、結婚記念日に二人の時間をプレゼントするため、久しぶりに出かけていたのだ。
「衛の会社の綿貫さん。冴ちゃんは覚えてる?」
残念ながら、私はその名前に聞き覚えはなかった。
「知らない。私が辞めた後に入った人かな」
と返す。先輩の死後、その人も辞めて北関東に行ったのだろうか。
 その時、丁度篤志がお風呂出てきたので、
「博美さんがあっちで綿貫さんに会ったんだって」
と言うと、
「へぇ、そう言えば奥さんと子供を実家に連れてくって休暇取ってたな」
と篤志が言った。そして篤志は私に、
「電話代わって」
と言い、私から電話を受け取ると、
「博美さん、びっくりしたでしょ」
と、言った。確かに岐阜にいるはずの人が北関東にいるのはびっくりだけど、私から電話を取り上げてまで言うことではないだろう。そう思っていると篤志は、
「本当に寺内さんってすごい人でしたよね」
と言った。

 そして、電話を切った後、篤志にその綿貫さんの話を聞いた。
 彼は私が辞めたことで入ってきたらしい、知らないはずだと思ったら、10年前、先輩の前夜式で会っているという。堀木さんと一緒にいた超肥満の男性がその人だと言うのだ。そうか、そんな特徴のある人だったら、10年経ってもわかるよなと思っていると、篤志の話には続きがあった。
 それは、その綿貫さんは先輩が亡くなったことを機に、ダイエットを始め、なんと人一人分の体重50kgを減らしたというのだ。そして、その課程をブログに載せたことで、同じくやせようとしていた奥さんと知り合い結婚したという、ドラマも真っ青なエピソード。
 
 神様のなせる技はまるで巨大なジグソーパズルみたいだと私は思った。
 一つ一つのピースの形で全体像は計れない。だけど、それぞれにはちゃんと収まる先があって、全てがつなぎ合わされた時、大きな恵みが完成される。あまりにも大きすぎて私たちは完成されるまでその恵みの大きさ深さに気づけないけれど、気づいたそのとき、私たちは喜びに満たされる。

 私と篤志は、博美さんと綿貫さんとの邂逅を思い、どちらからともなく頭を垂れた。

         - The End -
 

Turning Point 17

 成人の日、私たちは『新年聖会』に参加するため、大阪にある教会に行った。
 この聖会も、昔は2日か3日のどちらか聖日(日曜日のこと信者はこう呼ぶ)に当たらなかった方にしていたのだが、ハッピーマンデー法が施行され、一月の第二月曜日が確実に休みになった昨今、この日に固定された。
 とは言え、大阪から離れているウチの教会からの参加者は少ないし、翌日から新学期が始まるため、子供たちも留守番だ。だが、行ってみると、小学生は予想通りいなかったが、中高生は結構いて、夏の教団キャンプで知り合ったメンバーから、
「今日は菅沼くん来てへんの?」
と残念がられてしまった。その話をすると、安藤先生が、
「ゴールデンウイークに青年大会があるんです。私も参加しますから、良かったら拓也くんを乗せていきますよ」
と言うので、
「そんな、ご迷惑じゃないですか?」
私は恐縮してそう返したが、
「いいえ、明日美ちゃんや御国くんも一緒に行きますから」
安藤先生は笑顔でそう返した。明日美ちゃんが行くと知ったら、拓也は他に用事ができたってそれを蹴ってでも行きたがるだろう。
「じゃぁ、お願いします」
篤志もそう思ってか、ニヤニヤしながら先生にお願いした。

 そして、聖会が終わってそろそろ帰ろうとしていたとき、私たちに慌てて近づいてくる人がいた。博美さんの姉、曳津順子さんだ。
「菅沼さん、いらしてたんですね。
受洗おめでとうございます」
順子さんはにこにこしながらそう言って頭を下げた。
 洗礼式当日、初めておめでとうといわれたときには面食らったが、信者にとって受洗は、第二の誕生日とも言える日。『生まれ変わっておめでとう』ということなのだろう。
「ありがとうございます」
「あの時は、主人が失礼なことを申しましてすいませんでした」
続いて順子さんは、ちょっと恐縮したようにそう言った。
「いいえ、普通はあれが正しいと思いますから。
それに、曳津先生のあの一言がなければ、あの場所で博美さんの許し言葉も聞けなかった訳ですし、すべては御心なんだって今は思ってます」
そう、自分たちを離婚に追い込んだ女に、『感謝します』と言いきれるのはどこからきてるのだろう……それが私たちの救いの初穂だった。
「主人がね、ヒロたちが離婚したとき、『人の思いに勝る神の御思いを感じる』って言ってたんです。あの時はその意味が分かりませんでしたけど、振り返ってみて、本当にそうだなぁと思って」
「そうですよね、俺たちみたいなのを救うのに、神様なんでこんなに頑張るかなって」
順子さんの言葉に、篤志がそんな相づちを打つ。
「それが神様の愛なんですよね。
ヒロもね、菅沼さんたちの受洗の報告の電話でね、『私って本当にいろんなところを通らせてもらって、ホントに神様に愛されてるよね』ってしみじみ言ってました」
病気も離婚も再会も死別も全てを神様に愛されていることと言い切る博美さん。私はそこまでの信仰は持ってないけれど、神様は本当に思いもしない方法でご自分の民を興される。ただ、愛の故に。
 
 そして今、その愛の中におかれていることを本当に幸せだと思った。

Turning Point 16 

 私たちが教会員になった年が終わり、新しい年が始まった。

 そして、一年の始まりは教会から。日本の教会全部ではないが、一月一日に元日礼拝を挙行する教会は多い。今でこそコンビニやスーパーなど営業していたりするが、昔はみな休みだったし、初詣の意味合いもある。年の始めに神様に祈りを捧げるのだから、行く場所は違えど、歴とした初詣だろう。
 私は、家を継いでいる弟の正貴にも、
「朝初詣に行って、昼から行くわ」
と言っておいた。

 実は私は、私たち夫婦がクリスマスに受洗したことを私の親兄弟には話していなかった。ウチの両親は不惑もすぎた娘の決断に水を差すような親ではないと思うが、それでも、一応家の宗教と呼ばれるものはあったりするから、あまり良い顔はしないだろうと思ったからだ。

 それでも、食前感謝の祈りとか言葉の端々に出るみことばとか、感謝という台詞で、何かが違うと親も気づいたらしい。
「なんか変な宗教にはまっとるんやねぇやろね」
と、心配気に母に言われて、ちゃんとした教会で受洗したと話した。
「まぁ、篤志さんも一緒なんやし、仏壇は正貴が継ぐから、お母さんは何も言わんけどな」
と言いつつ、母は複雑な表情だった。
 それに対して私は、
「何も変な宗教じゃないし、本当に長年の重荷が取り去られた……」
と、救いのあかしを力説しようとしたが、篤志にそれをやんわりと制された。不満げな私に、篤志は帰りの車の中で、
「いきなりまくし立ててもたぶん却って受け入れてもらえなくて、心配されるだけだ。
それより、これからの俺たちの生きざまを見てもらおう」
と言った。確かに、先輩はその生き様で大胆にあかしして、そのおかげで私達は救われたんだけれど、ふつう先に逝くのは親だ。手を拱いている内に伝わらないまま終わってしまうなんてことにもなりかねない。すると篤志は、
「大丈夫、祈り続けていれば、きっと話す機会はいくらでも神様がくださるさ」
と言って、一旦車を路肩に止めて、私の肉親の救いの導きを祈ってから車を発進させた。

 

Turning Point 15

 求道者(信者ではなく教会に来ている人々を教会ではそう言う)が神様を信じて洗礼を受けたいと申し出た時、教会は直ちに洗礼を施したりはしない。洗礼準備会(教団によって、若干名称が違うところもあるようだが)というものをして、本当にその人に確かな信仰があるのかを確かめてからしか、洗礼式は行わない。

 先輩が亡くなってから急遽洗礼式を行えたのも、数週間後のペンテコステに受洗が決まっており、粗方の準備会の日程を終了していたからだと聞いた。
 何故そこまでガードを堅くしているのだろうと思わないこともないが、その昔はバレれば死ぬという時代もあったのだから、信仰表明にはそれなりの覚悟をもてということなのだろうか。
 
 私たちはその洗礼準備会でこの教団の基本的な教理を学び、決心までの経緯をあかしとして認めた。
 私はもちろん、先輩への想いから始まった神様の不思議な導きを綴ったのだが、
「どうせ、週報に織り込むんだから先に読んでも良いぞ」
と言われて篤志に見せられた彼のそれを見て、私は少なからず驚いた。そこには彼もまた先輩に対してずっと罪の意識を感じていたことが綴られていたからだ。
 
 私より二年入社の遅い篤志は、最初から私が好きだったようだ。しかし、当時の私は先輩しか眼中になかったし、そうでなくても年下の篤志は私にとって対象外だった。
 篤志は、先輩が妻帯者なのにも関わらず、何かと私を頼りにする(本当は大学時代から知っていた分、頼みやすかっただけなんだろうけれど)ことを疎ましく思っていたようだ。
 先輩と博美さんが別れた時、当然それは私を得るためだと思って、憎しみすら抱いたという。
 だけど、先輩は私の手を取ることはなかったし、それで篤志は私を得た訳だけれど、結婚して15年あまり、篤志は私が先輩に対してまだ想いを残しているのだと分かっていた。 
 そうして行った前夜式で私のとった行動で、私の先輩に残している想いが恋情ではなく、後悔であることを知った篤志は、正直ホッとしたという。

 さらに 、私を許し教会に誘う博美さんに興味を持った。というより、どちらかと言えば、こんな風に言ってはいるがそれは絶対にパフォーマンスだろうと。いつかしっぽを出すのを楽しみにしているという、いささか意地の悪い感情から教会に通いだしたのだった。
 
 だけど、博美さんにそんな裏表などあろうはずもなく、毎週通う内、篤志は教会生活の中で次第に自分の中に潜む罪と向き合うようになっていき、悔い改めに導かれた。
 私のように、明確に罪の自覚がある者の方が、実は救われ易いのだそうだ。そうかもしれない、人間的な物差しでは、自分の罪を認識することは難しい。神の物差しで見て初めて人は、自分が罪の存在だと気づくことができるのだ。

『義人はいない、一人もいない』
御子によって赦されて初めて人は神の前にたてる。だから、私も赦されて主の前にたちたい。篤志のあかしはそんな言葉で締められていた。

「でも、ちょっと長すぎるんじゃない?」
しかし、パソコンで綿々と書かれたそれは、原稿用紙で一体何枚になるんだろうと思われる量だ。
「ああ。最終的にはもう少し端折ろうと思ってる。けどさ、安藤先生と冴子にはきっちし一から全部見せときたくてな。
でないと、一緒に祈れないだろ」
「何で?」
この赤裸々なあかしと、祈りに何の関係があるのだろう。
「カッコつけちまうからだよ」
そうか、祈りは神との対話だが、一人で祈るときはともかく、複数で祈るときはえてして人の方を向いてしまいがちだ。
 私はこれから祈りあっていこうという篤志の気持ちに胸が熱くなった。

 ちなみに後日このあかしを持っていったら、安藤先生は
『そのままでいいですよ』
と言われた。なんでも、安藤先生の母教会(自分が信仰を持った教会のこと)の青年で、ルーズリーフ28枚にわたって綿々と書いた当時大学生の兄弟がいたとのこと。もちろん、母教会の先生はそれを小冊子にして週報に添付したという。
「俺のは本とまではいかないけどな」
上には上がいるもんだと、篤志は苦笑していた。
 

Turning Point 14

 私はただ、『信じます』と言っただけだ。しかも、礼拝中だったから、声に出して言った訳じゃない。
 だけど、その一言で私の世界は劇的に変わった。
 
 私は自分で思う以上に『あの一言』を悔やんでいたのだと思う。先輩の離婚劇の真相を知り、博美さんの置かれていた状況を知ってからは特に。その重石が一気に取り除かれて、赦されたという喜びが全身をかけ巡って、許されるならその場で踊りだしたかもしれない。
「冴子?」
号泣に近い私を隣の篤志は心配そうに見つめる。その篤志に口パクで『後でね』告げると、私はまた前を向く。程なくして、安藤先生のメッセージが終わった。
 そして私は、礼拝が終わるのもそこそこに自分の決心を安藤先生に伝えた。安藤先生はもう大喜びで、すぐに博美さんと篤志を招き寄せた。
 
 博美さんは私よりも大泣きでその報告を聞き、篤志は、
「決心のみことばがローマ書だなんて、おまえかっこ良すぎだろ」
と言い、
「どんどん先に行くなよな」
と言ったが、その顔は笑顔だった。

 不思議なもので、御子を受け入れたとたん、それまで難しいとばかり思っていた聖書の言葉は、それからどの架書も自分に向けて書かれているように感じるし、日々のデボーションが全く苦にならなくなっていた。
 それどころか、衒(てら)いがあるからと篤志とのデボーションを自分で断ったのに、以後の私は毎朝、その日の聖句と所感を彼に報告するのが日課になった。
 負けず嫌いの篤志は、そんな私の変わりように焦ったのかもしれない。それが、ノー残業デーの水曜日にあることも手伝って、祈祷会に熱心に参加するようになり、私から遅れること一月、彼もまた御子を主として受け入れた。

 そして、クリスマス礼拝のこの日、私たちは夫婦揃って主の家族として新しい歩みを始めた。

 私たちの洗礼式を見て、博美さんはまた号泣していた。
 先輩の前夜式の時、私に感謝すると言った博美さん。あのとき、私はその意味が分からなかったけれど、思えばあのときから、いや、私が先輩と博美さんをやっかんであんな発言をしたときから、この救いは始まっていたのだろうと思う。

 本当に……神様の導きは不思議だ。


【家を建てる者の退けた石が隅の親石となる。
これは主の御業。
私たちの目には驚くべきこと。
今日こそ主の御業の日
今日を喜び祝い、喜び踊ろう】

   

Turning Point 13

 その翌週の安藤先生のメッセージは、ローマの信徒への手紙からだった。
 ローマの信徒への手紙というのは、パウロの書簡集と呼ばれているものの一つ。パウロは半隷属されているユダヤ人の中にあって、ローマの市民権を持っているエリート。当時のユダヤのセレブリティーだ。
 当然高学歴なので、その考えは深いのだが表現方法は難解……私には無理と逃げ腰な部分だったのだが、この日のメッセージはぐいぐいと私の中に染み込んできた。
 
 神様を知って従いたいと思っているのに、やっぱり日々の生活に流されていく自分。何よりその根底には、自分が言ったことで先輩と博美さんを不幸にしたという事実。
 実はパウロ自身が新しい教えに従い始めたユダヤ教徒を迫害する最先鋒として、各地を巡っていたときに、復活した御子と出会い、劇的な人生の転換を経て大伝道者となっていったと知ったのはつい最近のことだ。

「あなたは自分は罪を犯した。もう、許されてはならないと思ってはいませんか」
安藤先生はその朝も、持ち前の高めの優しい声で説きはじめる。
「しかし、パウロが言うように、神の眼から見れば私たちは誰もが罪人です。
よく罪を負債にたとえることがありますが、
たとえばAさんが1兆円の借金をしていて、Bさんは3兆円、Cさんは10兆円の借金をしていたとします。
人間的には額の大小を問いがちですが、神様にとって額の大小はまったく問題ではありません。
問題は、人間は皆等しく神に大きな負債を抱えていて、人間の力ではだれもその負債を返すことができないのだということです。
しかし、人にできないことも神にはできます。
神は御子をこの世に下してくださいました。そして、その御子を信じる者の罪を許してくださるのです。
いいえ、それを言うならば、私たちはもう許されています。神様からの一方的な恵みで私たちは既にそれを受け取っているのですから。
私たちはそれを受け止め、ただ一言、『御子のゆえにそれを信じます』と言えばそれで良いのです」

 本当に、信じますと言うだけで良いのだろうか。何だか怖くて『信じます』の一言が心の中でさえ言いたいのに言えない。
 
 その時、私は、パウロはかつて迫害する側の人間であったことを思い出した。
信じる者は敵であった者でも受け入れる御子。それは一方的な神様からの愛。
『そう、君はそのままで良いんだよ。そのままの君を愛している』
どこからともなく聞こえてきたそんな声に押されて『信じます』と決意したとたん、私は涙があふれて止まらなくなった。

Turning Point 12

「教会でなんかあったのか?」
情けない気持ちで家に戻ると、篤志は目覚とくそう聞いた。
「ううん、教会じゃない。私つくづく博美さんに悪いことしたなぁと思って」
私がそう言うと、
「何か責められることでも言われたかって……博美さんはそんな人じゃないわな」
篤志は顔を一旦歪めてから首を傾げながらそう言う。
「うん、博美さんは全部自分が悪いって言うんだけどね。どう考えても、悪いのは私だっと思うと情けなくてね」
私はそう言うとため息を吐いた。

「確かに、お前のしたことは正しいとは言い難い。だけど、終わったことはしょうがないだろ。
まぁ、落ち込んでるお前につけこんでさっさとモノにした俺も結構姑息だと思うけど」
「篤志……」
確かに、篤志は私が先輩に振られたと知って猛アタックをしかけてきた。だけどそれはよくあることだし、篤志としては結局半ば強引に同棲に持ち込んだことを言っているのだろうが、追い出せなかった時点で、私は彼に依存し始めていたのだと思うし、もっと言えば彼に惚れて始めていたのだと思う。
 
 私はそんな『罪人の頭』とも言うべき自分たちだけが結果ハッピーエンドというのが心苦しいのだ。 
「博美さんとデボーションするのが辛いんだったら、俺とするか?」
すると、篤志はいきなりそんなことを言い出した。
「篤志と?」
「お前いつの間にか聖書開けるのが速くなってるしさ、最近、礼拝でもメモ取ってるだろ。なんかお前に一歩先行かれてるみたいでさ、悔しいんだよ」
篤志はそう言って笑う。
「あ、あれ? 聖書を開けるのが速くなったのは子供礼拝のおかげなの。必殺技があるのよ。
マタイ、マコ、ルカ、ヨハネ伝。使徒、ロマ、コリント、ガラテヤ書……」
そう言って、私は往年の鉄道唱歌の歌詞に乗せて歌う、「聖書早引きの歌」を歌い始めた。この歌は新約はもちろんのこと、旧約聖書のものもある。
『覚えると確かに楽なんだけどね、ゼファニアとか、ペトロの手紙とか(どちらも旧新約の最後の方に位置している)なんかは全部歌いきらないとでてこないでしょう。そういうときは非効率だと思うわ。
それにこれ、口語訳だから時々タイトル違うしね』
とその時、博美さんはそう笑いながら教えてくれた。

「篤志とやるのは止めとくわ」
そして、歌い終わった後、私は彼にそういった。
「何で?」
「別に、大した理由はないけど」
 まだまだ未熟な私ではそれこそ『盲人の手引き』になってしまいそうだし、そうでなくても博美さんとのデボーションはこれからも続けていきたい。
 何より、篤志では祈りに衒(てら)いが出る。神様に祈っているのだから、人を見ちゃいけないんだろうけど、夫婦だからお互い解っている反面、夫婦だからこそ気恥ずかしいものもあるのだ。これだから、身内の伝道は難しいと言われるのだと思う。
「俺は、祈祷会にでも出てみるかな」
すると篤志はそう言った。彼も彼なりに信仰と向かい合おうとしているみたいだ。

Turning Point 11

「ごめんなさい、私がいなかったら……」
そう言った私に、
「ううん、私は冴ちゃんに本当に感謝しているのよ。それに責められるべきは私の方だもの」
やっぱり私に感謝するという博美さん。
「何故?」
私は博美さんが罪悪感を感じていることに驚いた。私には彼女は一番の被害者だと思うのだが。
「冴ちゃんは、本気で私たちを別れさせるつもりはなかったんでしょ?」
そして、続いて博美さんが言った言葉に、私は頷いた。

 私はあの時、先輩と不倫していることをにおわせるような電話を確かにしたのだけれど、実際、そんな事くらいで先輩と博美さんがあんなに簡単に別れるとは正直思ってはいなかった。
 私は、博美さんが、先輩を問いつめてケンカにでもなれば良いんだという気持ちだった。それくらいで壊れるとは思わなかったからできたこと、それで壊れるのならそれくらいの夫婦、壊した方が先輩のためになると。

「あの時ね、衛はあなたのことは否定しなかったの」
「先輩、否定しなかったんですか?」
私は、先輩が私のウソに乗ったと聞いてまた驚いた。
「うん、あの時衛は『魔が差した』って、土下座したの」
「なんで……」
先輩は博美さんの世間的に言えば潔癖症ともとられるような考え方くらい解ってたはずでしょ?
「私もね、ホントは許そうと思えば許せた。だって、衛はそのときはまだ、会員ではなかったんだし。
でも、私はあの時、頑なに衛を拒んだの。
当時の私は、あなたの方が衛に相応しいと思っていたから。でもね、それってよくよく考えたら自分の弱さで衛のことをあなたに丸投げしただけなのよね」
「相応しいだなんて」
罠を仕掛けるような女が先輩に相応しいわけがない。
「ううん、私は正直ホッとしたの。私は彼の妻であることにからきしの自信もなかったから。
ああ、私はやっぱり妻としては役不足なんだなって思った。だから、衛には冴ちゃんと幸せになってほしいと思ったの。
それって、自分はなにも努力しないで、投げ出しただけだよね。
それに、衛がいなくなっても、私には明日美がいるって」
そう言って、博美さんは深くため息をつくと、
「でも、結局は衛をひとりぼっちにしただけだった。
だから、衛を過食に追い込んだのは冴ちゃんじゃない、私だよ」
伏せ目がちにしみじみそう言った。
「だって、博美さんは知らなかったんでしょ。じゃぁ、仕方ないですよ」
私が、頭を振りながらそう返すと、
「ただ、許すとそれだけ言えばよかっただけなのに。やっぱり『罪の報酬は死』私は大罪人だよ。死ぬべきは私だったのにね」
それに対して、博美さんはまっすぐ前を向いてそう言った。そんなことを言ってしまえば私なんか未遂とはいえ、姦淫の罪。聖書の時代なら、石で打たれて死ななければならない大罪人だ。 
 やはり、罰せられるべきは私。私は自分の浅慮さがほとほとイヤになった。

  

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