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番外、綺麗なお嬢さんは好きですか?-帰ってきた道の先には38

 今日は久しぶりのお休みで、絵梨紗ちゃんとデート。
 待ち合わせに現れた絵梨紗ちゃんは小花柄のチュニックに白いレースのミニ丈のティアードスカートに、編み上げサンダル。まるで絵本から出てきたみたい。僕は鼻血が出そうになって、思わず鼻を押さえた。
 行き先はビルの森の中にある水族館。海の生き物には本当に癒される。特に、勇壮に勢いよく泳ぐマグロの大群は本当に……旨そう。そう思ったら無性におなかが空いてきた。それもそのはず、そろそろお昼だ。
 マグロを見た後だったんで僕の口はどっちかと言えばお寿司を要求していたんだけど、とりあえず絵梨紗ちゃんの意向を聞いてみる。
「何か食べたいもの、ある?」
すると、
「うーん、ケバブ食べてみたい。確かこの辺においしい店があるって聞いたんだ」
という答えが返ってきた。ケバブというのはトルコ料理。平ったく言えば焼き肉みたいなものだ。まだまだ小学生の絵梨紗ちゃんは、ご両親か谷山先輩としかこの街にきたことがなく、歩きながら頬張るようなその店のケバブは、お行儀が悪いと食べさせてもらえなかったのだという。
 その教育方針をあっさり曲げて一緒に買い食いしても良いものなのかと思わなくもなかったけど、僕の賤しい口はケバブと聞いただけで口の中に肉汁を待つ始末だったので、あっさりとその誘惑に負けて彼女の言うケバブのお店に向かい、ドネルケバブを一つずつ買い、食べながら歩いた。
 半分くらい食べただろうか、その時僕は、
「ヨシ、久しぶり」
と呼び止められた。振り返るとそこには中学時代の同級生の佐々木がいた。
「久しぶり、元気だった?」
「おう、まあまあな。なんとかもぐりこんで会社員やってるよ。ヨシは」
「うん、僕も似たようなもん」
と僕たちはお決まりの挨拶を交わす。すると、佐々木は絵梨紗ちゃんに眼をやって、
「ところで、横にいるのは、妹……じゃないよな。おまえんち男ばっかだったもんな。カノジョ?」
と言った。僕は男ばかりの3人兄弟の末っ子だ。佐々木はそれを知っている。
「うん、ああ」
と、それに僕は適当に相槌を打つ。すると、僕を横目で見ていた絵梨紗ちゃんが、
「はじめまして、宮本美久の婚約者の櫟原絵梨紗(いちはらえりさ)です。宮本がいつもお世話になってます」
と言って、佐々木に頭を下げる。見るとちょっぴりふくれっ面だ。恋人として紹介してもらえなかったのが不満らしい。
「こ、婚約者ぁ!」
一方、それを聞いた佐々木は信じられないというのがありありと判る顔をしている。
「うん、一応」
別に隠したい訳じゃないんだけどね、やっぱり婚約者って響きは照れくさいから。僕がそう思いながら頭を掻いていると、佐々木は俺の腕をとって強引に5~6メートル向こうに引っ張っていくと、
「お、お前、婚約者って、あの子いくつだ」
とひそひそ声で聞く。
「うん? 12」
この間誕生日がきたから、12歳になったはずだ。
「12!?」
絵梨紗ちゃんの歳を聞いて佐々木がまた素っ頓狂な声をあげる。
「お前それ、犯罪だろ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ、アブナイことなんかしてないから、犯罪じゃないよ」
佐々木の言いぐさに、僕は不満がましくそう答える。
「でも、婚約者なんだろ」
「結婚してるわけじゃないし」
「結婚できないの間違いだろ」
佐々木はそう言ってため息をついた後、ニヤリと笑うと、
「それにしてもヨシがロリだったなんてな」
と言った。
「な、何だよ、それ。そんなんじゃないよ」
「じゃぁ、政略結婚か?」
「そんな政略立てるほどの金持ちじゃないよ」
「だろ? 何にしたって、自分の半分の歳の娘と結婚しようなんて考える時点でロリ決定だろうが」
「あ、これにはさ、いろいろと深い訳があって……」
絵梨紗ちゃんはエリーサちゃんで、エリーサちゃんは最初マシューで、僕は彼女が大男だったときから好きだから、決してロリコンなんかじゃないと心の中では言いつつ、でもそんな夢の話をするわけにもいかず、口ごもった。僕の答えに佐々木は、
「ま、な。小学生ならお前より背が高いなんてことないもんな、でもあの子ハーフっぽいじゃん。その内逆転するんじゃね?」
と返す。ううっ、内心気にし始めてることをさらっと言うんじゃない! そうさ、愛情は身長じゃない、身長じゃない……と思いたい。
「ねぇ、ビクいつまでお話してるの!」
そのうち、男たちのひそひそ話に痺れを切らせた絵梨紗ちゃんが仁王立ちで怒っている。
「あ、悪ぃ。引き留めちゃったみたいだな。それにしても『ビク』なんて呼ばれてるわけ? ヨシ」
すっかり今から尻に敷かれてんじゃんと、佐々木は吹き出した後、
「俺はやっぱ、きれいなおねーさんの方が良いな。カノジョにおねーさんとかいないの」
「いるよ」
「おっ、その子いくつ」
「25」
「俺らより年上? いやぁ、歳離れてんだな。けど、年上もそそられるねぇ、是非紹介してよ」
佐々木はにやにやしながら、僕にそう言う。
 そう、絵梨紗ちゃんには確かにお姉さんがいる。僕、ウソは言ってない。
 だけど、その人僕の先輩の奥さんなんですけど。先輩に殺されてもいいんなら紹介くらいはしてあげるけどね。
(先輩今、超デレモードだからね、何されても責任持てないよ。それでも良いんだったらね)
僕は心の中で佐々木にそう言って、口角をあげた。






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theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

ファンタジーなんてっ……

希代の魔術師、これにて終了とさせていただきます。なんとなくエンドマークを付けるのも寂しくてつけなかったですけれど、オラトリオ組は一応コレでお別れと言うことで……

今回、苦労したのは、ズバリ名前。日本人の名前なら比較的苦労したことのないたすく、カタカナ名前に悪戦苦闘いたしました。
また、よしゃいいのに、王族面々にミドルネームなんぞ冠したもんだから、面倒臭さ倍増。一人(コータル殿下)に付けたら、他の子に付けない訳にはいかなくなって、アップアップ……

なので、英語もどきの世界の設定ですが、キャラの一部は英語の発音に準じてないです。

大体、主人公のビクトール・スルタン・セルディオ自体がもう既にイタリア系。だけど、クラウディア(この子はドイツ系かな)ビクターって呼ぶのが正解なんですけど、どうもビクターではお軽いと思ってしまったんですよね。

ミシェルは天使という意味でのネーミングですが、完璧フランス語の読みです。英語だとマイケル。でも、マイケルにすると、元気に走り回ってしまうんですよね、脳内で。最後には「ミッシェル・ポルナレフ」さんはイギリスのロックアーティストだったよねってことで、押し切りました。

それにちっとも武くんにかすってないってお思いかも知れません。実はそこはたすく、ちゃんとググりました。ミシェルのミドルネームのクウェルクスは英語で櫟の意味です。

フレデリック(こいつもドイツ系?)の愛称はフィール。つまり気分ちゃん(紀文ちゃん)ということなんですよ。

最初はどーだろ? とかも思ったんですが、『異世界だもん!』の一言で全部開き直ったたすくでした。

ふぅ、ファンタジーなんて、大っ……好きかも知れない。

だって、次回は日本に戻って、美久たちの後日談書くんですもの。

すいません、まだまだ「ターポイ」に帰れそうにもありませんです。

theme : ひとりごと
genre : 小説・文学

天使の休息 後編

 それから一週間……
 アイザックは後悔していた。
(お外で遊んじゃいけなかったんだ。ミシェルはずっと病気だったのに……)
 父上がボクをミシェルのお部屋に入れてくれないのはきっと怒ってるんだと。
 アイザックがそんなことを考えながら自室で膝を抱えていると、そこにエリーサが入ってきた。
「ははうえ、ミシェル大丈夫? ボク、ごめんなさい。ちちうえ怒ってる?」
アイザックは、あふれてきた思いを整理できないまま、次々と口にする。
「いいえ、お父様は怒ってらっしゃらないわ。それに、ミシェルの目が覚めたの」
「ミシェル、起きたの!」
ミシェルが起きたと聞いて、まだ幼い彼はそれが元気になったと同義だと捉える。加えて、
「ええ、あなたにご本読んでほしいって」
と、ミシェルからそんなお願いをされれば、彼のテンションが一気に浮上するのは当然のことだろう。
「うん、行ってくるっ!!」
アイザックはぱぁっと顔を輝かせて、本棚にある一冊の絵本を取りだした。それは男の子とぬいぐるみが大冒険する物語。デニスがミシェルとシェリルを主人公にして書いたものだ。
 実はアイザックはまだ文字が読めない。しかし、その本はミシェルとともに何度も何度も母から読んでもらっているものなので、彼はページを開くだけで母そっくりの口調でそれを『読む』事ができるのだ。
 元気よく飛び出して行ったアイザックには、部屋に残った母エリーサが一人声を押し殺して泣いていた事を知る由もなかった。
 
 アイザックはいそいそとミシェルの部屋に入ろうとしたが、その中の空気の張りつめ具合に一瞬立ち止まった。ミシェルの元気になったとは言えないその姿と、父や祖母、伯父までが詰めている状況に気後れしてしまったのだ。それに気づいた父親の、
「ザック、入っておいで」
と言う声でやっと入室できた彼は、素早く父親の脇にへばりつく。
「ミシェル、アイザックが来たわよ」
クラウディアがミシェルの髪を撫でながら優しくそう言う。それを聞いてミシェルは、
「ごほん、よんで」
と、全身から絞り出すような声でアイザックにささやきかけた。
「うん」
アイザックは絵本を開いた。あとはノンストップで読み進めるだけだ。抑揚をつけて語っていくにつれてアイザックは物語に集中して周りの緊張感を忘れていった。
 そして、アイザックは、
「おしまいっ」
と元気よく叫ぶと、どや顔でミシェルを見る。ミシェルは穏やかに微笑んで、傍らのシェリルを今一度引き寄せると、
「おもしろかった、ありがと、またね」
と言って、すーっとまた眠りの-今度は覚めることのない-世界に旅立っていった。周囲に嗚咽の漏れる中、
「あれぇ、ミシェルまた寝ちゃったのぉ」
とアイザックだけがその意味を解らずつまらなそうにしていた。

 翌日からアイザックはまたミシェルの部屋に入れてもらえなくなった。ミシェルとはあれからお庭で一回会ったきりだ。
(ミシェルはそのときもずっと眠ってたけど)
(いつになったら、ミシェルとまた遊べるのかなぁ)
アイザックがそんなことを思いながらミシェルの部屋の前に立っていたときのことだ。
「ザック、久しぶりだな」
そう言って声をかけてきたのは、デニスだ。デニスは父の古い友人だが、ミシェルとも仲がいい。
「ミシェルに会いに来たの? でも、ミシェルの部屋には入れないよ」
「知ってるよ、ミシェルはもうここにはいないからな」
「えっ、ミシェルいないの?」
ミシェルがいないと聞いてアイザックは驚いた。
「ああ、ミシェルはな、シェリルと新しい旅に出たんだ。今日はそれをザックに伝えに来た」
デニスは、屈んでアイザックに目線を合わせてそう言った。
「ミシェルが旅?」
「そうだ、アシュレーンでゾウを見てくると言ってた。それだけじゃない、いろんなとこでいろんな物を見てくるそうだ。だから、しばらくは帰れない。でも、時々連絡をくれるそうだ」
まだ小さいアイザックはミシェルにもう会えない理由をそんなデニスの説明で納得したようだった。
「ミシェル旅に出たのかぁ、ボクも行きたかったな」
アイザックはちょっと残念そうにそう言った。すると、デニスは頷きながら、
「ザックもいつかは行ける」
と返した。
「ボクもいつか行けるの?」
「ああ、いつかはな。ただまだまだずーっと、ずーっと先だ。きっと、その時にはミシェルが迎えに来てくれる」
「ホントに?」
「ああ、本当だ。だからそれまでいい子で待てるな」
ミシェルにまた会えると、瞳を輝かせたアイザックの頭を撫でながら、デニスはそう言った。しかし、笑っているその眼にうっすらと涙が浮かんでいることに、アイザックは気づかなかった。

-ガッシュタルト城、執務室-

「先ほどは、どうもありがとうございます。」
「見ていたのか、セルディオ」
執務室に入った途端、立ち上がって頭を下げるビクトールに、デニスは照れながらそう返した。
「はい、ザックはあれから毎日あそこで長い間立っているものですから。正直、あの子にミシェルの死をどう説明すればいいのか迷っていたんです」
それに対して、ビクトールがため息をつきながらそう答えた。
「そうだな、下手にストレートに話すと、雪遊びの件があるから自分のせいでミシェルを死なせたと思うだろうしな。ザックが嘆き悲しむ姿をミシェルはそれこそ望まんだろう」
デニスは脇に置いてある椅子にどっかりとふんぞり返ると、
「それにあれはな、儂の次回作の執筆宣言だ」
と続ける。
「あの物語の続きを書いてくれるのですか、ザックのために」
「ザックのためじゃない、儂自身のためだ。儂が自分の中で昇華させたいのだ。あやつはある意味儂の理想だからな」
「あなたの理想?」
「そうだ、血として王に一番近い位置にいながら王にはなれなかった、あやつと儂はどことなく境遇が似ている。むしろ自由に動けない分、あやつの方が悲惨だ。
なのに、あやつはいつも笑っている。嘆くことを知らないのだからな。最初は見てて悲しくなったぞ。
だけどな、それはあやつがあの過酷な己が人生を全うするための天の計らいだと思うようになった。
だからこそ、あやつは関わる全ての人に愛される存在なのだと。あやつと関わるとどんな者も癒されるからな。そして、儂も癒された者の一人だ。そんなあやつには、せめて伽の中ででもいつまでも生き続けてほしい。と言うか、物書きの儂には、想いの全てを認めなければ、あやつを思い出にはできそうにないのだ」
何とも厄介な性分だろと、デニスは苦笑した。
「閣下……」
「書かせてくれるか」
「ええ、是非に。閣下は素晴らしい魔術師です。私にはミシェルをそんな形で永らえさせることはできませぬ故」
「セルディオ、閣下は止めてくれ。もうあの頃の儂は捨てたのだ。
しかし、魔力のかけらもない儂が魔術師か」
これは面白いと、デニスはビクトールの言葉にそう言って豪快に笑った。

 以後、デニスはミシェルとシェリルの冒険をライフワークとして書き続けた。彼が最期に認めていたのも彼らの物語だったという。そしてデニスは、
「ミシェル、待たせたな」
満足げに笑うと、彼と共に旅立ったという。













 

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

天使の休息 前編-稀代の魔術師22

ガッシュタルト城執務室-

(雪か……)
 ビクトールは目を通していた書類から顔を上げて窓の外を見る。温暖なガッシュタルトには珍しく、どうりで今朝から寒かったはずだと。
 まるで今のこの国そのままの天気だなと、ビクトールはこっそりため息をついた。
 ここの所、ミシェルの調子が思わしくない。元々彼が自身で体調管理ができるはずもなく、少しでも気分が良いと動き出してしまう。それでも 起きていられるのは隔日、いや2日おきになってきているのだ。
 魔法は万能ではない。外傷に対しては跡形も消してしまうほどの威力を発揮したりもするが、逆に内から弱っていく症例にはもどかしいほど役に立たない。加えてエリーサは第二子を妊娠中であり、王の体調も優れないため、ビクトールが政務を代行しながらフレデリック・クラウディア・ビクトールの3人が王と王子の二人を看ているという状況だ。
(それでも暖かくなれば……まだ、大丈夫なはず)
結果的に自分に暖かい家族を与えてくれた、花のような存在をまだ失いたくはない。それまで持ちこたえてほしいと祈るような気持ちで机に突っ伏した時だった。
 城の中庭から子供たちの歓声が聞こえてきた。ビクトールが立ち上がって窓の外を見ると、中庭で舞い落ちてくる雪を相手に転げ回っているのは、彼とエリーサとの第一子、アイザックと……ミシェルだ!
 中庭に飛んで出たビクトールを見つけたアイザックは、
「あ、ちちうぇー。雪だよぉ。きれいだよぉ、つめたいよぉ」
 屈託のない笑みを自身の父親に向ける。ビクトールは一瞬何故ミシェルを連れだしたのだと息子を怒鳴りそうになったが、アイザックはまだ3歳になったばかり、ミシェルに誘われればその事の重大さもわからず喜んで外遊びに応じるだろう。ビクトールはぐっと拳を握って、
「そうだね、とってもきれいだ。でも、寒いからもう入ろう、ミシェルもほら、お熱がでるから早く……」
努めて穏やかな口調でそう言ってミシェルの手を取ろうとしたが、ミシェルは
「イヤ、ザックとやくそくした。ゆきがふったらあそぶって」
と、最近の状態を考えるとあり得ないくらい俊敏に掴もうとした彼の手をすり抜ける。そしてアイザックと雪遊びの続きを始める。
(このままでは取り返しのつかないことになってしまう)
<Stop!!>
少し焦りを感じたビクトールは彼が嫌がるので普段は決して使わない拘束の魔法を発動した。だが、ミシェルはそれをまるで蠅でも追うかように周りの空気をかき回すと、その術を跳ね返してしまった。ミシェルには魔力はなかったはず、その彼に何故自分の術が跳ね返せたのか理解できないまま立ち尽くすビクトールに、ミシェルは今舞っている風花のように笑うと、
「ねぇ、さいごだから。いまだけ、おねがいビク」
と言った。
-さいごだから-ミシェルの言うそれが最期だからと脳内で変換されて、ビクトールはその途端、身じろぎもできなくなってしまった。まるで、ミシェルにかけた拘束が反射してビクトールにかかってしまったかのようだ。
 やがて、追って現場に駆けつけたフレデリックはその様子に、
「ビクトール、君は何をしている!」
と怒りを露わにして、ビクトール同様拘束呪文を唱えるが、やはり弾かれてしまう。
「一体、どういうことなんだ」
そう言ったフレデリックに黙ったまま頭を振るビクトール。
 言葉をなくしたまま大の男二人が立ち尽くす中、子供の晴れやかな笑い声だけが響く。
 やがて、ミシェルは満足気に、
「たのしかった。もうおへやはいろ」
と言った。
「えー、まだあそぶ」
とまだ遊び足りないアイザックに
「ぼく、ちょっとつかれたの。ねんねする」
とミシェルは返した。それを聞いてアイザックは、
「じゃぁ、ご本読んだげるね。ボク取ってくる」
そう言って先に城内に飛び込んでいった。そしてアイザックの姿が城内に消えた途端、ミシェルはその場に崩折れた。
「ミシェル!!」
それを合図に、フレデリックとビクトールが金縛りから解放されたかのように彼に駆け寄る。ミシェルの意識は既になかった。
 

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

自由-希代の魔術師21

「おい、自分が家に来いと言ったんだろう。それがどうして置き手紙一つでガッシュタルトくんだりまで足を伸ばさねばならんのだ」
 ガッシュタルト城下の酒場で、男は再会を喜ぶこともなく、開口一番そう言った。
「すいません、私も成り行きでこの国に住むことになってしまったものですから」
それに対して身なりの良い若者がそう言って頭を下げる。
「ガッシュタルト王の補佐官の一人になったらしいな。予想通り嫁の尻に敷かれておるのじゃな」
大体、あやつは見るからに跳ねっ返りだと、男――テオブロ改めデニス・ガーランドが笑う。
「尻に敷かれてはおりませんよ。一応王の補佐官という形は取っていますが、実質はニホンで見たものをいくつかこちらで応用できないか研究しているだけですから。やっていることは森の中とさして変わりません。ま、彼女の跳ねっ返りは否定はしませんけどね」
そこがまたかわいいんじゃないですかと、相手の男――ビクトール・スルタン・セルディオが相好を崩す。
「それを世間では『尻に敷かれる』と言うのだ」
デニスはその様子に呆れ顔でそう言った。

「良かったら森の家は自由に使ってください。大きな実験はそちらでやろうとは思ってますが、それ以外はとても帰れそうにもないので」
そして、ビクトールがそう申し出ると、
「ああ、いらんいらん。あんな不便な所に住んでいた貴様の気が知れん。第一儂は貴様のように結界は張れんしな」
それに対して、デニスは大きく手を振りながらそう答えた。そして、
「痩せても枯れても儂は元王弟だぞ」
と、そこだけはトーンを落として付け加える。デニスは身分証の自分の新しい名を指でなぞりながら、
「最初は驚いたがな、折角貴様がこのガッシュタルトの民としての身分を証してくれたんだ、このままこの国で暮らしていくさ。儂を知るものと見える機会もないとも言えん。それでもここなら堂々と『他人の空似』と笑い飛ばせるからな」
と、晴れやかな顔で言った。そして、
「自由というのは本当に気持ちの良いものだな。それに引き替え貴様は……同情を禁じ得んよ」
と、ビクトールが後々即位してほしいと言われていることを見透かすかのようにそう続けた。

 デニスはガッシュタルト郊外の中程度の町に居を構えた。なにもかも使用人任せの王弟の生活から一転、身の回りのことの一通りを自分でやるようになったという。と言うより、定職に就いていないデニスはそうでもしなければ暇なのだ。ささやかな庭で大好きなポペ(真っ赤な生食する野菜の名前)まで作っていると言う。
 そして、手慰みに文章を認めているという。それも母ミランダのことを元にした泥沼の王朝絵巻。ほかのことはともかく料理だけは面倒だと足しげく通っている食堂の看板娘との話のきっかけに、物語と称して話し始めたのだが、当の看板娘がどんどんと続きを要求するため、順を追って認めることになったのだ。
 そんな日々の生活を知らせる手紙をビクトールにまで送ってくるあたり、デニスは生来から書くことに向いているのだろう。
 ビクトールは時間を作ってデニスに会いに行った。そして、件の物語を読んだビクトール即座に本にするよう手配した。
 この本は貴族の若い女性たちの間で大ブレイクした。それでデニスは兄王からの生活援助を断り、童話から戦記まで次々と発表していった。
 
 この後、彼の許にかつての妻シンシアが彼を追ってきて、彼の自由はいくらか束縛されることになる。デニスは、
「死んだことにしてまで、来ずとも良いのに。折角の自由な暮らしが台無しじゃ」
と嘯きながらも、大それたことを起こした自分をそこまで慕ってくれることに喜びを隠せない。
 ミランダ様も本当はこうなることを望んで導いておられたのかもしれないと、そのやに下がった表情を見てビクトールはそう思ったのだった。

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

希代の魔術師-希代の魔術師20

 翌朝、ビクトールは王に謁見を願い出た。
「王様、あの話受けようと存じます」
「そうか、受けてくれるか。ガッシュタルトもこれで安泰だな」
王はそう言って側近に耳打ちをする。側近は座を離れて、扉の外に控えている者に王がクラウディアを呼んでいると伝える。
 程なく、クラウディアがニコニコと、
「ビクター、あの話、受けてくれるって本当?」
言いながら現れた。彼女の笑みにつられて笑ったビクトールだが、彼女のその腕の中を見てその笑顔が固った。
「あのその方は……」
クラウディアの腕の中でスヤスヤと眠っているのは誕生日をまだ迎えたことのないであろう、どう見ても男の赤ん坊。
「紹介するわ。エリーサの弟のデビッドよ」
「と、と言うことは。王子様!? なんですか、それじゃぁ私が引き受けずとも、ちゃんと継承される方がおられるんじゃないですか!! 前言撤回します。私、このお話お受けいたしません」
ちゃんとした王位継承者がいるのに、自分が出る幕などないと憤慨しながらビクトールは言葉を翻す。
「そうか、ではそれではエリーサとの結婚も白紙ということにするが良いのだな」
すると、王はニヤニヤとした顔でそう返した。その笑いに、
「何故ですか、何故そこまで王は私に継がせようとなさるんですか! よ、よもやかわいい王女様をどこかに嫁がせるのが嫌だとかいう理由ではありますまいね」
思わず頭をよぎった不吉な予感を口にする。
「ふっ、ばれたか」
王はビクトールの指摘に、くっくっと肩を揺らしながらそう言った。妙齢でなければ舌も出しそうな調子だ。
「ふっ、ばれたかじゃございません、王位継承と言えば王室は言うに及ばず、一国の命運がかかっているのですよ。それを娘かわいさなんて理由でどこの馬の骨とも判らない輩にさせようなどと、愚行にも程があります!!」
子供じゃあるまいしと、ビクトールが真っ赤になって抗議すると、
「だから、理由はそなたのそういうところだ、セルディオ」
王は、急に真顔になってそう言った。
「は?」
ビクトールは何がなんだかわからず、思わず不機嫌な形相で聞き返してしまう。
「界渡りで見聞きしたものを基にたちまちあのような氷温箱を作ってしまえる技術力と行動力。エリーサのことがあるとは言え、このガッシュタルトのことを自国とと同じように考えられる平等性。嫌がるミシェルに素早く薬を飲ませることのできる機転。
そして、本人であるそなたにいささかの野心もない。これが余がそなたを後継に選んだ本当の理由だ。なんだ、不満気な顔だな。話を聞いて少し調べさせたのだ。それに、幼い頃のことならこれも知っておったしな」
と、クラウディアを見る。
「そうですか、わかりました。しかし畏れながら言わせていただければ、それは王と言うより宰相の資質ではありませんか? ですから、王の側近の末席を汚させていただいて勉強させていただき、ゆくゆくはデビッド様をお支えしていく。それでよろしいのではないですか」
それでも尚、自分は王の器ではないと食い下がるビクトールに、
「まぁな、余がこれが国を治められるほど永らえればそれも良いかもしれぬが、余ももう歳だからな。まだ幼い内にもしものことがたちまち即位せねばならぬ。だか、身に合わぬ即位はこれを追いつめるだろうし、これが追いつめられれば国は荒れる。言わば、これは保険だ」
と、王も一歩も引き下がらない。王自身、彼を非常に気に入っているのだ。そしてビクトールもそんな風に家族として受け入れようとしている王の気持ちが嬉しかった。
「わかりました、このビクトール・スルタン・セルディオ、全身全霊王にお仕えし、私などに引き継がずとも良いよう永らえていただけるように頑張ります」
「では、早々に森の屋敷を引き上げてこの国に来るように」
満足気に笑う王に、びくトールは膝を折って深々と頭を下げた。

 こうして、ビクトールはガッシュタルト王に仕えた。ビクトールは誠心誠意王に仕えたが、彼は息子デビッドの成人を見るには至らなかった。
 ビクトールはそれでもデビッドを王にして自分は宰相にとどまろうとしたが、側近やクラウディア、果ては王子のデビットまでが皆で彼を王に押し上げた。
 そしてここに、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトという、後々吟遊詩人に挙って謡われる『王にして希代の魔術師』が生まれたのだった。





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genre : 小説・文学

あたしは、何?-希代の魔術師 19

 クラウディアが退出してから、ビクトールは庭に出た。彼が思っていたとおり、そこには先客がいた。
「ビク……」
「エリーサ様、こんなところに長居をしてると、お風邪を召しますよ。昼間はともかく、夜は冷えます」
ビクトールはそう言って背後からエリーサの華奢な肩を抱く。エリーサがぴくんとふ震えてそこから逃れようとするが、ぴったりと彼女に寄り添うビクトールの腕はぴくりともしない。
「口先だけで優しいこと言ったり、こんなことしないで。誤解するから」
「何を誤解すると言うんですか」
ビクトールはふっと笑いながらエリーサの頭を撫でる。しかしエリーサが、
「あたし、ビクのお嫁さんになるの止めるわ」
と言うのを聞いて、その手の動きが止まる。
「界渡りしてヨシャッシャのところに行くの」
「無茶な」
「ビクができるんだもん、その気になればあたしにだって」
驚いて一瞬腕力を緩めたビクトールからエリーサはするりと抜け出すと、そう言いながら胸をはるが、
「ダメです、界渡りは一つ間違えば世界の狭間に落ちてしまって二度と戻ってこれないかもしれない危険な術なんです。此度は命を覚悟しなければならない状況だったので病むを得ず使いましたが、普段からおいそれと使ってはいけない禁忌なんですよ。それに、ここに私がいるというのに、何故美久の許に行かねばならないのですか」
それを聞いたビクトールは唇を歪めながらあっと言う間に今度は正面からエリーサを抱きしめる。
「ヨシャッシャはあたしだけを見てくれたもん!!」
エリーサはそれを引き剥がそうと抗うが、
「私だって、あなたしか見ていません」
ビクトールはそれをさせまいとなおさらその手に力を込める。
「うそつきっ!! ビクはお母様が好きなんでしょう。だから、娘のあたしにいきなり結婚を申し込んだ。違う? でもそれだったら、あたしはビクにとって何?」
「待ってください!」
「待たないわ、あたしは身代わりなんてまっぴらごめんよ」
「聞いてください!」
「イヤよ! 最初に界渡りをしたんだって、お母様がお嫁に行くからじゃなかったの? だって、12年前でしょ、ビクが最初に界渡りしたのって。きっちり計算が合うわ」
「それは ……違うんです、エリーサ、ちょっと、聞きなさいっ!!」
昔話を引き合いに出されて頭に血がのぼったビクトールは、思わずそう叫んでエリーサの頬を打ってしまった。
「ビクなんて大嫌い!!」
彼女の目から大粒の真珠がこぼれる。ビクトールはそれを見ると一気に青ざめて、
「あ、すいません。つ、ついカッとしてしまいました。私としたことがあなたに手を出すなんて」
とおろおろと土下座せんばかりに謝った。
「もう……イヤ……」
「確かに、私は王妃殿下に心を寄せていたことがあったことは認めます。ですがそれは私がまだ少年の頃のこと。そして、私が最初に界渡りを経験したのも、あなたの言う通りです。
ですが、私はあの方がこちらに嫁がれたことはもちろん知っていましたが、私はあなたがあの方のお嬢様だとは知らずに恋をしたんです。王女様は王女様でも、エミーナ様かミシェル様のお子様だと思ってました」
「ウソっ!」
「ウソじゃないです、信じてください。私はミシェル様がその……ああいったお方だとは存じませんでしたし」
 二人の間に居心地の悪い沈黙の時間が流れる。そして、ビクトールはふっと自嘲気味に笑うと、
「そうですね、私は美久じゃない。エリーサ様のお好きなのは美久ですもんね。よろしいです、私はもうあなたを乞うのを止めます。明日、トレントの森に戻ったらもう二度とあなたの前に現れることはないでしょう」
「それで、ビクはどうするの」
「どうもしないですよ。今まで通りあの森で一人魔道書の研究を続けるだけです。
此度は本当に良い夢を見させていただきました。美久を通しての夢でしたけど、一緒に旅をさせていただいて本当に幸せでした。これ以上望むのは、私にとって過ぎたことなのでしょう。
明日は、明け方早々に城を出立しますので、ここで暇乞いをさせていただきますね。
では、おやすみなさい」
そう言ってゲストルームに向かって歩き出す。エリーサはその後ろ姿に飛びつくと、
「ビクのバカ! バカ、バカ、バカ、バカ、バカ!! ビクは何にも解ってないじゃない。 あたしはビクにヤキモチを焼いてるのよ。美久にじゃないわ」
「エリーサ様……」
「だから、もう来ないなんて言わないで」
エリーサはそう言って、ビクトールに背伸びして口づけた。ビクトールは信じられないという表情で固まってしまった。
「『様』はNGなんでしょ、だからペナルティーよ。おやすみなさい」
エリーサは、真っ赤な顔でそう言って走り去った。
「は、はい、おやすみなさい。では、また明日!」
ビクトールは、悪い魔法から解けたかのように、2~3度首を振って、慌てて愛しい人にそう返した。




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genre : 小説・文学

クラウディアの結婚-希代の魔術師 18

 フレデリックの報告に同行したついでに暇乞いをしようとしたビクトールに王は、
「じきに夜も更ける、今宵はこの城にとどまり、明日の朝出立すればよいではないか」
と言って引き留めた。
 ビクトールは夜も車には灯りが搭載されているので心配ないと固辞したのだが、
「ビクトール、あなたさっき頭を押さえてなくて? 顔色もあまり良くないわ。とにかく今日は城に残って。すぐ部屋の用意をさせるわ」
と言うと、クラウディアはミシェルの時同様さっさとビクトールの部屋の手配をする。そして、
「後で、少し話でもしない?」
と彼の耳元で囁いたので、ビクトールは目を丸くしてクラウディアを見た。彼女はそれを見て、いたずらっぽく笑っている。

 やがて、整えられた部屋の椅子でビクトールがくつろいでいると、程なくしてクラウディアが侍女を連れてやってきた。
「王妃殿下ともあろうお方が、客人とはいえ、こんな時間に男性の部屋に訪れて良いのですか。私はあなたにとって弟にすぎないのでしょうが、この国の方々はそうは見てくれないのではないですか」
ビクトールが硬い表情でそう言うと、
「心配しないで、陛下からもお許しをいただいているから。と言うより、陛下が行って来いとおっしゃったのよ」
「どうしてですか?」
ビクトールは表情を変えずにそう尋ねた。
「積もる話もあるだろうってね、12年ですもの。私一度もグランディーナに戻ってないから」
「もうそんなになるんですね、私が屋敷を出てからでももう7年経つんですから、そうなんでしょうね」

「王妃殿下はその、ご存じだったんですか……ミシェル様のこと」
 それから言いにくそうにビクトールはそう切り出した。
「だから王妃殿下は止めて。昔のようにディアと呼んでよ、ビクター」
「そういう訳にはいきません」
微笑みながらそう返すクラウディアに、ビクトールの表情は最初からずっと固まったままだ。
「相変わらずね。まぁ良いわ。ええ、使者の方は包み隠さず話してくれたわ。大人になっても子供のままのお心の王子様がいらっしゃることも、亡くなられた王妃様に私がよく似ているということもね。その上で『助けてください、王子様は王妃様が亡くなられたことを受け入れられないで、泣きながら探されるのです』と土下座して頼まれたの。ビクターは私が騙されて連れてこられたとでも思ってるの? そうじゃないわ。私は自分の意志でここに来たのよ」
「あなたの意志ですって!? 隣国とはいえ王家の依頼を誰が断れるんですか。断ることができないのなら、あなたの意志とは言えないじゃないですか」
クラウディアがこの状況を知った上で嫁したと聞いて、騙されるよりなおたちが悪いとビクトールは声を荒げる。
「断るつもりはなかったわよ、私。そりゃ、自分より年上の子供たちに不安がないって言えば嘘だったけれど、何とかなると思ったし、ここに来てそれは間違いじゃないって確信したわ。初めてあった時からミシェルは私になついてくれたし、先にフローリアのいたエミーナは逆に母のように私に本当によくしてくれたわ」
それに対して、極上の笑みを浮かべて家族を語るクラウディアに、ビクトールは信じられないという表情をする。
「そんな顔しないで、私は本当に幸せなんだから。あなたにはあなたの私には私の幸せがあって良いはずよ、ビクター。
でも、ありがとう。私の小さなビクターがいつの間にかお大きくなって私をこんな風に窘めるようになるなんてね、私も年を取るはずだわ」
「それ、イヤミですか? ディア。どうせ私はいつまでも大きくなれませんよ」
「はいはい、拗ねないの。誰もそんなこと言ってないでしょ」
口をとがらせるビクトールに、クラウディアは吹き出しながらそう言った。その笑いにつられるように彼もも笑顔になる。(本当にお幸せなのですね、あなたは。なら私が言うことは何もないですね)

 その時、ビクトールの初恋が静かに幕を閉じたのだった。

 












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genre : 小説・文学

おともだち-希代の魔術師 17

 その日、夜が更ける前に案の定ミシェルは発熱した。
「心配しないで、ちょっと興奮しただけだから」
と言いながらにわかにぐったりしてしまったミシェルをクラウディアは彼の部屋に運ぶようにてきぱきと城の者に指示を出す。指示を受ける側も心得たもので、同時にフレデリックにも連絡がいっていたらしく、あまり時をおかない内に彼が到着した。
「何かお手伝いすることはございませんか」
そう聞いたビクトールに、フレデリックは
「では、薬を飲ませるのを手伝ってもらえるかな」
と言った。熱に浮かされているとはいえ、6フィート近い『天使』に薬を飲ませるのは至難の業だ。いつも飲まされているミシェルはその薬の不味さをよく知っているので、
「おくすりイヤ~」
と、首をブンブンと激しく横に振る。それに、熱があるためにあまり強い力で押さえつけると関節が痛み、
「イタイイタイ」
と泣かれてしまうのだ。召使いたちは王子に泣かれるのには弱く、つい力を緩めてしまってなかなか飲ませることができない。また、魔法で拘束できないこともないが、それをすればミシェルは存外の力で拘束されることの恐怖でよけいに泣き叫ぶため、人の力で抑える方がましなのだという。
(ああ、こんな時ニホンのあの投薬できる管があれば……ミシェル様もすぐ良くなるのではないか)と一瞬ビクトールはそう思ったが、もしあっても飲み薬とは中身が違うかもしれないし、縦しんば同じものが使えたとしても、ミシェルが長時間寝たままでその治癒法を受け入れられるとは思えない。
 何か気を引けるものはないだろうか、そう思ったとき、ビクトールは部屋の隅の椅子に座っている古ぼけたぬいぐるみを見つけた。3~4歳の子供くらいの大きさだ。
「この子の名は?」
と近くにいた侍女に小声で聞く。
「あ、それはシェリルでございます。ミシェル様が幼い頃から大切にしている、『おともだち』ですが」
では、その『おともだち』の力を借りよう、ビクトールはシェリルをミシェルのベッドの枕元で浮かせる。その様子に魔法を持たないものはギョッとしてそれを見るが、彼はそれには構わず、前足部分にコップを浮かせ、まるでそのぬいぐるみがコップを持ってるかのように貼りり付けて、ビクトールはその後ろに回り込んだ。
「セルディオ殿?」
その様子に首を傾げたフレデリックに人差し指をたててうなづくと、ビクトールは子供っぽい声音を作ってミシェルに呼びかけた。
「やぁ、ミシェル」
「……シェリル?」
「そうだよ、僕はシェリル」
「シェリル、おはなしできるの!」
「今だけだよ」
ミシェルは無生物な縫いぐるみが言葉を発する不条理さに全く気づかないで顔を輝かせた。そして、
「あそぼ、シェリル」
と言って、高熱でふらふらする体を起こそうとする。慌てて周りのものがそれを止めに入ろうとするが、フレデリックが黙って両手を広げて、それをやめさせた。
「ダメだよ、ミシェル。僕はいま熱があるんだ。頭が痛くて遊べないよ」
シェリルはコップを持っていない方の前足で頭を抑えてそう言う。
「シェリルもおねつ? だいじょうぶ?」
ミシェルは大切な「おともだち」が熱を出していると聞いて泣きそうな顔になった。
「大丈夫じゃない。だから、薬を飲むために今動いてるんだ」
「シェリル、おくすり、のむの?」
「うん、元気になりたいからね」
シェリルはそう言ってコップの中身をごくごくと飲んだ。とは言っても、入っているように見せかけているだけで、中身は空なのだが。
「あー、体が軽い。。ミシェルも薬飲みなよ。すぐ、元気になれるよ」
シェリルはそう言いながら体操する。ミシェルは一旦口を尖らせてイヤそうな顔をしたが、拳を握りしめてうなずくと、
「ホント? ならぼくものむ」
と言ってフレデリックの持っていたコップの中身を一気に呷って、散々な顔をする。吐き出すかと周りは危惧したが、ミシェルは目を堅く閉じて何とかそれを飲み下した。
「シェリル、ぼくおくすりのめたよ~」
そして、誇らしげにそう言った途端、彼は眠りに落ちた。完全に飲み下したのを確認してビクトールがSleepの魔法をかけたのだ。どんなに速効性であったとしても、飲んだ途端に効果をあらわす薬などどこの世界にもないし、身体は薬だけで治すものではない、休息も必要だ。それに、このシチュエーションではミシェルは自分が直ちに治ったと思いこんで動くシェリルと遊びたがるだろう。それを見越しての彼の判断だ。

「見事だな。後は夢の中でミシェルとシェリルを遊ばせるか」
と感心した表情で言うフレデリックにビクトールは、
「いえ、さすがに夢の中にまでは私は介入できません」
と答えた。
「いや、たぶん長年の友達と話せた喜びと薬を自分から飲んだ達成感で、きっとそういう夢をを見ていることだろう。貴殿は子供の扱いに慣れているのだな」
「いいえ、子供などもうずっと見てさえおりません」
そして、続けてそう言ったフレデリックに、彼は苦笑しながら首を振りそう答えた。子供どころか、大人も寄りつかない森に暮らしていると。
 幼い日、怖がられて誰も寄りつかなかった頃の一人遊びを再現しただけのことだ。ビクトールは己が作り出したまやかしの「おともだち」に縋っていた幼い自分とミシェルを重ねていた。
 ただ、ビクトールは幼いながらもそれがまやかしだと解っていたが。だから、それを素直に受け止められるミシェルを本当にうらやましいと思っていた。
(懐かしい人物に出会って、少し感傷的になっているのかもしれないですね)ビクトールはこめかみに手を当てふっとため息をついた。

 




 












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genre : 小説・文学

象が踏んでも壊れない 4-希代の魔術師16

 「エリーサちゃん、こっち。エリーサちゃん、あそぼっ!!」
 そのビクトールより2インチぐらいは高いかもしれない、少なく見積もっても推定年齢20代後半の男は、他の面々には目もくれずまっすぐにエリーサに近づくと、その二の腕にしがみついた。
「待って、待って」
とエリーサが言っても、男はその手を離さない。唖然としながらもビクトールの唇が歪む。
「エリーサ、あなたが居なくてミシェルは寂しかったのよ」
その両方を見て見て、クラウディアがすかさずそう言った。エリーサはハッとして頷くと、男の腕を邪険にせず優しくふりほどいて、エリーサの前に屈んでいる頬を両手で挟み、
「ごめんね、寂しかった? ミシェル」
と言った。
「うん、エリーサちゃんいなかった」
こくんこくんとと首を縦に振った彼-ミシェル-は、その時初めてビクトールの存在に気づいたようで、何か珍しいものを見るような目で、小首を傾げてビクトールを見た。
「ミシェル、お客様よ。ごあいさつ」
「おきゃくさま? おきゃくさま おきゃくさまっ。ぼく、ミシェル」
クラウディアがそう言うと、ミシェルはまるで幼児のような屈託のない笑みを向けてビクトールに両手を差し出した。
「あ、ビクトール・スルタン・セルディオと申します」
ビクトールも慌てて右手を差し出す。
「ビクト?」
「うん、ビクだよ」
「ビク、ビク、ビク」
すると、ミシェルはビクと何度も連呼しながら、ビクトールの手をぶんぶん振り回す。この熱烈歓迎ぶりにビクトールは半ば面食いながらそれに応じていると、
「これがガッシュタルトの第一王子、ミシェル・ウォルター・クウェルクス・ガッシュタルトだ」
と、王自ら息子ミシェルの紹介をした。
「この方がミシェル王子……」
「そうだ、生まれつき知能の発達がゆっくりでな。加えていくつかの病も抱えておる。これでは到底王にはなれぬだろう」
ビクトールは王子の衝撃の境遇にしばらく二の句が継げなかったが、
「ですが、それでもフレデリック様がおられるでしょう。フレデリック様を差し置いて、私は王になどなれません」
それでもやっと彼の兄婿フレデリックの存在を思い出して、そう言った。だが、王は、
「いや、フレデリックはハナから王になる気はない」
とすげなくそう返す。
「何故」
「フレデリック様は王家の専属の治癒師でね、もちろん、陛下はフレデリック様にもお声をかけたわ、でも『ミシェルの身体も、この国もどちらも片手間では見られません。ならば私は迷わずミシェルの方を取ります』って言われてしまってわね」
するとクラウディアがそう補足の説明を加える。そう言えば、フレデリックは見えたときも野心などまるでない温厚な目をしていた。
 聞けば、同じ治癒師のフレデリックの父は、幼い頃から王宮に彼を同行させ、ミシェルやその姉エミーナ(現在は彼の妻だが)と兄弟同然に育ったのだという。
 そして、そういった周りの思いがなければ、この無垢な天使の命はもっと早々に潰えていたのだろうと、ビクトールは悟った。だからといって、自分が一つの国を執るなどということは、到底即答できることではない。
「そうですね、どちらも片手間ではできることではありませんね。分かりました、ですが少々お時間をいただけますか。あまりに大それたことで、気持ちの整理がつきませぬ故」
と言ったビクトールに
「相分かった、良い返事を期待しておるぞ」
王は、満足気にそう返した。

「では、お茶にしましょう」
 話が一段落したところで、クラウディアは城の者を呼ぶ。その手には先ほどビクトールが彼女に手渡した段ボール箱があった。
「何も、問題はございません」
事務的に毒味の終わったことを告げる彼に、
「当然よ、それあたしが買ったんだもん」
と返すエリーサ。それを聞いてびくっと肩を一瞬揺らすも、
「申し訳ございません。ですがこれは決まりであります故」
とかろうじて表情を崩さず王女にそう返す。きっと今、この毒味係の背中は冷たい汗に塗れていることだろう。
「なぁに、これ?」
すると、見慣れぬ箱にミシェルがきれいな瞳をくるくるさせてクラウディアに聞く。
「プリンよ」
と彼女が答えると、ミシェルは
「プリン? プリン、プリン!!」
と飛び跳ねて喜ぶ。そして彼女が箱から出すのを待ちかねたようにお目当てのものに飛びつくと、
「つめたいねぇ、おいしいねぇ」
と至上の笑顔でそれを頬張る。
「あら、ホント。それにどうしてこんなに冷たいの? いまは寒い季節でもないのに」
続いて口に入れたクラウディアも、そういって驚きの声を上げる。
「それはですね、この箱の内側にだけFrozonの魔法を施して、箱の中を氷温に保っているからなんです」
「ほお、そんな魔法の使い方ができるか。さすがに「希代の魔術師」と謳われるだけのことはある。これが応用できれば、食材の備蓄に大きく貢献するな」
それを聞くと、王は為政者の顔に戻って、しげしげとその茶色い箱を眺めた。
「これは平行世界の氷温の箱を真似て作ったもので、私が考えついたものではありません。
ただ、この位の大きさならそれほど魔力は必要ありませんが、大きなものでしかも継続使用するとなると、かなりの魔力が必要です。何か魔力をサポートするものを考えねば、実用化には至らないでしょう」
「うーん、どうやれば少ない魔力で大きな空間を冷やせるか……しかしこの箱思ったよりも軽いな」
「これも平行世界の段ボールというものでできた箱なのですが、軽いでしょう? 紙でできているんです。それなのに、強度もすばらしいらしく、何でも象が踏んでも壊れない頑丈さだとか」
「そう言えば、手触りは紙独特のものだな。それにしても象? 象とは南の大陸、アシュレーンにいるというあの象か?」
「たぶん」
 王はビクトールと熱を込めて『段ボール式簡易冷蔵庫』談義を続けていたのだが、傍らのミシェルを見ると、彼はとうにプリンを食べ終わり、手つかずの父親のプリンに釘付けになっている。
「とーさま、プリンいらない? ぼくほしい」
さらに父親と目の合ったミシェルはうるうるの瞳で父親におねだりするが、
「ミシェル、冷たすぎるから2個もダメ。明日お熱が出るわよ」
と、クラウディアが彼に甘い父親より先にそう答える。
「プリンほしい。でも、おねつイヤ。ぼくやめる」
熱が出ると言われて、ミシェルは父親のプリンに出しかけていた手を引っ込め、渋々そう言った。
「偉いね、ミシェル」
それを見たエリーサは、そう言ってミシェルの頭を撫でた。するとミシェルはぱあっと明るい表情に戻り、
「ミシェル、いいこね」
といいながらまた飛び跳ねる。その拍子に王が机の隅に置いた段ボール箱が落ちた。ころころ転がるそれを面白がって、ミシェルはその段ボールに飛びつく。次の瞬間、
-ぐしゃっ-
という音がして、段ボール箱は無惨にも潰れた。
「「あーっつ!!」」
 その場にいたミシェル以外の全員から驚きとも何ともつかない声が漏れたのは言うまでもない。
 




 












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