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象が踏んでも壊れない 3-希代の魔術師15

 クラウディアはエリーサとビクトールを直接王の私室へと招いた。父親から大目玉を喰らうとビクビクもののエリーサはもちろん、ビクトールもいきなりの王の目通りに緊張を隠しきれない。
 実はビクトールがエリーサの婚約者の有無を聞いたのは、王ではなくフローリアの父、フレデリックだった。
 クラウディアに子供が産まれたことは聞いていたのだが、会っていない彼にはエリーサとその子とが結びつかなかず、フローリアの妹か従姉妹だと思っていたのだ。それが王女だと聞かされ、逆にビクトールが驚いた。
 フレデリックはしげしげとビクトールを眺めてから、
「エリーサちゃんに今、決まったお方はいませんよ。わかりました、私から義父上に話を通しておきましょう」
と笑顔でそう言った。
 ビクトールはグランディールでの成婚式を終えてから、改めてお目通りを願おうと思っていた。どうせ、トレントの森はガッシュタルトとの境近く、帰るのもさして変わらない。それに、エリーサ姫はまだ11歳、すぐに結婚となる歳ではない。そのような状況で、まさか王と直接見えぬまま結婚話が進むとはよもや思ってはいなかった。
 許しをもらえたのは嬉しかったが、その反面、ガッシュタルト国王は一体どういうお心積もりなのだろうとその真意を量りかねているというのが本音だ。
 ただ、王妃自らのお出迎えで、彼女の口添えがあったのだろうという想像だけはついた。

「陛下、セルディオ様をお連れしました」
「クラウディア、ご苦労だった。そなたがセルディオか」
「はい、ビクトール・スルタン・セルディオと申します」
「そんなに緊張せずともよい、我らはもうすぐ家族になるのだからな」
「……」
「それとも男のなりをして家出するような娘に愛想を尽かしたか?」
その言葉に、エリーサが居心地悪そうに俯く。
「あ、いえ、そんなことは。ただ……」
「ただ、何だ」
「本当に私でよろしいのでしょうか」
「何がだ」
「姫様を私のような一介の魔術師に下されてもよろしいんんですか」
エリーサは王女、王族ではあるが、降嫁した王の長女の娘とはやはり位置づけが違う。
「その方は姫を見てどう思う」
しかし、王はそれには答えずさらなる問いをビクトールに返した。
「どうと申しますと」
「エリーサの強すぎる魔力をよもや怖いとは思わんだろう?」
そして、継がれた言葉にビクトールは大きく頷いて、
「ええそれは。私も魔力を持つ者の端くれですから」
とビクトールは返す。同時に王の言葉尻に潜むものも理解した。
 魔力を持つ者は稀少だ。しかも祖父ゆずりの強すぎる魔力は、大人たちの過度の期待を呼んだ。
 それでも長子として生まれればそれも問題なかったかもしれない。しかし、三男と男子の中では末子の彼は、ささやかなものしか受け継げなかったビクトールの兄たちの嫉みを買い、陰で化け物呼ばわりされて育った。だから彼は、成人(オラトリオの成人は15歳)後すぐに王都の家を飛び出して父の所領のトレントの森に居を構え、以後研究と称して生家に寄りつかない生活を続けてきたのだ。
 男はこうやって気ままに一人暮らしという選択もあるが、女性の場合、婚家で夫に嫉まれたとしたら……目も当てられない。王はそれを懸念して早くからの縁づけもせず、『希代の魔術師』と呼ばれる男の乞いにすかさず乗ったのだろう。
「それが降嫁の理由だ」
王は彼の思考を後押しするようにそう言った。しかし、
「いや、降嫁ではないな。セルディオ、その方三男と聞いたが」
王はそう言葉を継いだ。
「はい、そうですが」
「ならば継ぐ家禄もないのであろう。ここに婿に来ぬか」
「はい?」
いきなりの入り婿宣言に首を傾げるビクトールに、
「ガッシュタルトを執ってくれと申しておるのだ」
と、王はさらにガッシュタルトの王位継承を持ちかけたのだった。
「何故ですか、ガッシュタルトには私の記憶に間違いがなければ、ちゃんと王子様もおられるはず、何故この余所者の私がこの国を執らねばならないのです?」
王がそれに答えようとしたとき、バーンと大きな音を立てて部屋のドアが大きく開かれた。現れたのはすっきりとした美丈夫。
「あ、エリーサちゃんいたぁ!!」
音の主は満面の笑みでそう叫ぶと、エリーサに飛びついた。














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象が踏んでも壊れない 2-希代の魔術師14

「お久しゅうございます、王妃殿下」
ビクトールは、王妃にひざまづいてそう言った。
「今まで通りクラウディアで良いわよ。あなたに畏まられると、なんだか妙だわ」
それを見て、クラウディアはそう言って苦笑する。
「そういう訳にはいかないでしょう。それに私はあなたが知っている子供の私ではないのですよ」
それに対してそう返すビクトール。そう言えばお母様はグランディール出身だったとエリーサは思い出す。クラウディアは嫁してから一度も里帰りしていないので、エリーサはすっかりそのことを失念していた。
「まぁ良いわ。今回はウチのバカ娘の面倒を見てくれてありがとう。フローリアから連絡が来たときには、ほっとしたわ」
クラウディアはそう言いながら呆れ顔の流し目を娘に送る。
「いいえ面倒だなんて。寧ろ感謝しています。フローリア様からお聞きでしたらお分かりでしょうけど、エリーサ様はいきなり飛ばされて右も左も分からないコータル殿下と私の映し身を無事にグランディールまで連れていってくださいましたから。それに、エリーサ様の家出が分かったとき、私の映し身がエリーサ様を平手打ちしたらしいんです。私のしたことではありませんが、一応お詫びしておきます」
「そうなの? それは聞いてなかったわ。でも、気にしないで、こんな跳ねっ返り娘どんどん叱ってやってよ、ためにならないんだから」
とは言え、『結果コータル殿下が無事に帰還したのはエリーサのおかげでもあるからあまり叱らないでやって』と、フローリアからは言われているんだけどねと、クラウディアはそう言って、もう一度エリーサを横目で見る。
「それにしても、これがその映し身さんからもらい受けたって言う車(カー)ってものなの? 聞きしに勝る面妖さね」
 それから、クラウディアは車に目を移してそう言った。
「お母様には馬車には見えないの?」
その言葉にエリーサが驚く。
「魔法でそう見えるようにしてあるだけですからね、魔力の高い方には通用しません。それが証拠にエリーサ様にもそうは見えないでしょう?」
それに対してビクトールが説明を加える。
「あたしは、これが最初から車(カー)だって知ってるもの。ビクが詠唱している所も見てるし」
「魔力が低ければ、たぶん車が馬車に一瞬にして変わった様に見えるはずです」
私も実はそういう経験はないんですけれどと、ビクトーリオは笑ってそう言った。それを聞いてエリーサは、
「どうせなら変わるのを見たいな、あたし」
と言った。だが、
「そしたら、あなたはマシューになって美久には会えませんでしたよ」
とビクトールに返されて、意地悪っ! と、プッと頬を膨らませた。

「さぁ、無駄話は止めてお城の中に入りましょう。陛下がお待ちよ」
それをくすくす笑いながら見ていたクラウディアは自分たちがかなり話し込んでしまっていることに気づいた。彼女はパンパンと手を叩きながら2人にそう言う。陛下と聞いてエリーサがゴクリと唾を飲み込んだ。
「もう少しお待ちいただけますか。これをじゃまにならない所に置かなければ」
するとビクトールは車を指さしながらそう言った。
「そうね、普通の馬車なら城のものに任せられるけど、今この得体の知れない物を操れるのはあなたしかいないものね」
そう言ってクラウディアも頷く。
ビクトールは、軽く会釈をして車のドアを開くと、先ほどのプリンの入った箱を取り出した。
「ではこれを。先に渡しておきます。リルムの町のMom Puddingです」
「これが噂の?」
「ええ、私もいただきましたが本当においしいです。毒味用も用意してありますので、是非陛下にも」
と言うと、車に乗り込んで車を門の隅ギリギリに寄せる。本来ならば、裏手に回らなければならないのだろうが、見えるだけで実際には馬はいない分だけ偽馬車はコンパクトだし、そのままにしておくと、城に仕える馬番に相当な魔力がなければ、居もしない馬を厩舎に入れようと悪戦苦闘することになるのは目に見えている。縦しんば術を解いたとしたら、今度は馬番が腰を抜かすほど驚くことになるだろう。大体、人間は騙せても人間より数倍敏感な馬が騒然とするのは目に見えている。
「そんな、毒味だなんて。コレあたしが買ったのよ!」
一方、エリーサはビクトールが「毒味」と言った事に反応してプリプリ怒っている。
「たとえあなたが買ったとしても、それはあなたたちしか分からないことでしょう? そんな物をいきなり陛下のお口に入れるのは許されないんですよ。ビクトールはそれを心得ているのです」
そして、母親にそう諭されて、彼女は口を噤む。だが同時にその母の言いぐさにビクトールと母との間の信頼の絆のようなものも感じて、彼女の心はざわざわと騒いだ。





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象が踏んでも壊れない 1-希代の魔術師13

 やがて、持ちにくそうにプリンを買ってエリーサが戻ってきた。実はビクトールは彼女にプリンを10個買ってくるように言ってあったのだ。
「ねぇ、本当に10個で良かったの? あたしがんばっても2個しか食べられないよ」
車に戻ったエリーサは日本のジャンボプリンとまではいかないがそこそこの大きさのプリンを見ながらそう言った。あの時、ヨシャッシャは2個食べても物足りなさそうだったけど。でも、もしビクが3個食べるのだとしても、あと半分余ってしまうわと、エリーサが思っていると、ビクトールが、
「エリーサ、食べるのは1個ずつですよ。残りはここに入れてください」
と、トランクから茶色い箱を取り出す。それまで見たことのない箱だった。
「彼らが火の魔道具を入れていた箱です。段ボールと言って、紙なのに象が踏んでも壊れないとか」
ふーん、とエリーサが言いながらがそこに8個のプリンを入れる。するとビクトールは、箱にだけアイスの魔法をかけた。プリンそのものにアイスを唱えてしまうとプリンが変質してしまうが、これならばそうはならないし、持っていった先でも冷たいまま食べてもらえる。これは実は、美久たちと入れ替わっていた時にいた治癒所の部屋にあった白い箱-冷蔵庫-の応用だ。
「婚約者のお宅に伺うのに手ぶらではね。それに、物を食べればお小言の一つくらいは減るかもしれませんしね」
家出してらっしゃったんでしょと、言われてエリーサの顔がひきつる。
「大丈夫ですよ、私も一緒に謝ってさしあげますから」
ビクトールは無言になってしまったエリーサの頭をなでながらそう言った。
 
 やがて車はガッシュタルトの城下町へとたどり着いた。無印の馬車は当然ながら城の入り口で衛兵に止められる。貴族たちの自家用の馬車にはたいてい家紋が施されているからだ。しかも、その馬車からは耳慣れない異音が聞こえ異臭までする。衛兵が警戒しないわけがない。
「怪しい奴、何者だ」
衛兵のリーダーは激しく窓ガラスを叩いた。その手がいきなり怪しい馬車の中に吸い込まれる。
「いったぁい!!」
すると中から甲高い少女の声がした。
「窓が開いたのぐらい気づいて手、引っ込めなさい!!」
そして、ちょこんと首を出したその人物の顔を見て、リーダーは蒼ざめる。
「え、エリーサ様!?」
それは行方不明中の自国の王女その人だったからだ。
「し、失礼しました!! ど、どうぞ」
一気に群がっていた衛兵たちが脇に離れると、車は何事もなかったように城内に入り、ビクトールは車寄せに車を止めた。一足先に降りたエリーサが、
「ひっ」
と、軽く声を上げて目線を下げる。それに気づいて、ビクトーリオもとりあえず降りると、そこにはクラウディア王妃殿下-つまりエリーサの母-がまさに仁王立ちといった状態で立っていた。
「た、ただいま」
エリーサは俯いたまま蚊の鳴くような声で母に帰宅の挨拶をした。クラウディアはそれに対してふっとわずかに口角を上げただけで返事はしなかった。そしてクラウディアは、続いて降りてきたビクトーリオに、
「ビクトール、久しぶりね」
と、声をかける。エリーサは母がビクトールと旧知であることを知って驚いて再び顔を上げた。





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どっちが年上?-希代の魔術師 12

 ビクトールは順調に車を走らせ、美久がガソリンを作り置いてある(放置してあるが正解なのだが)場所、スイフトにたどり着いた。
 彼は魔法を使って軽々と(もっとも樽の中身は最初からは半分以下に減っているのだが)ガソリンの入っている樽を持ち上げてガソリンタンクに注ぎ入れる。その表情にはいつものような笑みがない。そして、
「有機物を地層に堆積させ、圧縮して時を進めて液状化させる。しかも、それを中身にだけ発動させる……Ston・Press・Still」
ぶつぶつとガソリン製作の手順をシミュレーションした後、
「ふう、よくもこんな込み入った複合魔法を考えつくものですね、美久は。これじゃ私にだって荷が重い。倒れるはずです」
とため息をついた。
「あのとき、日本語だからあたしは解らなかったんだけど、後でヨシャッシャに聞いたらそのガソリン? っていうものができるプロセスを忠実に再現しただけなんですって」
するとそれを聞いていたエリーサがビクトールにそう言った。
「『その物質ができあがるプロセスを再現』ですか。まさに『無知の知』ですね。自分の力量を知らないからこその暴挙だ」
「そんなに大変なのなら、とりあえずセルディオ様がトレントの森に戻ったら、車は使わない方が……」
「ビクです。エリーサ様」
だが、エリーサが大変と聞いて言いかけた言葉をビクトールは唇の前に指を指しだして遮ると、
「私の方をビクと呼んで下さるのでしょう? 違うのですか? じゃぁ、そんな他人行儀な事を言う唇は塞いでしまいましょう。もちろん私の唇でね」
と、言って口角を上げる。遠回しに言われている意味を理解したたエリーサは茹で蛸のように真っ赤になった。そして、
「じゃ、じゃぁビクもさ、様はなしにして」
と返すエリーサに、
「はい、解りました。では、お言葉に甘えて」
頷くが、その表情にはまだ含みがある。さらに、
「ですが、時々は間違えるのもいいですね」
と続けたビクトールにエリーサは首を傾げた。
「どうして?」
「そうすれば、あなたからお仕置きしてもらえるでしょう? ね、エリーサ様」
と、背中に羽を背負ったような笑みを浮かべる。もちろんその羽の色は黒だ。
「ビク!!」
「そ、そんなんで、あたしは絶対にお仕置きとかしないんだからね!」
と、しどろもどろで叫ぶエリーサに、ビクトールは
「遠慮なんかしなくて良いんですよ」
と、不適な笑みを浮かべている。
(あっちにもあたしのそっくりさんがいるみたいなことを言ってたし、ビクがあっちに連れてってくれないんなら、あたし自分で界渡りをして、ヨシャッシャの方のあたしと入れ替わっちゃおうかしら)
弱冠11歳のエリーサが思わずそう思ってしまったのも無理からぬことかもしれない。

 それから再び走り出した車はリルムにさしかかった。ビクトールは当然のようにリルムに寄ろうとする。
「ねぇ、ビク、リルムに寄るの? ダメよ」
「え? どうしてですか?」
「だって、前にコータロとヨッシャッシャが」
「ああ、あの火の魔道具の一件ですか。大丈夫ですよ、この車はもう馬車にしか見えませんし」
「違うわ、大事なこと忘れてない? ビクって……」
ヨシャッシャと同じ顔だから、というエリーサに、ビクトールは首先だけで頷く。
「ですが、ここまで来たんですから、Mom Puddingを食べなければ始まらないでしょう」
と言う。
「あたしだって、ホントは食べたいけど……そうだ、あたしだけが行けばいいんだわ」
口をとがらせてそう返したエリーサは、自分がそのとき大男に化けていたことを思い出して、顔を輝かせた。
「あなただけに行かせるんですか? 心配です」
「大丈夫よ、プリンを買うだけだもの」
「そうですか? じゃぁ、殿方からお声をかけられても絶対に返事なんかしてはいけませんよ。すぐに帰ってきてくださいね。それから……ああ、やっぱり私も一緒に行きます」
「ビク! すぐに帰ってくるから大人しく待ってて!!」
本当は一人で行かせるのは甚だ不本意だと言わんばかりにまくし立てるビクトールをエリーサは思わず怒鳴りつける。ホントにどちらが年上だか分からないわ、とエリーサがそう思っていると、
「それから、紐があれば買ってきてくださいね」
とビクトールが言った。
「紐?」
首を傾げるエリーサにビクトールは、
「決まってるじゃないですか、鮎川様が言っていた、『魔除け』を作るんですよ」
と、真顔で言う。魔除けってこの車の後ろにプリンの入れ物をくくりつけるっていう、アレ?
「買ってきません! もし、この先の町でご自分で買いに行ったりしたらあたし、即この車降りますからねっ!!」
エリーサは、それを聞くとそう言って、バタンと大きな音を立ててドアを閉めると、
「あたし、そのうち絶対に界渡りの呪文を修得してヨシャッシャの所にいくんだから!!」
とぶつぶつ言いながらリルムの町に入っていったのだった。

紅蓮の月-希代の魔術師番外閑話

「儂は認めない!」
 グランディール城内、東の塔に幽閉されているその男は都合何回目だろうか判らないほど吐いた台詞を吐きながら拳を握りしめる。
 そこに、日に二度運ばれる粗末な食事を持って、小柄な男が現れた。
「セルディオ、ようやく儂を殺しに参ったか。ずいぶんと遅かったの」
それを見ると、幽閉されている男はそう言って現れた相手をぎろりと睨み顔を逸らす。
「殺すだなんて、物騒な。私は昨日本物の殿下がグランディールに戻ったことをご報告にあがったまでですよ」
それに対して、睨まれた相手の男はそれを物ともせず、満面の笑みをたたえてそう返しながら持っている食事を部屋の主へと差し出した。
「なので、毒は入っておりません。安心してお召し上がりください」
「別に、入っておっても構わん。このようなところで残りの日々を終えるのなら、今死ぬのも大して変わりはないわ」
男は、セルディオの言葉に吐き捨てるようにそう言う。しかし、当のセルディオから帰ってきた言葉は意外だった。
「テオブロ閣下、私はあなたに是非とも生き続けて頂きたいのです」
「恨んではおらんのか。仮にも儂はお前の映し身を殺そうとした男じゃぞ」
それを聞いたテオブロは、驚いて自分が殺そうとした男の顔をのぞき込む。
「私は美久ではありませんから」
セルディオは笑顔を崩さぬままそう答えた。
「奴の身に何かあればお主も無事ではおられんだろうが」
「そうなればもしかしたら私もあの異界の地で朽ち果てていたかもしれませんね。だからこそです」
「意味が解らぬ」
テオブロはその言葉に首を振りながらそう返した。たとえ未遂に終わったとしても、自分を殺そうとした男にどう考えれば生き続けろと言えるのか。

「あなたは今、原因が分からぬ重い病に罹って動くことすらできぬ状態ということになっています。原因さえも分からぬのですから、移るやも知れませんのであなたはどなたにもお会いできません、もちろんご家族にも」
 その後、セルディオは事務的にテオブロの今置かれている状況を話し始めた。
「そうか、そのまま誰にも知られぬままここで朽ち果てて行くのだな」
たった一人の王子を手に掛けようとした罪人として扱えば、テオブロ本人だけではなく、妻や子にまで罪過が及ぶ。それを考えての王の采配であろうことは容易に想像できた。だが、セルディオはそれには答えず、一旦部屋を出ると荷物を持って戻ってきた。
「これを」
「何の真似だ」
その荷物を見て、テオブロが首を傾げる。
「今晩、城の裏門に立たせてある兵士に私がSleepの呪文をかけておきます。これを持ってお逃げください」
「そうか、こんな端金で儂を追い出すか。幽閉するのも口惜しいのか、兄上は」
テオブロは、早速セルディオから渡された荷を解き、中に入っていた金入れの中身をジャラジャラさせながらそう言った。
「そうではありません。あまり高額な金を持っているのは、野盗に狙われる元ですので。あ、あなたのこれからの名はデニス・ガーランド、そう名乗ってください。落ち着き先が決まり次第、その名で私に文を下されば。これからの生活のサポートをさせて頂くことになっております」
「しかし、どこに行けと言うのだ」
生まれたときから王宮でしか生活したことのない儂には王都グランディーナでさえ、よく分からないというのにと、テオブロは呟く。
「どこにでもと言いたいところですが、そう言ってもなかなかお選びになれないでしょう。もし、よろしければ私のラボにおいで下さい。塔のこのお部屋にも及ばないみすぼらしい東屋ですが、雨露はしのげます」
すると、セルディオはそう答えた。テオブロはその答えにまた驚く。
「しかし、どうして。儂に肩入れしようとも、お前に損はあっても利は一つもないはずだが」
「私はあなたに申し上げたはずです。生き続けてほしいと。それは、このような場所で死んだも同然の生活をしてほしいということではありません。あなたに人として生きて頂きたいのです」

人として生きるだと? テオブロはその一言を鼻で笑った。

「人として生きるなど、もう子供の頃に捨てたわ」
 テオブロは、セルディオにそう言い放った。
「正妃として嫁ぎながら長らく子に恵まれなかったために母上はずっと肩身の狭い思いをしてきた。『お子のできぬお飾りの国母はいらぬ。そのような者が国母を名乗るの片腹痛いわ』先代の皇太后に面と向かってそう言われても、何も言い返すことができなかった母上。
そして、先に子を成した側室に正妃の座を奪われた。その2年後生まれたのが儂だというのは、お前も知っておろう」
「はい、存じております」
「だが、儂が生まれても母上の地位は回復することはなかった。それどころか皇太后は『長らく生まれなかった子が突然生まれるなどとはおかしい。本当に陛下のお子か』と
母上に言ったのだ」
あやつは鬼なのだと、そして儂もその血を引いていると思うと身の毛がよだつわと、テオブロは吐き捨てるように言った。


 先々代の王妃は、他国の由緒ある家柄から嫁いできた高慢ちきなテオブロの母ミランダにあまりよい感情は抱いていなかった。そこで、彼女はミランダに子供ができないことを理由に、彼女に従順なバルドの母ソフィーをごり押しで側室につけさせたのだ。
 そしてソフィーはすぐに懐妊した。生まれてきたのが王子だったことで、皇太后は先王に『これで王に問題がないことが分かったのだから、石女などさっさと放り出しなさい』と言った。しかし、先王はミランダを心から愛していたし(それが余計皇太后の癇に触っていたことに先王は気づいてはいなかったが)、政治的にも子供ができないではおいそれと返してしまえる相手ではなかったのだ。
 母と妻との板挟み、それにほとほと疲れた先王は、母の持ち出した『正側の入れ替え』を受け入れてしまう。
 だが、正室時代に受けていたストレスから少しは解放された為なのか、側室になった途端、ミランダが懐妊したのだ。
 とは言え、いまさら再度の正側の入れ替えが行える訳もなく、生まれてきたのが王子だというのに、皇太后に逆らえぬ王や重臣たちはあからさまな戸惑いの表情を浮かべて母子みていることしかできなかった。
 城の片隅でひっそりとテオブロを育てた彼女は、息子に繰り返し、
「本来ならば王になるのはあなたなのですよ。だから、常に王としての自覚を持って生きるのです。大丈夫、母上がちゃんとあなたを王にしてあげますからね」
と言い続けた。
 
 そして、バルドが11歳の時、事件は起こった。彼が城を抜け出して森に出かけた際、魔物に襲われ瀕死の重傷を負ったのだ。
 やんちゃな盛りの王子は、それまでも度々城を抜け出して森で遊んでいたのだが、そのときはテオブロも一緒にいて、彼が助けを呼んでバルドは一命を取り留めることができた。
 しかし、皇太后は、テオブロが一緒にいたこと、彼が無傷だったことを上げ、これはミランダがテオブロを使ってバルドを森に誘い出して暗殺を謀ろうとしたのだ言い切り、王に彼女を断罪するように言った。もちろん、ミランダはそれを否定したが、状況や心情を鑑みても誰もが-王でさえ-それを笑い飛ばすことができなかった。
「本当にお前を信じてよいのだな」
そして、王が思わず聞いてしまったその言葉にミランダは絶望した。彼女は王にだけは何があっても信じていてほしかったのだ。
 ミランダは言葉を翻し自らバルドの暗殺を謀ったと供述し、離宮に立てこもるとそこに火を放って自害した。
 やがて、意識を回復させたバルドがそばに成獣がいるのに気づかず幼生を弄ってしまったのが原因だったことを告白するも、もう時既に遅く、王は何故自分だけは信じなかったかと、激しく胸を叩いて泣き崩れたという。
 そして、それから少しして皇太后が病に倒れ、手当の甲斐もなくこの世を去った。それまで非常に元気だった彼女がミランダの死後後を追うようにこの世を去ったことで、これはミランダの呪いだとの噂がまことしやかに流れた。

「だから……母上は、ただ儂を王位に就かせる夢だけを拠り所にして自分を律していただけだったとしても……それだからこそ、儂は母上が約束してくれたことを是が非でも実現させたかったのだ」
結果はお前に阻まれたがなと、テオブロは自嘲気味にわらった。

「儂が結果的にお前の母親を死なせてしまったことになってしまったこと、どんな言葉で詫びようとも足りないと、ずっと思っていた。そんな儂がお前を裁くことなどできるはずもない。しかし、ことを目撃してしまった者の手前、お前のことを不問に付すこともできない。
だから、お前の身柄を切りつけたセルディオに託した。
願わくば、お前が母親と同じ轍を踏むことなく、これからの人生を自由に生きてくれたら。その為の援助はさせてもらう……これが陛下からのお言葉です」
それでセルディオは国王からの伝言をテオブロに告げた。すると、
「は!? 兄上は相変わらず甘い。そんなことをして儂がこっそりと兵を集めて、グランディール城に攻め入るとか考えたりしないのだからな。大体、国を大きくする欲もない」
テオブロはそう言って嘲笑った。
「そうですね、陛下は確かに甘いのかも知れません。ですが、それだからこそこのグランディールは平和なのだと私は思います。
正直、私は閣下がこの国を執らなくて良かったと思っていますよ。確かに、閣下が治められれば国は富んだかも知れませんが、人々は戦に疲弊していくでしょう」
「言いおるな、セルディオ。物事には、様々な側面があるか。確かにそうかもしれんな」
 テオブロは王の提案を受け入れ、その夜こっそりと城を抜け出して、旅の人となった。

 数日後、テオブロが病に倒れ、公務の一切から退くとの報が城中を駆け巡った。それ以来誰も彼を見る者はなかったので、かの一件で自害したのだという噂が流れたが、王とセルディオ以外は誰もその真相を知る者はなかった。


  


























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男のロマン-希代の魔術師 11

 数日後、コータル王子とフローリア姫の成婚式が国を挙げて行われた。そして、国中がそのロイヤルウエディングに酔いしれた。
 ただ、セルディオ家では、今まで、研究バカだと思っていた三男に突然現れた『結婚しようと思う女性』に上を下への大騒ぎになっていたのだが。
 かのお相手が息子より12歳も年下で、隣国の王女だと聞いたとき、母は夢の世界に逃げ込んでしまいたい衝動に駆られた。
 それを何とか堪えた彼女は深いため息をつくと、急いで侍女に非常に苦いお茶を入れさせ、それ一気に呷ると、大急ぎで仕立屋を呼びつけて、突然出席することになった未来の嫁(仮)の成婚式のためのドレスを3日も経たずに仕立てさせて、エリーサに送ったのだった。
 
 そして、ビクトールがエリーサを連れてガッシュタルトに戻る日が来た。
 ビクトールは幸太郎からもらい受けた、彼が言うところの『ポンコツ』のボンネットの部分に、木彫りの馬の人形を取り付けた。で、こそこそと何やら呪文を唱えている。
「ビク、なにしてるの?」
「あ、これですか? このままでは悪目立ちしますからね、この馬が本物に見える魔法をかけたんですよ。これで道行く人々は私たちが馬車に乗っていると思い込むでしょう」
それを聞いてエリーサは、ホッとした。幸太郎の運転の時には幸いにもあまり人に出くわさなかったが、ものすごいスピードで走る異形の乗り物に、見たものは腰を抜かさんばかりの驚きようだったからである。もっとも、幸太郎は日本の一般道で同じ走りをすれば間違いなく捕まる速度で走っていたのではあるが、そんなことをエリーサは知る由もない。
 しかし、よくよく考えてみれば、魔法を施してまで車に乗らずとも通常の馬車に乗ればいいことだ。エリーサはビクトールにそのことを聞いてみる。
「馬にも牛にも牽かれないで走るんですよ。それも、ドラゴンのような速度で」
これは乗るしかないでしょう! ビクトールはそれに対して、少年のように目を輝かせて延々と車の魅力についての講釈を始める。(出たわ、オタク……)
 こういういわゆる男のロマンを女性が理解できないのは万国もとい、異世界でも共通なようで、その後車内では喜々として話すビクトールとその話を冷めた様子で聞くエリーサの姿があった。
 





 



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家出の真相-希代の魔術師 10

「それはそうと、エリーサはどうして、家出なんかしてきたの?」
 それからフローリアは、突然思い出したようにそう言った。ぎくっと、エリーサの肩が揺れる。一連の界渡り騒ぎで皆、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「それは……」
「成婚式を見たいためじゃないでしょ。成婚式はガッシュタルトでもやったんだから」
「だって……」
「だってじゃありません!」
ぐずぐずと言うエリーサにフローリアがぴしゃりと言い放つ。
「だって、お父様がいきなり『お前の結婚相手が決まった』って言うんだもん。希代の魔術師って呼ばれてるって言うから、どんなおじいちゃんと結婚させられるのかと思ったんだもん」
だから、そうなる前に逃げたのよと、エリーサは頬を膨らませて、フローリアにそう告げた。
「お、おじいちゃん!? 私はまだ23です。エリーサ様とだって、たったの12歳差ですよ!」
心外な、とそれを聞いたビクトールはそう言って憤慨する。
「たった12歳差? 確かに、ガッシュタルト王と王妃よりは少ないかもしれないが。フローリア、いくつ離れていたっけ」
「お祖父様と王妃様は31歳の歳差ですわ」
「だから、心配だったのよ! 。それが『希代の魔術師』と結婚だなんて。あたしにだって少しぐらいワガママを言わせてくれたって良いでしょ」
エリーサが『希代の魔術師』の部分に力を込めてそう言うと、
「大体、私は自分から『希代の魔術師』と名乗っている訳ではありません、皆が勝手にそう呼んでいるだけです!
それにですね、此度は殿下とフローリア様のご成婚が第一義。私事で時間を割いている暇などございませんから。私はただ、エリーサ様に定まったお方がおられないか王様に確認しただけです。後はこちらでのお二人のご成婚式が終わり次第、正式にお話をさせて頂きにあがる所存でした」
それが何故、もう決定事項になるのでしょうと、ビクトールは半ば抗議するようにまくしたてた。
「そんなことあたしに言われても判らないわ。大体、いつあたしに会ったの? あたしはビクのことちっとも知らなかったのに」
エリーサも売り言葉に買い言葉で、会話の中に火種を放り込んでいく。
「月のきれいな夜、エリーサ様は庭園に出ておられましたね」
「ええ」
「まぁ、エリーサ、あなたまた夜更けにお庭に出ていたの? あれほど危ないと言っているのに!」
「フローリア、話が進まない」
「あ、はい」
それを聞いて、城内の庭とはいえ女がそんな夜更けて出るのははしたないと、フローリアが彼女に意見しようとするのを、コータルがやんわりと抑える。
「月に照らされて輝く頬と流れる髪、そして、満ちあふれる魔力。何もかもが私の理想でした」
「ビク」
ビクトールの歯の浮くような台詞に、エリーサが真っ赤になって俯く。
「エリーサ様、こんな歳の離れた男はお嫌ですか」
「あ、ううん、その……あたしはもっとたとえば禿頭のおじさんと結婚させられるのかと思っただけで……ビクなら別に……」
 希代の魔術師と呼ばれた男と、跳ねっ返りの家出王女の会話はまだ続いていたが、コータルはフローリアに目配せすると、気づかれないように彼らの側を離れた。もっとも、よほど主張しなければ外野の存在に、彼らは気づかないだろうが。
「あの魔法の研究にしか興味のなかった男が。変われば変わるものだな」
コータルは、自身の妻にそう言ってニヤニヤと笑った。

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genre : 小説・文学

あの男-希代の魔術師 9

「殿下、此度は私の配慮が足りず、殿下を大変危険な目に遭わせてしまいました。トレントの森などという人気のない道など通らなければ、もっと策もありましたものを。本当に申し訳ございません」
 界渡りの荒技が一段落して、王や重臣たちが離れた後、ビクトールはそう言ってコータルに頭を下げた。
「謝らずとも良い。どの道刺客はどこを通ろうが襲ってきただろう。もし同じ深手を負ったとして、スルタン、お前以上の事後の手当ができたものはいないはずだ。
それに、あの異世界の者としての旅、なかなか楽しかったぞ。寧ろ感謝している」
それに対して、コータルはそういって晴れやかに笑った。
「もったいないお言葉です、殿下」
「しかし、あの男……私の映し身と言うが、どうにかならぬものかな」
「鮎川様ですか? 彼がどうかされましたか」
どうにかならないかと聞きながら何やら愉快そうな様子のコータルを見て、ビクトールは不思議そうにそう聞いた。
「私と入れ替わった後、フローリアに無理矢理接吻をして拳を打ちつけられておった」
「ああ、やっぱり」
そうなると思ってましたと、ビクトールが相槌を打つ。男たちがくすくすと軽い笑い声を挙げる中、
「まぁ、私は殿下に手など上げたり致しませんわ」
フローリアが不満の声を挙げた。
「そなたのことを言ってるのではない。どうもあちらのフローリアはあやつに合わせてずいぶんと跳ねっ返りのようだしな」
「みたいですね。でも、彼女はフローリア様ではなく、カオル様と言うのではなかったですか」
「フローリアはミドルネームだそうだ。
だが、あやつは殴られてニヤニヤと相好を崩しておった。まぁ、同じ顔をした私に彼女を取られたかと必死だったのだろうな」

その後、
「それがあの男を目覚めさせるための策だと知って、完全に骨抜きになっておった。まったく、同じ顔であのような見苦しい様を見せられると、なんだか複雑な気分だ」
「ふふふ、鮎川様は尻に敷かれそうですね」
コータルとビクトールが頷きながらそう話している横で、
「私はコータル様を尻に敷いたり致しません!!」
と一人フローリアがプリプリと怒り散らしていたことは言うまでもないが、それを横で見ていたエリーサが密かに、『お姉ちゃまも絶対にそうなるわね』思っていたことはフローリア本人には決して告げることのできない話である。





 



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王子の帰還-希代の魔術師 8

 セルディオ卿と王子そっくりの異世界の客人とが周りの風景に泥むように消えてからしばしの時が経った。国王以下、その場にいた者たちはなかなか帰還しない希代の魔術師と呼ばれた男と本物の王子に何事かあったかと気が気ではないが、何分にも今までお伽話としてしか聞いたことのない『界渡り』がそれで失敗して彼らが戻れなくなることを怖れて、だれも動くことはおろか息もまともにできない。
 やがて、魔術師が書いた術強化の魔法陣が色が少しずつ成してくる。そして、皆が固唾をのんで見守る中、希代の魔術師、ビクトーリオ・スルタン・セルディオが、この国の王子コータル・トート・ランバルド・グランディールを宙に浮かせたまま現れた。見守る者の誰彼なしに
「おお」
という感嘆の声が洩れる。ビクトーリオは歯を食いしばったまま、前に出した手をゆっくりと下におろし、王子を用意してあった寝台に着地させ、ふっと息を吐き切る。そして、彼はがっくりと膝をついた。
「ビク!」
それを見てあわてて魔法陣に近寄ろうとしたエリーサをフローリアが腕で差し止める。
「フローリア様、もう大丈夫です。ビクトーリオ・スルタン・セルディオただいま戻りました」
上がった息のまま彼がそう言うと、フローリアはエリーサを解放し、彼女はビクトールの姿勢を落とした肩にしがみつく。
「ビクと呼んでくださるんですね」
その様子に、ビクトールは少し驚いた様子でエリーサにそう言った。
「だって、あなたが本当のビクなんでしょ」
「それはそうですけれど……」
あなたにとってのビクは美久なのではないのですかと、希代の魔術師は自嘲気味に聞く。
「でも、オラトリオにいて、あたしに求婚したのは、セルディオ様……あなただわ。あなたが『界渡り』の魔法を使ったからあたしはヨシャッシャ会えた。だけど、もうこんな魔法を使うのは止めて!」
ビクトーリオは、
「ビクがこのまま消えてしまったら、あたしはどうすれば良いの?」
と言いながら涙する隣国の王女の肩に右手を回し、左手でその髪を優しくなでた。
「大丈夫、エリーサ様を置いてそんなことはしませんよ」
「ビク、ずっとそばにいてね」
「もちろんです」
二人は見つめあい、もう互いしか見えない。
「おっほん!」
だが、そんな『二人だけの世界』にしびれを切らせたクロヴィス老の咳払いが割って入った。ビクトーリオとエリーサは飛び上がって、回しあっていた互いの肩を離した。
「して、殿下はいつ目覚められるのかな」
「ぎ、御意」
ビクトーリオはそう言うと、王子にAn sleepの魔法をかけた。すると、この国の王子は、悪い夢から覚めたかのように、大きく目を見開くと、辺りを見回した。

「ここは……グランディール城、私は助かったのか」
 今いる所が慣れ親しんだ城である事に気づいたコータルがそう言うと、ビクトール以下、その場に居た者が一斉に頷く。
 すると、コータルはいきなり起きあがり、父王にひれ伏した。
「父上、ただいま戻りました」
「うむ、よくぞ無事でおった」
「いきなり、お起きになって大丈夫ですか!」
その様子を見て、クロヴィス老があわててコータルに駆け寄る。コータルはそれを右手で制して、
「ああ、心配するなクロヴィス。何ともないぞ」
と言って、剣を振るう仕草をして見せた。
「ご無理をされてはなりませぬ」
「相変わらず心配性だな、このじいは。もう何ともないと申しておるではないか」
コータルはそれを信用しようとしない老臣に笑いながらそう言った。
「セルディオ、お前が言うように、ニホンとやらの治癒師の技量は相当なものなのだな」
それを見た王が感心したようにビクトールに言うが、
「はい、それはそうなのですが……」
当の彼はその王の賛辞に歯切れ悪く返すと、
「殿下、少々失礼いたします」
と言ってコータルの左腕を捲り上げた。
「やはり」
「何かあるのか、スルタン」
その様子にコータル自身も自分を救った希代の魔術師の顔を訝しげに覗き込む。
「殿下、ここにあった傷が消えております」
「それはどういうことです。まさかこの後に及んでまた殿下の偽物とか申すのではないでしょうな」
ならば貴様もろとも切り捨てる、とクロヴィスが老体に鞭打って息まく。
「もちろん、この方は正真正銘のコータル・トート・ランバルド・グランディール様です。私がちゃんとニホンの治癒施設からお連れしました。
私が言いたいのはそこではありません。
ニホンの治癒技術は魔法は一切なく、言うなれば物理的なもの。傷は癒えますが、深い傷は跡が残るのです。私の記憶では、この左手二の腕はかなり深く抉られていたはず。それが跡形もなくなっているのは、魔法が介在する証拠だと申し上げているのです」
「誰かが魔法を使って殿下を治癒したというのか」
何の為に、とクロヴィスが言う。
「ええ、ニホンには魔法という概念すらありませんので、人々は使えるとも思っておりませんが、たった一人だけ……このオラトリオで未熟ながらも魔法を操っていた私の映し身宮本美久その人なら、それができるはず」
「ビクは今でも魔法を使えるの?」
その言葉にエリーサが驚きの声を挙げる。
「ええ、彼は私の映し身ですから、基本的な魔法スキルは非常に高い。後は、念の込めかたと詠唱文言さえ会得していれば。それにしても治癒の中でも最高位の魔法をそらで覚えているとは。本当に興味の向くことには記憶力が優れてるんですね、美久は」
鮎川様はそれをオタクとか言ってましたっけ、とビクトーリオは苦笑しながらそう言った。
「では、私が見ていた夢は実は夢ではなかったというのか」
「はい、あれは夢ではなく、殿下と私の映し身の道程です。何分、彼らは右も左も分からぬ異界の民であります故、もしも何か事がありまして、鮎川様の身に何かありましたら、映し身の殿下にも悪い事が起こるやもしれませぬので。夢で彼らの行動が見られるようにしておったのです。私だけにかけていたつもりだったのですが、殿下にもそれが及んだものと思われます」
「それで、テオブロ閣下にあの男が切られた時、いつのまにやらすり替わったという訳か、本当に底知れぬ男ですな、セルディオ様は」
と、それを聞いたクロヴィスがため息混じりで呟いた。
「褒め言葉として受け取っておきますね」
ビクトールはそれに対して笑顔でそう返した。

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繰り上げ当選? 帰ってきた道の先には……37

「ベス、ビクって誰?」
タケちゃんが聞き捨てならないと絵梨紗にそう聞く。それに対して、
「ああ、本名|宮本美久(みやもとよしひさ)、彼女の命の恩人その2ですよ」
俺が代わってそう答えた。
「じゃぁ、幸太郎君と一緒に乗ってたっていう? ビクって言うから、ベスの学校の友達かと思っちゃった。日本人んでしょ、何でビク?」
学校の友達って言うから聞いてみると、絵梨紗はアメリカンスクールに通っているらしい。
「ええ、ベタベタのネイティブ日本人ですよ。よしひさってのは、美しいに久しいって書くんですよ。つい最近ちょっと外人と知り合いになって、そいつがよしひさって発音できなくてヨッシャにしか聞こえないから、それなら俺が音読みでビクって呼べば良いってそいつに教えたんです」
正確に言えば、外人じゃなくて、異世界人だけどな。そう言えば、ビクって呼ぶ元になったマシュー改めエリーサは、宮本との別れ際、泣きながらよしひさと発音しようと懸命に頑張っていたっけ。そんなことを思い出していると、タケちゃんは俺をリビングの隅に連れて行くと、小声で、
「ねぇ、宮本君の方はベスの事どう思ってるの? ベスの独りよがりとかじゃない?」
と聞いた。絵梨紗はまだ恋に恋する年頃、命の恩人に優しくされて、その気になってるようなことを心配しているのだろう。
「いいえ、残念でしょうけど、しっかり両想いですよ」
寧ろ、宮本の方がお宅の姪御さんに夢中です。
「ふーん、そうか……ベス、ホントにビクくんのお嫁さんになりたいの?」
「うん、なりたい!」
なれるの!? とその一言に身を乗り出す絵梨紗。
「でもね、ベスが結婚できる歳になるまでまだだいぶあるし、それまでに気持ちが変わるかもしれないからさ、一応仮押さえってことで、宮本くんも一緒に秘書課に異動させるよ。このままうまく行くようなら、君の補佐をしてもらう。その方が君も気分が楽でしょ? 
でね、最初は君が僕のところにきてもらうつもりだったけど、絵梨紗の彼氏をパパにつけるのはちょっとさすがにアレだから、君がパパの方に回ってくれる? 
思ったより、僕早く辞められそうだね、君は痛い思いをしただろうけど、僕としてはホントに良かったよ」 
タケちゃんは嬉しそうにそう言うと、まだ仕事があるとさっさと帰って行った。まったく、自分が言いたいことだけ言って行っちまったぜ。

 その後……

 タケちゃんはそれから半年も経たない内に青木賞にノミネートされてしまった。受賞後呆気なく素性をカミングアウト。社内は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなる。それで、タケちゃんが未だ独身であることが発覚。
「じゃぁ、デビくんは一体誰の子なんだ?」
と聞いた俺に、
「あれ? 言ってなかったっけ?」
と、薫。そこで俺たちは、デビくんこと本名|櫟原英雄(いちはらひでお)(英名デビッド)は会長の30歳年下の再婚相手、クラウディアさんとの間にできた、タケちゃんにとっては義弟だった。ちなみに絵梨紗は英雄の姉。つまり、タケちゃんの義妹。
「じゃぁ、絵梨紗は義理の叔母? ってことは、あの二人がくっつきゃ宮本は俺の義理の叔父になっちまうってか!?」
 それを聞いたとき、俺がそんな雄叫びを上げてしまったことは言うまでもない。
 
       




 







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熱烈歓迎!? -帰ってきた道の先には……36

 タケちゃん(もう、社長と呼ぶ気がしねぇ)が差し出したその本は最近話題の市原健(いちはらたける)の恋愛小説。作者の経歴おろか性別さえも(ただ、名前からして男性だって思うが、何年か前に本○大賞を取った作者は男っぽい名前だけど、女だったりしたしな)不明な謎の作家の作品だ。タケちゃんはその本の名前の部分を指さして、
「これ、僕」
と言った。2歳児みたく2語文じゃ、何言ってんのか解んねぇ。
「へっ?」
「一応音だけは本名なんだよ。だけど、誰も僕だって気づいてくれないから、寂しいんだよね」
タケちゃんがそう言ってため息を吐く。
「市原(いちはら)櫟原(くぬぎはら)、ぜんぜん違うじゃないですか」
どこが一緒だ。
「あのね、櫟の木はいちいの木とも呼ばれていてね、みんなが読み間違えるから社名はくぬぎはらにしちゃったんだけどね、元々の読みはいちはら」
それに、櫟って画数多いから面倒だし、本名で書くのもね、とタケちゃんは続けた。
「僕の書いた文章に紀文(きぶん)ちゃんが絵をかいてさ、一緒にやろうっていってたのに……紀文ちゃんたら、一人で絵を描いて勝手に有名になっちゃうんだもんなぁ」
タケちゃんが文章を書いて紀文ちゃんが挿し絵か。それとも二人で漫画家にでもなろうとしていたんだろうか。
「タケちゃんには、会社があるだろ。タケちゃんまで引っ張ったら俺、お義父さんに殺されるよ」
まぁな、嫁にやってその上跡取りを別の仕事に持ってかれたら……思いっきり立場悪くなるよな。
「紀文ちゃんも描きながら会社手伝ってくれたらいいじゃない」
「片手間でできるこっちゃないだろ。会社潰して良いんだったら手伝うけど?」
タケちゃんの言い分に紀文ちゃんはしれっとそう返す。
「ふん、紀文ちゃんは僕よりエミナちゃんを取ったんだ」
普通そうだろ、嫁より嫁の弟取ってどうする、という紀文ちゃんにタケちゃんは口をへの字に曲げて黙り込む。なんつーか、まるでガキの会話だよ。
「ま、そう言うことだから、タケちゃんのこと手伝ってやってくれないかな。君にも譲れない夢があるのなら別だが」
 そんなタケちゃんを生温かい目で見ながら紀文ちゃんが父親の顔に戻って俺に言う。
「俺にそんなご大層な夢なんかありませんよ。社長なんてガラじゃないですけど、サポートってことなら構わないですよ」
「やったぁ、ありがとう!!」
取りあえず承諾した俺に、タケちゃん破顔で俺の手を握りブンブン振り回した。うー、なんだかなぁ。早い遅いに関係なく、俺ダメージ大きいかも。
「それじゃぁ、早速僕の見習いってことで、秘書課に異動かけとくから。今まで君がしていた仕事、入院中に全部ほかの社員に振り分けられてるからね。そのまま異動できる。ほんとラッキーだよ」
げっ、すぐに異動ってか? それも秘書課かよ。
「後は、結婚式だね。櫟原の社長の結婚式として恥ずかしくないものにしなきゃね」
タケちゃんは、会社から足抜けができると決まったからか、上機嫌でそう言った。この分だとあっと言う間に会社投げてこられそうだな。安請け合いして良かったのかな、俺。そう思っていると、今まで黙っていた絵梨紗が、
「お姉ちゃまは結婚式かぁ、いいなぁ」
と盛大にため息をつきながらそう言った。けど、続けて言った、
「あたしも、ビクと結婚したいな」
という言葉にその場にいた全員の動きが止まった。

 







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熱烈歓迎! -帰ってきた道の先には……35

「間に合った? 僕間に合った?? 紀文(きぶん)ちゃん」
と薫の父親に聞く社長。それに対して、当の紀文ちゃんは、野球のアウトサインをしながら、
「うーん、ギリギリアウトってとこかな」
と笑顔で言う。
「じゃぁ、日取りとかも決まっちゃった? いつ、いつ?」
日取りって結婚式の日取りか? っつか、なんだこのぶっ飛び具合は。社長せっかち過ぎねぇか? 俺は今日、薫と付き合う宣言しに来ただけだぞ。そう思ってると薫が、
「武叔父様、飛びすぎ。まだ、そこまで行ってない」
と言って社長を睨む。おお、会社では絶対にあり得ねぇな。
「じゃぁ、僕のサポートの件は?」
「まだ!」
「じゃぁ、取締役会の件は?」
「それもまだ!!」
「じゃぁ、全然間に合ってるんじゃん、僕」
矢継ぎ早に俺の解らないことを質問した挙げ句、そんな話はしてねぇことを知ると、社長はホッとむねをなでおろしていた。
「そういうのは、ウチには関係ないからね、タケちゃん」
「ひどいな、櫟原(くぬぎはら)には大事な問題なんだよ」
そして、紀文ちゃんのその言い分に、社長改めタケちゃんはむくれながらそう返す。タケちゃん、普段とぜんぜんキャラ違うくないですか。その日本人離れした顔で小首を傾げると愛くるしいっちゃそうだけど、歳考えるとカテゴリー:かわいそうな子だよなぁ。
「あ、社長。入院中はいろいろありがとうございました。ホントあんなすごい部屋にずっといさせてもらって恐縮です」
俺は、そんなタケちゃんの変わりっぷりに面食らいながらも、忙しい中折角来てもらったんだからと、お礼の挨拶をする。
「いーのいーの、気にしないで。可愛いベスの命の恩人に窮屈な思いをさせたら、僕がパパに叱られるもん。それにさ、未来の社長の部屋としてはチープな方だよ」
ベス-エリサベツ-エリーサ-絵梨紗か。けど、未来の社長ってなんだ??
「俺、話が見えないんですけど」
「えっフロリーから聞いてないの? フロリーの旦那様には漏れなく櫟原がついてくるって話。
とは言ってもさ、ぜんぜん櫟原に関係ない子が来ちゃったらどうしようかって思ってたんだけど。でね一応、調べさせてもらったよ、鮎川幸太郎君。で、合格! 文句なしだよ。フロリーちゃん、グッジョブ。うぅん、見る目あるよ」
社長は今にもとろけ出しそうな満面の笑みだ。そんで、フローリアでフロリーか……イヤイヤ、問題はそこじゃないっ、未来の社長だ。聞いてない、聞いてないぞそんな話!!
「社長! どうして俺が社長やんなきゃなんないんですか!!」
「じゃないと、僕が辞められないもん」
俺の問いかけに、社長がウルウルの瞳でそう答える。
「社長ってまだ40代でしょ」
「うん、48。今年49になるよ」
だから、アラフィフ男が小首を傾げてしゃべるんじゃない!
「まだ、引退するような歳じゃないじゃないですか!」
思わずそう叫んだ俺に、タケちゃんは徐に一冊の本を取りだした。



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熱烈歓迎?-帰ってきた道の先には……34

 翌日、俺は薫んちに行った。ナビが示すのは、超ド級の高級住宅街。都内に住んでても一回も行ったことがないとこだ。
 そして、俺は薫んちの前で盛大にため息を吐いた。何が、叔父様の家より小じんまりしてるだよっ 白亜の豪邸じゃんかよ。じゃぁ、社長の家はどんなだってんだ! 
 それもそのはず、薫の父親の谷山紀文は画家で、一枚書きゃ、ん千万だっつー話だ。うええ、ますます俺、場違いじゃん。一回振られた時点ですんなり諦めとくべきだったか。
 ま、いつまでもビビってる訳にも行かないんで、とりあえずインターフォンを押す。はーい、という返事の後薫が玄関のドアを開いた途端……
家の奥の方から巨大な物体が俺に向かって突進してきた。
「うわっ」
体当たりしてきたそれを、俺は転びそうになりながらも何とか受け止めた。
「げっ」
動く毛玉、いや犬、確かボルゾイってやつだ。そいつは、俺の肩をがっしり掴むと、俺の口元を……
ペロペロと舐めだした。そのままディープキスされそうな勢いだ。よく見ると笑顔っぽいし(犬の感情なんて判んねぇけど)尻尾振ってやがる。肩掴まれて首元にこられたときには、殺られるって本気で思ったぜ。一応、ここん家の家族を分捕ってくアウェイな訳だし。獣は人間よりそういうことに数段敏感らしいからな。
「ミランダ、こらっ止めなさい! Sit!!」
薫にそう怒鳴られて、巨大な毛玉もとい、ミランダは渋々と薫の前にちんと座った。しかし、熱烈歓迎の意志は示したいのか、はぁはぁ言いながら尻尾だけはまだ振っている。
 そこに薫の母親らしき女性が玄関に現れた。薫の外人度をさらに上げた感じで、小紋をを小ぎれいに着こなした姿は、どっかの旅館の名物女将っぽい。彼女は、
「あらぁ、ミランダちゃんも女の子ねぇ、イケメンはわかるのね」
と言ってミランダの頭を撫でた。
「顔じゃないわよ、鮎川あんたサラミ食べたでしょ」
「ああ、正確に言えば、サラミの乗っかったピザをな」
50日も留守にしてるんだ、冷蔵庫にあったもんは調味料をのぞけば全滅、かろうじてフリーザーに残ってた冷凍ピザだけしか食うもんがなかったんだよ。昨日帰りがけにうっかりと買うのを忘れたんだ。でも、何でそれがサラミだって判るんだ? 薫は
「ママ、彼女は鮎川の胃の中のものに反応してるだけよ。ミランダ、いくら好きだってあんたサラミに反応しすぎ」
と言いながら俺を見上げてニヤリと笑うと、
「モテたんじゃなくて残念だったわね。この子サラミに目がないのよ」
と言った。バーカ、犬にモテたって嬉しかねぇよ。サラミに惚れてくれて結構だ。
 まぁ、そのバカ犬のおかげで幾分緊張感が取れて、俺は通されたそれこそそこだけで俺のアパートの部屋の何倍あるんだっていうリビングで薫の父親を待った。
「やぁ、お待たせ。君が鮎川君?」
 そして現れた薫の父親は、一人娘がかっさらわれるのだというのに、さっきのバカ犬も顔負けの満面の笑顔だ。
「初めまして、鮎川幸太郎です。」
俺は一旦座っていたソファーから立ち上がって深々とお辞儀をする。
「谷山紀文です。退院おめでとう」
「ありがとうございます」
俺は、礼を言った後、咳払いをして、いきなり本題をきりだした。
「今日はですね、お嬢さんと結婚を前提におつ……」
しかし、紀文氏は俺の口上が終わらない内に、
「そんな堅いことは抜き抜き。鮎川君薫と結婚したいんでしょ。どうぞどうぞ、こんな面倒臭いので良かったら、是非」
と、さっさと俺たちの結婚を承諾してしちまったのだ。それにしてもノリ軽っ! しかもトドメに、
「いやぁ、君がずっと眠ったままだったらどうしようかと思ってたんだよ。それでも生きてるんだから、そちらのご両親に承諾もらって病床で式だけ挙げようかとか」
とまで言う。こっちが言い出す前に親公認なのも何だかなんだが、意識のない奴と結婚させようだなんて、どんだけ薫を追い出したいんだか。ホントに血つながってんのか? 母親の外人的要素の方が際だって、いまいち判んねぇぞ。
「パパ!!」
さすがにその発言にブチ切れて薫が思いっ切り父親を睨む。
「じょ、冗談だよ、薫。さすがに眠ったままの人間を後継者にするなんてお義父さんが許さないさ。でもね、私は嬉しいんだよ。大事な娘を絵描きになぞやるんじゃなかったって、そりゃ肩身の狭い思いをしてきたんだから」
まぁな、父親としちゃいくら金取れるってったって、絵描きなんて次売れるか売れねぇか分かんねぇヤクザな商売認められねぇよな、当の会長は結構でけぇ会社のTOPな訳だし。解るよ、何か一カ所聞き捨てならねぇ事聞いた気もするけど、取りあえず薫の親の反対はないってことだな。

-ピンポ~ン-
その時、インターフォンがなったかと思うと、だだだだっと廊下を走る音がして、
「間に合った? 僕間に合った??」
と飛び込んできたのは、我が社の社長、櫟原武氏。しばらくして、もそもそっと絵梨紗も入ってきた。
 
 じゃぁ、ここからご挨拶第二ラウンド突入ってか?





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退院-帰ってきた道の先には……33

 元々怪我なんかしてなかったから、検査したってボロなんて出なくて、とっとと病院から解放されることになり、俺はちょっとビビりながら、会計に行った。何気に豪華なあの二人部屋に50日あまり、カードの限度額超えなきゃ良いけどな。
 しかし、俺たちの支払いはもう済んでいると言う。
「ええっ、済んだってどういうことだよ」
「支払いの方は全部櫟原さんの方に回すようにとここに書かれてますが」
びっくりした俺に、会計の女は事務的にそう答えた。俺は後ろにいた薫を振り返ると、
「武叔父様が」
と言った。
「社長が?」
「絵梨紗の……そう、絵梨紗の命の恩人なんだからって払わせるなって」
と、薫が答えた。だが、それはなんだか奥歯にものが挟まったような言い方だった。
「そりゃ、確かに助けたことには違いないんだろうけどさ、一つ間違ゃ轢いてたかも知んないし、たまたま運が良かっただけだ。それにそこまでしてもらう筋合いはないと思うけどな。だけど、突っぱねて金額聞くにもあの部屋じゃなぁ。ごくふつうの大部屋にしといてくれりゃ良いのに」
「う、うん、そうだね。じゃないと気、遣うよね」
俺の言葉頷く薫の返事は相変わらず歯切れが悪い。
「礼を言わなきゃと思うんだが、こんな個人的な事会社で言うわけにもいかないんだけどよ、電話で済ますのも失礼だし、お前5分でいいから時間取ってもらえるように頼んでくれねぇか」
「ううん、お礼なんて良いよ。叔父様がしたくてしてることなんからさ」
「そんな訳にはいかねぇだろ」
「気、気にしないで。あ、そうだ、鮎川明日ウチにくるでしょ? その時顔出し手もらうように言っとくよ」
「げっ、社長呼ぶってか?」
薫と一緒に闘うと言ってプロポーズした手前、俺が次に出社する前にとっとと薫の親に『結婚を前提にお付き合い』の挨拶をしとこうと言うことになったのだ。まぁ、一緒に聞いて認知してもらってる方が風当たりは弱いかもしれないが、父親だけじゃなくて、叔父さんまでに値踏みされるんかよ。頭痛ぇ……
「うん、武叔父様には早めに会っておいた方が、いいと思うのよ。そうよ、その方がダメージが少ないわ」
 その後、薫がつぶやくようにそう言ったのが聞こえた。

 それにしても、ダメージってなんだ? 受けるのは社長? それとも俺?? 俺は、何だか分からないプレッシャーやら不安をひしひしと感じ始めていた。
 

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ここはいっちょ、踏ん張ってみますか-帰ってきた道の先には32

「じゃぁ、何で俺にキスなんかしたのかよ。宮本のバカ話にホイホイ乗せられる様な歳じゃねぇだろ、薫」
24歳でおとぎ話のお姫様を地でいくとしたらイタすぎだろ。
「うっ、そんなの当たり前じゃん。でも今はヤダ。今辞めたら逃げたって思われる。鮎川だって、きっと会長の孫って分かったから迫ったって言われるよ」
今辞めたら、今までこいつが頑張ってきたことなんてすっぱり忘れて、『それ見たことか、やっぱりお嬢様だ』とか言う奴が必ず現れるか。俺も逆玉狙いだって言われるだろうな。
「俺は、そんなもん何とも思わねぇよ」
「周りが一夜にして変わっちゃっても?」
「仕事が変わる訳じゃねぇし、全員が敵になる訳でもないだろ。そんなもん、仕事で跳ね返してやるさ。お前も、負けたくねぇんなら辞めないで一緒にいればいいさ。けどさぁ」
「けど?」
「俺と一緒に闘おうや。1人で抱え込むのお前の悪い癖だぞ」
俺は薫の今にも泣き出しそうなほっぺたに手を当てて、そう言った。
どんな奴が相手でも、怯まずつっこんで行くところがお前の良いところだけどな。切り込み隊長にも、疲れたら帰る場所があってもいいんじゃねぇか。
「鮎川ぁ、それってかっこ良すぎだよ」
薫は、そう言って口をとんがらせて鼻水をすすった。
「そうそう、俺ってホントカッコいいだろ」
「あんた、自分が言う?」
あきれた、と薫。
「おお、言うぞ」
俺は胸を張ってそう答えた。こんなの、自分が言わなきゃ、誰が言うんだ? 他人にこんなこと言われたら、どんな裏があるのかと思って逆に気色悪いだろうが。
「薫、お前いつ目が覚めるか分かんねぇ俺をずっと看てくれてたんだってな」
 それから俺はマジな顔になって薫にそう言った。
「うん……」
薫は照れながら頷いた。
「もし俺が、この先ずっと寝たまんまだったとしても、そうしてくれたか?」
「たぶん、ね」
俺の頭ん中には、昨日の夜の宮本の説教じみたうわごとだか報告だか判んねぇ、俺が寝てる間の薫の話が渦巻いていた。さっきはそっこーでふられたけど、ここはいっちょ踏ん張ってみますか。
「俺、起きちまったけど、これからもずっと俺の傍にいてくれねぇかな。ってか、夢の中でもお前は俺の嫁だったし、なんか他の奴考えられねーんだよな、だからさ」
俺は、そう言うと、異世界よろしく臣下の礼をとって、
「谷山薫さん、俺と結婚してください」
と一昔前の合コン番組みたく右手を差し出した。

 薫は、ぼろぼろ泣きながら黙って俺のその手を握った。


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あの日-帰ってきた道の先には……31

「ちょ、ちょう、薫、外行こう、外」
俺はそう言って強引に薫を病院の中庭みたいなとこに連れ出した。

「そう、私は櫟原宗十郎の長女の娘、ホントは身内の会社になんて勤めたくなかったんだけど、許してくれなかったのよ。いくら武(たける)(社長の名前だ)叔父様に子供がいないからって、私にあそこで婿見繕おうなんて、前時代すぎよ。そんなの絵梨紗がいるじゃないって思ったし、この前デビくんも生まれたから、やっと解放されたと思ってたのに」
 観念して薫は事情を説明し始めた。とはいえ、いまいち話が見えないが、薫は社内のだれかと結婚して、跡継げって言われてた。でも社長んとこに待望の(デビくんっつーくらいだから男だろ)跡取りが生まれて、すべて丸く収まったと、そんなとこだな。
「私は長女の娘だから櫟原(くぬぎはら)じゃないし、武叔父様に『私が絶対に櫟原家の縁者じゃだってことをバラさない』ってことを約束させて会社に入ったのよ」
じゃないと、思いっきり仕事できないじゃない? と薫は続けた。確かに使う側としちゃ使いにくいだろーな。
「で、何でバレたんだ?」
「うん……それなんだけどさ、あの日絵梨紗と一緒に私もいたのよ」
あの日と言われて、俺はゴクリとつばを飲み込んだ。って言うと、俺たちが事故った日のことか。
「出かけたのが久しぶりだったんで、絵梨紗が妙にはしゃいじゃって……道の向こうにほしかったものを見つけて、思わず飛び出しちゃって……そこに来たのが」
「俺らの乗ってた車って訳か」
俺の言葉に首だけで頷いた薫は、
「間一髪のタイミングで絵梨紗を交わした車は、ガードレールに吸い込まれるようにぶつかって火を噴いたの。私、慌てて車の中をのぞき込んでびっくりしたわ。乗ってたのが鮎川と宮本君だったから」
 薫はとっちらからりながらも何とか119番に連絡し、やがて救急隊員が来て、俺たちを車から引きずり出した。そしてその途端、車は再度爆発し、木っ端微塵になったという。
「後少し救出が遅れてたらと思うと……」
薫はそのときのことを思い出して震えながらそう言ったが、大方それはビクトールが車の張りぼてをごまかすために魔法で吹っ飛ばしたんだろう。満身創痍とか言う割に、えらく派手な演出じゃねぇか。あいつ、どんだけ魔力があるんだか。
 一方、衝撃的な事故を目撃してしまった薫は、ショックでぶっ倒れ、一緒に病院に運ばれたらしい。俺たちが全然知らない奴らなら、ただ事故を目撃したで済んだんだが、事故の当事者が俺たちだったため、当事者が一本の線でつながって、薫が会長の孫だということが一気に社内に広がったみたいだ。
 それから、上司は薫の顔色を伺いながら仕事を持ってくるし、女たちからは今まで気楽にグチってきた会社への不満やら悪口やらを薫が会社にチクっている様に思われて、シカトを食らうようになった。確かに、薫は会社の悪口は言わなかったさ。けど、こいつは誰の悪口だって言ってやしねぇぞ。
「ゴメンな、俺らのせいで」
「ううん、鮎川たちのせいじゃないよ。鮎川は絵梨紗を助けてくれたんだし」
「なぁ、薫……会社行きにくいんだったら、辞めて俺んとこくるか」
俺は、手に汗をびっしょりかきながら、薫にそう言った。 地球とオラトリオがパラレルワールドってんなら、オラトリオで王子と姫が結婚するんなら、俺たちも結婚するのが流れってもんだろ。
「俺んとこって、鮎川も一緒の会社でしょうが、何変なこと言ってんのよ」
だけど、薫は俺の言葉をプロポーズだと思わなかったらしく、ゲラゲラと笑いやがる。
「違う違う」
違うよ、鈍感女めが。
「何が違うのよ」
「だから、鮎川薫になれってんだよ」
回りくどく言って解んねぇんならストレートに言ってやる。
お前、俺にキスするぐらい好きなんだろ? だが、それに対して薫は、
「イヤだ!」
と、間髪入れずに即答しやがった。なんだ、一発玉砕かよ。
 何でだ? オラトリオはパラレルワールドじゃねぇのか!?

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genre : 小説・文学

ええーっ、こっちも? -帰ってきた道の先には……30

 宮本と絵梨紗とのいちゃいちゃが見てられなくなって、俺が病室を出たら、そこに薫が来ていた。
「目が覚めたからって、とっととほっつき歩いて大丈夫なの?」
薫は口を歪めてそう言った。
「ああ、医者が首を捻るくらい完全元通りだぜ」
ホントのことを言えば、最初から怪我なんかしてねぇんだけど。それを説明できないし、説明する気もねぇけど。
「また、いい加減なことを言う。ちゃんと寝てないと、宮本君みたくぶり返すわよ」
というと、薫はやれやれといった表情でそう返す。
「いい加減じゃねぇさ、薫。俺に今あの灼熱地獄に戻れなんて言うなよ。自分の病室なのにいたたまれないったらありゃしねぇ」
「ああ、宮本君と絵梨紗のこと? 確かにあれはね。ホント、いつの間にあんなに仲良くなったんだか」
どうせあの単純な宮本のことだ。オラトリオで惚れた女のドッペルに、運命でも感じるとか思って迫ったんだろ。それに、今んとこ10歳の絵梨紗は宮本よりチビだからあいつのコンプレックスは刺激されないだろうしな。
「薫、小学生はは夏休みだからともかく、お前仕事は良いのか?」
そのとき、俺は今日が平日だってことに気づいて、薫がなぜ今ここにいるんだろうと思った。。
「うん? 今日は有給……ってか、もう私職場に戻れないかも」
それに対して薫は口ごもりながらそう答えた。
それにしても辞めるっぽい発言なんて聞き捨てならない。「何でだ」
「うん、ちょっとね」
びっくりして聞き返した俺に、薫の口は重い。
「俺のせいか?」
「違うよ、鮎川のせいじゃない!」
「じゃぁ、何だよ」
「言わなきゃダメかな」
「言わなきゃ解んねぇだろ。それに俺に言えないっつーことは、直接じゃなくても俺らの事故が関わってるって思って間違いないんだろ」
事故の一言に、薫の頬がぴくっと動く。
「じゃぁ、結局、俺のせいじゃねぇか」
「違うよ!!」
それでも、違うと言い張る薫は、泣きそうになっていた。お前、何隠してんだ?
「じゃぁ何だってんだよ!!」
俺はだんだんいらいらしてきて、そう怒鳴った。
「鮎川、声デカい」
薫はいきなり急に声のトーンを落として小声でそう言った。ハッとしてあたりを見ると、声を荒げて言い合いをしていた俺たちはいつの間にか他の患者や面会者に遠巻きに見られている。
「お前が、ちゃんと理由を言わないからだろ」
だから、俺も内緒話みたいに、薫にそう耳元で囁いた。
「バレたの」
すると、薫はぼそっとそう言った。
「誰に? 何が?」
主語も述語もかっ飛ばしてしゃべんなってんだ。何が何だかちっとも解んねぇと思っていると、薫は意を決したようにその理由を口にした。
「会社に、私が」
「会社に、お前が?」
「櫟原(くぬぎはら)宗十郎の孫だってことがバレちゃったの」
櫟原宗十郎ったら、ウチの会社の会長の名前じゃん。
「へぇ、お前、会長の孫だ……ええーっ、か、会長の孫!!」
「だから鮎川、声デカいって……」
思わず俺が挙げてしまった素っ頓狂な声に、薫はこめかみに手を当て、口をへの字に曲げてそう言ってため息をついた。

 ええーっ、あっちは本物の姫だが、こっちも姫級かよ。俺の方は向こうは王子でも、こっちは完璧フツーのリーマンなのにさ。


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役者が揃った-帰ってきた道の先には……29

 やがて、長い昏睡状態がとけたことになっている俺と、逆にぶっ倒れた宮本とで、やってきた医者やら看護師やらは騒然となった。
 倒れている宮本はもちろんのこと、俺の状態まで検査される。ビクトールは、
『たぶん、身体は調べられると思いますので、形だけ付けておきますね』
と、傷(本人がいないので、よく保って一週間くらいだろうと言っていたが)を魔法で作り出した。こんなもんが作れんなら、張りぼてじゃなくって本物の車も作れそうなもんだ。あんなポンコツよりもっとマシな奴をさ。ま、全く同じものしか作れないかもしれない。俺はオラトリオだっけ? あの世界にあのポンコツと同じ車がぞろぞろと並んでいる姿を想像して、笑うのを堪えたら、痛みを堪えたのと間違われて、
「痛みますか?」
と看護師に言われたんで、
「あ、ちょっと」
と痛がるフリをしなきゃならなかった。ビクトールにあっちに飛ばされてなきゃ、生きてないのかもしんないけど、何だかな。
 そして、いつの間にか完治してる俺と、病院で寝てるだけなのにあり得ないほど疲労してる宮本に医者は首をひねりまくっていた。
 理由を知っていた俺は内心ビクビクもんだったが、日本の医療機関にその真相が分かる訳きゃない。結局その晩熱を出した宮本は、どこかが炎症を起こしているのだろういうことで、抗生物質を点滴されている。
 本当ならガザの実があれば一番いいんだろうが、よもや俺は宮本がこっちに帰って来てまで大魔法を使うなんて思わなかったから、エリーサに残ってんならくれとも言わなかったしな。
 翌日、三時の面会時間を待ちかねたようにエリーサがやってきた。いや、正確に言えば絵梨紗。二人は俺が隣にいることなんてものともせず、
「ビク、大丈夫? お姉ちゃまにビクがお熱出したって聞いて、あたし心配で」
「大丈夫、心配しなくていいよ。ちょっとね……慣れないことしただけだから」
それに対して、宮本はさすがに魔法を使ったともいえず、そう答える。
「ホントに?」
「うん、ホントに大丈夫。それに、エリサちゃんがきてくれたから、すごく元気出ちゃった。ありがと」
ってな具合に、いちゃついてる。
 ま、俺と宮本と薫のドッペルがいたんだから、エリーサのドッペル?(絵梨紗のドッペルがエリーサが正解か、まぁどっちでもいいが)もいても別におかしかないが、こいつらいつの間にこんなラブラブモードに発展してんだ? 俺なんか薫にキスして殴られて、そこから何も話進んでねぇのに……

-なんか先越された気分だ。

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そうだ、夢オチでいこう-希代の魔術師7

 ビクトーリオたちが完全に消えてしまった途端、時間が元通り流れ始めたらしく、いつの間にか(薫にとってはな)俺にがっしり抱かれてキスされている薫が状況に付いていけなくて暴れ出した。俺はますます力を込めて薫を抱き、ディープなキスを施す。おっと、俺は今まで意識を失っていたことになってんだよな、
【フローリア、愛してるよ】
俺は寝ぼけた振りをして、英語で薫にそう囁いたんだが、宮本に聞こえるようにと唇を離してしまったのがマズかった。その拍子に薫はするりと俺の腕から抜け出し、-ぐきっ-っという音を立てて、俺の右頬に痛みが走った。薫の奴が俺を殴った、それもグーでだ。
「あ、鮎川っ! いきなり舌を入れてくるなんてどういう了見? ホントはいつから意識があったの、この無駄なフェロモン垂れ流しのエロ親父が!!」
誰がエロ親父だ、先にキスしてきたのはそっちの方じゃねぇか! 俺はそっちのご希望に沿っただけだぞ。大体俺は、据え膳は食わないではいられない気質なんでね。そう言いたいのをぐっと堪えて俺は寝ぼけた様子で、
「フローリア」
と言う。
「はい?」
すると、なぜか薫が返事をしやがる。
【フローリアってんだぞ】
だから、今度は英語でそう聞く。
「だから何だってのよ」
しまった、寝ぼけてないのがバレバレだったかと一瞬ひやっとしたが、薫は気づかずに名前に反応しているようだ、ラッキー!
「お前薫だろ、何返事してんだよっ!」
「鮎川こそ何言ってんのよ、フローリアは私の英名! 薫は日本名!!」
「は? 英名とか日本名とかセレブなこと言ってんじゃなぇよ、薫のくせに。お前、ばーちゃんがイギリス人なだけだろ」
英名ね、俺がコータル、宮本が音読みのビクと、何となくかすった名前になってんのに、こいつだけ何で思いっきり違う名前なんだろって思ってたんだよな、納得。ま、それでもとりあえず薫とのバトルには乗っておくことにして、俺はそういった。
「イギリス人だからよ。私ね、教会で幼児洗礼受けてるの。フローリアはその洗礼名なの! だけど鮎川がなんでその名前を知ってんの?」
「俺の夢の中に出てきたお前にそっくりな女がその名前だったんだよ」
「もしかして、先輩も僕と同じ夢を見てたんですか?」
すると、今度は宮本が身体を乗り出して、その台詞に食いついてきた。
「僕と同じ夢って……お前、王都グランディーナとか言うとこに行ったか?」
俺はしれっとそう返す。
「はい、車ごとおっこちちゃいましたよね」
「スライム食ったか? しかも俺の分まで」
「はい。でも、ちゃんとスライムプリンって言ってくださいよ。なんかそれじゃ僕がスライムのおどり食いをしたみたいじゃないですか」
「似たようなもんだ。じゃぁ、マシュー・カールは?」
「はいっ!エリーサちゃんですよね」
単純な宮本の顔が喜びで輝く。
「俺と同じ夢見てたってのか?」
それに対して俺は首をひねりながら、そう答えた。夢オチにしてしまわなきゃな。じゃねぇと……
「そうです。二人で同じ夢をみてたんですよ!」
それを聞いて宮本が無邪気にはしゃぐ。
「信じらんねぇ。まぁ、そこまで一緒なんなら、同じ夢だったのかもな」
俺は、不承不承という体でそれを認める発言をした。これで完璧に、夢オチだ。俺は、あいつ等に聞こえないように安堵のため息を吐いた。
「そうですよ。僕が目を覚ましても先輩ずっと目を覚まさないし、もしかしたら同じ夢の中にいるのかもって、戦闘不能を治す呪文唱えたんですけど、それでも起きてこないし、途方に暮れてたんです。そしたら、谷山先輩が『王子ならお姫様のキスで目覚めるんじゃないか』って。いやぁ、ホントにお姫様のキスが効くとは思いませんでした」
げっ、こいつ戦闘不能回避の魔法なんつーもんをまだ覚えてたって? そういや、こいつ変にやたら記憶力が良かったんだっけ。それも好きなことに関してはとんでもない威力を発揮するとか? どんだけオタクなんだか。
 ま、とにかく薫は俺のために俺にキスしようとしてくれてた訳か。でも、ふつうはキスされるのはお姫様の方だろ。結局俺の方からしてやったから、それは間違いでもないかな。
「余計なことしやがって」
俺は顔がにやけてくるのを何とか抑えながらそう言った。
「は?」
「お前が余計なことしなきゃ、今頃はその夢の世界で、お姫様と甘い新婚生活の真っ最中だったんだ。何が悲しくてこの凶暴女のキスで戻らなきゃなんねぇんだ」
いや、ホントは嬉しかったんだが、そんなことは口が裂けても言えねぇから、俺はワザとそんな風に悪態を付いた。
「何ですって!! 宮本君、あんたまだ魔法使える? お姫様として命じるわ、こいつを瞬殺して」
そしたら薫は顔を真っ赤にして怒りだして、宮本に命令する。宮本はちょっと困った顔をしながら、
「しゅ、瞬殺って、物騒な。でも、谷山先輩すごく心配してたんですよ。それなのに、そんな言い方するなんて。海より深く反省してください」
そう言って手を前に繰りした。お、お前まさかまだ他にも魔法を覚えてるってのか? い、一体何の魔法を覚えてるんだ?
「お、おい何の呪文をかけるつもりだ。宮本? まさか、あの『一億年』とか言わないでくれよ。ホント、ゴメンあやまるからさ」
俺は完全にビビりながらそう返した。夢オチにしたのはマズかったか、夢だと思ってる宮本は気楽に覚えている最高の魔法を使ってくる可能性大だからな。
 だが、宮本が手を振り上げてもうだめだと思った瞬間、あいつの身体はぐらりと傾いで
「なーんちゃってね」
というふざけた一言を吐きながらあいつはばったりと倒れた。
 そっか、王子に戦闘不能回避の魔法かけだんだっけな、こいつ。大変! と慌ててナースコールする薫を後目に、俺は内心心底助かったと胸をなで下ろしていたのだった。









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帰還 2-希代の魔術師 6

 やがて目の前の景色だけじゃなく、俺自身も歪み始めた。身体の全部が溶け出すって感じだ。ハンパなく気持ち悪い。いかにメリットがあるからと言われても、俺は二度とゴメンだ。今回のことは不測の事態だとしても、こんな移動を何回も繰り返してるビクトールの神経が解んねぇ。
 その内、辺りの景色が定まり始めた。やはりそこは病院のようだ。二人部屋みたいで、しかもなにげに豪華っぽい。状況を考えたら自損事故だろ? 病室が他に空いてなかったのかもしんねぇけど、こんな部屋で俺たちいったい何日くたばってたんだ? 俺はここを出た後の借金生活を考えて思わずため息をついた。
【お疲れさまでした。もう動いても大丈夫ですよ】
ビクトールの声に促されて、俺は改めて部屋を見回した。扉に近いベッドの方には何だか祈っているようなポーズの宮本が固まっている。その横には同じ女顔の魔術師。結構シュールな光景だ。にしてもお前、そんな格好をして、こっちでも魔法使うつもりか? 大体、魔道書もなしで何唱えられるってんだ。ぷっと吹き出した俺は、次に俺のドッペルの様子を見てぶっとんだ。
【てめぇ、何してやがんだ! そいつはフローリアじゃなくて薫だ!!】
俺のドッペルはあろう事か薫とキスしてやがる。俺はあわてて薫を王子から引き剥がした。
【ビクトール、こいつは状況が解んねぇから眠ったままにしてんじゃなかったのかよ!!】
そう怒鳴った俺に、ビクトールは
【落ち着いてください鮎川様】
と、何とものんきな返事をしやがるが、俺の目の前で、しかも俺のドッペルに薫の唇が奪われる。そもそも俺はまだ、こいつとキスした事なんてねぇんだよ。コレが落ち着いてなんかいられっかよ!!
【まだ、唇はくっついてませんでしたよ、未遂です】
未遂とかそういう問題じゃないだろっ! それって俺たちが一瞬戻って来るのが遅かったら、終わりってことじゃんかよ!!
【殿下へのSleepの魔法はちゃんとかかってますよ。それにおそらく位置づけから考えると、どうもフローリア様の方から殿下に唇を寄せていると言うのが正しいのではないでしょうか】
【何で薫の方からキスしなきゃなんねぇんだよ。それに、どうでもいいけど、こいつの名はフローリアなんかじゃなくて、薫だ】
【あれ? 殿下とフローリア様がご成婚されたのですから、鮎川様とフ、カオル様でしたっけ、その方も近々ご結婚されるのでしょう? 行き着くところまで行ってしまうのは問題ですけど、キスぐらいは、されないんですか?】
鮎川様は意外と真面目なんですねぇとビクトールはちょっっとびっくりした様子でそう言った。ふんっ、婚約者なら当然ありだろうけどよ、薫と結婚する予定はねぇよ。それどころか、付き合ってもいねぇ。大体、ただの会社の同僚の薫が俺の病室にいて、宮本の見てる前でキスをする。何がどう転がったらそんな事態になるのか、俺が一番知りたいぜ。
【ま、その真相は直接カオル様にお聞きください。私はそろそろ殿下をお連れして失礼します】
あ、逃げるなこいつと、思いつつビクトールを見ると、やつは軽くだが肩で息をしている。そういやこいつさっきからずっと時間止めてたんだっけ。無駄話をしている体力はないって事か。
 そして、王子を魔法で宙に浮かせたビクトールは、王子が着ていたパジャマを脱がせ俺に渡して着るように促す。王子の着ていたものをそのまま着るのはあまり気が進まないが、一瞬で違うものを着ていたことになるので別のものを着るわけにはいかないかと、さっさと着替えて、それまで着ていたスーツはとりあえず丸めてロッカーに放り込む。
 そして、時間を止める前と同じように薫をベッドの脇で俺とキスする様に顔を傾けさせると、俺はドッペルの寝ていたベッドに滑り込んだ。
 俺は、無防備な薫の首根っこをしっかりと抱いて、その唇に食らいついた。どうせお前、寝てる俺にキスするつもりだったんだろ、薫。なら俺からしてやるよ。
ビクトールがくすっと笑ったのが聞こえた。
【では、鮎川様、このたびは本当にお世話になりました。鮎川様もどうかお幸せに】
そして、ビクトールはそう言うと、宙に浮かせたままの王子と一緒に景色に泥むようにすーっと消えていった。

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帰還 1-希代の魔術師 5

 最初はどうなることかと思ったが、ビクトーリオは何とか車を転がせるようになり、俺と王子を入れ替える時がやってきた。
 生(なま)宮本に久しぶりに会えるとあって、エリーサはどうしてもと行きたがったが、ビクトーリオは、
【あちらの時間は止まったままです。固まったままの美久に会ってもエリーサ様がお辛いだけですよ】
と渋い表情でそう言う。ま、自分のドッペルが恋敵だなんてシャレになんねぇ状況だろうが、お前これからどれだけでも自分をアピールできるんだろーが。結局、それまで黙っていたフローリアの、
【界渡りは誰でも出来る魔法ではないのよ。それにセルディオ様お一人ならまだしも、今度はコータル様もお連れしての界渡り、あなたがその負担を増してどうするの!】
鶴の一声で、エリーサは泣く泣く同行することを諦めた。
 出来るだけリスクは少なく。お姫さんの立場ならそうだろう。政略結婚の多い王族の結婚の中にあって、珍しく恋愛結婚らしいから。
【エリーサ様、ここで座標軸になっていてくださいまし。戻ってくるときはあなたに向かって飛んできますから 】
ビクトールはふくれっ面のエリーサの頭を撫でながらそう言った。大体、設定する余力もなかったんだろうが、勢いで目標を定めずに飛ばした俺たちがたどり着いたのは約一月後のリルム郊外だったしな。だからといって明確に場所の特定できる王城に顔がそっくりで何も知らない俺たちを送り込むこともできなかっただろうしな。エリーサは自分の頭を撫でているビクトールを見上げる。その表情はちょっぴり驚いる風だ。その仕草が宮本っぽかったからだろうか。

【ま、ちゃっちゃと行こう(俺は帰るんだが)】
俺のその言葉に、ビクトールが頷く。
【アユカワ様、ありがとうございました】
それを見て、フローリアがそう言って深々と頭を下げる。
【俺はただ、こっちに飛ばされてきただけだ、何もしてねぇよ】
【いいえ、あなたがいらっしゃらなかったら、今頃殿下のお命はなかったですし。それに、エリーサも無事にここまで連れてきていただきました】
【いや、それはこっちも同じだぜ。ビクトールたちがあんとき俺らの前に現れなきゃ、俺たちの命だってなかったかも知んないんだから。それに、こいつがガザの実を採ってきてくんなきゃ、宮本がやばかったみたいだしな。ま、おあいこだ】
 コレでおあいこ、そしてコレでお別れ。それがなんだか寂しい気もする。見知った顔だらけで、ここが異世界だって感覚もいまいちないような気もするしな。
 でも、ここは俺の世界じゃない。縦しんばあの後、王子が日本でおっ死んで俺に身代わりをつとめろと言われてもお断りだ。洩れなく貞淑なフローリアが嫁として付いてくるとしてもな。王子なんて退屈なもん、3日も経たずに飽きるだろうし、俺にはあの、気の強い薫の方が性に合ってる。
 俺は見送りの人たちに軽く右手を挙げて挨拶すると、ビクトーリオが書いた魔術強化の円陣の中に歩を進めた。ビクトーリオは、黙って頷くとそのまま訳の分からない呪文を唱え始め、俺の視界は徐々に歪み始めた。

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運転は難しい 2 - 希代の魔術師 4

【基本的にエンジンかけて、シフトをドライブに入れて、アクセルを踏みゃ、車は転がる。後はだな、ハンドルを操ってぶつからないようにするだけだ。要するに、ま、慣れだ慣れ。じゃぁ、やってみろ】
町外れに着いたところで、座席を交代すると、幸太郎氏はそう言って、手を頭の上に乗せてふんぞり返りました。しかし、急に
【あ、忘れてた】
と言うと、自動車(オートマティックカーゴ)なるものの鍵を本体から引き抜き車を降りました。
【お前も降りろ。肝心のセキュリティーを忘れてたぜ】
私が、車(カー)(幸太郎氏がそう呼んでいるので、私も自動車なるものをそう呼ぶことにしますが)を降りると、
【半ドアにならないようにしっかり閉めたか】
と言いながら、ドアを一旦開け、中にある何かのスイッチに手をかけてからドアを何かドアに恨みでもあるのですかと言いたくなるような『バタン』と大きな音を立てて閉めました。しかし、幸太郎氏は車のドアノブに手をかけると、
【よしっと。半ドアだと、鍵閉まんねぇからな、ビクトール。パニクるなよ】
と言いました。鍵を閉めるためだとはいえ、私もあんな乱暴な扱いをせねばならないのでしょうか? 大切なたった一台しかない車だというのに。そう反論したいのをぐっと堪えて、私は続く説明を聞きました。
【開けるきにはエンジンと同じでキーを入れて右に回す。このポンコツにキーレスなんてないが、ま、あったって電池交換しなきゃそのうちアウトだろうしよ】
幸太郎氏は、そう言いながら鍵を一旦抜き、私に渡して、
【自分でやんなきゃ意味がねぇ、キーからやってみろ。左に回しながら、ドアを開けるんだぞ】
と言いました。確かにセオリーは大事ですが、私も森では一人で暮らしているのです。鍵ぐらいかけます。とは言え、遠くにいかない時にはとられる物もないので、(大切なものと言えば魔道書ぐらいですが、魔力のない物には読むことの出来ない本を持っていく者は誰もいないですから)あまりかけてはいませんけれども。

 車に乗り込んだ後、シートベルトと言うもので体を固定しました。これをしないと、ニホンでは警備隊につかまるそうです。そんな法律がないここでは説明をしただけで、幸太郎氏はさっさとそれを外してしまいましたが、私は先ほどの恐ろしい速度で走っていたことを思い出し、そのままでドアを開けた鍵を車の真ん中にある鍵穴に差し込みました。
【その足下の左側の……そうそれだ、それを右足で踏みながら鍵を右に……よしかかったな。そしたら、今度は左手でハンドブレーキを、一旦あげて下げる。そうそう。んじゃギアを、そのロッドみたいなやつだ。それを手前に引いて、Dを光らせるようにする。これでOK。後はアクセルを踏み込みゃ……ん? おい、ビクトーリオ、お前いつまでもブレーキに足置いてんじゃねぇよ。アクセルに踏み替えなきゃ走んねぇだろ】
【えっ、ああ、こちらですね】
私は言われたとおりに右足を右隣のスイッチに置き替えました。すると車は恐ろしい勢いで前に走り出したのです。私はびっくりして足を離しました。しかし、幾分緩んだものの、依然勢いは変わりません。
【ブレーキ、ブレーキ! さっき踏んでた方を踏むんだよ!!】
幸太郎氏にそう言われて私は先ほど踏んでいた方にまた足を戻しました。キーッツっという音がして、車は前のめりで止まり、幸太郎氏は前の部分(ダッシュボードと言うらしいですが)で胸を打ちました。私も前の方につんのめりましたが、シートベルトをしていたおかげで、舵(ハンドル)で身体を打ち据えることはありませんでした。法律になっているだけのことはあります、シートベルトは絶対に必要だと思いました。
【ったく、お前いきなり全開で踏んでどうすんだよ! ああ、教習車みてぇに助手席にブレーキほしいぜ】
幸太郎氏は胸をさすりながらプリプリと怒ってそう言いました。
 その後、すっかりアクセルを踏むことが怖くなってしまった私は、実はD状態でブレーキから足を離してさえいれば、アクセルなど踏まずとも進むのだと言うことを知ったのもあり、その状態で(クリープと言うそうです)30分ほど走り続けました。隣にいた幸太郎氏はしまいに、
【俺んとこにアクセルつけてほしい】
と言っていましたが。
 でも、隣の席にアクセルもブレーキも付いてしまったら、私が運転するんじゃなくなってしまうじゃないですか。
 

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運転は難しい 1 - 希代の魔術師 3

 グダグダしゃべっててもしゃーないんで、とりあえず運転席に乗り込む。すると、ビクトールは、
【私に運転させてくださるんじゃないんですか?】
と不服そうにそう言った。
【もちろん最終的にはそうするつもりってか、そうなってもらわねぇと、俺日本に帰れねぇし。こんなとこで、お前のお抱え運転手なんてするつもりはさらさらねぇからな】
【ならば】
イライラとした口調でまだ口答えをする奴に、俺は周りにある木を指さしながら、
【だからだよ、いきなりこんな木ばっかの所から車転がして、壊したいか? なら、俺は止めねぇけど。とりあえず運転の仕方を説明しながら、広いとこまで出してやっから、お前はそこからだ】 
【はい、解りました】
俺の言い分にビクトールは渋々といった様子で、頷く。大体な、普段車をさんざん見飽きるぐらい見てる俺たち日本人だって、免許もらうのに合宿免許でも10日位はかかるんだぞ。ま、学科がない分、ずいぶんと日数は稼げるだろうが、ぱっと見て一回でできるもんじゃねぇよ。ましてやあの、宮本のドッペルだろ? ますます、時間がかかりそうじゃねぇか。ま、魔法で運転できりゃ、それもアリかも知んないけど、あいつ曰く、簡単な魔法を継続して使い続けるのは、大魔法を使うより体力(魔力?)が要るらしい。エリーサがマシューに化けていたとき、それに力を使いすぎて、他の魔法はいっさい使えなかったとも言ってたしな。運転習って、ガソリン作る方がずっと楽なんだと。
【まず、この鍵穴にこの鍵を突っ込んで、ここな、ここを右足で踏みながら右に回す。】
俺は説明をしながらエンジンをかけた。4ナンバーのポンコツのけたたましいエンジン音が辺りに鳴り響く。
【そしたら、このハンドブレーキっつーのキュッと一回上げ目にして下げる。ここまでは、良いか】
【はい】
 続いて、道端から道路に出るためにバックして町外れに行く道中を説明付きで車を転がす。最初は余裕こいていた奴も、どんどんと数を増す自動車用語に次第に顔が引きつってきた。
 そして、広い道路に出た俺はブンとアクセルを踏む。
【ひっ!!】
と、ビクトールの軽く恐怖におののく声が聞こえた。
【は、早くはないですか……】
【早いって、たかだか時速40kmだぞ。普段はこれの倍ぐらい出してることも多いぞ】
ま、ホントのとこそれは、違反だがな。そう言えば、こいつはエリーサと違って、まだ乗ったことはなかったんだっけか。
【大丈夫か、何ならもうコレを転がすのは止めるか?】
俺は、うっすらと脂汗まで流しているビクトールに向かってそう言った。
【いえ、美久も運転できるんですよね。なら、私だって出来るはずです。善処いたします】
ビクトールは握りしめた拳を震わせながらそう言った。宮本への対抗意識か? それより、エリーサに幻滅されないようにってほうが強いか。エリーサはまだ、宮本の方に惚れてるだろうからな。
 俺は、ここでは俺だけが運転していて、エリーサは宮本が運転しているところを見たことがないと言わないことにした。
 だからビクトール、お前死ぬ気で修得しろ(ニヤリ)

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二ホン語は難しい-希代の魔術師 2

【さてっと、乗る前に服だな。おいお前、ちゃっちゃとこれに着替えろ】
 俺は車のトランクから宮本のスーツを取り出すと、女顔の魔術師(ビクトール)に放り投げた。奴はそつなく受け取りはしたが、顔が何故だと言っている。
【お前、ドッペルなんだから、宮本の服も着られるだろ】
【たぶん、着られるとは思います。ですが、先ほどから何度かお聞きします、ドッペルとはなんですか?】
【ドッペルってのはドッペルゲンガーじゃんかよ……人には全く同じ顔をした人間が3人いるっていう。英語じゃねぇのか?】
ビクトールはコクリと頷く。じゃぁ、何語だ?(作者注:ドイツ語です。ただ、それを唱えた学者はオラトリオにはいませんけどね)
【鮎川様の世界ではそういう風に言われているんですね】
【ああ、ちなみにそういう奴に全部あったら死ぬって言われてる。俺もあんたも一人目には出会っちまったから、もう一人には死んでも会わないようにしねぇとな】
 そんな無駄話をしながら俺はビクトールが宮本のスーツに着替えるのを待つ。城を出る前にこいつは血みどろの宮本の服から、自前の魔道士が着るローブに着替えていた。 ま、ポンコツだとは言え、血みどろで運転なんてしてもらいたかねぇけどよ、超初心者がローブで運転すんのもNGだ。足下は女のスカートと変わりないが、あの極端に広がった袖は事故の元だろうからな。
 かと言って、このミニサイズじゃ、城の他の騎士の服なんてぜんぜん合わねぇだろうし……そこで思い出したのが、ここ(車の中)に入っていた宮本のスーツだ。
 そして、誂えたようにピッタリの(実際こいつのドッペルの宮本が誂えたんだが)スーツに身を包んだビクトールは、このまま会社に出勤しても誰も疑わないほど宮本そっくりだった。けどよ、スーツがここにあるってことは……
【おい、服はどうしたんだよ、俺やあいつのスーツがここにるのに、何で変に思われなかったんだ?】
俺の素朴な疑問に、ビクトールは、
【それはですね、殿下や私を看る治癒者や警備隊不審に思われないように暗示をかけたんです。下手に同じような物を用意しても時間がかかるだけですし、重傷の殿下にそれを着せるのも一苦労です。一つ間違えば、お怪我を悪化させてしまうかもしれないですからね。ならば、彼らに違和感を感じさせなければよいのだと思いまして。結局、治療のために衣服は切り刻まれてしまいましたしね】
と答える。
【へぇ、便利なことで】
ま、その術とやらで、このポンコツも張りぼてと見事にすり替えたって訳か。で、それをこいつが乗る。ある意味詐欺だな、こりゃ。
【んでさ、宮本がガソリン作った町に行きゃあと1回分位の給油は出来っと思うけどよ、それからどうすんだよ。魔法ででも走らすつもりか?】
【いいえ、エリーサ様がそのガソリンという物に関しては詠唱文言をを覚えてくださっているというので、以降はそれで私が作ります。ただ、かなり魔力を消費するようですので、トレントの森に戻って休息がとれるようにしてからになると思いますが。鮎川様、それまで保ちますでしょうか 】
【ああ、往復で150マイル(約400km)位なんだろ、それならなんとかなる。しかし、あのお姫さんレシピなんか覚えてんのか】
俺にはなに言ってんのか全くわかんなかったけど。ま、あいつは宮本と違って正真正銘魔女だからな。
【大丈夫ですか、それはよかった】
ビクトールは俺の答えにほっと胸をなで下ろした後、ちょっと申し訳なさそうに、
【何度もすいません、つかぬことを伺いますが、そのレシピというのは何でしょう】
と聞く。
【へ? レシピも英語じゃない?(フランス語です)じゃぁ、レセプト、これも英語じゃねぇって?(これはドイツ語です)日本語じゃどう言うんだったかな。ああ、作り方だ作り方!】
【ああ、作り方のことですか。ニホン語は本当に難しいですね】
ビクトールは意味が分かると、にっこり笑ってそう返した。日本語は本当に難しい……ってか外来語、元々日本語じゃねぇんだよ、それ!  

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異文化交流は難しい-希代の魔術師 1

 幸太郎氏と殿下との差し戻しの時間が迫っているので、私は早速彼に自動車なる物の動かし方の指南をお願いしました。
【そうだな、一台しかないんだから俺が教えるしかないか。壊したら後がないから慎重に運転しろよな。ま、野っ原走ってりゃ日本と違って事故ることなんてないけどよ。その内に転がし方も覚えっだろ】
幸太郎氏はそう言って快く引き受けてくれたので、私たちは自動車乗り込むためにグランディーナの城郭に向かいました。 
【鮎川様は並行世界(パラレルワールド)のことはご存じですか】
そこに向かう道中、私は幸太郎氏にそんな質問をしました。私が並行世界のことを説明したときに、彼があまり驚いていなかったからです。
【ああ、SFの常套手段ではあるわな】
彼はそう即答しました。
【やはり、あなたの世界ではそうして並行世界を行き来することが多々あるのですね。だから、お二人とも冷静でおられたと】
しかし、私がそう言うと彼は首をぶんぶん振りながらこう答えました。
【誰も、異世界トリップなんて経験しちゃいないさ。たださ、ウエブあたりではそういう物語が当たり前の様に存在してるからさ、まぁなんとなくそうなんだろうって妙な理解力だけはあったかもしれねぇけどよ】
【えっ、鮎川様の所では 紙に書かずに『蜘蛛の巣』に物語をかかれるのですか?】
なんと、あの進んだ世界では紙は使われないのか、驚いて私が尋ねると、幸太郎氏はあんぐりと口を開けたまま固まりました。
【おまえ、優秀なのか天然なのかどっちかに統一しろよ。『パラレルワールド』を知ってるんだったら、普通『ネット』のことも解るって思うだろ】
【もしかして、並行世界も、蜘蛛の巣も、網もそのままの意味に取ってはいけないんですか?】
私が首を傾げてそういうと、幸太郎氏は、
【当たり前だろ、全部コンピュータ用語だ。でも、そんなもん、この世界にないか……】
と、拳をプルプルさせて熱弁を振るったかと思うと、急にトーンダウンして、ため息をはいた後、
【だいたいこういうコンピュータ用語は語源が英語なのが悪いっ! 話が進まねぇ!!】
と声を荒げました。(本当に忙しい人です)語源と言うことは、どうやらそれは何かの比喩表現に使われているようです。
 そうこうしている内に私たちは自動車の前にたどり着きました。

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苦渋の選択って程じゃないですが

えーっつ、「Turning point」が全く進みません。

それもそのはず、裏で「道の先には……」の続編書いてまして、それが楽しすぎて。

加えてポケモンタイピングにはまってまして(こらっ、そんなことしてんで書けっ)

世の中はゴールデンウイークですが、小売り接客業に連休という言葉はなく、いつも通りのタイムスケジュールだったりしまして、余分に執筆時間は取れません。

なので、拘りのたすくですが、今回断腸の思いで(大袈裟だなこいつ)一旦、「Turning point」を止めて、裏作業の「道の先には……」続編を持ってこようと思います。

今回何でこんな決断をしたかと言いますと、「道の先には……」も途中でオラトリオ偏と地球編に分岐しちゃうからです。どうしたってとっちらかる。なら、書けるとこから書こうと言う事なんですね。

「道の先には……」だって、途中で「深い森」を割り込ませた過去もありますし、もうこうなったらキャラの自己主張強い順で、『弱肉強食』な更新をしようかなと。

すいません、ますますカテゴリー別で読んで頂かないといけなくなりそうです。

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