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あとがき

「バニシング・ポイント」いかがでしたでしょうか。

今回、真っ向から死をテーマにすること、信仰的な発想で書きつづること、結構挑戦でした。

けれど、今までで一番私らしいとも思います。

で、今回一つだけ気をつけたのは「エステリズム」信仰だの教会だの牧師だのといっぱい書きましたが、キリスト教とは一度も書いておりません。(一度ミスって書いたのに気づいて慌てて書き換えましたけど)

旧約聖書の「エステル記」がちょうどそんな書き方なんです。「エステル記」に至っては神様という言葉すら書かれていません。しかし、神様が一人のユダヤ人の美少女エステルを用いて、ユダヤの人々を異教の民から救うという物語として読んでも痛快なところです。

ちなみにこの「バニシング・ポイント」という題名は、ある方のエッセイでインパクトのあるタイトルを付けようという記事に寄せた私のコメントで、私なら「バニシング・ポイント」くらいかなぁといい加減に思いついたモノ。その時の妄想はミステリーだったんですが。

その後バニシングポイント-消失点という単語と、恋愛・結婚の消失-離婚、命の消失-死が結びついて、以前からくすぶっていたキャラ寺内衛が急浮上し、この作品と相成りました。バニシングとポイントの間にある中点は、実は点ではなく続くモノみたいな作者の勝手な拘りでした。

あと、今年一年公募に明け暮れましたから、まったくそういうのに引っかからないだろう作品(日本のメディアは宗教色をきらいますから)を書いてみようというのもありました。素人でしか絶対に書けないモノ。そういうのもあってもいいかなと。


では、何とか年内に完結いたしました。今年の妄想今年の内に……って事で。


良いお年を。
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theme : 物書きのひとりごと
genre : 小説・文学

一粒の麦、地に落ちて死なずば…… バニシング・ポイント最終回

 あれから10年あまり、明日美も縁付き女児を産んだ。今日はその娘たちの結婚記念日で夫婦を二人にするため、博美は孫の守を買って出たのだ。
 初夏の日差しの中、孫のベビーカーを押しながら公園を目指して歩く。かつては成人できないと言われた自分が50の齢を既に越していて、血を分けた孫までいる。何だか不思議な気がした。でもそれは、衛の人生を自分が吸い取ってしまったのではないのかと博美は思い、悲しくなった。

 その時……
「寺内さん、寺内さんじゃないですか!」
博美は慌てて走ってきた人物に呼び止められた。
「お久しぶりです。綿貫です。テラさんと同じ会社の、お通夜でお目にかかって。ああ、……あの時には今より50kgぐらい多かったから、分からないですよね」
その人物は目を丸くしている博美に照れて頭を掻きながらそう言った。
「ああ、あの時の……」
「テラさんには本当にお世話になりました。実は、テラさんが亡くなった事をきっかけにダイエットを始めて……香織、ちょっと来て。あ、妻の香織です。この方があのテラさんの奥さんだよ」
綿貫は後ろからゆっくりと近づいてきた身重の女性を紹介した。その手は幼稚園の年長位の女の子のてを握っている。
「初めまして、香織です。ご主人には綿貫が本当にお世話になりました」
博美がその発言に異論を唱えようとすると、
「テラさんがあんな形で亡くなられたのを見て、私は慌ててネットでダイエットを調べてダイエットブログを立ち上げたんです。妻とはそこで知り合い結婚しました。秋には三人目が生まれます。
だからテラさんは私たちにとって、結びの神、大恩人なんです」
綿貫がそう言って、香織を見ると彼女も笑顔で頷いた。
「そうですか……」
それを聞いた博美の目に涙があふれる。
「すいません、悲しませてしまいましたか?」
それを見て慌ててそう言う綿貫に、博美は頭を振った。
「いいえ……本当に嬉しいんです。寺内の死がこんなにも祝されているなんて思ってなかったですから。どうかこれからもお幸せに」
「ありがとうございます」

 【一粒の麦も地に落ちて死ななければ、それは一粒のまま。しかし、ひとたび地に蒔かれて大地に根付けば、それは30倍・60倍・100倍の実りとなる】
 すべては御心だった。そして、死してなお、この様な大きな実を結ばせた衛を心底誇らしいと思った。
 私もまた、その生すべてで主を立証したいと博美は思った。



                             -The End-




theme : 更新報告・お知らせ
genre : 小説・文学

バニシング・ポイント 39

 そして、開けた日曜日、君枝に連れられて衛の両親が教会にやってきた。衛の記念会(法事のようなもの)は、元々受洗を予定していた月末のペンテコステの日と、ペンテコステに(ペンテコステというのは、ラテン語で50日祭の意)因んで50日目に行うはずだ。驚いて義母に訳を聞くと、
「衛に会いに来た」
と言う。だが、聖徒の墓は教会にはなく、市営の共同墓地の教会のブースだ。それに、まだちょうど一週間しか経っ
てない今、納骨はしておらず、逆に遺骨は寺内の家にある。首を傾げた博美に義父は
「わし等もあいつと同じとこに行きたいでの」
と言った。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん隣に座ろ!」
明日美が満面の笑みをたたえて彼らを席に導き、週報を見て受付で貸し出された聖書のページを繰って、今日語られるメッセージの聖句を示した。

 そして、50日目の記念会に訪れた徹もまた、自宅近くの教会に通いだしたと言う。衛の苦しかったはずの状況でのあの穏やかな顔が何となく心に残り、末息子の和馬を連れて行ったのだが、そこに学校のクラスメートがそこにいて、次もと誘われた。半ば遊びの延長なのだが、小学生の頃は信者の子供でもそんなものだ。
 和馬が牽引する形で、両親が出席するようになり、次に長兄の佑樹が音楽集会に、真ん中の雛子が英語クラスに参加するようになった。

 そして、クリスマス礼拝の日、博美をさらに喜ばせる出来事が起こった。菅沼冴子がその夫と共に受洗したのだ。
 あれから、冴子と博美はまるで本当の姉妹のように仲良くなった。元々同じ男性を選ぶくらいだから、性格的にもにているのかもしれない。
「あ、これ美味しい。あとでレシピ教えてね、博美さん」
クリスマスの礼拝後の祝会で博美の持ってきた料理を摘みながら冴子がそう言う。それに対して、博美は頭をかきながら、
「でも、細かい分量なんて分からないよ、いつも適当だから」
と答えた。
「ほんとに……適当なのになんでこんなに美味しいのかなぁ」
「適当だからだよ、必要な分だけちゃんと入れてるんだよ」
ため息をつく冴子に冴子の夫が笑いながら言う。
「冴ちゃんは生真面目なんだよ」
「その言葉、そっくりそのまま博美さんに返すわ」
「私はいい加減だよ」
博美はそう言いながら、ある意味自分の融通が利かないこの性格が衛を死なせてしまったのではないかとふと寂しくなった。
 だが、目の前で談笑している菅沼夫妻を見て、思い直した。衛があんなに早く逝ってしまったことは辛かったが、それがなければ、衛の両親や兄弟がこぞって教会に来ることも、冴子たちが来ることもなかった。そう考えるとそれが神のみこころだったんだとも思う。衛は恵みの初穂として立てられたのかもしれない、博美は改めて衛とちゃんと天国で会える様に自分を整えようと思った。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

立証-25年目のラブレター

 私はガチガチに緊張しながら高壇に立った。クリスマス礼拝のこの日受洗した私は、その後の祝会でクリスチャンになった理由、あるいは起きた問題に対してどんなみことばが与えられて解決したなど、自分の言葉で信仰を表明する「立証(あかし)」を今からするのだ。

「みなさん、クリスマスおめでとうございます」
と、私は型通りの挨拶から始めた。
「私が今回受洗したのは、みなさんご存じの通り夫杉山基樹が教会でずっとお世話になっていたからですが、私は杉山と結婚22年、結婚前のつきあっていた期間も入れると24年ずっと夫が毎週のように「教会に行こうよ」と言うのをスルーしてきました」

-*-*-*-

 私の夫基樹は、私の会社の上司だった。向こうは一目惚れだったらしいんだけど、私の方は9歳も年上のその人は、気のいいオジサンという感じで全くの恋愛対象外だった。
 その30歳過ぎのオジサンの恋に周りは協力的で、何かというと彼の残業のお供をさせられた。そして遅くなった事に基樹が気を遣って夕食を奢る。もちろんその席ではお酒は出なかったし、ちゃっかりと休日に誘いをかけたりしない。私は最初、周りに踊らされて仕方なく一緒にいるのだろうと思っていたくらいだった。
 残業はするけど、休日には絶対に仕事を残さない基樹に、私は次第に惹かれていった。周りの思惑に乗ったみたいで、そのことを誰にも言わなかったけれど。
 だけど、その休日には仕事を残さない基樹が12月の24日、年末のクソ忙しい日に休むという。その理由が「クリスマス」だって言うんだから、なお驚きだった。
「脇谷さんも参加しない? カロリング。僕は参加してくれる子供たちに配るお菓子とかを準備するんで休むけど、脇谷さんは夕方教会に来てくれればいいからさ」
と言いながら『クリスマスは教会へ』というチラシを私に渡す。
 クリスマスイブだからといってとくに用事もない私は、カロリングに参加した。でも風花の舞う中、よく知りもしない賛美歌を歌いながらかなりの距離を練り歩いた私は、翌日風邪を引いて熱を出した。
 以来、私は基樹がどんなに誘おうが教会には行かなくなった。交際が親密になり彼と結婚しても、否、結婚したからこそ尚更家族より仕事より礼拝を大切にする彼の姿勢に反発を感じていたのだ。
 唯一、子供たちの献児式にだけは参加した。しかも彼と一緒には教会に向かわず、牧師のメッセージが終わる頃を見計らって。 
「ねぇ、一回で良いから礼拝に出てよ」
「はいはい、基樹が死んだらね」
「それでも良いから、ちゃんと出てよ」
いつしか、日曜日の朝には毎度そんな会話が交わされるようになった。

 しかし、結婚22年、私がその挨拶代わりの一言を激しく後悔する事態が起こった。基樹に肝臓癌が見つかったのだ。しかもそれは末期で、リンパへの転移も見られた。

 基樹は病院から教会に通った。彼はそれを
「日曜日になると神様が元気をくださるんだよ」
と言った。そしていつものように、
「尚美、一緒に行こうよ」
と言った。でも、私はいつもみたいに、
「はいはい、基樹が死んだらね」
とはとても言えなかった。すると基樹は
「あ、そうか死んだら行ってくれるんだったな。もうすぐだな」
と笑った。
 本当は心配だから一緒に出席したかった。でも、それは基樹が死んでしまうことを認めることのような気がして、私は相変わらず礼拝に出席できずにいた。
  
「最後だから、クリスマス礼拝には絶対に出るんだ」
そして、そう繰り返し言った基樹。クリスマス礼拝は命の期限から2ヶ月も後だった。けれど木枯らしが吹き始めた11月、基樹は一度危篤状態に陥ったが、奇跡的に回復し12月20日、クリスマス礼拝の当日を迎えた。

 私は、基樹を病院に迎えに行き、教会まで車で送って行った。
「尚美も一緒に出ればいいのに」
と言う基樹に、
「杏奈と良也のお昼を作らなきゃ」
と言って帰った。本当は病院に行く前にちゃんと用意してあったけれど。たぶん私は念願だったクリスマス礼拝に出られた喜びを露わにするであろう基樹を、泣かずに見られる自信はなかったから。
 礼拝と祝会が終わった時間にまた迎えに行き、病院に送り届けた。
 
 ……それからすべての仕事を終えたかのように、翌日基樹は意識不明になり、22日に54年の生涯を終えた。
 基樹の葬送式はクリスマスイブに。大好きなクリスマスソングに送られて天国へ凱旋していった。
 
 私は、基樹の代わりに教会に通い始めた。本当のことを言えば最初は行きたくなかった。基樹の話を聞く度、彼がもういなくなったことを再認識してしまうから。
 でも、いろんな人の口から出てくる基樹の私の知らないエピソードを聞くにつけ、彼が本当に教会の人たちに愛されていたのだと知った。
 大好きな基樹と天国でまた会いたい。私は聖書研究に参加するようになり、イエス・キリストを主と迎えた。

 そして、受洗したいという旨を牧師に伝えたとき、先生は
「ああ、杉山兄弟の祈りが25年かかって聞かれたんですね」
と言われた。
「杉山兄弟はね、あなたの名前を聞いたとき、自分と結婚する導きと、あなたの救いを確信したと言っておられましたよ」
私の名、尚美(ナオミ)は聖書のルツ記に出てくる、ルツの姑の名前だそうだ。
 そのとき私は、24年間頑なに礼拝に行くことを拒んだことを後悔した。一回でも一緒に礼拝に出たら良かったと思った。

-*-*--*-*-

「だけど今、受洗して思うことは、これで良かったのかなと。夫と一緒に教会生活をしていたら、私は夫を失うことで逆に教会を捨てていたかもしれません。すべての事柄には時がある、そう思えるようになりました。これで私のつたない立証を終わります」

 私は一礼をして、高壇を降りた。私はそのとき、礼拝堂の一番後ろで、基樹が笑って拍手を送ってくれているような気がした。
         

             ーMerry Christmas!!ー


 

 
 





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救いの初穂として-バニシング・ポイント38

 救いの初穂として

 その夜、遅くに雷雨があった。翌日は打って変わって雲一つない五月晴れが広がっていた。
 葬送式が厳かに始まった。昨日と同様、開会の挨拶の後、賛美歌が歌われ、中野がメッセージを説く。
 メッセージ後の賛美は故人愛唱歌と言って、故人が生前好きだったと遺言しているものを歌うことが多い。
式次第に書かれていたのは、博美たちが結婚した頃、青年たちが挙って歌っていたゴスペルフォークと呼ばれるものの一曲だった。まだ自分で着信音を作って設定できた頃、楽譜を渡して衛に設定してもらった曲でもある。
「明日のことは分からない。でも、主が守ってくださる」
その歌詞に、今回の事が重なる。博美は衛が笑顔で
「なぁ博美、どんなことがあっても生きろよ」
と言っている様な気がして、涙が止まらなかった。
 曲が終わった後、棺に花が手向けられる。礼拝堂に飾られている花をすべて入れるために、一人一人に花束にして手渡される。そうやって花に埋もれた衛は、博美には晩年より幾分ほっそりした様に見えた。
 やがて棺の蓋が閉められ、衛が黒塗りの霊柩車に乗せられた。そのとき、
「車に祭壇も乗っとらんのやの。寂しいの、ほんに別れた嫁に葬式まで仕切られとんじゃの。まぁ、親の代からの宗教をないがしろにするようじゃ、ええ死に方はできんさな」
と、各務原の叔父と呼ばれる幸司の声がした。その言葉にはっと目を上げると、心配そうに博美を見つめる君枝と徹の姿があった。博美は気にしていないと彼らに目で合図を送ると、名村の両親のところに戻った。斎場には寺内の親戚とはではなく、名村の両親とともに向かうつもりだ。
 
 斎場に着くと、釜の前で中野が再度祈り、衛の体が釜の中に入れられる。ああ、焼かれてしまえばもう、奇跡が起こっても衛が息を吹き返すことは絶対にない。博美は再臨の日に身体がなくては救いに預かれないと、火葬を頑なに拒むユダヤ人の気持ちが解る気がした。復活の身体はこの肉の身体ではないとは解っているけれど、それでもまったくなくなってしまうのは辛い。それならばまだ、死んだことを知らないままどこかで生きていると誤解していた方が良い。

 遺体が焼かれる間に軽食を摂るべく教会に戻る。明日美は葬儀社が用意した弁当を母子室(小さな子供連れでも礼拝に参列できるようなブース)で食べたが、博美は一人離れたところにいた。
「博美姉ちゃん、食わなきゃ保たねぇぞ」
そこに徹が現れて、フタさえ開けていない彼女の弁当を見てそう言った。
「ごめんな、各務原のおっさんのこと」
徹の言葉に博美は頭を振った。
「俺はさ、兄ちゃんいい顔してたと思うよ。苦しかったはずなのに、どことなく笑ってただろ」
確かに衛の表情は、苦しんだであろう最期には似つかわしくないほど穏やかだった。
「博美姉ちゃんが言うように兄ちゃんさ、天国見たんだと思うよ。だから、おっさんの言うことなんか気にすんなよ」
「私は別に気になんかしてないよ」
 本当に気にはしていなかった。幼い頃から日本に昔からある宗教を信じてない風当たりはそこここにあった。「良い死に方をしない」と言われたのもこれが初めてではない。
 宗教自体を信じている訳ではないのだが、昔ながらのしきたりを守ることで安心する、そういう日本人特有の感覚で考えているだけにすぎない。
「何でも良いからお腹に入れとけよ、姉ちゃん」
徹のその言葉に、博美の目頭が潤む。
「そんな、泣くこと?」
それを見て徹が慌てた。
「ごめん、違う。今の言葉衛がいつも私に言ってた言葉だから」
博美はそれに対してぽつりとそう言った。
 思えば明日美とのデートの時、小さな明日美が食べられないほどの料理を頼んでしまうのも、食の細かった私に少しでも食べさせようといろんなものを注文していた名残りだったのかもしれない。
「そろそろまた斎場に向かいますので、ご準備お願いします」
そのとき、葬儀社の社員が二人を見つけてそう言った。
 その声に応じてみんなの許に戻ってみると幸司がいない。父親が衛を教会の聖徒の墓に入れると言ったことに対して憤慨して帰ったという。
 博美は義父と叔父にそうやって口げんかをさせてしまったことに後ろめたさを感じる反面、それを骨上げの際にしないでくれて本当に良かったとホッとしていた。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

こっそり、こっそり……

えっと……昨日、「Parallel」の連載が終わりました。こちらの方も密かにちゃんと移動させてたんですが、お気づきでしたでしょうか。

元々の原稿の上に上書きをしてしまったので、どこがどう変わったのか全然わからんぞ! と言われるかも知れません。基本的には変更はないですが、「指輪の記憶」と連結するための部分と、エンディングは完全に違うものになってると思います。

ご一読してくださった方は、パラレル部分と、指輪部分のそれぞれのエンディング部分だけお読みいただけば充分かも。

で、なろうでは今日「my prcious」の分岐まで7話分を、一挙放出いたしました。一応R15フラグだけ立てときましたけど、ソフトだからもう一個のフラグは大丈夫ですよね。(ネタバレですもんね)

では、とりあえずマイナーチェンジ終了のご挨拶でした。

バニシング・ポイント 37

「北村さん……」
「菅沼、止せっ!」
「かっこ良かった先輩をあんなに太らせて、病気にしたわ。殺したのあんたよ」
博美を打った人物、それは北村冴子だった。彼女の行為に俊樹をはじめ衛の同僚たちが慌てて止めに入る。
「それは、そのままあんたに返すわ。あんたがおらんかったら、衛君と博美ちゃんは別れんで済んだんや。そしたら、衛君は一人寂しく大食いする必要はなかった。そしたら、今みたいな結果はなかったはずや。僕は赦しを説く立場やけど、あんただけは許せそうにない」
それが冴子だと知ると、信輔は彼女と博美との間に立ちふさがり、そう言って声を荒げた。
「曳津先生、それは違うわ」
「何がちゃうの!」
「確かに、私も北村さんのことは許せなかったの。特に、15年ぶりに衛に会った時は、私の15年間を返してほしいと思った。
でもね、許せませんって祈っても平安は与えられなかったの。そして神様は私に、『このことを感謝しなさい』って示されたの」
信輔は耳を疑った。許すことができない事柄をどうやって感謝しろというのだ。
「北村さん、あなたがいなかったら私たちは離婚してなかった。それは事実だと思う。だけど、離婚は私が持っていたコンプレックスから私を解放してくれた。もし、あのまま衛と夫婦を続けていたら、私きっと壊れてたと思うから」
「博美ちゃん……」
「それにね、衛は私と離れることで神様と向き合うことができたと思うの。神様は衛がちゃんと信じた上で引き上げてくださった。昨日の洗礼式で、私ははっきり衛の永遠への道が見えたよ。北村さん、私はあなたがいたから御国に望みがつなげた。それは感謝すべきことだとは思いませんか、曳津先生」
「それは……」
「『いつも喜びなさい、絶えず祈りなさい、すべての事に感謝しなさい』まさにみことばの実践ですね」
そのとき、そこに安藤が割って入った。
「安藤先生」
「曳津先生、先生は私に寺内さんの洗礼準備会を頼むときに言ってくださったじゃないですか。『このことに深い神の配慮を感じる』と。人間的には悲惨だとしか思えないこのことですが、神はそれすらも恵みへと変えられる。私は今、神のそんな深い摂理に感動で震えが止まらない」
そして、安藤は博美に感謝すると言われて戸惑いを隠せない表情で固まっている冴子に向かって言った。
「北村さんとおっしゃいまいしたっけ」
「今は結婚して菅沼です」
「菅沼さん、あなたは本当は自分が不用意にいった一言で寺内さん夫妻が離婚してしまったことを後悔しているんじゃないんですか」
「あ、いえ、ええ……」
冴子は安藤にそう言われて、くしゃっと顔を歪めると涙をこぼした。憧れの先輩、その人が見ていたのは自分ではない女性。どんなことをしてでも手に入れたいと思った。
 でも、彼は別れた後も自分を見てはくれなかった。彼の目に映っていたのは、いつも一人だけ……何故だ、どうして彼女にそんなにこだわるのかとずっと思ってきた。
 だけど、今それを当然だと思った。恨まれても仕方ない自分にありがとうと言える女性に、どうして勝つことができるだろう。
「じゃぁ、悔い改めましょう。悔い改める者の罪を神様は許してくださいます。あちらで一緒に祈りませんか」
安藤の誘いに冴子はこくりと頷いた。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

バニシング・ポイント 36

 前夜式が始まった。とはいえ、故人の天上での幸福を祈るという、縮小版の葬送式という感は否めない。
 前夜式というのは、元々通夜という習慣がある日本でそれに合わせて作り出された日本固有のものらしい。それでも、忙しい現代人には曜日に関係なく日中に行われる葬送式よりも参加しやすいから、衛の職場の関係者は、代表者以外ほとんどが前夜式の方に参列するだろう。
 司会者が開式の挨拶をした後、賛美歌が歌われる。祈祷会の参加者ではなくても、年配の会員の中には衛を直接知っているものもいる。だが、未信者が多い中で声が小さくなってしまわないように、声を張って歌うその表情はどことなく複雑だ。博美と完全によりを戻さない内に命を取ってしまわれた神の真意を量りかねているとでもいうのだろか。
 曲が終わり、皆が着席した後、中野が突然の衛の死に思いを馳せ、このことの神様の深い計画とそのことに対しての家族の平安を祈り、メッセージを伝える。
 メッセージ後、一人が一輪ずつの花を故人に手向けて、もう一度賛美をした後、前夜式は閉会した。

「皆様長時間ありがとうございました、こちらに茶菓をご用意いたしましたので、お時間のご都合のよろしい方はお残りくだり、わずかな時間ですが、故人を偲んでいただければ幸いです」
終了のアナウンスが流れ、バラバラと散会し始める。
 そのとき一人の人影がつかつかと博美に近づいてきた。その人物は、
「人殺し、先輩はあんたに殺されたのよ!」
と叫ぶと、いきなり彼女の頬を打ったのだった。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

全てのことに感謝を-バニシング・ポイント 35

全てのことに感謝を

 その日、俊樹は一旦会社に向かい、同僚の亮平を乗せて衛の通夜の会場に向かった。
「テラさんって教会に通ってた?」
助手席でそう聞く亮平に、俊樹は頭を振った。
「そんな話は聞いてねぇよ」
とは言ったものの、ナビの示す方向で、そう言えば彼らの結婚式もまたここだったことを思い出す。
「確か奥さんがそうだったと思うけど」
「は? テラさんって独身じゃなかったのか!?」
「あ、元だよ、元」
しかし、『奥さん』という言葉に亮平が素っ頓狂な声を上げたので、あわてて『元』という言葉を付け加える。
「もう15年以上も前の話だ」
「へぇ、じゃぁ元の鞘にでも納まったんじゃないのか?」
「は? お前何か聞いてるのか?」
亮平の返事に、今度は俊樹が驚く。
「いや、何も。だけど最近いやに付き合いが悪くなってさ、聞いたら『最近何かとうるさい』とかにやけた顔で言ってたもんで、あれは絶対に女だと思ってたからさ」
そうか、テラさんは不器用だからな。大体、当時も離婚の理由が彼の浮気であったというのが自分には信じられなかったほどだ。
 やがて、教会に足を踏み入れると、俊樹は早速礼拝堂の隅の長椅子に座っている博美を見つけた。
「……寺内さん、この度は真に……」
俊樹は奥さんと声をかけようかどうかと逡巡して、博美の名字を呼ぶ。
「堀木さん、わざわざありがとうございます」
「もうすぐ始まるのに、前に行かなくて良いんですか?」
「え、ええ 私は寺内の人間じゃないから」
やっぱりまだそうではなかったか。迂闊に奥さんと呼ばないで良かったと俊樹は内心胸をなで下ろした。すると、博美は何ともいえない表情で亮平を見ているのに気がついた。俊樹はしばらく考えてその理由に思い当たった。体型だ。亮平は上背のあるのもあって、衛よりさらに重量級に見えたからだ。俊樹は博美に亮平を紹介した。
「あ、こいつは会社の同僚で綿貫亮平」
「綿貫です、はじめまして」
「そうですか、寺内がお世話になりました」
「いいえ、こちらこそテラさんには公私ともにお世話になりっぱなしでした。お察しします」
その悔やみの言葉に博美が言葉を返そうとしたとき、
「定刻になりました。ただ今から故寺内衛さんの前夜式を執り行いたいと存じます。皆様、前より順にご着席くださいますようお願いいたします」
と、葬儀屋からのアナウンスが流れた。博美は言おうとしていた言葉を呑み込んで、
「始まりますので、どうぞ席におつきください」
と言った。俊樹たちは博美に軽く一礼すると、手近な長椅子に座った。

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genre : 小説・文学

バニシング・ポイント 34

 牧師館で信輔から衛の洗礼の依頼を受けた安藤はすぐさまその旨を中野に連絡し、中野が衛の無言の洗礼式を司式することとなった。それで、急遽君枝と徹、その配偶者も呼ばれた。
 中野は再度、
「私たちは息子さんから個人的に信仰表明は聞いておりますが、洗礼式を挙行させていただいてよろしいでしょうか」
と衛の両親に問う。両親は黙ったまま深々と頭を下げた。

 衛の洗礼式が挙行された。
「寺内衛さん、あなたは神を信じますか? またそのひとり子……」
中野の温かい、それでいてよく通る声で「使徒信条」の文言に則った洗礼のための質疑の言葉が読まれる。当然衛からの返事はない。
「はい、私は神様を信じます」
博美はその代わりではないが、声を出さずに唇だけで、それに答えた。そして、答える人のないまま式は進んでいく。
「寺内衛、私は今父と子と聖霊の御名によって、あなたにバプテスマを授ける、アーメン」
 洗礼の条文を読み終えた後、中野が洗礼のための器に浸した手を衛の頭にそう言いながら三度押し当てる。中野が三度目に手を引き上げたとき、濡れているその指の隙間が高壇からの照明に照らされて光輝く。それはまるで遅ればせながらの衛の洗礼式を神が祝福している様だと博美は思った。
 そして、その式に衛の肉親が挙って参加している。衛はその生を以て主を立証している。博美は『何故今なのですか? そして何故私ではなく先に衛をお取りになるのですか?』という悲痛な叫びにも似た祈りに対しての神からの答えを見たような気がした。
「衛……天国でまた逢おうね 待ってて、私ちゃんと行くからね……衛……衛」
 式が終わった後、衛の棺に縋りつきながらそう言う博美の言葉に、礼拝堂は涙に包まれた。
 


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genre : 小説・文学

バニシング・ポイント 33

 夕刻、通常の礼拝を終え、その後の集会を信徒に任せて信輔と順子が教会に到着した。
「博美ちゃん、僕ほんまに今回は神様に文句言うてしもたわ。何でもうちょっと待っててくれへんのですかって」
「うん……」
それは衛が救われるべき器ではなかったということになるのか、そう思うと博美は悲しかった。だが、信輔は続けてこう言った。
「けど、信仰はちゃんとしてたから、神様はご自分が解ってたらそれでええと考えてはるのかもな」
「曳津先生?」
「ああ、衛君な、僕とずっとメールで聖書研究してたんや。
そんで、受洗するっていう話になって、それやったらやっぱりちゃんと教会に戻った方がええやろうって言うて、安藤先生にお願いしたんや……言うとくけど、それ博美ちゃんと縒り戻す為やない」
博美は信輔が衛への伝道を続けてくれていたことに感謝したが、やはり受洗という話になると自分に合わせようとしてくれていたんじゃないかと思ってしまう。それが表情に出てしまったのか、信輔はそう付け加えた。
「博美ちゃんも見たんやろ、あの検査結果。あの病気は直接命を取られる印象はないけど、冠不全や腎不全て、名前を変えて持っていく。そうでなかっても、失明したり末端が壊死起こして切断せんならんかったり。ちょっとした怪我や病気が重症化する。『博美の明日が見えないって言う気持ちがやっと解った』そう言うてた。ほんで衛君は、ホンマに永遠の命と救いを信じたんや」
「そう……」
「そんな顔せんとって。だれでも家族には一番伝道しにくいもんや」
そして信輔の寝耳に水の発言はまだ続いた。
「それにな、博美ちゃん、衛君はホントは浮気してなかったんや」
「それって、どういう!」
「あれな、衛君が酒の席でぽろっと北村冴子に『博美が追いつめられてるのを見るのは辛い』って、『俺がいくらエッチだけが夫婦生活の基本じゃないって言ったって、周りは次の子供のことを聞いてくるからな。全く子供がいないのならそれでも遠慮してくれるのかもしれないけど、一人いると、普通に次も産めると思うらしい。―一人っ子はかわいそう―と、とくとくと説教するばあさんなんか首絞めてやりたくなることがある』って言ったらしい。それをあの女は逆手に取ったんや」
「逆手に?」
「うん、案の定二人が離婚した後、寄ってきたらしいけど、そんなん衛君が相手なんかするかいな。ずっとあのアパートで独りや。」
そして、少し声のトーンを落としてこう言った。
「それにな、病気で勃たへんて分かったとき、ほっとしたらしいよ。『やっと博美に負い目感じさせないで済む』そんな風に言うてたから」
信輔はそう言い終わると、衛の両親がいる、礼拝堂の前の方に歩いて行った。
「それで相談なんですけど、衛君を聖徒の墓に入れるために、これから安藤先生に洗礼を授けてもらってええでしょうか。
博美ちゃんといっしょに聖徒の墓に入るのが、彼のたっての希望やったんです。今回のペンテコステでの受洗もそのためでした。『長いこと放って置いた分、永遠の命を共に生きたい』衛君はそう言うてました」
と言った。
「衛から洗礼を受けたいというのは聞いとりました。私らはもう、お前四十も越えとんだから、何もこっちからは口は出さんと言うとりましたし、墓も教会の墓に入れてもらえるんだったら、それで」
それをすんなり受け入れた衛の父の発言に博美は目を瞠った。
「お義父さん、寺内の墓に入れなくていいの?」
「ウチも本家とは違うしな。本家筋の墓に入れてもらうより、別に建てようかと話とったとこじゃ。衛もみなさんのおられるとこの方が寂しないじゃろうて」
「ありがとう、お義父さん」
本来なら長男なのだから、難色を示されても不思議はない。親戚などにも言われないのだろうかとも思ったが、寂しがり屋の衛が新しい墓で『一人に』なるより良いと言う彼の両親の気持ちは博美にも解った。
「じゃぁ、僕このこと安藤先生に話してきます」
 信輔はそう言うと、安藤にそのことを打診するため、牧師館に向かった。

「ごめんね、衛君が信輔先生と連絡を取ってたのは知ってたけど、何も言わなくて」
順子がそう言って博美の頭を撫でる。
「衛を導いてくれてありがとう」
「導いたのは私じゃないよ、信輔先生。それに、私実はまだ本当は後悔してるの。あんたたちが結婚したとき、なんでもっと衛君が受洗する様にプッシュしなかったのかなって。そしたら、あんたたち別れなかったと思うから」
博美の感謝の言葉に、順子は軽くため息を吐きながらそう答えた。


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バニシング・ポイント 32

 やがて教会に、徹が母親と葬儀社の車を伴って衛を連れて帰ってきた。博美は徹を見てびっくりした。徹はやせていた頃の衛そっくりになっていたのだった。明日美の話では、衛は急激に肥大したのではなく、徐々に肥満化したらしいので、8年前に見かけたのは、衛ではなく徹の方だったのかもしれないと博美は思った。
 そして徹は、戻ってきた時間を考えて通夜(前夜式)は翌日、告別式(葬送式)翌々日にすること、後々のことを考えて、香典(御花料)を固辞することなどを、中野や安藤などに質問しながら、次々と決めていく。
「お義母さん、ごめんね」
博美は、憔悴した面もちで俯いていた衛の母にそう声をかけた。離婚して久しいが、衛のお母さんと言うのも何だか変な気がしたし、明日美にとっては今も昔もお祖母ちゃんであることは代わりはないのだからと、この呼び方をずっと続けている。
「何が博美ちゃんが謝ることがあるんね」
すると、衛の母はそう言って顔を上げた。
「私が意地張って衛さんを放って置いたから、こんなことになってしまって……」
「衛が肥えてしまったんは博美ちゃんの所為ではねぇがね。あの子がそんな食べ方をしてたんが悪いんだがね。博美ちゃんと一緒におっても、ここまではならんかったかもしれんが、そこそこにはなっとりょうよ」
「そうかな」
「うん、あたしもそう思うよ。お父さん、本当に食べるの好きだったもん」
すると明日美がそう言った。
「あたしと一緒の時にも、テーブルいっぱいに食べ物を並べるの。そんなのあたしが食べられる量なんてしれてるじゃない? 残りをお父さんがみんな食べちゃうの。その間もずっとあたしにお母さんの様子を聞くの。お母さんに直接会えば良いのにって言っても、『父さんにはその資格はない』とか言っちゃってさ。だからなの、あたしがお父さんと会うの拒否ったの。あたしが拒否れば、お母さん気にしてお父さんに会ってくれると思ったから。あたし、ホントはお父さんをウザいなんて思ってなかったんだよ。だから、こんな早く死んでなんか欲しくなかったんだよ……もうすぐ、一緒に暮らせるはずだったのに。あたし、お嫁に行くときお父さんに挨拶したかったよ……」
明日美はそう言いながら、いつしかぼろぼろと涙を流していた。そうか、明日美は明日美なりにどうすれば両親が元の鞘に納まるのかずっと考えていたのかもしれない。そして、出た結論がこれだったのだろう。
「お父さんに会わせてくれてありがとうね。明日美がいなかったら、会わないまま二度と会えなくなるところだった」
博美はそう言いながら泣いている娘を胸元に引き寄せて頭を撫でた。






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涙の洗礼式-バニシング・ポイント 31

涙の洗礼式

 衛の両親は、衛の遺書を見ると、さして反対もせず衛の葬儀を教会でする事を承諾した。君枝が、
「各務原の叔父さんとかが文句言ったりしない?」
と心配気に聞いたが、父親は
「衛がそうしたいと言ってるんだ。幸司が文句を言ったらこれを見せればいい」
と、遺書を振りかざした。だが、そんなものを振りかざした所で、その前に
『今更別れた嫁の未練でこんな葬式をするなんて』 
などと博美の前で言われた日には、自分の所為で弟が肥大してしまい、そして死に至ったと思いこんで憔悴しきっているこのかつての嫁には致命傷に等しいではないか。
 博美は、弟しかいない君枝には衛の嫁以上に、幼いときから姉妹同然に育ってきた、そういう存在だ。この叔父には、彼らの結婚の時にも『教会式』ということでちくりと嫌みを言われたのだ。
(何で、こんなに早く死んじゃったのよ、衛。せめて各務原の叔父さんを見送ってからでも遅くはなかったじゃない。それよりも、まず浮気なんかしなけりゃ良かったのよ)
君枝は台所に逃げて、一人ため息をついた。
 父親は早速、徹と連絡を取り、葬儀社にセレモニーホールではなく、教会に遺体を運んで欲しいと依頼した。
「博美ちゃん、そいじゃぁ教会に行って衛を待っててくれんかの。そいから先生、何分教会式のことは何も分かりませんで、よろしゅう頼んます」
「分かりました。じゃぁ、博美さん行きましょうか」
 博美は自分の父親に肩を抱かれるようにして、寺内家を後にした。
「ほいたら君枝、電話手伝うてくれんかの」
 衛の父は博美が車に乗るのを見届けて、君枝にそう言った。ああ、やっぱり父も気にはしていたのだと、その時彼女は思った。
 

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バニシング・ポイント 30

 博美と中野は博美の父の運転する車で急遽寺内家に向かった。
「博美ちゃん!」
寺内家に着くと、衛の姉、君枝が彼女らを迎えてくれた。
「事故? 今朝はあんなに元気だったのに……」
「ああ、最近時々衛の所に行ってくれてたんだってね。会社で倒れてて……会社の人が発見したときにはもう、死んでたそうよ。心筋梗塞だって」
「心筋梗塞……」
間に合わなかった。あんなに膨れ上がった衛を見た時、こうなることを怖れて、糖尿病や高血圧、高脂血症などの生活習慣病の対処法の本を読んで必死に勉強していたのに……こんなことになるんだったら、仕事なんかかなぐり捨てて、衛のアパートに押しかけて一緒に生活してしまえば良かった。博美はそう思った。
「さっき徹から連絡があったの、もうすぐ警察から帰ってくるわ。で、相談なんだけど、博美ちゃんが喪主になってくれないかしら。本来ならお父さんなんだろうけど、お父さんにあの歳になって息子の喪主をやらせるのはさすがにつらくて……」
だが、続く君枝の『喪主』の言葉に、博美は俯きながら頭を振った。 
「寺内に籍のない私がやるなんてそんなことできないよ」
そうだ、私は名前こそ寺内だが、寺内の人間ではない。
「でも、聞いたんだけど、そろそろ衛とよりを戻そうって話出てたんでしょ?」
「……」
博美が口ごもっていると、中野が君枝に頭を下げた。
「寺内さん、はじめまして。私は、教会の中野と申します。その寺内さんの告別式の事でご相談があります」
「何でしょうか」
「寺内さんは生前教会での告別式を希望しておられました。これを見て下さい」
中野は、一通の書類を取り出した。それは内容証明郵便で、中身は衛の『遺書』だった。そこには貯金などの財産を博美と明日美に相続させること、葬儀を教会ですることなどが書かれていた。
「実は、今月末のペンテコステに、彼は受洗を予定していました」
「私、聞いてない!」
その言葉に、君枝ではなく博美が反応する。
「ええ、博美さんをびっくりさせようと、内緒で洗礼準備会をしていましたからね。それに、寺内さんはここ半年ばかり、祈祷会にはちゃんと出席していたんですよ」
確かに祈祷会は平日だが。休日まで仕事に勤しんでいた衛が祈祷会に出席する時間があったなんて……そう言えば、祈祷会のある水曜日は、ノー残業デーだとちらっと言っていたことを思い出す。
『今の世の中、おいそれと仕事をさせてもくれないんだよ。何かというと時短だと言われる。だから、働きすぎなんて心配しなくて良い』
そう言っていた衛。
「衛、祈祷会で寝てなかったですか」
思わずそう聞いてしまった博美に、中野は軽く吹き出すが、すぐ真顔になって、
「いいえ、博美さんも解ってると思いますが、祈祷会は礼拝に比べて出席者は少ないし、それぞれ一言は祈りますからね、寝てなんかはいられないですよ。それに、寺内さんは本当に救いを求めてましたよ。灯台下暗し、得てして家族が一番その方の救霊に疎いものです」
といった。
「私は……私は彼の家族じゃありません」
家族という言葉に博美は頭を振りながらそう返した。
「今は、でしょ? 寺内さんは、ペンテコステの受洗が終わったら、その上であなたに『もう一度一緒になって欲しい』と言うとおっしゃってた。私はその日が来るのを本当に楽しみにしていたんですよ」
それに対して中野は、博美の肩を軽く叩きながらそう言った。
 そう言えば衛は最近、ふと黙り込んでしまうことがあった。博美が心配して声をかけると、何故か赤い顔をして
『心配しなくて良い』と言ってそっぽを向く。あれは、もしかしたら祈っていたのではなかったのか。衛が信仰を持ち始めていると思ってもいなかった博美には、その変化に気づきもしなかったのだが、そう言えば言葉の端々に聖書のみことばに似たニュアンスがあったような気がする。普段、全員が信者の中で暮らしている彼女には、そういう考え方をするのが当たり前で、特に気に留めもしなかったのだ。まさに、『灯台下暗し』だ。
 衛の『躓きの石』になっていたのは他でもない自分なのだと気づいた博美は、次の瞬間その場に泣き崩れた。

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バニシング・ポイント 29

 メッセージが始まってそろそろ15分、そろそろ今日の説教の核心部分になる頃だった。博美の携帯が振動した。 職場でも教会に行っていることはみんなに話してあるし、日曜日の午前中は電話しないようにも言ってある。ごそごそと鞄の中から携帯を取り出そうとした博美に横にいた明日美が、耳元で
「お母さん、礼拝中は電源ごと切っておいた方がいいよ。宣伝メールとかもあるからさ」
と言いながら母が取り出した携帯の着信元を覗き込む。
「あ、寺内のおばあちゃん」
 しかし、着信元を示す表示はメールでも単なる電話番号でもなく、寺内の義父の名前になっていた。とは言え、普段かけてくるのは圧倒的に義母だから、明日美もすぐ祖母からの電話だと思ったのだろう。
 何か緊急な用事でもあるのだろうか。寺内家の人間なら、博美が今教会にいることをよく知っているはずだ。だからこれはそれを押してまで電話をかけてくる用事だということだ。
 博美はすばやく携帯を持って礼拝堂を出、着信履歴から寺内の実家の番号を選択する。
「もしもし」
「もしもし、博美ちゃん?」
「ええ、何ですかお義母さん」
電話がつながると、いきなり衛の母の慌てた声が聞こえてきた。しかもどことなく涙声である。
「す、すぐに帰ってきて。衛が……死んだの」
マモルガシンダノーーそう耳には確かに聞こえてはいたが、博美はその言葉の意味を理解できずにいた。ほんの数時間前まで一緒にいて、一緒に出てきた。連休だからこっちに帰ってくると言った博美に、
『なら、早めに仕事を片づけてお前の帰ってくる昼過ぎには戻ってくるよ。一緒に買い物に行こう』

と言っていたのに。
「とにかく、今すぐウチに来て。今、徹が迎えに行ってるから」
「はい」
帰って来いの言葉にとりあえず返事だけをした。博美は携帯の着信を切って、力なくその腕をだらんと伸ばしたまま礼拝堂に舞い戻る。
「博美ちゃん、どうかしたの?」
戻ってきた彼女が顔色もなく立ち尽くしているのを見て、中野牧師の妻絵里子が声をかける。
「衛が……」
その時、マモルガシンダ、そのただの文字の羅列が一気に博美の中で衛が死んだという言葉に変換された。
「いやーっ! 衛!!」
博美はそう叫びながら、わなわな床に崩れた。
「博美!!」
「博美ちゃん!!」
絵里子や博美の父が慌てて彼女に駆け寄る。
「衛君がどうしたんだ!」
「衛が、衛が死んだって……お義母さんが早く帰ってきて欲しいって……」
博美のその言葉に礼拝堂が一気にざわめく。すると、
「じゃぁ、すぐにいってあげなくちゃね」
と言った絵里子の隣に座っていた中野師が、すくっと立ち上がり、
「安藤先生、『あれ』はまだあそこに?」
と言った。
「ええ、ちゃんと置いてありますよ。まさか『あれ』を使うことになるなんて思いませんでしたが」
と安藤師が答えると、
「じゃぁ、私が行きますから、先生は礼拝を続けて下さい。さぁ、博美さん私と一緒に寺内さんのところへ行きましょう」
その言葉に顔を上げ不思議そうに中野師を見る博美に、
「私は寺内さんのご両親にご相談があるんですよ。寺内さんのところへ連れていってもらえますか」
と優しい笑顔でそう返した。

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Vanishing Point-バニシング・ポイント 28

Vanishing Point

「じゃぁ、この日はキャンセルで休日出勤ですか。最近テラさん頑張りますね。それにちっとも誘ってくれなくなったし」
デカ盛り行脚の予定をキャンセルすると言った衛に、後輩のデカモメイト綿貫亮平がそう言って不満をぶつけた。
「ああ、何かとうるさくってな」
衛は博美の口うるさい最近の食餌指導に、少し頬を緩ませてそう答えた。
「あれテラさん、その言いぐさは女ですか?」
「よせ、そんなんじゃない」
その表情に気づいて驚く亮平に、衛は慌ててそう返す。しかし、亮平はニヤニヤ笑いながら、
「そうかぁ、テラさんにもついに春が来たんですか。くそぉ、あやかりたいよなぁ」
と、続けた。
「本当にそんなんじゃない!!」
 15年ぶりの古女房との週末婚は、甘さのひとかけらもない。疲れてぐだぐだと寝ころんでいる衛のそばで博美は、やれ「食べ過ぎるな、飲み過ぎるな」とぶつぶつ言いながらご飯の支度をしているだけだ。
 ただ、正直言えばそれが嬉しい。ついこの間までは望んでも手には入らないと思っていたものを自分は今手に入れているのだから。
 そして、一つを手に入れるとまた次が欲しくなる。また3人で一緒に暮らしたい。名村の両親にそれを承諾してもらうためには、小さくても家を手に入れたい。そのために今までにもまして精力的に休日出勤をしているのだ。

「……衛、衛? ご飯食べないの?」
「ん? ああ、食べる」
ぼんやりと頭を振りながら目覚めた衛を博美が心配そうに覗き込む。
「疲れてない? すごくいびきかいてたよ」
「そうか? 夜もちゃんと寝てるけどな」
そう言えば、最近疲れがとれにくい。いくら寝ても眠い気がする。ま、40歳も半ばを迎えると、若い頃の様にはいかないだろう。そう思いながら食事の前にトイレに立とうとしたが、そのときちくっと左胸に痛みを感じた。最近時々あるのだが、大した痛みではないので、衛は何も対処していない。普通に用を足して、いつも通りの週末のひとときを楽しんだ。

「じゃぁ、行ってくるよ。安藤先生によろしく」
翌日、衛はアパートを一緒に出る時、博美にそう言った。衛は休日出勤で会社に、博美は教会に行くのだ。
「そろそろまた、礼拝に出てね」
「ああ、中野先生に説教される前に一度行くよ」
博美の言葉に衛はそう言って笑った。
 衛たち夫婦の結婚の司式をしてくれた中野牧師は高齢で引退しているが、一出席者として礼拝には出ている。いまや、教会全体のおじいちゃん的存在だ。
 そうだ、来週には礼拝に行かなきゃな、いくら先生たちが承諾しているっていったって、あのおばちゃん連中にいくらか嫌みを言われないと始まらないだろう。そう思いながら自分の部署のドアを開いたーー
 そのときである、衛の心臓がドクンと大きな音を立てたかと思うと強烈に引き絞られるような痛みが走った。
「うわっ、ああーっ!!」
衛はもんどり打って近くにある椅子を巻き込みながら倒れ、しばらくうめき声を上げながら喘いでいたが、ほどなくして動かなくなり、事務所は再び静けさを取り戻した。
 ほかの同僚が出勤するまでに一仕事片づけようと思っていた衛が、出勤してきたその同僚に見つけられたのは、そのおよそ一時間後で、衛の息は既になかった。

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バニシング・ポイント 27

 何だか夢を見ているようだった。
 離婚後初めて顔を合わせた元妻は、会ったとたんいきなり自分の部屋に行くと言い、自分の現在の状況を見て号泣すると、衛に近所のスーパーに連れて行けと言った。
「スーパー?」
「食材を買うのよ」
「腹減ったのか? じゃぁ、食いにいこう。体の調子悪いんだろ」
と言った衛に、
「ダメよ、それじゃぁ。ちゃんと作ってあげる。それに、言っとくけど私、明日美を産んでからはものすごく元気よ。ただ、冴子さんに会いたかっただけだから」
と譲らず、戸惑う彼をスーパーまで案内させた。そして、野菜を中心にどんどんとかごに入れていく。
「おいおい、そんなに買って一体なにを作るんだよ。第一それじゃぁ、いくら俺でも食いきれない」
「この量を一回で食べるつもりなの!? 呆れた、当然当座の分よ」
「当座?」
「でも、あの冷蔵庫じゃたくさんは入らないわね。ビールを放り出したとしてもいくらも入らないわ。それに、フリージングしておくにも、冷凍庫もあの容量じゃね」
と、眉に皺を寄せてぶつぶつと文句を言い出す。
「いいよ、別に外食するから」
博美はそう言った衛を睨み上げて、
「ダメ、あんなもの見せられて黙って看過ごす事なんてできると思う?」
あんなもの? ああ、血液検査のことかと衛は思った。
 
 そして、家に戻って約15年ぶりに博美の手料理を口にした。
「うまい、やっぱうまいよ。博美は料理の天才だよ」
「お世辞はいいわよ、元女房にお世辞言ったって、何もでてこないわよ」
「お世辞なんかじゃないから」
もちろん、衛は復縁を願って博美にヨイショをしているとかそういう事ではない。博美が作ったのはごくごく普通の家庭料理だが、外食ではこれがなかなか味わうことができない。
 それに、離婚してからの衛は会社の後輩やサイトで知り合った仲間と連れだって、いわゆるデカ盛りとかテラ盛りといった大食い行脚にあけくれている。気持ちにぽっかりと空いた穴に、どんどんと濃く脂っこい食べ物を詰め込んでいった15年間だった。しかも詰め込んでも詰め込んでも、その穴は塞がらない。
 その空いたままの穴に、今は暖かいもの流れ込んできて満たされていく。
「あ、ありがとう……」
「何よ、おかしなの。こんなので良いんだったら、いくらでも作ってあげるから。って言うか、もう放っとけないよ。仕事があるから平日は来られないけど、週末また来るからね」
涙でぐちゃぐちゃになっている衛の顔を見て、博美はそういって笑った。


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