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あのひと-marine side6

あのひと


あの人の名前は結城秀一郎。

彼に会うまでの私の彼に対する印象は悪いなんてもんじゃない、最悪だった。
パパの敵の息子-敵って言うと大げさに聞こえる?でも本気でそう思ってた。

ママはパパと出会うずっと前にあの人のパパと付き合っていて別れた。
そんなのなんでどこにでもあることだけど、ママはその人のことをパパと結婚して17年経ったその時でも、ううん、26年経った今でも忘れてはいない。

あの人のパパのことが表面に出てくるまでのママは、パパ一筋って感じの娘から見ても恥ずかしくなるくらいで、修司さんと加奈子さんも真っ青なラブラブバカップルだった。
ただ…あの人のパパ、結城龍太郎さんの話を初めて聞く半年ほど前、ウチにヤスフミさんって人からも電話があった。その人もママの元カレで、龍太郎さん(うちのパパと混同しそうなので、名前で呼ぶことにするけど)と別れた後付き合っていたらしい。その人のことは今ではいい思い出になっているって笑っていた。

そして、あの日…ママは朝から浮かない顔をしていた。
『変な夢を見ちゃったの。』
そう言ってた矢先だった。
朝のニュースで、龍太郎さんの訃報が流れた。自宅マンションの8階階からの転落死だった。
確かに、昔の恋人がそんなことになったと知ればショックなのには違いないけど、ママの反応はそれどころではなかった。完全に自分を見失っていると言うのが正しかった。

そう…それはそれまでママが被っていたラブラブの仮面がひび割れて崩れた瞬間だった。

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theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

今更ですが…

通常ブログ画面を開けないと出てこないのですが、リンクのとこにFC2小説貼りました。

その内にこちらに差し戻しトランスはすると思うんですが、なんせ、「パラレル」は長いわ、続編番外編ってものが雨後の筍みたいに出てくるわで、そうそう差し戻しトランスまでいけるかどうか…

それに、私以外にも面白い方はいっぱいいらっしゃるので、興味のある方は是非見て欲しいなと思ったものですから。

登録しなくても、レビューさえ書かなければ、感想書き込んでも読み専でいられます。

私に技術があって、ちゃんと自分とこにバナーが貼れればもっと良いんですが。
それは100年早そうです。

theme : 更新報告・お知らせ
genre : 小説・文学

Future-marine side5

私は食べながら自分のことを少し話した。千葉に住んで東京で仕事をしていた25歳、つい昨日までの私の事を。

「じゃぁ、ご馳走様でした。」
食べ終わった私は、お金を払って「いたくら」を出ようとした。
「飯塚さん。ねぇ、未来ちゃんって呼んで良い?その大荷物で、これからどこに行くつもりなの?」
出入り口を開けたところで私は加奈子さんにそう呼び止められた。
「これから泊まるホテルに…」
そう、手近なビジネスホテルでも探さなきゃ。
「今から探すんでしょ?それなら今日はウチに泊まらない?」
そしたらいきなり加奈子さんがそんなことを言い出すもんだから、私は驚いた。

実はこの時、加奈子さんは私が自殺する事を心配していたらしいのだ。そりゃそうかもしれない。修司さんと加奈子さんのラブラブ振りを見ただけで号泣した大荷物の私は、そう思われても仕方ないかもと今なら思う。
でも、私はこれっぽちもそんな気はなかったのだけれど。少なくともその選択肢だけは取るまいと心に決めていた。
苦い記憶を思い出させることで、それはきっとあの人を立ち直れなくなるほど傷つけてしまう事が解っているから。
その苦い記憶が、私とあの人を引き寄せ運命付けたのであったとしても。

「そんな…初対面の方のお宅にいきなり泊まるなんて、滅相もないです。」
「私、何だか始めてあった気がしないのよね。未来ちゃんの話もっと聞きたいな。」
だけど、私が遠慮がちに断っても、加奈子さんはなおも食いついてきた。そう、私も陸君に声をかけた時から初めて会ったという気がしなかった。この出会いは必然なのかもしれない。私があの人と、それよりもずっと先、ママとあの人のパパとが出会ったことすらも必然であったように…

半ば呆気にとられている男性陣を尻目に、強引に加奈子さんに押し切られる形で、私はその日板倉家にご厄介になった。
奥に通されると、受験勉強をしている陸君の妹、瞳(まなこ)ちゃんを紹介された。
「あ、気にしなくていいよ。あたしたち、ママのおせっかいには結構慣れっこだから。あの人のは、今に始まった事じゃないのよ。」
瞳ちゃんはそう言って笑った。

とは言え、眠れないままぼーっと板倉家の天井を眺めていた私は、あの人と出会いを思い出していた。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

平等に語れないだけだな、これって

私は自分の作品の最初の読者…

何度も言ってる言葉ですが、私は書くときに3人称を使っていても、ほとんど目線を動かさないということに最近気付きました。

パラレルだって、地の文として龍太郎の心情を説明すれば済むことなのに、最後まで夏海目線を崩さずに終えて、龍太郎目線を別に書く羽目になってるし。開き直って「指輪」も「マイプレ」も「プレドリ」も龍太郎語りだしね。今回の「Future」も未来語り。

つくづく3人称の書けない奴です、私。


theme : つぶやき
genre : 小説・文学

marine side 4

やばっ、泣いちゃった。早く涙を止めたいのに、そう思うと後から後から涙が流れた。
「ごめんなさい、ママに…似てたから。」
私はしゃくりあげながらようやくそれだけを加奈子さんに言った。
「ママに?」
泣いて上手くしゃべれない私は、こくりと頷いた。
「とにかく食べて、保温だけど長く置くと下のほうが硬くなっちゃうわ。」
加奈子さんは優しくそう言った。
「あっつ、でも美味しい。」
口に入れるとまた涙が出た。私、どうしたんだろう。何でこんなに泣き虫になってるんだろう。普段は妹の明日香の方が泣き虫で、お姉ちゃんはホントにクールだって言われてるくらいなのに…
「泣きたいときには、うんと泣くほうが良いんだってよ。」
陸君がそう言った。
「そして叫ぶ。例えば、『パパなんか大っ嫌いだぁ!』とかね。」
「その意見には賛成だけどな、何で台詞が『パパなんか大っ嫌いだぁ』になるんだ?」
陸君の台詞に修司さんがちょっと口を尖らせながら尋ねた。
「だって、9年前のそれが実感だったんだから。それくらい大事件だったんだよ、小学三年生にとって横浜から日進への引越しはさ。」
そうか…ここの家族の言葉に違和感を感じないのって、元々関東に住んでたからなんだ。でも、という事はつまり…
「もしかしたら、陸君って高校生なの?」
「もしかしなくても高校生だよ。高校二年生。じゃなきゃ、あんな時間に駅から出てきゃしないよ。」
「えーっつ!」
私が驚いて声を上げると、陸君は口をへの字に曲げてため息をついてこう言った。
「そんなに驚かなくて良いだろ?うー、まったく凹むよなぁ。どうせ、僕はガキっぽいですよ。」
「だって、オレとか言ってないし。」
「言ったらこの人が怒るの!」
陸君はそう言うと加奈子さんを指差した。そして、私の耳元に口を寄せると、
「だから、学校では僕なんて言ってないよ。」
と加奈子さんに聞こえないように囁いた。

そうよ、あの人だってそうなんだから…あの人も私の前ではわざと意識して「俺」って自分のことを言ってた。私だけにそう言ってくれるのが、私は嬉しかった。
「陸、何耳打ちなんかしてるの?お姉さん嫌な顔してるじゃない。」
だけど、私があの人のことを思い出して顔をくしゃっとさせてしまったから、陸君は加奈子さんに叱られた。
「いいえ、違うんです。思い出しただけ。陸君がその…知ってる人に似てるなと思って…」

私が駅で他の誰でもなく陸君に声をかけてしまった理由は-

あの人に似ているからだと思う。顔じゃなく、背丈でもない、空気そのものが。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

似ている…-marine side 3

似ている…


「ママ、お客さん連れてきたよ!」
陸君はお家であるお好み焼き屋「いたくら」の中に入ると、開口一番そう言った。
「陸、お帰りなさい。いらっしゃいませ…あの、すいませんどのような関係の方でしたでしょうか。」
それを店先で出迎えた陸君のママは、最初彼が友達を連れてきたのかと思っていたみたいだけど、友達と言うより教師と言ったような年齢の私が入って来たのでそう聞いた。
「えっ、駅で拾ってきた。」
「はい、彼にナンパされました。」
そして、陸君がふざけてそう返事したのを受けて、私もそれに乗ったら、陸君のママはギョッとしたような顔になった。
「あ、ウソウソ、ウソです。私この辺初めてなんです。だから、食事できるお店とかわからなくて、駅で息子さんにお伺いしたら『ウチにおいでよ』って言ってもらったんです。」
「なんだ、そうなの?」
それを聞いて陸君のママは笑顔になった。
「ホント、すごくソースのいいにおい。ますますお腹空いてきちゃった。でも、このモダン焼きって何ですか?」
私はメニューを見ながらそう言った。
「あ、それ?お好み焼きにソバが入ってる奴。」
陸君は私に水を勧めながらそう言った。
「へぇ、そんなの初めて。じゃぁ、豚玉モダンかな、これください。」
「修司、オーダー。豚玉モダンお願いします。」
「はい豚玉モダンね。かしこまりました。」
奥から男の人の声がした。たぶん、陸君のパパだろう。すかさず陸君のママが私の座った座席の鉄板に火を入れる。
やがてお好み焼きの生地と焼きそばの麺を持って男の人-修司さんが出てきた。
「いらっしゃいませ。」
と言うと、手際よく生地を鉄板に流し、横でソバを焼き始める。それを生地の上に乗せると、上から少し生地を被せてお好み焼きの生地でソバをサンドした。
「マヨネーズかけます?」
修司さんがソースを塗る中、私は陸君のママにそう尋ねられた。
「美味しければ…」
お好み焼きは食べたことがない訳ではないけれど、モダン焼き初体験の私にはどっちが美味しいか判らないもの。
「マヨがキライじゃなきゃ間違いなく美味いと思うよ。加奈子はほら、未だにマヨ恐怖症だからな。」
「マヨ恐怖症…ですか。」
マヨネーズが嫌いじゃなくて怖いの?そんな病気は…ある訳ないわよね。
「こいつデブだったからさ、そういう高カロリーなもんには恐怖心感じるの。」
「だったら、女性はみんなそうですよ。」
修司さんのニヤニヤ笑いでの言い草に、私はそう返した。
「それが半端じゃなかったんだから。とんでもないデブだったんだぜ。」
「それ、未だに言う?!こっちでその事を知ってる人なんて、修司の昔からの友達くらいしかいないんだから。わざわざ宣伝しなくていいでしょ。」
尚もデブを強調する修司さんに、陸君のママ-加奈子さんが笑いながらガンガンと肘鉄を食らわせていた。
「今はナイスバディーだから言えんだぞ。俺は自慢したいの。」
「だから、それって自慢にならないってば。」
そうやって2人はじゃれ続けていた。何かラブラブだなぁ、この2人…何だか昔のウチの両親みたいだ。でも…
そう思ったら私の目からいきなり涙があふれ出てきた。
「ねぇちょっと、どうしたの?!」
完成したお好み焼きを前にしていきなり号泣した私を、加奈子さんは心配そうに覗き込んだ。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

Future-marine side 2

JRに私鉄、とにかく行き当たりばったりに電車を乗り継いで名古屋の郊外に行き着いた。。

そして、私は聞いたこともない地名の駅に降り立っていた。もう日も暮れてしまっている。
これからどうしよう…泊まるところとかを考えると、ターミナルまで戻ったほうが良いのかも知れない。
それにしてもお腹空いたなぁ…そう言えば朝食べたきりで何も食べてなかったんだ。ジュースだけは飲んだけど。

「ねぇ、この辺で美味しいものないかしら。」
私は、ちょうど駅から降りてきたサッカーのユニフォームを着た男の子に声をかけた。何故その子だったかっていうと、ただ単に目が合ったというだけ。
「美味しいもの?じゃぁ、ウチに来ない?」
すると、その子はそう即答した。
「は?」
どうしていきなりそういう返事な訳?私、中学生?をナンパしたつもりありませんけど…私は怪訝な表情をしていたのかもしれない、その子は続いてこう言った。
「ウチ、3丁目でお好み焼き屋をしてるんだ。パパの焼くお好み焼きマジで美味いからさ、来ない?」
なんだ、それを早く言ってよ!納得した私はその子に向かって頷くと、その子について両親がやっているというお好み焼きのお店に向かった。
「僕は板倉陸、お姉さんは?」
歩きながら陸君に名前を聞かれた。
「私?私は…飯塚未来…」
いきなり本名を名乗ってしまっていいのかなと思いつつ、子供相手に嘘をつくのもなんだし、適当な名前も思いつかなかったので、私は正直に本名を名乗っていた。
「へぇ、いたくらりくといいづかみくか、何か名前も似てるね。」
すると陸君はそう言って笑った。そう言われればそうだ。声をかけたのが彼だったのも、何か縁があったのかもしれない。私はそう思った。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

西へ-marine side 1

※この「Future」には、marine sideと chiffon sideがあります。登場人物はほとんど同じですが、展開が全く異なりますので、混乱されるかも知れません。予めお断りとお詫びをしておきます。

西へ


私は西に向かっていた。とは言え、行き先は決めていなかった。そう、今までいた場所から離れられるのなら、私はどこでも良かったのだから。たまたま乗った電車が西に向かっていた、それだけのこと…

私の名前は飯塚未来、25歳。昨日までは都内の会社でOLをしていた。
過去形なのは、昨日の退社時に私は私の上司であり彼でもある人の机の上に辞表を置いて、文字通り「退社」してきたからだ。

そして今朝、私は何食わぬ顔をして家を出てきた。そのための荷物はもう何日も前から少しずつ駅のコインロッカーに入れてあった。

今頃彼は引きつった顔で、私の携帯電話に着信を入れている頃かしら…駅に着いた時にホームに掲げられた時計が午前8時40分を示していた。
その気になれば足のつき易い携帯電話も置いてきた。清華とか何人かの友達の連絡先は手帳に手書きしてきたけれど。たぶん…私はその誰にも連絡したりしないだろう。

そう、私は全く新しく生まれ変わるのだ。本当にそんなことが出来るのか分からないけど、とにかく今までの自分は捨てた。
そう思いながら、私は旅の友にと唯一持ってきたツールに併せて声を出さずに軽く口を開いて歌っていた。
-あの人の大好きなあの曲を…―

tag : *

夢ででも会えたら

番外編「precious dream」、その名の通り、my preciosの龍太郎の夢物語、お送りしました。

健史主導で「マイプレ」を書いたら龍太郎が拗ねました。で、バランスのため?書きました。

これを書きながら、こいつらお互いを思いやってるクセに、つくづく意気地のない奴らだなぁと実感。誰か1人が前向きに行動したら…ねぇ。(ため息)って話です。

「マイプレ」はパラレルワールドなんで、欲張って、みんな出してやろうと頑張っちゃいました。「マイプレ」の文中には出てきませんが、小夜子はちゃんと康文と付き合ってます。ただ、夏海は一緒に行動してない(この期間健史と付き合ってますので、あの2人に構ってる暇はゼロ)だけなのです。で、ちなみに、彼らは別の原因で別れちゃいますけどね。

ほのかは…本編では顔を出さない、特別編に出てくる龍太郎と海との失われたあの子です。ほのかもちゃんと日の目を見せてやりたかったんですよ。

そんで、志穂はなんと雅彦と結婚しちゃいます。しかも職場結婚。入社してきた志穂に雅彦が一目ぼれ、猛アタックをして1年後結婚、すぐに未来が生まれます。4年後明日香も生まれます。


秀一郎と未来の出会いは家庭教師のアルバイトから…YUUKIの跡取り息子が何で?ってお思いになるかもしれませんが、ダブルブッキングしちゃった友達のピンチヒッターとして行った秀一郎が、その後もちょくちょく勉強を見るようになったのがきっかけ。
カテキョーの先生が実は大会社の御曹司だったって知ったときの飯塚夫妻の顔はかなり見物でした。さらに、その御曹司が娘を嫁にくれってんですから…実際だったら、かなり心臓に悪そうです。

何だか本編が悲惨すぎた分、健史がらみの部分を除いてはやたらとハッピーな展開に傾いてるなと、自分でも苦笑してしまいました。

ただ今回、「プレドリ」で残念なのは、雅彦と明日香をどうしても出せなかったこと。ま、龍太郎の夢の中のお話なんで、その辺は雅彦ファンの皆様、(旦那様としては最高だという評価をそこここでいただいているので)ご勘弁と言うことで…

なんかまとまりの悪いあとがきになってしまいましたが、思いついたら、また書きますです。

theme : 今、思うこと。
genre : 小説・文学

選び取った未来-precious dream 4

選び取った未来


「お義父様、大丈夫ですか。泣いてらっしゃるみたいでしたので…」
僕は倒れて3日間意識がなかったと、未来さんに聞かされた。
「ああ、大丈夫だよ。夢をね…ずっと夢を見ていた。荒唐無稽な夢だったよ。」
「どんな、夢かお聞かせ願えますか?」
「秀一郎が海と私の親友との子供でね、そこにほのかを嫁がせるんだよ。」
本当に秀一郎は彼らの子供ではあるのだが…それは未来さんは知らない事だし、知らせる事もない事だ。
「それでね、私の妻が…誰かと言うと、未来さんのお母様なんだ。」
「ぷっ、それ面白そうですね。そこに私は出てこないんですか?」
それに未来さんは吹き出しながらそう返した。
「ちゃんと出てきてたよ、秀一郎の妹としてね。未来さんじゃなくて美姫(みき)さんって名前になってたが…」

そうだ、健史が海を連れて逃げてくれたら、きっとこんな素敵な現実もあったかもしれない。

「この話、母にしていいですか。」
すると、未来さんがそう言いだしたので、驚いた。
「カンベンして欲しいな。第一、未来さんのお母様に迷惑なんじゃないかな。」
「いいえ、迷惑じゃないですよ。喜びます。だって、初めての顔合わせのとき、父も母も口々に『初めてお会いした気がしない』って言ってましたもの。」
「へぇ、私たちも海とそう言っていたんだよ。そう考えてみると、あなたと秀一郎は結ばれるべくして結ばれたのかも知れないな。」
「そうですね…私たち運命の糸で結ばれてる。だからこんなに幸せなんですね。」
未来さんはしみじみと、深く遠い目をしてそう言った。

いくつもボタンを掛けていくように選び取っていく未来。もしもあの時違うボタンを掛けていたとしたなら…僕たちはどんな違う未来を見ることができたのだろう。
そんなことを考えながら、僕はまた眠りの中に引き込まれていった。

僕が海や健史の所に旅立ったのは、それから1ヶ月後の事だった。
                
                                       -Fin-

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

必然-precious dream 3

必然


「僕も君たちに謝らなきゃならない…」
「何を?」
僕がそう言うと健史は首を傾げた。
「…ほのかのことさ。」
僕がそう言うと、健史はああ…と軽く呻りながら頷いた。
「僕には子供は持てないと思ってたけど、ほのかは僕の実の娘なんだよ。
志穂には僕の事を正直に話したんだ。でも、何もしてないのにできた。志穂は影で努力してくれたのかも知れないけど、僕は何もしてない。
僕が君にあんな事を言わないで、僕自身が自分に正直になってれば、君たちに辛い思いをさせる事もなかったのかも知れないのかと思ってさ。」
僕が俯きながらそう言うと、健史は僕の肩を叩いて言った。
「おいおい、勝手に辛い思い出になんかするなよな。始まり方は最悪だったとしても、俺たちはこの結びつきを本当に幸せだって感謝してるんだぜ。それこそ『事実は小説より奇なり』だよ。
お前は夏海に未練があるんだろうがな。頼んでも今更返してやんねぇよ。」
「そんなこと言ってないよ。僕にも志穂がいる。」
もう、海のことは僕にだって思い出になってるさ…
「ま、努力しなかったことの後悔ってやつなんだろうけどさ、お前って妙なとこ真面目にできてて、融通利かないもんな。でも、それでYUUKIを引っ張って行けんのかよ。そこんとこいまいち心配ではあるんだよ。」
「だから、健史には一緒に頑張って欲しかったのに…急にいなくなっちゃうからさ。今からでも、戻れない?」
僕がそう言うと、健史は思いっきりバンッと僕の背中を叩いた。
「そこが甘いんだよ、歯食い縛ってでも頑張れ-お坊ちゃん!今更俺が戻っても何の役にも立ちゃしないし、俺は正直この民宿の仕事が性に合ってる。」
健史は部屋を見回しながらしみじみそう言った。
「お坊ちゃんは止めてよ。でも、分かってるよ。ここに一歩踏み込んだ瞬間そう思った。君たちはこの仕事が天職で、やっぱり君たちが沿うのが必然だったんだって。」
彼がふざけて昔から時々言う“お坊っちゃん”の言い回しは好きにはなれないけど、彼の励ましは嬉しかった。
「ありがとう、そう言ってもらえると俺もホッとするよ。俺たちがばっくれなきゃ、お前も志穂さんに出会ってないんだろうしな。人生案外なるようにしかならないのかもしれないな。」
健史はそう言ってグラスの酒を飲み干した。

有意義な時間をすごした後、僕は穏やかな気持ちでアルプスの地を後にした。

夏休みを終えた健一君は、大学に戻ってきた。驚いた事に、キャンパスは僕たちの自宅に程近く、彼はちょくちょくウチを訪れるようになり、ほのかの勉強を見てくれるようになった。
僕を愛してくれた彼らの子供と彼らを愛した僕の子供は、自然に惹き合い愛を育んでいった。

再会から7年、大学卒業後YUUKIに入社してもらった健一君とほのかは結婚した。結城に婿養子という形で。
「悪いね、長男を掻っ攫うみたいで。」
「いや、気にするな。健一はどうせお前に渡してるはずの子供だからな。それが27年ずれただけのことだ。それに、うちにはまだ美姫も康史もいるんだ。」
健史はそう言ってくれた。

そして、ほのかが嫁ぐ日が来た。
「お父様、今まで20年間どうもありがとうございました。」
三つ指を突いて頭を下げるほのかに、涙なのだろうか-辺りの景色がだんだんとぼやけていく
「お父様…」
-お義父様…お義父様…ー
僕はその声に目を開けた。その瞬間、僕は気付いた。
…ああ、全部…夢だったんだ-
僕は心配そうに僕を覗き込む秀一郎の嫁、未来さんの顔を見てそう思った。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

消えた理由-precious dream2

消えた理由


夜、僕と健史は久しぶりに共にグラスを傾けた。
「実はさぁ、夏海に子供ができたとき、俺は最初1人で消えるつもりだった。元々そのつもりで夏海に近づいたから。」
健史は当時のことをポツリポツリと語り始めた。
「どうして!」
それにしても、何で健史1人で消えなきゃならないんだ。僕はそう思った。
「そうすりゃ、お前たちは何の障害もなく結婚できるだろ?でも、出来なかった。俺、いつの間にか夏海に惚れちまってたからさ。」
その発言に僕はまた驚いた。なら、何のために…僕の中で考えも付かなかった選択肢を健史は照れながら続いて口にした。
「その…さ、俺がそれまで好きだった奴って、龍太郎…お前だし。」
「お前って…そんな、僕、男だよ。」
僕は引きつった顔でそう答えた。
「だからさぁ、いい加減そんなお坊ちゃま口調はやめろよ。ついつい押し倒したくなるからさ…」
健史は僕の顎を一撫でし、僕の耳元に息を吹きかけてねっとりと甘くそう囁いてから、
「…って、あの頃はそう思ってたよ。」
と言うと馬鹿笑いをした。さらに、
「あ~、おかしい!お前って思ったとおりのリアクションしてくれるから笑える~。」
と腹を抱えて笑っている。
「冗談だったの?!ひどいよ、それ。」
だから、僕は真っ赤になって怒った。すると健史は、まだ笑いの抜けないまま腹を抱えて、
「冗談なんかじゃねぇよ。本気じゃなきゃ、今更こんなこと言わないさ。」
と言った。
「本気…だったの?」
「ああ、大マジだったよ。」
健史は肯きながら真面目な顔になってそう返した。
「でなきゃ、俺の性格ではお前が言うからって『はい、そうですか』ってモノに出来ると思うか?
お前が好きで、お前のためにしてやりたいと思ったからなんだよ。子供さえいれば別れずに済むんなら…って。俺、男で良かったと思ったよ。女なら夏海と一緒で、逆立ちしてもこんな手伝いできっこないんだからな。バカだって言ってくれて良いぞ。」
そこまで言って、健史は軽くため息をついた。

「でもさぁ、夏海には俺がお前が好きであいつに近づいたって感づかれてるって気付いてさぁ。
けど、夏海はそんな俺を丸ごと受け止めてくれて、そんな俺に『愛してる』って言ってくれたんだ。俺、それにぐっときちゃって…気付いたらお前より夏海に惚れちまってて、お前に返すのが惜しくなってた。その時、健一が出来たのが分かった。」
僕はその言葉に黙って頷いた。
「計画してたときには思ってもなかったことなんだけど、実際子供ができたと分かったとき、俺の中で『夏海も子供も渡したくない』って気持ちが芽生えて、正直狼狽えたよ。でさぁ、夏海に正直にお前とのやり取りを話して、お前んとこに行けって言った。俺は、お前の方が大事だって言ってな。」
「そんなこと、言ったの?!それ、僕と変わんないじゃない。」
僕がいろんな娘と逢瀬を重ねていた事にして別れたのを咎めたのは当の健史じゃないかと思った。
「ああ、それ、夏海にも言われたよ。『もう、私の気持ちは考えてくれない訳?!あなたたちの都合でたらい回しなんてうんざりよ!』って怒鳴られた。『私はあなたの側に居たいの。迷惑ならあなたからは離れるけど、龍太郎のとこにも行ったりしないわ。ねぇ、そんなに私の事嫌い?』とまで言われちまって、その言葉に俺は夏海を離せなくなった。だから…ゴメンな。」
「そんなの…僕は自分から海を手離したんだもの。謝る必要なんて何もないよ。」
そうだ、謝らなきゃならないのは僕の方。僕がすぐに諦めたりしないで海と一緒になってれば…
「お前に合わせる顔もないしさ、俺にはほら、国籍の問題もあったから…あいつのお袋さんって、俺が現れるずっと前から『国籍の違う人と結婚はしないでくれ。』ってあいつに言ってたらしいんだ。そういう事もあって、俺たちは東京を離れて名古屋でずっと暮らしてたんだけど、民宿やりたいって話になって、ここに移住してきたのが2年半前。で、やっとここまで漕ぎ着けたって訳さ。」
「ホント、健史たちがいなくなったとき、海のご両親がYUUKIにまで怒鳴り込んできて、僕困ったんだからね。」
彼のその言葉に、僕は首を竦めてそう答えた。
「そうらしいな、聞いたよ。実は、夏海はお姉さんとはかなり前から連絡取っててさ、5年前に夏海の親父さんが脳梗塞で倒れて、『今日明日かも知れない』って知らされてもう、後先考えずに駆けつけてた。
てっきり怒鳴られると思ってた。お袋さんにも嫌みをたっぷり言われるだろうって…けど、弱々しい口調で、『よく生きててくれた。』って泣かれちまって。その上3人の孫見てものすごく喜んでくれたし。それまで麻痺してた右手が、3歳の康史の頭を撫でようとして思わず動いた。それをお袋さんが手放しで喜んでくれて…
俺、その場で土下座してた。『今更で申し訳ないけど、夏海さんをください。』って。
んで、国籍の事を話したら、『もともと、半分は日本人なんだな。そうだ、うちの籍に入れ。』って言ってくれて、一応お前には梁原健史で手紙を出したけど、俺ホントは帰化して倉本健史になってるんだ。その内、ずっとこっちで暮らして欲しいって何度も声かけてるんだけど、『田舎暮らしは性に合わないわ。』ってお袋さんにやんわりと断られてる。ま、今でこそましになったけど、夏海とお袋さんって、実の親子なのに反り合わないからなぁ。」
そう語り終えた健史の眼にはうっすらと涙が滲んでいた。

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genre : 小説・文学

20年目の手紙-precious dream1

20年目の手紙


「お父さまぁ、まだぁ?」
「ああ、アルプスの山並みが大きくなってきたからね、もうすぐ着くよ、ほのか。」
ずいぶん眠ったのに起きてもまだ着かないと不満を言うほのかに僕はそう答えた。
僕は家族を乗せてアルプスのふもとの村まで車を走らせている。

僕は一ヶ月ほど前、一通の手紙を会社で受け取った。

差出人は梁原健史、そしてその妻夏海。
手紙には彼の父親の故郷(とは言え、父子の名乗りをあげている訳ではないので、父親自身は彼がいることすら知らないらしいが)であるその場所で民宿を始めることができたので、是非来て欲しいとあった。僕の引越し先が分らないので会社に直接送ることを許して欲しいと…

気がつけばあれから20年あまりの月日が経とうとしていた。

海(夏海)と別れてから半年位が経った頃、突然健史が失踪した。行き先に心当たりもなく途方にくれていたところに、今度は僕の会社に海の両親が怒鳴り込んできた。娘が消えたと言って…
そう、彼らは駆け落ちしてしまったのだ。

僕が『健史なら海を渡しても構わない』なんて不用意な発言をしてしまったとき、『倉本は俺の許では幸せになんてなれない』と言っていた彼だが、彼女への想いには勝てなくなって、彼女にアプローチし、彼女もそれを受け入れた。頭ではそうは解ってはいるのだが、胸は切り裂かれるように痛んだ。

そう、あんな事を言ってしまった自分が悪いのだ。自業自得というやつだ。

そして、親友と元恋人をいっぺんに失った僕は、その6年後あの人(僕の父親)に勧められるままにお見合いをし、海によく似た女性-志穂と結婚した。あの人から勧められた相手なら、子供ができなかろうが妻たる志穂は周りに責められることはなかろう、それ位の気持ちだった。

しかし、結婚して1年半の後、志穂は妊娠しほのかを産んだ。
薬の後遺症が時間が経過して軽減したのか、はたまた体質が変化し、僕の生殖能力が人並みとはいかないまでもそれなりに機能し始めたのか、良い偶然が重なっただけなのか…何が原因なのかは分からなかったが、とにかく僕は父親になれた。

昔話に思いを馳せている間に、目指す民宿に到着した。僕の姿を見咎めると、健史は手を振ってから深々と頭を下げた。
「ようこそ、わが城へ。龍太郎、あの時は急に会社も辞めたりして、迷惑かけたな。」
健史は昔とちっとも変わらない、人懐こい笑顔で僕を迎え入れた。
「そんなの気にしないで、お招きありがとう。紹介するよ、妻の志穂。そして…娘のほのかだ。」
志穂が僕の後ろで頭を下げた。健史はほのかを見て驚いた表情を見せた。

-*-

「お荷物お持ちします。」
そのとき僕の右から声がして、トランクから降ろした僕の荷物を若い男性が持った。
「ありがとう。」
僕が顔を上げると、そこには健史そっくりの若い男性が僕の荷物を持っていた。
「紹介するよ、一番上の息子の健一。」
「健一です。〇〇大学の2回生です。今は、夏休みなんでこき使われに帰って来てます。」
そうやってはにかんで笑う顔も健史そっくりで、僕はしばらく返事できないで固まっていた。
「後で紹介するけど、この下に美姫(みき)って高校生の娘と、康史(やすふみ)っていう8歳の息子がいる。」
「そ、そう。」
それから、荷物を持って歩き出した健一君を一瞥した健史は僕に小声でこう言った。
「あいつができたのがさぁ、俺たちがばっくれた理由。」
そういうと、健史はそそくさと先に自分の城に入っていった。
それにつられるように僕たちも建物の中へと入っていった。

「わぁ、素敵…」
中に入った途端、思わず志穂が声をあげた。
木の質感を前面に押し出した内装、そして手作りの温もりの伝わる調度や飾り。僕は海とすごしていた頃の事を思い出して懐かしさでいっぱいになった。
ああそうだ、これはたぶん海の手作りだ。そしてたぶんこれは健史が自分で…そう考えてみると、こまねずみという言葉がしっくりくる海と、同じように働き者の健史に民宿という仕事はいかにもぴったりだったし、彼らが惹き合い沿うのがやはり必然だったのだろうという気がしてきた。

「龍太郎、今日は来てくれて本当にありがとう。」
そして、僕の前に現れたかつての恋人はもう既に泣いていた。
「夏海、いきなり泣きながら現れるなよ。康史が変な顔して見てるぞ。」
「そんなこと言ったって、もう2度と会えないって思ってたんだもん。」
茶化す健史に海は少女のように頬を膨らませてそう言った。
本当また会えるなんて僕も思わなかった。しかも、こんなに穏やかな表情でお互い会えるなんて想像すら出来なかった。
時に時間は残酷だけれども、時に優しい。

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genre : 小説・文学

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あのときの歌

23話の中で秀一郎(実は健史)が歌っていた鼻歌。
作中では書きませんでしたが、それはチャゲ&飛鳥の「SAY YES」なんです。

「101回目のプロポーズ」の主題歌としてリリースされたこの曲を、健史と夏海が結ばれた後、健史は何度も夏海の前で口ずさんでいます。歌詞も相まってつまり2人にとっては幸せな思い出の曲。
夏海は彼がこの曲を口ずさむたび「今は愛されてるって思っていいのよね。」と心で思っていました。

で、ここでも、夏海の耳のよさは如何なく?発揮され、何を歌っているのかさえ聞き取ってしまいます。

そして…状況から考えて、彼女と別れてからすぐに死を選んだであろう彼が、幸せに暮らしてる彼女を責めているように夏海には思えました。健史はただ、あれから時が止まっている訳ですし、大好きな人たちに再会して、大好きな歌を歌っているに過ぎないのですが。





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genre : 小説・文学

ヤナという男2

私は、かなり詳細な設定を最初から健史にしていました。

梁原健史という名前が、実は通称名で本名は梁 健史だというのは本編の時から決めてあり、私には珍しく難しい漢字を使用した(案外難読苗字はないはずです、香織の設楽くらいで)んです。

この「二つの祖国」の問題はコリアタウンに隣接する地で生まれ育った私には、大変身近な問題でした。それだけに生々しく、却っていままで書かずにきた問題でもありました。

そして、それは期せずして健史の本当の気持ちを龍太郎から押し隠す役目も担いました。

健史の母は日本人との子供を(しかもシングルで)産んだことで、生家からも離れたった一人で健史を大学生にまで育て上げます。そして、そのムリがたたって、早くに亡くなってしまいました。
それをつぶさに見てきた健史は、夏海を愛し始めたと自覚しても、それだからこそ龍太郎に返すことを選んだんです。自分と一緒になると言うことは、夏海の方がその両親と縁を切ることになると彼は考えたからです。

実際に子供がお腹にいるという状況で、夏海の両親は激怒はしたでしょうけど、最後には孫のために彼らのことを許したとは思うんです。
そして、時は移り21世紀を向かえ韓流ブームなども起こりました。もう少し生まれたのが遅ければ…と言うのもあるかもしれません。
ただ、健史の母、美子は誰にも言わずに1人で抱え込みました。つまり、ここでも「蛙の子は蛙」という訳なんです。

また、冷たい言葉を夏海に浴びせかけて、まんまと龍太郎の許に行かせることができたとしても、彼の性格ではそれを貫き通すことはできなかったでしょうし…で、1人で旅立って行く事を選びました。

それに、男性しか愛せないと思っていた彼が、屈折した目的からでも女性と愛し合い、子供まで持つことができた。さらにはその女性を愛することができた。
直接抱けなくても、自分の家族がいる。そしてその子が愛する人たちを助けてくれる。他の方々には理解できないかもしれませんが、それで彼は幸せだったんです。

戸籍上も結城家の正式な子供ですし、秀一郎は何も知らないまま一生を終えます。
知らないほうが幸せなことは、そっとしておきましょうよ。



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真夏にぴったりの作品になりましたでしょうか

my precious、略して?「マイプレ」やっと校了しました。某所でホラーは嫌いだと言った舌の根も乾かぬうちのプチホラーで…すいません。

本編をかっ飛ばしても、指輪の記憶の9話までお読みいただければ、別のお話としてたぶん大丈夫だろうとは思うんですが、健史君の基礎知識なしに読み進めるとかなり最後さむいかもしれません。

実は龍太郎と別れたときに、健史の許に走る編も考えたんですよね。(ふんっ、当時は康文くん書くのにるんるんだったくせに、年下好きの作者さんよぉ…と、健史が鼻で笑ってるけど)

だって、そのとき健史はまだ自分の性癖をカミングアウトしてなかったんですもん。カミングアウトされたのは、まさにあの「同窓会」の時。男子同窓生に言われた時の態度で、問い詰めると白状したと言う訳。

でも、そのときは「黒執事」健史君はひたすら龍ちゃんの幸せを祈って、日影の道を全うしていたのに…
「指輪の記憶」で少し表舞台に立つようになって、少しずつ本性が現われ始め、ある時、ある方のキャラクターに触発され一気に意識を乗っ取られました。
「俺の気持ちを龍太郎に伝えさせろ!」
と…あることないこと脅されました。
(ないことで脅したってビビらんでしょうが、心臓に毛が生えてるくせに-健史、もううるさいよ、君!)

で、生まれたのがこのmy preciousなんです。

ただ、親友の恋人を寝取るって話ですし、BLの彼がすんなりと夏海に乗り換えられるわけもなく…そういう葛藤なんかを健史語りでやるともろエロに突入しそうなんで、それは却下。私のよくある手法で一番事実から遠い人物に謎を解き明かすように語らせようと…という訳で、龍太郎語りを採用したわけなんです。

で、龍太郎はダイブしているし、ダイブだとすぐに死んだのがバレバレなんで、残る2人の傷になって2人が結婚できないって思って、失踪して知らないところで死ぬことに。
で、選んだのが氷漬けでした。冷凍保存?することによって、秀一郎が成人し、健史の宿木としての役目を負ってもらうこともできました。
そう…健史の性格では、自分の思いをしたためたものを用意したりとかそういうことはありえないでしょうからね。

ただ、またもやの死にキャラ、しかも結構ハードなアプローチをくれた健史くんへ。
あんたのおかげで6年ぶりに喘息出たんだからねっ!
ちょっと推敲甘いとこあるけど、台風きてたし、また出ると困るから、一旦終って気になったら加筆すっから、とりあえずこれで我慢しなさい。

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終章

-終章-


「まだ、こんなものを持っていたのね。」
海は僕が手の上で転がしている、指輪を見て笑った。
「これは僕が自分に正直になれなかった事の反省と、それからの戒めの為に持ってるんだ。」
「あなたは悔やんでるかもしれないけど、私は感謝しているわ。きっと…彼もね。だから、私が先に死んだらそれお棺に入れてね。」
僕の言葉に、海はそう言った。
「僕より君のほうが先に逝くなんてあり得ないよ。」
僕は笑ってそう返したのに…

秀一郎は、僕たちが結婚したのと同じ25歳で家庭教師で知り合った未来さんという女性と結婚し、双子を設けた。

そして、海は一刻も早く健史の許に行きたいと思ったのかもしれない。ほのかの花嫁姿を待っていたかのように、ほのかの結婚後すぐ、彼女は56歳という若さでガンで他界した。
僕は、彼女の希望通り、あの指輪を彼女の棺に入れた。
結局、若い頃大病をした僕だけが皮肉にも残されたと思いながら…

それから-僕は出来るだけ向こうで彼らが2人きりでいられるように、秀一郎の子供も孫も見て83歳まで命を永らえてから、彼らの許に旅立った。

                                     -Fin-

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ありがとう…

ありがとう…


「健史!」
僕はそう言いながら倒れた“彼”を揺すぶった。
「うーん…あれっ、ここどこ?ウチじゃないみたいだけど。父様、タケシって誰?」
そして、程なくして意識を取り戻したのは…息子の秀一郎だった。
「北アルプスの〇〇岳のふもと、覚えてない?」
海がそう聞くと、秀一郎はこくりと肯いた。
「突然休講になってさ、家に帰りついたとこまでは覚えてるんだけど、何かぞわっと寒い感じがして…それから記憶がないんだ。だけど、休講くらいで家に帰った事自体謎なんだよな。」
そうやって、自分の記憶の糸をたどりながら息子はしきりに首を傾げた。
「お前がここまで1人で運転してきたんだよ。私の知り合いの訃報だから、落ち込んで運転を間違えてもいけないからって言ってくれてさ。」
「げっ、それもマジで覚えてないよ。ヤバイ…僕どうしたんだろ。」
息子は首を振りながら僕の言葉に返した。

「ねぇ、龍太郎…何だか違う気がしない?」
「何が?」
「顔よ。」
海に言われて、僕は秀一郎の顔をもう一度まじまじと見た。全く違う顔になるはずもないのだが、あんなに似ていると思っていた健史そのままの顔ではない。少し海に似ている部分が強調されたと言うのか…結城家で育った環境の影響でおっとりとした面が表立った言うのか…印象が違っていたのだ。たった何時間かの間にである。

健史は本当に逝ってしまったのだと僕は悟った。
「ああ…確かに。」
「ねぇ、なに2人で僕の顔見てこそこそしゃべってんの?なんか感じ悪いよ。変だよ。記憶がない僕が一番変だけどさ…」
そして、1人でボケてつっこむ姿に、僕は涙が出た。隣を見ると海も泣いていた。

健史…君はやっぱりバカだよ。報われない愛のために命まで投げ出すなんて。
それに…僕の考えに間違いがなければ、最初そうやって海に近づいたものの、君は僕よりも海を愛してしまったんだろ?だから、その事の良心の呵責にも耐えかねて君は死を選んだ。
そして、今でも愛してると言おうとした海の言葉を、僕に気遣って最後まで口にさせようとはしなかった。

そんな気なんて遣わなくていい。海は君を…君だけを今でも愛している。
海が健史が最初僕が好きだったと気付いたように、僕も彼女が心の奥底の大切な部分に君をずっとしまいこんでいるのをちゃんと知っているのに。
なのに、君は独りで逝ってしまったし、彼女の言葉まで呑み込ませた。

僕は、もしもあの時君が彼女と2人で生きる選択をしたとしても、最初こそ落ち込んだかも知れないけれど、きっと時間がかかったとしても二人の幸せを心から応援する事が出来るように…なれたと思うよ。
だから、君はホントにバカだよ。そして、本当に大切な大切なものをたくさんくれた。my precious-君こそが僕の宝物。

僕はこれからも君の遺してくれたものを一生大切に抱きしめて生きていくから-

「やっぱ僕だけじゃなくて、父様たちも変だよ。何泣いてんのさ。」
泣いている僕たちに秀一郎は怪訝な顔を向けた。
「ホントにかわいいなと思ってさ。お前は私たちの宝物だよ。」
僕はそう言いながら、秀一郎を抱きしめた。海が横で頷いた。
「気持ち悪っ!それに、見てないから良いけどほのがこれ見たら怒るよ。頼むからここだけにしてくれる?それでなくても、父様はお兄ちゃまと私では対応が違うって、よく嫌味言われるんだから。」
「父親が息子を可愛がって何が悪い。」
僕は口を尖らす秀一郎の髪を乱暴にくしゃくしゃと撫でながら、そう言った。秀一郎の方も、口ではそう言いながら、何だか嬉しそうだった。

翌日荼毘に付された健史のお骨を秀一郎に持たせ、帰りは僕が運転し帰途に着いた。
「この方が居なかったら、お前は生まれてはいない。まさにお前の命の恩人なんだよ。」
僕はそう説明して、“健史”を実の息子の懐に抱かせて大切に大切に家まで運んだ。

-*-

次の日、僕はあの人から呼び出しを受けた。
「梁原が遺体で見つかったそうだな。お前が引き取ったと聞いたが…」
「ええ、事後承諾で申し訳ないですが。言おうとは思っておりました。」
「彼が…秀一郎の実の父親だからか。」
続いてあの人はストレートにそう言った。
「ご存知でしたか。」
僕は軽く驚いてそう返した。
「いや…だが、あれだけ似ていればな。私も何度か彼には会っているから。」
「父様、どこからお話したらよろしいでしょうか…」
それで、僕はこれまでの経緯をかいつまんで正直に(とは言え、健史が最初僕に気があったという事はさすがに伏せて、海の幸せを切に祈ってという事にしたのだが)あの人に話した。
「そんな事が…お前が梁原を密かに探していると知って、あやつがお前から彼女を奪って身ごもらせて逃げた事を憎んでいると思っていた。それにしては、彼そっくりの秀一郎を心から可愛がっているし…不思議には思っていたのだが。」
「僕にとっては、秀一郎は何にも変えがたい宝物ですよ。父様、僕の子供ではない跡取りはダメですか。」
本当のことが解ったあの人に、僕はそう尋ねた。
「戸籍上は間違いなく、お前の子供だろう。20年前に何があったかなんてことは、もうどうでもいいことじゃないか。それに、今時血のつながりを云々する時代でもあるまい。
秀一郎は、YUUKIを引っ張っていくだけの素質を持っている。案外、お前よりも向いてるかもしれんぞ。そんな逸材を、みすみす過去の事件でふいにするほど、私は経営者として甘くはないよ。
それにな、孫ってもんはじじいにとっては無条件にかわいいもんなんだよ。
龍太郎…お前本当にいい友達に会えたな。」
僕はその言葉に出そうになった涙をかろうじて堪えて、父様に深々と頭を下げた。
「父様、ありがとうございます。」

健史、ありがとう…君は、僕から父親へのわだかまりさえ消してくれたよ。

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my preious

my precious


倒れた秀一郎は警察署の仮眠所で横にさせてもらってそこに海をつけると、それから僕は1人で健史の身元引き受けの手続きをした。
「すいません、この事はくれぐれもマスコミには内密に…発見された場所が場所だし…」
「息子さんのためにですか。解りました。覚悟の自殺という感じで事件性はないようだったし、なら、事を荒立てる必要はないですからな。」
事件を公表しないように言った僕に、蓮谷刑事はそう返した。
「しかし、また…今まで息子さんには知らせずにいたのに、なぜ今回連れて来られたんですか。」
そして、彼はそう質問してきた。
「私たちが出発しようとすると戻ってきて、どうしても一緒に行くと聞かなかったんです。たぶん、彼らの血が引き合ったのだと思います。」
「そうですか、不思議なことがあるもんですな。」
僕の答えに蓮谷刑事はずれた眼鏡を直しながらそう言った。
「では、ご苦労様でした。」
彼はそう言って右手を挙げると、別の仕事をする為に僕から離れた。


それからその日、僕らは近くに宿を取った。意識を取り戻したものの、秀一郎はそれから一言も口を利かぬままだ。
「だから言ったんだ。旅行じゃないんだから、一緒に来ないほうが良いって。」
僕は俯いたままの息子にそう言った。
すると、秀一郎は俯いたままヒクヒクと乾いた笑いを発し始めた。
「秀一…郎?!」
「ふはは…笑わせるねぇ、本当にそんな事思ってんのかよ。俺がいたから、事がスムーズに運んだってそう思ってんじゃねぇのかよ。」
そして顔を上げた息子を見て僕たちは息を呑んだ。顔を上げた男は、もはや僕たちの愛する息子の顔ではなくなっていたのだ。
「健史…」
僕はその顔を見て思わず“彼”の名前を口にしていた。
「龍太郎、久しぶりって言うべきか。」
「健史?ホントに健史なの?!」
僕は“彼”の腕を掴んでそう言った。それを聞いて“彼”は鼻で笑った。
「ねぇ、何で君は海の許を去ったりしたの?愛して…いたんだろ。海と一緒にどうして生きなかったのさ。」
僕が続けてそう聞くと、“彼”は昔“彼”がそうしたように、首筋を掻きながらこう言った。
「ああ、愛していたさ。自分の命も投げ出せるほどにな。
それにしても龍太郎、お前不惑も超えたんだろうが…いい加減そのしゃべり方はねぇんじゃねぇか?ホント、イライラすんだよ。」
そして、“彼”はそう言うと、僕の胸ぐらを掴んだ。
「止めて!」
横にいた海が慌てて止めに入った。それを軽々と片手で払いのけると、“彼”はこう言った。
「そうさ、お前がそんなお坊ちゃまなカワイイ口調で話すたび、俺はイラついてたんだよ。
ふん、まだ解んねぇのかよ。そうだな、お前は最初から夏海…夏海しか見てなかったからな。他の奴がどうであろうと知った事じゃなかったんだよな。」
「健史!それ以上言っちゃ…!」
「言わなきゃ、こいつには解んねぇだろーが。」
“彼”は薄笑いを浮かべてそう言いながら僕の頬を撫でた。
「俺が、ホントは誰を愛してたかなんてよ。」
と言った“彼”はねっとりと僕を見つめた。

-*-

それじゃぁ、健史が本当に愛してる相手ってまさか…
「ようやく気付いたようだな、お坊ちゃんよぉ。」
「バカな…僕男だよ。」
「ああ、俺だって男だよ。それがどうかしたか。」
“彼”はそう言うと、僕の顎を手で引き上げ、僕よりは10cmあまり高い“彼”と見つめ合うように僕の顔の角度を変えたので、反射的に僕は“彼”から眼を反らした。
「そうそうその態度、生半可な女より色っぽいってぇの。」
“彼”は僕の態度を見て面白そうに笑いながらそう言った。
「からかわないでよ。」
「からかっちゃいねぇよ。」
そう言うと、“彼”は軽くため息をついた。
「もうどうしようもないくらい…お前の事が好きだった。だから、お前が夏海に惚れてるって分った時、俺はお前ごと夏海も一緒に愛せた。俺言ったろ、『俺はお前たちが一緒にいるところを見てるのが一番の幸せ』だって。あれは、本心だったんだよ。
なのに…なのにだ、お前らは別れた。普通にケンカして別れたんなら俺もお前らがその程度の関係だったのかと幻滅して…俺自身もすんなり前に進めたかも知れない。
けど、理由が子供が持てないからだなんて、前時代的な理由で…しかもお互いに心から愛し合っていて-黙ってみてらんないじゃないか、何とかしてやりたいって思うじゃないか。」
「健史…」
「一旦は怒鳴って電話を切ったものの、お前の『関わる役者が代わらなければ、時が昭和から平成になっても何も変わりはしない。』って言葉が耳から離れなかった。子供さえいれば問題は解決する-このときばかりは男に生まれたことを感謝したよ。女じゃ、夏海と立場は変わらない。」
それじゃぁ…それじゃぁ…
「そんな!最初から僕のために海に近づいたとでも言うの?!」
僕がそう言うと、“彼”は肯いた。それから海の方を向いて言った。
「けど、一つだけ解んない。最初は俺、強引だったし、お前にも龍太郎に振られた痛手があったろうから、俺と寝たんだろう。でも、すぐには子供はできなかったよな。夏海、お前は俺が本当は龍太郎が好きだと気付いていたんだろ。なのに、本当の事情を知らないお前がなんで俺の許を去らなかったのかって事が。」
そうだ、海が子供ができないから僕が別れを切り出したのだと知ったのは、もう結婚も間近になってからだったのに。
「私たち、同志でしょ。同じ龍太郎を愛した。」
海は“彼”の手を握り、“彼”をじっと見つめてそう言った。
「健史、あなたが私の中の龍太郎を愛したように、私もあなたの中にいる龍太郎を愛していたのよ。そして、あなたが龍太郎を思う深い気持ちを感じる度に、私はあなた自身を愛していったわ。」
「バ、バカな…俺がこいつを思う気持ちを愛したって…」
海のその言葉に“彼”が驚きの声を上げた。
「あなただって、龍太郎ごと私を愛してくれたんでしょ?なら、同じ事よ。ねぇ、それとも好きになるのに、理由が要るとでも言うの?」
海はそう返した。
「だからあなたが龍太郎と縁りを戻せと手紙を残して消えたとき、私は龍太郎に流されるように縋ったわ。私にはあなたのした事の意味があの時解らなかったけど、あなたが意味もなく私を遊んで捨てたなんて思いたくなかった。だから、あなたとのつながりも全部消したくなかった…消せなかったの。そのためには私は龍太郎と結婚するしかなかったのよ。私は…シングルマザーになれるほど強くはなかったもの。あなたへの愛がなければ、秀一郎は産んでない。
そして、あの衣装合わせの日に、龍太郎が本当のことを教えてくれて、私あなたの愛の深さに胸がいっぱいになった。この手で赤ちゃんを殺さなくて本当に良かったと思った。」
「はははは…バカな…お前が俺を愛してなきゃ、秀一郎は産んでないって?!俺のしたことが全部無駄になってたかもしれないだって?!お前が俺を愛してるだって?!」
“彼”は壊れてしまったかのように引きつり笑いを繰り返しながら涙を流していた。
「そうよ、私は今でも…」
そして、続きの言葉を言おうとした海の唇を“彼”は眼を閉じて首を振りながら人差し指で押さえた。
「あーあ、夏海ってばどこまでお人よしに出来てる。こんなの全部ウソで、俺が遂げられない思いを恨みに思って復讐したに決まってんじゃん。」
と言った。
「違うわ!あなたは私たちの幸せだけを本当に考えてくれてる!!だから私は今でも…」
それでも海は涙を流しながらそう返した。
「もういい…それ以上は言うな。もう解ったから…ありがとう、夏海。」
“彼”は何度も頷きながら、海にそれ以上言わせなかった。
「龍太郎、それから夏海…お前らは俺の最高のpreciousだよ。俺はお前らの役に立てて本当に良かったって思ってるよ。俺は、今すごく幸せだから…夏海、泣くなよもう…そして、もう忘れろ。」
“彼”はそう言って穏やかに微笑むと-崩れるように倒れていったのだった。

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融け出した万年雪

融け出した万年雪


海はその翌春、女の子-ほのかを産んだ。海は生まれてきた子が男でなかったことにとても安堵している様子だった。

そう、それくらい成長するにつれて秀一郎は健史に似てきた。
ただ、彼をよく知らない僕の一族の者たちにとっては、海の親戚によく似ていて自分のほうにはちっとも似ていないのだと思ったにすぎないだろうが。

当の秀一郎も、真実など露とも知らずに元気に明るく育っていった。

そして…僕たちが結婚して20年という月日が流れた。

「地球温暖化が叫ばれて久しいけどさ、ついに北アルプスの万年雪も一部融け出す事態になっているらしいよ。」
ある日の朝、新聞を見ながら僕は海にそう言った。
「そうだ、結婚20年の記念にアルプスにでも行こうか。結局新婚旅行にもいけなかったしね。」
「へぇ、どうして新婚旅行に行かなかったの?」
すると、横で急いで朝食をかき込んでいた秀一郎が食いついてきた。
「母様のお腹にお前がいたからだよ。」
だから、僕はにやっと笑ってそう言った。
「うわっ、父様と母様ってデキ婚?!真面目そうなのに…」
「あら、真面目だからそうなるのよ、お父様は適当に遊んだりなさらなかったわ。」
「それって、母様一筋って言いたいんでしょ。ホント、わが親ながら恥ずかしくなりますよ。」
大学生になった秀一郎はそんな生意気な口を利くようになっていた。
「でも、何でアルプス?そりゃ、アルプスなら景色も良さそうだけど…もっと近場でも良いんじゃない?」
「痛っ、母様痛いよ。」
秀一郎の言い草に海は彼の額にデコピンを与えながらそう言った。
「今のはお前が悪いよ。アルプスの事は…この記事をみたから、気分だよ。」
僕は口ではそう言ったけど、本当はそうではなかった。

そこは健史の父親の地盤、つまり彼のふるさととも言える土地だった。
あれから僕は密かに探偵を雇って何度か健史の消息を調べさせていたが、彼の行方はようとして知れない。
今年は結婚20年、つまり健史が失踪してからも同じ月日が経ったという事だ。
その節目に彼のルーツである土地を見てみたい。そう思ったのだ
もしかしたらそこで、彼に会えるかもしれない。
そしたら、彼に成人した息子を是非見せてやりたい。

しかし、数日後…僕は警察から1本の電話をもらう事になる。

-*-

「結城龍太郎さんですね。」
「はい、そうですが…」
「こちら県警の蓮谷と申しますが、溶け出してきた〇〇岳の万年雪の中からですね、遺体が出てきたんですよ。あなたに是非身元確認をお願いしたいと思いましてね。」
所轄署の刑事、蓮谷はねちっっこい声でそう言った。
「確かあなたですよね、20年前に梁原健史さんの捜索願を出しておられたのは。」
「は、はい…彼には身寄りがなかったものですから、職場の同僚として私が…」
「では、おいでいただけますか。」
「分りました。伺います。」
僕は電話を切ってからこぶしを握り締めながら大きくため息を吐いた。

健史が遺体で…
彼が既に死んでしまった事を聞いて、ビックリしている僕と、妙にその事を納得している僕がいた。
〇〇岳と言えば、ついこの間新聞で読んだあの山の事だ、やはり、健史は僕を呼んでいるのかも知れないと思った。
僕はそれから慌てて仕事の段取りをつけると、海に電話を入れた。

「海、健史が見つかったそうだよ。」
「ホントに?!どこで!」
健史が見つかったと言うと、海の声は跳ね上がった。
「僕がこの間言ってたアルプスの溶け出した万年雪の中で…遺体で見つかったそうだよ。僕が捜索願を出してるから、身元確認依頼の電話が今あったんだ。」
「そんな…ウソ…」
そして、事の詳細を伝えると、電話からでも呆然としている海の様子がこちらにまで伝わってきた。
「だから、これから身元確認に行って来るよ。だから、今日は帰れない。」
「ねぇ、私も連れてって!」
すると海も同行すると言い出した。
「君が行っても辛いだけだよ。あれから20年あまりも経っているんだし、変死だもの、どんな状態で見つかったかは聞いてはいないけど…」
20年の間に彼にも風貌の変化はあるだろうし、逆に、あれからすぐ健史が亡くなっているのだとしたら、身元が特定できるものが一緒にあったから連絡があっただけで、もう健史だとは分らない状態になっているはずだから。
「それでも良いの…私一目で良いから健史に会いたい。」
でも、一目でも彼に会いたいという気持ちも痛いほど解った。
「じゃぁ迎えに行くよ、待ってて。」
僕は海を連れて行くことにした。

-*-

僕は海を連れて行くために一旦自宅に戻った。彼女も僕が帰るまでに、急に出かけなければならなくなった事の置手紙を書き、子供たちの夕食の準備を済ませていた。
「ちょっと不安だけど、ほのかももう中学生だし、秀一郎がいるから大丈夫よね。行きましょう。」
海は、そう言いながら、バッグを手に取った。

しかし…いざ出ようとした刹那、突然の休講で秀一郎が帰宅してきたのだ。
「私たちこれから出かけるわ。今日は帰れないから、ほのかをお願いね。」
海は秀一郎にほのかを頼んで靴を履いた。
「今からどこへ行くの?」
「〇〇県警。僕たちがとっても世話になった方がアルプスの山で亡くなったって連絡があってね、身元確認に行くんだ。」
「今から〇〇まで?!僕も行くよ。」
「秀一郎!」
「車で行くんでしょ?母様は免許持ってないし、僕が一緒に行けば交代できるから。」
確かに1人で運転していくより、交代できるのは心強いが…彼の息子の秀一郎を連れて行くわけにはいかないと思った。
「ダメだ、観光旅行じゃないんだ。それにほのかが1人になる。家にいてくれ!」
「父様、何か必死だね。」
僕のただならぬ形相に秀一郎は笑って言った。だけど、そのニュアンスに僕は小さな違和感と寒気を感じた。微妙に息子にないものを感じたのだ。
そして、息子の顔をした男は、僕の背中を撫で、彼の母親に聞こえない様に耳元でそっと囁いた。
「それとも俺を連れてけない理由でもあるのか?ないよな。俺は当然、行くべきだろ。」
ぼくははっとして含み笑いをする彼を見ると、黙って頭を振った。

海は妙子さんにほのかを頼むと電話を入れた。それから僕たち3人は秀一郎の運転で目指すアルプスのふもとへと出発した。

-*-

後の席に無言で乗っている両親を尻目に、秀一郎は鼻歌交じりで高速を直走る。

しばらくすると、海が小刻みに震え始めた。
「どうしたの?寒い?」
僕がそう聞くと、海は黙って頭を振った。

そして、サービスエリアに着いた時、秀一郎は
「コーヒーでも買ってくるよ。」
と言って、車を降りた。海は彼が車から離れたのを見計らって僕に言った。
「ねぇ、あの子は一体誰?!」
と…
「決まってるじゃないか、息子の秀一郎だよ。」
僕の答える声も震えていたかもしれない。
「違うわ、今あの子が歌っていた歌って、あの子が生まれる前の…21年前のヒット曲だもの。」
流行の曲に疎い海が年代まで正確に言える歌、それは…
「あの歌、健史が大好きで繰り返し私に歌ってくれた歌なんだもの…ねぇ、あの子本当に私たちの秀一郎なの?!」
僕はそれに答える事ができなかった。

結局、僕は一度もハンドルを握ることなく、身元確認を依頼された所轄署にたどり着いた。
「結城さんですね、こちらです。ご案内しますよ。」
僕に電話をくれた刑事、蓮谷は秀一郎の顔を見て軽く驚いていた様子で、僕たちを健史が安置されている場所まで案内した。
「はっきりと特定はできませんが、あなたが捜索願を出された時とそう変わらない内に死亡されていたようです。」
蓮谷刑事はそう言いながら重い扉を開けた。

そこには、健史がおよそ20年あまり前の姿そのままで僕らを待っていてくれた。
「普通ならとうに白骨化していて、身元を特定できるものがなければ、判らないところだったんですが。氷漬けになっていた格好ですからね、亡くなられたそのままで発見されたって事です。」
彼がそう説明を加えた。
「健史!どうして…どうして20年も前に死んじゃってるのよ…」
海がその姿を見て、僕に縋りついて泣いた。
「確かに、私の友人の梁原健史に間違いありません。」
僕も必死に涙を堪えてそれだけを言った。

「ねぇ、何で?なんでこの人僕にそっくりなの?!ねぇ、父様、ねぇ答えて!ねぇ、母様、この人ただの友達なんでしょ?ねぇ、ねぇってば!!」
その時、後ろにいた秀一郎が突然叫び声を上げた。振り向くと彼は蒼白になって震えている。
「秀一郎!」
僕たちは同時に息子の名を呼んだ。しかし、秀一郎はその問いかけには答えず、口をパクパクさせると…魂が抜け落ちるように意識を失ったのだった。

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相応しい時

相応しい時


「となったら、是が非でも海にちゃんと食べてもらわなきゃね。でなきゃホントに今度は長期入院モノだよ。さあ、言って。何が食べたい?」
僕は病院を出るときワザと明るくそう言った。
「…じゃぁ、ケーキ、チョコレートケーキが食べたい。」
「ケーキ?!しかも、チョコレートケーキなの??」
だけど、海から返ってきた答えに僕は驚いた。海はお酒好きで甘いものは本当に苦手。酒好きの人のことを左党と言うひとがいるけれど、左利きの海にはぴったりだと思った事がある。そんな彼女がチョコレートケーキだなんて。
「何か無性に食べたいのよ。お願い、それなら食べられると思う。」
それで、僕たちは病院近くの喫茶店に入った。
「秀一郎にも買って帰って一緒に食べようと思っていたのに。」
海はそう言いながらも、おいしそうにそのチョコレートケーキを食べた。ちゃんとエコーでも確認したんだし、僕は彼女の妊娠を事実だと受け止めてはいるんだけど、このビックリするような食嗜好の変化で尚更深くそれを実感した。
「どうして隠すような事したの。君は妊娠してるって気付いてたんでしょ?だから、僕が一緒に病院に行くのも拒んで…」
僕は海の文句に答える代わりにそう言った。
「二人目だから…」
非難がましい僕の言い草に海は悲しい表情でそう答えた。
「ねぇ、ホントに僕の子供なの?」
「当たり前でしょ?!他に誰の子供だって言うの!」
だけど、僕がそう言うと、海はキッと睨んで怒った。
「じゃぁ何でそんな顔してるの。僕の子供なんて嬉しくないんだ、そうでしょ。」
「違うわよ、嬉しいわよ。飛び上がりたくなるくらいホントに嬉しいわよ!ただ…」
「ただ?」
「私、怖いの。龍太郎との子供が産まれたら、龍太郎が秀一郎を見る眼が変わるんじゃないかと思って…」
そんな涙をいっぱい溜めて言った海の言葉に、僕は胸を抉られた。
僕は海が健史の事を7年経っても忘れていなくて、僕の子供を妊娠したことが辛いのだと思っていた。
そう…僕はその事に戸惑っていた。こんな風に時間がかかっても子宝に恵まれた事で、健史のしてくれた事が全部無駄になってしまったような気がしたから。
僕があの時、一度手を離したりしなければ…健史は今も僕たちの側にいて、僕らを応援し続けてくれてこの日が迎えられたのではないかと思うと、ものすごく自分が責められて…その裏返しで僕は海についきつい事を言ってしまっていた。
しかし、海にとっては、どちらも自分の血を分けた子供だ。この子が産まれることで、秀一郎と僕との関係が変わってしまうことを彼女は怖れている。
僕は、そんな事にも気付いてあげられずに一方的に海を攻めようとしていた自分を恥ずかしく思った。

「ねぇ、海は僕が子供ができないんだとカミングアウトした時のことを覚えてる?」
僕がいきなりそう言うと、海は目を見開いて僕を見た。
「秀一郎はぼくにとって、my precious 僕の宝物だって言った事。それは今でも変わらないよ。ううん、むしろ今の方がずっと…生まれてくる子供が縦しんば男の子でも、結城の跡取りは秀一郎以外にはいないよ。本当に健史はどうしてこんなにかわいい子を置いてどこかに行けたんだろうかって不思議に思うよ。
ゴメンね、僕が一度手を離したばっかりに、海に余計な苦しい思いばかりさせるね。」
僕がそう言うと、海は静かに頭を振った。
「龍太郎…龍太郎も自分を責めたりしないで。ありがとう、そこまで言ってもらえるなんて…でもね、健史はきっとこの事を喜んでくれるはずよ。『そら見たことか、何にもお前らに障害なんてなかったろ。』って声まで聞こえる気がする。
私、思うの。あのまま龍太郎が本当のことをだれにも言わずに隠し続けたとして、私たちがずるずるとあのままの関係を続けたとしたら、そして今のタイミングでしか私達に子供が授からないんだとしたら…きっと私たちそれまで持たなかったって。大体、ウチのあのおかあさんが、この年まで私を誰とも結婚させないでいさせると思う?」
「海はお義母さんにはホントに手厳しいね。でも、あの時何も言わずにすんなり許してくれたのが却って気持ち悪かったんだけどね、僕も。」
僕は海の言葉に頷きながら答えた。
「だから、私たちにはこれが一番相応しい時だったのよ。たぶん、健史にとっても…」
海は涙を流しながら笑顔でそう言った。
「健史にとっても?」
「ううん、なんでもない。健史、今どこにいるのかしら。」
「ホントに。今どこで何をしてるんだろう。」
海は最後の言葉を濁した。彼女は何を言おうとしたんだろうか。僕はひどく気になったけれど、彼女の顔を見ていると、聞いても答えてはくれないだろうという事がなんとなくだけど分かって、僕はそれ以上詮索するのを止めた。

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海の病気

海の病気


病院に到着した海は受付で受診科目を「婦人科」と告げて問診表をもらった。
「婦人科」?!僕は今日、内科を受診させるつもりで来たのに…
昨日の態度と言い、彼女に何らかの自覚症状があったのは明白だった。
?かなり悪い結果も覚悟しなきゃならないな?
僕は神妙な面持ちで座っている海の横顔を見ながらそう思った。

「結城さん、結城夏海さん2番にお入りください。」
そんなアナウンスを受けて診察室に一人入った海。
しかし、程なく僕は中から出て来た看護師に、
「結城さんのご主人ですか?先生がお呼びなんで、お入りください。」
と、中に入るように促された。
僕は唾を呑み込むと、恐る恐る海の入った診察室の半自動の引き戸を開けた。
中には40代半ばと思われる男性医師が笑顔で座っていた。
「結城さん、奥さんがどうしても私からご主人に話して欲しいと言われましてね、おめでたです。最終月経から考えると、今10週というところですかね。」
僕は自分の耳を疑った。海が妊娠してるだって?!
「まさか…そんなまさか…」
「奇跡が起こったのよ。」
海が眼にいっぱい涙をためてそう言った。
その様子を見て医師はカルテを見ながら首をかしげた。
「奇跡って…奥さんは経産婦さんなんですよね。」
「あ、奇跡って2度は起こらないと思ったものですから。」
海が慌ててフォローした。
「子供の頃の病気の治療が原因で、精子の数が極端に少ないと言われたので…2人目の子を授かるなんて思ってなかったから…正直信じられない。」
僕もそれに続いてそう言った。
「そういうことですか。それで、病気は完治されているんでしょう?それに、前の妊娠から7年もたっている訳ですし、特に避妊などされてない状態なら、そんなに驚く事態でもないと思いますよ。」
僕の言葉に医師はそう返した。
「それにね、医者の私がこんな事を言ってるのが分かったら、叱られるかもしれませんがね、人間の身体って、結構心に左右されるものなんですよ。祈り続ければガンだって消えたり、位置が変わったりするんです。」
「えっ?!」
医師のその言葉に、僕たちは同時に驚きの声を上げた。
「実は私の妹は末期の肝臓癌だったんです。しかも手術では切除できないような位置にあった。妹はその時結婚四年目で2人目の子供を授かったばかり、まだ生後6ヶ月でした。
『この子達を残しては死ねない』って妹は、毎日毎日泣きながら祈り続けていました。
そしたら奇跡が起こったんです。がん細胞が消えるようなことはありませんでしたが、すぐに切除できる位置に移動していたんです。早速手術して、悪いところを全摘することができました。
今から、12年前の話です。」
「で、その妹さんは?」
「今も元気ですよ。この春は、そのまだ赤ん坊だった下の子のお受験に親子共々走り回れるくらいに。
お2人とも、もう1人欲しいと、心から願っておられたんでしょ?」
「ええ…ええ。」
海は頷きながらそう答えた。
「だったら何度だって奇跡は起こると、私はそう思いますよ。現にここにこうしてあなた方の新しい命がはっきりと映し出されている。」
そう言いながら、医師は海のお腹にエコーの端末をあてた。
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
泣きながら何度もお礼を言う僕に、
「おかしなご主人ですね、私は事実を言ったまでですよ。」
医師はそう言って笑った。

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海の不調

海の不調


仕事から帰ると、いつもは独楽鼠のように動く海が、その日はソファーで転寝をしていた。実はその日だけではなく、最近は転寝まではいかないまでも、ぼんやりとしている事が多い。
「海、風邪引くよ。」
「あ…うん。おかえりなさい、もうそんな時間?」
僕の呼びかけに、うみはだるそうに眼を開けてそう言った。
「お母ちゃま、お腹空いたよ。ご飯まだ?」
その時、リビングで遊んでいた秀一郎がそう言った。
「あれ、ご飯まだだったの?先に食べてればいいのに。」
「だって、お母ちゃま『食べようね。』って言いながら寝ちゃったんだもん。」
見ると食卓の上には3人分の夕食が乗っていた。やっぱりおかしい…
「じゃぁ、早く食べよう。」
「うん!」

そして、3人で夕食を囲んだ。
しかし、海は元々食のあるほうじゃなかったけれど、ますます細く…というかほとんど何も手をつけていなかった。
「海、ちゃんと食べてる?」
「う、うん…食べてるよ。」
「ウソばっかり、ちっとも食べてないじゃないか。」
僕はほとんど手付かずの彼女の皿を示しながらそう咎めた。
「食欲ないんだもの。後で野菜ジュースでも飲むから…」
僕の言葉に海はおずおずとそう言った。
-野菜ジュース-すんなりとそうした言葉がが出てくるという事は、彼女はそれまででも野菜ジュースで済ませてしまうことが往々にしてあるという事なのだと僕は思った。
「明日、病院に行く。」
意を決して僕はそう言った。
「えっ?龍太郎、どこか調子悪いの?」
僕がそう言うと、海は驚いてそう返した。
「違うよ、君を診てもらう。僕も一緒に行くよ。」
「私?私は…病気じゃないわよ。」
しかし、自分を診てもらうのだと言われて、海はそう返すと僕から眼を背けた。
「ダメ、最近いつもだるそうだし、ほとんど何も食べられないんでしょ?僕が気付いてないとでも思ってるの?」
「あ、うん…それでも龍太郎が仕事を休んでまで一緒に来てくれるようなことはないから、自分1人で行けるわ。」
海は何だか必死にそう答えた。それが、僕にはなおさら重大な病をひた只隠しにしているように思えて、語気を強めて言った。
「そんなこと言って、忙しいとか理由をつけて行かないつもりでしょ。普段ちゃんと仕事してるから、僕は1日くらい急に休んでも平気だから。もう、僕は決めたからね、明日は朝から君と病院に行く!分かった?」
「はい…」
反論したそうな眼をしたけど、有無を言わせないような僕の提案に、海は渋々首を縦に振った。

翌日、僕たちは秀一郎を送り出すと同時に家をでて、病院に向かった。

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新しい時代

新しい時代


そして海は夏、男の子を産んだ。名前は秀一郎とつけた。
みんながそのかわいい姿にメロメロになった。
中でも一番はおばあ様。あれほど苦々しく本当に渋々といった感じで僕たちの結婚を承諾したのは誰なのかと、僕が時々彼女がいない場所で毒づくほどおばあさまは曾孫に夢中だ。

海もそんなおばあ様を僕のようには邪険にはせず、頻繁に本家詣でをするし、その際にはかならずと言っていいほど料理好きな海は彼女の好みそうなものを自作して携えていく。

また、海は母様のところにも秀一郎を連れて行く。
母様はあの人が妙子さんを選んで結城の家に帰らなくなってから、趣味に生きる生活をしていた。
でも…心の中ではあの人を求めていた。それに誰も気付かなかった。傍目にはとても楽しそうに生活を送っているように見えたのだから。
そんな母様にあの人は何度か離婚を申し出たらしい。でも、母様は拒んだ。
「君は君の幸せを掴んで欲しい。」
あの人はそう言ったらしいけど…母様にとっては、幸せは“あの人”でしかなかったのかも知れない。
母様は徐々に壊れていった。何度ものリストカット、そして心はあの人と出会う前の少女の頃に…
今は1人、施設に暮らしている。
「お義母様ね、秀一郎を見るとすごく優しいお顔になるのよ。でもね、ちょっぴり辛いの。たぶん、お義母様には秀一郎の本当のことが分かってると思うのよ、だから…」

そんなできた嫁を誰も非難するものなどあろうはずはなく、子供ができないと分かった時に僕がした別れの決心など無駄な取り越し苦労だったのかも知れないと、そんな風にも思ったりもした。
でも、それは少し違うのかもしれない。秀一郎がいてくれたからこそ、秀一郎が健史の子供であったからこそ、僕も海も周囲に優しくなれたのかもしれない。

僕たちの宝物-秀一郎は、健史に似て優しく、明るく、そして賢く育っていった。

だけど結婚して7年…僕たちに予想もしなかった事態が起こった。

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本当のこと

本当のこと

衣装合わせを終えて、僕たちは新居へと向かった。

「ねぇ、こんなに全部買い換えなくても良かったんじゃない?台所用品なんかは、使い勝手のいいものもあるんだけど。
それにしても、普通はできるだけあるものを使おうとするわ。こういうとこ、お金持ちってついていけないのよね、なんだか不安。」
パソコン・オーディオなどの僕が趣味で買い集めたものは別として、家電製品や家具の類は全て新しいものを買って新居に配置させたし、掃除もクリーンサービスを手配し、結婚式直前に届く彼女の荷物の荷解きも業者に手配済みだ。本当は荷造りにも派遣させると言ったのだが、
「思い出をかみ締めながらゆっくり荷造りするのも良いものよ。」
と拒否された。小マメな海は本当はそうして人に介在されるのを嫌うのは知っているけれど、これ以上ばたばたと準備に追われ、また海の体調が悪くなりでもしたらと僕は不安で仕方ないのだ。
「使い勝手の良いものがあるんなら、僕に言ってよ。僕がここに運んでおくよ。不安だなんて言わないで欲しいな。僕の生まれた環境は僕にもどうしようもないんだから。」
だけど、そういう心配も彼女は嫌がることも解っているから、家のせいにして、僕はそう返した。

それから徐に僕はこう言った。
「僕、どうしても海に話して置かなきゃならない事があるんだ。」
今日、久米さんと僕たちが結婚する事になった経緯のことで話したとき、ようやく決心が着いた。やっぱりこの事は一緒になる前に話して置かなきゃいけない。
「何?そんなに改まって。」
海は僕の真面目くさった顔に吹き出しながら返した。
「ねぇ、海は…健史の本名を知ってる?」
そして、僕は彼女にこう尋ねた。
「ホント何よ?!健史に梁原健史以外の名前でもあるって言うの?」
そう言うと海は大笑いした。だけど、
「それは通称名だよ。梁原健史は通称名、本名は梁 健史(Yan-Kenzi)。彼は在日外国人だってこと、知ってた?」
僕の続く発言を聞くと、海の顔は一瞬にして青ざめた。

-*-

「彼は三世だし、もっと正確に言うと父親は日本人だから、本当は国籍の問題は無いはずなんだけどね。彼の母親は父親に内緒で彼を生んで育てたらしいから、彼の国籍は母親のものと同じなんだよ。」
「どうして…」
「彼の父親が代々高名な政治家の家系だったからだよ。父親は長男ではなかったし、その当時は政治の世界に興味もなかったらしいから。彼らはお互いを知る前に恋に堕ちた。
母親は一般人ならともかく、政治家の一族の妻に外国籍の自分がなれる訳がないと、何も言わずに父親の前から姿を消したらしいよ。だから、父親はたぶん、彼女が外国籍であることも、健史という存在も知らない。
案の定、その後父親は政界に打って出たから、彼女のその選択は間違ってなかったと思うけど。名前を聞けば知ってるんじゃないかな。国会議員の諏訪正治(まさはる)。」
僕は僕が知っているだけの健史の出生の秘密を海に告げた。
「えっ、あの諏訪正治…」
有名な政治家の名前に彼女は軽く声を上げた。
「でも、僕が本当に言いたいのは、健史の秘密なんかじゃないんだ。それは、僕自身のこと…
驚かないで聞いてくれる?僕には…子供をつくる能力がないんだ。医者に僕の精子の数は、普通成人男子の10%あるかないかだと宣告された。実はあんなふうに女性を自分の部屋に上げたのも、海が来たあの日-あの時一回こっきりだったんだ。あの日はまさにその宣告を受けた日でね、もう何もかもどうでも良くなっていたんだ。」
海は驚いてしまって、もう声も出ないような状態だった。安定期に入っているとは言え、まだこの話はすべきではなかったのかもしれない。だけど、今話さないと僕は一生話せないと思った。
「でね、僕…別れるって健史に電話したんだ。そのときに正直に彼にだけはその事を話した。彼が君を好きな事がわかってたから、同じ誰かに取られるのならいっそのこと健史が良いって、そう言った。そしたら、『俺と一緒じゃ倉本は絶対に幸せになれない!』って怒鳴ったんだ。」
聞いている海の眼に涙があふれてくるのが判った。
「なのに、あの日-健史がいなくなったあの日に彼の部屋の前で海を見たときはホントに胸がつぶれそうになったよ。あんな事言った癖にやっぱりって…って。だから…」
そこで僕の声も不覚にも涙で途切れた。
「だから…海を頼むという手紙を読んだ時、もし健史が戻ってきたらどうするかなんて思わずにもう、がむしゃらに自分のものにしようとしてた。君の意志なんか全く無視して、いきなりご両親に結婚させてくださいだなんて言って、さっさと僕の方でも承諾を取り付けて…もう彼が思い直して戻ってきたって絶対に君を返したりしてやらないんだって…」
そして、僕は首を垂れて言った。
「ゴメン、たぶん海は健史を待っていたと思うけど、僕は心のどこかでどうか二度と現れてくれるなと思ってた。僕はどんなに今から頼まれたって、君も子供も返却なんかしないって…」
「ありがとう…」
すると、海は僕にお礼を言ったので、僕は驚いて顔を上げた。
「ありがとう、龍太郎、正直に言ってくれて。私、やっと解った…健史の本当の気持ちが。私…私…本当に嬉しい。」
「どうしてお礼なんて…僕があんな事さえ言わなければ、僕と別れた後、君たちは自然に結ばれて…彼は拘っていたみたいだけど、国籍の問題だって子供ができたと分かれば乗り切れたんじゃないの?」
「ううん、そんなんじゃないの…龍太郎は解らなくて良いの。私は健史の本当の気持ちが解ったから。本当に愛してるってわかったから…それで、充分。龍太郎も、健史との子供だって分かっててそれでも結婚して欲しいって言ってくれた訳が分かったから。」
海は涙を流しながら、何度も頷きそう言った。
「健史が僕たちのことを my precious-僕の宝物って言ってくれたように、僕にとってもこの子はかけがえのない宝物なんだよ。」
そして、僕は海をそっと抱きしめて言った。
「3人で世界一幸せになろうよ。」

-*-

でも、僕にまだ1つだけ気になることが残った。
「ねぇ、それならさっき、どうして健史の国籍の事をいた時、顔色を変えたの?」
僕はそれを率直に尋ねた。
「私はそんなの何とも思ってないの。でも、親たちはね…ぎりぎり戦争を体験している世代だもの、そういう軋轢もいっぱい見てきたのよ。常々、『二つの祖国を持つのは不幸だから。』ってはっきり言われてたわ。私、健史がそうだとも知らなかったし、彼にはそんな話一度もしたことはなかったんだけど…でも、感づいちゃったのか、それともお母さんが何か言ったのかなとか…そう考えたら悲しかったの。」
「そう。」
「もう今は平成なのにね。」
海はぽつりとそう言った。
「そうだね…だけど、僕も健史に言ったんだ。『関わる役者が代わらないと時が昭和から平成になろうが何も変わらないんだって。』そうずっと思ってた。」
海ははっとしたように僕を見つめた。
「でも、いつの間にか時は経つよ。そして時代は平成に…僕たちの時代になっていく。これからは変わるよ。ううん、僕たちが変えよう。」

僕の告白を海が本当のところどういう風に受け止めてくれたのかは正直分からない。でも、何だか、それからの海は全てを吹っ切ったように僕には思えた。

そして、彼女は妊娠6ヶ月の終わりの頃、僕の許に花嫁としてやってきてくれた。

当日はかつての友人が挙って祝ってくれた。当然その中には健史の姿はなかった。

ありがとう君がいたから今日の日が迎えられた。
君にとっては世界の滅亡の日なのかもしれないけれど。
どこで何をしているの、今。
せめて一言お礼が言いたい。
僕は誰にも聞こえないように、そっとその言葉を舌に乗せた。

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僕の…天使

僕の…天使


「ウフフフ…龍太郎様、惚れ直しました?口が半開きになってますよ。」
純白のウエディングドレスを纏って僕の前に現れた海を見ていた僕を見て、久米さんはそう言って笑った。ふわふわとしたレースのフリルに包まれた彼女はまるで天使のようだった。
「あ…」
僕は慌てて口を閉じると、海から目線を外した。
「龍太郎、ちょっと…子供っぽいよね。」
海はそう言うとはにかんで笑った。
「ううん、そんな事ないよ。とっても素敵だよ。」
僕は彼女にそう言って微笑み返した。
「スイマセン、夏海様はもっとすっきりしたシャープなデザインがお好みだって解ってるんですけど、こういうデザインのほうがお腹が目立たないんですよね。
にしても、夏海様って天然の縦ロールをお持ちだし、まるでお姫様みたいなんですもん。で、ついついコーディネートの方も甘めのテイストにしちゃいがちなのかもしれませんです。」
久米さんがドレスの細部のチェックをしながらそう言った。
「この格好、本当に素敵だよ。まるで天使みたいだ。何となく誰にも見せたくないなって思ったよ。」
それを受けて僕も見たままを言っただけだった。
「うわぁ、ご馳走様です。もう、当てられちゃうな。そっか、龍太郎様って実はやきもち焼きですもんね。」
しかし、久米さんにやきもち焼きだなんて言われて驚いた。
「だって、夏海様に子供ができたことをケンカしていた龍太郎様に素直に言えなくて、梁原さんでしたっけ…に相談してたのを誤解して怒鳴っちゃったくらいなんでしょ?聞きましたよぉ、龍太郎様のプロポーズまでのけ・い・い。」
ヤキモチ焼きだと言われて驚いた顔をした僕に、久米さんはウインクをして答えた。
「私も君なしの人生なんかあり得ないて言われてみたいですよ。」
「海、そんな事まで言っちゃったの?」
それを聞いて僕は苦笑した。ただ、女性は結婚までの経緯を根掘り葉掘り聞かれる事は多いから、海はあの日、僕が言ったことを逐一しっかり覚えていて、辻褄の合う話に組み立てて回りに言わせられているに過ぎないのだろう。
「ごめんね。」
「良いよ、ウソじゃないんだし。」
そして、その僕を気遣う仕草も、それに対する僕の受け答えも、結婚を間近に控えているというフィルターにかかれば、とんでもなく甘い惚気話にすり替わる。
「はぁ…私、ホントにお邪魔ですね。でも、何か聞きましたけど、梁原さんって人行方不明なんですってね。」
「ええ…」
しかし、僕が久米さんがそう言った時の海のなんとも言えない悲しい表情を見逃さなかった。
彼女は…
そして、どんな気持ちでこの馴れ初め話をしたのだろうか。

「龍太郎まで、あんな事言うんだもの。私になんかホントは白を着る資格もないのに。堕天使にさえなれないわ、絶対に。」
久米さんが席を外した時、海はぽつりと僕にそう言った。

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準備

準備


月曜日、僕は尚行方の分からない健史の捜索願を友人としてまた会社の同僚として提出した。
大学3年の時に母親を失った健史には表向き身寄りはなかった。しかし、彼の父は生きている。生きてはいるのだが、彼の母は父親に彼が生まれた事すら知らせてはいないらしい。

しかし、存在自体が掻き消えてしまったような彼のことに、一生懸命になれる時間は僕たちにはなかった。
海は少し悪阻もあったが、退職にむけ、仕事をセーブしてもらいながら後輩の女の子に引継ぎを始めた。
「彼女、依存傾向の強い子なのよ。何かいつまでも居て欲しいって顔をされるのよね、毎日。」
と、それをまんざら嫌がってもいない様子で話す。海も内心名残惜しいのだろう。

そこに結婚式の準備が入る。大体は石動さんと久米さんというブライダルコーディネーターの女性が段取りを進めてくれてはいるが、海の親戚、・会社の関係者、お互いの高校・大学の友人などの招待客のリストアップは僕たちでないとできない。

また、式だけではなく、その後の新居、新居に運ぶ荷物など…準備は挙げればきりがない。それを海の身体の状態が一番いいであろう6ヶ月の半ば過ぎまでに全部やりあげようというのだから。

ただでさえ、結婚というものは煩雑だ。でも、その煩雑さをかっ飛ばす事を軽んじるものがいるのも今回なんとなく解る気がした。軽い気持ちで結び合えば、軽い気持ちで別れるのではないかと考えるのだろう。
しかし、どんなに豪華な、それこそ〇億円の結婚式を挙げた芸能人があっという間にあっさりと別れることだって良くある事だとは思うんだけれど…
それこそ、『自分の結婚式こそ自分のものではない』と、あの人が言う通りなのかもしれない。癪に障るし、あの人の意見になんか同調したつもりなんじゃないけどね。

そんなこんなで、僕たちはこの日、衣装合わせを迎えた。

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謝罪

謝罪


「妙子さん、わざわざすいません。」
日曜日の朝、僕は妙子さんを迎えにあの人の家に行った。
「龍太郎さん、今日だけはそれ、お止めください。あちらは私どもの事情はご存知ないのでしょう?」
いつもどおり、彼女を呼んだ僕は、彼女に笑ってそう窘められた。
「あ、海…彼女にはとうに話してありますよ。でもご両親には何も。でも、妙、いやお義母様もその言葉遣いは変ですよ。息子の僕に敬語だなんて。」
「お互い様って事かしらね。でも、私にできますかしら。」
「できなくてもやっていただかないと困るんです。」
「そうですね、それで龍太郎さんの一生が変わってしまうかもしれませんものね。じゃぁ、本当に私頑張らないと…じゃぁ、龍太郎さん、案内してくだ…くれますか?」
妙子さんは、はにかみながらそう言うと僕の背中を押した。

そして、妙子さんは本当に一生懸命僕のために海の両親にとりなして謝罪し、僕たちの結婚を進めようと頑張ってくれた。それで、僕ではどうにもできなかった彼女のお父さんの態度が軟化した。
「いいえ、ウチは娘が幸せになってくれる、それだけで良いんですよ。子供ができたからと言って、いきなりお宅のようなところに嫁にやるのは不安だと思われませんか。」
「ごもっともです。でも、わたくしも同じ立場ですので、でき得る限りお嬢様が辛い立場に立たないようにさせていただきますわ。」
「そこまで言っていただけるのなら…」
「ね、龍太郎さん、あなたも夏海さんを守らなきゃならないんですよ。お義父様によくお願いして。」
妙子さんはそう言うと僕の頭を押さえつけて下げさせた。彼女の手の温もりが僕の頭から心に伝わってきて、鼻の奥が痛むのを感じた。

その時、僕は心の中でこんな事を思っていた。
-母様ごめんなさい、僕は一瞬だけど僕が妙子さんの本当の子供だったら良かったのにと思ってしまいました。
母様だって、あの人が妙子さんを選ばなければ、僕の側にいて僕のために同じことをしてくれたでしょうに…-

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