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プロポーズ

プロポーズ


僕はこうして、海との結婚の承諾を全てとりつけた。

でも…本当にこれで良かったのだろうか。全ての承諾を取り付けた後になって、僕はひどく不安になった。
もし、ここで健史が思い直して戻ってきたら、どうすれば良いのだろう。
それに、海は僕と本当に縁りを戻したいと思っているのだろうか。あの状況下ではそんな事も確認できなかった。結局僕は、これ幸いにと僕の気持ちをごり押ししたに過ぎないのではないか、そう思った。

夕方、海が確実に帰っている時間を待ちわびて僕は彼女に電話を入れた。
「結城君、昨日はどうも。考えてみたら、倒れた夏海ちゃんを病院に運んでくれたのに、お礼を言ってなかったわね。ありがとう。」
「いえ、僕の責任ですから。お礼なんてとんでもないです。夏海さんは?」
「今、部屋にいるわ。電話、夏海ちゃんのところに持って行くから。」
海のお母さんの態度もそれまでとは明らかに違っていた。

「海、身体はどう?」
「うん、大丈夫。もう何ともないから。」
後から考えると、電話だから僕がそうしたって意味はないのに、僕は自然に声を潜めていた。
「ねぇ、お義母さん、側にいるの?」
「ううん、もう行ったよ。」
それに連られてか、海の声も小さくなる。
「明日、ご両親は?」
「日曜だから、家に居ると思うけど。それがどうしたの?」
いきなり彼女の両親の所在を聞いた僕に海は怪訝な声で返した。
「あの人に話したんだ、今日。こんな事態だから入籍だけでもってね。そしたら、即座にちゃんと式を挙げろと言われてさ、それで、明日妙子さん…あの人のパートナーなんだけど、その人と正式な挨拶に行きたいと思うんだ。それで、そっちの都合を聞いて欲しいと思って。」
「多分大丈夫だけど…ホントに明日?」
海は軽く驚いている様子だった。こんな事態だからって事は解ってはいるけど、僕も彼女もここまで早く事が進展するとは思っていなかった。

そして僕は、一番不安に思っていた事を口にした。
「でさぁ、僕…あんなこと言って良かったのかな。海の意志なんてまるで無視して結婚話進めちゃったけど…」
「ううん、嬉しかったよ。」
僕は海の返事にひとまずホッとした。
「でも、健史が戻ってきたら、僕はどうすればいいのかな。」
「たぶん、彼はもう私の所には戻って来ないわ。龍太郎は彼がもう戻ってくるなんて思ってないんでしょ?だから結婚しようって言ってくれたんでしょ。でないとこの子がって…ありがとう。ウチはたぶん、そういうの許してくれないと思うから…」
一応お義母さんは側にはもういないらしいが、海は声が洩れる事を心配してか健史の名前は出さなかった。シングルマザーにはなれないと言いたかったのだろう。海本人が希望したとしても、決して許されないと。
「だから、本当に嬉しかった。でも、龍太郎のほうはそれで良いの?」
僕の子供でもない子を宿した君を、すんなり受け入れる僕の事が海には理解できないのだろう。本当の事情を言えば良いのだろうけれど、昨日の事を考えると僕はまだ言うのは怖かった。本当のことを知ってしまったら、彼女は僕のことを憎むかもしれないと思ったからだ。だから僕はこう返した。
「病院で言った事は全部僕の本心だよ。海を失って初めて僕がどんなに海を愛していたのか痛切に解った。子供が僕の子じゃないなんてそんなの問題じゃないんだ。僕は君と一緒にいたい。この子が居てくれてこんなにとんとん拍子に話が進むんだもの、むしろ感謝してるよ。
それでね、全部お膳立てしてしまった後に言うのはすごくアンフェアだとは思うんだけど、海…僕と結婚してくれますか?」
電話の向こうで海が泣いているのが判った。
「こんな私で良いの?…」
「君じゃないとダメなんだ。」
「はい…こんな私で良かったら、喜んで…」
海はそう返事してくれた。
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theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

誰がための…

誰がための…

多少辻褄の合わない事を言ったかもしれない。それでも、これで前に進みだした。後は僕の方…

僕は翌日、土曜の朝一番にあの人-僕の父親である人-の所に出かけた。
「龍太郎さん、おはようございます。」
ダイニングの椅子に座ってくつろいでいたあの人の愛人(とは言え、母様と別居している今となっては、彼女のほうが対外的には妻と言ったほうが正解なのかもしれないけれど)妙子さんが慌てて立ちあがって挨拶をした。僕はそれに対して手を挙げて応えた。
「龍太郎、こんな朝早くに珍しいな、雨でも降らなきゃいいが。」
あの人も上機嫌で入ってきた僕に声をかける。
「僕もそう思いますよ。でも、今日はどうしてもお会いしなきゃならなかったものですから。父様、折り入ってお話があります。」
僕が彼のことをそんな風に呼んだのはもう何年ぶりだろうか。
「何だ?ますます珍しいな。」
「僕、結婚しようと思ってます。昨日、あちらのご両親にもお会いして、承諾も戴いて参りました。」
「あら、それはおめでとうございます!」
僕の言葉に驚いて先に反応したのは妙子さんの方だった。彼女は顔を綻ばせて僕にお祝いの言葉をくれた。
一方、あの人は眉をピクリと動かした後、しばらくして言った。
「それは、彼女か。」
「あら、あなた御存知なんですか?」
「ええ、僕には海以外の女性なんて考えられないですからね。」
僕はあの人が海を知っていると聞いて驚いている妙子さんを一瞥してそう言った。
「で、できるだけ早く籍だけでも入れたいと思ってます。」
「それは何か-そういうことか。で、顔まで腫らしてもらってきたとでも言うのか。」
「そうです。流石に察しが良いですね。彼女は僕の子を妊娠してます。」
そして、僕はあの人がぼかして言った海の妊娠をあからさまに口に出して言ってやった。
「認めない。」
「は?!」
「すぐに入籍だなどと、私は認めないと言ってるんだ。」
「あなた!」
すると、あの人は表情一つ変えず、僕にそう言い放ったのだった。

-*-

僕は海のとの結婚を認めないと言ったあの人を睨んで仁王立ちになった。それを見てあの人はにやりと笑った。
「ほぉ、怒りに任せて声高に自分の意見を主張したり、逃げなくなったか。それはいい心がけだ。お前も人の親になって、少しは成長したという事だな。
私は入籍だけの結婚を認めんと言っただけだ。」
「どういう事ですか。」
僕は、どうやら彼があからさまに反対しているのではないと分かって逆に戸惑った。
「世間にはそうした紙切れだけの結婚を軽んじる奴もいるという事だ。
お前にはYUUKIを背負って立ってもらわねばならん。そのお前の結婚を軽く見られるようなことはしてもらいたくはないのだ。で、彼女は今、何ヶ月になる?」
「3ヶ月の終わりだと聞きました。」
「もうすぐ安定期に入るな。ぐずぐずしてはいられない。とは言え、私には時間が取れない。早急にコレと正式に挨拶に行ってきなさい。」
「は、はい、分かりました。」
「結婚式の方はすべてYUUKIが取り仕切るからと。そちらは身一つで来てくれればいいと、分かったな。それから、結婚式の準備は秘書の石動にやらせる。」
そう言うと、あの人は妙子さんに早速その石動さんに電話をかけるために子機を取るように命じた。
「父様?!」
反対しているのかと思いきや、いきなり結婚式の段取りを勝手に始めたあの人に、僕は最初あっけに取られていたのだけれど、次第にそれが腹立たしく思えてきた。結婚するのは僕と海であって、結城家と倉本家でもましてやYUUKIの会社でもない。
「何だその顔は。自分の結婚式だとでも言いたそうだな。しかしな、大体どんな結婚式でも自分のための自分の結婚式などありはしない。自分の結婚式なんてもんは、周りの為のもんだ。」
そんな僕の表情を読んだのか、あの人はそうも付け加えた。
「それから、事後報告では後が五月蝿い。おばあ様と雛子姉さまにもお前から話しておけ。」
「分かってます、おばあ様には今からこの足で参ります。」
僕は頷いてそう答えた。

「じゃぁ、そんな訳で、これからおばあ様のところに行って来ます。
それから、昨日は彼女、体調があまり良くなかったみたいなんで、今晩電話してできれば明日か、それ以降という事で向こうには連絡を入れますが、一緒に行ってもらえますか。」
流石に昨日入院して、今日家に戻ってくるとも言えず、僕は帰り際妙子さんにそう言って、彼女の協力を求めた。
「龍太郎さん、私なんかでよろしいんですか?」
妙子さんは遠慮がちにそう返した。
「ええ、母様に頼めない以上、あなただけが頼りです。是非お願いします。」
僕はそう言って、彼女に頭を下げた。
あの人が言うように、子供の父親になるという事は、ずいぶんと人を変えるものだと思った。この僕が昨日の夜からどれほど頭を下げているのだろうと思うと、ひどく不思議な気すらした。

-*-

僕はあの人の家を出た後、今度はおばあ様のところに行った。
「まぁそんなふしだらな。だから、わたくしは最初から反対だったんですわ。大体、わたくしはあんな高校に通う事自体反対だったのですよ。」
予想通りというべきか、彼女はそう言って眉を顰めながらいつもの主張を展開し始めた。
「おばあ様、海はおばあ様が思ってらっしゃるほど、結城の家にそぐわない娘じゃないですよ。それは、きっとおいおいお分かりになると思いますが。それに、子供のことは僕の意思です。」
僕はそんなおばあ様に、いつもとは違って極めて低姿勢で、しかし怯むことなく返した。
「あの方だって断ることもできますでしょ。」
おばあ様はあくまでも彼女が僕を誘惑したのだと思いたいらしい。
「そうですか?男の僕が本気を出したら、女の彼女の抵抗なんて無意味でしたよ。」
だから、僕はさらっと笑顔で僕が無理強いしたように言ってやった。本当はそんな事はなく自然に合意の上でだったのだが、この一言の効果は絶大だったようで、おばあ様はガクッと肩を落として一気にトーンダウンした。

「で、総一郎はなんと言ってるんですか。」
それで、おばあ様は今度はあの人を拠り所にしようと思ったようだった。
「賛成してくれてるかどうかは僕にも判りませんけれど、結婚式はYUUKIとして盛大にやってくださるらしいですよ。妙子さんと僕とで早速明日にでも挨拶に行けといわれたし、結婚式の手配も石動さんにお願いしてましたしね。いいビジネスチャンスの一つとでもお思いなんじゃないですか。」
「そ…そう。総一郎が反対じゃないのなら、わたくしにも異論はないですわ。子供も生まれてくるのでしたら、仕方ありませんわ。」
更に、あの人が反対せず結婚式の準備を始めたと聞いて、おばあ様は僕らの結婚を渋々承諾した。

その後、マンションに戻って、僕はあの人の姉、僕の伯母に当たる雛子伯母様に電話を入れた。手身近に結婚する事、海の妊娠などを告げる。
そんなに反対する人ではないのだが、この人を蚊帳の外にすると、後々拗ねてしまって海が苛められる原因になりかねないからだ。母親であるおばあ様の受けが良くない以上、そういったマイナスファクターはできるだけ避けなければならない。でないと、何かの時に女2人でどんどんと嫁の悪口に発展しかねない。あの人もそれが分かっているから連絡しておけと言っていたと容易に推測できる。
ただ、あの人の場合は、自業自得という部分も否めないと僕は思うのだが…

「それはおめでとう。」
彼女にそうお祝いの言葉を言われて電話を切った後、僕は一気に疲れが出たほどだった。
僕は大きくため息を吐いた後、子機を放り投げてベッドに身体を投げ出した。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

僕の…子供

僕の…子供


僕は救急車を呼んで、海を病院に運んだ。

「先生、海は…彼女は大丈夫なんですか?」
「症状から考えるとどうも、パニック状態からくる過呼吸だろう。大丈夫、すぐ落ち着くから。」
医師はおろおろとそう訪ねる僕に向かって優しくそう答えた。しかし、
「子供は?子供は大丈夫なんでしょうか?」
と続けて僕が尋ねると、
「えっ?彼女妊娠してるの?分かった。」
そう言ってまた彼女を診た。
「赤ちゃんの方も大丈夫みたいだね。」
「良かった…」
僕はそれを聞いて心底ホッとしてその場に座り込みそうになった。
「お父さんまで倒れたらどうするの、赤ちゃんが戸惑うよ。」
その様子を見ていた医師は、笑いながらそう言って僕の肩を叩いた。
そうだ…僕はこれからこの子の“父親”に…ならなきゃならないんだ。

海は念のために一晩だけ入院する事になり、病室に移された。
目覚めた海に僕は、
「心配しないで、赤ちゃんは大丈夫だよ。」
とだけ告げた。

やがて、病室に海の両親が到着した。
「ご無沙汰してます。」
僕は、そう言って彼らに深々と頭を下げた。
「結城君?あなた、夏海とは別れたんじゃなかったの?」
彼女のお母さんはそう言って僕を睨んだ。だからと言って、今の僕はそんなことで怯むわけにはいかなかった。海を、子供を守らなければ…そう思った。
「すいません、全部僕の責任です。」
「龍太郎?!」
海が僕の発言に驚いて声を上げた。
「良い?僕が、全部悪いんだ。普通の状態じゃない海を怒らせてすごく不安にさせたこの僕がね。
でも、もう解ったから。後は全部僕に任せて、海は僕についてきてくれるだけで良いから。」
僕は面と向かって本当のことが言えない状況の中で、海が健史の名前を出さないように釘を刺すつもりでそう語りかけた。
僕の憶測が正しければ、健史はもう2度と僕らの前には姿を現さない。
もちろん、それを僕もすんなりとは認められないし、認めたくもなかった。
でも、たとえ僕には理解できなくても、それが彼のたっての希望であるなら、彼が望むように僕らは2人で…いや、3人で幸せになろうよ。僕は目で海にそう訴えかけた。
海は僕のそんな態度に明らかに戸惑いながらも、“健史”の名前を呑み込んだ。

良い、それで良いんだ。2人で生まれてくる子供を、健史の子供を守ろうよ、僕はまたそう眼で彼女に合図を送った。

「それから、こんな場所で申し訳ないんですが、海と…いえ、夏海さんと結婚させてください。」
そして僕は…再び頭を下げて、彼女の両親に彼女との結婚を乞うた。
「彼女のお腹には…僕の子供がいるんです。」
僕は、彼らの眼を見てはっきりとそう告げた。

「子供だと?!貴様、何て事をしてくれた!!」
僕が海を妊娠させたと聞いて、海のお父さんは逆上して、僕を殴りつけた。
「龍太郎!ねぇ、お父さん止めて!龍太郎は何も悪くないわ!!」
「ううん、僕が悪いんだよ。海は何も言わなくて良い。」
僕はすばやく体勢を立て直し、慌てて起き上がって殴られた僕を助けようとした海を制して、またベッドに寝かせた。
「また、具合が悪くなったらどうするの?僕はもうあんな海の姿は見たくないからね。」
そう言った僕を海は縋り付くような眼で見つめ返した。
「でも、あなたとはずいぶん前に別れてるんじゃないの?今は梁原君って子と付き合っているんだと思ってたけど、そうじゃないのかしら?」
訝るような調子の海のお母さんの言葉が胸を貫いた。彼女の母親はこの事を感づいている?!でも、もう後には退けない。さぁ、僕はここからどう言い繕えばいいだろうか…
僕は頭を振り絞りながら、続く言葉を探した。
「ええ、僕が結婚に対して煮え切らない態度ばかり取ってきたもんだから、ちょっと前、そのことで彼女と大ゲンカして…しばらく連絡を取ってませんでした。
で、健史が…梁原のことですが、海は僕とのことを健史に相談していたらしいんです。でも、僕はそれを彼女がもう僕を見限って彼のところに行ってしまったんだと勘違いしてしまいまして、余計依怙地になってしまっていました。
今日も、彼女から子供ができたらしいと聞いたとき、『それ健史の子供なんじゃない?』なんてひどいことも言ってしまいました。彼女が倒れてしまったのはそのせいなんです」
僕はそう言ったところで1度頭を下げた。
「でも、海が倒れてみてようやく分かりました。僕は彼女を本気で愛してるんだって。彼女なしの人生はあり得ないって。そんな事はないけど、縦しんばお腹の子が僕の子供じゃなくってもそんな事は問題じゃない、僕は海じゃなきゃダメなんだって。
だから、お腹立ちはごもっともだと思います。でも、お願いです、僕と…僕とお嬢さんを結婚させてください。そして、僕にこの子を…僕に子供の父親をさせてください。」
僕は言いながら何度も何度も頭を下げた。
「ま、責任を取ると言うのなら…できてしまったものを今更無碍にはできんからな。」
ようやく、海のお父さんがそう言ってくれた。
「夏海ちゃん、あなたはそれで良いの。」
海のお母さんがそう聞くと、海はこくりと頷いた。
「なら、私に異論はないわ。お父さんも反対してないんだし。」
そして、一番反対するだろうと思っていた海のお母さんがあっさりと承諾してくれたので、僕は内心力が抜けるのを感じた。

「では、僕はこれで失礼します。うちで話して、改めて正式にお伺いいたします。」
僕はそうして-都合何度目になるのだろうか-深く頭を下げると、病室を後にした。

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genre : 小説・文学

最高のプレゼント

最高のプレゼント


龍太郎へ

夏海が来たんで、さぞびっくりした事だろう。
すまない…でも、今だけは彼女の事を俺にもそう呼ばせてくれ。

そう、彼女こそがお前に用意した俺からの最高のプレゼントだ。

これは、寄る辺のない俺を家族のように愛してくれたお前たちへの俺からの感謝のしるし。

これで、夏海は堂々とお前のところにいけるだろう。もう、何も障害はない。
俺から言わせれば、最初から障害なんてなかったと思うけどね。
それに付け込んで俺は最後に甘い夢まで見させてもらえた。感謝してるよ。

それから、しつこいようだけど、これは返却は認めない。というか、もう返却しようがないはずだから。

そんな訳で、俺の事は探さず、忘れてくれ。頭の隅からも完全にな。
そして2人、末永く幸せに…な。

my precious 僕の大切な2人に愛をこめて

                                           梁原 健史



これで障害がなくなる?!…一体、どういう事なんだ。障害がなくなる…まさか?!僕が読み終わってあるひとつのことを考えて呆然としていると、海の口から嗚咽とともにつぶやきがもれた。
「健史…どうして?!どうして…私1人でなんか…私、どうしたら…」
「ねぇ、海のほうはどう書いてあるの?僕のには君を頼むって書いてあるんだけど…」
そして、先程から僕の頭を占拠してしまったある恐ろしい憶測をかろうじて心に留めながら、僕は彼女にそう尋ねた。
「何って…」
海は涙でぐしゃぐしゃになりながら何か言ったが、解らなかった。だから、僕は彼女が持っていた彼女宛の手紙を彼女の手から抜き取った。弾かれたように僕を見た彼女に、僕は頷きながら手紙を開いた。

夏海へ

どんなに謝っても済む問題じゃないことは解っている。でも、俺ではお前をどうしても幸せにはしてやれない。
…なにより、もう限界だ。お前もうすうす感づいているだろう。
だから、勝手なようだが、俺は龍太郎にお前を任せてお前の前から永久に姿を消す。

龍太郎ならお前を絶対に幸せにしてくれるはずだ。あいつはお前と別れたことをずっと後悔している。
だから今、どうかそのままあいつの胸に飛び込んでくれ。
大丈夫、あいつは今のお前を喜んでそのまま受け止めてくれるはずだから。

そして2人で幸せを掴んで欲しい。それが俺の望み-一番の幸せ、そして最後のお願いだ。

                                          梁原 健史


「ねぇ、龍太郎、最後…最後って何?健史は何をしようとしてるの?ねぇ、教えて!」
海の必死の質問に僕は頭を振った。
「僕にも分からない…ここに来れば全てが分るって彼は手紙に書いていたけど、僕にはまだまだ分からないことだらけだ。だけど、彼が本気でどこかに行こうとしていることだけは分る。僕は、今朝彼のデスクで僕宛の手紙と一緒にこんなものを見つけた。」
僕はそう言うと、ポケットから健史の辞表を出して、海に見せた。辞表という文字を見た途端、海はわなわなと震えだし、
「ウソよ!そんなの…ウソよ!!ほんの昨日の事なのに…あんなに、あんなに喜んで…今日はうちに来る相談をするはず…」
そこで海の言葉が急に途切れたので、僕は海を見て-咄嗟に崩れていく彼女をかろうじて抱き、支えた。海の顔色は見る見るうちになくなり、肩で息をし始めた。
「海、どうしたの?!大丈夫?しっかりして!!」
「助けて龍太郎…私…この子を…助けて…私達の赤ちゃん…」
海はあわてて抱えた僕の腕の中で、僕の想像していた怖ろしい憶測を裏付けた後、意識を失った。

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genre : 小説・文学

健史の相手

健史の相手


「龍太郎…」
海のほうもアパートのドアの前に僕の姿を見つけた時、ひどく驚いた顔をし、一瞬踵を返そうとした。
「待って!朝から健史がいないんだ。会社も無断で休んで…おかしいと思って、彼のデスクの引き出しを見たらここに来いって僕宛の手紙が…海は何か聞いてない?」
僕があわててそう言うと。
「健史が行方不明?それに、健史が本当に龍太郎にここに来いって?!」
と、僕を見つけたときよりもっと驚いて、ドアの前までつかつかと小走りにやって来て、海は健史の部屋の鍵を取り出した。

僕はそれを見て愕然とした。まず、海は僕と違って、他のクラスメートに倣ってヤナと呼んでいたはずだ。それには僕ににつられて急にそう言ったのではなく、普段から呼び慣わしているような親密さが感じられた。
そして、海が彼の部屋の鍵を持っているという決定的な事実。この頃早く帰るようになったのは、僕の予想が正しく、その相手は海だったという事だ。
僕は海と別れる時に彼に、
「他の奴に取られるくらいなら、いっそのこと君に…」
とは言ったけれど、縦しんば本当にそうなっているとは夢にも思わなかった。健史はあれから1度も倉本の“く”の字も吐いたことはなかったから。
でも、実際にそれを目の当たりにしてしまうと、それはそれで僕は胸が裂かれるような痛みを味わった。
だから、健史は僕には海と付き合っていることを内緒にし続けたのだろうけれど。
なら、何故今になって…

ここに来れば全てが分かると書いてあったが、また分からない事が増えた。そう思いながら僕は、ドアを開けた海に続いて、健史の部屋の中に入った。

「う、ウソ…」
入ったとたん、僕たち2人は絶句した。元からあまり荷物は多くはなかった部屋だったが、さらに荷物は消え、わずかに残されたものも綺麗に纏めて置かれていた。
「3日前に来た時には、こんなじゃなかったわ!」
そして、海は僕のスーツの襟を掴んで叫んだ。
「ねぇ、健史は何処?!何処にいったの?!教えて!ねぇ、龍太郎!!」
涙をいっぱいためて僕を揺すぶって健史の消息を質す海の顔を見ていられなくなり、僕は目線を彼女から外した。
「僕も分らないよ。ここに来れば全てが分るって彼から手紙をもらっただけで、何も…」
そう言いながら僕は彼の部屋を一通り見回して、何か手がかりがないかと探して…

僕は畳んだ布団の上に手紙が置かれているのを発見した。
「海、あれ…」
僕は目で、布団を示すと、僕のスーツを掴んでいた海の手をそっと外させて、手紙を取った。

手紙は2通。1通は僕宛、もう1通は海宛だった。
僕は海宛の手紙を彼女に渡すと、開けるのももどかしいと焦りながら、開けてその手紙を読み始めた。

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genre : 小説・文学

半年後

半年後


僕が海と別れて約半年が経とうとしていた。

ある夜、僕は健史から電話をもらった。
「龍太郎、悪いんだけど明日の夜、俺のアパートに来てくれないかな。折り入って話したい事がある。」
そう言った彼の声は興奮し、弾んでいた。
「君の彼女でも紹介してくれるの?」
僕はそんな健史にそう質問したが、彼は含み笑いをするだけで、答えをぼかした。僕はそれがたぶん間違ってはいないだろうと予想していた。ここ最近、彼は定時がくるとあっという間にどこかに消えてしまうようになっていたから。

でも…一体誰だろう。会社の娘だろうか。心当たりはなかった。

「詳しい事は、明日に。」
と思わせぶりに健史は言うと、そそくさと電話を切ってしまった。

だが、その翌日…健史は会社には現れなかった。全く連絡すらもない。無断欠勤したのだ。
僕は健史が出勤時間をはるかに過ぎても現れないので、彼のアパートに電話を入れてみたのだが、家にも居ないのか電話にも出てこない。ふと、彼のデスクに目をやったとき、僕は言い様のない悪い胸騒ぎを抑える事が出来なかった。

普段からきっちりした性格の健史のデスクはいつも綺麗に整頓されているのだが、そこには違和感が感じられた。
最初、僕はその違和感が何なのか判らなかった。しかし、確かに違和感を感じるのだ。

やがて、その違和感の正体が「あるべきものがない」という事なのだと気付いた。
健史の私物と言われるものが何一つなくなっていたのだ。
僕は思わず、彼のデスクの一番大きな引き出しを開けてみた。
そして、その中に封筒が二つ入っているのを見つけた。

一通は僕宛の手紙、

そしてもう一通は…辞表だった。

-*-

僕はとっさにその2通をポケットに入れてその場を離れた。とにかく、一刻も早く状況を把握したかったのだ。
その頃の僕は自分の父親の会社に勤務しているとは言え、まだ何の役職にも就いていないペーペーだったから、間仕切りのない僕のデスクでそれを読むのは憚られた。だから、僕はそれをトイレに持ち込んで読んだ。


まず、僕宛の手紙-

龍太郎へ

俺は今、俺のデスクを開けたのがお前で、人知れずこの手紙を手にしてくれたと確信している。
もし、それが当たっているなら、このままこの手紙の事は誰にも言わずに今晩俺の部屋に来てくれ、それで全てがわかると思う。

そして、俺が用意したお前への最高のプレゼントを是非とも受け取ってくれ。
本当はお前の誕生日に用意してやりたかったんだが、手間取って今頃になってしまった。お前への誕生プレゼントを、俺の誕生日頃に贈るなんて却って俺らしいと思うか?

あ、それから返却は受け付けない。そこんとこだけは忘れないでくれ。ま、返却しようなんてきっと思わないだろうけどな、お前は。

じゃぁ、また夜に…
                                             健史

一方辞表の方は…本当に型どおりのもので、
「私儀、このたび一身上の都合により退社いたしたく、ここにお届け申し上げます。」
と、彼の律儀な性格を現す字がそこに連なっているだけだった。
それにしても一身上の都合だなんて、なんとなく女子社員の寿退社のようだなと僕は思った。

僕はますます混乱する頭のまま、とにかく彼の望んだように誰にも手紙の事も辞表の事も話さず、じれる思い出定時を待った。
そして、僕は定時きっかりにタイムカードを押すと、息せき切って彼のアパートに急いだ。
しかし、彼はアパートにもおらず、当然ながら鍵も掛かっているその前で、僕は一時間あまりも待っただろうか…

足音が聞こえた。足音は鉄筋の階段をゆっくりと上がってきた。やっと健史が帰って来た、そう思った。

だが、上がって来たその人物に、僕は息を呑んで固まってしまった。

ニコニコといかにも嬉しそうに階段を上がってきたのは…

健史ではなく、海だったからだ。

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君になら…

君になら…


海のいない週末の夜は長かった。僕はそれに耐えかねてつい健史に電話してしまっていた。
「休みの日にお前が電話してくるなんてな、どういう風の吹き回しだ?倉本とケンカでもしたのか?図星だろ。」
「ケンカなんかじゃないよ。」
かけたのが僕だと判ると、健史は笑いながら僕にそういったから、僕はそうじゃないと反論した。あれは、僕が一方的に別れを切り出したんだから…
「どうせまた、お前がわがままばっかり言って彼女を困らせてるんだろうが。」
「ああ、そうだよ。僕がわがまま過ぎて、僕たち終わっちゃったよ。」
ニヤニヤ笑っているのが判る声の問いかけに、ぼくはつっけんどんにそう返した。
「終わったってお前…お前またかなり飲んでるだろ。飲みすぎなんだよ、だから倉本を怒らせるような事になるんだ。あいつにお前が酒で勝てる訳ゃないだろ。」
健史は僕たちが酔っ払っていつものようにケンカを始めたくらいにしか思っていなかった。その声は笑っていた。
「ねぇ、健史はまだ海がすきなの?」
「何だ、藪から棒に。はいはい、今でも好きですよ。いい加減諦めろとでも言いたいか。」
僕の質問に健史は面倒臭そうに返事した。健史はそうやって僕には海への思いを隠したりはしなかった。それでも僕が彼女を手離さない、手離せないと解っているからだ。
「僕の代わりに、海を幸せにしてくれないかな。」
「はぁ?!バカな事、言ってんじゃないよ。何でケンカしたのか知らないが、俺まで巻き込まんでくれよ。」
僕の突然の提案に、健史はあきれ声で答えた。
「僕は本気なんだけどな、僕と別れた後、他の奴に海を取られるのは許せないけど、君になら…だから…ね。」
「お前、何考えてんだ?!」
ぼくがそう言うと、彼は声を荒げた。
「僕はどこまでいっても海を幸せになんかできない。」
「倉本は誰よりお前といるのが一番幸せなんだよ。ホントにまぁ、一体どんなケンカからそんな寝ぼけた事を考えたんだよ。言ってみろよ。」
「…」
健史に言ってみろと言われて、僕は逆に口ごもった。こんなこと親友の健史にだって言えることじゃない。
「言わなきゃ分かんないだろうが。理由も言わないで、お前自分のお古を俺に押し付けるつもりか?」
ふざけた言い方をしているけど、それは僕を心配しての有無を言わせない口調だった。
「子供…」
僕は蚊の鳴くような声でぼそっとそう答えた。
「子供?子供が出来たんなら万々歳なんじゃないのか?」
「違うよ、子供が出来ない。」
僕が続けてそう言うと、健史はホッとしたようなため息をついて言った。
「はいはい、何だそういうことか。お前の事だから、社長にぐうの音も出ない状態で倉本との結婚を認めさせようとか思ってイラついてんだろ。どうせお前には倉本しか見えてないんだろ、良いじゃんか、出来るまで待ちゃ。でも、それじゃ倉本が不安になるのか…それで、ケンカ?バカバカしい、犬も食わねぇってぇの、そういうの。」
そして、健史は僕たちがただ、「既成事実」に焦ってケンカを始めたのだと思ってげらげら笑い始めた。
「出来るまで待てって…待ても、出来ない。僕が原因で…」
「待っても出来ないって…お前が原因って…それ、何だよ。」
しかし、そうじゃないとようやく気付いたようだった。

「3年子無きは去れ…」
「何だよ、それ。」
僕が続けていった古い言葉に、健史は困惑した声で返した。
「僕たちがよしんば周りを押し切って結婚をしたとしても、たとえ僕にその原因があるとしても、海は何かと値踏みされて、挙句の果てには子供が出来ない事を理由に追い出される。これが僕たちの現実だよ。
「僕たちの現実って…お前、一体何時代の話してんだよ。平成になったんだぞ、へ・い・せ・い。」
「関わっている役者が代わってないんだから、昭和が平成になろうがそんな事は何も変わりはしないよ。」
「それはそうかもしれないけど…そこまで取り越し苦労する事ないと思うけどな。悪いことはいわないから、今からでも倉本に侘びの電話入れとけ。」
健史は僕の酔いが冷めれば僕たちはまた縁りを戻すと、簡単に考えてるみたいだった。

「電話で思い出したよ、電話番号変えたから。今度の番号は…」
「お前…そこまでしたのか?!」
健史の声の高さが落ちた。
「だから、最初から僕、本気だって…だから、僕の事はもう気にしないで今でも好きなら海のことを…あ、ただ、彼女にこの事は言ってないんだ。僕がいろんな子をつまみ食いしてるように言ってある。本当のことがばれないようにしてくれれば、君が…」
その瞬間、電話の向こうの空気が凍るのが判った。
「龍太郎!お前ホントに倉本にそんなこと言ったのか?!」
そして、健史は僕の鼓膜が破れそうになるような声で怒鳴った。
「お前…倉本にとってそれがどれだけ失礼で残酷な事なのか解っててやったのか?!!」
健史の声は怒りに震えていた。
「俺がYUUKIの社員で、お前との関わりがある以上、俺との付き合いにはお前の影が付きまとう。そんな俺の許であいつが本当に幸せになれるだなんて思うのか?じゃぁ、何か、お前は俺に仕事も辞めてあいつを取ってくれてって言うのか?!」
「いや…健史には一緒にいて欲しいよ。今の企画は君なしでの成功はあり得ない。」
「じゃぁ、別れるのは龍太郎、お前の勝手だ。でもな、俺にまで妙な事を振ってくるのは迷惑だ。止めてくれ!!」
健史はそう叫ぶと、一方的に電話を切ってしまった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

解放

解放


海はその週末も僕のマンションにいつも通りやって来た。

「やっぱり別れられない。」
と彼女は言った。
「僕は一生誰とも結婚する気はないから。」
僕がそう言うと、それでも構わないから一緒にいたいとまで彼女は言ってくれた。彼女の母親は、「結婚が女の幸せ」と繰り返し説くタイプだと聞いている。その中で、結婚を選択しない生き方をするのは、それだけでも、大変な事のはずだ。

だから…僕は別れを切り出した。彼女を僕から解放しなくっちゃと思った。
「君は僕との中途半端な暮らしを、後々絶対に後悔する。」
僕はそう言ったけど、全てを話したら…たぶん、海はどんな仕打ちにでも耐えて側にいてくれるだろう。しかも僕には一言の愚痴も言わずに笑顔で。そして、僕の一族だけでなく、彼女の母親にまで翻弄されボロボロになっていくに違いない。僕はそんな彼女を見続けている自信はない。

「もう遅いんだよ。」
って言ったら、
「何が遅いのか解らない。」
と、海は僕の背中を叩きながら泣いた。遅いのか早いのか…ホントは僕にも分からなかった。

そして、海が僕の部屋の彼女の荷物を整理し始めたとき、僕はパソコンで仕事をしているフリをした。でも、あの時打ち込んでいたのは、実は海への謝罪の言葉だった。
見られそうになったらすぐに消す準備をしながら、僕は延々とゴメンね、本当は愛していると入力し続けた。

やがて玄関から海がドアの外に出ても、彼女がそこから歩き出せないでいる事も分かっていた。飛び出して行って抱きしめてしまいたい衝動に何度も駆られながら、僕はパソコンの前で頭を抱えて蹲るように座っていた。
「これで良いんだ、これで海は幸せになれる。」
僕は自分自身に呪文をかけるように、何度もそうつぶやいた。
やっと歩き出した彼女の靴音が聞こえなくなっても…僕はずっとそうしていた。

僕の手元に残ってしまった、この安物の指輪を握り締めながら…

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genre : 小説・文学

自暴自棄

自暴自棄


そしてあの日…僕は病院での検査に結果に絶望していた。あの病気の薬の後遺症で、僕の僕の生殖能力はほとんど機能していない、そう聞かされたのだ。
「自然に妊娠させる事はまずないと言って良いでしょう。」
医者は、きわめて事務的に僕にそう告げた。

僕は衝動的に行きずりの女性に声をかけて、自分のマンションに引きずり込んだ。どうせ遊んだって面倒は起こらない。僕は完全に自分を見失って、自暴自棄になっていた。

そして…いつもは平日には決して来ないはずの海が、その日に限ってマンションを訪れた。
「同じ家に暮らせないって、こういう事だったの?!」
いつプロポーズできるかわからないからと、期待を持たせないでおこうとしてついた嘘が裏目に出た。
それでも、その時なら…大声でそれを否定していれば、本当のことをちゃんと話していれば、まだ間に合った。実際心の中では、
「違う、そうじゃない、僕には君しかいないよ!!」
と叫んでいたのに。僕の口からはその言葉はでなかった。

僕にかかわらないほうが海は幸せになれる-僕はあの時、瞬時にそう思ってしまったからだ。

普通の状態であれば、僕の子供はもうありえない。これは、僕達2人だけの間なら、なんら問題にすらならないことだった。
けれど…結城家というカテゴリーで考えたとき、その事実は致命傷になる。
海は跡取りを産めない女という事で、さんざん非難を浴びせかけられた上で放り出される。たとえそれが僕に原因があったとしても。
母様が僕さえいなければ結城家から離れて自由の身になれたのとは逆に、海は子供が出来ない事で家を追われる。
人工的なことを施すという手もないことはないが、もし明るみに出るような事になれば、海は今度は財産目当ての性悪女のレッテルを貼られかねない。

なんにしてもたぶん、僕と一緒では海は幸せにはなれない。僕はそう思ってしまった。

「僕が海だけで満足できるとでも思ってたの?」
僕はとっさにそんな毒を吐いて、その毒で自分自身すら麻痺させようとした。心から悪い男になれれば良いと思った。
そして、そんなそんな僕を見て、海は絶望したのか、指輪を僕に投げつけて、部屋を飛び出した。

そうだ、これで良かったんだ…こんな情けない男になんか関わらない方が良いんだよ、海…
その後、見ず知らずの行きずりの女性すらも、
「ばっかみたい…」
という一言を残して去って行った。

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genre : 小説・文学

強行突破…

強行突破…


それから、僕と海とはずっと付き合い続けた。僕らの事をクラスの一部の人間は夫婦だと言っていた位に。僕も海もそれを照れて大仰に否定する事も、また胸を張って肯定する事もしなかった。時がくればいずれはそうなるだろう。ぼくはまだまだ子供の癖にそんな風に思っていた。海はその時、どう思っていたんだろう。聞いてみたい気がする。

でも、あの人やおばあ様、特におばあ様は海のことを認めてはくれなかった。結城の家柄には彼女は合わないと言うのだ。ほとんどあった事も無い癖に、どうしてそんな判断が下せるのだろう。YUUKIの会社だって、彼女のお父さんのように普通に勤めてくれる社員の方が沢山いてこそのYUUKIであるはずなのに。
「大体、都立に行くなんてわたくしは反対だったんですよ。」
おばあ様は僕の学校の事まで苦々しげにそう言ったけど、海もそうだけど、健史-健史がいなかったら僕は今手にしている宝物を全て失っていたし、そもそも今の僕じゃなかったと言っても過言じゃない。健史もあの学校で出会った。

そう、彼らは何も解っちゃいないし、解ろうともしていない。
そんな彼ら立ち向かうためにも僕は「既成事実」というものが欲しかった。子供を楯に取ってでも強行突破するんだ。僕はそんな計画を立て始めていた。

僕は最初、間に合わなかったとかのいろいろな理由をこじつけて、一切の避妊を止めた。海も最初は戸惑っているようだったけど、ニュアンスは伝わっていたのかもしれない。何も言わずにいてくれた。

でも、1年を超えても僕の望んだ結果は得られなかった。
1度だけ海の月のものが遅れた。海の周期は本当に正確みたいだったから、僕はドキドキして僕の秘密の計画がばれてしまうかと内心ひやひやしていた。
でも、それが違っていたと分かった時、海もそれを心待ちにしていたのが、彼女の態度で解った。ぼくはそこであからさまに態度に出してしまうと海を傷つけてしまうような気がして、何でもないフリをしてしまった。それがどんなに罪深いことかだなんて思いもしないで。

ただ、海の方には原因はなさそうだと思った。という事は、僕の方に原因があるのだろうと…
あの病魔の事が頭を過ぎった。

だから、僕は検査に赴いた。治療が必要なら早めに治療して、彼女と早く一緒に暮らしたい。
僕が彼女の誕生日にこの安物の指輪を贈ったのは、治療のために時間がかかるかもしれないけれど、ずっと一緒にいて欲しい。そんな気持ちだった。
全く僕は、言動と心の底で思っている事が真逆の天邪鬼だったんだ。

僕がその時、しなきゃならなかったのは、そんな回りくどい演出なんかではなく、正直に病気の不安も僕の家族の反対もみんな健史じゃなく海と分け合って、彼女と2人一緒に頑張るべきだった。今なら…そう思う。

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genre : 小説・文学

告白

告白


海は良くしゃべるし、よく笑う女の子…

音楽室の一件から、海は教室でも僕に話しかけてくるようになった。大抵は彼女の好きなクラシック音楽の話だ。流行の音楽-特にアイドルと呼ばれるような歌手の歌は、耳の良い海は、外れているのが気になってしょうがないし、事によっては気分まで悪くなることがあると笑っていた。
海の女友達達に言わせると、そういう話題を彼女に振ってしまうと海は限りなく暴走するから気をつけたほうが良いのだそうだ。
でも、僕にはそれが暴走してるなんてちっとも思ってはいなかった。僕だって、顔や胸だけでアイドル歌手を追っかけている男子の会話についていけなかったし、海がそんな風に熱くなって語るのを聞いているのは嫌いじゃなかった。要するに似たもの同士なんだろう、そう思っていた。

やがていつの間にか、僕達は付き合っていることになっているみたいだった。みたいだなんて無責任な言い方に聞こえるかも知れないけれど、僕はそのときまだ、海の家の住所も電話番号すら知らなかったし、学校で話す以外に接点なんて全くなかったからだ。

僕は、海に好かれているのか彼女に聞くだけの自信がなかったって言うのが一番正しい答えなのかもしれない。だから、僕らはかなり長いこと、ただのクラスメートでいた。
でも、僕はそれこそ、音楽室で海が不意に僕の手に自分の手を重ねてきたときから、いや…それより前に、音楽室の窓を開けて僕にふわふわの笑顔をくれたときから海のことは大好きだった。

それで僕は、海としゃべるようになったのと同じ頃に…というか、海が彼とも気さくに話すので、自然に僕らも仲良くなった健史-梁原健史-に海に告白しようと思うと打ち明けた。健史が海と話したがる理由は、僕と同じだと思ったから。抜け駆けなんてしたくはなかった。

「お、龍太郎、やっと言う気になったんだな。」
僕がそう言うと、健史はそう返した。
「君はいいの?」
「何が。」
恐る恐る聞いた僕に、健史は首を傾げた。
「僕が告白して上手く言った時のこと。君も…倉本の事、好きなんでしょ?」
「好きといえばそうだろうな。」
僕が遠慮がちに聞くと、彼はあっさりとその事を認めた。
「でも、もう諦めてるよ。お前ら2人の間に俺の入り込む隙間なんてどこにもないからな。勝ち目のないケンカは性に合わないんでね。
それに、倉本って、俺といるよりお前と一緒にいて笑ってる時の方が可愛いと思うんだよな。だから、俺の事なんて気にせずに行けよ。お前らは一緒にいるべきだし、俺はそれを見てるのが楽しい。」
そして、挙句の果てに何か解らないことを言い出して僕を煙に巻こうとしていた。それで、僕は健史に続けてこう言った。
「ねぇ、もし振られたらだけど、慰めてくれるかな。」
僕としてはただ、やっぱり海が僕の告白を受け入れてくれる自信なんて全くなくてそう言ったんだけど、そしたら健史に咳き込むくらい思いっきり背中を叩かれた。
「龍太郎、頼むからそういう言い方は止めてくれよ。俺、男になんて興味ないからさ。」
と首筋をガシガシ掻きながらそう言われた。男に興味って…心外だと思った。僕はこれから玉砕覚悟で海に告白しようと思っているのに、それはないと思った。
でも、その後にっと笑った健史は、
「大丈夫だよ、龍太郎。俺は絶対にそんなアフターケアをする必要なんてないはずだから。自信持っていいぞ。」
と言ってくれた。本当に嬉しかった。

-*-

健史の言う通り、僕は玉砕なんかしなかった。
「私も結城君の事は良いなぁって思ってたんだよね。話しててすごく楽だし。私で良かったら付き合うよ。」
と、あっさり僕の告白を海は受け入れてくれた。それから海は、
「ねぇ、結城君は今まで誰かと付き合った事なんてあるの?」
って聞いてきた。
「ううん、何で?」
「カワイイ顔してるし、優しいし…中学時代モテたんじゃないかなと思って。」
僕はその言葉に自分の耳を疑った。僕が、カワイイ?!
「まさか、僕が…カワイイって?!」
驚いた僕に海ははにかみながら頷いた。
「モテたりなんかしなかったよ。背だって低いし、根暗だし、それに…」
病気で体型も今とは全然違っていた。僕はその一言をどうしても出せなくって、1回呑み込んだ。
「確かに男の子としては高いほうじゃないのかもしれないけど、私よりは高いからそんなの気にした事ないけど?で、それにって、まだ何かあるの?」
「それは今度…ううん、明日教えてあげる。でも、ビックリしないでね。」
海が僕の顔を覗き込んだので、僕はそんな勿体をつけて答えを引き伸ばした。明日あの写真を持って来ようと思った。僕は正直なところ自分がカワイイと言われて怖くなったんだ。僕のあの顔を見ても、そう言ってくれるのかなって…

翌日僕は、一番浮腫んでいた時の写真を海に見せた。
「僕、病気でね、中学3年の2学期くらいまではこんな感じだったよ。チビで根暗でデブ、3拍子揃ってたらさすがにモテたりしないよ、安心したかな?」
海は写真を見てすごくビックリしていた。口を開けたまましばらく呆然としていた。僕はだから、こんな100年の恋も一瞬で褪めるような写真を何で持ってきたのかと後悔した。でも、しばらくして、海からこんな言葉が返ってきた。
「安心したかな?って…私にこんな写真を見せて、もしかしたら嫌われるかもなんて思わなかった?あ…私はこんな写真なんかで嫌いになったりしないけど。それより結城君、身体の方は今は大丈夫なの?私はそっちの方が心配になっちゃった。だって、結城君今でもよく体育休んでるじゃない?」
そう言った海は涙目になっていた。その潤んだ瞳に僕はまたドキッとした。
「大丈夫だよ。もう薬も飲んでないし、浮腫んでもいないでしょ?
体育はサボり癖ついちゃったかな。病気だって学校には言ってあるから、先生は怖がってムリにやれっていわないのを良いことにね。だから、心配しないで。
ただね、僕…その…倉本には僕の事ちゃんと知って付き合って欲しかったから、それだけなんだ…」
と照れながら返した。僕がそう言ったら、
「それってすごく嬉しいかも知んない。でもね、それって反則技だよ!」
と言いながら海は僕に背を向けた。僕は何が反則なのかちっとも解らなかったけど。

-*-

そしてそのまた翌日の教室で…
「ねぇ、海。海は今日はクラブなの?なかったら僕と一緒に帰ろうよ。」
僕は女の子達とおしゃべりに花を咲かせている海のところに行って、本当はドキドキしてたんだけど、さらっとそう言って海を誘った。これが僕のクラスメートに対する僕らの交際宣言。
海と前日別れた後、一晩考えてそして何度もシュミレーションした、僕だけの彼女の呼び方…
でも当の海は、最初自分のことを呼ばれているとは思ってなかったみたいだけど…僕の目線の先に自分がいるのに気付いて、それから自分の名前を考えてやっと自分をそう呼んでいるのだと気付いたみたいだ。
「ううん、今日はクラブないよ。明日だから。…龍…太郎、一緒に帰ろ。」
と、真っ赤になりながらそう言ってまたあのふわふわの笑顔を僕にくれた。
その時、海の隣にいた海の親友の皆川悠の
「きゃぁ!あんたたちいつの間にぃ~?!」
っていう叫び声とか、聞いてないだろうって思っていた、教室の反対側の隅にいた男子の口笛が聞こえて、ニヤニヤ笑いを見てしまったけど…

もう口に出してしまった後だった。そうだ、言ったもん勝ちだと僕は開き直っていた。

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genre : 小説・文学

手-アルビノーニのアダージョ

手-アルビノーニのアダージョ


僕はその放課後、音楽室で1人ピアノを弾いていた。

元々ピアノを弾くのは好きだった。でも、浮腫みが酷かった頃は指の動きも悪く、あまり上手に弾けないと感じていた。
浮腫みも取れやっとスムーズに動くようになったと思いながら弾いていると、音楽室の窓がガラッと開いて、
「あ、何だ結城君かぁ…アルビノーニのアダージョなんて曲が曲だから、幽霊だったらどうしようって思ったわよ。」
と、ひょこっとその窓から顔を出したのが、海-倉本夏海という名のクラスメートだった。
「でも、ピアノ上手いね。」
海はそう言ってふわふわの笑顔で笑った。
「倉本…さんもピアノ弾くの?」
「うん、でもちょっとだけ…一応受験にも必要だし。」
「へぇ、音大に行くの?」
受験でピアノが必要だと聞いて、僕は当然音大に行くのだと思ってそう言った。
「まっさかぁ~、幼教だよ、保母さん。音大なんて考えたこともないよ。びっくりしちゃう。」
「ヨウキョウ?あ、幼児教育のこと?何だそうか…アルビノーニのアダージョなんて曲名を即答するから、僕はプロでも目指してるんだと思ってさ。」
僕がそう言うと、海はこう返した。
「この曲って有名じゃん。」
「曲自体は有名だけど、曲名まで即答できる人はそうはいないと思うけど。」
大体、クラシックなんて大抵そうだ。題名を言っても分からないけど、聞くとああ…て感じになるものがほとんどだ。
「そうなの?私、普通に知ってたけどな。この曲大好きなの。」
「へぇ、僕もこの曲大好きで、だからピアノ用にアレンジしたんだ。」
それを聞いて、海は驚いていた。
「自分でアレンジしちゃったの?ますます結城君って凄いね。じゃぁ、もっかい聞かせてくれない?」
「良いよ、じゃぁ、中に入って聞く?」
窓越しに覗いていた海は、音楽室に入ってくると、僕のすぐ横で僕の手元を見ながらアルビノーニのアダージョを聞いた。そして聞き終わった後ポツリと、
「良いなぁ…」
と言った。
「何?」
僕は何が良いのか分からなくて聞いた。
「小柄なのに結城君の手、大きいなぁと思ったから。」
「うん、手は身体に比例すると大きい方かもね。」
僕は、鍵盤の上で自分の手を開いてみせた。そして、右手の親指でドを、小指でそれより1オクターブ上のミを叩いた。
「うわっ、ミまで届いちゃうの?!」
そう言うと、海はいきなり僕の手に自分手を重ねた。そして、
「私なんてオクターブがやっとなんだよ。しかも、曲の終わりには手が攣ってきちゃう。」
と悔しそうに言った。僕のほうは不意に重ねられた手にドキドキしていたんだけれど、海のほうは僕なんて全くノーマークって態度だったから、皮肉たっぷりで
「そりゃ僕、男だしね。」
と返してやった。それでも海はまだ、
「何か納得いかないなぁ…」
とぶつぶつと言い続けていたけれど。変わった子だな…それが海の第一印象だった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

指輪

指輪


僕は指輪を眺めながらため息をついた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう…僕はただ…

「あれ、まだこんな物持ってたの?」
それを目ざとく“彼女”に見つけられた。
「あなたのそういう所が、当時は分からなかったわ。分かってれば…」
そうだね、僕がもう少し自分に正直だったら、こんなことにはならなかった。

この指輪はほんの間つなぎのつもりだった。だからこんなわざとどこにでもあるような安物にしたんだ。僕は海に本物の約束のそれをすぐに買えると思っていた。これを渡したときでさえ。その時、
「30歳くらいまでは結婚するつもりはないんだよね。」
と言ったのは、実はある計画の下でのプロポーズを考えていたからで、本当は一刻も早く海と一緒に暮したかったし、海から離れようなんて気持ちは微塵もなかった。

海に言うと負担になるからと思って言えなかった。実は海の事をあの人やおばあ様、おばあ様は特に反対していた。それどころか、僕をあの高校にやったのは失敗だったとはっきり言い切るくらいだった。
おばあ様、それは大きな誤解だと、今ならはっきりと大きな声であなたに言えます。

僕がそれまで通っていた私立の高等部に進学せず都立高校を受験し、そこに通うようにしたのは変わりたかったからだ。
僕に取り憑いていたあの病魔を追い出して体型が元通りになっても、今までのこの僕を知っている環境では僕は変われない-そう思ったから。

エスカレーターで放っておいても進学できる学校を蹴ってわざわざ都立高校にきた-しかも相変わらず体育の授業をまともに受けられない僕は、結局ここでも浮いた存在だった。元々人付き合いは壊滅的に悪かったし、僕はますます孤立していった。結局何も変われないんだなと思い始めていた。

でも、そんなことを全て払拭して、僕をみんなの中にすんなり入れてくれた-それが海の存在だった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

tag : *

取って出しをデリバリーしました。

きょう、出来立てほかほかの「ハムケ」を雫ちゃんのところに持って行きました。チープな書籍化せずに、原稿まんまで…彼女のリクエストですし、1週間くらい逢えないと判っていたので、もう見切り発車でした。

その原稿を渡しながら、私の中では終ってる作品ですから、ついついネタバレな発言をしてしまったりして…よくよく考えれば、設定は話したけど一行も読んでないんだよねぇ、雫ちゃん。

特別編の話をあんまりしていなかったのもあって、特別編の感想も少し聞きました。

それで余計に「裏パラレル」を書きたくなっちゃいました。本当のパラレルワールドを。
ちなみに、健史がらみです。

特別編を書くまでは「黒執事」健史くんってホントに紳士だったんですが、特別編9話辺りからその本性を現し、私に「裏パラレル」を甘く囁くようになりました。
一瞬、ある事情で乗っ取られたりもして…でも、「ブログレベルで書く自信ないよ、君の話は。」って断り続けています。

しかし、こんな風に文章に起こしたっていうことは…書く方向に徐々に傾いてるってことなんですよ。

みなさん、あらぬ方向に走っても…見捨てないでくださいね。それだけが心配ですぅ。

theme : 物書きのひとりごと
genre : 小説・文学

脇キャラに愛を込めて2

今回脇キャラとして外せないのが佐竹真理子。

でも、彼女は…お気づきの方もいらっしゃるかもしれません、(坪内)久美子です。
本当は「遠い旋律」をリンクさせたかったんですが、「切り取られた青空」はぼかしてはありますが、時間的なものを考えると、修司が樹里より1歳年上、加奈子が大和と同い年。さくらとの時間軸の調整がつかず、名前を変えることにしました。

名前を変えたんだからとキャラいじりをしたら、久美子ヤンママになってしまいました。もう全然違う人です。良かったのか悪かったのか…謎です。
ただ、高広の死によって、久美子が命の尊さに目覚め、6人の子供を儲けること、さくらもそれに触発されて助産師の道を選ぶことは書こうと思っていたことでした。
坪内久美子のキャラクターのままでは子沢山にはできなかったと思うので、佐竹真理子に改名して?正解だと思うことにします。
尚、真理子は懲りずに残った子宮で6人目の女の子彩加を儲けます。


実際のジュリヤマ(まとめてどうする)はたぶん誰にも言わず夫婦でこの問題を乗り切って、そして何でもない調子で私に語ってくれたのだろうけれど、私はあえてそれを真理子に説教される形で乗り切らせました。


一言だけ言わせてください。
龍太郎へ…
君の性格ではたぶん、女性に相談なんかは絶対に出来なかったと思う。
でも、君の相談した相手がもし、男の医者ではなく何人も子供を育てた自社のパートのおばちゃんだったら、結末はすっかり変わっていたのかもしれないよ。
君はやっぱ馬鹿だわ、ホントに…

これが言いたくて、私は真理子(久美子)リンクさせたかったのだと思います。

theme : つぶやき
genre : 小説・文学

脇キャラに愛を込めて1

今回皆さんがよくされている「自作内リンク」を入れてみました。

お気づきでしたか?樹里の同僚の板倉さん…「切り取られた青空」の修司です。「青空」に出てきた北川くんも出せばもっとリアルだったかなとあとで気付きましたが。トランスで無理やり出番作ろうかしら。

ちなみに、加奈子は大和の部署にいました。
そう、板倉夫妻の結婚に大和と小久保はいっちょ噛みしてるんです。入籍部分のサプライズにノリノリだったのは、その辺のお礼の意味も込められてます。
ホントに、仕事してんだか恋愛してんだかわからん会社ですわ。

作者としては小久保くんも社内恋愛とか思ったんですが、彼、物語が進んできたら済まなそうに私のとこに来まして…いきなり元妻と子供のカミングアウトですわ。奥さんが云々より渉くんの話を嬉しそうにし始めた彼に、
「もう一度やり直しなさいよ。」
と作者説教いたしまして…同じ女性との再婚の運びとなりました。

彼らはデキ婚です。勢いで子供作って、出来たから籍入れたものの、けんかばかりで最後は小久保の浮気が原因で離婚。それをまた全部大学在学中にやってるとこが彼らしいですけどね。

あの~書ききれなかったんですけど、社長はちゃんと結婚してます。お姉さんは独身を通しましたけど、後を継いだ社長以下あとの弟妹はそれぞれパートナーを見つけました。

theme : つぶやき
genre : 小説・文学

オジッ ハムケ イッソ

如何でしたでしょうか。リア友雫ちゃんリクエスト…ハムケ。

まず、この奇妙なタイトルは何?と思われた方も多かったのではないでしょうか。韓国語を勉強されている方は気付いたかも知れません。

ハムケ-これは韓国語で「一緒」という意味です。気持ちは同じなのに決して交わらない「パラレル」を意識して付けました。共に歩こうという意味を含んでおります。この記事のタイトルは、訳すとただ一緒にいようよとなります。ただって言うと軽いかな…ひたすら、ずっと一緒にいようよかな。

雫ちゃんのリクエスト項目はずばり、「ハッピーパラレル」でした。

体調を崩してまで龍太郎に入れ込んで書く私に、
「死にキャラ書くの止めなさい。」
と怒った彼女。2度の奇跡を言及し、
「そんなこと実際にあるの?」
と聞いてきたので、ついペロッと、
「うん、昔の友達でね…」
とばらしてしまい、それを書けということになったんです。

だから…このお話にはモデルがおります。
ただ、こういう性質のお話ですので、2度の奇跡のこと以外はできる限りくずしてご本人様とは全く違った人物像に仕上がっております。

美男美女のカップルで、実はやっかんでいたくらいだったんですが、その彼らにこんな過去があると聞いて、みんないろいろな悩みを抱えているのだなと思ったものでした。

現在、私も彼らもお互い複数回引越しをし、音信不通なのでこのままシカトをこきます。
どうかリアル大和くん、リアル樹里ちゃんが私だと気付きませんように…

theme : 今、思うこと。
genre : 小説・文学

それから-ハムケ18

それから


そして、私は次の年の春、真理子さんのお兄さんのかつての婚約者、楓さんの助産院で女の子-杏樹を産んだ。
諦めていた、でも本当に欲しくて仕方がなかった家族の誕生に大和くんはもうメロメロで、その時はまだ聞いてなかったんだけど、小久保くんが社長に言ったようにそのまま仕事を辞めさせられそうになった。それこそ高校卒業から勤めてる会社なんだもん、私にだって任されてる仕事もあるから、その引継ぎとかも必要だし、何より予定してなかった子供の誕生は、経済的なことを考えても私がしばらく仕事をしてるほうが良かったし…それで、私が説得しまくって、大和くんが渋々折れたって感じかな。で、結局、杏樹が生まれて私、復帰したしね。
赤ちゃんの方も、ぜんぜん気付かないパパママに自分の存在を知らせるために、あんなトラブルを起こしたんじゃないかってくらい、それからは順調だった。

私は、約束通りお母さんに電話した。お母さんとの久々の再会の時、男の人が送ってきてた。その人と再婚したって言ってた。
「私はちゃんと入籍前に報告したのに、事後報告?」
って、嫌味は言ったけど、お母さんの穏やかな笑顔に、今ちゃんと幸せだってことがすぐに分かって嬉しかった。
もしかしたら、私の入籍の電話の時にホントは知らせたかったのかな。娘に恥ずかしがってどうするのよ、お母さん…私は、お母さんが幸せなほうが嬉しいよ。
だって私、いまとっても幸せだもん。

杏樹が生まれた後はもう大変。私は大和くんに
「私が仕事するから、杏樹は大和くんが育てる?」
って聞いたくらいだ。大和くんはその提案に一瞬応じようかなって顔をした。

それから、あの小久保くんが結婚した。結婚するって聞いたとき、会社の誰かだって思ったら、違ってた。相手は大学時代の同級生。
と言うと、何か純愛っぽいでしょ?でも、この2人2度目…実は、小久保くんとその奥さん真奈美さんは、大学時代に1度籍を入れてる。なんと元鞘!しかも、一度目の入籍理由はデキ婚。渉くんっていう男の子がいるんだって言うから、もうビックリ!!
「あんときさぁ、俺お前の態度に結構ぐっと来たんだよな。それからのお前って、ほんと親バカ道まっしぐらだったし…そんなお前見てると、なんか無性に渉に会いたくなった。で、何かって言うと真奈美に電話しててさ、あいつ最初は今更ってウザがってたけど、その内…なんつーか自然にな…。」
小久保くんは照れながら、そんな仕切り直しの結婚報告を大和くんにしたそうだ。

-*-

そしてもっとビックリなのは、杏樹が生まれて2年半後、私はまた妊娠して、今度は男の子-風太を産んだのだ。ミニ大和くんの誕生に、今度は私がメロメロ。風太の妊娠を機に、私は仕事も辞めた。

「私だけが家族じゃ不満?」
そう言って始まった私たちの結婚生活。だけど、そこにこんな素敵なサプライズが待ってるなんて思いもしなかった。私たちはホントにただ、
「ずっと2人だけで良い、それでも一緒にいたいから。」
ってそう思っていただけなのにね。

風太におっぱいをあげている姿を見ながら大和くんがしみじみと、
「本気で考えなきゃな、明るい家族計画って奴。」
って言った。私はそれを聞いて涙をこらえるのに必死にならなきゃならなかった。

今年で、結婚してから15年。杏樹は中学生。
「ねぇママ、もういい加減年賀状に家族写真使うの止めようよぉ。ハズいじゃん。」
いつの間にか杏樹はもうそんなことを言うようになっていた。
「ウチはそんな恥ずかしい家族なんかじゃないぞ。杏樹、お前が結婚するまでパパは家族写真の年賀状、止めるつもりないからな。」
私が返事する前に、間髪入れず大和くんがそう答えた。
「ウソ、マジ勘弁よ!ねぇ冗談は止めて。」
杏樹がムンクの叫びのポーズでそう返した。
杏樹、冗談だって思ってる訳?悪いけど、パパ本気よ、たぶん。

んでね…ママはパパのそんなところも大好きだから。
ウチの娘に生まれた以上、それは諦めなさい。

                                   -THE END-

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

ハムケ17

「おかぁ、いつ帰ってくるの?」
「うーん、お腹切ったからもうちょっとね。」
一方、真理子さんはというと、纏わりついてきた男の子にちょっと寂しそうにそう答えた。そっか、おかぁって呼ばれてるのか、真理子さん。
「早く帰ってきてよぉ、初羽怖いよぉ。」
「それは翔真がバカばっかやってっからだろ。」
真理子さんに泣きつく男の子-翔真くんの頭を荒っぽく撫でながら智道さんは笑った。
「お母さんがいないと寂しいよね、翔真くん。」
私は翔真くんに向ってそう言った。
「あれ、翔真寂しい?あ、樹里さんって言ったっけか、紹介するね。この子は3男の翔真。そんでこの子が次女の華野。はい、はーちゃん、ご挨拶は?」
真理子さんにそう言われて華野ちゃんっていう女の子はぜんまい仕掛けみたいなお辞儀をした。かっわいい~!私ももうすぐ、こんなかわいい子供が生まれるのかなぁ、何かワクワクしてきた。
でも、そんな華野ちゃんの仕草に連られて笑顔になった後、私はハタとあることに気付いた。
翔真くん、3男って言ったよねぇ、んで、華野ちゃんは次女って。ってことは…
「ウソ…真理子さんって5人の子持ち?!」
驚いて叫んじゃった私に、真理子さんはゆっくり頷いた。そして、
「うん、そうだよ。子供は5人。でも、正確に言うと、一昨日までは6人目がお腹にいたよ。」
って何でもないようにさらっとそう言った。

「子宮外妊娠でね、その子産んであげられなかったの。」
続けて真理子さんは、遠い目をしてそう言った。涙は出てなかったけど、心は泣いてるのがよく解かった。
「上に5人もいるんだから、これ以上大変にならなくて良かったんじゃない?っていう人もいるんだよね。でもさ、私のお腹に来てくれたその子は…その子しかいないんだよね。」
そう言うと、もう誰もいなくなった自分のお腹を一撫でした。それを見た智道さんが、真理子さんが何故子供を産むことに拘るのかを説明し始めた。

「こいつの17歳の時にね、こいつの兄貴がガンで22歳の若さで死んだんですよ。
ホント、あっと言う間だったな…で、こいつね、葬式の後いきなり俺に迫ったんです。『私、子供が欲しい』って。
正確に言うと、『私、お兄ちゃんをもう一度産みたい』だったんですけど…俺、一旦は引いちゃったんですが、こいつの気持ちはすごく伝わってきたし、俺もこいつの事が好きだったから…迫られると断りきれなくてね、そのまま…ははは、出来ちゃいました。」
智道さんはそう言って照れながら笑った。
「けどね、まだその時こいつ高校生ですよ。こいつの親に怒鳴られるやら殴られるやら…それでも、産むことも許してくれて、こいつと一緒にもしてくれました。
けど、生まれてきたのは初羽(ういは)っていう名前なんですけど、女の子だったんです。」
「それは残念でしたね。」
生まれてきたのが女の子だったと聞いて、大和くんがそう相槌を打った。
初羽ちゃんって、一番上の娘さんだったのか…きっと、入院したお母さんの代わりを頑張ってやってるんだろうな。だから、翔真くんが怖がるくらいにガミガミ言っちゃうのかもしれない。
でも、智道さんは、大和くんの相槌にかぶりを振ってこう言ったのだ。
「いいえ、女の子で本当に良かったと思っていますよ。なまじ男なんか生まれていたら、俺たちきっと、初羽を裕也さん-こいつの兄貴の名前なんすけどーの生まれ変わりとしてしか見られなかったかもしれないです。
でも、そうじゃないでしょ?裕也さんは裕也さんだし、初羽は初羽です。」
智道さんのその言葉に、真理子さんも横で深く頷いた。
「けどさぁ、初羽が生まれた途端、お兄ちゃんが死んで暗くなってたウチの中が一遍に明るくなったんだ。もう、魔法みたいにさ。ああ、赤ちゃんっていいなぁ、偉大だなぁって思ったら、私子供がいっぱい欲しくなっちゃったの。で、14年で6人って訳。」
14年で6人。その6という数字に、生まれてこられなかっ命もカウントしている真理子さんの母心を感じた。

-*-

「今度の出産はお姉ちゃんとこで産めると思って、楽しみにしてたんだけどなぁ…」
そして、真理子さんは悔しそうにそう言った。
「お姉ちゃん?」
「あ、ゴメン。お姉ちゃんって、お兄ちゃんの婚約者だった人。看護師で、今は別の人と結婚して子供もいるの。でも、今でもホントの姉妹みたいに付き合ってるし。
そのお姉ちゃんが私を見ててね、命が生まれる手伝いをしたくなったって言い出してさ、助産師の資格を取って、最近助産院を始めたの。
だから、今度はお姉ちゃんに取り上げてもらえるって思ってたから、余計ショック…」
「そっかぁ…なら、そのお姉さん、私に紹介してくれない?」
それを聞いて私は思わずそう言っていた。見ず知らずの大和くんの事を、顔を真っ赤にして怒ってくれた真理子さん。そのお兄さんが愛した人なら、安心して子供を任せられそうな気がする。
「えっ、ホントに?喜んで紹介するよ!」
真理子さんはそれに対して嬉しそうにそう答えた。

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genre : 小説・文学

真理子という女性-ハムケ16

真理子と言う女性



しかし、この人、一体何者なんだろう…

嵐のような30歳直前男への“性教育”が終って、いきなり氷河期に放り出してしまった感のある独身2人も何とか現実世界に戻ってきたようだ。
特にアラフィフと言ったって、どっかお花畑に生息していそうなお姉さんには、正直きつい話だったろうなぁ。小久保くんは大丈夫なような気がするけど。なんか遊んでいそうだし。

「ま~りこ~、寂しかった?」
その時、病室にいかにも軽っぽそうな作業着姿のイケメン男性が、やんちゃそうな3~4歳の男の子を連れて、1歳くらいのお人形みたいにかわいい女の子を抱いて入って来た。
「あ、トモミチぃ、待ってたぁ。ちょっと寂しかったよぉ。でもね、今はこのお隣さんが遊んでくれてたから…」
するとさっきとはうって変わってまりこと呼ばれたその女性は、くねくねとブリトークを始めた。
その様はさながら女子高生のようで…どう見ても私と同世代の顔とはマッチしなかった。
それに、今入って来た人が旦那様なら、この人2人の子持ちな訳だし…
「あ、こいつが何かご迷惑おかけしたんじゃないっすか?俺、この佐竹真理子の旦那の佐竹智道って言います。」
遊んでもらったという台詞に反応してか、やっと名前の分かった佐竹真理子さんの旦那様の智道さんは、そう言って頭を下げた。
「いえ…とんでもないです。こちらこそ助けていただいて…」
私がそう言うと、
「そうだよ、夫婦の危機救っちゃったんだから、私。」
と、真理子さんは智道さんに胸を張った。
「バーカ、やっぱまたお節介焼いてんじゃん。ホントすんません。けど、根は悪い奴じゃないんで…」
と、恐縮してまた頭を下げた。
「いや、ホントに助かりました。」
と、大和くんも頭を掻きながら智道さんに頭を下げる。男二人が赤くなりながら頭を下げあっているのを見て、真理子さんはけたけたと笑った。

「あ…あの、私たち帰るわね。」
その時、お姉さんがやっと完全復活してそう言った。
「あ、すいませんでした。悪いですけど、俺今日はこのままここに居ていいですか?」
大和くんが慌ててお姉さんと小久保くんに頭を下げる。
「ええ、もちろんそうして。じゃぁ、小久保君、行きましょう。」
お姉さんに促された小久保くんは、右手を挙げて、
「じゃぁ、お疲れ。社長にお前らのラブラブ振りをよーく伝えとくよ。」
と、ニヤニヤ笑いながら帰っていった。
お姉さんはともかく、あの小久保くんが社長にどんな報告をするのかいまいち不安。そう思って大和くんの方を見ると、彼はなんとも言えないという表情をしていた。
大和くんは何を思ってたんだろうか。

-*-

あの後、千夏ちゃんに聞いた話では、小久保くんは会社に戻った後すぐに社長室に向かったらしい。
「直哉、樹里の具合はどうだった?」
「あ、かなりきてますよ。山口…仕事にはもう復帰できないかも知れませんね。」
「ちょっと、小久保君!」
事情を知っているお姉さんが、思わず声を荒げる中、小久保くんはニヤニヤ笑ってお姉さんに目配せした後、
「八木が心配で山口を出せないと思いますよ。」
と言った。
「樹里、そんなに悪いのか?姉貴…」
「ま、まぁね。今は大事にした方が良いとは思うけど…取り返しのつかないことになっても困るし…」
そして、お姉さんまでぼかして言うもんだから、社長は私を心配して頭を抱えてデスクに突っ伏したという。
「そうですよね、どんどんと大きくなりますからね。心配で出せないですよ。」
続いて小久保くんはそう言ったんだと。
「は?大きくなる?」
社長は意味が解からない。
「ええ、あと半年も経ちゃぁ出てきますけどね。」
「ぷっ、樹里ちゃんおめでたなのよ。」
そこでこらえきれなくなって、笑いながらネタ晴らし。
「そうか、子供…直哉、姉貴…ビックリさせんなよなぁ。」
社長は突っ伏した顔を一旦上げた後、一気に脱力したんだと…

会社でそんなやり取りがされていた事を知ったのは、私が産休に入った後だった。

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genre : 小説・文学

ハムケ15

これはあくまでも私の私的見解ってことできいてくれるかな。」
彼女はそう前置きしてから話を続けた。
「まずね、体質改善ってやる人がいるくらいだから、食べ物変えると体質って変わるのよ。
それから、、私も今お世話になってる身で、大きな声では言えないんだけど、医者って時々行かない方が良い時があるのよ。特に、こういうデリケートな問題じゃぁ、却って萎縮しちゃって、いい結果が出ないものよ。不妊治療してたツレが、止めた途端出来たっていうのを何人も聞いてるのを考えてもね。
それからこれもね、大きな声で言うのは何なんだけど、あんまりマメにやりすぎると却ってダメみたい。」
彼女はそこでちょっと咳払いをしてから、声のボリュームを落として、
「薄くなっちゃうんじゃないかしら。それより日を決めて狙うほうが確実。」
と言って笑った。大声だろうが小声だろうが、結婚している私たちはともかく、未婚のお姉さんと、小久保くんにはかなり刺激的な内容なんですけど。
「以上のことを踏まえると、充分に可能性としてアリなんだよね。有効数ゼロって診断を下されてるならともかく、そうじゃないなら…もう、じれったいなぁ、ってか奥さんが浮気とかしてないんだったら、100%どんなことがあってもご主人、あんたの子供でしょうが!しかも、その怒りようじゃ、あんた奥さんにベタぼれなんでしょ?惚れた女の言うこと信じないで、一体誰の言うこと信じる訳さぁ。」
「あ…」
彼女に捲くし立てられるように言われた大和くん、トドメの一撃まで食らって、一言呻いて俯いた後、済まなそうに私を見た。
「ゴ…ゴメン、俺…」
「いいよ、解かってる。私だってウソだって思ったもん。でも、私は自分の事だから、大和くんだけだって。」
私がそう言うと、大和くんはふーっと大きく息を吐いてから、
「ホントに俺、親父になれるんだぁ。」
ってしみじみそう言った。
「そうよ、-信じるものは救われる-だよ、ご主人。」
それに対して、名前も知らないその女性が、大和くんに向かってグッジョブポーズで応えた。
「俺…俺…あの時、樹里と別れてなくてホント良かった…樹里、お前ってサイコーだよ…」
その後、大和くんはそう言って、男のクセに子供みたいにぼろぼろ泣きながら、私の手をぎゅっと握り続けた。

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医者?看護師?それとも何なの?!あんたってば…-ハムケ14

医者?看護師?それとも何なの?!あんたってば…


「俺のどこがバカだってんだ!」
「ねぇ、ちょっと質問して良い?あんた最近食い物の好み変わってない?」
いきなりバカ呼ばわりされてキレた大和くんにビビることなく、隣のベッドの人は質問なんか始めた。
「それがどうした!」
「聞かれた事に答えて。」
「暑くて肉なんか食ってらんないって思うようになったけど?」
「奥さんも?」
その言葉に私は黙って頷いた。
「で、25%の宣告を受けたのはいつ?」
「去年の春だっけ…私の誕生日の少し前だったから。」
これは私が答えた。
「じゃぁさ、このごろめちゃくちゃ忙しいって言ってたよね、前よりあっちの回数減った?」
「!」
何?!そのストレートな質問は!初対面の相手に聞くことじゃないでしょ?
「ねぇ、重要なことなんだけど。」
黙ってると彼女からそんな声が飛んできた。
「ああ。」
見ず知らずの女に何でこんなことを尋ねられなきゃならないんだという顔で、ウザそうに大和くんは頷いた。
「やっぱりね。バカ決定。」
彼女はそれだけの質問をすると、しれっとそう診断を下した。
「何がやっぱりだよ!医者に普通じゃ子供なんでできないって言われたんだぞ。」
大和くんは得体も知れない女に好きなように言われて、ムキなってそう反論した。
「でもね…25%はゼロじゃないわ。ゼロじゃなきゃ、たとえ有効数が1%だったとしても可能性はゼロじゃない。ましてや25%もあるんでしょ?」
でも、彼女は怯まなかった。むしろ…この展開を心底楽しんでる?ニコニコしながら話を進めた。
「数学的な確率の問題じゃないだろっ、これって!」
「そうよ、確率の問題じゃない。解かってんじゃない。確率の問題じゃなくてこれはタイミングの問題なの。だから、アリなのよ。まったく、往生際が悪いわね。いい加減自分の蒔いた種なんだから、納得したらどうなの?」

そして…その正体不明の隣の入院女性の大和くんへのレクチャーが始まった。

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ハムケ13

「そんなの決まってんじゃない、大和くんのだよ。」
私がそう言ったら、大和くんは間髪入れずに、
「ウソだ!」
と返した。
そこにちょうど、社長に様子を見て来いと言われた小久保くんが呑気そうに入ってきた。それを見た大和くんは、私と小久保くんをぎっと交互に睨んで、
「樹里、ホントのこと言えよ!相手は…小久保か?!」
ってものすごい剣幕で怒鳴った。
大和くんの気持ちは解からなくもない。私だって最初はウソだって思ったもん。だから、男の…しかも子供はムリだと診断されて、私のために別れるとまで言ってくれた大和くんが、「出来ちゃいました」と言われて、簡単に「はい、そうですか」ってすぐに受け止められるとは思えない。
でも…でもね、誓って言うけど私、浮気なんかしてないよ!!
「そんな訳ないじゃない、大和くんの大バカ!!」
私はそう叫んで、ここが病院だってことも忘れてわんわん泣いてしまった。
「八木君…どうしたの、突然…」
お姉さんもフォローできなくておろおろしている風だった。

その時、カーテンが開く音がして…
「ちょっと、そこのご主人?!あんた一体何考えんのよ!取り返しのつかないことにでもなったらどうするつもりなの!!」
って女性の怒鳴り声が響いた。
「奥さんがそう言うんだから、絶対にあんたの子に決まってるじゃないの!あんたね、どんだけ仕事が忙しかったか知らないけど、やることやってんでしょ?!それとさ、奥さん3ヶ月の半ばなんて微妙な時に、しかも倒れてここにやって来たんでしょうが。そんな時に、ショックなんか与えてもしもなんてことになったら、あんた泣くにも泣けないわよ!ちっとは考えたらどう?!」
声の主は病室の隣のベッドに寝ていた。私のことなのに、真っ赤になってぶるぶると震えている。
「何も知らない奴が聞いた風な口を利かないでくれ!俺の子供なんてできる訳がないんだから。」
大和くんも売り言葉に買い言葉で、そう答えてしまっていた。その台詞に、お姉さんも小久保くんまでもが完全にフリーズしてしまっていた。それを聞いた隣のベッドの人は、一瞬ハッとした顔をしたけど、
「それって、医者にまったく子種がないって言われたわけ?」
と、ずけずけそう聞き返した。
「全然じゃないけど、約25%だって言われた。それに、どんなに頑張っても出来なかったのに、このクソ忙しい時にぽこっとできてたまるかよ。」
それに対して、大和くんは吐き捨てるように彼女に言った。
「なんだ、そうなんだ。それならやっぱりバカなのはご主人、あんただわ。」
それを聞くと隣のベッドの人は、不敵な笑みさえ浮かべてそう言ったのだった。

…で、この人、一体何者??

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ハムケ12

「ゴメンね、付き合い長いから忘れちゃってたわ。樹里ちゃんが人妻になってたってこと。」
ベッドの横にはお姉さんが付き添ってくれていた。でも、人妻が何で関係あるんだろう。暑いのは誰だって同じじゃない?首を傾げる私にお姉さんは続けてこう言った。
「仕事はどんなことしてでも振り分けさせるわ。だから、これからは自分の体を優先させてね。もうお母さんなんだから。」
「はい?」
お姉さん、今…何て仰いました??絶対に呼ばれないであろうと思われる呼称で呼ばれた私は、軽くフリーズしていた。
「やっぱり気付いてなかったの?既婚者だって言ったら検査してくれて…樹里ちゃん、おめでただってよ。」
その返事にお姉さんはウインクして答えた。
えっ?えっ?!え~っつ!!マジっすかぁ!!!そのときの私の表情と言えば、たぶん「ムンクの叫び」だったに違いない。
信じらんない。だって…

そりゃ、身に覚えはあるわよ。ないとは言わない。
でもさ、私が大台に乗るまでに籍を入れたいと、大和くんがどんなに頑張ってもダメで、その上、お医者さんにまで「普通じゃムリ」って言われてたんだよ。それが、この忙しい最中にぽっこり出来ちゃうって何?
「そんなにビックリしないでもいいじゃない。後で先生が最終月経を教えて欲しいって。それで正確な週数も出るからって。たぶん、状態から見て3ヶ月半ばってトコかなって言ってらしたけど。」
お姉さんがそう言った。うわっ、ホントに?ホントに私、お母さんになれるの?3ヶ月半ばという具体的な数字が妙にリアルで、そう実感した途端私はぼろぼろと泣き出した。

「樹里、大丈夫か?!」
その時、私が倒れたと連絡を受け、大和くんは出先から血相変えて病室に飛び込んできた。
「うん、大丈夫。」
私はにっこりとしてそう返した。でも、泣いた後だったから、大和くんはムリして笑顔を作ってるんだと思って、逆に心配そうな顔をしてそんな私を見た。
「そうよ、これからは八木君が頑張らなきゃ。樹里ちゃんを労ってあげてね。」
「はい…忙しくてそこまで頭が回んなくって…すいません。」
お姉さんがそう言うと。大和くんは神妙にそう言って頭を下げた。
「よしっ、頑張れ新米パパ。」
それからお姉さんはそう言って大和くんの肩を叩いた。
「パパ?」
お姉さんの言葉に大和くんはものすごくビックリした顔をした。あり得ない!っていうのが満面に出ていた。
「あ、樹里ちゃんが気付いてなかったから、八木君が気付いてる訳ないわね。おめでと、あなたもうすぐお父さんらしいよ。」
「子供…」
「うん、3ヶ月半ばだって…」
恥ずかしくて真っ赤になっていく私とは対照的に、大和くんの顔はどんどんと青ざめていった。そして、少しの沈黙の後、大和くんはこう真顔で言ったのだった。
「樹里、正直に言え。それ、誰の子だ。」
と…

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1年後の夏-ハムケ11

1年後の夏


そんな風に降って湧いたような結婚式にうるうるした私だったけど、翌日からは当たり前に仕事する日々。家に帰ってからも、6年も一緒に住んでいるんだから、今更新婚気分が味わえる訳もなく…でもそれが幸せなのだと思った。

仕事や飲み会なんかでとんでもなく大和くんが遅くなっても、もう戻って来ないんじゃないだろうかと不安に駈られないことが。
大和くんがにやけた顔で他の女の人を見る時に、内心めちゃくちゃムカついているのに、それをスルーしないで、
「どこ見てんの?」
って睨んでしまえることが。そして、慌てふためく大和くんに余裕の笑みをかますことができることが。
たった1枚の紙切れのこと…なのにね。安心していられる。

別段変わったこともなく、結婚から一年余りが過ぎた。
その年はすごく暑い夏で、おまけにとんでもなく仕事が忙しかった。あまりの暑さと忙しさで、あの肉食恐竜の大和くんが、わりとあっさりとしたものしか受け付けなくなったほど。

「あっつ~、溶けそう。」
「ほんと暑いね、でも、樹里ちゃんが暑がるのって珍しいわね。」
私がそう言うと、野村さんがそう返した。
私は普段、そんなに暑がらないほうだ。真夏でもクーラーが効いている事務所でパソコンを操ってばかりの時は、大体長袖着てるくらいだし。
「なんか妙に汗かいてない?大丈夫?」
「ええ…」
ホントのこと言うと最近疲れやすいし、胃の調子も悪い。
でも、結婚してから私はあまり薬を飲まなくなった。大和くんが結婚前に一旦別れようとした理由がある薬の後遺症だと効いてから、私はどんな薬も気楽に飲めなくなったのだ。
たぶん、風邪薬や胃薬なんて飲んだって何もないにきまっているんだけど…ブレーキがかかってしまう。

そして、お昼休み。いつもならお弁当を作って持参するんだけど、今日はそれもかったるくって、たまにだから冷たいお蕎麦でも食べようと外食することにしたのだ。
弁当なんかはなから持ってくる気のない若い女の子たちと一緒に、私は会社を出て炎天下の街に出た。
「うわっ。」
むせ返る熱気に思わず声まで出た。あまりの暑さに、本当に溶けてしまいそうだ。
心なしか地面も歪んで見える。
…ってか、ホントに歪んでるよ、地面。
「山口さん(仕事では未だに旧姓で通している)どうかしました?」
「えっ、暑すぎて地面が…」
私は見たままを言ったつもりだった。
「地面がどう?」
でも、他の子にはそうは見えなかったらしい。1人の子が首を傾げてそう返した。
次の瞬間、私は目の前が真っ暗になっていた。そして、私はそのままその歪んだ地面とオトモダチになっていたのだ。
「きゃぁ!山口さん、しっかりして!チナ、119番!!」
その子が私を抱きかかえて、千夏ちゃんに救急車の手配を叫んでいる声が遠くのほうで聞こえた。その子は私を抱きかかえて叫んでいるのに。

そして私はそのまま救急車で病院に運ばれて…次に気がついた時には、ベッドの上にいた。

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ハムケ10

それこそ千夏ちゃんが淹れてくれた3時のコーヒーも、ひったくるようにして飲んで差し替えたんだけど…
通常の就業時間では、半分をチョイ超えたとこで時間切れだった。
残業決定…それなら本腰入れてかかるしかない。私はそれ用のコーヒーを淹れに給湯室に行くと、千夏ちゃんと大和くんの部署のやっぱり入社1年目の上島くん、更に小久保くんまでが帰る所だった。
ペーの2人はともかく、小久保くん-入社7年目で私と同じ仕事をしているあんたが帰っちゃう訳?!あのプレゼンにはあんたも関わってるでしょうが!
そりゃ、この資料は最初から私の担当だけどさ…
「みんな、お疲れ。」
それでも一応、彼らには労いの言葉をかけたわよ。一応、社会人の礼儀としてね。
「あれ、樹里は残業?あ、アレね…昼間部長テンパっってたもんなぁ。」
「そう…今日中だって。」
「それはご愁傷様。じゃぁ、俺は用事あるんで、お先!」
そう言うと、小久保くんは満面の笑みを残して去って行った。もう…今日ぐらい手伝いなさいよ!!

ずーんと重い気持ちになってデスクに戻る。こんな精神状態じゃ、いっぱい誤植作りそう。今日中に…終るのかな。
そうやって、小一時間ぐらい集中して入力していただろうか…
「みんな、会議室に集合!社長命令。」
顔を上げると、いつの間かに会社に舞い戻ってきた小久保くんがいた。そんな彼の「鶴の一声」で残っていたうちの部署の面々がぞろぞろと一斉に会議室に移動する。
…って、入力にかまけてて気付かなかったけど、ウチの会社ってばいつも無闇に忙しいんだけどさ、何か今日は特に残業率高くない?あのプレゼンってよっぽど難航してるのかな。変更内容ってばいたって普通だったけど。
何の話だろ…

そう思いながら私は会議室に足を踏み入れた-そして私は、今日の残業率の高さの本当の理由を瞬時に理解した。
そこには机狭しと並べられたオードブルとビールの山、そして真ん中にはご丁寧に、
「Happy wedding YAMATO&JURI」と書かれた巨大なケーキまで置かれてあったからだ。

私はこの体育会系クラブ延長株式会社をホントにナメてかかっていた。たかが1社員(あ、2人とも社員だから2社員か)の入籍ごときで、こんな…こんなサプライズパーティー企画する?!
「お、気付いてなかった?作戦成功ってか、嬉しいねぇ。」
板倉さんがぽっかりと口を開けたままになっている私にそう言うと、奥でマイクのセッティング(この狭い会議室でマイクなんて必要ないってば!)をしている小久保くんと顔を見合わせてグッジョブポーズ。
続けて入ってきて同じように素っ頓狂な顔をしている大和くんと2人、この会議室の上座に押しやられた。

「お前ら、結婚式するつもりもないんだろ。そう思ったから、俺と姉貴とで企画した。」
恐縮する私たち2人に、社長はそう言って笑った。

今日朝一から入籍しろと追い出されたのは、その間にこのパーティーの段取りをそれこそ全社一丸となって取り組んでいたらしい。こういうことで一致団結できるトコがまさに「ウチの会社」らしいっちゃそうなんだけど。

そして、帰ってきた私に、高階部長が慌てた様子で本当なら来週半ばまでに仕上げれば良いプレゼン変更を、今日中だって言って持ち込む。そうすれば私はパソコンにかかりきりになり、余計な雑音もみんなが挙って会社に残っていることにも気付かなくなるっていう寸法。

一方、大和くんの方は、昼から外回りに行かされていた様だ。
「ねぇ、八木君結婚指輪は?」
「あ、まだですよ。今度の休みの時にでも一緒に買いに行こうかなと思ってます。」
出掛けに大和くんは夏目さん(女性)に声をかけられた。
「出たついでに買ってらっしゃいよ。それ今晩渡したら彼女泣いて喜ぶと思うよ。」
と夏目さんは極めてさりげなく、しかし誘導的に「結婚指輪」を買うことを入れ知恵する。
けじめとして、今日の方が良いかなと思ったという大和くんは、バカ正直に指輪を買って会社に戻ってきたらしい。

そして、それが見事にこのサプライズ結婚式に華を添えた。
「でも、コレ…どこから出てるんですか?」
恐る恐る私が聞くと、
「あら、会社からに決まってるでしょ。」
と、ウチの会社の総務省、お姉さんが当然のように言う。
「こんなことに遣っていいんですか!」
大和くんがそれに対して噛み付くと、
「バカ言え、これが本来の福利厚生費の遣いかただぞ。」
とニヤニヤしながら社長がそう返した。

バカばっか集まった…サイコーの会社だわ、ココ!!
私は涙でぐちゃぐちゃになりながらそう思った。

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初日から残業?!-ハムケ9

初日から残業?!


翌日、会社から帰ると戸籍が届いていた。

次の日、昼休みに最寄の役所に一緒に提出しようと約束して、珍しく一緒に家を出た。今日から夫婦になるんだもん、まぁ今日くらいは同伴出勤?しても良いかなって思ったから。だって、一昨日の一件であまり大きいとは言えないウチの会社全員に私たちの関係、知らせちゃったようなものだもんね。

「おはよう、八木君今日は早いね。あ、樹里ちゃんが一緒だからか。戸籍届いたの?」
会社に着くと、いつも一番乗りのお姉さんに開口一番そう言われた。
「昨日届きました。今日の昼休みに役所に行ってきます。」
大和くんがそう答えて、私たちはそれぞれの持ち場についた。

ところが…ウチの会社を、社長を私は甘く見ていた。
大和くんと私は業務開始早々社長室に呼ばれて、
「今すぐ入籍して来い。」
と社長命令で2人揃って役所に行かされたのだった。

「公私混同を社長が率先してどうすんのよ!」
ぶつぶつ言いながら、足の速い大和くんに必死について歩いた。
「ま、それだけ心配してくれるってことだろ。」
「解かってるよ!」
解かってるけど、恥ずかしいじゃん。私たちが社長室を出たら、一緒にフロアまで出てきて、
「ゆっくり行って、夫婦になったのを噛み締めてこいよ。」
なんて大声で言うから余計に。
ホントにここは会社なのだろうか。金儲けのできるどっかの学校のクラブ活動なんじゃないかと一瞬思ったほどだ。
ま、社長からしてこうだから、ウチの会社の社内成婚率は高いんだろうなぁと、妙な納得もしたけど。

-*-

そんなこんなで私たちは、午前中に夫婦になり、私は公的には八木樹里になった。でも便宜上、仕事では山口樹里を通すつもり。子供の予定なんかないから、ずっと勤めるつもりだし。

でも、お昼過ぎ…高階部長が、
「わりぃ、山口、あのプレゼンだけどさ、かなり変更でたんだわ。今日中にコレに差し替えして欲しいんだけど。」
って、この間からずっと打ち込んでいたプレゼン資料の変更を言ってきた。そういうのはよくあることなんだけど、問題はその量…半端じゃなかった。それ、ホントに今日中なの?今日ぐらいは早く帰って、美味しいものでも作って2人で祝杯挙げたいと思ってたのに。

こんな日に残業か…ホント、「すまじきは宮仕え」だわ。
私はため息を1つ落としてから、それでも一刻も早く上げちゃおうと思ってパソコンにかじりついた。

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genre : 小説・文学

ハムケ8

「おめでとうございます!山口さん、あ、八木さんって呼ばなきゃいけないのかな。」
席に戻ると、うるうるの瞳になっている千夏ちゃんから、そんなお祝いの言葉をもらった。
「まだ提出してないし、八木と混ざるから仕事の時は山口で良いよ。」
「でもホント、知らなくってビックリですぅ。で、きっかけはなんなんですか。」
千夏ちゃんの顔が芸能レポーターのそれになっていた。一言私がそれに対して返事をしたら、芋づる式に馴れ初めやらなんやら、逐一聞きだそうと手薬煉引いてるみたいな…女の子ってどうして仕事よりこういう話を平気で優先させられるんだろう。そういうとこ、分けて欲しいんだけどな。
「仕事中にそんな話しないで。」
素っ気無く私がそう言うと、板倉さんが
「樹里っぺは、いつもクールだよねぇ。仕事中には大和のことはおくびにも出さねぇもんな。」
なんて食いついてきた。そう言や、この人も社内結婚だ。2人目が生まれて奥さんの加奈ちゃんの体型がすっかり変わってしまっても、未だラブラブな…公私混同な奴がここにもいたか…

そうやって考えると、体育会系クラブっぽいウチの会社には、社内恋愛や社内結婚って人が結構いる。ご他聞に洩れず、私たちもそうなんだけどね。
「私は仕事とそれ以外とはきっちり分けたいから。」
だからこそ線を引きたい。そう思って今まで会社では大和くんと仕事の話以外は一切しないできたのに…
今朝のほんの何時間、いや何十分でそういうの全部ぐだぐだじゃん!

大和くんのバカ!!

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公私混同の朝-ハムケ7

公私混同の朝


月曜日の朝、仕事を始めてから少しして、大和くんが私の席に私を迎えに来た。
「樹里、行くぞ。」
いつもは年上で、仕事暦も上の私のことは絶対に「山口さん」としか呼ばない大和くんが、名前で…しかも上から目線で言ったもんだから、私の部署の人たちは驚いていた。特に、今年入社の千夏ちゃんなんかは、ギョッとした顔をして私と大和くんとを交互に見た。
「あ、高階部長…山口しばらく借ります。」
それから、大和くんはそう言ってウチの部署のボスに軽く会釈した。
「お、おう。貸すからすぐに返せよ。」
部長はニヤニヤ笑いながらそう答えた。

私は大和くんに差し出された手を取ると、大和くんに引かれたまま部長に黙って会釈してデスクを離れた。
「八木ぃ~おまえ大胆♪」
それを見て、大和くんより入社の1年早い小久保くんがそう言って茶々を入れた。千夏ちゃんが事情を知りたくて、隣の席の野村さんを突っついているのが見える。
「昼休みにしてよ…」
私が小声で言うと、
「社長がそれじゃ捕まんないんだって。」
と大和くんから返ってきた。そうか…私たちはともかく、社長が居なきゃどうしようもないもんね。でも、朝一なんて恥ずかしすぎるよ!私はそう思った。

そして2人で行ったのはもちろん社長室。
「すいません、八木です。社長、少々お時間よろしいでしょうか。」
「おう、なんだ?大和。」
「この間ご指摘のあった件で、折り入ってご相談が…」
大和くんはそれこそどこかのクライアントにでもアポ取りするかのような口調で、社長室(扉なんてなくて、すりガラスのパーテーションで仕切ってあるだけなんだけど)の前でそう言った。
「この前の件って…そうか、あの件ね。それでどうなった。」
社長にそう言われて、大和くんは頭を下げた後、私とつないでいる手を彼に見せた。
「で、話し合った結果こういう結論に達したんで…社長には是非とも保証人の欄にご署名いただきたいと思いまして。」
と、私とつないでいる手を一旦離して、つないでなかった方に持っていたクリアファイルから婚姻届を出して社長の机の前に広げた。
「ほう…やっと決心つけたか、お前ら。にしてもえらく時間がかかったな。」
その婚姻届を見て、社長は嬉しそうにそう言った。
「お互いの親にも挨拶とかあったもんですから。」
大和くんがそう返すと、社長は
「そりゃ、そうだな。」
そう言いながら、うんうん笑顔で頷いた。
本当は大和くんが病院に行って検査をしているタイムラグも含まれているからなんだけど、たとえそれは社長でも、ううん、社長だからこそ言えない。
「で、もう1人は姉貴か」
社長は保証人の欄に署名して押印しながらそう聞いた。
「はい。」「はい。」
私たちはハモって返事した。

-*-

それから、私たちは総務部長である社長の姉-通称「お姉さん」のところに行った。彼女は早くになくなってしまった母の代わりに独身で父である先代社長を支え、2人の弟と1人の妹を育て上げた。
お姉さんは、彼女の机の上に広げられた婚姻届を見ると、
「私なんかが保証したら、碌なことがないかもよ。」
と笑いながら書き込んだ。
それから、氏名変更の用紙を取り出して、
「どうせ、あのままあそこに住むんだろうからこっちで書いても良いようなもんだけど、一応公的書類になるから、自分で書いてちょうだい。」
と言って私にそれを手渡した。その後、
「すぐにコレ、提出するの?」
と婚姻届を摘み上げて聞いた。
「いえ、戸籍を郵送で取り寄せたから、まだ届いてないんです。届き次第、行って来ます。」
「そう…届いたら、私に言ってね。」
大和くんがそう言うと、お姉さんはいたずらっぽく笑ってそう返した。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

ハムケ6

日曜日、私はガチガチになって大和くんのお母さんとお母さんの旦那さんの前に立った。
「電話でも話したけど、こいつが樹里。」
自分の親なんだから当然なんだけど、大和くんはいたって普通だった。
「あの…山口樹里です。やま…いえ…八木さんにはいつもお世話になってます。」
「こっちこそあなたに甘えっぱなしでごめんなさいね。このバカ息子がなかなか言ってこないもんだから、やきもきしてたんですよ。」
緊張しすぎて、些かミョーになってしまった私の挨拶に、大和くんのお母さんは済まなそうにそう返した。
「いえ…そんな事ないです。」
「本当にうちの大和みたいなので良いの?」
まだ心配そうにそう言うお義母さん(きゃ~っ!なんか嫁だわ、嫁!なんて心の中ではほくそ笑みつつ)に私は頷いて答えた。
「そんなの私の方が…彼より二つも年上でもうすぐ大台だし…」
「酒は飲むし、がさつだし、泣き虫だし?」
そこに、遠慮してブリトークを展開していた私の台詞をひったくって大和くんが被せてきた。
「大和くん、ちょっとそこまで言う?!」
にしても、そこまで言うことないじゃん、睨んで私がそう言うと、
「だから、それってお互い様なんじゃね?俺にも樹里にも欠けたとこはある訳だし。それでも、それだからこそそれを補うためにも一緒にいたいと思うし、惹きあうんだと思うよ。母さん、俺達戸籍着き次第籍入れるから。」
噛み付いた私に、大和くんはそんな小憎らしい台詞をさらっと吐いて、結婚宣言をした。
「樹里さん、お宅の親御さんはいいの?」
「ウチは…大丈夫です。電話で話したら喜んでくれました。仕事が忙しいから会えないけど、よろしくって言ってましたし。」
私は無難にそ答えた。
「じゃぁ、私も何も言うことはないわ。大和をよろしくお願いします。」
そして、お義母さんはそう言って私に頭を下げた。そしたら涙が出てきた。
「樹里また泣いてるよ。な、言ったろ。こいつホントに泣き虫なんだよ。」
許してもらえてホッとして涙腺が緩んだ私に、大和くんは私の髪をぐしゃぐしゃにして撫でながらそう言った。
「何よ、誰が泣かせてるの?!」
「俺。」
私が怒ると、大和くんはそう言って舌を出して笑った。まったく…ガキなんだから。
でも、そのガキの大和くんが私はすごく-世界一大好きだったりする。
私って、アホだね、まったく…

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