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僕の…子供-Parallel 66

僕の…子供

 志穂は身籠って男の子――秀一郎――を産んだ。その時僕は、生まれてきた子供が自分の実の息子だとは思っていなかったから、子供の誕生を素直に喜んだ。僕は手離しで跡取りの誕生を喜ぶおばあ様の顔を見る度、自分の腹の奥底で黒い笑いがこみあげてくるのを感じた。
 志穂は、
「この子は本当に龍太郎さんとの子供なんです」
と、何度も力説した。実際にそうだったけれど、あの頃の僕はそれが彼女がそうして僕を夫として盛りたてている、秀一郎と親子として暮らすための方便だと、思いこもうとしていた。

 そんな秀一郎が四ヶ月を迎えたころ、僕は自宅近くで海を見つけてしまった。おおよそ十年ぶりだった。
昔のままだった海は、ベビーカーに秀一郎とさして変わらない赤ん坊を乗せて歩いていた。
「海、ひさしぶり」
僕はしばらく逡巡した後、意を決して彼女にそう声をかけた。海はひどく驚いた様子で僕を見て言った。
「久しぶり、龍太郎も変わらないね」
「そう? 海も変わらないよ」
「うそばっかり。今や二人の子持ちだもの。もうすっかりオバサンよ。この上にもうすぐ六歳の子供もいるのよ」
海はそう言って笑ったが、自分の子供の事を話す割に、その目は少し遠かったのが気になった。
「折角だから話して行かない?」
という僕の誘いに、海は携帯で時間を確認して応じた。
「今、千葉に住んでるから、あまり長くはしゃべれないんだけどね」
とも言っていた。

 喫茶店に場所を移して、海の話を聞いた。今は音楽の話ではなく、子供たちの話をしている彼女。幸せになったんだね、海。僕の心に一抹の寂しさの風が吹いた。
 だけど、それだけだった。あの一言を聞くまでは……

「龍太郎も結婚したんだってね。奥様、素敵な方なんでしょ?」
そう言われた時、僕は健史が同窓会で海に会ったと言ったことを思い出した。
「ああ、二年前にね。同窓会に来てたって健史から聞いたよ。あれっ?」
その時胸に何か引っかかるものを感じた。僕が不思議そうな顔をした途端、海は急に悲しい顔になり、みるみる内に眼に涙を溜めた。
「ホントはね、上の娘とこの娘の間にね、生きていたら2歳半になる男の子がいたの……死産だった」
ああ、だからか。最初子供の話を始める時、何故か目が遠いと思ったのはそのせいだったんだと解かった。
「ゴメン、辛いこと思い出させちゃったね」
僕が今にも涙をこぼしそうな海に慌てて謝ると、
「ううん、もう辛くはないの。だけど、話すとまだ勝手に涙が出てくるの。おかしいでしょ? だからこっちこそ気を遣わせてゴメンね」
海はそう言うと、ムリに笑顔を作った。そして……
「でもね、だからこそマーさん、あ、旦那の名前なんだけど、マーさんと本当の夫婦になれた気がするのよ」
海がはにかみながらそう続けた時、僕の中で何かカチリと寂しさから苛立ちへとスイッチが切り替わる音がしたような気がした。

「志穂はね、完璧な結城の妻なんだ」
僕はそう言うと、携帯を取り出してその待ち受けを海に見せた。
「これが僕の息子の秀一郎。来週で四ヶ月になる。今見るたびに大きくなるって感じだから、毎週貼り替えてるよ。彼女は僕にこの宝物をもたらしてくれた」
僕は聞き様によると、ひどく惚気ているようなセリフを吐いた。案の定、海はその言葉に顔色を変えた。
「海にはムリだよ。志穂は完璧な結城の妻なんだからね。彼女は僕のために跡取りを産んでくれたんだ。
僕があの病気だったことは知ってるよね。その後遺症らしくて、僕には子種がほとんどないんだ。海とも何もしなくてもできなかったから、それは解かってくれるよね。志穂とだって人工的なことは何もしてない。つまり、秀一郎は……そういうことなんだよ。」
僕は海には一生言うまいと心に決めていたはずの彼女を手離した本当の理由を、うすら笑いすら浮かべて口にしていた。海はその事実に言葉も失っていた。
 そして僕は畳み掛けるように志穂との結婚が偽装であり、彼女には別に男がいることを告げた。
 そう、僕は君のように当たり前の幸せを手に入れた訳じゃないんだ。それに、僕はまだ君のいない現実を十年経った今でも受け入れきれずにいる。君に僕の事を良い思い出になんかされたくない。良い思い出なんかすぐに風化してしまうだろう?

「そうだ、いまからでもよりを戻さない? 志穂も良いけど、やっぱり身体の相性が一番合うのは海なんだよね。僕なら子供のできる心配はないよ。面倒なことにならないから、ご主人にだって気付かれない。どう?」
僕は薄笑いを浮かべたまま、海を誘った。
 もう引き戻れないのだと解かっていたし、海がそんな提案を受け入れてくれる女性だとも、受け入れてほしいとも思ってはいなかった。
 そう、僕は彼女に嫌われたかった。良い思い出として風化してしまうのなら、嫌われてでも僕は君の心に一生残っていたい。
「バカにしないでよ、第一子供が出来るとかそういう問題じゃないでしょ!」
すると海はその店のテーブルを叩いてそう叫んだ。彼女は今にも泣き出しそうになった娘の明日香ちゃんを抱き上げてあやしてベビーカーに戻すと、
「帰るわ!」
と店を出ようとしたので、僕は咄嗟に彼女の腕を掴んで引き留めてしまった。
海を本格的に怒らせてしまったのだろうか。僕の心は後悔でいっぱいになっていた。
「じゃぁ、茶飲み友達。お互いうんと歳をとっていろんな柵がなくなったら、茶飲み友達としてまた会ってよ。それじゃ、ダメかな」
だから僕は慌てて海にそう言った。
 そう、男だとか女だとかそういうものも超えて一人の人間としてゆったりと構えられるようになる頃には僕たちもまた、あの頃のように優しい時間が過ごせるよね、きっと……
海、それまで待っててくれる? 僕は口に出さずにそう彼女に願った。
 海はそんな僕の顔を見て、複雑な表情をしながらも、頷いて店を後にした。
 僕はそれを彼女の承諾だと受け取った。 
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theme : 自作小説
genre : 小説・文学

優しい手の主-Parallel 65

優しい手の主

 膝を抱えてベッドに座り込んだ僕の首筋を優しく抱いた手の主、それは志穂だった。

 かつての日、海が僕のマンションに泊まった時には、必ずそうして海は僕の首筋を背後から抱いて髪を撫でるのが、寝る前のお決まりごとのようになっていたから、僕は一瞬海がそこにいるのかと錯覚してしまった。それが志穂だと判ったとき、僕は何だかホッとしたようながっかりしたようなそんな複雑な気分になっていた。
「あ、ごめんなさい。龍太郎さんがなんだか寂しそうだったから」
僕が彼女を見上げると、彼女はそう言って僕から離れた。
「ありがとう、心配してくれて。僕ってそんな情けない顔していたんだ」
「あ、いえ……いいえ」
僕がそう言うと、志穂は慌てて言葉を濁した。相当情けない顔をしていたに違いない。

 僕は初めてと言っていいくらいに、まじまじと戸籍上の自分の妻を見た。そうして見ると、志穂はどことなく海に似ていた。顔がとか言うのではなく、その空気が。胸がキュッと詰まった。
「ねぇ、僕もうフリ止めていいかな。。少しは夫婦らしいことしないと、一族に本当の事がばれてもいけないしね」
 僕はそう言いながら立ちあがった。酔いのせいで覚束ない足元を慌てて志穂は支えてくれようとしたが、二人は敢え無くベッドに転がった。僕はそのまま彼女の耳元に口づけを落として抱きしめた。
「大丈夫だよ、僕と寝たってどうせできゃしないから彼にもばれない」
そう言うと、僕は志穂をその夜、自分の手に収めた。

翌朝、
僕は宿酔いと自己嫌悪とで最悪の気分で目覚めた。自ら申し出た事の禁を犯して彼女と交わったこともそうだが、その実、僕がそこに見ていたのは海の姿だったからだ。
「昨日はホントにゴメンね。僕、どうかしてたね」
僕は割れんばかりに痛む頭を押さえながら、志穂にそう謝った。
「謝らないでください、私たち一応夫婦ですから」
「それにしたって彼に悪いよ。いくら僕に子供が出来ないからって言ってもそんな問題じゃない」
そして、志穂の男に遠慮するフリをして、その場を切り抜けようとしている自分を疎ましく思った。でも、志穂は僕のその言葉を聞いてふしぎそうに首を傾げて、
「あの……そのことなんですけど……」
と、おずおずとそう聞いてきた。僕はそこで、彼女にまだ子供の事を話していなかったことに気付いた。
 それで僕は、奇跡でも起きない限り普通にしてても子どもはできないのだと告げた。その時僕は、僕の子供でもない子供を跡取りとしてかわいがるであろうあの人やおばあ様の顔を見たくてこの結婚を決めたという、僕が偽装を持ちかけた本当の理由も彼女に告げた。すると志穂は、こんなことを言いだしたのだ。
「私は龍太郎さんがお嫌でなければ……その方が子供が出来た時も、自分の子供だと思えるんではないですか」
実際にはこの時、志穂は男と既に縁を切っていて、彼女は僕とごく普通の夫婦になろうとしていただけなのだが、僕はそのことに気づくはずもなく、
「そんな事をしてばれでもしたら、君が彼との板挟みに苦しむことになるんだよ」
「私は良いんです。その方がきっと良い親子になれます」
と、そこまで言い切った彼女の申し出を、当惑しながらも受け入れてしまった。
 そして……僕は自身の妻を抱きながら、気持ちの中では海を抱くと言う背徳を続けた。
 
 だが、あり得ないと思っていた奇跡は起こってしまった。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

乾いた平穏な日々-Parallel 64

乾いた平穏な日々

 翌日、会社で会った健史は、いつもの健史だった。大体、元から仕事とプライベートを混同するような奴じゃなかったけど、彼の口からは海の名前――倉本――の「く」の字も出てはこなかった。
「だからですね、ここは思い切ってこうアプローチした方が、先方のウケは良いと思うんですよ」
 仕事の時の妙に丁寧な口調が、僕にもこの話をするなと暗に告げていた。
 
 そのまま僕は海と別れて……乾いた平穏な日々が続いた。
 そしてそれから七年経った頃、僕はあの人に勧められるままに見合いをした志穂とあっさり結婚した。
「GMも丸くなったもんだ。それだけお互い歳をとったってことですかね」
もうすっかり役職でしか呼ばなくなった健史がそう皮肉った。
 僕もこの結婚が実は偽装で、本当は志穂には裏に男がいることなど、彼に熱を込めて弁解するような子供でもなくなっていた。
 
 だから、本心を隠し続けて……僕の想いは日々に埋もれて行く、はずだった。

 ところがそんなある日、健史は久しぶりにプライベートで僕を誘った。そこで彼は、高校時代の同窓会の話を始めた。
「自分がどう変わったかなんて判んないんだけどさ、みんな変わってるんでビックリした。北野なんて、ありゃ詐欺だよ、詐欺!」
まるで高校時代にタイムスリップしたような口調で、健史はクラスのマドンナ的な存在だった北野紀子の変貌ぶりを、面白おかしく話した。
「それから……倉本も来てた。お前の名字じゃないってルリに言われて苦笑してたぞ」
そのあと、健史はトーンを落として海の消息を告げた。
「そりゃそうだよな、五年も前に結婚して、二人目がもうすぐ生まれるらしいよ。大きなお腹で幸せそうに笑ってた。『今更龍太郎の事言われても』ってな」
 そうか、海も結婚していたのか……自分の結婚も棚に上げて、当然と言えば当然の事実に僕は動揺していた。僕はあの日、彼女のそうした幸せを願って突き放したはずなのに。
 “今更”なんだ、僕の事は彼女にとって……
僕にとっては君は今でも……

 僕はその夜、健史が止めるのも聞かずにどんどんと酒を呷った。そして、ふらつく足で自宅に戻ると、リビングの志穂に声もかけずに寝室に向かって、ベッドの上に膝を抱えて座り込んだ。
 するとしばらくして、背後から誰かが僕の首筋を優しく抱いた。
「う、海?」
僕はびっくりしてその優しい手の主を見た。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

関わる役者が代わらなければ……Parallel 63

関わる役者が代わらなければ…

 海のいない週末の夜は長かった。僕はそれに耐えかねて、健史に電話していた。
「休みにお前が電話してくるなんて珍しいな。倉本と喧嘩でもしたのか? どうせまたお前が、彼女にわがまま言って困らせてるんだろ」
かけたのが僕だと判ると、健史は笑いながらそう言った。
「ああそうだよ、僕がわがまま過ぎて、僕たち終わっちゃったよ」
僕はつっけんどんにそう返した。
「終わっただなんて物騒な言い方だな。一体何で揉めてんだ、言ってみろ」
健史は僕たちがいつものように他愛のない喧嘩をしただけだと思っているみたいだった。
「…」
「犬も喰わない喧嘩の愚痴を聞かせるつもりで電話したんじゃないのか?」
さすがに、健史でも話せなくて口ごもる僕に、彼はそう言って茶化した。
「ねぇ、健史は今でも海が好き?」
「なんだ、藪から棒に。はいはい、今でもしつこく好きですよ、とでも言えば良いのか?」
そして唐突な僕の質問に、彼は面倒臭そうにそう返事した。健史はそうやって僕にはいつだって海への想いを隠さなかった。それでも僕が彼女を手離せないと思っているからだ。
「僕の代わりに海を幸せにしてやってよ。お願いだから」
「はぁ? バカなこと言ってんじゃないよ。夫婦喧嘩に俺まで巻き込まないでくれ」
僕の提案に、健史は呆れ声で返した。
「僕は本気なんだけど。僕と離れた後、他の奴に海をとられたくはないけど、君になら……だからね。僕はどこまで行っても海を幸せになんかできないんだ」
「バカ野郎! お前何考えてる!」
でも、僕が本気で別れようとしていると判った途端、健史はそう言って怒鳴った。
「倉本はな、誰よりお前といるのが幸せなんだよ。ホントにまぁ、一体どんな喧嘩をすればそんな寝ぼけたことが言えるのか。何があったんだ、龍太郎」
健史に再度尋ねられたけど、やっぱり、こんなこと誰にも言えない。僕がいつまでも答えないでいると、
「言わなきゃ分んないだろうが。お前、何も言わないで俺にお前のお古を押しつけるつもりか」
と、健史は言った。ふざけた言い方をしているけど、それは僕たちの事を本当に心配している様な口調だった。
「子供……」
それに対して僕は蚊の鳴くような声でぼそっとそう答えた。
「子供? 子供が出来たのか? なら、お前にとっちゃ万々歳じゃないのか」
「違うよ。できないんだ」
僕が悲痛な思いでそう告白すると、健史は少しの間の後、ホッとしたようなため息をついてこう言った。
「はいはい、何だそういうことか。お前、何焦ってんだよ。お前の事だから社長にぐうの音も出ない形でデキ婚なんか画策してんだろうが。どうせ、お前らは今でも夫婦みたいなもんじゃん。良いじゃんか、できるまで待ちゃ。でも、それじゃ倉本が不安になるかのか。それで喧嘩? バカバカしい」
そして、僕たちがただ、「既成事実」に焦って喧嘩を始めたのだと思って、ゲラゲラと笑い始めた。
「ダメなんだ。いつまで待ってもできない。僕が原因で……」
「待ってもできない? お前が原因って……それ何だよ」
しかし、そうじゃないとようやく解かって、健史は当惑したような言葉を返した。

「三年、子無きは去れ」
「おいおいそれって、何だ」
僕が続けて言った言葉に健史は困惑した声で返した。
「僕たちが縦しんば周りを押し切って結婚したとしても、たとえそのことが僕に原因かあるとしても、海は何かと一族に何かと値踏みされて、挙句の果てには子どものできないことで追い出される。これが僕たちの現実だよ」
「僕たちの現実って……お前何時代の話をしてんだよ。今、平成だぞ。へ・い・せ・い」
「関わっている役者が代わらなければ、昭和が平成になろうがそんなこと何も変わりはしないよ」
「そりゃそうかもしれないけど、そこまで取り越し苦労することないと思うぞ。悪いことは言わないから、早いこと倉本に詫びの電話入れとけ」
それでも健史は、僕の酔いが醒めれば、僕たちはまたよりを戻すと簡単に考えてる様だった。

「そうだ、電話で思い出したよ、電話番号替えたんだ。今度の番号は……」
しかし、つい今しがた変更した電話番号を健史に告げると、
「お前、本当に本気なのか?」
と、彼は急に声を荒げた。
「僕は、最初から本気だって言ってるでしょ。だから、僕の事はもう気にしないで海の事を……今まで我慢してくれてたんでしょ? あ、ただね、海には子どもの事言わないで。彼女には僕がいろんな娘をつまみ食いしてた様に言ってあるから。本当の事がばれないようにしてくれれば……」
その瞬間、電話の向こう側の空気が凍るのが僕にも判った。
「龍太郎、お前ホントに倉本にそんなことしたのか!」
そして、健史は僕の鼓膜が破れるんじゃないかというような声で怒鳴った。
「お、お前……それが倉本にとってどんなに失礼で残酷なことか、解かっててやったのか!」
彼の声は怒りに震えていた。
「それに、俺がYUUKIの社員でお前との接点が消せない以上、俺との付き合いにはお前の影が付きまとう。そんな俺の許でこれから倉本が幸せになれるとでも思うのか? じゃぁ何か、お前は俺に今の仕事を捨てて、あいつを取れとでも言うのか!」
「いや、健史にはいてほしいよ。今の企画は君なしではあり得ない」
「じゃぁ、別れるのはお前の勝手だ。だけどな、俺にまで妙なことをふってくるのは止めてくれ、迷惑だ!」
健史はそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

解放-Parallel 62

解放

 海は、その週末も変わらず僕のマンションに来てくれた。そして、
「やっぱり別れられない」
と言った。
「僕は誰とも一生結婚するつもりはない」
僕がそう言ったら、
「それでも良いから一緒にいたい」
と、そう言った。
 だから、僕は別れを切り出した。彼女を僕から解放しなくちゃと思った。
「君は僕との中途半端な暮らしを、後々絶対後悔することになるから」
僕はそう言ったけれども、たぶん君は全てを話したらどんな仕打ちにでも耐えて僕の側にいることを選ぶだろう。しかも僕には一言の愚痴も言わず笑顔で。そしてぼろぼろにされていく、母様とは逆の理由で母様と同じ様に。僕はそれを見ているだけの勇気がなかっただけなんだ。

「もう遅いんだ」
って言ったら、
「何が遅いのか分らない」
と、海は僕の背中を叩きながら泣いた。本当は遅いのか早いのか……僕にも今でも分らない。
 あんな説明で納得できたとは思えないけど、海が重い腰を上げて自分の荷物を整理し始めた時、僕はパソコンで仕事をしているフリをした。でもあの時、僕が打ち込んでいたのは、実は彼女への謝罪の言葉だった。見られそうになったらすぐ消す準備をしながら僕は、ゴメンね、本当は愛してる。これは君のためだからと、自分に言い聞かせつつ何度も入力し続けた。
 やがて海がドアの外に出ても、そこから歩き出せなくてずっと佇んでいることも分っていた。僕は飛び出して行って抱きしめたい衝動に駆られながら、パソコンの前で頭を抱えて座っていた。
「これで良いんだ。これで海は幸せになれる」
僕は自分に呪文をかけるように、何度もそう呟いていた。
 やっと歩き出した彼女の靴音が聞こえなくなっても、僕はずっとそうしていた。

 僕の手元に残ってしまった、この安物の指輪を握りしめて……

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

お披露目いたします

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龍太郎のモノローグの重みに耐えかねて…歴代チープな書籍化のシリーズをUPしてみました。
一応書いた順に並んでおります。
「切り取られた青空は」青空以外考えてはおりませんでしたし、このテンプレートは作品を書く前から好きで便箋とかに加工していたものでした。
「いと」は結婚式用のグリーティングカードです。空もあり、らしくて良いかなと採用。
「遠い旋律」は音楽ネタなので…
「満月に焦がれては」思いっきり現代劇なんですけど…この表紙だけ見てるとSFです。

この後も龍太郎の「ゼロ時間」に向かって物語は進みます。あの不思議ちゃんが本当は何を考えていたのか…もう少しお付き合いください。

theme : ヒトリゴト
genre : 小説・文学

自暴自棄- Parallel 61

自暴自棄

 そしてあの日……僕は病院での検査の結果に絶望していた。やはり原因は僕にあった。だけど、それは病気の再発ではなく、ついでに受けた検査の方で……僕には生殖能力が著しく低いのだと聞かされた。成人男性の一割満たないと。
「この状態だと、自然に妊娠させることはまずないと言っていいでしょうね」
医者は極めて事務的に、僕にとって最悪の判決を下した。
 ふらふらと病院を後にした僕は、衝動的に行きずりの女に声をかけて、自分のマンションに引きずり込んだ。遊んだところで面倒なことにはならない。僕は完全に自分を見失い、自暴自棄になっていた。
 そして、なお悪いことには、普段平日には来ることのない海が、その日に限って僕のマンションに来てしまったのだ。
「同じ家に暮せないって、こういうことだったの!」
強行突破のつもりで、結婚に対して消極的に振舞っていたことのつけがここになってきた。
 それでも、そのときなら……大声で否定すればまだ間に合った。実際心の中では、
「違う、そうじゃないよ。僕には君だけしかいない!」
と叫んでいたのに、僕の口からはその言葉が出ることはなかった。
 僕に係わらない方が海は幸せになれる――僕はあの時、瞬時にそう考えてしまったからだ。
 何も策を講じなければ、僕との子供はあり得ない。これは僕と海と二人だけの間なら、何ら問題にすらならないことだ。
 だけど、これを結城家というカテゴリーで考える時、それは致命傷になる。
 海は子供(はっきり言えば跡取り)を産めない女として、一族の者からさんざん非難を浴びせかけられた上で放り出される。たとえそれが、僕に原因があったとしても。
 母様に僕がいることでこの家に縛られたのとは逆に、海は子供のできないことで家を追われる。
 人工的な手を施すことが出来ることも知ってはいるが、もしそれを一族の者に知られれば、彼女には今度は『財産目当ての性悪女』のレッテルが貼られるだろう。そして事あるごとにそれを突かれる事になるのだ。
 何にしてもたぶん、僕と一緒では海は幸せにはなれない。僕はそう思ってしまっていた。
 だから、
「僕が海だけで満足できるとでも思ってたの?」
僕は咄嗟にそんな毒を吐いて、その毒で自分の気持ちすら麻痺させようとした。心から悪い男になってしまいたかった。
 そして、そんな僕に海はあの指輪を僕に投げつけて、去って行った。
 そのあと、呆気にとられて見ていた行きずりの女性すら、
「ばっかみたい」
と去って行き、僕は一人で何度もこう呟いていた。
――そうだ、これで良いんだ。こんな情けない男になんて関わらない方が良いんだ、海――と…… 

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

強行突破…-Parallel 60

強行突破

 それから僕と海とはずっと一緒だった。僕らの事をクラスの一部の人間は夫婦だと言った位に。僕も彼女もそれを否定も肯定もしなかった。時が来れば本当にそうなるのだから。僕はまだまだ子供のくせに、そう思っていた。海はどう思っていたのだろう、今となっては聞くこともできないけれど。
 海との事をあの人やおばあ様は認めてはくれなかった。結城の家柄に彼女は合わないというのだ。ほとんど会ったこともないくせに、どうしてそんな判断が出来るのだろう。人間の人となりは、その家で決まるものでもないし、世の社長と呼ばれる人がどれだけ偉いというのだろう。社長が社長然としていられるのは、彼女のお父さんたちのように、普通に勤めてくれる社員があってこそのはずなのに。
 そう、彼らは何も解かっちゃいないし、解かろうともしていないんだ。
 そんな彼らに立ち向かうための手段として、僕は「既成事実」が欲しかった。子供を盾にとってでも、僕は海と結婚する。そう決めた。
 僕は間に合わなかったとか、そんな白々しい理由を付けて、一切の避妊を止めた。海は戸惑いながらも黙ってそれを受け入れてくれた。

 だけど、一年を超えても僕の望んだ結果は得られなかった。ただ一度だけ、海の月のものが遅れた。海の周期は正確だったから、僕はドキドキしてそれが態度に出てしまわないかと内心冷や冷やして時を過ごした。
 やがて、そうじゃないと分ったとき、海も期待していたことが手に取るように分ったけど、だからこそ露骨に残念な顔をしてしまうと海を傷つけてしまうような気がして、僕は何でもないフリをした。
 そう、僕はそうやっていつだって他人も自分すらも偽ってきた。それがどんなに罪深いことかなんて思いもしないで。
 海に原因はないのが明らかなのなら、原因はやはり僕にあるのだろうと思った。あの病気の再発が頭を過った。
 それなら早いこと治してしまおう、僕は病院に検査に赴いた。
 僕が海の誕生日に安物の指輪を贈ったのは、多少時間がかかっても心配しないで側にいてほしい、それが本音だったのだ。
 全く僕は、言ってることと思っていることが真逆の天邪鬼だったんだ。
 
 僕がその時本当にしなきゃならなかったことは、そんなサプライズな演出なんかじゃなく、正直に家の反対を押し切ろうとしていることとか、それにはきちんと病気を治さなければならないこととか、そういうことを全て彼女に暴露して、海と二人一緒に頑張るべきだったんだと……今なら、そう思う。 

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

Parallel 59

 健史の言う通り、僕は玉砕なんかしなかった。
「私もね、結城君の事はいいなぁって思ってたんだ。話しててすごく楽だし。付き合っても良いよ」
と、あっさりと倉本夏海は僕の告白を承諾してくれた。それから彼女は、
「ねぇ、結城君って今まで他の娘と付き合ったことあるの?」
と聞いてきた。
「ううん、でも何で?」
「かわいい顔してるし、優しいから、中学時代モテたんじゃないかと思って」
僕はその言葉に耳を疑った。僕が、かわいい?
「まさか、僕がかわいいって?」
驚いた僕を見て、彼女ははにかみながら頷いた。
「根暗のチビなんてモテたりしないよ。それに……」
病気で体型も今とは全く違っていたから。僕はその一言がどうしても言えなくて呑み込んでしまった。
「確かに男の子としちゃ高い方じゃないのかもしれないけど、私より高いから気にしたことなかったよ。で、それにってまだ何かある?」
「それは……今度。ううん、明日、明日教えてあげるから。でも、頼むからびっくりしないでね」
僕はそんな勿体を付けて答えを引きのばした。僕は正直なところ、かわいいと言われて怖くなってしまったんだ。僕のあの頃の顔を見ても、同じことを言ってくれるのかなと思って。
 翌日僕は、一番浮腫んでいた頃の写真を彼女に見せた。
「僕、小学校の高学年からずっと病気してて、中学三年の二学期ぐらいまでは大体こんな感じだったんだ。チビで根暗でその上デブなんて、モテっこないから。安心した?」
彼女もその写真を見て、すごくびっくりしたようだった。口を開けたまま長いこと黙ったままだった。僕はだから、こんな百年の恋も一瞬で褪める様な写真を何で持って来たのかと後悔した。でも彼女は、
「安心したかなって……私にこんな写真を見せて嫌われるとか思わなかったの? ううん、私はこんな写真で嫌ったりはしないけど。それより、もう病気、治ったの? 私はそっちの方が心配。だって、結城君ほとんど体育出てないもの」
と、涙目で僕を見つめながらこう言ってくれた。その潤んだ瞳に僕はまたドキッとした。
「大丈夫だよ。今は薬も飲んでないし、もう浮腫んでもないでしょ?
体育もたぶんやっても大丈夫だけど、先生の方が怖がっちゃって、おみそにされちゃってるだけだよ。心配かけてゴメンね。ただ、僕……倉本には僕の事をちゃんと知っててほしかったんだ」
それに対して、僕は照れながらそう返した。僕の言葉に彼女は、
「それって、かなり嬉しいかもしんない。でも、それって反則技だよ」
と言いながら、僕に背を向けた。泣いてるみたいだった。僕には何が反則なのか分らなかったし、この時はまだ、泣いてる彼女の肩を抱くことも知らない子供だった。

 そして翌日……授業が終わった後、僕は彼女と彼女の女友達が話に花咲かせている所に行って、こう切り出した。
「ねぇ、海。海は今日はクラブ?そうじゃなかったら、一緒に帰ろうよ」
サラっと言った様に聞こえるように昨日一晩何度も練習した。それに、「海」というのはその時考えた僕だけの彼女の呼び方。当の「海」は、最初自分の事を言われているとは思っていなかったみたいだけど、僕の目線と、そして自分の名前を頭に思い浮かべて、自分に向かって言っていると気付いたようで、
「ううん、クラブは明日だよ。だから、龍太郎一緒に帰ろ」
と、真っ赤になりながら笑ってそう答えた。
 その時、「海」の親友の皆川悠の
「きゃぁ、あんたたちいつのまにぃ!」
という叫び声とか、聞いてないだろうと思っていた、教室の反対側にいた男子が口笛を吹くのとかが混ざり合って聞こえて、すごく恥ずかしかった。
 だけど、もう口に出してしまった。そうだ、こういうのは言ったもん勝ちってやつだと、僕は思った。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

告白-Parallel 58

 告白

 倉本夏海はよくしゃべるし、よく笑う女の子。

 音楽室での出来事から、彼女は教室でも僕に話しかけてくるようになった。大抵は彼女の好きな(主にクラシック)音楽の話だ。流行の音楽――特に若いアイドルと呼ばれる人々の曲――は、耳の良い彼女には外れているのが気になって聞けないらしい。彼女に言わせれば、あれは一種の『拷問』なのだそうだ。
 彼女の女友達に言わせると、そういう話題を間違ってでも振ってしまうと彼女は限りなく暴走するから気をつけなければならないのだそうだ。でも、僕にはそれが暴走しているとは思えなかった。僕だって、顔や胸の大きさだけで女性アイドルを追いかけている男子の会話についていけなかったし、彼女がそうやって熱く語るのを聞いているのは、嫌いではなかった。
 やがていつの間にか、僕たちは付き合っていることになっているみたいだった。みたいだなんて無責任な言い方だと思われるかもしれないけど、正式に付き合っていない僕たちはお互いの家の場所も、それどころか電話番号すら知らなかったから、学校で話す以外に接点は何もなかった。
 僕はなかなか彼女の真意を聞けないでいた。僕の方はと言うと、音楽室で彼女が不意に僕に手を重ねた時から、いや……音楽室の窓を開けてあの綿あめみたいな笑顔を僕にくれた時から彼女の事が好きだった。だけど、周りの公認視している雰囲気が、まるで僕らの周りの堀を外側から固められているような感じがして、これでもし振られるような事があったら立ち直れそうにないと思ったからだ。
 それでも、なけなしの勇気を振り絞って告白しようと思った僕は、そのことを一番仲が良い健史――梁原健史――に相談した。相談と言うよりも確認かもしれない。健史はおそらく彼女のことが好きだと思っていたから。親友として抜け駆けはしたくなかった。

「お、龍太郎やっと重い腰をあげたのか」
僕が告白するつもりだと言うと、健史は笑顔でそう返した。
「それで君は良いの?」
「何が」
「僕が告白して上手く言った時の事。勘違いじゃなきゃ、君も倉本の事……」
「好きだと言えばそうかもな」
僕が遠慮がちにそう尋ねると、健史はあっさりとそれを認めた。
「だけどさ、お前らに入り込む隙間なんてないじゃん。俺はさ、勝てない勝負はしない主義なんだよ。その証拠に倉本は俺といるより、お前といて笑ってる時の方が断然カワイイ。俺はそれを見てるのが幸せなんだよ。だから、俺の事なんかいちいち気にすんな」
そして、何か訳の分らないことを言って、僕を煙に巻こうとしていた。
「ねぇ、もし振られた時は君が慰めてくれる?」
僕としてはそれでも彼女に受け入れてもらえる自信が持てなくてそう言ったんだけど、そしたら健史はぶっと吹き出した後、僕の背中を咳き込むほど思い切り叩いた。
「頼むからその言い方は止めてくれ。お前のその顔で、その口調で言われると、マジでキモいぞ。俺は男に言い寄られる趣味はない」
と、首筋を掻いた。男に言い寄られるって……心外だと思った。僕はこれから玉砕覚悟で彼女に告白しようって言ってるのに。
 だけど、その後ニッと笑った健史は、
「大丈夫だ龍太郎、俺はたぶん間違ってもそんなアフターケアはしなくて良いはずだから、お前もうちょっと自分に自信を持て」
と言ってくれた。僕は本当に嬉しかった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

手-アルビノーニのアダージョ-Parallel 57

手-アルビノーニのアダージョ


 僕は放課後、音楽室で一人ピアノを弾いていた。
 元々ピアノを弾くのは好きだった。でも、浮腫みの酷かった頃は指の動きも悪く、あまり上手く弾けなかった。浮腫みが取れたからやっとスムーズに動くようになったと思いながら弾いていると、音楽室の窓がガラッと開いて、
「なんだぁ、結城君かぁ。アルビノーニのアダージョだなんて、曲が曲だから幽霊じゃないかと思ってドキドキだったわよ」
と、ひょっこり首を出したのが倉本夏海というクラスメートだった。
「でも、ピアノ上手いね。私、こんな音出ないな」
彼女はそう言って綿あめみたいにふわふわの笑顔を僕に向けた。
「君もピアノ弾くの?」
「うん、ちょっとだけね。一応受験に必要だから」
「へぇ、音大に行くの?」
受験に演奏が必要だと聞いて、僕は真っ先に音大に行くのだと思ったが、それを聞いた彼女は眼を丸くしてこう返した。
「まっさかぁ、幼教だよ。保母さん。音大なんて考えたことないよ。びっくりしちゃった」
「ヨウキョウ? ああ、幼児教育の略ね。何だそうか……アルビノーニのアダージョなんて曲名を即答するもんだから、僕はまた、プロを目指してるのかと思った」
「この曲有名じゃん」
「曲自体は有名だけど、曲名は知らない人の方が多いと思うけど」
大体クラシックなんて大抵そうだ。曲名を言っても無反応だけど、聞くと『ああ、この曲ね』と言う事になるのだ。
「そうなの? 私元々クラシックが好きだから、そういうの解からないな。この曲も大好きだし」
「へぇ、偶然だね。僕もこの曲すごく好きなんだ。だから、ピアノ用にアレンジしたんだ」
このバロックの名曲は、パイプオルガンと弦とのコラボが一般的だ。
「うわっ、自分でアレンジしたの? 結城君ってますます凄いね。じゃぁ、もっかい聞かせてくれない?」
「いいよ、じゃぁ中に入っておいでよ」
 窓越しに聞いていた彼女は、音楽室に入ってくると僕のすぐ隣で僕の手元を見ながら再び同じ曲を聞いた。そして、聞き終わるとぽつりと、
「いいなぁ」
と呟いた。
「何が?」
僕は何が良いのか分らなくて聞き返した。
「結城君の手、小柄なのに大きいなぁって思って」
そう言われて僕は鍵盤の上に再び右手を置いて、親指でドを、そして小指で一オクターブ上のミを叩いた。
「ええっ、ミまで届いちゃうの?」
それを見た彼女はいきなり僕の右手に自分の右手を思い切り開いて重ねた。そして、
「私なんてオクターブがやっとでさぁ、それも曲の終わりには攣ってくるっていうのにさ」
と、なんとも悔しそうにそう言った。僕は不意に重ねられた手にドキドキしていたんだけれど、彼女の方は僕なんて完全にノーマークという感じ。だから、僕は皮肉たっぷりに、
「そりゃ、僕は男だもの」
と返してやった。それでもまだ彼女は、
「何か納得いかない、それ」
とまだぶつぶつ言い続けたけど。変わった子だな……それが僕の倉本夏海に対する第一印象だった。 

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

指輪の記憶―指輪-Parallel 56

指輪


これはあの指輪が見せる龍太郎の記憶の物語……

 僕は指輪を握りしめて唇を噛んだ。どうしてこんなことになってしまったのか。僕はただ彼女を愛していた、ただそれだけの事なのに……

 元々、この指輪はほんの間つなぎのつもりだった。だから、僕はそれこそどこにでもあるような安物にわざとした。これを本物の指輪に替える。手品師にでもなったつもりでいたのかもしれない。あの時、
「三十位までは結婚するつもりもないんだよ」
と言ったのは、実はプロポーズをできるのがいつなのかが分らなかっただけで、本当は一刻も早く一緒に暮らしたかった。
 僕が何故そんなまどろっこしい事をしたのか。それはあの人やおばあ様、特におばあ様が海との結婚を強く反対していたからだ。それどころか、おばあ様は僕を『あの学校にやるんではなかったわ』とまで言っていた。
 僕がそれまで通っていた私立の高等部に進学せず都立高校に受験までして通うことにしたのは、変わりたかったからだ。
 僕に取り憑いていたあの病魔を追い払って、体型が元通りになっても、今の僕を知っているあの環境では僕は変われないと思ったからだ。
 だけど、エスカレーターで放っておいても進学できる学校を蹴ってまでわざわざ都立高校にきた、しかも体育の授業をまともに受けることのできない僕は、結局ここでも浮いた存在だった。
 元々人付き合いは良い方ではなかったから、僕はますます孤立していき、やっぱり僕なんて変われっこないのだと、そう思い始めていた。
 でも、それを払拭してくれて、そんな僕をみんなの輪の中に入れてくれた存在……それが海、倉本夏海という少女だった。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

パラレルワールド-Parallel 55

パラレルワールド

 重い気持ちのまま、家路を急ぐ。かばんの中には遠い昔の不確かな約束の証。志穂は、
「これは倉本さんが持たなければならない物ですわ、お返しいたします。今日はそのためにわざわざお越しいただいたんですもの」
と言って、戸惑う夏海にそれを渡したのだ。実際、志穂がそれを持っていたところで、夫の心がずっと自分のところになかったことを思い知らされるだけだろうし、だからと言って夫の最期を一緒に過ごしたそれを無碍に捨てることもできないに違いない。
 それにしてもこんなに愛し合っていたのに掴めなかった……お互いの手。隣り合わせて歩いていたはずなのに、届かない。まるで自分だけが違う次元に飛ばされてしまったようだ。パラレルワールドに迷い込んでしまったとでもいうのだろうか。だから、この世界のどこにも自分の帰る場所はないと感じてしまうのかもしれない。
 ……だけどね龍太郎、女の私には、あなたのように何もかもうっちゃって「あの頃」に戻ることもできないわ。

 家に戻った夏海はいつものように家事をこなして夜、雅彦が先に寝てしまったことを見計らって、填めていた結婚指輪を薬指から外し、代わりに想い出の指輪を填めて床についた。
 マーさん、今日だけ……今日だけは私をあの頃に行かせて頂戴。夏海は気持ち良さそうに上下する、夫の背中を見つめながらそう呟いた。
   

僕は君だけを愛している-Parallel54

僕は君だけを愛している


「それは!」
志穂が夏海の前に出したモノ……その傷だらけのフォトスタンドと小さな箱を見た途端、夏海は小さく声を上げ震え始めた。
 どちらも夏海にははっきりと見覚えのある物だった。
 フォトスタンドは、彼らの高校の卒業記念の品で、中には龍太郎によく似た男の子の写真が入っていた。おそらく、秀一郎だろう。
 それにしてもこれほどまでに似ていれば、いい加減気付きそうなものだと言う位似ている。志穂の言う様に、認めようとしていなかったのか、そう思った時、夏海はそのことに寒気すら感じて、無意識に首を振っていた。
 そして、もう一つの小さな箱の中身が何であるかも、夏海にはよく分っていた。
 それは、夏海の二十五歳の誕生日に龍太郎から贈られたあの指輪のケースだったからだ。
開けて確認することのない夏海に、志穂は
「これは倉本さんのですよね」
と言った。
「い、いいえ。それは龍太郎と別れる時に彼に投げつけて返しました。もう、私のじゃないです」
「結城はあの日、この二つを持って飛んだんです。指輪を右手に握りしめ、写真を子供を抱くように押し抱いて。だから、八階からの衝撃にも耐えられたと、鑑識の方もおっしゃいましたし、『やっぱり最後まで息子さんの事が気がかりだったんですね』と刑事さんもおっしゃってくださいました。でも、……これを見てください」
そう言うと、志穂はフォトスタンドの裏側を開いた。すると、秀一郎の写真の下にもう一枚写真が入れられていたのだ。夏海はその後ろ側の写真を見て、一瞬息が止まるかと思った。
 それは、夏海の――修学旅行の時、龍太郎と互いに撮りあったそれ――が納められていたからだ。

「秀一郎が本当に結城にそっくりになって、皆さんからそういう風に言われるようになっても、結城は頑なにそのことを認めようとはしませんでした。でも、あの悪魔が再び牙を剥いた時、さすがに結城もそのことを認めざるを得なかったんです」
「あの悪魔って?」
「最近になって、秀一郎が体調を崩したんです。結城には身に覚えのある症状でしたから、すぐピンときたようで、慌てて息子を病院に連れて行きました。そこで私たちは、かつて結城を苦しめた病魔の名を再び聞くことになったんです。
それから結城は塞ぎこむことが多くなりました。そして、お酒に走るようになったんです。
あの日は休日でしたので、結城は朝から飲んでおりました。そして……起こるべくして起こった『事故』でした」
 子供の写真もそうやって見ると、今の秀一郎ではない。再会したあの時のあの待ち受けの子供なのなら、明日香と同い年。今小学校五年生のはずだ。この写真はどう見ても四、五歳にしか見えない。
「結城は時間を戻すことができるのなら、あなたと一緒にいたあの頃に戻りたい、そう思ったんじゃないでしょうか」

―海、僕は最初から君だけを愛しているよ―
 夏海の耳に、不意に龍太郎のあの夢のささやきが響いた。あれは自分の願望などではなく、龍太郎からの夏海への最後のメッセージだったと言うのか……
「あなたは何も悪くはないわ。悪いのは全部この私です! 私が龍太郎から離れなかったらこんなことにはならなかったんですから!」
悪いのは私なのに、どうして志穂さんは私を責めないで、自分ばかりを責めているのだろう。夏海は切なすぎて胸が切り刻まれるようだった。
「いいえ、倉本さんは悪くないです。だってあなたは、事実を何も知らされずに、結城から一方的に別れを告げられたんでしょう?」
しかし、志穂にそう問い返されて、夏海はゆっくりと肯いた。
「結城は子供が出来ないという事で、一族の方からあなたが一方的に非難されてぼろぼろになって自分から離れて行くことを怖れたんですわ。『原因は僕の方にあるのに、彼らはそれに耳を貸すことなく、海を責めるに決まっている』結城はあなたと別れた時、それを責めた梁原さんにそう答えたそうです」
 ああ、だからヤナは同窓会の時、
『気にしなくて良い。あれは家同士の結婚で、龍太郎の意志じゃない』
と言ったのだ。やはり、彼は龍太郎が豹変した理由も知っていたのだ。
「それに、結城のお義父様があなたとの結婚に反対し、私の父がこの結婚をごり押しした本当の理由は、父たちの学生時代の友情が発端だったんです。お互いの子を結ばせよう、そんな男のロマンであなたを弾き飛ばしてしまっただけなのです。結城の死後、お義父様は泣きながらそのことを悔いてらっしゃいました。
だから私は、結城に本当の事を、頑張ればあなたとの子供も夢ではなかったと気づかせてはいけなかった。秀一郎が間違いなく結城の子供だと言う事を悟られてはいけなかった。そうすれば、結城はあと二十年もすればまた、あなたの許に帰れたはずです。
ある時から結城は何度か楽しそうにこう言っていました。
『僕が六十五歳になったら志穂さんを解放してあげる。会社はさっさと秀一郎に放り投げて、一人で暮らすよ。そしてね、茶飲み友達とね、お茶を飲みながら過ごすんだ。これが僕の夢。もう約束してあるんだ』
その茶飲み友達は倉本さん、あなたですよね」

『お互い歳をとって何の柵もなくなったら、茶飲み友達にでもなってよ』
 夏海はしばしの再会の時の、夏海が聞いた龍太郎の最後の肉声を思い出した。あの時、氷のようなその表情が一瞬にして融けたと思っただけだったが、よくよく考えてみれば龍太郎の表情は泣きそうで懇願するようでもあった。
 それはある時を境に彼女にまでポーカーフェイスを貫かざるを得なかった彼の、わずかに露呈した本来の気持ちの表れだったのだと、夏海は今になって気付いたのだった。
 
   

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genre : 小説・文学

秀一郎の真実-Parallel 52

秀一郎の真実

「昨日はゴメンね。僕、どうかしてたね」
翌朝、志穂は龍太郎にそう言って頭を下げられた。
「謝らないでください」
咄嗟にそう言った志穂に龍太郎は首を傾げた。志穂は謝られたくはなかった。二人はれっきとした夫婦なのだし、もう彼とは別れていて気遣うものなど誰もいない。それを自分が夫に言えないだけなのだ。
「私たち一応だけど夫婦ですよね。それに……」
志穂が『彼とは別れた』とはっきりと口に出そうとしたその時だった。
「でも、彼に悪いよ。いくら子供が出来ないって言ったって、そんな問題じゃないよね」
龍太郎は前日の夜に耳元で囁いたあの事をまた口にしたのである。
「そのことなんですけど、一体どういうことなんですか?」
まるで龍太郎は志穂が知っていて当然という風なので聞き辛かったが、それでも彼女はおずおずと夫にそのことを尋ねた。
「あ、そうか……まだ説明してなかった? おばあ様やあの人には絶対に知られてはいけないことだからって、肝心の志穂さんに隠してたらダメだよね。
実はね、僕は子供のころにかかった病気の後遺症で、精子の数が極端に少ないんだ。普通成人男性の一割満たないって言ってたかな。だから、自然に子供を持つなんてことあり得ないんだよ。解かった?」
龍太郎の突然の告白に、志穂は一瞬耳を疑った。しかもそれを話す龍太郎の顔には微塵の苦々しさも漂っていない。それが志穂には尚更不思議に思えた。
「だからね、僕は志穂さんにそのことでも謝らなきゃならないかな。僕がこんな形だけの結婚を申し出たのは、あの人の志穂さんのお父さんへの報復手段というより、あなたに彼との関係を続けてもらうことで、結城の跡取りを産んでほしかったんだ。戸籍上の妻のあなたの子供なら、実際はどうあれ法律上は僕の子供になる。彼には本当に申し訳ないんだけど、それが本当の理由なんだ。僕の事、ひどい男だと思うでしょ」
龍太郎はそんな重い理由を、それこそ小学生が先生にばれたいたずらを告白するように語った。
「いいえ、思いません」
「そう?」
「龍太郎さんがその……私となんてお嫌なのでなければ、また……そうすればできた時に自分の子供だとより思えるんじゃないんでしょうか」
そして、子供が出来ないと知ってしまった今、志穂は尚更龍太郎に彼と別れた事実を言う事が出来なくなり、妙な誘い方で自分から誘いをかけてしまっていた。
「本当にそんなんで良いの? そんなこと言ったら本気にしちゃうよ、僕」
それに対して、龍太郎はいたずらっぽく笑ってそう返した。微笑みながら頷く志穂に、龍太郎の方が逆に驚いていた。それでも
「志穂さんが良いなら遠慮なく。じゃぁ、もっと早くに言えばよかったな。昨日は、期待以上だったし」
と、口元を少し緩くしながらそう告げたのだった。
 
 こうして若干回り道はしたものの、結城夫妻のごく普通の結婚生活が始まった。
 志穂はますます龍太郎を愛した。彼女は子供が欲しいと望んだ夫の希望を何とか叶えたいと思った。しかし、夫は人工的な策を施してまで儲ける気はないようだった。

 志穂はその悩みを、女子高時代のクラブの先輩の女医、広波弥生に相談した。もちろん、結婚が偽装だったことは伏せたが。
「まぁね、あれは女性側にかなり負担がかかる治療だからね、そういうの解かってて気を遣ってくれてんでしょ。お宅のご主人って紳士だもんね」
それが弥生の答えだった。
「そうなんでしょうか」
その答えに志穂は首を傾げた。確かに嫌われていないとは思っている。しかし、愛されているという実感もない。
「でも、一割弱ねぇ。専門家はやっぱ人工授精が望ましいって言うかな。でも、ないことはないと思うよ」
「えっ?」
「奇跡。実際に私が検査した訳じゃないから、その時も今もご主人がどんな状態なのか判らないし、こんなこと言うべきじゃないのかもしれないけどね。人間の体なんて一定じゃないからさ。良くも悪くもなるし、無精子状態じゃなきゃ好条件が重なれば奇跡だってあり得るってことよ」
「ホントですか!」
もしかしたら奇跡を起こせるかもしれない。そう聞いた志穂は思わず弥生の前に身を乗り出していた。
「ま、慌てなさんな。それにはね、まず志穂ちゃんとご主人二人の体調を整えること。ご主人はもちろんだけど、受け皿が良いだけでもずいぶん確率を上げると思うよ。
あと、基礎体温を測って、確実に狙う。無闇に回数踏んでも、あまり効果はないと思うから。
それから、これも大事なんだけど、このことは御主人には内緒ね」
「何故ですか?」
「こういうことに男ってのはホント、ナーバスだからね。緊張するとそれだけで確率下げちゃうのよ」
そう言うと、弥生は豪快にカラカラと笑った。
「その点ね、女は強いよ。命だって平気でかけられる。私は内科医だけどさ、産んだら死ぬぞって脅しをかけてもまず退かないんだよね。結局こっちが産婦人科に泣きついて、こっちまでスタンバって産んだってケースもあったよ。だからさ、志穂ちゃんもがんばりな」

 そんな弥生のアドバイスと、志穂の真剣な祈りが通じたのか、それから約半年後、志穂は龍太郎の子身籠ることが出来たのだった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

Parallel 51

「う、海」
龍太郎はビックリして顔を上げた。僕はちゃんと自分の家に帰ったはずなのに、どうしてここに海がいるのだろう、そう思ったのだ。
 しかし、眼をあげてそこにいたのは夏海ではなく、志穂だった。龍太郎はがっかりするような、しかしホッとするような、複雑な気持ちで戸籍上の妻を見つめた。
「ごめんなさい……なんだかひどく寂しそうでしたから」
志穂はそう言うと、慌てて龍太郎から離れた。
「ううん、構わないよ。僕、そんなに情けない顔してたんだ」
「あ、いえ、いいえ、そんなことはないです」
情けないという顔ではないと思う。しかし、庇護を求める少年のようなと言えば、やはり三十路を過ぎた大人の男には失礼な言い草かも知れない。彼女はそう考えて、言葉を濁した。
 すると、龍太郎は大きくため息をついた後、
「ねぇ志穂さん、僕フリを止めて良いかな」
と唐突に切り出した。
「つまりね、少しは夫婦らしいことをしないと、あの人たちにばれちゃうかなと思って」
そう言いながら龍太郎は立ちあがり、志穂の肩を抱こうとしたが、酔って足がもつれた。それを咄嗟に志穂は支えようとしたが、女の細腕では支えきれず、二人はそのままベッドに倒れ込む形になった。
「志穂、愛してる」
龍太郎はそう言って志穂に口づけを落とし、そのまま初めて自身の妻を抱いた。志穂はやっと本当の夫婦になれたのだと、涙をこぼした。
 それを夫は後悔の涙とったのかもしれない。泣く志穂をみた龍太郎は、
「ごめんね、僕の気持ちを押しつけちゃったね。でも、僕と寝たってどうせ出来ゃしないんだから、彼にはばれないよ、きっと」
と言った。志穂にはその意味は分らなかったし、熱に浮かされたようになっていた彼女には、それを考えられるだけ、頭はその時回らなかった。
 ただ、酔いと興奮とでだんだんと意識が混濁していたのかもしれない。龍太郎は志穂の事を「海」と何度も呼んだ。おそらく自分ではない名前に、自分の事を棚上げしていることは重々解かっているのだが、志穂は「海」と呼ばれる度に胸を鋭い何かで突き刺されるような気がした。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

志穂-Parallel 50

志穂

 そして志穂はぽつぽつと夏海が疑問に思っていたことを話し始めた。
「私には結城と結婚する前、お互いで結婚を約束した方がいたんです。
しかし、父はそれを知りながら、結城との縁談を進めました。『会うだけで良い』と言いながら、その一方で、会社の利害関係が絡んでいるのも明白で、『受けなければ会社はどうなるか分らない』とも仄めかされました」
志穂の話を聞きながら、夏海はふと自分の事を聞かされているような気分になった。父親と母親の違いこそあれ、別に恋人がいたこと、会うだけでいいと言われながら押し切られた事など、他人事だとは思えなかった。
「だから、私の方からお断りはできませんでした。なので、思い切って私は、見合いの席で結城に『差し支えなければ結城さんの方からお断り願えませんか』と言ったんです」
 いきなり彼女の方から断られたというのはどうも本当の事の様だった。では、あの龍太郎からのとんでもない申し出も事実なのだろうか。志穂は話を続けた。
「その時、結城はこう言ったんです。
『僕から断っても、事態にあまり変わりはないと思うよ。あの人は自分が手に入れたいものは、どうしたって手に入れる人だからね。むしろあの人の思い通りにならなかった腹いせに、君のお父様がどんな目に遭うか。
それで、これは提案なんだけど、君がもしも……もしもどうしても僕の事を我慢ならないと言うのでないのなら、形だけ夫婦のフリをしてもらえないだろうか。彼との付き合いは続けてくれて構わないよ。寧ろ僕の事なんか気にしないで続けてほしい』と」
「偽装結婚……」
志穂は思わず出た夏海の言葉に頷いた。
「そうです、どうせ逃れられないのなら、それで父の会社が救われるのならと、私は彼を説得して結城と結婚する道を選んだんです。
でも、一旦は納得した彼でしたが、次第にどんどんと不機嫌になっていったんです。彼は結城の私に対する態度が優しすぎると言いました。本当にお前らは偽装なのかと、実は結城とつながっているのだろうと……
私たちはケンカが絶えなくなり、私は結婚後、程なく彼と縁を切りました」
 彼ら夫婦が偽装結婚だったことは事実だった。しかし、結婚後すぐに志穂は恋人と別れてしまったと聞き、さらに驚いた。秀一郎は、龍太郎の話では結婚二年目の子供だ。という事は、父親はまた別にいるということなのか。夏海の脳裏に一人の人物が浮かんだ。
 夏海はもう、続きを聞くのが怖くなっていたのだが、志穂は尚も続けた。
「これでもう本当の夫婦になれるというのに、私は何故だか彼と別れたことを結城に言えずにいました。それこそ結城は私と彼を二人で一つのように扱ってくれていましたから。そして、彼と別れた私は、急速に男として結城を見るようになっていったんです
いえ、もしかしたら私は本当のところ、結城の申し出を受けた時から、偽装を持ちかけた時、駆け落ちをしてでも私を選ぶと言ってくれなかった彼よりも、結城に惹かれていたのかもしれません。それに意味は分らなかったのですが、なんとなく結城は彼との関係を続けることを望んでいるような気がして言えなかったんです。
私は、結城には彼との関係が続いているように装いました。」
 偽装結婚を偽装する。そんな不思議な結婚生活を志穂は選択したと言うのか……
「そんなある夜、結城は梁原さんと久しぶりに飲むんだと、夕方嬉しそうに電話をかけてきました。でも、帰ってきた結城はそれこそべろんべろんという言葉がぴったりなほど酔っていて、帰って来て結城はすぐに寝室に向かったんです。
心配になった私が寝室に行くと結城はベッドに丸まるように座っていました。私、それを見てるとなんだかとても切ない気持になってつい……結城に首筋から抱きついてしまったんです。
結城は、ひどく驚いた様子で私を見ました」

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

対峙-Parallel 49

対峙


 梁原と約束した十日後、夏海は龍太郎の妻志穂と会うべく、龍太郎がその生涯を終えた場所でもある、彼らの自宅マンションを訪れた。
 先ず、外観から彼の居住していたと思しき場所を見上げる。ここから……夏海は鼻の奥がつんと痛くなった。
 それから、贅を尽くしたエントランスに入った夏海は、深呼吸をしてから徐にインターフォンを押した。
「はい、どちらさまでしょうか」
志穂の、高目で涼やかな声が返ってきた。
「あ、飯塚と申します。梁原さんからお伺いして、お言葉に甘えて御主人のお参りに寄せていただきました」
「……倉本さんですね。今、開けます」
少し間をおいて志穂はそう答えると、程なくキーロックの解除される音がして、玄関の二枚目の自動ドアが開かれた。
 それにしても志穂は夏海を旧姓で呼んだ。たぶん今日のための連絡にも、梁原は夏海にいつも呼び掛けるように、志穂にも自分の事を旧姓で報告していたのだろう。
 しかしもう使わなくなって久しいそれは、彼女自身にとって今やなじみの薄い物になっていて、どこか自分ではないようだ。自分は間違いなく倉本家の次女に生まれたというのに、ずいぶんと薄情な話だと、夏海は苦笑した。

 八階に上がると、部屋の前で志穂が待っていた。夏海は彼女に一礼した。
「どうぞ、お入りください。すいません、お呼びつけなんかして。まだ、ここから離れられないものですから」
志穂はそう言いながら、夏海をリビングへと案内した。
 通されたメゾネットタイプの部屋の、広いリビングの日差しの差し込む一番明るい所に龍太郎の笑顔があった。その前からゆっくりと立ち上る煙は空へと向かう。その糸が彼はもうこの世のどこにも居ないことを夏海に改めて教える。
「お参りさせて頂いてよろしいですか」
「ええ、是非」
夏海は龍太郎の遺影の前に正座し、深く頭を垂れた。
 長い龍太郎への鎮魂の後、顔をあげた夏海は、志穂がお茶の用意を始めていることに気付いた。
「どうぞお構いなく」
「よろしければ一緒に飲んで頂けませんか、ご存じでしょ? 結城が好きだったこのお茶。一人で飲むのは寂しいんです。秀一郎にはまだカフェインが心配ですし」
夏海の言葉に志穂はそう返しながら、リビングのローテーブルに、龍太郎が好きだった紅茶、プリンスオブウエールズを置いて、夏海の前に正座すると、
「倉本さん、本当にごめんなさいね」
と夏海に深々と頭を下げたのだった。夏海は呼び出された理由もつかめないまま土下座に近い状態で謝る志穂にいささか当惑していた。
「どうして? 何故奥様が私どもの様な者に頭を下げなければならないんですか?」
「いいえ、今回の事は全て私が悪いんです」
志穂は夫の遺影を一瞥すると、涙をこぼしながらそう続けた。

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genre : 小説・文学

それでも…愛してる-Parallel 49

それでも…愛してる


 それから三日ばかりの飯塚家の空気は最悪という言葉では片付けられないほどだった。二人は言葉はおろか目線すらも合わせず、夏海は仕事から帰るとただ黙々と家事をこなし、雅彦は着替えを取りに入る以外は、夫婦の寝室に寄りつきもせず、リビングで寝起きしていた。
その緊張感に、子供たちも夕食もそこそこにテレビも見ずに子供部屋に引き上げてしまうぐらいだった。
 夏海は雅彦から離婚を言い渡されるのも時間の問題だなと思っていた。そうなれば子煩悩な彼の事だし、当然親権を要求するだろう。そうなれば法的に落ち度のない彼の主張が通るのは必至だ。それに経済的な事を考えれば、夏海はどちらか一人ででも荷が重かった。
 私は、身一つでこの家を出なければならないかもしれない。他に行く所もないけれど、こんな情けない娘を、母は家に入れてくれるだろうか。

 そして四日目は土曜日だった。未来は朝一番から図書館に行くと言って、明日香を連れて出かけた。残された夫婦はリビングとダイニングという、間仕切りのない空間の両端でかなり長い間いたたまれない時を過ごしてた。

「夏海、ちょっと良いか」
「……ええ」
不意に雅彦が意を決した表情で口火を切った。
「あの男の事、正直ショックだった。俺たちの十七年間は一体何だったんだろうって」
「……」
「俺に隠れてずっと会ってたんだろうなとか、本当に子供は俺の子供なんだろうかとか……色々考えたよ」
「マーさん!」
龍太郎の訃報を聞いたときの態度で、彼との関係を取りざたされるのは致し方ないとは思っていた。だが、子供の出生まで疑われるとは夏海は思っていなかった。
「違うわ、それだけは絶対に違う! 龍太郎とは十年前に新宿でばったり出くわした、それだけよ! その時生まれたばかりの明日香を連れてたのよ、私。あの子たちは正真正銘あなたの子よ。未来の性格だって、明日香の顔だって、あなたにそっくりだってみんな……」
悔しさと悲しみの涙で夏海の言葉が詰まる。
「もう別れるしかない、そう思った。なぁ、夏海……俺、夏海が電話で『結婚できません』って言った時、『少しずつでも好きになってくれませんか』って言ったよな。あんなこと言わずに、すんなりお前を手離せば良かったのかな」
「ううん、どっちにせよ、私は龍太郎のところには行かなかっただろうし」
雅彦の言葉に夏海はそう答えながら頭を振った。もし、あの時マーさんが断ったとしても、結局康文と同じことが起こっただけだわ。
「そうか。でな、そこまで考えた時、未来が出来たと分ったときの興奮したお前の声とか、暁彦を失った時の半狂乱の涙とかそんなもんを次々思い出したんだ。教えてくれ、お前も、この十七年間、俺と嫌々連れ添ってきた訳じゃないよな」
「当たり前じゃない。嫌々だなんて悲しいこと言わないで」
夏海は悲しげに笑いながらそう言った。嫌々ではなかった。夫の事は好きなのに、いつまでも龍太郎を忘れられない自分が自分で許せなく辛かった。
「腹は正直治まったとは言えない。それでもやっぱり……俺はお前を愛してる。理屈じゃなくだ。だから、これからも俺と一緒に居ろ。これは命令だ。俺はお前を誰にもやるつもりはない、今までも、これからも。解かったか」
命令口調でそう言う雅彦に、夏海は涙を流しながら、ホッとした様子でこくりと頷いた。

 それを確認した雅彦は、夏海を抱き上げるとそのまま夫婦の寝室に入って行った。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

あのときの答え

この前のバトンで、バトンを頂いた方を宝石にたとえるとという質問で、
「コーン」
という回答をさせていただきました。

そもそもコーンと言うのは、漫画「スキップビート」で主人公が肌身離さず持っている宝石の事で、頂いた人物の名前を付けて大切にしているんです。(本当は久遠なんだけど、主人公は知りません)

コーンって何の石だったか忘れてしまったので、コミックスを調べ上げ、ついに見つけました。
「アイオライト(菫青石)」
だそうです。漢字を見るだけで美しさが伝わるようでしょ。

theme : ヒトリゴト
genre : 小説・文学

爆発-Parallel 48

爆発

 龍太郎の死から、雅彦と夏海はほとんど口を利いていなかった。
 雅彦は今がプロ野球のシーズン中であることを幸いに思っていた。野球中継がテレビで放映されれば、それに熱中しているフリをすることで妻と対峙することを避けられる。もっとも今の夏海は自分からは話しかけては来ない。以前は観戦を妨害されるとイライラするほど、彼女の仕事や子供の話を半分も聞いてない自分に一生懸命話しかけてきたのに。
 そんなにあの男が良かったのか! あの翌日、ワイドショーでも取り上げられたあの男の死を、雅彦は興味本位を装い古株の女子社員に聞いてみた。
大会社のやり手の次期社長の突然の死、警察は事故死だと断定したらしいが、
「事故なもんですか! 自殺よ、あれは。体裁が悪いから会社が警察を抱き込んだのよ。でも案外、自殺に見せかけての他殺だったりして。それだと女が絡んでるわね、きっと」
その女子社員は自分の勝手な憶測まで交えて、興奮気味に雅彦に語った。その絡んでいる女と言うのは、もしかしたら夏海なのかも知れない……雅彦は贔屓のチームの失策に託けて、リビングにある夏海お手製のクッションをどすどすと殴りつけた。
 その時、電話が鳴った。雅彦はすぐ前のテーブルに置かれてあった子機をとった。
「夜分恐れ入ります。わたくし、株式会社YUUKIの梁原と申す者です。奥様は今、御在宅でしょうか」
雅彦はYUUKIと聞いて虫唾が走った。あいつの部下か? 死んでからまた何の用があるんだ。やはり夏海はあいつと……
「はい、おりますが。少々お待ちください」
彼は正直なところ、即座に電話を叩き切ってしまいたい気分だった。しかし、そんなことをしたところで、用件があると言うなら自分のいない時間にまた電話をかけてくるに違いない。それはもっと癪に障る。
「夏海、梁原さんって人から、電話だ」
 雅彦はそう言って夏海に子機を突きだす様に渡した。夏海は明らかに梁原という名に狼狽えている。やはり、影にいる女と言うのは夏海の事なのだろうか。雅彦の胸の中にさらに黒い塊が広がっていく。雅彦は子機を持ったまま台所に逃げ込んだ夏海を目で追って、応対する妻の話を一つとして聞きもらすまいと耳をそばだてた。

「ねぇ、いきなり何なの? ヤナ」
夏海は迷惑だと言わんばかりの態度で電話に出た。
「この度はわざわざ弔問に来てくれてありがとう。それで、今日はお願いがある。実は志穂さんが倉本に会いたがってるんだ。ぜひ会ってもらえないだろうか」
「どうして私が彼女に会わなきゃならないの? それより、何で彼女が私の事を知ってる訳? ヤナが教えたの? 会いたくないわ。と言うか、会えないわよ」
梁原の依頼を夏海は非難がましく言いながら断った。今更龍太郎の妻に会ってどうしようと言うのだ。夏海は彼女に罵られる事も、逆に彼ら夫婦の絆を見せつけられことになるのも嫌だった。
「倉本はもしかしたら、志穂さんが龍太郎と君との仲を誤解してるとでも思ってるのか。詳細は俺の口からは言えないが、少なくとも彼女はそんなことを思っちゃいないよ。むしろ……ああ、おしゃべりが過ぎた。とにかく彼女に会ってもらうのが一番良い。だから、俺からもお願いする。志穂さんと会ってやってくれないか」
すると、梁原はそうまで言ってなおも食い下がった。
「分ったわ、そこまで言うなら」
「ありがとう。龍太郎の四十九日が終わるまで彼女は家を空けられないから、事故のあったあのマンションにいる。倉本の都合の良い時間を知らせてくれ。俺が彼女に連絡しておく」
「じゃぁ、十日後の午後ってことで、良い」
「伝えておくよ」
夏海は龍太郎のマンションの場所を聞いて、通話を終えた。
 正直、気乗りしない。しかし、『会ってやってほしい』とは。志穂は梁原にとって親友で上司の妻だが、些かそう言うには親密すぎるのではないか。もしかしたら、龍太郎の子供の父親は実は彼なのではないか。そう言えば葬儀の席でも梁原は泣き崩れる志穂を支えていた。夏海がそんな想像を巡らせていると、雅彦から冷たい一言が浴びせかけられた。
「夏海、忘れているようだから言っておく。お前は俺のモノだ。どこぞの御曹司にやった覚えはないぞ」
「何を誤解してるの? ヤナは確かにYUUKIの社員らしいけど、ただの高校の同級生よ」
夏海はその言葉に、梁原がYUUKIの名前を出したのだと気づいてそう言った。しかし、皮肉なことに雅彦は『YUUKI』という社名よりも、『ただの高校の同級生』という言葉に反応して、それまで何とか持ちこたえていた我慢の糸を切ってしまったのだ。
「その『ただの高校時代の同級生』を未だに引きずっているのはどこのどいつだ! それでそいつが死んだら、さっさと同じ同級生のそいつの部下に乗り換えるか、全く呆れて物も言えない!」
「待ってよ、そんなんじゃないわ!」
龍太郎はともかく、梁原との関係まで疑われている。夏海は悔しさに涙が溢れる。夏海は子機をホルダに置いて、雅彦の正面に立った。
「じゃぁ、何であの男の部下から電話がかかってこなきゃならないんだ!」
そんな夏海を雅彦はそう言って睨みあげた。
「ねぇ、ちゃんと聞いて。そりゃ、私、ヤナの事も知ってるし、彼は龍太郎の部下だったわ。だけど、個人的な付き合いなんてないし、今日の電話は龍太郎の奥さんが私に会いたいって言ってるから、会ってやってほしいって言われただけよ!」
負けずに夏海も雅彦を睨みながら電話の内容を説明する。
「何でお前があの男の嫁に会う必要があるんだ!」
「そんなこと私が聞きたいわよ!」
そうだ、私の方が教えてほしい。夏海は梁原に知っているのなら龍太郎に死んだ理由も、死んでからも尚、胸をかき乱すような事をする理由も教えてほしかった。
「嘘じゃないだろうな」
訝るような目を向けて雅彦が覗き込む。
「嘘なんかじゃないわ、信じて」
夏海もその射るような眼を逸らさずに受け止めた。
「ふん、嘘じゃないみたいだな」
逆に雅彦の方がその強いまなざしにそう言いながら眼を逸らせた。
「解かった、もう良い。お前は部屋に行け。俺はここで寝る」
彼はそう言うと、大きな図体を屈めてソファーに夏海に背を向ける形で横になった。

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弔問-Parallel 47

弔問


 夏海は悠たち数人の女友達と一緒に、龍太郎の弔問に訪れた。
彼の妻志穂は、泣き崩れて、梁原に支えられていた。
それを見た夏海は、龍太郎が偽装結婚だと言ったことは本当だったのだろうかと、疑問に思った。縦しんば出会いがそうだったとしても、一緒にいることでいつか情は通い合う。男と女なのだ、尚更そうしたものだろうと、夏海には痛いほどよく解かっていた。
 祭壇には大きく引き伸ばされた龍太郎が穏やかな笑みを浮かべて夏海を見つめる。もちろん、彼女だけを見つめている訳ではない。しかし、その瞳を見つめ返すと、
『海、最初から君だけを愛しているよ』という夢の中の彼の台詞が漣のように押し寄せてきて、涙が自然と溢れてくる。
 しかし……ここで泣いてはいけないと夏海は思った。ここで泣いて良いのは志穂であって自分ではない。
 それにあの台詞は夢の中の事、現実ではない。未来が二人が出会った歳まで成長し、あの頃に戻りたいと切に思っていたことが夢になって現れただけのことなのだから。たまたまその時に訃報が重なっただけで、偶然なのだと。
 短い弔問を終え、会場を少し離れた場所で徐に悠が夏海の肩を叩いた。
「夏海、偉かったね。もう、私たちしかいないから。泣いても、良いよ」
「そうだね、良く頑張ったよ、あんた……」
みると容子の眼にもうっすらと涙が滲んでいる。
「そんなんじゃないわよ……私はもう、龍太郎のこと……なんて……何とも思って……ただあんまり突然だったから……うんと歳をとったらまた会ってお茶を……」
夏海は容子に抱きついて、声を上げて泣いた。
 そう、龍太郎はいつも嘘つきだ。子供の事も言ってくれればどんなことだってしたのに。もうどうにもならなくなってから聞かされたくはなかった。それに歳をとったら私たち、茶飲み友達になるんじゃなかったの?
 そしたら私、龍太郎の好きだったあのあんまり甘くないチョコレートケーキを焼いて、龍太郎の好きな紅茶でお茶をするのを楽しみにしていたのよ……

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「R」への回帰-Parallel 46

「R」への回帰


 二人きりになった後、雅彦は何も言わずに夏海を抱きしめ続けた。いや、正確には何も言えなかったのだ。十七年あまり連れ添った夫の前でこれほどまでも心を乱してしまえる『同級生』とはどんな奴なのか、聞くのが怖いというのが本音であった。
 そもそも、これまで積み上げてきた結婚生活の全てを一瞬にして全部否定されている、そんな気すらした。彼らは子供たちが音も立てずにそっと学校に出かけてからもしばらくずっとそうしていた。

「マーさん、ゴメンね」
不意に夏海が口火を切った。
「謝るな。それともそいつと今、謝るような関係なのか、お前は」
涙声で謝罪する妻に、雅彦は不機嫌な声でそう返した。妻は俯いたまま頭を振った。
「夢をね……今朝夢を見たの。もう何年も龍太郎の夢なんか見たことなかったし、ずっと忘れてたのに。その矢先の訃報だったから……」
夏海はつぶやくように夫に今朝の夢の話をした。しかし、忘れていたというのは嘘だった。思えばさまざまな岐路に立たされた時、嬉しい時、悲しい時、思い出すのは必ず彼の事だった。彼とこの場面を迎えたなら、自分はどんな思いを持っていたのだろうと必ず考えた。
 ついこの間も、高校入学した未来の姿に、二十八年前の自分たちを重ねて思いを馳せたばかりだった。
「良いから、怒ってない」
雅彦はそう言うと、荒々しく夏海の唇に自身のそれを押しあてて、彼女の口内をかき回す。もうこれ以上妻がその口で自分以外の男の事を吐かないように。できることなら、その言葉を紡ぎ出す頭も全部リセットできれば良いのにと思いながら。
 夏海自身も、雅彦にそんな妻に縋りつくような口づけをさせていることが申し訳ないと感じていた。だが、申し訳ないという気持ちはあるのに、龍太郎への想いもまた止めることができないのだった。
 唇を離した雅彦はいきなり携帯を取り出し会社に電話をした。
「あ、佐山? 飯塚だけど。悪い、俺途中で腹壊しちゃって、動けなかった。やっと治まったんでこれから行くけど、会議には間に合いそうもないから、遅れるって部長に言っといてくれないかな。そうなんだよ、珍しいだろ? 俺自身が一番ビックリしてるよ。俺ももう年なのかな。じゃぁ、そう言う事で。なるべく急いで行くから」
夏海はバカ正直だと思っていた雅彦がぺらぺらと真実でもない遅刻の言い訳をするの聞いて驚いた。
 しかし、同じようなものじゃないかと、夏海はそうも思った。龍太郎の事をちっとも忘れていないまま、周りを――娘さえも欺いて――夫一筋の態度を貫いてきた私に言えることは何もない。
「お前、今日は休むか。休むなら早めに連絡入れろよ。自分からが都合が悪いんなら、俺から入れようか」
スーツを着込みネクタイを締めながら雅彦がそう言った。
「ううん、行く。ちょっと偶然が重なってビックリしただけよ。それに、仕事をしてる方が気が紛れるし」
それに対して、夏海はのろのろと立ちあがりながらそう答えた。

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引き戻される時-Parallel 45

引き戻される時


 そして平成二十一年四月、未来は高校生になった。龍太郎と出会った歳になった娘を、夏海は入学式の朝、眩しそうに見つめた。この子はこの高校生活をどんなふうに過ごすのだろうか。私は……そう言えばずっと龍太郎と一緒だった。

 娘に二十八年前の自分を重ね見たからかもしれない、夏海はそれからしばらくして龍太郎の夢を見た。
「海、みぃつけた!」
と、些か子供じみた言い方で夏海を呼び止めた懐かしい声。その声に振りかえると、龍太郎が赤ん坊を抱いて満面の笑みでこちらを見ていた。赤ん坊はピンクの装いをしていたので、女の子なのだろう。龍太郎はその子に目を映すと、優しく揺する、するとその子は声を立てて笑った。その笑顔に龍太郎の顔が尚綻ぶ。
 それから龍太郎は再び目線を夏海に戻すと、
「海……僕は、最初から君だけを愛しているよ」
と唐突にそう言った。そして、驚いている夏海からすーっと潮が引くように彼らは遠ざかって行った。その際、龍太郎はもう一言何か口にしたのだが、その言葉は耳が良いはずの夏海にも聞こえなかった。ただ唇は、
『待ってる』
と動いた気がする。
 龍太郎の姿が見えなくなった途端、夏海は夢から目覚めた。

「ねぇママ、何かあった? 顔色良くないよ。ぼーっとしてない?」
朝食のトーストを未来に渡すと、未来は夏海にそう言った。
「変な夢を見ただけよ」
「どんな?」
 しかし、どんなと言われても……とても詳細は話せない。そう思いながら、夏海はそれには答えずに朝のニュースワイドに目をやった。CMが明け、ローカルニュースのコーナーに入ったところだった。
 そして、夏海はその次の瞬間、アナウンサーが読みあげたそのニュースに耳を疑い、呆然と固まってしまったのだった。

――ニュースです。本日未明、東京都新宿区のマンションの八階から男性が誤って転落、頭を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認されました。
 男性は株式会社YUUKIの代表取締役常務、結城龍太郎さん四十四歳で、結城さんは転落時かなり酒に酔っており、遺書などもないことから、警察では酒に酔った結城さんが誤って転落、死亡したものとみて捜査を進めています――
マンションから転落? ウソ……龍太郎が、死んだ?……

「ママどうしたの? 真っ青だよ。座んなよ」
夏海は明日香にそう言われて、はっと我に帰った。
「ねぇ、この人ママと同い年だけど、もしかして知り合いだったりする?」
未来が流れたテロップの年齢を見て、夏海にそう尋ねた。
「たぶん、高校の同級生……」
夏海は未来の問いかけにやっとそれだけを答えた。
「ま、マジ?」
思わずそう言った未来に、夏海は蒼白になって震えながら頷いた。その様子を見て未来は、もしかしてただの同級生ではないのかもと、直感的にそう思った。

 その時、リビングで電話が鳴った。夏海は反射的に走ってそれをとっていた。悠の声がした。
「な、夏海、ニ、ニュース見た? 結城、だよね、アレ」
かけてきた悠の方も要領の得ない口調で夏海に話しかける。
「うん、見た。たぶん、あいつだよ。あの辺に住んでるって言ってた」
「へっ、いつ会ったの!」
「……十年も前だけど、新宿で偶然……」
「そっか、一体何があったのかな」
「分からないわ」
もう、何が何だか分からない。あの時愛人になれと言い、それから茶飲み友達になれと言った龍太郎はもうこの世にはいない。そんなこと、どうして信じることが出来るだろう。
「夏海、そんなとこでどうした? そろそろ準備しないと遅れるぞ。俺は行くからな」
そこにトイレから出てきた雅彦が呑気にリビングに現れた。背の高さは約二十センチ、顔も体型も全く違うはずの雅彦が、夏海には一瞬龍太郎に見えて……
―海、僕は君だけ愛しているよ―
と夢と同じ声が聞こえた。
 もしかして、最後に私に会いに来てくれたの? 夏海はそう思った途端、堰を切ったように涙が流れだし、
「りょぉたろぉ……何で、何で、死んじゃったのよぉ……」
と呻くように何度もつぶやいて泣き崩れていた。

 突然泣き出した妻に驚いた雅彦は、夏海が力なく放り出した子機を手にした。
「もしもし、夏海? 大丈夫? 返事して!」
受話器からは妻の一番の親友の彼女を心配する声が聞こえてきた。
「悠、ちゃん?」
「あ、マーさん……夏海は大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ところで、これは一体どういうことなのか説明してくれないかな」
大丈夫かと聞かれても、事情の分らない雅彦には、この事態をどう判断してよいのか判らずにいた。
「それはその……結城、あっ……いえ、私には上手く言えないと思う」
それで悠はその詳細を一旦言いかけたのだが、問われている相手が当の夏海の夫だという事に気づいてその言葉を呑み込んだ。自分が下手な説明をしてしまうと、折角の良い夫婦仲にひびを入れてしまいそうだ。
「あのね、ママの同級生がマンションの八階から落っこちて死んだんだって。さっきのニュースでやってたの」
その時、明日香が雅彦にそう説明した。
「明日香、それパパに言うんじゃない!」
慌てて未来が明日香を窘める。
「だって、ママが言ったんだよ? この人ママの高校の同級生だよって」
しかし、それがどうして父親に言ってはいけないことになるのだろう。明日香は理解できずにそう反論していた。
「とにかく、今は夏海を支えて上げてください。私にはそれしか言えません。じゃぁ、また詳細が分かったら、連絡入れるって夏海に言っといてください」
そのやり取りが聞こえたのかどうかは判らないが、悠はそう言うとそそくさと電話を切ってしまった。
 雅彦は子機をホルダーに戻して夏海を見た。彼女は既に泣くのを止めてはいるが、放心状態になっている。まるで暁彦を失った時のようだ。雅彦は夏海を引き寄せ抱きしめた。すると、彼女はびくんと肩が揺らし、戸惑ったように、
「マーさん……」
と夫を呼んだ。
「明日香、学校に行くよ。ママはパパに任せればいいから」
「う、うん……」
未来はその様子を見ると、そう言って明日香の背中を押して、一旦子供部屋へと入って行った。 

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Parallel 44

 だが、葉書が来てから十日ほどした土曜日の午後、飯塚家の電話が鳴った。休みの日だからと遅くまで寝ていて、やっとその日一度目の食事をしていた未来が電話に出た。
「はい、飯塚です。は? 誰? ああ、それママです。今代わります。ママぁ、電話だよ」
未来は大声で夏海を呼び、子機を渡しながら、
「ヤスフミさんって人から。でも、親戚にいた? そんなおじさん」
と首を傾げた。武田からの電話に身構える半面、おじさん発言に軽く吹き出しそうになりながら電話を受け取る。低音の武田の声は、歳以上に老けて聞こえるのかもしれない。しかし、よくよく考えてみれば、夏海より四歳も年下と言えど、未来にとっては充分親の年齢、おじさんに違いはないのだった。
「はい、お電話代わりました」
夏海は努めて事務的な声で電話に出た。
「お久しぶりです、武田です。すいません、いきなり話しかけたんだけど、お嬢さんだったんですね」
武田の切り出しもまた、事務的なように感じた。
「今頃、何の用ですか」
「相変わらずだな、今頃何の用はないでしょ。千佳宛にあんなメールまで送ってきたクセに。あの時は大変だったんですから」
夏海のつっけんどんな要件を尋ねる問いに、武田はいきなりぐっと声を低くしてそう言った。
「そ、それは……マーさん、いえ、主人が奥さんの方を友達だと勘違いして送った……」
慌ててしどろもどろで説明し始める夏海の耳に、突然甲高い笑い声が響く。
「ぶっ、はははは……すいません、いきなり笑っちゃって。そんな事だろうと思いました。妙に送信された文章が男っぽかったですからね。大丈夫ですよ、僕個人のメアドに送られたメールを千佳が見たりはしませんよ。名前と件名を見た時は、ちょっと『てめぇ、何考えてんだ』とか思いましたけどね」
「武田君、脅かさないでよ」
「すいません、ちょっと悪さが過ぎました。で、今すぐ近くまで来てるんですけど、ちょっと出て来られませんか。今××です」
武田は夏海の自宅から三つばかり離れた駅周辺の地名を口にした。夏海は少し躊躇したが、
「二十分くらいかかると思うけど、それでもいい?」
と会う事に同意した。今日の口調に些かの棘がないように感じたからである。
「ねぇ、ちょっと買い物に行ってくる」
夏海は窓を開けて、ベランダで素振りをしていた雅彦にそう呼び掛けた。
「すぐ帰ってくるんだろ」
「うん、すぐに帰ってくるわ」
「行っといで」
 雅彦はそれだけ言うとまた素振りを始めた。それこそ結婚した当初は、趣味欄に妻と書き込みそうなくらい、休みの日には一緒に行動したがったが、最近はそうでもない。こうして急に買い物に出かけると言っても付いていくとは言わなくなったし、夏海は明日香が高学年になってからパートだが仕事も始めた。どんどんと大きくなる子供たちにお金もかかって、専業主婦だなどと悠長なことを言っていられないのが実情だが、おかげで社会との接点も復活して、気持ちに張りと余裕を感じられるようにもなっている。

 指定されたファミレスに入ると、武田は目ざとく夏海を見つけて手を振った。
「お久しぶりです」
「待たせたんじゃないかしら」
「いいえ、急に呼び出したのは、こっちですから。それに、その間に昼飯食おうと思ってましたし、だから待ってなんかいないですよ」
武田はあらかた食べ終わった皿を指さしてそう言った。
「メールの件、本当にごめんなさい」
夏海は席に着く前にそう言って頭を下げた。
「あ、やっぱり責任感じちゃいましたか。ああ言えば、あなたは絶対に来てくれると思っただけで、気になんかしないでください。それに……謝るのは俺の方ですよ。今日はそのために連絡したんですから」
夏海は武田のその言葉に驚いた。
「夏海さん、一つだけ聞いて良いですか。旦那さんと結婚するつもりだって手紙をくれた時、本当は俺にどうしても断れって言って欲しかったんですか。
あのアドレス変更をもらったすぐ後に、俺、親父の十七回忌で実家に帰ってねーちゃんに愚痴ったんですよ。『今更あてつけかねぇ、女の考えてることなんてホント解からんな』って。そしたら、逆にねーちゃんに叱られました。『前から女心の解かんない奴だと思ってたけど、その上バカね、あんたって。彼女はその時、あんたに縁談を断れって言ってほしくて手紙書いたに決まってんじゃん』って」
その言葉を聞いて夏海の眼は大きく見開かれた。お姉さん、そんなことを言ってくださってたんだ……
「あなたを信じずに試そうとした私が悪いのよ。だから嫌われても仕方ないって思ったわ。あーあ、じゃぁあの時私が『絶対に別れたくないの!』とか言って泣きつけば、康文は何が何でもマーさんから奪って行ってくれるつもりだった訳?」
夏海も冗談ごかしてそう返した。
「ええ、夏海さんが『俺じゃなきゃダメだ』って言ってくれるのを待ってましたよ。その一言さえあれば、あなたのご両親がどう言おうが、旦那さんがどう言おうが掻っ攫ってきたと思います。
でもな、俺何であの時あんなに意地を張っちゃったんだろうな。やっぱ、あの時自分で言ったように縁がなかったのかな」
武田は苦笑しながらそう言った。
 あの時、私にもう少しだけ勇気があればまだ間に合ったのか。十七年目の真実に、夏海はしばしの間呆然とした。
 しかし、彼女はそのことを残念に思う気持ちこそあれ、もはや悲しいとは思わなかった。
「俺ね、あなたを結婚式に招待したでしょ、あれね、一応結婚する報告はしなきゃと思ったし、その時『結婚します、ハイさよなら』みたいな電話もなんだか失礼な気がして。実は夏海さんが絶対に断るようにってあんな言い方をしたんですよ。『喜んで出席させてもらう』なんて言われたらどうしようって、内心びくびくだったんですよ」
そして武田の続く一言に、夏海は脱力感すら覚えた。今まで、突き放した罪悪感を持ち続けていたのは一体何だったのだろうと、少しその発言に悔しさすら覚えた。
「何だ、そうだったの? あれ逆にかなりきつかったわよ。あの時密かに『こんなストーカーもどきの奥さんにならなくて良かった』って本気で思ったんだから。奥さんがかわいそうって、同情しちゃったわよ」
「ストーカーもどきはひどいなぁ」
だから、夏海は少し辛辣に言葉を返した。それに対して武田はちょっと首をすくめてため息をついた。
「ストーカーもどきはともかく、私は女だもの、いつでも女の味方よ。千佳さんに言っといて頂戴、もし浮気してるのが判ったらいつでも私に連絡頂戴って。お姉さんがこっぴどく説教してあげるからって」
夏海は意地悪く笑みをたたえながらそう続けた。
「そりゃないでしょ、第一それを誰が千佳に言う訳ですか。俺しかないでしょ。十七年も前の元カノの話を今更女房に誰ができるってんです? 夏海さん、怖すぎですよ」
その笑みに武田は口をとがらせて返す。
「あら、その慌てよう……もしかして今言われたくないことしてるって訳?」
「夏海さん、いい加減にしてください!」
「してないんなら私も説教しなくて良いんだし、もっと堂々としてなさいよ」
ついに怒りだした武田に夏海は余裕の笑みでそう返す。すると、彼はささやくような小さな声で
「遊ばれてるよ、だからオバサンってのは嫌なんだ」
とぼやくのが夏海の耳に届いた。
「聞こえたわよ、忘れたの? 私の耳が異常なくらい良い事」
そう言われて、武田ははっとしてがっくりと肩を落とした。
「これで、おあいこね。ああ、すっきりした。それに、独り言は充分オジサンの証明だと思うけどな」
夏海はそう言うと、コーヒーの残りを飲み干した。

 家に帰って夕食後、雅彦はご贔屓のチームの試合を熱を込めてリビングで応援している。明日香はその横で、ヘッドホンを付けて携帯ゲームに興じている。夏海は未来と二人台所にいた。
「ねぇママ、今日の電話の人、誰?」
いつもは片付けなど手伝いもしない未来が率先して参加すると思ったら……夏海はクスッと笑いながら
「うん? 昔のね、オトモダチ」
と答えた。結婚直前まで付き合っていたとは、さすがに娘には言えない。
「うひょ、もしかして元カレだったとか。でも何か意外だな、ママはパパ一筋だと思ってたんだもん」
すると未来からはそんな返事が返ってきた。
「そりゃ、今はね。でも、ママがパパと知り合ったのってママが二十七歳の時よ。それまでにママだってそう言う人の一人や二人はいたわよ」
その言葉に夏海はそう答えたが、そうは言っても、よくよく考えれば二人しかいないのだな、そう思った。
「止めてよ、パパに聞こえるじゃない。なんなら、慎君のこと、パパにバラそうか?」
「あー、ダメダメ! パパにバレたら殺されそうだもん」
「じゃぁ、ママの事も聞かないの。ママもパパにまだ殺されたくないわ」
そして、夏海と未来は同時に吹き出した。

 こんな風に娘と女同士の会話ができるようになったか……夏海には隔世の感があった。

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和解-Parallel 43

和解

 あんな提案をした龍太郎はその後夏海に連絡してくることはなかった。もっとも夏海は彼に千葉に住んでいると言っただけで、具体的な住所や連絡先を彼に告げたわけではなかったから、同窓会関連で調べれば簡単に分かるのだとしても、敢えて調べたりするようなことはしないだろう。
 一方、武田からは結婚後も毎年年賀状が届いている。雅彦が彼の妻が夏海の友人だと思っているように、武田の妻もまた、雅彦を夫の先輩あるいは友人だと思っていて、武田がリストから外せずにいるだけなのだろう。

 そんなある日、飯塚家のパソコンの調子が悪くなった。これは雅彦が五年前に買い求めたもので、画像や動画を取り込むのが当たり前になった昨今では、いささか容量不足でちらほらと故障以外でもフリーズを起こしている。調子が良ければ外付けで容量を増やしても良かったのだが、同じなら付け焼刃ではなく大容量の機種に換えようということになった。
 その際雅彦は、
「ついでだからプロバイダーも変えても良いか。この際だから、光にしたいんだ」
と言った。夏海自身はパソコンをまったく使わないという訳ではないが、もっぱらネットショッピングが主で、一度利用したサイトなら必要事項も入れることもないし、クリックがほとんど。応答速度が遅かろうが早かろうがまったく不自由はしていない。
「どうぞ、私はそういうの分からないし、マーさんの好きにしてくれれば良いわよ」
夏海は軽い気分でそれを承諾した。
 光通信に切り替わった後、雅彦はアドレスの変更を友人たちに配信した。しかし、
「夏海の友人にも送ったから。抜けてる分だけ、自分で送ってくれ」
と彼に言われて、送信したリストを見て夏海は固まった。そこには悠や巳緒などの昔からの女友達に混ざって、武田の名前まで入っていたのだ。しかも武田の妻、千佳の名前で。既送メールを確認したら、夏海の名前で千佳宛に送信されている。
「どうして武田さんに送ってるの?」
夏海は動揺を隠しながら、恐る恐る雅彦に聞いてみた。
「ああ、去年の年賀状にメアドが載ってたろ。やり取りしてるんだと思って」
雅彦からは予想通りの返事が返ってきた。夏海は頭が痛んだ。
 ここで雅彦が勝手に送ったから気にしないでと、追加メールを武田に送ることは憚られた。慌てて否定する方が不自然だろう。
 それにしても女性で仲の良かった者でも長い歳月では音信不通になってしまうことも多いというのに、どうして彼とはいつまでも接点が途切れてしまわないのだろう。夏海はなんだか不思議な気すらした。

 それから一年半、武田の転居葉書が届いた。東京に転勤で戻ってきたらしい。中年になって少し横に広がった感のある武田と、すっかり大きくなっている武田の子供たちの写真を見て、夏海は時の流れを感じていた。そこには新しいアドレスも記載されてあり、雅彦は早速それを「登録しておくぞ」
と夏海の手から摘みあげた。夏海はそれを、数日後一人でいる時にこっそりと削除した。雅彦はたぶん、削除されていることにも気付かないだろう。
 削除を許可するクリックをした後、夏海は思わず安堵と寂しさの混じったため息を吐いていた。

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愛してる?-Parallel 42

愛してる?


 別れた後も夏海の頭の中で、龍太郎の発した一言一言がぐるぐると駆け巡る。夏海は慣れたいつもの電車すら乗り間違えそうになった。

 それにしても、龍太郎はいつごろ自身の身体の事を知ったのだろう。やはり彼は避妊を放棄していたようだ。
 それを既成事実を作るために頑張っているのだと自分に都合よく解釈していたが、あの時にはもう子供はできないと知っていたのかもしれない。だから、あの間の空いた時にも冷静でいられたし、きてしまった後のリアクションの薄さもそれならば説明がつく。彼は『もしかしたら』なんて思いもしなかったのだ。
 そのことよりも夏海は、自身に激しい嫌悪感を感じていた。龍太郎が『今からでもよりを戻さない?」と甘く囁いた時、ホンの一瞬ではあったが、本当に戻りたいという気持ちにを占拠されてしまったのだ。自分は何故今既婚者で、子供までいるのだろう。独身のままでいたなら、愛人にだってなれただろうにと、そんな立場ででも彼の側にいたいと思ってしまった自分に。
 未来を迎えに行き、夕食を作り、先に子供たちと食事を済ませて夫の帰りを待つ。そんな平凡な毎日を望んで手に入れた自分が、それを幸せだと思えていないことに。
 夏海は自宅に戻る道中、血がにじむほど唇を噛みしめていた。
 
 夜、子供たちを寝かせた後リビングに戻った夏海は、そのままキッチンに歩いていき、冷蔵庫からビールを取り出した。
「珍しいな、じゃぁ俺ももらおうか」
雅彦にそう言われて、夏海はもう一本取りだすと、リビングで待つ雅彦に運んだ。
 夏海はかなり酒には強い方だ。しかし、あまり飲まない雅彦と結婚してからは、自然と飲む回数も量も減ってしまった。それに今は、明日香の授乳が終わった訳ではなかったので、本来は飲まない方が良いのだが、今日はどうしても……たとえコップ一杯でも飲みたい気分だった。
「乾杯」
夏海はそう言うと、雅彦の缶に自分のそれをぶつけた。
「乾杯、夏海愛してるよ」
雅彦はそう言うと、夏海の缶に自分の缶をぶつけて軽く掲げてみせた。
 雅彦は人前では決してそんなことを吐かないが、二人きりになった途端、この人はもしかしたら日本人ではないのかもしれないと夏海が思うほど、『愛している』と囁く。だから、慣れっこになっていて特に気にならないはずの台詞が、今日はやけに耳に痛かった。
「ねぇ、夏海も愛してる?」
そして、雅彦にそう尋ねられた。だが、夏海には本当に彼を愛しているのか判らなかった。
「うん、大好きよ」
夏海は夫に愛していると言えず、大好きだと言葉を濁して答えた。愛しているかどうかは判らない。でも、夫として、子供たちの父親として尊敬し好きなことは間違いない。
 すると、その言葉を待っていたかのように、雅彦は夏海を自分に引きよせてその唇をついばむ。夏海の口内の感触を確かめるようなそれに、夏海は雅彦に愛していると言えないその心の中まで見透かされている様な気がして怖かった。
 夫の唇が離れた時、自然に涙がこぼれた。
「どうした?」
突然涙を流す妻を、雅彦は不思議そうに覗き込む。
「分らないわ、自分でも。最近飲んでないから、弱くなってるのかもしれないわ」
彼女はそう言って、悲しげに笑うしかなかった。

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genre : 小説・文学

Parallel 41

「そんな、ウソ……」
夏海は龍太郎の告白に自分の耳を疑った。
 しかし、彼の病気の事は知っている。
 
 夏海が龍太郎の告白を受けた時のことだった。夏海は軽い気持ちで、
「結城君には中学時代彼女とかいたの?」
と聞いた。
「どうして?」
「かわいいし、優しいからモテたんじゃないかなと思って」
そんな夏海の言葉に、龍太郎は激しく頭を振って否定した。
「僕なんてチビだし根暗だし、全然モテたりしないよ。それに……」
「それに、何?」
「あ、今度……ううん、明日……明日教えてあげるから」
龍太郎は何故かしどろもどろになって答えを引きのばし、その翌日持ってきたのが、彼の『中学二年の時の』と言いつつ見せた、一枚の写真だった。
 それを見て夏海はひっくり返る位驚いた。そのときの、いや今でもそうだが、細身の体型からは考えられない、全身がはちきれんばかりのデブ、だったのだ。
「中学三年の二学期くらいまでは大体こんな感じだったよ。病気で体中浮腫んでいたから。ねっ、解かったでしょ。こんなチビで根暗でデブなんてモテっこないでしょ? 安心したかな」
「安心したかなって、私にこんな写真なんか見せて、嫌われるとか思わなかったの? あ、私はそんなので嫌いになったりしないわよ。
それよりさ、今は身体はどうなの? 私はそっちの方が心配よ。結城君体育よく見学してるじゃない?」
「もう大丈夫だよ。薬だって飲んでないし、体型だって元に戻ったしね。体育は……ホントはやれるんだけど、先生の方が怖がっちゃってさせてくれないんだ。ゴメン、却って心配させただけだったかな。でもね、倉本には僕の本当の事、知ってて欲しかったんだ」
 龍太郎のその言葉が、夏海の心を完全に射抜いてしまったのだ。私を本気で好きになってくれている。そう思って舞い上がってしまった気持ちを、
「それって反則技だよっ」
と、意味不明なことを叫んで隠した。
 
「ウソじゃないよ。志穂との結婚は、志穂の父親の会社を全面的にバックアップする代わりに娘を差し出すって話だったからね。いかにもあの人の考えそうなシナリオだと思わない?」
懐かしい昔話に浸っていた夏海を、龍太郎の冷たい笑顔が現実に引き戻す。あの人と言うのは、龍太郎の父親の事だ。血のつながった実の父だと言うのに、夏海は彼が父という言い方をしたのを聞いたことがなかった。
「僕だってあの人の言う事をほいほい聞くつもりなんて、最初はなかったんだ。でも、志穂に会って気が変わった。彼女はね、僕と二人っきりになった途端、こう言ってきたんだ。『このお話結城さんの方からお断り願えませんか』ってね」
 断ってくださいと言われた相手と結婚する。それはどういうことなのだろう。龍太郎は自身の父への当てつけに、嫌がる彼女に無理強いして結婚を迫ったということなのか……
夏海は続く龍太郎の話に耳を傾けた。
「よくよく話を聞くとね、志穂には恋人がいるって言うんだよ。だけど、もし自分が断ったら、父親から会社がどうなるか分らないって言われたらしくてね、それなら僕が気に入らないからと断ってくれれば大丈夫だと思ったらしいんだ。僕はそれを聞いて好都合だと思った。
だから、僕言ったんだよ。『君を買いたいんだけど。もちろん彼と一緒にね』ってね」
「買うって?」
首を傾げた夏海に、龍太郎はうすら笑いを浮かべながらこう言った。
「解からない? 僕は志穂をその恋人ごと金で買ったんだ。つまりは、偽装結婚。僕は志穂と結婚して彼女の父親の会社に便宜を図る。その代わり、彼らには関係を続けてもらって生まれてきた秀一郎を跡取りとして僕の籍に入れる、そういうことさ。
ま、あんまり何もないとばれてもいけないから、時々は彼に内緒で借りてるけどね」
そして、龍太郎はひきつったように甲高い声で笑った。
 ひとしきり笑った龍太郎は、黙って固まっている夏海を尻目に、彼女のすぐそばまで自身の顔を近づけると、
「そうだ海、今からでも僕とよりを戻さない? 志穂も悪くはないんだけどね、やっぱり一番身体の相性が合うのは君なんだよ。僕となら子供の心配は要らないから、ご主人にも見つかることはないよ、だから……どう?」
と、甘い息を吐きかけながら囁いた。夏海はその誘いに思わず店のテーブルをバンっと叩いて立ちあがった。しかし、その音に横にいた明日香がびくっと震え、泣きだしそうな様子を見せたので、彼女は慌てて娘を抱きあげると、泣かないように小声であやした。
「バカなこと言わないで。第一子供ができるとかそういう問題じゃないでしょ? 私、帰る」
彼女は明日香がまた泣き出さないように声を抑えてそう言うと、明日香をベビーカーに乗せ、その場を立ち去ろうとした。
「待って! 待ってよ、海」
すると龍太郎はそんな夏海の二の腕を後ろから掴んでそう言った。夏海は思わずそれを払いのけて龍太郎を睨む。
「じゃぁ、茶飲み友達。互い歳を取っていろんな柵がなくなったら、茶飲み友達としてまた、会ってほしいな。それでもダメかな」
そう言った龍太郎の顔は、もう再会したときのあの優しい表情に戻っていた。さっきまでのキチガイじみた告白は全て冗談だったとでも言うかの様に……
 それでも夏海は、それ以上龍太郎と話す気にはなれず、黙ったまま頷くと足早に店を出、未来の待つ保育園に向かった。 

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

Parallel 40

 そこから、夏海と龍太郎は近くの喫茶店に場所を移して話し始めた。
 夏海が話すことを龍太郎が笑って聞く。その光景は十年前と何ら変わらなかった。ただ違っていたのは、話すことが音楽の話から夏海の子供たちの事に変わっていることくらいだ。その合間も龍太郎は絶えず明日香に優しく笑みを向け、時々頬に触れたりもする。父親の顔だ……そう思った時、夏海の胸はチクリと痛んだ。
「龍太郎も結婚したんだってね」
「ああ、二年前にね」
夏海の言葉に、龍太郎は歯切れ悪くそう返した。自分が一生結婚しないと豪語した手前、ばつが悪かったのだろう。
「何で、僕が結婚したこと……ああ、健史が同窓会で海に会ったって言ってたっけ。あれ?」
龍太郎はそう続けた後、不思議そうに明日香を見た。同窓会の日、明らかに妊婦と判る状態だったことを梁原に聞いていたのだろう。
 龍太郎がそのことに気づかなければ、夏海は暁彦の事は話すつもりはなかった。まさに同窓会のあの日に消えてしまった命を、龍太郎に涙なしに語る自信は夏海にはなかったからだ。
「あのね……本当は二人の間にもう一人いたの。生きていたら二歳半になるわ。死産、だったの」
「あ、ゴメン。辛いこと思い出させちゃったみたいだね」
案の定、夏海の目頭はみるみる内に熱くなる。それに気付いた龍太郎が慌てて謝ってきた。
「ううん、心配しないで。もう辛くはないから。でも、話すとまだ涙が出ちゃうのよ、おかしいでしょ。こっちこそ、ゴメンね」
そう返した夏海を龍太郎が心配そうに覗き込む。
「でもね、だからマーさんと……あ、旦那の名前なんだけど、マーさんと本当の夫婦になれたってそう思うのよ」
夏海は照れながらそう続けた。それは紛れもなく夏海の実感だった。彼女の結婚からの迷いを消してくれた未来。そしてより夫婦としてしっかりと結び付けてくれた暁彦。家族としての絆を改めて感じた明日香。子供たちみんなに支えられて今の私たち夫婦があると言っても過言ではないと。
 しかし、その夏海の発言を聞いた途端、それまで穏やかだった龍太郎の表情が強張り冷たくなったのを、照れていた夏海は気付かなかった。
「私ばっかり話しちゃってるわね。龍太郎のことも聞かせてよ。奥様、素敵な方なんでしょ?」
そう言った夏海に、
「ああ、結城の妻としてはこれ以上ないって思うよ」
と答えた龍太郎の笑顔は、目だけが笑ってはいなかった。

「海、これ見てくれる?」
龍太郎はそう言うと、自身の携帯電話を取り出した。開くと待ち受けには赤ん坊の写真が貼り付けてあった。
「これが息子の秀一郎。今、四ヶ月だよ。赤ん坊ってすぐ大きくなるし、どんどん顔も変わっていくから毎週新しいものと貼り替えているんだ。志穂は僕に秀一郎をもたらしてくれた、最高の女性だよ」
その言葉が夏海の胸にぐさりと突き刺さった。龍太郎って本当はこんなに子煩悩だったんだ。あの時、私に子供が出来ていたら、私もそうやって呼んでもらえたんだろうか……そんな風に考えていた夏海の心を読んだかのように、龍太郎は続けた。
「海にはムリだよ。志穂は完璧な結城の妻なんだ。結城のために跡取りを産んでくれたんだからね」
それのどこに違いがあるのだろう。ああ、私は結局女の子しか……夏海は口に出していないことにも気付かず、龍太郎の言葉に心の中でそう答える。
 だが、龍太郎は徐にこう言ったのだった。
「海は僕が“あの病気”だったことは知っているよね。その時の後遺症みたいなんだけど、僕には子種がほとんど存在しないんだ。自然になんてできないんだよ。海だって避妊してないのにできなかったんだからそれは解かってくれるよね。僕は人工的なことは何もしてないよ。つまり秀一郎は……そういうこと」
 そう口にする龍太郎の顔を見て、夏海は鳥肌が立った。それは龍太郎が今まさに、夏海と別れたあの日と同じ表情をしていたからだった。

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genre : 小説・文学

10年目の告白-Parallel 39

10年目の告白


 失った悲しみに変わりはないのだが、夏海には先に未来がいるということは大きかった。まだ手のかかる三歳半の娘は、その生きていること全てで母の悲しみを癒し、もう一度そんな娘に兄弟を与えたいと、夏海に新たな命を望む気持ちを起こさせていった。
 夏海は約半年で次の妊娠をし、翌年、次女明日香を産んだ。
「マーさん、ごめんね」
「何が?」
「男の子じゃなかったわ」
夏海は生まれてきたのが男の子でなかったことを雅彦に詫びた。
「何を謝ることがある。これで良かったんだよ。明日香を暁彦の生まれ変わりだなんて思ったら、暁彦が浮かばれない」
夏海は笑ってそう返した雅彦の言葉にはっとした。暁彦を失った時、『マーさんはあの子をなかったことにできるって言うの!』と彼を罵倒したのは自分の方だ。暁彦を失ってショックを受けていたのは自分だけではない。この当然と言えば当然の事にさえ、当時の私には見えていなかった。
 そして、未来はそれこそ自分が明日香の母ででもあるかのように、喜々として妹の面倒を看た。彼女もまたその小さな体で、弟を失った悲しみと妹を授かった歓びを受け止めていたのだろう。
 やがて明日香の月齢が進むと、迎えに行けば長時間預かってもらえる保育園に未来を預けていたのもあって、夏海はその時間を利用して明日香を連れて時々東京まで行くことがあった。

 そんなある日のことだった。
「海、久しぶり」
夏海は新宿の雑踏の中、懐かしい声で、懐かしい呼び方で呼び止められた。
驚いて振り向くと、そこには十年前と変わらない姿の龍太郎が立っていた。
「久しぶり、龍太郎変わらないね」
「そう? 海も全然変わらないよ」
「ウソばっかり、もうすっかりオバサンよ。今や二人の子持ちだもん。この子の上に五歳の娘もいるのよ」
あの時、無理をしなければ二歳半の息子もいた。そう口から出そうになるのを、夏海はやっとのことで呑み込んだ。
「君、何て言うお名前でしゅか?」
すると龍太郎は腰を落として目線をベビーカーに乗せてある明日香まで下げ、手慣れた様子で娘をあやし始めた。二人目と言うことであまり人見知りはしないが、全く初対面の龍太郎に、明日香はきゃっきゃと笑顔を振りまく。夏海には何だかそれが不思議に思えた。会わなかった時間の溝が埋まらないとでも言えば良いのだろうか。
 夏海の中の龍太郎は、まだ別れた二十四歳のままだった。当時の彼のイメージからは、赤ん坊をあやすなどということは考えられなかった。しかし、あの同窓会の時に結婚したと聞いた。あれからもう二年近くの時が経っている。彼にも子供が生まれていてもおかしくはない。それが夏海には妙に寂しかった。いま現に自分は子供を連れ歩いているというのに、龍太郎のそれを認めたくない自分がいる。
「明日香よ。今、八カ月」
「明日香ちゃんって言うんでしゅか。ママに似てかわいいでしゅねぇ」
龍太郎はそう言って、明日香の鼻の頭をつんと突いた。それでまた明日香が笑う。
「そう? 私に似てる?」
「うん、似てるよ、かわいい」
明日香は周りから雅彦にそっくりだと言われていたし、夏海自身もそう思っていた。それでも雅彦を一度も見たことのない龍太郎には、自分に似ている部分だけを拾い出せるのかもしれない。
「ねぇ、少し時間ない? 折角だもの、少し話していかない?」
続いて龍太郎にそう言われた夏海は、未来の保育園の緊急連絡用にと契約した携帯を開いて、現在の時刻を確認する。少しなら大丈夫そうだ。
「こんな偶然って、そうそうないもんね」
夏海は頷くと、ベビーカーを押しながら龍太郎と並んで歩いた。傍目には今、二人はどう映っているのだろう。仲の良い夫婦に見えるかしら……そんなことを思いながら。

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