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誕生日のプレゼント-Parallel 8

誕生日のプレゼント


「倉本さんは遊園地は苦手ですか」
ある日、夏海に電話で武田が唐突にそう尋ねた。
「別に好きでも嫌いでもないけど?」
そう言えば龍太郎が苦手だったのかもしれない。大体にして出不精だった龍太郎とは、買い物以外には出かけたことがあまりなかった。高校時代仲の良かった速水容子に拝み倒されて、ダブルデートしたくらいか。それも、ほとんど乗り物に乗らない龍太郎に合わせて、夏海も絶叫マシンには乗らなかった。まるで、容子たちの保護者と言う方が正しかったのではないだろうか。
「実家が新聞購読のおまけに遊園地のタダ券もらったって言うんですよ。ねーちゃんはそんなもん要らないって言うから、俺がもらおうと思ってるんです。倉本さんって、七月生まれでしたよね。」
「ええ、七月一九日……」
「誕生日プレゼント代りに、一緒に行きませんか? 俺、金ないからこんなことしかできないけど……」
彼はそう言って笑った。
(そう言えば、龍太郎とは誕生日に指輪を……なんて言って、それが別れの引金になったんだっけ。もう、あれから一年も経つのか……)
「別に行くのは構わないけど、三人なんかで行ったら小夜ちんの機嫌、悪くならない?」
しかし、そういう場所なのだ。当然小夜子も行くに違いない。
「えっ、券二枚しかもらわなかったから、小夜ちゃんは誘わないつもりですよ。俺と二人じゃダメですかね」
武田君と二人?……
「ダメじゃないけど……」
夏海は戸惑いながらそう答えた。武田がこうして自分の誕生日を覚えていてくれて、気を遣わせないような形で誕生日プレゼントを用意してくれることはとても嬉しかった。しかしその反面、自分は彼にどう思われているのだろうという疑問が頭をもたげるのを抑えられない。
「良かった。じゃぁ、決まりってことで。この時期ならプールも解禁されてるから、水着も持ってきてくださいね」
武田は、嬉しそうにそう言うと、音楽のことに話題を変えた。

 夏海は水着を新調した。ビキニを着る勇気などとてもなかったが、目に付いて思わず購入したものが真っ赤だった事に彼女は苦笑いした。
無意識に彼に合わせて若く見せようとしているのかもしれない。バカな私……彼は後輩の彼氏だと言うのに、何を期待しているんだろう。

 当日の天気は晴。むせ返る熱気で陽炎が立つ中、夏海は武田を待った。
「すいません、待たせちゃいました?」
待ち合わせ場所に遅れて来た彼は、彼女を見ると汗を噴き出しながら小走りでやってきた。
「ううん、気にしないで。どれだけかかるか判らないから、早めに来たの」
それを見て、夏海はそう言った。
「しっかし、あっちぃー! 絶好のプール日和だな。プールが呼んでるぜ」
彼は着ているTシャツをバタバタさせながらそう言って夏海を先導した。

 夏海と武田は遊園地のいくつかのアトラクションを周った後、プールに向かった。水着に着替えた夏海に武田は、
「倉本さんって、ホント色白いですね」
と言った。夏海は自分があまり色白だという意識がなく、その言葉に驚いた。
小学生の頃、泳ぐのが好きだった彼女は学校のプールに通い詰め、母からは『女の子なのに裏か表か判らない。』と何度も嘆かれた。
だが、大人となった今ではそんな風に屋外で泳ぐこともないし、仕事もデスクワークで歩きまわることもない。休みの日もアウトドアではなく、地下街でショッピングすることが多い。そう言われて見てみると、確かに浅黒くはなかった。
「そのまま焼いちゃうと痛いですよ。塗ります?」
武田はそう言ってサンオイルを取りだした。
「あ、この歳で焼くと大変なことになっちゃう。だから、私はこっちよ。」
夏海は自分のポーチから日焼け止めを取りだした。
「まだ若いじゃないですか。」
そういう彼に彼女は手を振りながら、
「ダメダメ、二十五過ぎたらオバサン。」
と返した。
「自分でそんなこと言っちゃダメですよ……あ、貸して下さい」
武田は塗りにくそうに背中に日焼け止めを塗る夏海から、それをもぎ取ると、少しにやけた表情で彼女の手の届かない部分に塗り始めた。
そっと水着を持ち上げて、布に隠された部分にまで手が及ぶ……それは痛い思いをさせないようにとのただの気遣いだろうが、夏海の心はざわざわと騒いだ。

 ひとしきり泳いだ後、夏海はこの日誘ってくれたお礼に作った弁当を取りだした。
「うわっ、これ全部夏海さんが作ったんですか?」
夏海がフタを開けると、武田はそう言いながら、嬉しそうにおかずの一つを手で摘まんで口に入れた。
「ええ、料理は嫌いじゃないし、ほら、お箸もここにあるから……でも、口に合うかが心配。嫌いな物とか入ってないかしら」
(龍太郎の家に行っていたときには定期的に作っていたけれど、最近はあまりお料理してないしな。それに、龍太郎はいろんな意味で食べられない物が多かったから、結局パターン化していたような気がするし)夏海は小夜子のいないのを見計らって、会社の若い男性にお弁当で入れてほしいものを聞いてもみたのだが、やはり個人で好みは違う。
「え?俺何でも食べますよ。ホント、旨いっす」
武田はそう言うと、モリモリと弁当を口に運んだ。そして、満面の笑みを浮かべて、
「倉本さんの旦那さんになる人って、ホントに幸せだな」
と言った。夏海はその“旦那さん”の一言に一気に表情を曇らせた。
「すいません、悪いこと言っちゃいましたかね」
そんな夏海の表情を見て、彼は慌てて謝った。
「そんなことないわよ」
そうは言ったものの、夏海の脳裏を龍太郎の笑顔がかすめる。
「エリック・サティの人の事、まだ忘れてないんですね。でも、倉本さんにそんな顔をさせる奴のことなんて、早く忘れた方が良い」
武田はそう言うと、また弁当に箸を進めた。
私が初めて会ったときに、ジムノペディの三番に反応したこと、覚えていたんだと、夏海は思った。思えばあの時、『なんか訳ありの曲ですか』なんて不躾な質問をいきなりぶつけてきたっけ。不思議とあの時、腹は立たなかった。
 ただ、忘れたいのに忘れられない……それは今も変わっていないのだ。なら、あなたがそれを忘れさせてくれるとでも言うの? 夏海は『旨い』を連発しながら弁当を頬張る武田を見ながら、そんな苛立ちを感じていた。
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とりあえず…

ダイブロではずいぶん前からランキングに登録してあるのですが、今回小説部門でもランキングに登録しました。

一応、ランキングは反映されるようになっているんですが、ちゃんと入れたはずなのに更新記録が死んでます。なので、見た目なんも書いてないように見える…こんな奴の見に来ないよなぁ~…

早く表示できないかと思っていじくってみるんですがなぁ~んも反応せず。

ま、その内に反映させられるようになるかなと期待して(アドナイ・エレも実は最初逐次更新していた機械音痴です)ご報告申し上げます。

バナーは遡っておいおい付けさせていただきますが、おバカな記事も入れて200あまり、なかなか大変だぁ~と思っております。

後輩の彼氏-Parallel 7

後輩の彼氏



 夏海はそれから何度か小夜子と一緒の際に武田と会うことになった。
大抵は彼女と一緒に居る時に武田が合流してくるパターンだ。夏海と女同士の買い物などをしていると、夕食くらいに彼がやってくる。
(親への言い訳なのかしらね。)と夏海は思った。それなら口だけで、『今日はナツ先輩も一緒だったわ。』と、親に言えば良い訳で、その手は散々自分が使ってきた。律儀に私を呼ぶことないじゃない。高校時代というシチュエーションだけで、龍太郎を想起させて時々苦しくなることがあるのに……
 しかし、夏海は小夜子に面と向かってその苦言を呈することはなかった。かつての自分たちを見るようで辛い半面、現在進行形の恋愛ドラマをリアルタイムで見られるおばさん的な好奇心も働いていたのだ。
 やがてその内、休日に小夜子から誘われることすらなくなっていった。それは武田との付き合いが上手くいっている証拠――喜ばしいことなのに、夏海は何故かそれに寂しさを感じていた。
 武田とは音楽の趣味が合う。大体、クラシック音楽の話をしても、大抵ウザがられる。曲名がすんなり出てくることもまずあり得ない。だから、かかってきた曲に間髪いれず反応してくれると、嬉しくなって話を紡いでしまって大いに盛り上がる。それで、いつの間にか小夜子だけを置いてきぼりにしてしまったことが何度かあったのだ。彼らの関係が親密になったこともそうだろうが、そのことも自分を誘わなくなった一因だろうと容易に想像できた。
 思えばその頃、小夜子から頻繁に武田の惚気話を聞いた気がする。たぶん、『彼は私のモノよ!』という意思表示なのだろう。(なら、最初から私をダシにしなきゃ良いじゃない。大体、後輩の彼氏になんて興味ないわよ!)小夜子からそういった惚気話を聞かされると、夏海は必ずそう思った。
 そんなある日、武田から直接電話をもらった。
「最近倉本さんに会えないから、小夜ちゃんから電話番号聞きました。CD返してなかったでしょ」
そう言えば、彼に貸したままのCDがあったな……夏海はそう言われて、そのことを思い出した位だった。

 夏海は初めて小夜子を交えないで武田に会った。
「これ、一緒に行ってくれませんか。」
その際、武田に彼の大学のオケの公演に誘われた。
「どうも、小夜ちゃんはこういうの苦手みたいで……」
本当は小夜子と一緒に行くつもりで手配したのだろう。でも、あの娘のことだから、あからさまに嫌がったりしないだろうが、退屈だという気持ちが顔いっぱいに出ていたんだろうなぁ。夏海はそう想像してくすっと笑った。
「あら、だからって私なんか誘って小夜ちん、怒らない?」
「大丈夫ですよ。倉本さんは小夜ちゃんにとってお姉さんみたいな人ですから。彼女の前の職場を辞めた理由、知ってます?」
「いいえ?」
それが私を信頼する理由とどう関係があるのだろう。夏海は首を傾げた。
「あいつが前の職場を辞めた理由って、いじめなんですよ。あいつって、ちょっと天然入ってるでしょ? お局様の逆鱗に触れる事、言っちゃったらしいんですよ。それで、ちまちまねちねちいびられて、放りだされたんです。」
そうか、そんな事があったのか……彼女の今のびくびくと他の人を覗うような様子は、それの恐怖感からなのかもしれないと思った。
「今の会社に入ってからは、倉本さんが根気よく教えて仲良くしてくれるから、凄くうれしいって。本当のお姉さんみたいだって言ってました。」
確かに入社当初は彼女に正直イラついたこともあった。だけど誰だって最初は初心者だ。自分だってきっと同じように思われていたに違いないし、習得速度にはそれぞれ個人差というものがある。習得速度が遅いものの方が出来た時完璧にこなせる事が多い。そう思って繰り返し説明したのが、彼女の心に響いたのだろうか。
 それに…龍太郎と別れてからは、彼女の自分を姉の様に慕う人懐こい笑顔にこちらが救われている。
「小夜ちんに私を誘うって言った?」
「いや、まだ…」
「じゃぁ、言わないで。無駄なやきもちなんて妬かせたくないから」
夏海は小夜子の気持ちを考えて武田にそう釘を刺した。

 その公演をきっかけにして、武田は夏海に時々電話してくるようになった。大抵は音楽の話なのだが、そこに時々小夜子の愚痴が挟まる。
「一体、小夜ちゃんってどうしたいのか解からないんですよね」
ため息交じりに彼はよくそう言った。
夏海はそれを聞いて、男でもやはりそう思うのだと思った。
 女性は意中の男性に対しては概ね寛容になって、無意識に合わせたり自分を抑えたりするものではあるが、彼女の場合それは男性に限ったことではないし、度が過ぎるように夏海も感じていた。
 食事のメニューはもちろん、そもそも出かけるときの行き先、買い物等、全て夏海に合わせようとするし、先に決めるように促しても、決めてほしそうな目で夏海を見つめる。最近になって、そんな彼女の態度に夏海も時々苛立ちを感じてしまうことがあるためだった。武田の前でも小夜子は同じか、さらに依存的な態度を取っているだろうということは、容易に想像できた。 
 しかし、そんな小夜子と武田は別れようという気はないようだった。
心配するだけ損なんだ、男と女などそんなものだと思いながら、夏海はほんの少しそれが寂しいとも思っていた。
 直接電話をくれるようになっていた武田に、何かしらの下心があって欲しいようなそうでないような……そんな微妙な揺れのようなものを、夏海は感じ始めていた。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

「R」からの解放-Parallel 6

「R」からの解放


「R」からの解放

 
夏海には龍太郎が結婚に対して消極的だというか、拒否反応めいたものを持っている理由が何となく解っていた。

 龍太郎は、東証一部上場企業の社長を父に持つ、所謂名家のお坊ちゃまだ。彼が大学進学と同時に住み始めた今のマンションも、都内の一等地にある3LDK、家賃の事は聞いたことがないので、たぶん彼の父親(あるいは彼自身)の所有物なのだろう。
 経済的には豊かだったが、彼の父は彼と彼の母とを顧みなかった。父は正妻である彼の母以外の女性を愛し、家には寄りつこうとはしなかったのだ。
 しかし、体裁を重んじる彼の両親は、その婚姻を解消しようとはしなかった。母もそんな夫をそっちのけで趣味に没頭し、家を空けて過ごすことが多かった。同じ敷地内の別邸に祖父母が居るには居た。しかし、祖父がいるうちはまだ行き来はなくもなかったが、亡くなった後、祖母は口やかましく、何かと口を開くと嫁である彼の母の悪口を展開するので、彼自身が彼女を避けるようになっていった。
 結果、彼は幼いころから広い結城家に一人取り残されることとなった。夏海はそう聞いている。
 彼の面倒を実際に見てくれる血のつながらない大人たち――たとえそれが彼を心から愛してくれる存在だったにせよ――との生活は、次第に彼に見えない壁を作らせた。
 そして物腰は柔らかいが、目の笑ってない……そんな少年が出来上がる。夏海が出会った頃の龍太郎は、教室の隅でクラスメートの動向をつぶさに見ながら値踏みしている様な少年だった。
 しかし、そんな彼も、夏海には心を開いたのだ。少なくともこれまで彼女はそう思っていた。

 一人暮らしを始めてから、初めて彼女が彼のマンションで泊った時、ふと目を覚ますと龍太郎は、ベッドに膝を抱えて坐っていた。それを見た彼女は思わず首筋から包み込むように彼を抱きしめた。驚いて夏海を見た後、ホッとして幼児の様な表情になった龍太郎の顔がまだ夏海の脳裏に焼き付いている。それ以来、彼女が彼の部屋に泊まるときは、寝る前に必ずと言って良い位、そうやって膝を抱えて坐っている彼を背後から抱き締めるのが、半ばお決まりごとの様になっていた。
 思えば彼は彼自身を夏海に全て晒してから以降は、彼は夏海に対していつも甘え口調だったかもしれない。龍太郎は私を女としてではなく、母の代わりとしてしか愛せないと言うことなのだろうか。

 夏海は龍太郎の突然の別れをすんなり受け入れた訳ではなかった。しかし、彼女は彼のそうした「影」の部分も知っていただけに、彼が一生誰とも結婚しないし、それを期待する夏海を遠ざけようという気持ちになったのだろうと、そう理解した。実際、彼はマンションこそ出なかったものの、翌日には電話番号は変えられており、それがはっきりとした別れの意思表示だと夏海は受け取った。直接乗り込んだところで、彼は話し合いには応じない、そう思ったのだ。
 かくして……夏海と龍太郎は別々の人生を歩み始めたのだった。
 
 
龍太郎と別れて夏海が一番困った事、それは休日の過ごし方だった。
 平日は良かった。仕事に没頭していれば良いのだから。夏海の様なお局様手前の女性は、仕事が頭に入ってる上に、男たちを頭で抑えつけたりしないので、求めさえすればいくらでも仕事を割り振ってくれた。
 しかし、休日は違う。朝食を食べてしまえば、朝から何もすることがないのだ。
だからと言って、夏海の性格ではだらだらと惰眠を貪ることもできず、とりあえず見たくもないテレビのスイッチに手が伸びるだけだったりする。
 今まで、休日は龍太郎と共に過ごすのが当たり前だった。よほどの用事でない限り誘いにも応じない彼女は、次第に誰からも誘われなくなっていった。以前はそれをありがたいとさえ思っていたのに。
 改めて自分からかつての友人たちに遊びの誘いをかければ良いだけの事だと解かってはいる。だが、そうなると夏海は彼女らに龍太郎との関係の終結を告げる事から始めなければならない。今の夏海にはそれは辛すぎた。彼女は嫌いで別れた訳ではなかったからだ。
報告自体も辛いが、彼女の慰めの為に龍太郎をこき下ろすであろうその台詞も、彼女は聞くことが出来そうになかった。

 そんな日曜日の午後のことだった。所在なくリビングのテレビを見ていた夏海に、彼女の母が言った。
「珍しいわね、結城君は仕事?」
そう聞かれた夏海は俯いて首を振りながら答えた。
「龍太郎とは……別れた」
「そう、やっぱり」
夏海は母の返事を聞いて頭を上げた。お母さん、気付いていたんだ。龍太郎に別れを告げられたあの日でさえ、私は家族の前では涙を見せなかったと言うのに……
「夏海ちゃんには悪いけど、正直お母さんホッとしているわ。」
「ホッとしてるって……」
母親の言い草に彼女はむっとした。
「今なら充分間に合うもの」
彼女は続く母からの励ましにぷいと顔を背けた。
心配する母の気持ちは解からないでもない。でも、そうやって結婚に焦らされた結果がこれなんじゃないの? 母に恨みがましい気持ちが沸々と湧くのを感じて、夏海は黙ってテレビを消すと、自分の部屋に戻って行った。

 夏海は事情を知らない会社の同僚と休日も過ごすことが多くなっていった。
中でも、今年入社してきた中谷小夜子は、五歳年下ながら気が合うと言うのか、夏海にひどく懐いていて、彼女に合わせて行動しているというのか、自然と彼女と行動することが多くなっていったのだった。
 そんなある日、小夜子が待ち合わせの場所に男性を伴ってやってきた。
武田康文――埼玉の大学三年生の彼は、小夜子の一年先輩で、先日街でばったり出くわしたと言っていた。
 夏海は一目で小夜子が武田に気があるのだと判った。しかし、引っ込み思案の彼女は、一対一でのデートを申し込むことができなかったのだろう。私はダシにされているだけなのよね。夏海はそう思ったが、自分だって龍太郎と付き合っていたころはそうやって散々友達をアリバイ工作に利用してきた経緯がある。(ま、罪滅ぼしってことでいいかしらね)夏海はそれこそ、小夜子の姉か母にでもなった気になって同席していた。
 実際、彼らの話の内容は、当然ながら彼女の知らない人物の話が中心。夏海は正直に言って内容もほとんど聞いていなかった。
 それに、夏海はどんなに友達とワイワイ話している時でも、店のBGMだけは何故か聞えていて、好きな曲だと反応して口に出してしまう癖がある。しかも、それは大抵というかほぼ間違いなくクラシックなので、他の面々にはスルーされてしまうのだが……
「あ、ジムノペデイの三番……」
その時も夏海はそうぼそっと呟いてしまっていた。
「あ、ホントだ、エリック・サティ、ジムノペディの三番だ。倉本さんもクラシックお好きですか。」
すると、武田は話を中断させてそう答えた。
「ここは良い曲がよくかかるから、俺も好きな店なんです」
そう言えば、今日は珍しく小夜子が店を指定してきたなと思ったのだ。小夜子がチョイスしたのではなく、武田のチョイスだった訳か……夏海はそのことに妙に納得した。
「ごめんなさい、話の腰を折っちゃったかな。私、幼稚園の先生を目指してた頃があって、ピアノずっとやってたから……」
やってたと言うほどではない。元々クラシックが好きだし、この曲は龍太郎も好きで、マンションで何度も一緒に聞いた曲の一つだったからだ。夏海の心の中に、あの頃の風景が鮮やかに甦る。
「あれ、何か訳ありの曲でしたか? おーい、何か遠い目してますよー」
夏海は彼女の顔の前で手を振りながら言う、武田のお茶ら気た一言で我に返った。
「センパーイ、失礼ですよ、そういうの」
小夜子がはらはらした様子でそれに苦言を呈した。
「う、ううん……そんなことないわよ。この曲好きだからじっくり聞いていただけよ」
夏海は慌てて小夜子にそう言った。
 龍太郎からはもう解放されたはずなのに、モノの好みも音すらも結局彼に戻っていく。私だけのモノは一体どこにあるのだろう、どこに置いてきたんだろう。そう思ったのが顔に出てしまったみたいだ。夏海は苦笑しながら軽くため息をついた。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

君子豹変-Parallel 5

君子豹変

 それまで、夏海は龍太郎に他の女性の存在を感じたことはなかった。
特にそういうことに敏感だとは言えないけれども、自分がいなければ特に片付けたりしない彼の事だから、そういったことがあれば現場を目撃しないまでも感じるものはあったはず。彼女には一切そういうものが感じられなかったのもあって、その時は憤慨して家に戻ったものの、その週末には相変わらず彼の許を訪ねた。
しかし、待っていたのはそれまでとは全く別人かと思われるような男に変わってしまった龍太郎だった。
 しかも、お坊ちゃん育ちの柔らかい言葉づかいから放たれる一言一言が夏海をぐさぐさと傷つけていった。
「私は結婚したいって言ってる訳じゃないわ。この前はお母さんが変なこと言うんだもん。だからつい……」
「つい? 君のお母さんが君に何を言ったかなんて僕は聞く気もないけど、思ってもいないことは人間言えないものだよ」
確かに人は、全く考えも及ばないことを口にはできない。私の中にも長い付き合いなんだから当然結婚を……という意識があったことは否定できない。だけど、彼に言われてようやく気付いた。私はただ、龍太郎と一緒にいたいだけなのだ。一緒に居られさえすれば、形なんてどうでも良い。夏海は本心からそう思っていた。
「私やっぱり龍太郎から離れられない。今のままで良いから、側にいるだけで良いから……」
涙をこぼしながらそう言う夏海を龍太郎は鼻で笑った。
「止してよ、そんな言い方。そんな心にもないこと言わないで。今はともかく、僕が歳を取ったら気持ちも変わってなんて考えてるんでしょ。残念だけど、それはありえないから。」
そう言った彼は、薄く笑っていた。
「僕は一生誰とも結婚する気はないし、その気持ちは変わらないよ」
「だから、結婚なんて望んでないわ。今のままで良いのよ。今まで通り、ね」
そう言って、夏海は龍太郎の胸に顔を寄せようとした。しかし、彼は静かにそれを払い除けた。
「そうか……今は本気でそう思い込んでいるのかな、海は。でもね、長い時間が経てば、そう言ったことを後悔する日が来るよ、きっと」
「後悔なんかしないわ! 絶対」
龍太郎の醒めた発言に夏海が声を荒げると、彼はゆっくりと頭を振った。
「するって、僕たち何年一緒にいるの。」
(じゃぁ、私が今まであなたに感じていたものの方がウソだって言うの?)夏海はそれを口に出そうとして止めた。今の龍太郎なら、それを肯定しそうだったからだ。

「もう、遅いんだ……」
唐突に龍太郎はそう言った。
「何が遅いのよ。ちゃんと解かる様に説明して!」
「海……僕たちこれで終わりにしようよ。それが海にも一番良い。僕はそれに気付いたんだ。だから……」
そう言うと彼は夏海に背を向けた。
「バカ!バカ、バカ、バカ、バカ……どうしたらそんな結論になるのよ……」
夏海はそんな龍太郎の背中に拳を打ちつけながら涙を流して返した。
「これ以上一緒に居たって、僕は海を傷付けることしかできないよ。だから、別れよう。僕はもう、決めちゃったんだ。もう……遅いんだよ」
龍太郎は天井を向いて一方的に別れを告げた。そして、縋ろうと差し出した夏海の両手を乱暴に振りほどいて、ベランダに向かって歩いて行った。

 やがて、夏海が龍太郎の部屋にある数少ない彼女の荷物をのろのろと紙袋に詰め始めると、龍太郎が彼女に近づいてきた。彼は右手を差し出すと、
「海、この前の忘れ物。」
と言って、彼女がこの前投げつけたデザインリングの箱を彼女に渡そうとした。
「もう要らないわよ、こんなの……捨てて。それと……」
夏海はそれを押し返した後、自らの鞄を探って、このマンションの鍵をとりだした。
「キーホルダーはそっちで外してね。何なら、それも捨てたら? ついでに鍵まで替えちゃうのもいいかしら。新しい女には新しい方が良いんじゃない?」
それは彼女の誕生石、ルビーをあしらったもので、彼から送られたお気に入りの品だったが、持って帰ったとしても、これからは見る度に悲しくなりそうだと思ったからだ。龍太郎は無表情にそれを受け取ると、
「そう……じゃぁ僕、送らないから。支度が済んでも声、かけなくていいよ。これから仕事しなくちゃならないんだ」
と言ってパソコンの前に陣取り、何やら書類を作成し始めた。

 そして、荷物を詰め終わった夏海は、何度も何度も振り返りながら彼の部屋を後にした。その間も、龍太郎は一度も彼女を見ることなく仕事に没頭していた。
 こんなにあっけなく終わってしまっても良いの? 夏海は玄関のドアを閉じた後、そのドアにもたれながらしばらく声を押し殺して涙を流し続けた。立ち去る音がしないのだから、彼女がそこに居ると龍太郎にも判っているだろうに、彼が出て来ることはついぞなかった。 

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

決定的瞬間-Parallel 4

決定的瞬間

夏海は時折、平日の会社帰りに龍太郎のマンションを訪れる事がある。切れかかっている生活用品を置きに行くためだ。龍太郎は本当にそういうことに疎い。大抵は一緒に買い物するのだが、うっかりと買い忘れて、それを思い出すことがある。その日彼女は、そんな日用雑貨を抱えて彼のマンションを訪ねたのだ。
 いつもはそんな時、龍太郎がいたためしはないのだが、その日玄関のドアは開いていた。あれっ、今日は休んじゃったのかしら、風邪でも引いたのかな。彼女はそう思いながらドアを開いた。
 開けてすぐ彼女の目に飛び込んできたのが、龍太郎の靴の横の自分のものではない女物の靴。そして、次に彼女の耳に届いたものに――彼女は全身を強張らせた。
それはあろうことか、女性の嬌声だったのだ。夏海は蹴り飛ばすかのように靴を脱ぎ散らかすと、つかつかと奥の寝室へと進んで行った。そして、勢い込んで彼の寝室に飛び込んだ夏海が目にしたものは――龍太郎が他の女性とまさに繋がろうとしている光景だった。
「海、どうして!」
龍太郎は突然の夏海の来訪に、飛び上がってその女性から離れた。
「同じ家に暮らせないって、ホントはそういうことだったの!」
買ってきた日用品を投げつけながら、夏海はそう叫んだ。
「ち……」
龍太郎は否定しようとしたのだろうか。あるいは舌打ちしたのか……ち、とだけ一言つぶやいて口ごもり、夏海に背を向けた。それから徐に側にあったバスローブを羽織ると振り返り、黙って彼女を見た。
「龍太郎?」
その表情は、それまで夏海が一度も見たことがないもので、冷酷という言葉がしっくりくる冷たい暗い表情だった。
「そうだよ、僕が海だけで満足できるだなんて思ってた訳?」
続いて吐きだされた言葉に、夏海は身震いした。驚きで声を失ってしまった彼女に向かって、龍太郎はさらに続けた。
「ま、一番体の相性が良いのは海だけどね」
そして、龍太郎は夏海の肩を抱いて、耳元で甘く囁いた。
「ねぇ、こういうとこ解かってくれるんだったら、今からでも結婚……してあげても良いけど?」
彼女は肩に置かれた彼の手を払いのけながら叫んだ。
「バ、バカにしないでよ! そんなの解る訳ないじゃない、龍太郎のバカ!」
私は結婚に焦ってあんなこと言ったんじゃない。ただ、龍太郎とずっと一緒に居たかっただけ……
「何よ、こんなもの!」
夏海は誕生日にもらった指輪を引きぬき龍太郎に投げつけると、鞄の中から指輪の箱も取り出して投げつけた。
そして、鞄を鷲掴みにしたまま、彼のマンションを飛び出して行った。

第719回「発音しにくい言葉」に参加してみた

こんにちは!トラックバックテーマ担当の水谷です!
今日のテーマは「発音しにくい言葉」です。

てな訳でこのテーマに参加してみました。

たすくの場合、毎日アホほど言ってるのに上手く言えない言葉…それは、
「ありがとうございます。また、お越しくださいませ。」
だったりするんです。

あ、私リアルではスーパーでレジ打ってます。ベテルでは言ってなかったですね。

ま、左利きたすくの場合、右手を使用することが多いレジ業務はそれだけでストレスで吃音が出やすくなってるのかもしれませんが。
でも、しぶちんなたすくは、
「○○○円頂戴します。」と、頂戴しますなんつームズ目のワードは難なくこなしてたりするんです。何故?!

theme : ことばをたのしむ
genre : 小説・文学

クリスマスケーキと除夜の鐘-Parallel 3

クリスマスケーキと除夜の鐘

その日、夏海は不機嫌だった。
「今度従姉妹が結婚するの。でね、それを聞いたお母さんが嫌みたらたらで言うのよね、『夏海ちゃん、結城君はいつになったらウチに来るのかしらね』ってさ」
「え、海んちに遊びに行っても良いの? じゃぁ、いつにしようか」
夏海の愚痴に、龍太郎は嬉しそうにそう答えた。ただ普通に家に招待されたように思っているのだろうか。まったく……鈍感なのにも程がある。お母さんの言う意味を全く理解してないんだから! 夏海は思わずそう怒鳴りそうになるのを辛うじて堪えた。
「私、来月で二十五なんだけどな。」
それで、夏海はぽつりとそう言った。すると、
「あ、もうすぐ七月十九日だね。そうだ、今年の誕生日は何が欲しい?」
という答えが返ってきた。
「別に何にも欲しくない」
何か貰おうと思ってそんな話をしたんじゃない。夏海がそう思っていると、
「ねぇ、一番欲しいものって何?」
と龍太郎は催促した。本当にどんなものでも良いのかしら? 夏海はちらりと横目で龍太郎を見た後、
「私、指輪欲しいな。もらったことないよね」
と言った。それまで笑っていた龍太郎の顔が一瞬強張った。
「そうだね……買ったことなかったね」
と言うと、龍太郎は一旦夏海に背を向けた。
「仕事を初めてまだ三年も経ってないし、僕はまだそんな気分じゃないんだけどな」
しかし、振り向いてそう答えた彼の顔はもう、いつもの様な呑気な笑顔だった。その呑気そうな顔と「気分」という語句に、夏海の苛立ちはさらに加速した。
「じゃぁ、私は龍太郎の一体何!」
夏海は思わずいつになく声を荒げて怒鳴っていた。自分自身でもそんな自分を変だと思いながら、彼女はもう言わずにはおれなかった。
「うん? 恋人じゃないの?」
それに対して、龍太郎は、小首を傾げてそれ以外の何なのだという風に答えた。
(だから……いつまで恋人のままでいなくちゃいけないの!)夏海はその最後の台詞を飲み込んでしまった。言ってもたぶん、彼からは果々しいしい返事は返ってくるはずはないだろう、そう思ったのだ。
 
 夏海は、いつもくるものが遅れてやってきたときから、何か喉に苦いものが残って取れないのをずっと感じていた。
『女はクリスマスケーキ、二十五歳までに売らないと商品価値が下がってしまうのよ。男は除夜の鐘くらいで充分良いのよ……だから、結城君に結婚する気がないのなら、そろそろ本気で別れる事を考えなさい』
実は昨日の従姉妹が結婚を決めた報告の後に、彼女の母はそう続けていたのだ。

 母親の言う『結婚は女の幸せ』というフレーズには、正直反発すら感じていた。しかし、心から好きな男と恋人のままでいる『長い春』に焦りの気持ちを感じるのもまた事実だった。
その相反する二つの気持ちに彼女の心は嵐の小舟の様に揺れていた。

 夏海が「結婚」の二文字を出したあの日から、二人は何だか気まずくなった。時々会話が途切れる。いままでそんな事などなかった。元々食いつくものが似ているし、夏海は少し気を回せば龍太郎の食いつきそうな話題をひねり出すことなど容易にできた。今まではそうして些細なケンカを乗り切って、いつの間にかその気まずさを取り去っていたというのに。
  それでも、龍太郎は夏海の誕生日の直前の週末、彼には珍しく外のレストランでのディナーの予約を入れたと連絡してきた。
そして、その席で龍太郎は小さな箱を取り出した。中には指輪が入っていた。しかし、それは彼の経済状態からすれば些かどころか相当チープな、縁日ででも売っていそうなデザインリングだった。チープでも指輪は指輪――期待しない訳がない。夏海の顔が綻ぶ。それを見た龍太郎は、面倒臭そうにこう言った。
「そんな顔しないでよ。僕は結婚なんてまだまだ考えられないんだよね。三十くらいまでは好きなことがしたいし……」
「じゃぁ、何でこんなものくれるのよ」
夏海は渡された指輪を早速左手薬指に填めて、それを翳しながら彼を睨んだ。
「だって海は指輪が欲しかったんでしょ、そう言ったじゃない。嫌なら今からでも他の物にするよ」
(何だ、これってそんなに気持ちのない物だったの? なら、イラナイ!)彼女はそう思ったが、口には出せなかった。
『三十位までは好きなことがしたい』なら、三十歳を迎えれば考えてくれるようになるのか……アヤシイもんだと思いながら、それを待ちたいと思う自分がいるのもまた事実なのだった。
『それまで待っててくれるよね』
そういう意味だと、彼が口にもしていないことを彼の声で心の中で再生している自分が、自分で情けなかった。
 自宅に帰る道すがら、夏海はもらった指輪を左手から右手に填め替えた。待つのなら親はできるだけ刺激したくない。チープな指輪の方がそう考えると都合が良いかも……一瞬そんな風にまで考えて、自分の思考回路に彼女は苦笑したのだった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

淡い期待-Parallel 2

淡い期待

「はぁ……」
夏海はその日、職場で何度目か判らないため息をついた。
「何かあったの、倉本っち。」
「ううん、別に……」
彼女はため息に気付いた男性社員に、そう答えた。

 言えるわけがない……彼女の目下の悩みは『いつもくるものがこない』ということなのだから。
思えば最近、龍太郎は全くと言って無防備だったりする。それについても、
「間に合わなかった、ゴメンね」
と笑顔で彼に言われてしまうと、もう責める言葉を吐くことが出来ない。それに、それは彼の衒いで、そうなることを本当は望んでいるのではないか。彼が学生だったころならともかく、今はお互い社会人だ。
夏海は心に淡い期待が広がるのを抑える事ができなかった。
 確実なことを知りたい。それなら三ヶ月を越えた方が良いんじゃないだろうか。それにはまだ間がある。でも、内心は一刻でも早く結果が知りたいのだ。その思いの行きつ戻りつが、職場であろうが何であろうが所構わずため息となって吐きだされてしまう。
 頭を切り替えて仕事仕事! 夏海は自分で自分の頭を拳でコンっと叩いて、パソコンの画面に向かった。

 悶々とした日々を過ごしていた夏海がそろそろ検査をと思っていた矢先、「月よりの使者」が訪れた。
彼女は心底ホッとした半面、とても残念だった。龍太郎が何も策を講じないまま突き進むことに期待してしまっただけ……彼女はそう思った。
 期間が空いてしまったそれは、いつもより長く辛かった。彼女は立っていることすらままならなくなり、それを上司に見咎められて早退を命じられた。
 しかし、そんな翌日も彼女はいつも通り、龍太郎のマンションに向かった。
「2回もすっとんだ後だから、もうへろへろ……何か気分悪いし」
そう言いながら、彼女はいつもと同じように部屋の掃除を始めた。
「へぇ、そう」
それに対して龍太郎は残念がる様子もなく、そう言っただけだった。どちらかと言えばホッとしたように夏海には見えた。思わず夏海からため息が漏れる。
「ねぇ、海。辛いんなら掃除なんて良いから。休みなよ」
ため息をつきながらも手を休めない彼女に、彼はそう労いの言葉をかけた。
――体が辛いのはホントだけど……本当に辛いのは心の方――
「そんなこと言ったって、私が掃除しなきゃ龍太郎ってばろくに掃除もしないじゃん!」
この鈍感自己中男は、たぶんそんなことも解んないんだ。夏海はそう思いながら、龍太郎の前でわざと掃除機をせかせかと動かしたのだった。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

メインディッシュは…-Parallel 1

メインディッシュは……

――平成元年――
 土曜日の夕刻、夏海は龍太郎ともにデパートの食品売り場にいた。

「奥さん、これなんかどう?脂がのってて旨いよ」
鮮魚コーナーで店員が鰤を指さしながら夏海に『奥さん』と声をかける。龍太郎と二人連れだっていたから、夫婦だと思ったのだろう。夏海には何だかそれがくすぐったかった。
「僕、そんなギラギラした魚は苦手なんだけど。」
ほくそ笑んでいる夏海の代わりに、龍太郎がそう答えた。
「そんなこと言わないで、今晩元気になるよ」
店員がすかさずそう返す。
「食べなくても僕は元気だから」
それに対して、龍太郎はそう答えて軽く笑った。
「もう……そんなこと、いちいち言わなくて良いの」
夏海はその答えに照れて龍太郎の肘をついた。含み笑いの龍太郎が、夏海の顔を覗き込む。それにシカトするように夏海が歩き出すと、龍太郎がそれに続いた。

「ねぇ、ホントに何が食べたい?決まらないんならどこかで食べてく?」
そう言った夏海に龍太郎は、
「今から外食だと、メインディッシュ食べそびれてもイヤだし」
と言って笑う。夏海は時計を見た。彼が言うほど遅い時間ではない。
「メインディッシュって、コース料理なの?」
「違うよ。」
「メインディッシュがあるんでしょ?」
夏海には龍太郎の言いたいことが解らなかった。
「そう、メインディッシュ、僕の一番欲しいもの」
「何なのよ、解んない」
すると、龍太郎は夏海の背中をすっと撫でてこう言った。
「メインディッシュは海だから…食事に時間がかかったら、後の時間がなくなっちゃうからね。」
夏海は龍太郎に海と呼ばれていた。
「もう、バカ……」
夏海は龍太郎の後ろに回ると、彼の二の腕を掴んで背中に頭を付けた。
「今日は悠(はるか)んちに泊るって言ってきたから。今月はこれが初めてだし。今日は時間があるから」
「でも、僕はやっぱり海の作ったものが食べたいな」
そう言う夏海に、龍太郎は甘え声で返した。
 龍太郎の態度を見ながら、そんな風に言うんならさっさと毎日龍太郎んちに帰れるようにしてくれても良いんじゃない?夏海は心の中でそう返していた。

 倉本夏海(くらもとなつみ)と結城龍太郎(ゆうきりょうたろう)は共に二十四歳。都立高校時代の同級生だった。
 音楽の事で盛り上がったのがきっかけでよく話すようになり、二年生の時に龍太郎から告白を受ける形で二人は付き合い始めた。そして、大学入学を機に龍太郎が生家をでてマンションに一人住まいを始めてから、二人は男女の関係になった。
 やがて夏海が短大を卒業して就職。職場の中で仕事を任されるようになってくると、おいそれと早い時間には帰れなくなる。追って大学を卒業した龍太郎も彼の父の経営する会社に入社すると、ほぼ平日は会えない状態になった。
 夏海の両親はたびたび一人暮らしをしたいと言う夏海の要求を、頑として聞かなかった。龍太郎との関係を薄々感づいている彼らは、そんな事をしたらたちまち半同棲状態に滑り込んでしまうと危惧しているようだった。
 夏海自身、なし崩しに同棲に持ち込もうというつもりはなかった。しかし、時々何が何でも帰らなければならないという今の状況に虚しさを感じるのは事実だった。親の言うことを無視するのは案外簡単なことなのかもしれない。だが、そうなれば親の信頼も失う。そう思うと、それを押し切ってまで外泊することは躊躇われた。
 それでも、時々は主には高校だが、短大時代などの友達を総動員して、順番に彼女らの家に泊まることにしてもらって泊ることもある。しかし、それすら月に一回、多くても二回が限度だ。しかも、頼みの綱である件の友人たちもちらほら結婚を始めていて、“言い訳”ができる場所が減ってきた。
 しかし、そのことを苦々しく話しても、龍太郎はどこ吹く風だ。
「今のままで良いんじゃない?」
そう言って笑うだけだった。
「お互い仕事が忙しいからね、毎日一緒に居るとケンカするだけだから」
そう思って時間がもっと合わなくなりそうな保育士になることを諦めて普通の企業に就職したし、大きなケンカをしていないということが本当はどういう事だか解っているんだろうか……

(本当にこの鈍感自己中男! 自分の時間がほしいなんて甘いこと言わないでよ!)
 いつまでこのままなのだろうと、夏海は思っていた。

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かなり笑える誤字あります。

満月の差し戻し、やっと終りました。ってか、今のテンプレの印刷具合がかなり良いので、「時間差」からはポータルかっ飛ばしてこっちで修正しました。ポータルに書き込む際にまた変わる可能性は大ですけどね。

話の内容は変わりませんが、かなり伸びましたからね、全体で15頁は加筆してるかも…そう言う訳で、はやくブログでお披露目したかったんです。

相変わらず誤字脱字はてんこ盛りなんで、それに激しくツッコミを入れながらノートに貼りました。でも、この状態でたぶん…2人には見せてしまうと思う…だって、長すぎてコピーと貼り付けで2時間半もかかっちゃったんですもん。誤字が見つかっても鉛筆で修正するなんてポリシーに合わないし、だったら、「かなり笑える誤字あります」って宣言して間違い探しを読者様に課した方が私らしい、なんてね。
ブログの方は、訂正を入れようと思います。それでも出るだろうけど、笑って許してね。

それといい加減「パラレル」始動しなくちゃ。書き出すまでが長いんだよな~、私って。

theme : つぶやき
genre : 小説・文学

占いなんてそんなもの

「初恋の人からの手紙」のサイトからまた面白い手紙が届きます。「1年目の手紙」です。
付き合って1年目のアニバーサリーに恋人が書いているという設定なのですが、相変わらず笑えます。

アドナイ・エレの方でも少し触れたんですが、恋愛といえばこっちかなと思って、こっちに全文載せちゃいます。
以下、手紙の本文です。

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theme : つぶやき
genre : 小説・文学

テンプレ変えてみました。

さあ、気分を換えて三日月です。本当は満月にしたかったんですけど…月だからいいでしょってことで

「満月に焦がれて」の前半部分は、手を入れておきました。「時の足音」とやっとつながりましたよ。あとはおいおい…でも、ポータルの方、未完のままなんだよね~

桜もずいぶん散りましたし、「遠い旋律」のポータル差し戻し(印刷はやっぱポータルの方がグレード高くて…)も終ったので、一応「満月」モードです。
ただ、ポータルに差し戻してるはずなのに、同じ文章が書けない。また、ビミョーに変化しちゃう。
他人様に書籍化してもらうことはそういう意味では感情が入らずに、変わらずトランスできるってことなんでしょうね。

でも、商売っ気ゼロのたすくは、書籍化なんて考えてません。自分の一冊があればハッピー。
一度そのプリンターとラベルソフト、さらには本のように横向きに留められるステープラーを駆使したたすくの「こだわりの一冊」を画像にしようとは思ってますが、いかんせんFC2でどうやるのかまったくわかんない(苦笑)

ま、そのうちにね…


theme : 物書きのひとりごと
genre : 小説・文学

経過報告です

書くときに、その作品のイメージに合わせてBGMを設定する話は前にしました。
「亮平サイド」はコブクロ「赤い糸」平原綾香さん「ノクターン」がメインだったんですが、最近1曲増えました。木山雄策さんの「永遠」です。これは私の大好きなアニメ「スキップビート」のエンディングテーマです。アニメ自体は終ってしまいましが、マンガはまだ続いているので、コレをかけならコミックスを読むことも。この曲が実に亮平っぽくていいんです。でも、後半になってから聞いていただきたい曲かも。

それと、つい最近、ホームセンターの駐車場で車を当てられてしまいまして…今、代車(レンタカー)なんです。コレ、CDは入るんですが、MDが入りません。仕方がないので、ドリカムの新しいアルバムのおまけ?のベストアルバムをかけながら走ってます。「遠い旋律」のBGM「アイシテルのサイン」、今回の新作のBGM「好きだけじゃダメなんだ」「空を読む」が入っているので。
自分の車が戻ってきたら2曲追加して、MDで走ろうと思ってます。

新作のことですが…やっとタイトルを決めました。「パラレル」です。「満月に焦がれて」を手直ししてからスタートしようと思いますので、書き出すのはもう少し後になりますが、キャラが少しずつ動き始めました。

だけど、トランス(ブログ→FC2小説→ブログ)する度、何かしら書き替えたくなるんです。なんだかなぁ…

theme : 物書きのひとりごと
genre : 小説・文学

愛されていたから

「遠い旋律」の三度目の正直?が終了しました。

今回念願のメール→携帯の件も入れました。

今回ネタばらし部分の修正をしてる時、(ノートの部分あたりのこと)なんかさくらとしてすごい幸せだったんです。愛されていたと実感できたっていうか…

私、さくらとして生きてよかった。

6年後を書いていて、別立てで後日談を書いてみたくもなりましたね。でも、ホントに書くかどうかは決めてません。


theme : オリキャラ語り
genre : 小説・文学

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