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彼方へ…

「妙に蒸し蒸しするよね」
その日は10月だというのになんだか汗の出る日だった。
「え?そうかな、そうでもないけど。」
夫はそれに対して笑ってそう答えた。普段は彼の方が暑がりで、クーラーの設定温度のケンカは日常茶飯事。まだ新婚の部類に入るのに、両手に余る。彼がいない間に設定温度を2℃上げるのが私のこの夏の日課?だった。

おかしいな…そう言えば体も重いし、気分も悪い。それに2~3日前から妙に胸が張る感じもする。何か病気?それとも…
私はそう考えてふっとほくそ笑んだ。

そういえばかなりきてなかった。もともとまともじゃなかったからあまり気に留めてはいなかったけれど、そういうのも考えに入れといた方がいいのかも…明日、病院に行ってみるかな。

そう思いながら寝る前にとトイレに立った。そしたら、出血していた。
(なんだ、違ってたのか…)
私はほっとしたようながっかりしたような気分でそこを出た。

そのとき…
「ママ、マー君を助けて…おねがい。」
小さな男の子の声がした。
「だ、誰?!」
私はあたりを見回してそう叫んだ。誰もいるはずはないのだ。私たちは結婚したばかり、私も彼も初婚で、ママと呼ばれるような子どもも連れてきてはいないから。
でも、もう一度声がした。
「今なら間に合うんだよ…早く!…お願いだから…マー君だけは助けて…」
よくよく考えてみると、その声は耳からではなく頭の中から聞こえてきていた。そう考えたら私は震えだし、止まらなくなった。
「あなた!助けて!!」
そうやって声に出して助けをもとめたものの、夫にこの事を上手く説明できる自信はなかった。ましてやこれから病院に行ったとしても医師に説明できるとは到底思えなかった。

それでも私はその小さな声を信じた。
私は、私の切羽詰った助けを求める声に、何事が起こったのかと慌てて寝室から駆けつけた夫の姿を見た途端ホッとしてその場に座り込みそうになった。彼はそれを寸でのところで私を抱えると、心配そうに
「どうした?何があった?変な奴でもいたのか?」
と言った。
「ううん、血が出てるの…赤ちゃんが危ないの…でも今なら間に合うって…」
私はひどく混乱していて、泣きながら思いつくまま今の危機を夫に伝えた。そんな取り留めのない説明に彼はうんうんと頷いて
「夜中にいきなり診てくれる産婦人科なんてわからないよ。」
と言いながら119番に電話した。

そうやって病院に駆け込んだ私。私はやはり妊娠していて、子供は非常に危ない状態だった。
「間一髪でした。朝まで我慢していたら助からなかったと思います。」
そう医師は言っていた。私は即座に絶対安静を言い渡され、2週間入院した。

しかし、退院してからはそんなことが嘘だったかのように、新しい命はすくすくと育っていった。
7ヶ月にはいったころだった。
「名前何にしようか。」
と、夫が行った。
「う~ん、護(まもる)真実(まこと)雅之(まさゆき)何がいい?」
「悪くはないけど、それって男名前ばっかりじゃない。お前、男の子が欲しいの?、俺はお前に似た女の子がいいのに…」
私が男の子の名前ばかり口にするので、夫は口を尖らせながらそう言った。
「だって、あの子が、マー君って言ってたんだもの。絶対に男の子なの。」
「あの子って誰さ?」
夫は私が自分のお腹を撫でながら返した言葉に首を傾げていた。
「本当なら生まれてくるはずだった、この子の双子の弟よ。」
でも、そう言うと夫は急に顔色を変え、思わず息を呑んだ。
「…お前、それ知ってたのか…」
それから夫はつぶやくようにそう言った。

あの時私が病室に運ばれた後、夫は残されて子供は双子で一人は既に流れていたと告げられたという。その時点では私がそれを知ると、助かった子どもまでまた危なくなるかも知れないと、医師は夫にだけ説明したという。
夫は私が言い出すまで、元気になっても私にそのことを言うべきか迷っていたらしい。

「あの子が知らせてくれなければ…『まだ間に合うよママ。』って言ってくれなければ…だから、この子は男の子。マー君じゃなきゃだめなのよ。」

そして私たちは生まれてきた子供に真実と名づけた。
私は誰にも言わずにあの子に彼方と名づけた。

私は時々鏡に映る真実の中に真実と一緒に成長する彼方を見る。
夫にはそれは悲しすぎると思うし、真実には重過ぎると思う。だから、私の中でだけ『もう一人の息子』彼方の成長を確認するのだ。
そして、その都度私は彼にありがとうと言う。

真実を助けてくれた-それだけじゃない、あなたも大切な私の息子。姿は見えなくても、私の宝物。私はあなたのママでもあるのだから。
あなたがいたことは、ママだけは絶対に忘れないからね。


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theme : 自作小説
genre : 小説・文学

名はストーリーを決定する?(たすくの頭の中3)

たまには小説がらみのどうでもいい事でも書きましょうか。

1つ少し明確に見え始めたビジョンがあるんですが…これがまたハードで…お前の落としどころはどうしてこうもハードなんじゃ!と、自問自答…こなれるまでにはもう少し時間がかかる模様。

再々スタートしてから(13~20歳と42歳にモノを書いてます)名前に苦労してないんですよ。不思議とキャラを決めると名前が付いてくる。「切り取られた青空」いたっては、本名・ハンドルネーム・ブログタイトル等かなりの名前を作りましたが、あまり困らなかった気がします。

ただ、苗字は少し考えました。亮平はエイプリルというハンドルネームがあったために程なく綿貫という苗字に決定しましたが、加奈子・香織の2人は似た苗字にはできないしと、しばらく考えて取った手段がお笑いの方の苗字に。加奈子はインパルスの板倉さん、香織はバナナマンの設楽さんからなんです(たまたまお笑い番組を娘が見てただけなんですが)。たくさん考えなきゃならないときにこれは使えると思いました。

「遠い旋律」にいたっては、自己紹介の書き込みをしてる最中に思いついた名前!こんなに短絡的でいいのか?高広は降って沸いたように出てきて、高広がさくらって言ったような気がする…思えばあいつって最初から実は自己主張してたのか…つくづく怖い奴です。

何でさくらなの?と思いつつ紡ぎ続けてストーリー展開が変わってしまったんです。本当はもう少し高広の人間関係に絡ませてもう少し付き合う期間があるはずでした。

でも、このロミオとジュリエットっぽい期間が純愛としては頃合だったのかもしれません。キャラに助けられながら書いてますね、私って。

ホントにどうでもいいことでした。

theme : ヒトリゴト
genre : 小説・文学

チーン!

外は昼過ぎから冷たい雨が降り続いている。

その年老いた男は最近一緒に暮らし始めた「彼女」を待っていた。

「彼女」はある日突然男の部屋に現われた。そして当然のように彼の部屋に居座るようになった。彼は最初、当惑しながらもそれを受け入れた。そして、今や「彼女」なしには生きられない自分を感じ始めていた。

「雨に降られたりして大丈夫だろうか…あの子は傘も持っていないし…」
「彼女」のためにドアはいつも開けてある。

やがて「彼女」ははじめて来たときと同様にすっと玄関に立っていた。
「やぁ、お帰り。寒かったろう。」
彼は急いで乾いたタオルを取りに走って、タオルに「彼女」をすっぽり包んで濡れた体を拭いた。
「お前、お風呂は苦手だったよな…」
すっかり水気を取り去っても「彼女」の震えは止まらなかった。

「そうだ…これはどうかな。待ってなさい、すぐ温かくなるよ。」
「ミュゥ~…」

荷物もほとんどない彼の部屋におかれた真新しい白い箱。それは、日々の生活で自分の食事や「彼女」のミルクを温めるために重宝しているもの…

彼はその白い箱の中に「彼女」を入れてつまみを回した。

                     -チーン!…-

                          ※昭和55年10月に書いたもののリメイクです

more...

theme : 下手な短編小説ですが・・・。
genre : 小説・文学

裏話(小ネタ)

私が何故さくらの方が年上で仕事を持っているという設定だけはゆずれなかったか。
そうでなければ、高広は背伸びをしませんし、彼女の仕事に対する責任感を肌で感じることによって、高広の欲望にブレーキをかけるという狙いがありました。高広のさくらに対するぞんざいな口調も、少しでも自分を大きく見せようという現われですから。

生きてさえいけば、いずれどんなに深い心の傷も癒えていく…それが今回のテーマでしたので、最後まで高広にはカッコをつけてもらいました。

本当に告白まではおとなしかったのに、まとまった途端自己主張のきついカップルでした。さくらがあの桜の木の前に立つ件は私自身が号泣しながら書きました。なぜか涙が止まらなくなったんです…作者なのに…

急に現われた男?-松野芳治氏…彼をさくらのパートナーに指名したのは、実は高広です。
「あいつなら許せるし、さくらの気持ちが一番分かるから」だそうです。かなり強引に1度だけ登場させて、最終回まで出番はなかったですが。

彼は34歳、学生時代の後輩の翔子と結婚25歳で結婚。穂波を儲けますが、文中の事故により翔子と穂波を失い、体に障害を得ます。文中にもう少し年齢を特定する要素とか入れれば良かったか…怖くて早く抜け出したかったので、はしょりましたね。

私の目線は今回ははっきりとノエにありました。彼女の本名は野江恵実…彼女のサポートなしにはこの2人はくっついてないというのに、フルネームを出せる機会もなく…気に入ったキャラほど虐げてしまうのかしら、私…と思うくらいです。
ちなみに、結婚報告をするところまで書かなかったのは、彼女のテンションは最高潮に達するだろうから、ウザイ…

あ、最初は7年前の事なんだってわかった人はおられるでしょうか。ヒントは携帯電話にありました。最近ではダウンロードが充実し、余程マニアックじゃない限りダウンロードできますし、また、パソコンででも打ち込まない限り今の機種は打ち込みできませんから、手軽に打ち込みできる少し前の機種ってことなんですよ。
ちなみに着信音として私の頭に流れていたのは、ベートーベンの「エリーゼのために」の第三主題でした。クラシック専門とかでならダウンロードできますかね…ないかも。

かなり疲れたので、他にも企画はなくはなかったんですが、彼らのパワーで飛びました。
どうしよう…

書き始めるまでがなかなかなんですよね~

それではこの辺で、これも長い作品になってしまいました。読んでくださった皆さんありがとうございました。そして、約1名…ごめんなさい。

なるたけ早く、次回作考えます。
でも、次はのんびり書きたいぞ…

theme : つぶやき
genre : 小説・文学

実はさくらも…

え~っと…不思議話に滑り込むきっかけは、実はさくらのダイエットでした。

詳しい数字を出さずに書いたのですが、私の中ではさくらは減量として28kg、それから高広の病気がらみで4kgの計32kg減ってるんです。約半年で32kgです、体に変調をきたさない訳がない…
その上、最愛の人を失うというダメージも加われば、体がぼろぼろになるのは火を見るよりも明らかでしょう。

高広が思いのほか早く逝ってしまったのは、さくらの体が折れない内にというぎりぎりのラインだったのです。この際なので暴露すると、私も合宿所ダイエットの際、2度倒れています。1度目は誰にも見つからないところで、2度目は人前で…精密検査をと言われましたが、逃げました。

そして、実はさくらもアブナイ状態だということが、音を媒介としてつながる発想につながっていったんです。

音(声)フェチの私ならどんな恋をするだろう…やっぱ音がきっかけかもで軽いノリで書き始めました。アバウトな設定のまま書き始めて、さくらと高広がしゃべってるとケータイが急に鳴り出したんです(物語の中でね)
で、最初さくらはメール音にその音を使っていました。メール音を一番長く聞ける設定にして。電話だと早く出ないと叱られますから、メールにしてありました。高広と知り合って、高広に合わせて着信音に変えたのです。その件を入れ忘れて、追加しようと思いつつ終ってしまいました。

ちなみに絶対音感の話も実話です。もちろん、高広はいませんが、式典のピアノに酔って吐きそうになったことがあります。


theme : つぶやき
genre : 小説・文学

とんでもない戦慄…

こ…怖かった!!

いきなり妙なタイトルで、しかも妙な書き出しで失礼いたします。
でも、これが正直な「遠い旋律」の私の感想なのです。

今回デザインが気に入って(物語の趣旨に合うモノトーンで音符)つけたテンプレは時間まで出るタイプなので、途中からご覧になった方でもお分かりいただけると思いますが、遠い旋律全29話の更新間隔、頻度…半端じゃないでしょ?

このお話、構想は前作の「切り取られた青空」より前からありました。

4年前、同僚の子供さんの夏休みの宿題、「戦国武士が家に突然タイムスリップしたら?」などというミョーに面白い作文出題に触発され、22年ぶりに書いた小説「夏の花」の次回作として書くつもりだったものです。
でも、当時中学3年生だった宿題の当事者の同僚の息子さんにも読んでもらってたので、受験生に読ませるもんじゃないだろってことで、お蔵入りしてました。

私がこの話から書かなかったのは、あの「恋空」っぽいと思ったから。それと、ダイエットの要素をたっぷりと入れた作品も書きたかったし…

私の中で、「恋空」の結末がひっかかってたのは事実なんです。私なら…ってこうなりました。
基本設定で絶対に変えるつもりがなかったのは、さくらが高広より年上で、仕事を持っていることだけでした。

本題に戻りましょう。何が怖かったのか。ずばり、高広がです。
高広は死にキャラ、生き急いでいるのは仕方ないとは思うのです。

最初、特に冒頭の部分はネーム(マンガ用語で台詞のこと)が進まず、まるで彼らの恋心のように引っ込み思案で、企画倒れを予感したほどでした。

しかし…高広が告知を受けてから、状況は一変しました。高広が作者にどんどんと要求を突きつけるようになったんです。(書くよりは2回くらい前を頭は走っているので、書いてるのはギターを弾いてるくらいの頃でしょうか)

まず、それまで全く普通に聴けていたドリカムの「アイシテルのサイン」が涙が止まらなくなって聴けなくなりました。運転中に聴くことが多い私が危険を感じてすっとばすことがあるほどその威力はすごかった…
桜の木のシーンではパソコンの前でもないところではっきりビジョンが飛び出して、戻るのにしばらくかかったり…まるでそれは「とり憑かれる感覚」でした。そして、高広はどんどんと先のビジョンを見せて書くように要求するのです。

「遠い旋律」と言うか、「とんでもない戦慄」だよと私は思いました。そんな訳で、17・18話はコーヒー4杯がぶ飲みして一気に書き上げるという荒業に出た訳なんです。18話はビジョンをそのまま一旦放り出して、後で加筆改稿するという投げやりな手法まで使って。実のところ何度か眩暈にも襲われてましたし、このままでは「切り取られた青空」の二の舞になりかねないですから。

予想通り、高広が逝ってからすごく体が楽になりました。

しかし、本編も不思議話に滑り込んでしまったけど、あとがきも不思議話になっちゃった。
理解してもらえませんよね。







theme : 今、思うこと。
genre : 小説・文学

終章-遠い旋律29

終章


今日は、高広の命日で、私は高広の両親と久美子ちゃんと4人でお墓参りを済ませた後、あの桜の木の下に来た。

「あれから6年か、早いな…」
「そんなに経ったとは思えないけど。」
お母さんの相槌に私も黙って頷いた。

桜の木の下には30代の男性が立っていた。
「紹介させてもらっていいですか。」
私は3人にそう言ってから、その男性に手招きをした。彼は杖に寄りかかりながら私たちのところに近づいてきた。
「松野芳治さんです。」
私は彼-芳治さんを支えるように隣に陣取った。彼はゆっくりと会釈しながら高広の両親と久美子ちゃんに言った。
「はじめまして…松野です。高広君のことはさくらさんからいつもうかがってます。」
「はじめまして、坪内です。何か…」
不思議そうに尋ねる高広のお父さんに、芳治さんは照れながらこう言った。
「実は、私たちのことを許していただこうと思いまして…」
「さくらちゃん、ってことは…あなた…」
「ごめんなさい、松野さんについていきます。」
驚いた高広のお母さんに、私ははにかみながら言った。
「謝ることなんかないさ、おめでとう。」
「そうよ、何も謝ることなんてないわ。素敵なことじゃない。高広もあなたが泣き暮らすより、その方が喜ぶわ。」
そしてお父さんは芳治さんに握手を求めながら言った。
「許すもなにも、私たちにはそんな権利はありませんよ。どうか、高広の分までさくらさんを幸せにしてあげてください。私たちからもお願いします。」
「ありがとうございます。」
芳治さんは握手に応じながら何度も頭を下げた。


松野芳治さん…私が高広の病気を知ったすぐ後に退院、その時私が号泣してしまったあの患者さん…

彼には奥さんと当時1歳になる娘さんがいた。

ある雨の日、3人でドライブしていた彼らの車に、違反を逃れようとしていた車が激突、奥さんと娘さんは死亡、芳治さん自身も瀕死の重傷を負い、2度の大手術の後生還した。

生還したものの、たった一人生き残ってしまったことを深く悲しんでいた彼。そんな中で退院の日に見たのが私の号泣する姿だった。彼は自分のために泣く私のことが解からず、他のナースに事情を聞いたと言う。

高広の亡くなった後、整形外科の外来に異動した私は、それから度々リハビリに来る芳治さんと顔を合わせるようになった。

同じように愛する人を失った私たちは、ゆっくりと時間をかけて互いの傷を癒しあい、やがてそこに愛が生まれた。

「私はずるいんです。高広君のお株を奪って、ここでプロポーズさせてもらいました。おかげでOKももらえましたし。」
芳治さんはそう言って笑った。
「そうですか…たぶん高広は喜んでると思いますよ。」
「そうだといいんですが…」
「じゃなきゃお兄ちゃん、別れさせるように仕向けてると思いますよ。」
「じゃぁ、私は高広君のお眼鏡にかなったってことなのかな。」
久美子ちゃんにそう言われて、芳治さんは照れて頭をかいた。
久美子ちゃんはたぶんふざけてそう言ったんだろうけど、私もプロポーズを受けた時に同じことを思っていた。

桜が満開の中
「これからの人生を私と一緒に過ごしてくれませんか。」
芳治さんにそう言われた時、桜の木と高広が祝福しくれているような…そんな気がしたのだ。
「そんな感じはしないけど…やっぱり6年経ったのね。」
お母さんが感慨深げにそう言った。



夜…私は久しぶりにノエに電話を入れた。後ろで子供の泣く声がする。
「ゴメン、リュウちゃん起こしちゃった?」
「いいのいいの、久しぶり!最近連絡なかったけど、何か用?」
「実はね、今度…」
 
                                          -The End-

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

それから…-遠い旋律28

それから…


高広が何かを感じていたのかどうかはわからない。
でも、指輪はちゃんとしたもので、サイズ直しもできた。
私はそれを左手の薬指に納めた。
それを見つけたノエは
「止めてよ、何だか切なくなっちゃうじゃない。」
と、涙目で言ったけど、こうしてるとずっと一緒にいられるような感じがするから…

職場は…整形外科の外来への異動を命じられた。体の負担はもちろん、命の瀬戸際にいる人たちから遠ざけるための配慮だったと、今は感謝している。

また、あれから私は高広のいなくなった彼の家に時々遊びに行くようになった。
私をお父さんもお母さんも本当の娘のようにかわいがってくれる。

「なんだか、高広が女の子になって帰ってきたみたいよ。本当にあなたたちって似てるわ。」
と高広のお母さんが言った。
「それじゃ、私ってニューハーフみたい…って言うか、高広がなよったくなって帰ってくるなんて想像できないです。あいつはすごく男らしかったから。」
って返した。そしたら、
「あら、そうだったからしら。どちらかというと童顔でかわいい感じじゃなかった?」
ってお母さんがと言ったので、私はちょっと睨んで、
「とにかく、あいつは世界一男らしくて、かっこよくて、ステキなんです。それに、あいつの気にしてたこと言っちゃダメです。」
と言い返した。
「ますます、あなたたち似てるわよ。今の睨み方なんて、もうそっくり。それと…なんだか、そんなに褒められると親としては複雑だわ。」

私がそんな風に臆面もなく高広のことをほめてしまうのは、やっぱり後悔しているからかもしれない。もっと早くにお互いの気持ちを確かめ合っていれば、私たちはそれこそ高広が病気になるもっと以前に1つのなれていたのかもしれないのにと、ふと思ってしまうからかもしれない。

そうして時は過ぎていく…

そして、高広が亡くなって6年の月日が流れた。


theme : 自作小説
genre : 小説・文学

つながり-遠い旋律27

つながり


-高広のノートから8ー

ついに、バレた。

「そばに居させて…」
って言ったときのあいつの顔…あいつのあんな顔みたくなかったな。これで良かったって自分に言い聞かせているのに、結局オレはあいつを泣かせてばかりいる…そう思うと、ちょっとぐらっときたから。

もう一度別れを告げた。ホントの事知ったあいつはもっと納得しなかったけど、「もう2度と会わない」と言った。

だけど、これでいいんだたぶん…そう思った。

そしたら、あいつ、
「私たちはつながってるんでしょ。どうしても辛くなったら呼んで。どんな場所にいても私は行くから。」
って言った。

-オレたちはつながってる-
それは、あいつが眠っているときに久美子に言った言葉。あいつウソ寝して聞いていたのかと思ったら、オレたちが会話してる夢を見たって言う。どっちにせよ、不用意にあいつが居る場所でこんな話をしたオレが悪いんだけど。

オレは断れなかった。それまで断ったら、別れないとあいつは言い出すだろうし、本当は最後の最後まで一緒にいたかったから。直接オレの最期に立ち会わせるより良いかもしれないとも思った。

しかし、本当にそんなことが可能なんだろうか…わからないまま約束したけど…
もしダメなら、恨まれるな…その方があいつはオレのこと早く忘れられるかもしれないけど、何かそれはイヤだ。
バカなオレ…こんな訳のわかんない約束を楽しみにしてるのか。

さくら…絶対に来てくれよな、待ってるぞ。


そうよね、私だってホントに呼んでもらえるとは思わなかった。でも、そんなことにでも望みをかけないとあんたのワガママは聞けそうになかったの。
私はあんたが呼んでくれたから、今一人でも立っていられるんだよ。
どっかで今も、あんたが見てくれてると思えるからさ。

高広のノートはそこで終わっていた。後はもう書けないほど苦しんでいたんだろうか。病院に搬送されてきた高広の姿をまた思い出して、私は震えながらノートを押し抱いた。

それにしても、なんでこんなに突然に逝ってしまわなきゃならなかったんだろ…

あいつ…ホントに悔しかっただろうな。



指輪-遠い旋律26

指輪


「それと…これ…高広の気持ちを考えると、さくらさんにはお渡ししない方がいいのかもしれないんだけど、やっぱり私たちが勝手に処分するなんてできないものだから…」
と言ってお母さんが差し出したのは小さな、指輪のケースだった。

そういえば初詣の時、手を握った高広が言ってた。
「お前意外と手、小さいのな。」
「あまり身長高くないしね、ギターも手の大きいほうが得なんだけど、逆に必死に練習したかも。」
私がそう言うと、高広は自分の手の上にわたしの左手を乗せてこう言った。
「指の太さどれ位ある?」
「元々、太い方じゃないと思うけど。痩せる前は11号だったんだけど、今は痩せたから9号くらいになってると思う。」
私はよく考えないでそう答えた。今考えたら、あいつちゃんと左手を見てたんだよね。
「指輪のサイズなんて知ってんだな。」
「買ったりしないけど、お店で試しにはめてみたりするのは好きなのよ。でも、何でそんなこと聞くの?」
「あ…いや、別に。思ったよりお前の手が小さいんでビックリしただけだから。でも、痩せると指まで痩せるってすごいよな。」
私が聞くと、高広はつっかえながら答えた。
「靴のサイズもワンサイズ違ってるよ。メーカーにもよるけどさ。」
指輪を買おうって考えてるなんて夢にも思ってなかったから、私はダイエット話の方に食いついてスルーしてた。自分でも情けなくなるほど、鈍感…
高広はホッとしてたろうけどね。

-高広のノートから7-

動けるうちにあの「木」に会って来よう。その桜の木を見てあいつのお父さんがさくらって付けたっていうあの「木」に。

そして、その「木」の根元にあの指輪を埋めよう。
ホントは「木」の下で、オレはあいつにあの指輪を渡すつもりでいた。就職が決まってからとか思ったけど、最近あいつがどんどんときれいになっていくんで、「あいつはオレのもんだぞ」って言いたくなって、それとなくサイズを聞いて町に出た時に買ったもの。
渡そうと電話をかけようとしたときに、オレは最初に倒れた。

もし、電話の方が先だったら…確実にバレてるだろう。なんか不思議な気がする。


「高広、これ埋めなかったんですか?」
私はなぜ、まだここに指輪があるのだろうと思った。
「埋めようとしたらしいんだけど、埋める前に倒れてあなたの病院に運ばれたそうよ。」

私は指輪を左手の薬指にはめてみた。あれからまた痩せた私にその指輪は少し大きかった。
(サイズ直しできるかしら…)
できなくても、どの指にでもいいからはめたいと私は思った。


theme : 自作小説
genre : 小説・文学

ケータイ-遠い旋律25

ケータイ


-高広のノートから4-
さくらに一方的に別れを告げてきた。あいつは納得なんてしなかったけど。

いいんだ、これで…

-高広のノートから5-

今日さくらから電話がかかってきた。オレは出なかった。その途端、あいつの気持ちがオレの中に流れ込んでくる感じがした。
(本当は嫌いになった訳じゃないのになんで別れようとする訳?!病気?それとも何?!教えてくれなきゃ、私変になっちゃいそうよ!)
そんな声が聞こえた。
「ゴメン、これがお前のためなんだ…」
そうケータイに話しかけたら、すっと切れた。

-高広のノートから6-
電話はあのきりかかってこない。もしかしてオレたちって、あの着信音でつながってる?!


だから、高広はケータイを見ながらつながってるって久美子ちゃんに言ったんだ…

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

人の傷は…-遠い旋律24

人の傷は…


-高広のノートから3-

守れないなら、側に居ないほうが良い。バカなオレはあいつの笑顔を見続けると、今度は本当に抑えられなくなってしまうのが目に見えてる。もう最後なんだからいいじゃんって…

そう、守れないからと思っている一方で、オレはどっかあの時、思い切ってヤってしまわなかったことを後悔してる。そしたら、オレはもっと自分に正直になってあいつを側に置くという選択ができたんじゃないかって。

だけど、オレには先はないけど、あいつには…あいつはずっと先まで生きていかなきゃならない。オレの一時の感情で、あいつにもし子供ができていたとしたら…あいつはそれでオレとのつながりを一生絶てない、そう思った。

人の傷は…心の傷でもいつかは癒えるものだ。あいつは『そんなこと言ったって、私だって次の瞬間事故って死ぬかもしんないよ!』って反論するかもしれない。そういうこともあるのも認める。

でも、あいつは生きる…生きていくことの方が可能性として高いんだから。だから、もしもなんて考えちゃいけない。オレのことが完全に思い出になったその時、前にすんなり踏み出せるようにしてやろう…

そう決心がついたらなんか気が抜けたみたいに楽になった。男としては情けなくてふがいないけど、ずっと明日のあいつの笑顔が見えた気がした。

(バカな高広…こんなにも思われてるって分かったら、そんなつながりなんてなくったって私は一生あんたの思い出にすがりつくかもしれない…そんな選択肢は考えなかったの?)
私は…あんたからの最後のプレゼントを受け取りたかったわ…

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

本当の気持ち-遠い旋律23

本当の気持ち


-高広のノートから2-

オレはさくらと別れようと思う。本当は最後の一瞬まで一緒に居たい。守りきれないと分かった以上、オレの最期を見せることであいつをオレに一生しばりつけることになりやしないかって思うからだ。

正直に書こうと思う。
あいつが家に来てギターを弾き終わった後のホッとした笑顔で、オレの頭の中はあいつを抱くこととで一杯になった。こらえようとしても体が正直に反応するので痛かった。コーヒーを用意しに行ったりして気を取り直して部屋に戻ったけど、2人きりで家にいると思っただけでダメだった。

でも、オレは何も用意なんてしてなかったから、勢いだけであいつをモノにして、後でもしもなんてことになっても、今のオレじゃ責任取れないなって思ったから。
あいつ…そんなオレを見てどう思ったんだろう。ずいぶんと不機嫌だと思ってただろうな。
「オレはあの時、お前に腹を立ててたんじゃなくて、そんな自分に腹を立ててたんだからな。」
本当にあいつをその手に収めた時にそう言うつもりだった。

あの後しばらく会ってくれなくなったから、正直へこんだ。オレ何か嫌われるようなことをしたかなって考えた。考えても思い当たらなくて、余計落ち込んだ。

だから、クリスマスの日に痩せてるあいつを見たとき、胸がつぶれそうになった。隠さなきゃならない大変なことって何だって思った。じゃなきゃ、好きだと本気で思ってるのはオレだけなのかって、男のクセに泣きそうになった。

でも、オレのためにダイエットした言ってくれた。『高広のためにキレイになりたい』って言われた。めちゃくちゃ嬉しかった。
もう、こいつしかいない!絶対に誰にも渡したない、一生守ってやりたい…そう思った。

そう、本気で思ってたのに…


高広が不機嫌になったのは、ノエの言うのが正しかったんだ。それに、私が高広の病気に気付いたあの痛みの顔は、実は病気ではなかった。私にはそれだけでも救いだった。
あの時、ひどい痛みに耐えていたんじゃなきゃそれでいいと思った。

高広のノート-遠い旋律22

高広のノート


私は高広のノートを開いた。そう言えば、高広の書いた文字ってあまり見たことなかった気がする。メールは手じゃ書かないし。

ノートは何枚か破られた痕があって、そのページの下には強くこすられた痕もあったりしたから、おそらく破られたページの方が高広の本当の本音なのだろうけれど…私が後で見ることになるとあいつも思ったんだろうな。そういうのは全部破ったみたいだった。(どこまでカッコつけたいのよ、高広)

-高広のノートから1-

今父さんから、聞き出した。やっぱりオレはあと少ししか生きられないらしい。

バカにしてるよ!あと3月だって…そのうちオレ、何日まともに動けるんだ?何にもできないまま終るのか…そう思ったら、めっちゃくちゃ悔しくて、腹立ってきた。

でも、腹立てても泣いても何も変わんねぇことも分かってる。それでも、オレにだって一応夢も希望も一杯あったんだけどな。

さくら嫁さんにもらって、子供育てて、自分で設計した家建てて…でも、考えてみたらなんかその夢小っせーな。

さくら…あいつ看護師なんてやってる割りにすぐにテンパるから、オレが倒れたなんて聞けばパニック起こして、他のこと何もできなくなるだろうからって、入院したことも口止めしといたんだけど…結果的に良かったな。でなきゃ、あいつの方がオレの今の状態を先に知ってしまうことになっただろう。
科が違おうが、あいつも看護師だ。病名を聞だけで瞬時にあいつは理解できるだろう。オレのこれからの道筋さえも。

オレは泣き暮らすあいつは見たくない。あと少ししかあいつの顔が見られなくても、だから笑顔でいて欲しい。あいつの笑顔を見たらそれだけで元気になれそうな気がするしな。(バカだろ、オレ)



ゴメンね、高広。私、そんな風に思ってくれてたのに泣いてばっかだったね。もっと笑ってあげたら良かったね…

私はとめどなく流れてくる涙を拭いもせず、次のページをめくった。



高広の家へ-遠い旋律21

高広の家へ


それから1週間…退院した私はその足で高広の家に向かった。
「ごめんなさいね…さくらさん。落ち着いたら真っ先にあなたの所に行かなきゃならないと思いながら行けなくて…」
高広のお母さんは、声を震わせながらそう言ってくれた。
「いいえ、何もお手伝いできなくてすいません。」
私がそう言って頭を下げると、あいつのお母さんはあわてて首を振りながらこう言った。
「そんなこと!私はただ、高広があのままあなたを連れて行ってしまったら、あなたのご両親になんて謝ったらいいのかって…」
「高広も…みんなに恨まれるから帰れって言ってました。」
それで、私はあの日高広のところに飛んだ話をした。
「そう…あの子、そんなこと…」
それを聞いたお母さんはため息にを吐きながらそう言った。
「信じてくれもらえるんですか?」
「信じられないけれど…あなたの話を聞いてると、まるであの場所にいたとしか思えないから…」


「それで…これは、渡そうかどうかすごく迷ったんだけど…」
「なんですか?」
お母さんはそう言うと私に1冊のノートを手渡した。。
「高広が自分の病気を知ってから書いたものなの。これを見たらまたあなたは辛くなるかもしれないけれど…あなたにはあの子がどんなことを考えてたのか知る権利があると思うの。」
「見せていただけるんですか?」
「もらってやって…高広、あなたに宛てて書いたものだろうから。処分はあなたにお任せするわ。」
「ありがとうございます。」
私は受け取って胸に押し抱いた。

そして…私は高広のノートを読み始めた-


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ノエ-遠い旋律20

ノエ


私の意識が戻ったと聞いて、夜ノエが来てくれた。

「ホントごめんね。私さくらにひどいこと言ってたのね…高広くんがそんな病気だなんて知らなかったから…知ってたらあんなこと言わないのに。」
「ううん、ノエに言ったら、きっと高広と何が何でも一緒に居ろって説教されると思ったら言えなかった私が悪いのよ。」
「そうよ!どうしてそうしなかったの?」
「それがあいつの最後のわがままだったから…あいつ、必死で私を守ろうとしたんだと思う。」
「何で一緒にいないことが守ることになる訳よ」
ほら、やっぱりあんた怒り出すじゃない。だから私は、あんたには言いたくても言えなかったのよ。
「ずっとあいつと一緒にいたら、私はたぶんあいつに付いていったと思う。」
「さくら、付いてくって一体何!」
ノエはすごい形相で私を睨んだ。
「ノエ、そんな顔しないでよ。私は付いていこうとしたのよ。でも、高広にダメだって突き放されちゃって…1人で逝っちゃった。」
「そんな!そりゃあんたもヤバヤバだったのは事実だけど、けどついて逝くなんてあり得ないじゃん!」
あり得ないと言いながら、ノエはもしかしたらそれもあったかもしれないと思っているみたいだった。
「だから…帰って来たじゃん。」
「もう、解かんない事こと言うんじゃないわよ!あん時、ホント大変だったんだから…」
そう言うと、ノエは私が倒れた後のことを話し始めた。

「あんたがさ、『高広…今…行くから…』なんて言うから、あいつ今更何の用って思って見たら、あんた、ばたっといっちゃうじゃない?あたしあわててあんたからケータイもぎ取って、『高広くん?あんた一体今更何の用なの!それに何言ったの!さくら倒れちゃったじゃない!今救急車呼ぶから!』って怒鳴っちゃった訳よ。」
ノエは話を続けた。
「そしたらさ、電話の相手は高広くんじゃなくて、妹さんだって言うじゃない?しかも、高広くんが危篤で電話したって言うし、おまけに妹さんが『お兄ちゃんが三輪さんを連れてっちゃう』って叫んで電話切っちゃうしで…あたし、どうしていいのか判んなくなっちゃったわよ。」
そんなの、理解できない方が正解。
「そんでね、何とか気を取り直してあたしのケータイで119番して、さくらがこの病院の看護師だからって言ったら、病院に連絡して…ここに来た訳。」
「ありがとう、1人の時じゃなくて良かった。」
「ううん、そんなのいいけど…それでさ、着いたら着いたで、いきなりあんた集中治療室だもん。ビックリしたわよ。ホントに妹さんが言うみたいに連れてかれると思った。あんた…高広くんとホントに…」
「うん、一緒にいたよ。高広の病室まで飛んだ。」
「しゃらっと怖いこと言わないでよ…」
ノエはドン引きで震えていた。解ってもらえないだろうけどホントのことだから、仕方ない。

私は高広のところへ飛んだ話をした。
「ふーん…それって不思議な話よね…でも、あんたたちホントにつながってたってことなのかな。なんかスゴ過ぎだわ。」
それを聞いてノエは首を傾げながらそう言った。

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生還-遠い旋律19

生還


「さくら!気がついたのね…良かった!!」
少しして私のお母さんが病室に入ってきた。疲れた顔をしていた。
「このまま目を覚まさないのかと思って心配したわ…」
私にはそんなに時間が経った感じはしなかったんだけど、実際には私は極度に衰弱していたらしく、私自身も3日間くらい生死の境を彷徨っていたらしかった。
もう5日間も眠り続けていたとお母さんから聞かされた。
あいつ、私をお葬式に出さないようにしたのかも…私はそう思った。

それから、お母さんは言いにくそうに私に言った。
「さくら…坪内君はもう…」
「分かってるよ、最後一緒にいたから。」
お母さんは一瞬で青ざめた。
「さくら、あなた…バカなことは考えないでよ。」
お母さんは私が彼を追いかけるのではないかと本気で心配している様子だった。
「大丈夫よ、心配しないで。そんなの高広が許してくれる訳ないから。」
「坪内さんも、そのことをひどく心配されてたわ。」
うん、そのことも見て分かってる。私はそう言おうとして止めた。それを言ったらお母さんはたぶんもっと心配するだけだ。
「本当に大丈夫だから…安心して。」
「そう…じゃぁ、意識が戻ったって坪内さんに知らせてくるわ。」
「ありがと…元気になったら、真っ先に必ず伺いますって言っといて。」
「ええ、分かったわ。」
お母さんは高広の家に電話するために、病室を出て行った。

お母さんが病室のドアを閉めた途端、私の目から涙が堰を切ったように流れ出した。
「やっぱり誰に何と言われたって一緒にいってしまいたかった。どうして連れて行ってくれなかったのよ。」
私はベッドに寝たまま天井のはるか上に向かってそうつぶやいた。

高広のバカ…やっぱり一人はヤダよ…




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高広の許へ…-遠い旋律18

高広の許へ…


信じてもらえないとは思うけど、私は高広の病室まで飛んだ。たくさんの機械類の中で喘ぐ高広と高広のお母さんの涙と…見たくはなかったけど、見なければ絶対に後悔したはずの光景を私は見た。

-わりぃ…やっぱり呼んじまって-
頭の中に高広の声がする。
-ううん、約束守ってくれてありがとう-
-ちょっとの間しか一緒にいられなくてゴメンな-
-そんなことないよ、私いっぱい幸せだったよ-
-それを聞いて、ちょっと安心した…-

突然、病室の高広の呼吸が急に静かになった私の言葉に安心してくれたから?
「高広?!…高広?!」
高広のお母さんが急に落ち着いた彼を逆に心配そうに覗き込む。そこに久美子ちゃんが携帯を握りしめて走りこんで来た。
「お兄ちゃん!…三輪さんを連れてかないで!!」
彼女は高広にすがり付いてそう叫んだ。
「久美子?」
「お兄ちゃん…連れて行きたくないから別れたんでしょ!お願い…三輪さん、そこにいるならお兄ちゃんを連れて戻ってきて…」
「久美子…何わからないことを言ってるの!」
高広のお母さんは、久美子ちゃんの言葉が理解できないでいる様だった。
「今、お兄ちゃんに言われたとおりにこのケータイで三輪さんに電話したら…電話に出たと同時にお兄ちゃんの名前呼んで…倒れたって三輪さんのお友達が!お母さん…お兄ちゃんが三輪さんを連れてっちゃう!」
久美子ちゃんは高広のケータイを震えながらお母さんに見せて説明した。
「まさか!そんなこと…ある訳ない…そんなまさか…」
ケータイと高広の急に落ち着いた寝顔を見ながら、高広のお母さんはどんどんと青ざめていき、うわごとのようになんどもその台詞を繰り返した。
「お願い…2人で戻ってきて…」
久美子ちゃんが高広の手をギュッと握りしめながらそう言った。久美子ちゃん、電話くれてありがとう。おかげで高広の所まで飛んでこれたよ。私もできたら高広を連れてそっちに戻れたらって思うよ…でも、もしそれができないのなら、-私も一緒にいきたいんだ。


しばらくして、高広の呼吸がまた荒くなった。

-じゃぁ、オレもう行くわ…-
-私も連れてって!-
言わなくても解かってるよね。高広が戻れないなら私がいくよ。
-そんなことできるかよ。オレ、みんなに恨まれるじゃん-
-じゃぁ、私に恨まれるのは良いの?-
-お前は、わかってくれるだろ-
-解からないわよ、ヤダ!一緒にいく!-
-ダメだって…ホントありがとな…-
高広のハスキーで温かい声が私を包んだ。ダメだと言いながらあいつは嬉しそうだった。

そしてその後、私は一瞬だけど高広に抱きしめられた感じがした。その感じははじけるように消えて…
「高広!!」
「お兄ちゃん!!」
それと同時にお母さんと久美子ちゃんの絶叫が聞こえた。そして、それを最後に…私は目の前が暗くなった。

気がついたときは、私は自分の勤める病院のベッドの上にいた。

高広…逝っちゃったんだね、1人で…
悲しいけど、なぜか涙は出なかった。悲しすぎたのかもしれない。





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着信-遠い旋律17

着信


私は帰ったものの…眠れはしなかった。高広との思い出がいくつもよみがえってきて、涙となって流れていく。私は充電ホルダーにケータイをつないだまま、何度も何度も繰り返しあの曲を聴いた。

私は翌日の準夜勤に出勤した。高広は午前中に元の病院に戻ったと、その時聞かされた。

私たちのことは面と向かって言う人はさすがになかったけれど、陰ではいろいろ囁かれていたみたいだ。中には「別れてるからってさらっと突き離せるなんて薄情ね。」と言っていた人もいたらしい。
「三輪ちゃんのあんときの様子を見てから言えっていうのよね!」
ずっと後になって、同僚の1人がその話を怒りながらしてくれた。
確かに、何も知らない人から見たら、私は死期迫る恋人をあっさり捨てた薄情な女としてしか映らないかもしれない。

私は、仕事に没頭してあいつを忘れようとした。本当は片時も忘れてはいなかったけれど、できるだけ他の患者さんのことを考えるようにして時を過ごした。

ただ…1週間後、悲惨な交通事故から驚異的な回復を見せた松野さんという患者さんが退院したときは涙が止まらなくなってしまった。こんな風に引き戻れる人もいるのにって思ったら、なんで高広だけがあんなに急に逝かなくちゃならないんだろうって思ってしまって、その途端に涙があふれて止まらなくなってしまったのだ。

そして…高広の顔を最後に見たたった23日後の事だった。

その日私は公休で、ノエに無理やり買い物に連れ出されていた。
ノエには高弘の病気のことは一切話していなかった。あの子に話せば何を置いても高広の許へ行くべきだと何度も主張するに決まっている。

「ねぇ、お昼何にしようか?」
ランチの時間はもうだいぶ過ぎていた。
「何でも…いいよ。あんまり食欲ないし…」
私がそう答えるとノエは怒り出した。
「さくら、あんた痩せたのはいいけど、ちょっと減らしすぎ!食べないとその内倒れちゃうよ。もう、高広くんのせいでしょ…あんな薄情な奴、いい加減に忘れなよ。」
「止めて!高広のこと悪く言わないで!!」
事情を説明してない私が悪いんだけど、どうしても聞けなくて私は耳を塞いだ。
「あ、ゴメン…言い過ぎたよ。」
「ううん、こっちこそゴメン…」
「じゃぁ、私の好みでって…これがまた決めらんないのよねぇ。」
そう言いながら、ノエは辺りのお店を物色し始めた。

その時-私のケータイからあの曲が流れた。今、この曲は高広のケータイ番号にしか使っていない。ついに、この時が…そう思った。
「あんた、まだその曲が着メロなの?こりゃどーしよーもないわね。」
何も知らないノエが呆れかえる中、私は震える手で着信ボタンを押した。
「はい…もしもし…」
「三輪さん?!お兄ちゃんが…」

かかってきたのは久美子ちゃんから。でも、その時、私には久美子ちゃんの声にかぶさって高広の声がはっきり聞こえた。
-さくら…さくら…ー
高広、約束どおり呼んでくれるんだね…
「高広?!今…行くから…」
私は声に出してそう高広に呼びかけた。
「三輪さん?お兄ちゃんって?三輪さん?!」
ビックリした様子の久美子ちゃんの声がしだいに遠くなる。
高広と聞いて前を歩いていたノエも驚いて振り返った。

高弘待ってて…あなたのところに今…行くから…
「さくら?!…さくら!高広くんって?あんたどうしたの?さくら!!」

そして…ノエの叫び声を聞きながら、私の体は崩れるように倒れていった。






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桜舞い散る下で…遠い旋律16

桜舞い散る下で… 


私は一旦病院を出て、既に散り始めている桜の木の下に行った。
『ホントならあの桜の下でプロポーズするつもりだったんだ。』私にははにかみながらぶっきらぼうに待ってろって言う高広の声が聞こえるような気がした。

まるで、私が断るなんて選択肢が無いみたいに、当然のようにあいつは言うのよ、きっと…
『もうちょっとだけ待っててくれよな。お前に食わせてもらってるようなことはしたくねぇからさ。』
なんてね…ホントにカッコつけなんだから…
私はそんな想像をして、くすっと笑って…涙が1つ2つと流れて…いつしか私は声を上げて泣き出していた。泣いても何も変わらないのに…そう思いながら。

ひとしきり泣いてから、私は再び-今度は出勤するために病院に戻った。白衣に着替えた私は婦長に呼ばれた。
「三輪さん、」
「はい…。」
「今日は中川さんにローテ代わってもらったから、あなた彼についててあげなさい。」
「えっ…」
「306号室の坪内さん、恋人なんでしょ。救急の子に聞いたわ、搬送されてきた時あなたかなり取り乱していたって。」
「お気遣はありがとうございます。でも、私仕事します。実は、彼とは1ヶ月前に別れてるんです。だから、今更…昨日はいきなりでしたからビックリして取り乱してしまいましたけど、もう大丈夫です。」
婦長は私たちが別れていると聞いて驚いている様子だった。
「別れたって、それホントなの?」
婦長は私にそう尋ねた。
「ええ、本当です。」
「でも、あなたはそれで良いの?ずいぶん泣いたみたいだけど。」
しまった…顔を洗った位では、泣き腫らした目は元には戻らなかったみたいだ。
「終ったことですから…」
私は言い訳も思いつかず、ぼそっとそう答えた。

「…でも、夜勤明けの上に、その顔じゃ昨日もほとんど寝てないみたいね。何にしてももう、中川さん出て来ることになってるから、今日は帰りなさい。そうじゃなくても、今のあなたには人の命は任せられないわ。その代わり、明日からはいつも通りお願いするわね。」
婦長は有無を言わせない口調で私にそう言った。
「分かりました。今日は帰ります。」
仕方なく私は、のろのろとロッカールームへと戻って行った。

theme : 自作小説
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一縷の望み-遠い旋律15

一縷の望み


久美子ちゃんも夕方帰って行き、私はその夜、高広の病室に付き添った。
明け方…再び目を覚ました高広が私を呼んだ。
「さくら…さくら…」
「ここにいるよ、高広。何?苦しいの?」
「心配すんなよ、大丈夫だ。今日はすげぇ楽だから。お前、もう帰れ。」
「高広…」
「オレたちはもう別れてんだから、お前はオレの面倒なんて看ることなんてないんだ。今日も仕事、あるんだろ。」
やっぱり仕事のこと気にするんだ。
「仕事なんて…お願い、そばに居させて。」
私は高広の手を握ってそう言った。
「ここ、お前の病院なんだろ。聞こえたらどうすんだよ。」
そしたら高広はそういって怒った。
「聞こえたって構わないよ。」
私は口を尖らせて返した。こんな状態で仕事になんかならないもん。
「ダメだ!今日仕事ができなくちゃ、この先だって同じだろ。辞めるっていうつもりか?!」
高広の言いたいことは解かっている…でも、心はまた別なんだって…私は、あいつの質問に答えることができなかった。高広は私が黙っていたら、そのまま続けた。
「オレが今、どんな状態だかわかってんだろ?お前の仕事ならこれからオレがどうなるのか、オレよりお前の方が知ってんだろ?」
「止めて、そんな言い方しないで!あきらめちゃうみたいで、すごく辛いよ。」
私はあいつの顔を見ていられなくなって俯いた。そんな私に、高広はこう返した。
「あきらめてんじゃなくて、これは事実だろ。」
そう言われてわたしはまた顔を上げて高広を見た。あいつは笑っていた。すごく穏やかな笑顔だった。
「それに、お前いつもオレのことカッコつけって言うんじゃねぇか。まだ今は、こうやって喋れるけど、その内それもできなくなって、いよいよって時には、オレはお前の名前呼んで泣き叫ぶだけかもしんない。そんなカッコ悪いとこ、お前には見せらんない。」
「カッコなんてどうでも良いじゃない!泣き叫んだって私、あんたのこと嫌いになんかならない!」
最後まで私の名前を呼んでくれるとしたら、その方が嬉しいから…でも、認めたくないと思いながら結局私最後だって認めてるのか…そう思うと悲しかった。
「ヤダよ、これがオレの最後のワガママだ。聞け。」
「最後だなんて言わないで!」
そんなに最後、最後って言わないで!そんなこと…聞きたくないよ!!
「それと、ここに居ると来たくなるだろうから、前の病院に戻れるように手続きしてもらうつもりだから、見舞いには来るな。死んでも葬式には出て欲しくない。」
「何で!何でそこまでしなくちゃならないの!!」
「それがオレの愛し方だ。お前なら解ってくれるよな。」
「そんなのどう解れって言うの?!解らないわよ!解りたく…ないわよ!!」
「ゴメン…これだけはゆずれない…」
高広は目を閉じて、頷きながらそう言った。気持ちは絶対に変わらない、高広の顔はそう言っていた。

このまま、別れてしまって、それで私は何もできないままなの?そんなのヤダ!!何か私ができること…
その時、私の胸に、高広の昨日の一言がよみがえってきた。
-ホントにこいつとはつながっているから…-
…本当に私たちがつながっているのなら…
「じゃぁ、これだけは約束して!もしどうしても辛くなったら私を呼んで。私、どんなとこにいてもあんたのとこに行くから…私たちはつながってるんでしょ。」
私がそう言うと高広の顔色が変わった。
「さくら?お前、あん時ウソ寝してたのか?!」
「ううん、ちゃんと寝てたよ。でも、夢の中でテレビ見てるみたいに、高広と久美子ちゃんが喋ってる姿が見えたの。だから、…私、どこにいてもあんたのところにいける気がする。」
そう言って私は高広のケータイを見た。その様子を見た高広は、そんなとんでもない私の提案を驚いてはいたけど、呆れてはいない様子だった。そして、私が久美子ちゃんとのやり取りを本当にテレビのように見たのだと確信したのかもしれない。
「気がするってな…お前。」
と言いながらも、
「じゃぁ、かあさんと久美子にそん時には電話するように言っとく。」
と答えた。
「ありがと…じゃぁ帰るわ。待ってるから。」
「来れなくても恨むなよ。それ、オレのせいじゃねぇからな。」
「大丈夫私、絶対に行けるから。」
不思議なんだけど、私はその時本気で絶対にいける気がしていた。妙に自信あり気な私を見て、なんだかあいつが嬉しそうな顔をしたように思ったのは、気のせいだったんだろうか。

だから私は、涙ですぐに曇ってしまう目で高広をしっかりと焼き付けて…病室を後にした。



さくらに会いに…-遠い旋律14

さくらに会いに…


私はベッドに横たわった高広の手を握り…いつの間にか眠ってしまっていた。
私は不思議なことにそのまま今いるここの夢を見ていた。それが夢だとわかるのは、私は、眠っている私を別の場所で見ている恰好になっていたから。

「ここは…病院…」
「お兄ちゃん、気がついた?」
久美子ちゃんが涙目で高広を覗き込んだ。
「あれ?何てさでくらがここに…」
高広はベッドの横で眠っている私を見て、まだ意識がはっきりしてなかったのか、ぼんやりとした口調でそう言った。
「この病院の近くの桜の下で倒れていたから、救急車で三輪さんの病院に運ばれたのよ。」
「ああ…あの木に会いに来たんだった、オレ…」
高広は、思い出したようにそう言った。
「木に?」
「ここな、こいつが生まれた病院でもあるんだ。こいつが生まれた日、その年にはやけに桜の咲くのが早くて満開だったんだってさ。だから、こいつのお父さんがあの木を見てさくらって付けたって…」
高広はそう言いながら、握ってないほうの手で私の髪を撫でた。
「だからオレ…ホントはその桜の下でプロポーズするつもりだった…今はまだ学生だけど、オレが社会に出て自分で生活できるようになるまで待ってくれって。」
そう言った高広は何故か笑顔だった。その笑顔を見て、久美子ちゃんは逆に泣き顔になった。
「…お兄ちゃん…」
「ムリになっちまったから、代わりにどうか、さくらを守ってやってくださいってお願いしてきた。そしたら目の前がすーっと白くなって…」
高広はため息をついた。
「ああ…マズったな…こいつにもバレたんだろうな。」
「三輪さん、うすうす分かってたみたいだよ。」
「そうだな…こいつムリに連絡取ろうとしてなかったもんな…」
高広は眠ったままの私の髪をまた撫でた。それはまるで、赤ん坊を寝かしつけるような感じだった。

「あきらめて、これからは三輪さんと一緒にいれば?」
それから久美子ちゃんがそう言ったら、高広はやっぱり頭を振った。
「ダメだ、こいつとはもう別れたんだから。」
「お兄ちゃん、何言ってるの?!ホントは一緒にに居たいんでしょ!三輪さんも同じ気持ちなんでしょ!!」
久美子ちゃんが思わずそう怒鳴ると、高広は口に手を当ててこう言った。
「しっ、さくらが起きちまう…オレはこれからどんどん弱っていく。そんなオレをこいつには見せたくないんだ。それにこいつとはホントに繋がってる気がするから…」
高広は配膳台の上に乗っているケータイに目線を送って、
「そばにいたら連れてっちまいそうで…」
と、言った。
「そんなことある訳ないじゃない、確かに三輪さんを見たときビックリするくらい痩せてたけど、それはダイエットなんでしょ。考えすぎよ。」
久美子ちゃんは、当惑した表情でそう答えた。
「そうだな…オレ、何かおかしいこと言ってるかもな…ちょっと疲れた…オレ寝るわ…」
そう言うと、高広はすーっと眠りに入って…

そこで、私のビジョンも途切れた。

高広の病気-遠い旋律13

高広の病気


しばらくして…高広のおかあさんと久美子ちゃんが到着した。
「三輪さん?!」
「久美子ちゃん…」
久美子ちゃんは私の顔を見ると駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんに痩せたとは聞いてたけど…」
彼女はクリスマスの時に高広が私を見たときと同じ目で私を見た。
「心配しないで、病気じゃないから。」
私はあの時のうんざりするほど何度も念を押された『大丈夫か?』を思い出して、高広によく似た久美子ちゃんの顔が見ていられなくなって目を背けた。
「お兄ちゃんは?」
「まだ、処置室から出てきてないの。」
私は救急処置室を手で指し示してそう言った。そのとき、ゆっくりと近づいてきた高広のお母さんが私に挨拶した。
「あなたが、さくらさんですか…高広の母です。」
「はじめまして…三輪さくらです。」
あいつのお母さんと会うのは初めてだった。私たちはそれこそ知り合ってから1年半以上経つのだけど、付き合いらしきものを始めてからは、半年も経っていない。
連絡が途切れる2~3日前に、
「次は日曜日に空けられるか?家族に紹介するから。」
あいつはそんなことを言っていて、具体的な日を決めないと休みが取れないから、電話しないとと思っていた矢先だった。
「高広のこと許してやってくださいね。いきなりあなたから離れたり、こんな形で現われたり…さぞ、びっくりしたでしょ?」
それから高広のおかあさんは、遠慮がちにこう言った。
「さくらさん、高広はもう…。」
「それ以上言わないでください!!」
私は高広のお母さんの遠慮がちな、高広が突然別れようと言い出した本当の理由を必死で塞き止めた。
「何となくだけど判ってます…だから言葉にしないでください!!認めたくない…んです。」
私は耳を塞いで首を激しく振りながらそう叫んだ。
「ごめんなさい、やっぱりあなた気づいてたんですね。あなたは看護師をされていると聞いてましたから。」
「もちろん、はっきりとではないです。でも…家族に紹介してくれるとまで言ってくれた人が、何も言わずにぷっつり連絡してくれなくなって、次に会ったらいきなり別れようだなんて…納得できないですよね、そんなの。彼は、『他に好きな奴ができたから』って言ったけど、ウソだってすぐわかったし…でも、それなら何でって考えていったら、どうしてもそれしか辻褄が合わなかった…そんなことないって思っても、それしか頭に残らなかった…」
私は涙でつっかえながらそう言った。

「そうですか…あの子が最初に倒れたとき、私たちは真っ先にあなたに知らせようとしたんです。でも、何故かその時、あの子の携帯は見つかりませんでした。見つかった時には、あの子はもう意識を取り戻していて、頑として『知らせるな』って言われたんです。
その時、あの子はまだ自分の病気がどんなものかは知らなかったんですが、虫が知らせたのかもしれません。『あいつにオレが倒れたなんて言わないでくれ。そんなことしたら、あいつは自分の仕事を放っぽり出してオレに付きっ切りになるから。それじゃぁ、ダメだ。』って。」
「なんか、高広らしい…」
高広は私がダイエットで会わないようにしていた時でも、それが仕事だというと、文句は言うんだけど、最後は『ムリすんなよ。』って言って電話を切った。『誰にでもできることじゃないから大切にしろ。』そんなことを言ったこともあった。
「それから、あの子は父親から無理やり自分の病気のことを聞き出してしまいました。『オレにはどうしてもしておかなきゃならないことがあるから。』あの子はその時、そう言ったんです。
あいつのお母さんは俯いて涙をこぼした。でも、やらなきゃならないことって…私との別れ?
「退院してきた時、気がついたら今日みたいにあの子がいなくなっていて、慌てました。でも、しばらくしたら帰ってきて、『オレ、さくらと別れてきたから。あいつはもうオレとは関係ない。だから、何があっても連絡なんかすんなよ。それとオレの前ではさくらの話しないでくれ。』って言い出したんです。」
もしかしたら、別れようと言ったあの時ケータイが鳴ったのは、今日みたいにお母さんか久美子ちゃんが高広を探すための着信だったのかもしれない。だから、高広は取らずに切ったんだ。

「それで、彼はあと…どれくらい…」
命の期限なんて本当は聞きたくないのに、私は自分からそれを口にしていた。
「発見されたときには数ヶ所に転移してて…もう手の施しようがなくて、余命3ヶ月と…だからよくもってあと1月くらい…。」
「たったそれだけ…」
私は自分の無力さがたまらなく嫌になった。医療の現場にいながら何も出来ない自分が歯がゆかった。

「坪内高広さんのご家族の方ですか?」
そのとき救急処置室から看護師が出て来て、私たちに声をかけた。
「…はい。」
高広のお母さんがそれに涙声で答える。
「一応症状は落ち着きましたので、これから病室に運びます。入院の手続きを。」
「わかりました。」
あいつのお母さんは、救急の看護師にそう返事してから私の方を向いて言った。
「さくらさん、今日はお仕事大丈夫ですか?」
「はい、今から帰るところでしたけど…」
「良かったら、今日は高広と一緒にいてやっていただけませんか。」
「一緒に居て…いいんですか?」
驚いてそう言った私にあいつのお母さんは頷いた。
「あの子だって本当はそうしたいはず…今日居なくなったときの置き手紙には『さくらを見に行く』と書いてあったんです。だから、どこか花見にでも行ったのかと思って探していたんですが…この病院に搬送されたとあなたが電話で言った時、あなたを遠くからでも見ようと思ってここまで来たのだと気付きました。さくらの字は平仮名で書かれてましたから…本当に素直じゃないんだから…」
それからあいつのお母さんは私に軽く会釈して、
「じゃぁ、手続きに行ってきます。久美子はさくらさんと一緒に病室の方に行ってくれる?私は、一度家に戻ってくるわ。」
と言って受付に向かって歩いて行った。
「わかった。お母さん、気をつけて。」
そう久美子ちゃんは言った。
「…ありがとうございます…」
私はその後姿に深々と頭を下げた。



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高広-遠い旋律12

高広




「高広!!」
私はあいつの乗ったストレッチャーに取り縋った。
「三輪ちゃん、もしかしてこの人三輪ちゃんの知り合い?」
救急担当看護師の質問も私には聞こえていなかった。
「高広!私よ分る?しっかりして、高広!!」
私は必死で高広に呼びかけ続けた。でも、彼は意識も朦朧としていて私だということも分らないみたいだ。呻き声しか返ってこなかった。
「三輪ちゃん!」
私は救急看護師に無理やりストレッチャーから離された。
「ちょっと、何パニクってんの!それより、この患者さん、あなたの知り合いなのね!」
私はその質問に項垂れるように肯いた。

そのときまた…彼のジャケットのポケットからあの曲が流れた。咄嗟に私はその看護師を振り解いて、また高広に駆け寄り、ポケットから彼のケータイを取り出した。
「もしもし、お兄ちゃん?!今どこ!!」
切羽詰った声で電話してきたのは、妹の久美子ちゃんだった。
「…久美子…ちゃん?」
「えっ?…もしかして、三輪さん?!お兄ちゃん、三輪さんと一緒にいるんですか?!」
出たのが高広本人ではなく、しかも名前を呼ばれたので、久美子ちゃんはびっくりしたものの、すぐ私だと気付いてくれた。
「早く…早く来て…高広今、私の病院に…。」
私は震えながら彼女にそう告げた。
「三輪さんの病院にいるんですね。」
「たった今救急で…真っ青で意識もほとんどなくて…」
「わかりました、すぐ行きます。三輪さん、しばらくお兄ちゃんをお願いします。」

久美子ちゃんは、高広が救急車で搬送されてきた事を聞いても驚かなかった。それどころか、看護師の私よりも数倍冷静だった。
私は、運ばれてきた高広の状態と、久美子ちゃんの冷静な対処とで、自分の憶測はほぼ正しいのだと確信した。でも、私はそのことを受け止めきれず、ケータイを握り締めたまま、その場にへなへなと座り込んでしまった。

「どうしました、ご気分でもお悪いんですか?…何だ、三輪?!あんたどうしてこんなとこに座り込んでんのよ。大丈夫?」
ストレッチャーが処置室に入ってしまった後も、座り込んで動けなくなっている私を、気分が悪くなった外来の患者さんだとでも思ったのだろう、通りがかった内科の看護師が私の顔を覗き込んでそう言った。
「今高広が…真っ青だった…苦しそうだった…」
私は震えながら救急処置室を指差して言った。
「ああ、さっき救急で搬送された患者さんがいたわね、その人のこと?ま、とにかく椅子に座って!たとえ知り合いでも、ナースのあんたがそんなんでどーすんの、しっかりしなさい!」
彼女はそう言うと、私を抱えて救急の待合の椅子に私を座らせて持ち場に帰っていった。

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ある憶測-遠い旋律11

ある憶測


「ちょっと何それ!信じらんない!!」
高広からの別れの言葉を告げると、ノエはそう怒鳴った。
「何か引っかかるもんもあるけどさ…んでも、高広くん見損なったわよ。さくらがここまできれいになったってんのに、他の女のとこにいくか?フツー。」
「たぶん、新しい彼女は、あいつのウソだと思うけど…」
ウソだと思いたい。そんな気持ちも含まれてるのかもしれない。私にはどうしても他に好きな娘がいるとは思えなかった。
「じゃぁ、一体何?どうしたらそんな選択肢が出てくるわけよ!」
「それを聞きたいのは私よ!!」
でも、ノエが怒りに任せてそんなことを言うから、私は思わず彼女に怒鳴ってしまった。
「あ…ゴメン。ノエが悪い訳じゃないのに…」
「謝らなくていいよ。あたしの方が言い過ぎた。」

ノエには言えなかったけど、気にかかっていたことはあった。それは、高広の家であいつが私の顔を覗き込んだ後見せたあの表情と、あいつも痩せてしまっていること。もしかして、何か病気じゃないかって…

でも、病気だったとしても、それがたちまち別れなきゃならない原因にはならない。私は病院に勤めているんだし、相談してくれたら一緒にタッグを組んでも治していけるはず。
ただ…それができないとしたら…もう、治しようのないところまできているのだとしたら…全て辻褄が合うことになる。

私は、自分の憶測が正しいと認めたくはなかった。でも、何度考えを巡らせても考えはそこに行き着いた。認めるのが怖くて、私は高広の別れを受け入れた。
正直言えば、一度だけたまらなくなって電話を入れてしまったけど、高広は何度鳴らしても出てはくれなかった。(人には番号を外せと言ったのに、私からだって判ってる)
私にはそれが、高広からの暗黙の答えだというような気がして、余計辛くなったから、2度とかけることはなかった。そして、高広が言うように、別に彼女が出来たんだ、そうムリに思い込むことにした。

そして、さくらの季節がやってきた。今年は冬が長くて中々だったけど、やっと開いた。
私は病院前の桜の木がぽつりぽつりと花を開かせた時から、他の人がきれいだとつぶやく声を聞きながら、ずっと俯いたまま通勤した。見上げると眩しくて、きれいで、涙が出そうだったから。
私の名前がさくらだから、一緒にここで花見がしたいと言ってたな、あいつ…今、どうしてんだろ。

「三輪ちゃん、お疲れ~。」
「じゃぁ、上がりま~す。」
そんなある日のことだった。
夜勤を終えた私は、帰ろうとして職員通用口に向かっていた。
職員通用口は救急の搬送口のすぐ隣にある。
私は駆け込んできた1台の救急車のサイレンに反応して、何気なく救急搬送口を覗き込んで降りてきた急患を見た。

そして、次の瞬間-私は凍りついた。
-血の気を失くして苦痛に歪んだ顔で運ばれて、病院のストレッチャーに乗せられた搬送者は、他でもない…高広だったからだ。-

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genre : 小説・文学

突然の別れ-遠い旋律10

突然の別れ


待ち合わせた店に着いた時、高広はもう先に来ていた。彼は一瞬だけど私をまるで眩しいものでも見るような目で見て…そして、こう言った。
「さくら…お前ホントに痩せたな。」
「だって、高広から全然連絡ないんだもん。この際だからって頑張っちゃったわよ。見よ、このナイスバディーってね。」
私はふざけてしな作ってみせた。でも、あいつは笑わなかった。逆にすごく寂しそうな目で私を見ただけだった。よく見ると、あいつも元々細かったのにさらに痩せたみたいだった。

それからしばらく、高広は何も言わずじっと私を見ていた。私がこの一ヶ月の間に起こった出来事を捲くし立てるようにしゃべるのをニコニコともせず、真顔で聞いていた。
そして…それが一段落すると、目を閉じて唾を呑み込んでから、言いにくそうに私に言った。
「大事な…話があるんだ。」
「何?」
「突然なんだけど、オレと別れてくれ。」
「冗談でしょ?」
思わずそう返してしまったけど、彼の目は笑ってはいなかった。来た時から同じ、寂しい目をしたままだった。
「こんなこと、冗談でなんか言えない。オレは本気だ。」
でも、久しぶりに会って、いきなり別れたいって…一体何なの?!
「実は、おまえより好きな奴ができた。」
「ウソ!」
「ウソじゃない!!だから、もう終わりにしよう。オレはもうお前の事なんて何とも思ってない。」
高広は私から目を反らして、拳を握り締めて震わせながらそう言った。私の目を見られないって事が私には余計それがウソなんだと思えた。
「ウソよ!」
「ウソじゃねぇったら、ウソじゃねぇんだ!!もう、ウンザリなんだよ、さくらのオレのためにみたいな押し付けがましいその態度がよ!!」
それは私がいつも不安に思っていることだった。だから、私はその一言で尚更噛み付いた。
「ウソよ…どこにも行くなって言ってくれたじゃない!」
「あれはその場の雰囲気で、つい言っちまっただけだから…忘れろ…」
高広は依然、私の目なんかまるで見ないで吐くかのようにそう告げた。絶対にあいつはウソをついてる!私はそう確信した。だったら、何で別れなきゃならないの?

「どうして別れなきゃなんないのよ!」
お願い、本当の理由を教えて!
「だから、お前以外の奴に惚れたから…」
「そんなのウソよ!」
「ウソじゃねぇって!」
そんなやり取りばかりが続いた。

そのうちに、『なーんてな』とか言って笑ってくれないかと思って待ってみたけど、高広の態度は変わらなかった。
「もうオレの事なんか忘れてくれ。」
その一点張りだった。
「高広のバカ!」
あんまりそんなことばっかり言うから、私はたまりかねて彼の頬を打った。そして、私が店を出ようとしたその時…

あの曲が流れた-私たちを結びつけた想い出の着信音-高広のケータイのだった。
彼はものすごく狼狽えて電話なのに出ないまま、すぐ切ってしまった。
やっぱりあいつはウソをついている。私は確信した。他の娘を好きになんかなってない。心変わりしたのなら、あいつの性格ではのんきにこんな曲使ったりできない。じゃぁ…何故?!

「電話かかってきても、もうオレでないから。かけないから、オレの登録も外してくれ。」
高広はそう言うと、私より先に店を出て行った。

後に残された私は、ただ呆然と涙を流すことしかできなかった。

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音信不通-遠い旋律9

音信不通


そして、新しい年が明けた。

私たちは初詣に出かけた。
高広は歩いている間中、ずっと私の手を離そうとしなかった。まるで、手を離してしまうと私がどこかに行ってしまうとでもいうように…

私は幸せだった。それはずっと続くと信じていた。

でも、1月が終わりになる頃、今度は高広からの連絡が突然途絶えた。メールを入れても返信はまったく返ってこないし、電話しても電源すら切ってあってつながらない。

クリスマス前の仕返しでもしているのかしら。あいつやられたらやり返すみたいな子供じみたとこあるし)と、最初の内は思ったけど、それが3日になり、1週間が過ぎ、半月を超えると私はものすごく不安で、居ても立ってもいられなくなった。

それで、私は高広の家に直接行ってみた。留守みたいで、チャイムを押しても誰も出てきてくれなかった。しばらく私は、家の前で待ってみたけど、夕方になっても高広はもちろん、他の家族の人も帰っては来なかった。夜遅くまで待ってもいられず、私は仕方なく帰って来てしまった。もう心配で、おかしくなっちゃいそうだった。

だから、ほぼ1ヶ月経った時、高広の方から会えないかとメールをもらった時には、涙が止まらなくなって、思わずケータイ壊しちゃうかなと思ったほどだ。

私は慌てて涙声のまま電話した。メールなんてもどかしかった。
「今から会えるか?」
いきなりかけたのに、高広はそう言った。
「大丈夫だよ、今すぐ行くから。いつものとこだよね。」
ちょうど夜勤上がりだったから、即答した私。
やっと会えるんだ!

私はそれこそ空でも飛べるような気になって、いつもの待ち合わせ場所に急いだ。

…でも、そこで私を待っていたのは…

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Holy Night-遠い旋律8

Holy Night


ダイエットを始めて…どうせならびっくりさせたいなと思って、仕事だとか用事だとかいろいろな理由を作ってしばらく会わないようにした。
高広も最初は本当に忙しいんだと思ってたみたいだけど、その内怒り出した。
「忙しい時期なのは解るけどさ、ちょっと位空けられねぇのかよ。一体いつなら空いてる!」
って電話で怒鳴ったり、
-これって、もうオレとは会いたくないって事なのか?-
なんてメールが入ってくるようになった。これじゃぁ、痩せられる前に私たち崩壊しちゃうかも…あいつのために痩せようとしてるんだけどな。

でも、ジムにまで通って時間はかなり削られてたし、それだけにきっちり成果も出てきていた私は、ここでネタばらしをしちゃうのももったいないって気分にもなっていた。
私はあの時、電話とメールで何度彼に謝っただろうか。
「とにかく、クリスマスには何が何でも空けさせてもらいますから…それで、カンベンしてっ!」
私はバカの一つ覚えみたいにそればっか繰り返して、あいつもぶつぶつ言いながらそれを待ってくれた。

そして、クリスマス当日-
「さくら、お前…」
待ち合わせの喫茶店に遅れてきた私を見た高広は、私の変わり様にたっぷり5秒はフリーズした。それから、
「大丈夫か、ま、とにかく座れよ。」
って言って、私を自分の向かいの座席に座らせた。
「なぁ、どうして、こんなになるまで黙ってたんだよ。オレってそんなに信用ないのかな。」
高広はそう言うと、ものすごく切ない目で私を見た。あちゃ~…やっぱり誤解しちゃってる…
「高広、心配しないで。私、元気だから。」
だから、私はいつもより声を張って元気なのをアピールした。
「ウソつけ!だってこんなに…お前体力勝負で仕事してるっていつも言ってるだろ。」
そう言って彼は私の腕を掴んだ。見ると涙眼になっちゃってるし。
「だからさ、ダイエットしただけだって。」
私は慌ててネタばらし。
「ダイエット?」
私がダイエットだと言うと、高広はビックリしたような顔した。そんなに私がダイエットするのがおかしい?私はそのリアクションに正直かなりムッとした。
「そう、ダイエット。今まで黙っててゴメン。ただ、高広にははっきりと成果を見て欲しくて…しばらく会わないようにしてたんだ。まだ目標までは遠いし、ホントはもっと痩せてから会いたかったんだけど、クリスマスにも会えませんなんて言ったら、あんた本格的に誤解しそうだし…」
「ダイエット…」
高広はもう一度かみ締めるみたいにそうつぶやいた。
「私、あんたに似合う女になりたかったから始めたんだからね。」
どう言ったら解ってくれるんだろう。そう思いながら、私はらしくないクサイ台詞を吐いてしまっていた。
そしたら、次の瞬間、高広はいきなり私の座席の所に回り込み、私を椅子から立たせると、ギュッと抱きしめた。あまりに突然で、私は頭の中がまっ白になった。ココ、喫茶店の中だし、しかも今人もそこそこいる状態なんですけど!!
「ダイエット…良かった。長い事会えなくて、やっと会えたらお前すごく痩せちまってるし、何かとんでもないことが起こってるのかと思ったら、胸がきゅーっとなっちまったから…病気じゃないんだな、何かおかしなことにも巻き込まれてないんだな。
「うん、何もない。元気だよ。」
私は高広の腕の中でそう答えた。

「ねぇ、とっても嬉しいんだけどさぁ、ここどこだったっけ?」
一瞬何もかも忘れて『二人の世界』に飛び込んじゃったんだけど、コレってかなり…ううん、すごく恥ずかしい状況だって気付いた私。私にそう言われて、高広も慌てて私から離れた。
「ホント、ゴメン。」
うん…気持ちはとっても嬉しかったから、別に謝ってもらわなくてもいいんだけど…
その後、ため息を一つ落とした高広は、今度はいきなり怒り出した。
「バカ!オレのために痩せようとしただって?!そんなことするなよ。オレはそのままのさくらで充分だから。」
「だって、あんたいつだって痩せろって言ってたじゃん。」
そうよ、桜餅って呼んでるのは一体どこの誰?
「だからってこんなに急に痩せるこたぁねぇだろっ!ホントに病気にでもなったらどうすんだよ!!」
「ならないって、曲がりなりにも医療従事者だよ。」
「そういう奴ほど、ホントは危ねぇんだよ。食わねぇで仕事してんじゃないだろうな。」
そう言ってあいつは私を睨んだ。
「ちゃんと栄養士にも相談してるわよ。その辺はフォローしてもらえるから。」
「ホントか?」
「ウソじゃないって!」
その後も、
「大丈夫か?」
って何度も繰り返す高広に解ってもらえるまで私は何度も、
「大丈夫。」
と繰り返さなくっちゃならなかった。

その度にあんまり痩せたって高広が連呼するもんだから、他のお客さんたちが私を見て、どこが痩せたの??って視線を私に返してくる。
そう、傍目から見たら、あんたがどう言おうが私はまだまだデブなんだからね。
あんたに似合う女になるまで、私は頑張るからね-あいつに面と向かって口に出すと、また心配して怒り出しそうだったから、私は心の中で彼にそう言った。

その後、店を出て少し歩いて、近くの公園に行った。
「これからは1人でコソコソすんなよ。」
プリプリした口調で高広が言った。
「もうバレてんだもん、コソコソなんてしないわよ。」
もう、隠し事なんてないもん。
「もう、どこにも行くなよ。」
「行かないって、ってか、行ってないって。」
しつこいなぁ…って言おうとしたら、急に高広の顔が近づいてきた。
「じゃぁ、コレ…隠し事してたペナルティーだから。」
高広はそう言うと、私を抱きしめてキスをした。

ウソつきは私じゃなくて高広の方。だって、コレってペナルティーなんかじゃないじゃん。

ペナルティーどころか、サイコーのクリスマスプレゼントだもん。




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ダイエットへ…-遠い旋律7

ダイエットへ…


「さくらどうだった?高広くんち。」
いつものノエへの報告会。何度も言うようだけど、ホントは報告する義務なんて何もない。
「どうって、別に。」
私はノエの言いたそうなことは分かっていたけど、ワザとそっけなく答えた。
「身も心も高広くんのものになったんじゃないの?」
「バ、バカなこと言わないでよ。ただのお互いの楽器の演奏会よ。」
ほら、やっぱり…と思いながら、何だか恥ずかしくて私はつっかえた。
「何だ、つまんない。」
それを聞いてノエは不満そうだった。別にあんたを喜ばすために付き合ってるんじゃないんですけど、私たち。

「へぇ、2人っきりでも手を出さないなんて、高広くん、これはマジ惚れかもね。」
だけど、ノエは私たちが2人っきりだったと聞いた途端、逆にノリノリになってそう言った。どうしてそういう方向にばっか持って行こうとするかなぁ…
「だってさ、ギターを弾いてるときのあんたって、女の私から見てもぞくっとするほど色っぽかったりするんだよ。そんな状況であたしが男だったら、マジ押し倒してるね。」
「止めてよ、高広はあんたと違うわ。」
実際、私は高広のベッドに腰掛けてギターを弾いていたんだから、高広がその気になれば女の私は抵抗したって無意味だったろうけれど。(ベッドに座ってたなんて言ったら、それこそ何言われるか判ったもんじゃないわ)
大体、そんな欲望が出てきてって言うのもアヤシイもんだわ…

私、ギターを弾く時、デニムを穿いてたから、お腹がつっかえちゃって、足を組まずに高広にその辺の要らない雑誌を積み上げてもらって演奏した。カッコ良い高広を見ちゃった後では、それがすごく惨めだった。
それに、私の顔を覗き込んだときのあの表情…確かに弾いてるときにはそういう気持ちも少しは起こったかもしれないけど、顔覗き込んだら魔法解けちゃったみたいな…よくよく見たら大したことないって、そういう反応だったかもしんないじゃん。

私はこの時、ホントに痩せたいって思った。高広に似合う女にならなきゃってそう思って-ダイエットを始めたんだ。

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genre : 小説・文学

遠い旋律6

部屋を出た高広は、インスタントのコーヒーとポットを持って戻って来た。
「あんたが淹れてくれるんじゃなかったの?」
私はそう言いながら、コーヒーをカップに入れてお湯を注いだ。
「インスタントなんだから、誰が淹れようが大して変わんねぇじゃん。」
帰って来た高広はなんだか不機嫌になっていた。いつもみたいにしゃべってこないから、会話が続かない。何か私、悪い事でも言ったっけ…だけど、思い当たる節はないし、何だか気まずかった。

「じゃぁ、私帰るわ。」
私がそう言ったら、
「えっ、もう…ああ…そうだな、玄関まで送るわ。」
と何か奥歯に物が挟まったような返事が返ってきた。何か言いたそうなんだけど、高広はそれを口にはしなかった。

そして、玄関まで来た時、ドアを開けて近所の高校の制服を着た女の子が入ってきた。
「お兄ちゃん、ただいま!」
「お、おお、お帰り。」
女の子がそう挨拶をすると、高広は何だかすごくマズイって顔になった。
「お兄ちゃん、お客さんだったの?」
「うん、まぁ…紹介するわ。三輪さくら(一旦はそこで切ろうとしたけど)…さん。高校の先輩。さくら(でも、ここで『さん』つけるの忘れてる)、コレ妹の久美子。」
久美子ちゃんは高広に似たかわいい女の子だった。彼女はぺこりとお辞儀して言った。
「はじめまして、妹の久美子です。兄がいつもお世話になってます。」
「べ、別にお世話なんてしてもらってねぇよ。」
「うふふふ…三輪さん、ゆっくりしてってくださいね。」
そううそぶく高広を横目で見ながら、久美子ちゃんは私に向かってそう言った。
「あ…いえ、今もう帰るところですから。」
「あ、そうなんですか?」
「じゃぁな、また連絡するわ。」
そして、高広は右手を挙げながらそう言うと、自分の部屋へ戻ろうとした。それを見た久美子ちゃんは、
「お兄ちゃん、せっかく来てくださったのに、駅まで位送って行ったら?」
と高広を非難した。
「いいですよ、行きだってちゃんと迷わず来れたし。」
駅からそんなに遠くないし、道も迷うようなとこ、なかったもん。だけど、高広はちらっと久美子ちゃんのほうを見て急に
「あ、やっぱオレ送って行くわ。ちょっと待ってろ、今ジャケット取ってくっから。」
と言うと、部屋から慌ててジャケットを取って戻ってきた。

「別に良いのに…」
家を出た後、送って行くと言った割にはずんずんと1人先を歩く高広に私はこう言った。
「…」
「何?聞こえない!」
高広の前を歩きながらの声はぼそぼそとしていて、私には聞き取れなかった。私が聞こえないと言うと、彼はさっきよりもう少し大きな声で言った。
「…あのまま家に居たら、さくらのこと…久美子に質問攻めに遭いそうだったからさ…」
あ、そうか…そうだよね。でも、送った後帰っても同じだと思うけどな。ま、いっか。
「それにしてもさくら、おめー歩くの遅せーよ。貸せ、ほら!」
それから高広は、そう言うと、ジャケットのポケットに突っ込んでいた手を出して、私のギターを引っつかむと、もう一方の手で私の手をギュッと握り締めた。彼の手はとても暖かかった。
高広は私の手を引っ張って、そのまま何も言わずに駅まで歩いた。

(もしかして、怒ってるんじゃなくて照れてるの?)私はそれが分かってホッとした。

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