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離婚届-満月(フルムーン)に焦がれて1

離婚届


結婚3年目のある日のことだった。
「あなた…これ。」
そう言って夫洋介に妻小百合が差し出したもの…それは離婚届だった。しかも、彼女の欄には既に書き込みがされてある。
「これは一体…小百合、何の冗談のつもりだ。」
「冗談なんかじゃなくて私は本気よ。」
洋介には彼女が本気で離婚届を自分に渡そうと思う理由に全く心当たりはなかった。

第一、夫婦仲は悪くない。友人たちからはむしろバカップルと呼ばれていた。
浮気なんてしたことがないのでばれようがない。
(と言うことは小百合の方が…まさか…こいつに限ってそれは…)
「何で本気で別れなきゃならない理由があるんだ!」
小百合はうつむいたまま、何も答えなかった。
「男が…できたのか?」
理由を答えない小百合に洋介がそう聞くと、それまでうつむいていた小百合は顔を上げて夫を涙目でにらんだ。
「そうね、その方がよかった?そんな訳ないじゃない!私にそんなことができないことはあなたが一番よく解かってるはずでしょ!」
「なら、何なんだ。」
まったく理由に心当たりのない彼はしだいにイライラし始めていた。
「聞けばあなたはきっと後悔するわ。」
「でも、聞かなきゃ分からないじゃないか。」
「私…あなたともうセックスしたくないの。」
彼女はやっと離婚の理由を口にした。
「何?!」
案の定、その理由に彼は一瞬言葉を失った。
「惨めになるのよ…」
彼女はそう言うと彼から目線を外した。
「惨めって何なんだ!!」
夫婦の営みに惨めにならなきゃならない要素がどこにあるって言うんだ、洋介は思わずそう怒鳴りそうになったが、小百合の思いつめた形相でかろうじてそれを口には出さなかった。
「私はもう女じゃないんだなって思い知らされるのよ。」
「お前は生まれたときから間違いなく女だろう?!」
俺は、男を妻に選んだつもりはないぞと洋介は思った。
「ええ、性別上はね。」
小百合の顔は、カーテンを開けっ放しにした窓から差し込む月の光でいつもより余計青白く光っていた。


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theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

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満月(フルムーン)に焦がれて2

「一体お前は何が言いたいんだ!」
「私は実のないことなんてしたくないの。」
「バカバカしい!子供だけが結婚のすべてじゃないだろう?!何だ…こんなもの!」
洋介は小百合から突き出された離婚届を掴むとびりびりと引き裂いて丸めた。
世の中には子どものいない夫婦なんていくらでもいるのに…何で子どもになんかこだわらなきゃならない。
「いいわよ、あなたが応じるまで何度だって書くわ。」
「じゃぁ、何度だって破いてやる!言っとくけど俺は、子供なんて面倒なものは要らないからな!」
「ホントはそうは思ってやしないくせに!」
「思ってる!」
「思ってないわ、絶対!!」
「いい加減にしろ!!」
(子どもはお前の代わりになんてならない!)
洋介は小百合に手をあげようとして…すんでのところでそれを止めた。
「殴れば良いじゃない…殴れば…」
小百合は肩を震わせて泣いている。洋介は向かい合っている自分の妻の顔を自分の胸に押し当てさせた。彼女はしばらく抗ったが、すぐにおとなしくなった。
「なぁ、俺と2人きりで過ごすのがそんなに苦痛か…」
小百合は洋介の胸の中でかぶりを振った。
「じゃぁ、このままで良いじゃないか。」
小百合はそれにも強くかぶりを振り続けた。


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出会い-満月(フルムーン)に焦がれて3

出会い


木村洋介と遠藤小百合は友達の紹介で知り合った。正確に言えば、合コンめいた飲み会の数合わせにされて呼び出されただけだった。

お互い盛り上がりに乗り切れず、。その輪から外れ取り残された2人は、なんとなく他愛ない話を2人で始めていた。

最初の店がお開きとなった時、洋介は次に行こうとしていた。しかし、
「よ~すけちゃ~ん、お前今日はお帰りなさ~い、この子もう帰るんだってよ。送ってやれよ~。」
彼を誘った大学時代の友人、桜木弘毅がそう言って、小百合の前に洋介を引っ張って行ったのだった。
「お前、酔っ払いすぎだぞ。」
「オレ?全然酔ってないよ。」
桜木はその場で直立不動のポーズをとって見せた。こういうポーズ取ろうとする時点で酔っているんだと彼は思った。そこに、女性側のリーダーらしい本山圭子がやってきて、
「あ、私からもお願い、送ってってあげてよ。じゃぁねサユ、私たち行くから。また連絡するね。ほら、弘毅行くわよ…」
と、言いながら弘毅の背中を押して他のメンバーと共に夜の街に消えて行った。

取り残された洋介と小百合は、しばらくだまったまま立っていた。
「すいません、私のせいで…」
小百合がやっと口を開いた。
「いや、お礼を言うのは俺の方だよ。内心ホッとしてるんだ。男が最初の店で帰るなんて言ったら、座がしらけるかなと思って言い出せなかっただけだから。」
「ホントに?…なら、良かった。」
そして、小百合は洋介の返事にホッとした表情で笑った。洋介は、なんとかわいいんだろうと思った。
それはまさに、一目ぼれと言って良かった。

「これ、俺のメアドなんだけど、良かったら君のも教えてもらえるかな。」
洋介は別れ際、自分のメールアドレスを紙に書いて彼女に渡した。それは、晩生の洋介にとって、自分でも信じられない行動だった。
「えっ?」
小百合は驚きながらもその紙を受け取った。彼女はしばらくじっとアドレスを見つめた後、にっこりと笑って、
「じゃぁ、私から、ここにメールを送ります。じゃぁ、失礼します。」
と言って会釈した。
「おやすみ。」
洋介は、それに手を挙げて応えて歩き出した。

数分後…小百合からメールが届いた。

-テスト  今日は木村さんがいてくれて、本当に楽しかったです。
本当は(入力)あまり得意じゃなかったので、私のアドレスを書いて送っていただこうかとも思ったんですが、頑張って送ってみました。
どうかちゃんと木村さんに届きますように
                                               遠藤小百合-

洋介はあわてて小百合のメールアドレスを登録し、メールに保護まで施した。








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デート-満月(フルムーン)に焦がれて4

デート

小百合にメールをもらった後、ちゃんと届いたことを知らせるメールを打つ際、洋介は小百合をテーマパークに誘った。正直なところ恋愛経験のまったくない洋介には、女性の喜びそうなスポットには心当たりはなかった。彼女はすぐにOKのメールを返した。

「ごめんなさい…私絶叫マシンって苦手で…木村さん、お一人で行ってきてください。」
だから、小百合が遠慮がちにそう言った時、洋介は内心失敗したかなと思った。
「そっか…なら、これなんてどう?」
洋介は次に飛行機の形をした乗り物を指差した。
「え~っと…」
「二人乗りだから、これは一人では乗りたくないな。」
小百合は困ったという顔をした。
「そうですよね…これ、普通一人では乗らないですよね。これなら…大丈夫…かな。」
小百合はそう言って洋介と共にそののアトラクションに乗り込んだが、彼女は装置が稼動して飛行機が宙に浮いた瞬間、
「あ、やっぱりダメ、降ろして!」
と叫ぶと、動いている間中ずっと洋介にしがみついて泣いていた。

「ゴメン、結構ハードだったかな。」
洋介はますます失敗したと思った。
「いいえ…私が怖がり過ぎるだけです。大丈夫だって分かってるんですけど、ダメなんです。」
洋介はまだ少しすすり上げている小百合の頭をなでた。
「これで、すこしは落ち着く?」
小百合は一度驚いて洋介を見上げたが、それから嬉しそうにはにかんだ。
洋介は彼女の笑顔をもっともっと見たいと思った。



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相談-満月(フルムーン)に焦がれて5

相談

「折り入って話があるんだけど…」
本山圭子は短大時代の友人の遠藤小百合に呼び出された。
(3週間前のことでかな…)
圭子は小百合を飲み会に誘った。たまたま他の用事で電話した圭子が飲めない小百合を誘ったのは、弘毅に『久々だし、お互い5人ぐらいいねぇとな。』と言われ、その日に『俺の方は5人揃ったぞ。』というメールが送られてきたからだった。

やっぱかわいそうだったかな…と圭子は後悔したが、小百合は(木村さんだったけ…彼)やっぱり盛り上がりの輪に乗り切れなかった男とぼそぼそと何か話しを始めた。

圭子はこの2人イケるかもと思った。そう思ったのは弘毅も同じだったようで、酔ったフリをして1軒目の店で帰ると言った小百合を洋介に送らせるように仕向けて移動したのだが…何か進展でもあったんだろうか。
そんなことを考えながら仕事帰り、小百合に指定された喫茶店に急いだ。

「ごめんね…他に相談する人いなくて。でも、おケイちゃんは木村さんも知ってるし…」
やっぱり彼のことかと、圭子は思った。小百合の様子ではどうも悪い報告ではなさそうだ…しかし、小百合の口から出た言葉はその時の圭子の予想を超えていた。

「はぁっ?!プロポーズ??あんた…あの飲み会ってまだ3週間前…」
小百合は、前日の日曜日に洋介から結婚して欲しいと言われたという。
どっちかというとそういうとこトロそうだと思ったから、おとなしいサユでも大丈夫だと思って押し付けたのに…ホントはとんでもなく手の早い奴だったとか…そんな奴が結婚なんていきなり口に出したりしないか…圭子はそんなことを考えながら小百合の話を聞いた。
「彼、引越しするんだって…」
「海外赴任とか?」
そういう理由があるなら、話は別だわ。
「ううん、今の部屋って学生時代に安いだけで選んだアパートだからボロなんだって。で…いい部屋が一つ見つかったんだけど、一人で住むには大きいんだって…」
何、それ…ミエミエじゃん…
「一緒に住んでくれないかなって、もちろん木村小百合としてだよって…」
そして、小百合は赤くなりながらそう言った。
「ひょえ~、ストレート!!そんでサユ、あんた返事したの?」
「まだ…少し考えさせてくださいって…」
そうよね、会って3週間で結婚しようなんて、普通は言わないから。
「で、あんたはどうしたいの。木村さんのこと結構いいと思ってるんでしょ。」
小百合ははにかみながらうなづいた。
「ま、しかし、いきなり結婚なんて言われたらビックリするか…しばらくじらしてみる?」
「…」
圭子がそういうと小百合は口にこそ出さないが、あからさまにそれは嫌だという表情をして見せた。
なんだ、相談じゃないじゃない-と圭子は思った。
「あ~、バカバカしい!あんたもう自分で答えだしてんじゃん。たとえそれが3週間だろうと、よしんば1日でも好きになるのに時間なんて関係ないでしょ。あんたが今会わなきゃならないのは私じゃなくて木村さんの方!もう私帰るから、今すぐ彼に連絡取りなさい。彼、どんな用事があったってすっ飛んでくるはずよ。で、さっさとOKしちゃいなさい。私の出る幕なし!」
そういうと圭子は伝票をつかんでレジに向かった。
「おケイちゃん…」
「結婚の前祝いにここのコーヒー代払っとくから。いい、今すぐ電話すんのよ!」
「うん…ありがと…」
圭子が店を出た後、小百合は携帯を取り出してじっと眺めていたが、意を決して洋介の番号を検索して押した。

一方、圭子の方も店を出手少し歩いた所で早速弘毅に電話を入れていた。
「ねぇ、弘毅…あの木村さんってどんな人?」
「藪から棒に何だ?木村…洋介か。あいつ?見たまんまの融通の利かない堅物だけど?」
「堅物なの?」
見た目どおりな訳ね。それならあんなことも本気で言ってるはず。サユにはけしかけるよう言い方したけど、いまいち不安だったもの。なんか安心した。そう圭子は思った。
「人数揃えんのに無理やり引きずり込んだんだ。酒は飲めない方じゃないけど、普段はあーいうのには参加しない奴だからな。俺に言わせりゃ、もう少し遊んだ方がいいんだけどな。」
「弘毅が遊びすぎなのよ。」
「うるせぇ、この間のあの子…小百合ちゃんとかいったっけ、あの子となんかあったのか?」
「彼…サユにプロポーズしたらしいわ。」
それを聞いて弘毅は驚いた。
「ゲッ、いきなりそこ行くかよ!ま、あいつらしいちゃそうか…」
クソ真面目な分だけ、好きになりゃ見境がつかなくなるのかもしれないと弘毅は思った。
「信用していいのね。」
圭子は弘毅に念を押した。
「ああ、あいつなら大丈夫だよ。彼女を遊びになんてできるおとこじゃねぇ。しかし、あの洋介がねぇ~。やるときゃやるんだな…俺もくっつきそうだとは思ったけどさ、こんなに早く堕ちるかフツー…で、彼女は何て?」
「それがさ、どうも一目ぼれらしいのよ。だから、OKしろってけしかけたんだけど、何か不安であんたに電話したって訳。」
「マジかよ、それ…」
弘毅と圭子は同時に深いため息をついた。
「何か、ここまでくるとメルヘンだな。」
おとぎ話の恋のようだと弘毅は思った。






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満月(フルムーン)に焦がれて6

洋介が小百合からの返事を受け取った翌日弘毅は洋介を呼び出した。
「洋介、おまえあの子にプロポーズしたらしいな。」
「ああ…本山さんから聞いたのか。昨日Yesの返事をもらった。」
洋介は嬉しそうにそう言った。
「へぇ、やったな。そのことで、圭子が心配してたからさ…あいつ自分が彼女誘った手前、責任感じてやんの。だから、お前なら大丈夫だって言っといてやったよ。」
「ありがとう、彼女も本山さんに背中を押されたって言ってたな。本当に助かったよ。」
洋介はそういうと弘毅に頭を下げた。
「俺に礼を言ってもしゃーねーじゃん。彼女と一緒になるんだったら、圭子にもちょくちょく顔をあわせるだろうから、そん時に本人に言えよ。」
「お前から言っといてくれるんじゃないのか。」
「何だそれ。ま、良いけどよ。にしても唐突だな。」
「そうか?ま、たとえ10年考えたところで結果は同じになると思ったのは事実だけど。」
洋介の一言に弘毅は飲みかけていた酒を吹き出しそうになったが、かろうじてそれを飲み込んだ。
「お前、何気にさらっとすごいこと言ってんじゃねぇよ。で、それってあっちの方の相性も良かったってことか?」
「あっちって…?バカ、お前じゃあるまいし!」
洋介は弘毅の言う意味に気付いて赤くなりながら否定した。お前、27にもなってそのリアクションはないだろうと、弘毅は思った。
「けどさ、あっちの相性も結構大事だぜ。」
「お前、そんなこと言ってるから結婚できないんだ。」
「俺はたかだか26くらいで人生埋没させたくねぇんだよ。それに、お前だって昨日OKもらったばっかで偉そうに言うんじゃねぇよ。」
「まあな、それもそうだな。」
洋介のニヤニヤ笑いは続いている。
「とにかく、彼女を幸せにしてやれよ。でないと俺が圭子に怒られる。」
「誰がどう言おうがそうするさ。それより、お前こそふらふらしてると本山さんに逃げられるぞ。」
「べ、別にあんなの好みじゃねぇよ。あいつとは高校時代から友達での腐れ縁だから…あいつの好みも俺じゃねぇって知ってるからな。」
「素直じゃないな、お前。」
洋介の笑い顔を見ながら、弘毅は先に結婚決めたくらいで余裕こいてんじゃねぇよと心の中でつぶやいた。お前のようにバカみたいに素直になれたら苦労はしない…と。

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妊娠-満月(フルムーン)に焦がれて7

妊娠

洋介と小百合は知り合ってから5ヶ月で結婚した。

そして、小百合は3ヵ月後最初の妊娠がわかった。洋介の喜びようはものすごいものだった。

しかし、小百合は10週目に流産した。

医師は
「お母さんが悪いわけではありませんからね。最初から弱い胎児は結構いるんですよ。」
と優しく彼女に言ったが、小百合は自分の行動の1つ1つがそれの引き金になってしまったように感じて全ての事が悔やまれてならなかった。

続いて1年2ヵ月後、彼女は2度目の妊娠をした。しかし、今度も流産した。2度目ということもあり、医師は検査を勧めた。そして、その結果…彼女にある病が見つかった。

それは慢性病で、投薬の必要のあるものだった。
「この薬は服用して妊娠すると胎児に影響を及ぼす可能性のあるものです。だから、妊娠は避けてください。」
医師の事務的な説明に小百合は絶望した。
彼女は薬を飲むことには抵抗はなかった。しかし、薬を飲ということは子供を諦めるということにつながる…それは彼女にはどうしても受け入れることのできない事実だった。
「とにかく先に病気を治してしまおう。」
と洋介はのんきそうに言ったが、慢性的なこの病は、小康状態になることはあっても完治しないということを彼女は知っていた。

もう、子どもは産めない…そうまざまざと思い知らされる-
小百合は洋介に求められること自体苦痛になっていった。

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満月(フルムーン)に焦がれて8

洋介にしてみれば、病気があろうがなかろうが夫婦のスタンスに変わりなどないし、妻を愛しているという意思表示の意味があるということは小百合にも解っていた。
しかし、子供好きの彼が当然のように避妊措置を講じてことに臨む事に、どうしようもないやるせなさを感じずにはおれなかった。
彼の欲望のはけ口にしかなれない自分がうとましかった。

加えて、彼女を悩ませたもの-それは周りの女たち、特に年配の女性たちだった。
彼女らは半ば挨拶代わりのように結婚後1年以上たった彼らに『子供はまだか?』という質問を浴びせてくる。まるで判で押した様にだ。
「まだなんですよ、欲しいんですけど。」
と彼女は笑顔を繕ってかろうじて返事を紡ぎだすが、その度彼女心は胸を切り裂かれる痛みを味わうのだ。

そして、孫を見る楽しみを奪ってしまうことも怖くて、病気のことはお互いの両親にもそのことを言えずにいたし、彼女はその痛みを誰に相談することもできずにいた。
誰かに聞いてほしい…彼女の心はそう悲鳴を上げていた。

そんなある夜遅く、彼女に一本の電話が入った。圭子からだった。彼女は泣きながらこう言った。
「ねぇ、サユどうしよう…私…できちゃったの…」
それは圭子が弘毅の子供を妊娠したというものだった。

元カノの結婚式-満月(フルムーン)に焦がれて9

元カノの結婚式


「あのさ…この間私たちの高校時代の友達…ってか、弘毅の元カノなんだけど…絵梨香の結婚式があってさ、私呼ばれて行ったのよ。」
圭子はしゃくりあげながら、事情をぽつりぽつりと説明し始めた。
「んでね、結婚式には出席してなかったんだけど、弘毅…終ったときに表で待っててさ…」


「最愛の元カノの結婚式に呼ばれなくて残念だったわね。未練たらたらで覗きにでも来た?」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ。たまたまこっちに用事があっただけだ。そういや今日、絵梨香の結婚式だったなって思って、あいつはともかく、先越されて悔しがるお前のアホ面が見たくなったんだよ。」
圭子がニヤニヤ笑って言うと、弘毅は圭子の額を小突きながらそう返した。
「でも、あんたなんで、お開きの時間知ってるんのよ。」
「あれ、お前言ってなかったっけ?式3時からだって。それから考えりゃ出てくる時間くらいわかるさ。」
弘毅ってウソをつくのが本当に下手だと圭子は思った。彼女には彼が近くに用なんてなく、もうずいぶんそこに待っているんだろうということがわかったからだ。
「二次会行くのか。」
唐突に弘毅がそう聞いた。
「う~ん、行こうかと思ってたんだけど、やっぱやめるわ。仲のよかった面々でまだ独身なのは私とナナだけなのよ。ナナも今日は残らないって言うし。」
「なら付き合えよ。俺の部屋で飲みなおそうぜ。」
やっぱり…一緒に飲みたかったんじゃないのと、圭子は思った。
「いいわよ。じゃぁ、あんたの完全失恋記念に付き合ったげましょうかね。」
そう言って、圭子は二次会の出席をキャンセルし、絵梨香とその夫に挨拶を済ませると、弘毅と共に彼の部屋に向かった。

それまでにも圭子は何度か弘毅の部屋に行っていた。。弘毅がかつての恋人たちと別れたときも、圭子が彼氏と破局したときも彼の部屋で飲み明かした。失恋の一連行事みたいな…圭子はこの日もそんなつもりだった。まだ、弘毅は絵梨香の事を完全に忘れはいなかったのだと彼女は思っていた。

コンビニで好みの酒とつまみを買い込む。しかし、弘毅はこの日、いつもはあーでもない、こーでもないと品定めをするのに圭子にまかせっきりで、酒などどうでもいいという感じだった。
何かが違う…圭子はそう思ったけれども、それが何かは彼女にはその時わからなかった。
あいつ気まぐれだから、こんなこともあるか…そう思っただけだった。

弘毅は圭子を部屋に招き入れると、いつもは締めない玄関のドアの鍵を閉めた。-カチャリ-軽い金属音が部屋に響く。それもおかしいとは思った。

それでも、いつも通り圭子は、テーブルにコンビニで買った荷物を置いて、その中から弘毅の好みそうなビールを取り出して、プルトップを開けながら、こう言った。
「飲も!絵梨香だけが女じゃないわよ、女なんて山ほどいるじゃない。」
明るく言った圭子に対して、弘毅の返事はいつものお茶らけたものではなかった。
「女なんて山ほどいるけど、本当に必要な女はたくさんはいねぇ…いや、1人だ。」
「何よそれ、あんたそんなに絵梨香に惚れてたの?」
圭子は弘毅の返事に驚いた。絵梨香のこと、そんなに惚れてるなら離さなきゃいいのに…
「お前、俺のこと何も解ってねぇんだな。」
弘毅は圭子の顔を覗き込みながら言った。
「俺は絵梨香のことなんか最初から好きじゃなかった。あれは、お前が『この子弘毅のことが好きなんだってよ』って連れてきたからだ。そんなにあっけらかんと連れてこられたら、いい加減俺のこと何とも思ってねぇって判るからな。」
「ちょっと待ってよ!弘毅、あんた一体何言い出すのよ!」
圭子は弘毅の真剣な目がどんどんと近づいてきたので、思わず目を反らした。
弘毅は圭子の腕を掴んで言った。
「俺は高校ん時からずっとお前が…お前だけが好きだった。お前は俺のこと遊び人って言うけどよ、あれはお前が俺のことなんて全然眼中にないって感じだったから、忘れようとしてたんだぜ。長いこと一緒にいたって、そんなことも解かってねぇのかよ。」
「ウソ!」
圭子は弘毅の手を振り解こうとして、体をくねらせた。しかし、彼女のそんな抵抗は無意味だった。却ってそんな抵抗が弘毅の心に火をつけていたのにも気付いていなかった。
「ウソじゃねぇよ!お前…お前そんなに俺が嫌いか?!」
「き、嫌いじゃないわよ…嫌いなら友達なんかやってらんない。」
そう、私も弘毅がずっと好きだった。たぶん、弘毅が私を想うよりも。でも、モテる彼は私のことなんて相手にしないと思ってた。よしんば付き合うことになっても、すぐに飽きられてしまうだろう。そんなことを考えたら、ただの友達の方が長く付き合える-そう自分に言い聞かせてきたのに…ずっと好きだったってホント?信じらんない。圭子の頭は一気に混乱した。
「嫌いじゃねぇんだな。じゃぁもう俺のモノになっちまえよ。好きだ!もうガマンできねぇ!!」
嫌いじゃないと聞いた弘毅は圭子をそのまま床に押し倒した。
「イヤ、止めて!」
圭子は反射的に抵抗してみるものの、力の差は歴然で、彼女は動くことすらできなかった。
「止めない、好きだ…もう、絶対離さない。なぁ、いいだろ。」
(ああ…私も弘毅が好き…)
そして、耳元で好きだと甘く囁かれた瞬間、弘毅への想いが頭の全てを占拠して、圭子は体の力が全て抜けていくのを感じた。
後はもう…圭子は彼の成すがままだった。

そうして弘毅は圭子に彼の想いを遂げたのだった。




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満月(フルムーン)に焦がれて10

「体は大丈夫なの?」
「うん…今日お医者さんに行ったら、3月の終わり…11週目っていわれて…」
もう少しで安定期に入る、良かった…でも、普通はこんなこと心配しないでいいんだろうなと小百合は思った。
「で、桜木さんには言ったの?」
「…言ってない…」
小百合の質問に圭子はぼそっと小さな声で答えた。
「私、あれから連絡取ってないの。メアドも変えて弘毅からの着信も拒否って…」
「どうして!おケイちゃん、桜木さんのこと好きなんでしょ?!」
「好きだからよ!あいつに抱かれてもっと好きになっちゃったからよ!だから…捨てられたくない。ずっとあいつと一緒にいたい。でも、今更そんな私を見せたら、あいつウザがって嫌われるんじゃないかとか、そんなことばっか考えちゃうのよ。」
だからって、自分から切ってどうしようというの…小百合はそう思った。
でも、あの時と同じ…小百合は深いため息をついてこう言った。
「おケイちゃん…私が洋介さんのプロポーズで悩んでたときおケイちゃん言ってくれたわよね。『あんたが今会わなきゃならないのは私じゃなくて彼だ。』って。同じじゃない…おケイちゃんが一番最初に言わなきゃならないのは私じゃなくて桜木さんよ。」
「あいつはきっと子供なんて要らないって言うわ。」
圭子の声は震えていた。
「そんなことないって。桜木さん、おケイちゃんのことずっと好きだって言ってくれたんでしょ。そうじゃなくても、桜木さんはおケイちゃんのことだけ見てるって私知ってるわよ。」
「ウソよ!」
「ウソじゃないって、子どものこと言ったら、彼きっと大喜びするはずよ。おケイちゃん、産みたいんでしょ。」
産みたくなければ、私になんか相談しないでしょ…?
「…うん…」
「産みたいんだったら、それをはっきり桜木さんに言わなきゃ。でも彼がもし子どもは要らないなんて言ったら…」
「言ったら?」
「…私が彼を殴ってあげるわ。」
もし彼が子供は要らないと言うようなら、その子どもを私たち夫婦にちょうだい-小百合は本当はそう言いたかった。折角生まれてくる命を不幸にするようなことだけは絶対にして欲しくない。私たちなら絶対にその子を幸せにできるはずだから…と。

「サユ…ありがとう…私…弘毅に言う…」
「大…丈夫だよ…絶対…大丈夫だから…」
泣きながらやっと決心した圭子の言葉に、小百合は一緒に泣いていた。弘毅はきっと大喜びでその報告を受け止めるだろう。友達の幸せは本当に嬉しかったが、私にはもうそんな報告はできない…それが悲しかった。
「なんでサユまで泣いてんのよ。」
不思議そうに尋ねる圭子に、
「なんで…だろうね…」
彼女はとぼけて見せるしかなかった。
「サユってホントに優しいよね。ありがとう…」
優しくはないわ…全然。感激している圭子に小百合は心の中でそうつぶやいた。

翌日圭子から小百合にメールが届いた。
-昨日はありがとう。あの後、すぐに弘毅呼び出してちゃんと話した。
サユの言った通りだった。あいつめちゃくちゃ喜んで『俺にその子一緒に育てさせろ』ってプロポーズしてくれた。それに、あの弘毅がよ、泣いたんだから!(本人は激しく否定してたけどね)。ビックリしちゃった。
ホントにありがとう。とりあえずいろいろあるから、しばらくしたら2人でお礼に行くわ。
PS
先越しちゃったけど、サユもすぐに追いついて来てね。二人でママトーク炸裂させようよ。-

その夜、仕事から帰った洋介に小百合は彼らのことを報告した。努めて明るく報告したつもりだったが、圭子の妊娠のことを告げるときは少し涙がにじんだ。
「小百合大丈夫か?」
「ええ…お友達のおめでただもの、うれし涙よ。」
洋介にはそうじゃないと判ってしまっているのだろうが、小百合が敢えてそう言ったのは自分でもそう思い込もうとしていたからなのかもしれない。


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満月(フルムーン)に焦がれて11

「忙しいとこ呼び出して悪かったな。」
「いや、今回小百合ちゃんには世話になったから…落ち着いたらちゃんと挨拶にいくつもりだったんだけどさ、先にお礼言っといてくれないか。」
弘毅は洋介に呼び出された。そう言えば、こいつが小百合ちゃんにブロポーズした時も、俺もこいつを呼び出したよな。あれから2年半か…弘毅はあのときのことを思い出して少し懐かしい気分になった。
…でも、祝ってくれるにしちゃぁこいつやけに刺々しいな。目の奥が笑ってねぇし…
クソ真面目なあいつのことだから、あんなやり方自体気に食わないんだろうな。そう、弘毅は思った。
「ああ、お前が礼を言ってたと言っとくよ。桜木…」
そう言って洋介は大きく息を吸い込んだと思うと、
「それで…これが俺のお前への結婚祝いだ!」
と言って弘毅をいきなり拳で思い切り殴った。
「何するんだよ!お前!!」
全く予想外のことだったので、弘毅はあっさり殴られて床に転がった。
「それを言いたいのは俺の方だ!…お前なんで今になって…どうせならもう少し早く何で…」
(えっ、こいつ泣いてるのか…?!)反撃に出ようと体勢を整えて洋介をみた弘毅は驚いた。
「洋介?」
「何で、今なんだ。」
「ああ、俺たちの共通の友達の…っていうか俺の元カノの絵梨香が今度結婚することになってさ、絵梨香から電話がかかってきたんだよ。『弘毅君まだ圭ちゃんのこと待たせてるの』ってさ…」


「別に待たせてなんかいねぇよ。あいつは俺なんか好きじゃねぇよ。」
「ホントにそれ、圭ちゃんの口から聞いたの?」
「聞かなくたって…わかるさ。」
そうさ、あいつは俺が女の話をしようが顔色一つ変えないんだからな。弘毅がそう思っていると、絵梨香は少し笑いながらこう言った。
「弘毅君って、意外と女心解かんないのね。圭ちゃんって、弘毅君のことずっと好きだったわよ。あの子にお祝いのお礼の電話した時、ちょっと鎌かけてみたのよ。たぶん今でも圭ちゃんは弘毅君のこと待ってるわよ。で、お祝い返しに弘毅君にそのこと知らせてあげようと思って電話した訳。」
「ウソだ、そんなはずない!」
絵梨香の言葉に弘毅はあわてて否定した。
「あの頃だって、私が入る隙間なんてあなたたち2人の間にはなかったわ。私の方が彼女なのにって何度思ったか。だから、別れるときに圭ちゃんとこに行けって言ったげたのに…」
そうだ、あの時絵梨香はそういって俺を振ったんだ。絵梨香にそんなこと言われて振られたからって、ほいほいと圭子んとこなんかいけるかよって思ってたし、当時あいつには彼氏がいた。…弘毅はその当時のことを思い出して、少し苦い気持ちになった。

「ねぇ、私の結婚式の日、圭ちゃんを迎えに来ない?今から男の弘毅くんを招待者リストに加えるなんてムリだから、終る頃を見計らって迎えに来て一度ゆっくりと話し合ってみなさいよ。案外、友達の幸せを見たすぐ後なら、意地っ張りの圭ちゃんだってきっと本音が出ると思うな。」
「本音ねぇ…」
そんなもん本当にあるのだろうかと弘毅は思った。
「たぶん…高校時代の友達で残ってるのは後ナナだけだし、ナナはよっぽどじゃないと結婚しなさそうだから、これが最後のチャンスだと思うわよ。素直になりなさいよ、でなきゃあのとき私が泣く泣く引いた意味もなくなるじゃない。」


「絵梨香にそう言われて、俺は結婚式が終るのを待って圭子を俺の部屋に誘ったんだ。最初は真面目にコクるつもりだったんだぜ。でもさ、あいつってば、何かって言うと絵梨香、絵梨香って…俺、何かかぁーっと頭に血上っちゃってさ、『お前俺のこと嫌いか?!』ってつい怒鳴っちまって…で、嫌いじゃないって言われたらもう、止まんなくなっちゃってさ。…力づくでいっちまった。」
弘毅はそこまで話してため息をついた。
「その後、圭子はメアドは変えるし、着信まで拒否しやがるしで…やっぱり俺の一方通行だったんだって、嫌いじゃないって言ったけど、好きでもなかったんだって後悔した。けどさ…」
「けど?」
「3ヵ月もシカトしていきなり呼び出してきたと思ったら、態度変わってやんの。『子どもができたらから産んでもいいか、迷惑じゃない?』ってな。惚れた女が自分の子どもを産むんだぜ、迷惑なもんかよ。できたって聞いた時、産みたくないって言うのかと思って、説得しようかと思ってたくらいなのに、正直気味悪いくらい素直になってやんの。」
その時のことを思い出したのだろう、弘毅の顔は急激に緩んだ。
「でさ、急に変わるのって変だろ。だから、何でかって聞いたら、小百合ちゃんに自分の本当の気持ちを正直に出せって言われたらしいんだ。俺は絶対に喜ぶからって。小百合ちゃんがそう言ってくれなかったら、あいつずっと俺に言わなかったかもしんないからさ…ホントありがとう。」
弘毅はそういうと洋介に頭を下げた。


満月(フルムーン)に焦がれて12

「けどさ、やり方は確かに間違ってるかもしれねぇけどよ、これは俺と圭子の問題だろ?何でお前に殴られる(しかも泣きながらな)理由があるんだよ。今度はお前が説明しろよ。」
「桜木…お前、圭子さんに絶対に言わないと約束できるか?」
もともと険しかった今日の洋介の表情がさらに険しくなる。弘毅は思わず息を呑んだ。
「圭子といい…つくづく俺って軽いと思われてんのかな。お前がそう言うんだったら、言わねぇよ。」
「小百合は子供を産めない。」
そして続いて吐かれた洋介の言葉に弘毅は一瞬自分の耳を疑った。
「今、何て?!」
「小百合は子供を産めないんだ。できないわけじゃない、実は妊娠は2回している。どちらも流産した。」
「3度目の正直って言葉もあるだろ?」
2回位の流産は他にも聞く話じゃないか…
「病気が流産の原因なんだ。できても流産しやすい。運よく育っても今度は妊娠中毒症になる確率が非常に高くて、母子共に命の危険が伴うと医者に言われた。」
「そんな…バカな…ウソだろ?」
「ウソや冗談でこんなことを俺が言うと思うか。」
弘毅は勢いよく首を横に振った。
「ゴメン…俺の悪い頭じゃ何て言ったらいいかわかんないけど。」
弘毅は急に冷たい水を浴びせられたような気がした。一気に萎れてしまった弘毅を見て洋介は、
「俺も殴って悪かったな。俺たちにとってタイミングが悪かっただけで、お前たちそれで前に進み出せるんなら喜ばしいことなのにな。今が一番大事な時期だから、お前圭子さんをくれぐれも大事にしろよ。」
と言って、この日初めて笑顔を見せた。
「ああ、もちろん。それと、俺たちがお前らのためにできることがあったらどんどんと言ってくれよ。こんな俺は何にもできないだろうけど、圭子ならいろいろしてやれると思うし。」
弘毅は、彼らのために何もしてやれないであろう自分が腹立たしかった。

温度差-満月(フルムーン)に焦がれて13

温度差


そして、小百合が洋介に離婚届を突きつけたのは、弘毅と圭子の一件があったおよそ4ヶ月後の事だった。
「何故、2人じゃ駄目なんだ。」
「私は子供が欲しいの。」
「なら、養子縁組でもするか?それは前にお前が嫌だと言ったんだろ。」
養子縁組をするとなれば、他人はともかくお互いの両親には小百合の病気のことを知らせねばならない。彼女はそれを理由に、洋介が切り出した養子縁組の話を受け入れようとはしなかった。
「私は自分で産みたいの。」
「バカな事、言わないでくれ!」
洋介は小百合を叩くことができず、側にあった机を叩いた。バンッと大きな音が響く。
「バカな事なんかじゃないわ。私、つい最近ラジオで同じ病気の人が子供を産んだって葉書を読まれているのを聞いたわ。一旦薬を抜いてしまって、それから…いろんな生活制限はあるけど…それでもちゃんと産んだって…」
「それはたまたまその人が上手く行っただけだろ!」
そうだ、誰もが同じ結果になるとは限らない。洋介はそう思った。
「それはそうかもしれないけど、可能性があるならかけたいの。」
小百合は洋介を振りほどいて、彼の目を見てこう言った。
「ねぇ、お願い…1年、ううん半年でいいわ。それでできなければあきらめるから。結婚してから3年以上経つと妊娠確率も減るとか聞くし、これが最後のチャンスだと思うの。だから、お願い!」
「駄目だ!」
洋介は小百合の目を見ていられなくなり、目線を外して答えた。
「聞いてくれないんだったら、私家を出るわ。そうよ、離婚しなくても出れば良いのよ。」
「どうしてそこまでする必要がある!」
「お願い、もう一度だけ…チャンスをちょうだい…」
そのとき、リビングの時計が、午前2時を知らせるオルゴールを奏でた。

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満月(フルムーン)に焦がれて14

-子供を産みたい-
小百合は頑として譲らなかった。しぶる洋介を尻目に荷物をまとめる準備まで始めた。

「小百合、お前死にたいのか?」
「今のままでも私にとっては死んでるとの同じだわ。だったら命をかけても良いと思わない?」
そこまでして俺は子供なんて要らない!洋介は心の中で叫んだ。
「どうして、そんな風に考える!もしものことがあって残される俺のことは考えてくれないのか。」
「どうして私が死ぬことばかり考えるの?100%ダメだって決まってないのに!」
「俺にはそんな博打みたいなことはできない。第一、俺と子供とどっちが大事だ!」
洋介がそう言うと、小百合はひどく悲しい顔をしてこう言った。
「そんな言い方しないで…誰の子どもだからじゃない、あなたの子供だから産みたいの。」
もう、堂々巡りだった。
普段はおとなしくて、洋介に反論などしない小百合の、どこにこんな頑固で強い部分がが隠されていたのだろうかと、洋介は思った。
そして、洋介は震えながらもう一度小百合を抱きしめた。
「頼む…頼むから俺を1人にしないでくれ…」
「1人になんかさせないわ。絶対に大丈夫だから…信じて?私、絶対に元気であなたに赤ちゃんも抱かせるから…お願いだから…」

勝てない…と洋介は思った。

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計画-満月(フルムーン)に焦がれて15

計画

結局洋介が折れる形で小百合は医師に内緒で薬の服用を止めた。

薬を止めた途端急激に元の状態に戻るものではないだろうが、薬の余韻がなくなる頃には元にもどるのではないか…そうなれば何があってもこの計画は聞き入れるわけにはいかない。洋介はそれだけは譲れないと念押しした。

祈るような気持ちで定期健診に臨む。小百合は最初こそ少しデータを悪くしたものの、奇跡的に小康状態を保っていた。

そんな中、圭子が男の子を産んだ。サッカー好きの弘毅はその子を周人と名づけた。
「かわいい~!おケイちゃん、私ももうすぐ追っつくからね。」
祝いに駆けつけた小百合は、破顔で周人をあやしながらそう言った。彼らの秘密の計画を知らない弘毅はその姿に胸が痛んだ。

そして、その3ヵ月後のことだった。
「ねぇ、弘毅。サユ入院したって。切迫流産だってよ。子供はなんとか無事だったって、洋介さんから電話があってさ。」
仕事から帰ってきた弘毅に圭子がそう言った。
「あのバカ!なにやってんだ。」
それを聞いて思わず弘毅はそう口走ってしまった。
「へっ、何?」
それを聞いた圭子は意味が解からず聞き返した。
「ああ、何でもねぇよ。ちょっと、行って来るわ。」
「今帰ってきたとこなのに…どこ行くの?」
「ちょっと…すぐ帰るから。」
弘毅は圭子から離れて洋介に電話をするため、外に出かけた。

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満月(フルムーン)に焦がれて16

家を出て少し歩いた所で、弘毅は洋介に電話を入れた。
「洋介、今いいか?」
「今、病院にいる。電話できるところまで移動するから、ちょっと待ってくれ。」


「お前、何やってんだ?」
「あ、ああ…」
開口一番そう言った弘毅に、洋介は何が言いたいのかを一瞬で理解したようだった。
「お前、あん時俺を殴ったよな。殴っといて、何でこんなに簡単にドジ踏むんだよ。」
「失敗した訳じゃない、これは小百合の希望だ。」
嫁の希望って…それ何だ!
「希望?いくら小百合ちゃんが希望したって、お前がやらなきゃこんなことにはならんだろーが!」
「俺が手をださなきゃ子供なんてできない、そうだよ!それが正論だ。だが、俺たちの気持ちはこともなげに子供を作ったお前には一生わからんさ!!」
弘毅の言葉に洋介は吐き捨てるようにそう言った。
「俺との交わりが惨めになるからって、夜中に離婚届突きつけられて、子供産むのを取るか離婚を取るか迫られてみろ!自分の今の人生は死んだも同然だとまで言われて…それでもお前は子どもは要らないと突っぱねられるか?!」
弘毅は、軽々しく電話するんじゃなかったと思った。洋介と小百合の性格を考えればアクシデントで妊娠するなどということはあり得ないだろうと判りそうなものじゃないか。
「洋介…ゴメン。俺ってホントにバカだよな。」
弘毅は今一度洋介に殴られたような気がした。
「けどさ、他人になれば、そういうことから解放されるんなら、離婚しても良かったんじゃないか?」
「お前…小百合にそんな小器用なことができると思うか?俺が素直に離婚届に判を押したとしたら、家を出てあいつはたぶんどこかで死ぬよ。」
「まさか?!でも、小百合ちゃんの性格ならありそうで怖いな。」
洋介の言葉に反射的に否定したものの、自由になった小百合が荷物を抱えてふらふらとどこかに消えてしまう姿を想像して、弘毅は思わず身震いした。
「お前も、そう思うだろ。俺は小百合を失いたくない。だから、かけるしかなかったんだ。」
弘毅の耳に悲痛な洋介の声が響く。

「なぁ、それって俺たちのことが原因なのか?」
それから、弘毅は自分が一番聞きたかったことを舌に乗せた。
「それは、気にしなくて良い。あいつと同じ病気の人が困難を乗り越えて子供を産んだと知って、自分もと思ったらしい。」
それならいいけど…と弘毅は思った。それから、洋介は咳払いを1つして、
「勝手なことばかり言うようで悪いが、圭子さんに小百合の支えになってもらえるように頼んでくれないか。」
と言った。
「んなもん、言わなくても圭子は小百合ちゃんの面倒を看るさ。俺は下手なこと、言わない方がいい。」
俺からそんなこと言ったら、絶対に不自然だと弘毅は思った。
「じゃぁな。」
「わざわざ、ありがとう。」

弘毅は電話を切ってから、この重い心のままでは帰れない。今帰れば簡単に圭子に気付かれて、圭子にいきなり外に出たことの説明を強要されてしまいそうだ。もう少しその辺を歩かなければと思った。


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満月(フルムーン)に焦がれて17

小百合は約1ヶ月間入院し、一旦自宅に戻ってきた。
戻ってからの彼女の一番の悩みは洋介の食事の用意だった。彼女は入院と同時に減塩食になっていた。だから、彼女は洋介のための食事を味見をすることができないのだ。彼女は味見だと割り切ってそれを口にできるようなのんきな性格ではない。

それで、彼女はかなり悩んだ末、洋介の母親にだけはこの事を打ち明けた。本当なら自分の母に相談すべきなのだろうが、自分の母親より洋介好みをよく知っているし、洋介もそのほうが後々気を遣うことが少ないだろうと思われたからだ。それに、自分の母に話したらもしかしたら自分以上に母は苦しむのではないだろうかとも思ったからだ。自分が過去2回の流産のときに、誰が何を言おうが自分を責めてしまわないといられなかった様に…

「よく、決心してくれたわね。」
「食べるのは毎日のことなので、黙ってはいられないって思いました。私が作れないからって、洋介さんに外食ばかりさせたら、今度は洋介さんが体を壊してしまうと思ったら、お義母さんにお願いするしかなくて…私のわがままですいません。」
「わがままじゃないわよ。任せてちょうだい。でも、洋介もほんとに幸せ者ね。」
遠慮がちに言う小百合に義母は笑顔で承諾した。
「幸せ者ですか?」
「だって、そこまでして自分の子供を産もうとしてくれる奥さんなんてそうそういないわよ。」
義母の言葉に小百合は首を傾げながら言った。
「そうでしょうか。洋介さんにはやっぱり止めとけば良かった、心臓に良くないって毎日言われてますけど。」
それを聞いて義母はふきだしながら言った。
「あの子はあなたを失うのが怖いのよ。昔っから気が弱いんだから。もう戻れないんだから、どーんと構えてないとあなたも不安よね。」
「いえ…私が言い出したことですから…」
「じゃぁ、何としてでも親子3人でくらさなきゃね。」
「はい。」
何としてでも親子3人で暮らしたい。小百合は改めてそう思った。

それで、洋介の母はしばらく彼らと同居することとなった。洋介の食事のための選択であったが、結果的に義母の協力を得ることで小百合の負担はさらに軽減されることとなったのだ。

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満月-満月(フルムーン)に焦がれて18

満月


徹底した食事管理、可能な限りの休息、胎児に影響が少ない治療が功を奏して、小百合は週数を重ねていった。薄氷を踏む思いで2人はそのときを過ごした。


小百合は30週のときの検診で、切迫早産の兆候が現れたため、その場で即入院、絶対安静を言い渡された。

それで連絡を受けた洋介は入院のための荷物を持って飛んできた。

洋介はその荷物を手際よくロッカーに入れながら言った。
「小百合、お前に1つだけ絶対に守って欲しいことがある。」
「何なの?いきなり。」
すると洋介は真顔でこう言ったのだった。
「俺より先に死ぬなよ。」
「何それ。」
まじめな顔で何を言い出すかと思ったら…小百合は吹き出してしまった。
「1日でいいから。俺より先に死ぬなよ。もし、先に死んだら俺は承知しない。」
洋介はあくまでも真剣だった。小百合は笑い続けた。
「何か昔にそんな歌なかったかしら?でも、死んだら叱られても私わからないわよ。あなたを残して死のうなんてこれっぽっちも思ってないけどね。」
小百合は大笑いしていたが、その目にはいつしか涙があふれていた。。
「約束してくれ。」
「…ええ、約束するわ。」

35週目に入った時、小百合の血圧は急激に上がり始めた。そのため即刻、帝王切開で彼女は女の子を産んだ。

2120gの小さな命は無事産声を上げ…小百合も出産後の後遺症はなかった。

クリスマスを間近に控えたその時期に生まれた待望の娘を、洋介はフランス語のクリスマスを意味する乃笑留(ノエル)と名づけた。そして、家族の笑顔がいつまでもあるようにと悩みぬいてその字を当てた。

「お前は私たちの救世主だよ。」
洋介は保育器で眠る娘にガラス越しにそっとささやいた。






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満月(フルムーン)に焦がれて19

見舞いに訪れた弘毅は、洋介と2人で乃笑留をガラス越しに見ていた。
「おっ、やっぱり女の子は泣き方まで違う。かわいいよなぁ~、次は女がいいなぁ…あ、ゴメン。」
弘毅は軽々しく次の子供のことを口に出してしまった事を反省した。
「いちいち気にするな。ウチはこの子1人で充分だよ。俺は2度とあんな思いはゴメンだ。」
それに対して、洋介は手を振りながらそう答えた。
「にしても、小百合ちゃんホントに頑張ったよな。」
「ああ、俺には到底真似できない。一度、小百合の食べているものをつまみ食いしたことがあるんだ。ほんとに味があるようないような…よくこんなものを食べてるっていう味だった。でも、それをあいつは実に旨そうに食べてたんだ。」
「へぇ。」
「で、そんなもん旨いか?って聞いてみたんだよ。そしたら、『これが赤ちゃんを育てるのよ。そう思ったらものすごく美味しいわ。』って平然と答えたんだ。」
「男には理解できねぇなそういうのって。」
「そうだろ。」

それから、洋介は弘毅に頭を下げてこう言った。
「桜木、今度のこと、本当にありがとう。」
「何で。お礼なんて言われるようなこと俺、何にもしてねぇぜ。」
何も役に立ってないだろ…弘毅はそう思った。
「いや、お前に愚痴や不安を言うことで俺はずいぶんと救われたよ。押しつぶされずにここまでこれた。」
「ははは、なんだか照れるな、そういうのって。お礼ってんだったら、いっそのこと乃笑留を周人の嫁にくれるか?乃笑留は間違いなく美人になりそうだし…」
弘毅にそう言われた洋介は笑いながら、
「断るよ。圭子さんに似ればともかく、お前のDNAを色濃く受け継いでたら、乃笑留は間違いなく苦労するからな。」
と言った。
「おまえなぁ…昔はともかく、今は圭子一筋なんだぜ、俺。」
「それは、圭子さんの操縦が上手いって事だろうが。」
弘毅の言葉に洋介はニヤニヤ笑って返した。
「どうせ俺は尻に敷かれてるって言いたいんだろ。けどさ、お前だって結局小百合ちゃんの言いなりじゃねぇか。」
「ま、そうだな。」
「女には勝てねぇんだよ。」
女には勝てない-勝てない方が幸せだってことなんだろうと、弘毅は思った。勝てなかったからこそ、こんなことで笑い合える。だったらそれでいいじゃないかと。

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genre : 小説・文学

恋人-満月(フルムーン)に焦がれて20

恋人


「これが『面倒だから子供は要らない』なんて言ったのと同じ人なのかしらね。」
「えっ…俺そんなこと言ったかな。は~い、乃笑留ちゃんミルクでちゅよ~。」」
洋介は乃笑留を抱いている小百合に、ミルクをそう言って渡した。
乃笑留を産んだ後、初乳だけは飲ませたものの、小百合は投薬を再開しなければならなかったため、それ以降母乳を乃笑留に与えることができなかった。まるでセンサーでも付いているのかと思うほど乃笑留が泣くたびに小百合の乳は張る。その度小百合の胸は痛んだ。
「俺は却って良かったと思ってるよ。」
それに対して洋介はそう答えた。
「どうして?」
「ミルクなら俺にでもできる。おっぱいは俺には逆立ちしたって無理だからな。その間完全に大事な恋人を独り占めされるしな。」
「恋人って…私より乃笑留の方が大事なの。『俺を1人にしないでくれ。』って言ったのは一体誰?」
「バカだな、俺はお前にも乃笑留にもどっちもヤキモチ焼いてるんだよ。俺が入る隙なんてないのが悔しくてな。」
普段はシャイな洋介なのだが、乃笑留のことが絡むと時々、小百合が恥ずかしくて赤くなるようなクサイセリフを平気で言うようになった。

小百合は本当に乃笑留を産んで良かったと思った。そして、こんなとろけるような顔で娘を見る夫の姿を自分の目で見ることができたことを感謝せずにはおれなかった。

何も特別なことなんてなくて良い。今の幸せをいつまでも…と小百合は思った。

絆-満月(フルムーン)に焦がれて21




洋介たちは乃笑留が2歳の時に引越しをして弘毅たちと同じ町に住むことになった。たまたま条件のあうものがそこにあったというだけなのだが、両家の家族ぐるみの付き合いはさらに深まった。まるで、本当の両親の他にもう一組両親ができたかのように、子供たちは親の名前にパパママをつけて、周人は洋介パパサユママ、乃笑留は弘毅パパ圭子ママと呼ぶようになっていった。

そしてそれから1年後弘毅夫妻に第二子清華(さやか)が生まれた。赤ん坊に手が取られる圭子のために、小百合たちは周人を預かることもよくあった。
「ごめんね、ホントどっちの子供だかわかんないわよね。」
圭子がそう言った時、
「いいわよ。ウチの子供みたいなものだと思ってるし。実はね、おケイちゃんから周人くんができたって聞いた時、要らなきゃ私にちょうだいって言おうとしてたのよ。」
小百合は冗談ごかして、そう笑って答えた。
「ああ、あの時…」
弘毅に対して素直になれなかった私を、サユが一緒に泣いて励ましてくれたんだったと、圭子は当時を思い出した。すると小百合は圭子に向ってこう言った。
「ありがとう、おケイちゃんが背中を押してくれなかったら、私乃笑留を産んでなかったと思うの。」
「へっ?」
圭子はその時、小百合のその言葉の意味が理解できなかった。
「何でもないわ…今の話は忘れて。清華ちゃん起きちゃったみたい。」
小百合はそう言うと起きて泣き出した清華を抱き上げてあやし始めた。

「あの時、サユ何言おうとしてたんだろ、分かんないんだよね。」
しかし、そう思いながら昼間の話を夜、弘毅に告げると弘毅の顔がにわかに曇った。
「洋介はああいってたけど、やっぱり、俺らが原因だったんだな…」
つぶやくようにそう言った弘毅の言葉に、圭子は驚いて聞き返した。
「弘毅、あんた何か知ってんの?」
「ああ、洋介には絶対にお前には言うなって口止めされてたんだ。けど、乃笑留もちゃんと生まれてきたんだし、もう時効だよな…」
そして弘毅は圭子に、洋介夫妻が危険をおして乃笑留を儲けたことを説明した。
「ウソ…だからサユあの時泣いてたんだ…弘毅が子供は要らないって言ったらちょうだいって…そう言おうとしてたって…」
話を聞いて、圭子は涙を流した。
「泣くなよ。誰も不幸にはならなかったんだから、いいじゃん。」
「そうかもしんないけど…なんかあの時のサユの気持ちを考えたら胸、痛くて…私。」
弘毅は圭子の頭を優しく叩きながら、
「それで、乃笑留が生まれてきたんだから。おまえは相談して良かったんだよ。そう、今が良きゃそれで良いんだよ。」
と言った。





満月(フルムーン)に焦がれて22

乃笑留は6歳になった。

「ねぇ、パパ見て!」
乃笑留は出来てきたばかりの小学校の制服を着て洋介の前でくるりと回って見せた。
「それを着るとすっかりお姉さんだな。」
洋介はすっかり目じりを落としてそう言った。
「えへへ…早くお兄ちゃんとがっこ行きたいな。」
お兄ちゃんと言うのは周人のことだ。
洋介は背筋を伸ばして
「出席を取ります。木村乃笑留さん。」
と先生の真似をしてみせた。
「はい!」
乃笑留がそれに対して元気に返事をする。
「いい返事だ。いい子だよ、乃笑留は。」
洋介はそう言うと、乃笑留を抱きしめて頭をなでた。
「はいはい、そのくらいにして。乃笑留、汚してしまわないうちに早く脱いでちょうだい。入学式にヨレヨレの制服なんか着たくないでしょ。」
小百合はそんな2人の様子を見て苦笑しながら乃笑留にそう言った。
「はーい。」
乃笑留は返事して着替え始めた。

「この姿お義母さんに見せたかったわ。」
ぽつりと小百合がそう言った。
「そうだな…」
洋介が相槌を打って唇を軽く噛み締める。洋介の母は前年に癌で亡くなっていた。あの時義母がいなければ乃笑留は無事に生まれていたかどうか、自分もこうして生きていたかも判らない。それだけに孫の晴れ姿を1つでも多く見て欲しかった…小百合はそれが残念だった。

「でも、俺は何か複雑だよ。」
ハンガーにかけられた乃笑留の制服を見ながら洋介はこう言った。
「どうして?」
「乃笑留が生まれたとき、桜木にあの子を周人の嫁にくれって言われたんだよ。何か今、確実にその方向に行ってるような気がしてさ。」
「あなたたち生まれたばかりの赤ちゃん見ながらそんな話してたの?」
男の人ってどうしてこうとんでもなく先の話を、まるでリアルタイムのように会話できるのだろう。小百合はそう思うとおかしかった。
「あの時、俺断ったんだよ。『お前のDNAを色濃く受け継いだら乃笑留が苦労するから』ってな。」
「断ったの?」
「実は、赤ん坊のときからかっさらわれてたまるかって思ったからだけど。」
それって、まだ赤ちゃんの周人くんに洋介さんヤキモチ焼いてたってことじゃない?これじゃ、大きくなって周人くんが乃笑留を本当にお嫁さんになんて言ったら、この人一体どんな顔をするのかしらと小百合は思った。

「ちょっとレンタルショップに行ってくるよ。」
その後、洋介はそう言って外に出たままなかなか帰って来なかった。
どうしたのだろう…そう思いながらリビングの乃笑留の玩具をおもちゃ箱の中に入れたとき、電話が鳴った。
「はい、木村です。」
「もしもし、木村洋介さんのお宅ですか。」
耳慣れない男性の声だった。
「こちら○○中央病院なんですが。洋介さんが事故に遭われました。至急来てください。」
あまりに突然なことで、小百合はしばらく電話の意味が理解できなかった。それでも、ようやく怖ろしいことが身に起こったのだと解かったとき、小百合は世界が曲がって沈み込んでいくような感じがして、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「木村さん、木村さん…」
「はい…わかりました。すぐ、参ります。」
そう答えるのがやっとだった。

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洋介の事故-満月(フルムーン)に焦がれて23

洋介の事故


洋介は自転車でレンタルショップに向かう途中、歩道にものが散乱している箇所があった。彼は自転車から降りてそれらを避けながら歩道を歩けば良かったのだ。しかし、洋介はそれをしなかった。彼は、一旦車道に出て、ゴミをやり過ごして歩道に戻るコースをとろうとした。そこに、折悪しく速度超過して走って来たバイクに接触、4mも飛ばされて中央分離帯に激突した。
後々状況を聞いた小百合が思わず首を傾げたくなってしまうくらいの、夜で車通りが少なく見通しが利かないとは言え、慎重な洋介にはあり得ないと思われるくらいの「魔が差した」としか思えない瞬間だった。

何故?何故なの!小百合は病院に向かうタクシーの中で震えながらそうつぶやいていた。
『ここなら車なんてなくたってそう不便じゃないだろ。』
洋介さんはいつ人を傷つけるかもわからない車が大嫌いだった。地方出身の彼は、
『折角都会に住んでるんだから、車を極力使わないで済むに越したことはない。』
今の家を選ぶ際のかなり優先順位の高い理由にそれを挙げたくらいだ。そんな洋介さんがどうして車に傷つけられなくてはならないのだろう。彼女は隣に座っている乃笑留を自分の許に引き寄せて、横からギュッと抱きしめた。そうしないと彼女の心はバラバラに砕けてしまいそうだった。

病院についてから小百合は、その悲惨な現実に打ちのめされながらも、とりあえず義父や彼女の両親、圭子のところには電話を入れた。電話を受けた誰もが、
「頭蓋骨を骨折、脳内に出血がかなりあり、緊急手術で頭を切開している。」
という状況に絶句するしかなかった。


「小百合ちゃん、洋介は?」
圭子から連絡を受けた弘毅は病院にすぐさま駆けつけた。
「まだ、手術中…」
弘毅の声を聞いて一度目を上げた小百合だったが、また目線を床に落として、彼女はつぶやくようにそう答えた。
「圭子が、とりあえず乃笑留を預かってこいって。まだ、どれだけかかるかわかんねぇんだろ。清華がいるから私にはこれくらしかできないって。洋介のお袋さんが生きていてくれりゃ良かったんだけどな。小百合ちゃんとこは、充君とこで今大変だろって。」
小百合の弟充はつい先日子供が生まれたばかりで、小百合の母は実母のいない嫁の面倒を見ていてすぐさま対応ができないだろうというのが圭子の考えだった。
「あ…ありがとう…」
「じゃぁ乃笑留、弘毅パパの家に行こうか。」
「あ…」
小百合も乃笑留を長い間病院で置いておくより、その方が良いとその申し出に感謝したのだが、いざ弘毅が乃笑留を連れて行こうとした時、彼女は言いようもない不安感に襲われて思わず声が出てしまった。
「小百合ちゃん、頑張れよ。」
弘毅はそれに対して、そう声をかけた。内心何を頑張るんだと自身にツッコミを入れながら。小百合は無言で頷いた。

乃笑留も弘毅に手を引かれながら、何度も何度も振り返りながら病院を後にした。




そして…洋介は手術後も意識が回復することもなく、3 日後36歳の若さで帰らぬ人となったのだった。






約束-満月(フルムーン)に焦がれて24

約束


洋介は病院からそのまま近くのセレモニーホールに移された。

『1つだけ絶対に守って欲しいことがある。俺より先に死ぬなよ。1日でいいから。』
小百合の耳に洋介の真面目くさった励ましの言葉が今もしっかりと残っていた。絶対に彼に赤ちゃんを抱かせたい。それをこの目で見るんだと笑いながら泣いたあの時のことを、小百合はついさっきのことのにはっきりと思い出せた。

そう言えば、洋介さんは昔から約束事に煩かった。どんな小さな約束でさえ、彼女は破られた記憶はなかった。
でも、約束だからって、こんなに早く守ることなんてないのに!と彼女は思った。乃笑留が大人になって、成人式の晴れ姿を見て、結婚して(相手は周人くんかしら)孫が生まれて…それから後でも私、充分約束を果たせる気がするわ。
小百合は乃笑留の成人式やとか結婚式・出産など、そういう遠い先の話で何か彼と約束していなかったことを悔んだ。荒唐無稽と言われるかもしれないが、何か1つでも約束していれば、律儀な洋介はたとえ何か障害が残ったとしても、よしんば植物状態であったとしてもそこまで必ず生きていてくれたような気がした。もしかしたらこの事故さえなかったかもしれない。

そこに弘毅たちが乃笑留を連れて現われた。
「サユ…大丈夫…なわけないか…」
「おケイちゃん…」
小百合は圭子の顔を見た途端、それまで一旦は止まっていた涙がまたあふれて止まらなくなった。

圭子がたまたま用事のついでに誘ってくれなければ、洋介さんとの出会いはなかった。そして、桜木さんとおケイちゃんの一件がなければ、寂しさをもてあましながら、今も2人での生活をして…
「乃笑留…」
小百合は乃笑留を抱きしめると、周りが驚くほど大きな声で泣いた。

洋介さん、ごめんなさい。本当は私と同じ病気の人なんていなかったの。おケイちゃんのことがうらやましくて、どうしてもあきらめきれなくなっていろいろ調べて、薬を抜いて厳しい生活制限を自分に課せば何とか産めると確信しただけだったの。乃笑留が生まれた後も言えないまま…とうとう言えなかった。
ねぇ、私は間違っていたのかしら。あなたが心を遺しながら去らなきゃならないことを選んだこと。
本当は今すぐあなたのところにいって謝りたい。でも私のことを心から心配しながらそれでも産むことを許してくれたこの子がいるから…私、まだいけない。

そうだわ、あなたは私を一生幸せにすると言ってくれた。
あなたは去らなきゃならないのをどこかで知ってたのかもしれない。だから、あなたが去った後も私が笑っていられるようにこの子を遺してくれたんだ。
-いつまでも笑っていられるように-と名前を付けて…

洋介さん、本当に最後まで約束を守ってくれてありがとう。
私、明日からは元気になるから…だから、今は…今だけは泣かせてね。
小百合はその日、自分が体の中にこんなに水分を持っていたのかと思うほど泣き続けた。








theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

満月(フルムーン)に焦がれて25

夜遅く、乃笑留は洋介の棺の前で泣くでもなく身じろぎもせず、まるでお人形の様にじっと座っていた。
「乃笑留、人がたくさんいるところではお利口さんにしてないといけないよ。」
パパはいつもそう言っていた。パパの言うことを聞いたらもしかしたら
「乃笑留はホントにいい子だね。」
とパパがいつもみたいに優しく頭を撫でてくれるかもしれない。
もうそんなことはありはしないのだと幼い頭ででも何となく判ってはいるのだが、乃笑留はそれでも大好きなパパの言いつけを破る気にはならなかった。

そこに周人が来た。弘毅夫妻が家に帰ると言った時、周人は頑としてここに残ると言い張った。
それで、圭子が渋る中、弘毅は、
「お前がサユママと乃笑留を守ってやるか。」
と言って、洋介や小百合の親戚たちに断りを入れて周人を置いて帰ったのだ。

「乃笑留、大丈夫か。」
周人は乃笑留の隣に座った。乃笑留は黙ってこくりと頷いた。
それから周人は答えてくれるはずもない棺の中の洋介に向かって言った。
「これからは洋介パパの代わりに乃笑留を僕が守るから。ずっと守るから…安心して。」
周人は答えてくれないとは解かっていても、洋介の体がある内にそれだけは言っておきたい、言っておかなければならないと思っていた。

「お兄ちゃん…」
お兄ちゃんはパパに何が言いたいのだろう、乃笑留はそう思った。
「乃笑留、これからはお兄ちゃんって呼ぶな。」
すると、周人は乃笑留を見ないで洋介の方を向いたままそう言った。
「どうして?」
「どうしても。」
7歳の周人には、言葉でそれを上手く説明することはできなかった。でも、お兄ちゃんではいたくはなかった。
「じゃぁ、どう呼べばいいの?」
「周人でいいじゃん。」
周人はそう言ったが、さすがに1学年上の周人を呼び捨てにすることは乃笑留にはできなかった。
「ねぇ、周ちゃんでいい?」
「うん、それでいいよ。」

その後…2人は手を握ったままずっと洋介の棺を見つめ続けた。

乃笑留は告別式に小学校の制服を着て参列した。『お姉さんになったね』と言ってくれたパパへの最後の贐にと頑として譲らず、小百合もそれを許したのだ。

身に合わぬ大きな制服で健気に大人でさえ退屈に感じる空間にいることが参列者の涙を尚更誘った。


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genre : 小説・文学

満月(フルムーン)に焦がれて26

洋介のことが落ち着いてすぐ、小百合は仕事を始めた。
洋介がいなくなった今、彼女は悲しむ暇もなく乃笑留との生活を支えなければならなかった。

専業主婦である彼女が、やれる仕事の幅は狭かった。そこで、彼女は寸暇を惜しんで資格を取り、2人で細々とでも生きられる仕事に転職を果たした。
まさに、目の回るような忙しさだった。しかし、考える余裕もないほどの忙しさは、彼女の悲しみを皮肉にも確実に軽減させていった。

今度はそんな小百合を弘毅たちが支えた。乃笑留は朝自宅から学校に行き、放課後は桜木家に帰り、そして夜帰る母を待つ。
帰る道すがら、乃笑留の学校での出来事などをきくのが小百合の一番の愉しみだった。

でも…何だか今でも既に乃笑留は桜木家の嫁みたいだわ。小百合は事故の直前に洋介が言っていたことを思い出した。

『折角育てたのにかっさらわれる』今はその感覚が解かる気がした。





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時間差-満月(フルムーン)に焦がれて27

時間差


洋介が亡くなってから9年の年月が流れた。

「ねぇサユ、乃笑留ちゃん北高で本当に良かったの?あの子ならもっと上狙えるでしょうに。周人が行ってるからなんじゃないの?」
乃笑留の県立高校合格の知らせを圭子にした小百合は、彼女からそう言われた。
「ウチは私立には行かせられないもの…そうなると先生も安全策って言うのかしら、何も言われなかったわよ。確かに、周人くんを追っかけてっていうのは否定できないんだけどね、1年間辛かったみたいだから。」
小百合はそういうとため息をついた。
「しっかし…あの2人、わが子たちながらよく飽きないと思うわ。既に長年連れ添った夫婦の貫禄?みたいなモノまであるもんね。」
「飽きるって…おケイちゃん、桜木さんに飽きたことあるの?」
圭子の言葉を聞いて小百合は笑いながらそう切り替えした。
「まさか?!飽きるとかそういうもんでもないか…確かに腹立つことは一杯あるけど、飽きるんじゃないわねそれって。…って、まだ高校生と中学生だよ、あいつら…だから、なんか調子狂っちゃうのよね。」
大人になることで、2人の関係は変わっていくのだろうか。圭子の返事を聞きながら、ふと小百合はそう思った。



-4月-

水嶋葵は校門を入ったところにたたずんでいる女生徒を見つけた。制服がまだ真新しいので、たぶん1年生なのだろう。彼女は時計を眺めてため息をついていた。その姿が小柄で子どもっぽい感じとは妙にそぐわなかった。
気になってしばらく見ていると、始業ぎりぎりになって走りこんできた同じクラスの桜木周人に彼女は近寄っていった。
「周ちゃん、遅いよ!」
「ゴメン、でも間に合ったから良いじゃん。」
口を尖らせていう彼女に、周人は手でゴメンのポーズを取りながら、笑って言った。
「ギリギリはイヤだって。はい、お弁当。」
彼女はそう言うと当然のように周人に手作りらしきお弁当を渡した。
「今日は何?」
周人はひょいと弁当箱を目の上まで上げて言った。
「卵焼きと…いちいち説明してる暇ないよ、もう教室に行かないとやっぱり遅刻になっちゃうじゃん。」
彼女は少し説明しかけたが、途中で足をじたばたさせてそう怒った。
「ああ…お前だんだん、洋介パパに似てきてねぇ?」
「そりゃ、娘だもん。似ないでどうすんの。もう、私、行くね。」
「おう。ありがと、後でな。」
そういうと2人はそれぞれの教室に向かって走って行った。あわてて葵もそれに続く。

-ああ、この子が問題の…-
と、葵は思った。

葵はアイドル系の容姿でサッカー部の周人に好意を持った。だが、彼女がそのことを周人と同じ中学から来たミソノに相談した時、ミソノは、
「葵、あいつはムリ、止めときな。」
と、即答であきらめるように言ったのだった。
「何で?」
「あいつもう売約済みだから。」
「は?売約済み?」
葵は思わず聞き返した。
「1年下に彼女がいるの。彼女っていうより奥さんって言った方が正しいって感じ。」
1つ年下ってことは中3だよね…中3で既に奥さんってあり得ないじゃん、そんなの。一体どんな娘なんだろ。葵はそう思っていた。

小柄でかわいい感じだけど、別にとんでもなく美人でもないし…どこが良いんだろと葵は思った。


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満月(フルムーン)に焦がれて28

乃笑留は家に帰りつくと、2人分の弁当箱を流しに放り込んで、ため息をついた。

周ちゃんを追って北高に入学してはみたけれど…
中学のときにでも、モテる周ちゃんといることで同性(とくに周ちゃんの同級生)からの風当たりはないことはなかった。でも、半分は小学校で一緒だったし、それほどでもなかったような気もする。

今、校内を周ちゃんと歩いていると露骨に視線が突き刺さってくることがある。
「アレ、桜木君の彼女?マジ?たいしたことな~い。」
そんな声まで聞こえてきそうだ。

特に、周ちゃんと同じクラスのあの人(水嶋さんだっけかな)は敵意さえ感じることがある。美人だし、圭子ママににた性格の彼女。最近、彼女と周ちゃんは最近体育祭の実行委員に選ばれたとかで、ずっと一緒に行動している。

ちょっと前に水嶋さんが、
「ねぇ、彼女とはどういう付き合い?」
と周ちゃんに聞いてた。周ちゃんは
「生まれたときからの付き合いだよ。父さんが洋介パパに生まれたばかりの乃笑留を俺の嫁にって言った時からのな。」
って答えていたけど、周ちゃん自身は今、私のことどう思っているんだろう。


パパのお葬式のときに言った、
『これからは僕が乃笑留を守るから、ずっと守るから…安心して。』
って言葉。周ちゃんはパパの事が大好きだったから、パパの代わりをしてくれようとしてくれてるだけなのかな。

だって今日…見ちゃったんだもん。周ちゃんが水嶋さんを抱きしめているところを…


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満月(フルムーン)に焦がれて29

乃笑留が最近おかしい…周人はそう思っていた。
毎日の弁当の受け渡しで、日に2度は会っている。でも、その時の空気が違うのだ。それまではついでに何かしら言葉を交わしていたのだが、最近は
「はい。」
と渡すだけでそそくさと去っていくし、空の弁当箱を受け取っても感想を聞かなくなった。前は煩いほどに聞いていたというのに。それで、
「最近、乃笑留おかしくない?」
と母や妹にきいてみたのだが、彼女たちは首を傾げるばかり。違和感を感じているのはどうも自分だけのようだ。

しかし、周人には乃笑留の態度が変わった理由に心当たりはなかった。
一度話し合いたい…そう思ったものの、どう切り出したらいいのかわからない。大体何を話し合おうと言うのだ。

このままじゃいけないような気がする。そう思いながら、いつもと変わらない日々を彼らは続けていた。



「桜木君、19日用事なにかある?」
周人は放課後校庭の隅で葵に呼び止められた。
「クラブの練習試合。」
大体運動部なんてテスト前ででもなきゃ休みに何かならないぞ。こいつそんなことも分かんないのかなと周人は思った。あ、やこいつ美術部だっけ…なら、仕方ないと。
「そっかぁ、練習試合…残念。じゃぁ次の祝日は?」
そんなもん当然休みじゃないと言いかけて、周人は顧問の都合で休みになったことを思い出した。
「あ、その日なら珍しく先生の都合で休みみたいだけど…それがどうした?」
それがどうしたと周人は思った。
「じゃぁ、一緒にどっかいかない?」
「えっ、何で水嶋と…」
周人はウザそうにそう答えた。水嶋とどっか行くくらいなら、乃笑留とちゃんと話しがしたい。それが周人の本心だった。
「何でかぁ、そんなの理由要るの?」
「理由がないなら断るよ。他にやることあるから。」
だから、そう言って周人はその場を離れようとした。
「あなたが好きだから、これは理由にはならない?」
しかし、葵のいきなりの告白に周人は思わず振り返った。
「水嶋?!」
「私、入学したときから桜木君がずっと好きだった。それで桜木君と同中のミソノに聞いたら彼女がいるって聞いてちょっとあきらめかけたんだけど、この間桜木君言ってたでしょ。彼女とは親が決めた付き合いだって。じゃぁ、まだ私にも見込みあるかなと思って。」
「そりゃ、乃笑留とは父さんが洋介パパにそう言ったのが最初だけど…」
周人がそこまで口にしたとき、後ろの校舎で誰かが走り去った。周人はその姿をチラっと見て血の気が引くのを感じた。あの少しウエーブのかかった細い髪は…乃笑留だ!
今の話を聞かれたか。別に、聞かれたって悪い話をしていた訳じゃないけど、これって聞き様によっては俺があいつのことを親から押し付けられているようにしか思えないんじゃないかな。もしかしたらこれがこの間からのあいつの態度の変わった原因なのか?そう思った周人は急にそわそわし始めた。
「言ったのが最初だけど、そんなのどうでもいいんだ。」
「どうでもいいって?」
葵は急に落ち着かなくなた彼にそう尋ねた。
「確かに親同士は赤ん坊の乃笑留を見ながらそんな話をしたんだって繰り返し聞かされた。でも、そうじゃなくても俺は乃笑留を生まれたときから、いや生まれる前からずっと好きなんだ。水嶋、悪いけど俺にとって乃笑留以外は女じゃない。今までも、これからも。」
そう言って、周人は乃笑留を追って走り出した。一刻も早く乃笑留を見つけて誤解を解きたい…彼の頭にはそのとき、そのことしかなかった。

葵はそんな周人のリアクションにショックを受けながらも半ば呆れていた。これがミソノの言う、『あいつはムリ、止めときな』の意味なのだと思った。それにしても、『乃笑留以外は女じゃない』って一体何?チープな恋愛コミックスじゃないって言うのよ、葵はそう思った。

「ばっかじゃないの、あいつ…」
そして葵は小さな声でそうつぶやいてみた。ちょっぴり寂しくはあったが、ここまでばっさり切られると案外清々しくもあった。










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満月(フルムーン)に焦がれて30

乃笑留は自宅にも周人の家にもいなかった。
(たぶん、あそこだ…)
周人は洋介がいなくなってから乃笑留がつらくなるといつも行く場所…自宅近くの公園に向かった。
彼女はやはり、その公園のブランコに座っていた。
「やっぱりここか…」
「ここにいちゃダメなの?!」
乃笑留はそう言うと周人から目線を反らせた。
「さっきの話、聞いてたのか。」
周人の質問に乃笑留は答えなかった。
「聞くのはいいけど、話は最後まで聞いてくれないと。お前なんか誤解してないか。」
「私が何を誤解するって言うの?!」
乃笑留は周人の言葉にヒステリックな語調で返した。やっぱり誤解してるじゃないかと周人は思った。
「親たちの約束があったかどうかなんて、関係ねぇだろ。あの時、俺が何でお兄ちゃんって呼ぶのを止めさせたと思う。」
あの時って…パパのお葬式のときのこと?そう思って乃笑留はブランコにすわったまま周人を見上げた。
「俺はお前のお兄ちゃんになんてなりたくない。ましてやパパになんてもっとなりたくない。男として乃笑留を守りたい、そういうつもりで洋介パパにもずっと守ると言ったし、だから、乃笑留にお兄ちゃんって呼ぶなって言ったんだ。ガキの俺には上手く説明できなかったけどな。」
「だって、水嶋さんには…」
それなら最初からそう言えばいいのに、パパたちのことばかり言うから…聞いてるの辛くなっちゃったんだもん。乃笑留はそう思ってふくれっ面になった。それを見て周人は声を荒げた。
「だから、最後まで聞けって!あの後、水嶋には約束があろうがなかろうが俺にとっての女は生まれたときから、いや、生まれる前から乃笑留しかいないって、そう言ってきた。」
「そんなの、ウソ…私なんか、周ちゃんとは全然つりあわないもん。」
しかし、周人は乃笑留から何の脈略もないと思われる言葉が返ってきたので耳を疑った。
「は?!」
「周ちゃんはカッコよくてサッカーも上手くて…一緒に歩いてると『何でこんな娘が彼女なの?』って声が聞こえるみたいで…そんな私が周ちゃんにそんな風に言ってもらえるなんておかしいよ。」
「何考えてんだ、お前怒るぞ!」
怒るぞって、もう怒ってるじゃんと乃笑留は思った。
「だから今言ったろ!俺にはお前しかいないって!他の奴がどう見ようがどう考えようがそんなこと関係あるか?!」
周人がそう言うと、乃笑留はまた俯いて、制服のスカートのひだを指でなぞりながら言った。
「それに…何日かまえに、周ちゃん水嶋さんのこと…」
「俺が水嶋に何か言ったか?」
「抱きしめてた…見たもん!」
そう言って乃笑留はまた顔を上げた。眼には涙が溜まっていた。
「そんなことしてねぇって!お前やってもないもん何処で見たって言うんだよ!」
周人にはまったく覚えがなく、乃笑留の言葉に眩暈がしそうだった。
「帰り道。新町の交差点で…」
乃笑留にそう言われてやっと思い当たった周人はいきなりげらげらと笑い出した。
「それ、水嶋がコケかけたのを支えただけじゃん。」
「えっ?」
「大体道の真ん中でそんなことする訳ねぇだろ、ちっとは考えろよ!やっぱおまえこのごろ変だよ。」
「だって…だって…」
こんな私は周ちゃんには釣り合わない、いつもそう思っちゃうんだもん。乃笑留がそう言おうとした時、周人は彼女の想像もしなかったことを言い出した。
「そんなこと言ったら、俺だって不安なんだぞ。お前んとこに面と向かって男子が寄って来ないのは、俺が睨み利かせてるからだって知ってるか?お前が中学に入ってきたとき、同小じゃない男子にかわいい娘がいるって何人かに言われて、それがお前だって分かった時、いつそいつの誰かがお前に寄ってくるかって気が気じゃなかったんんだからな。高校に入ってからは、何回留年してやろうかって思ったか。今年1年フケたら、同じ学年だって…でも、そんなことしたら、洋介パパがいたらそんなことをする周人くんを許さないって、サユママに言われそうだろ。だから、ぐっとこらえたんだって。」
「ウソ!」
乃笑留は周人の言葉をにわかに信じることができなかった。
「ウソじゃないってば!!どう言ったら解ってくれる…」
周人は心底困ったような表情をして、乃笑留をブランコから立たせて抱きしめた。
「これでどうだ?」
そして周人は乃笑留にキスをした。唇が軽く触れる程度だったが、それでも2人にとっては、その部分はものすごく熱を持っているように感じられて、あわてて離れた。
「これくらいなら…洋介パパも許してくれるよな。」
周人は照れながらそう言った。
乃笑留は涙が出るほど嬉しかったが、たぶんパパは許してくれないよと心の中で周人につぶやいた。







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