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異文化交流は難しい-希代の魔術師 1

 幸太郎氏と殿下との差し戻しの時間が迫っているので、私は早速彼に自動車なる物の動かし方の指南をお願いしました。
【そうだな、一台しかないんだから俺が教えるしかないか。壊したら後がないから慎重に運転しろよな。ま、野っ原走ってりゃ日本と違って事故ることなんてないけどよ。その内に転がし方も覚えっだろ】
幸太郎氏はそう言って快く引き受けてくれたので、私たちは自動車乗り込むためにグランディーナの城郭に向かいました。 
【鮎川様は並行世界(パラレルワールド)のことはご存じですか】
そこに向かう道中、私は幸太郎氏にそんな質問をしました。私が並行世界のことを説明したときに、彼があまり驚いていなかったからです。
【ああ、SFの常套手段ではあるわな】
彼はそう即答しました。
【やはり、あなたの世界ではそうして並行世界を行き来することが多々あるのですね。だから、お二人とも冷静でおられたと】
しかし、私がそう言うと彼は首をぶんぶん振りながらこう答えました。
【誰も、異世界トリップなんて経験しちゃいないさ。たださ、ウエブあたりではそういう物語が当たり前の様に存在してるからさ、まぁなんとなくそうなんだろうって妙な理解力だけはあったかもしれねぇけどよ】
【えっ、鮎川様の所では 紙に書かずに『蜘蛛の巣』に物語をかかれるのですか?】
なんと、あの進んだ世界では紙は使われないのか、驚いて私が尋ねると、幸太郎氏はあんぐりと口を開けたまま固まりました。
【おまえ、優秀なのか天然なのかどっちかに統一しろよ。『パラレルワールド』を知ってるんだったら、普通『ネット』のことも解るって思うだろ】
【もしかして、並行世界も、蜘蛛の巣も、網もそのままの意味に取ってはいけないんですか?】
私が首を傾げてそういうと、幸太郎氏は、
【当たり前だろ、全部コンピュータ用語だ。でも、そんなもん、この世界にないか……】
と、拳をプルプルさせて熱弁を振るったかと思うと、急にトーンダウンして、ため息をはいた後、
【だいたいこういうコンピュータ用語は語源が英語なのが悪いっ! 話が進まねぇ!!】
と声を荒げました。(本当に忙しい人です)語源と言うことは、どうやらそれは何かの比喩表現に使われているようです。
 そうこうしている内に私たちは自動車の前にたどり着きました。
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theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

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二ホン語は難しい-希代の魔術師 2

【さてっと、乗る前に服だな。おいお前、ちゃっちゃとこれに着替えろ】
 俺は車のトランクから宮本のスーツを取り出すと、女顔の魔術師(ビクトール)に放り投げた。奴はそつなく受け取りはしたが、顔が何故だと言っている。
【お前、ドッペルなんだから、宮本の服も着られるだろ】
【たぶん、着られるとは思います。ですが、先ほどから何度かお聞きします、ドッペルとはなんですか?】
【ドッペルってのはドッペルゲンガーじゃんかよ……人には全く同じ顔をした人間が3人いるっていう。英語じゃねぇのか?】
ビクトールはコクリと頷く。じゃぁ、何語だ?(作者注:ドイツ語です。ただ、それを唱えた学者はオラトリオにはいませんけどね)
【鮎川様の世界ではそういう風に言われているんですね】
【ああ、ちなみにそういう奴に全部あったら死ぬって言われてる。俺もあんたも一人目には出会っちまったから、もう一人には死んでも会わないようにしねぇとな】
 そんな無駄話をしながら俺はビクトールが宮本のスーツに着替えるのを待つ。城を出る前にこいつは血みどろの宮本の服から、自前の魔道士が着るローブに着替えていた。 ま、ポンコツだとは言え、血みどろで運転なんてしてもらいたかねぇけどよ、超初心者がローブで運転すんのもNGだ。足下は女のスカートと変わりないが、あの極端に広がった袖は事故の元だろうからな。
 かと言って、このミニサイズじゃ、城の他の騎士の服なんてぜんぜん合わねぇだろうし……そこで思い出したのが、ここ(車の中)に入っていた宮本のスーツだ。
 そして、誂えたようにピッタリの(実際こいつのドッペルの宮本が誂えたんだが)スーツに身を包んだビクトールは、このまま会社に出勤しても誰も疑わないほど宮本そっくりだった。けどよ、スーツがここにあるってことは……
【おい、服はどうしたんだよ、俺やあいつのスーツがここにるのに、何で変に思われなかったんだ?】
俺の素朴な疑問に、ビクトールは、
【それはですね、殿下や私を看る治癒者や警備隊不審に思われないように暗示をかけたんです。下手に同じような物を用意しても時間がかかるだけですし、重傷の殿下にそれを着せるのも一苦労です。一つ間違えば、お怪我を悪化させてしまうかもしれないですからね。ならば、彼らに違和感を感じさせなければよいのだと思いまして。結局、治療のために衣服は切り刻まれてしまいましたしね】
と答える。
【へぇ、便利なことで】
ま、その術とやらで、このポンコツも張りぼてと見事にすり替えたって訳か。で、それをこいつが乗る。ある意味詐欺だな、こりゃ。
【んでさ、宮本がガソリン作った町に行きゃあと1回分位の給油は出来っと思うけどよ、それからどうすんだよ。魔法ででも走らすつもりか?】
【いいえ、エリーサ様がそのガソリンという物に関しては詠唱文言をを覚えてくださっているというので、以降はそれで私が作ります。ただ、かなり魔力を消費するようですので、トレントの森に戻って休息がとれるようにしてからになると思いますが。鮎川様、それまで保ちますでしょうか 】
【ああ、往復で150マイル(約400km)位なんだろ、それならなんとかなる。しかし、あのお姫さんレシピなんか覚えてんのか】
俺にはなに言ってんのか全くわかんなかったけど。ま、あいつは宮本と違って正真正銘魔女だからな。
【大丈夫ですか、それはよかった】
ビクトールは俺の答えにほっと胸をなで下ろした後、ちょっと申し訳なさそうに、
【何度もすいません、つかぬことを伺いますが、そのレシピというのは何でしょう】
と聞く。
【へ? レシピも英語じゃない?(フランス語です)じゃぁ、レセプト、これも英語じゃねぇって?(これはドイツ語です)日本語じゃどう言うんだったかな。ああ、作り方だ作り方!】
【ああ、作り方のことですか。ニホン語は本当に難しいですね】
ビクトールは意味が分かると、にっこり笑ってそう返した。日本語は本当に難しい……ってか外来語、元々日本語じゃねぇんだよ、それ!  

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運転は難しい 1 - 希代の魔術師 3

 グダグダしゃべっててもしゃーないんで、とりあえず運転席に乗り込む。すると、ビクトールは、
【私に運転させてくださるんじゃないんですか?】
と不服そうにそう言った。
【もちろん最終的にはそうするつもりってか、そうなってもらわねぇと、俺日本に帰れねぇし。こんなとこで、お前のお抱え運転手なんてするつもりはさらさらねぇからな】
【ならば】
イライラとした口調でまだ口答えをする奴に、俺は周りにある木を指さしながら、
【だからだよ、いきなりこんな木ばっかの所から車転がして、壊したいか? なら、俺は止めねぇけど。とりあえず運転の仕方を説明しながら、広いとこまで出してやっから、お前はそこからだ】 
【はい、解りました】
俺の言い分にビクトールは渋々といった様子で、頷く。大体な、普段車をさんざん見飽きるぐらい見てる俺たち日本人だって、免許もらうのに合宿免許でも10日位はかかるんだぞ。ま、学科がない分、ずいぶんと日数は稼げるだろうが、ぱっと見て一回でできるもんじゃねぇよ。ましてやあの、宮本のドッペルだろ? ますます、時間がかかりそうじゃねぇか。ま、魔法で運転できりゃ、それもアリかも知んないけど、あいつ曰く、簡単な魔法を継続して使い続けるのは、大魔法を使うより体力(魔力?)が要るらしい。エリーサがマシューに化けていたとき、それに力を使いすぎて、他の魔法はいっさい使えなかったとも言ってたしな。運転習って、ガソリン作る方がずっと楽なんだと。
【まず、この鍵穴にこの鍵を突っ込んで、ここな、ここを右足で踏みながら右に回す。】
俺は説明をしながらエンジンをかけた。4ナンバーのポンコツのけたたましいエンジン音が辺りに鳴り響く。
【そしたら、このハンドブレーキっつーのキュッと一回上げ目にして下げる。ここまでは、良いか】
【はい】
 続いて、道端から道路に出るためにバックして町外れに行く道中を説明付きで車を転がす。最初は余裕こいていた奴も、どんどんと数を増す自動車用語に次第に顔が引きつってきた。
 そして、広い道路に出た俺はブンとアクセルを踏む。
【ひっ!!】
と、ビクトールの軽く恐怖におののく声が聞こえた。
【は、早くはないですか……】
【早いって、たかだか時速40kmだぞ。普段はこれの倍ぐらい出してることも多いぞ】
ま、ホントのとこそれは、違反だがな。そう言えば、こいつはエリーサと違って、まだ乗ったことはなかったんだっけか。
【大丈夫か、何ならもうコレを転がすのは止めるか?】
俺は、うっすらと脂汗まで流しているビクトールに向かってそう言った。
【いえ、美久も運転できるんですよね。なら、私だって出来るはずです。善処いたします】
ビクトールは握りしめた拳を震わせながらそう言った。宮本への対抗意識か? それより、エリーサに幻滅されないようにってほうが強いか。エリーサはまだ、宮本の方に惚れてるだろうからな。
 俺は、ここでは俺だけが運転していて、エリーサは宮本が運転しているところを見たことがないと言わないことにした。
 だからビクトール、お前死ぬ気で修得しろ(ニヤリ)

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運転は難しい 2 - 希代の魔術師 4

【基本的にエンジンかけて、シフトをドライブに入れて、アクセルを踏みゃ、車は転がる。後はだな、ハンドルを操ってぶつからないようにするだけだ。要するに、ま、慣れだ慣れ。じゃぁ、やってみろ】
町外れに着いたところで、座席を交代すると、幸太郎氏はそう言って、手を頭の上に乗せてふんぞり返りました。しかし、急に
【あ、忘れてた】
と言うと、自動車(オートマティックカーゴ)なるものの鍵を本体から引き抜き車を降りました。
【お前も降りろ。肝心のセキュリティーを忘れてたぜ】
私が、車(カー)(幸太郎氏がそう呼んでいるので、私も自動車なるものをそう呼ぶことにしますが)を降りると、
【半ドアにならないようにしっかり閉めたか】
と言いながら、ドアを一旦開け、中にある何かのスイッチに手をかけてからドアを何かドアに恨みでもあるのですかと言いたくなるような『バタン』と大きな音を立てて閉めました。しかし、幸太郎氏は車のドアノブに手をかけると、
【よしっと。半ドアだと、鍵閉まんねぇからな、ビクトール。パニクるなよ】
と言いました。鍵を閉めるためだとはいえ、私もあんな乱暴な扱いをせねばならないのでしょうか? 大切なたった一台しかない車だというのに。そう反論したいのをぐっと堪えて、私は続く説明を聞きました。
【開けるきにはエンジンと同じでキーを入れて右に回す。このポンコツにキーレスなんてないが、ま、あったって電池交換しなきゃそのうちアウトだろうしよ】
幸太郎氏は、そう言いながら鍵を一旦抜き、私に渡して、
【自分でやんなきゃ意味がねぇ、キーからやってみろ。左に回しながら、ドアを開けるんだぞ】
と言いました。確かにセオリーは大事ですが、私も森では一人で暮らしているのです。鍵ぐらいかけます。とは言え、遠くにいかない時にはとられる物もないので、(大切なものと言えば魔道書ぐらいですが、魔力のない物には読むことの出来ない本を持っていく者は誰もいないですから)あまりかけてはいませんけれども。

 車に乗り込んだ後、シートベルトと言うもので体を固定しました。これをしないと、ニホンでは警備隊につかまるそうです。そんな法律がないここでは説明をしただけで、幸太郎氏はさっさとそれを外してしまいましたが、私は先ほどの恐ろしい速度で走っていたことを思い出し、そのままでドアを開けた鍵を車の真ん中にある鍵穴に差し込みました。
【その足下の左側の……そうそれだ、それを右足で踏みながら鍵を右に……よしかかったな。そしたら、今度は左手でハンドブレーキを、一旦あげて下げる。そうそう。んじゃギアを、そのロッドみたいなやつだ。それを手前に引いて、Dを光らせるようにする。これでOK。後はアクセルを踏み込みゃ……ん? おい、ビクトーリオ、お前いつまでもブレーキに足置いてんじゃねぇよ。アクセルに踏み替えなきゃ走んねぇだろ】
【えっ、ああ、こちらですね】
私は言われたとおりに右足を右隣のスイッチに置き替えました。すると車は恐ろしい勢いで前に走り出したのです。私はびっくりして足を離しました。しかし、幾分緩んだものの、依然勢いは変わりません。
【ブレーキ、ブレーキ! さっき踏んでた方を踏むんだよ!!】
幸太郎氏にそう言われて私は先ほど踏んでいた方にまた足を戻しました。キーッツっという音がして、車は前のめりで止まり、幸太郎氏は前の部分(ダッシュボードと言うらしいですが)で胸を打ちました。私も前の方につんのめりましたが、シートベルトをしていたおかげで、舵(ハンドル)で身体を打ち据えることはありませんでした。法律になっているだけのことはあります、シートベルトは絶対に必要だと思いました。
【ったく、お前いきなり全開で踏んでどうすんだよ! ああ、教習車みてぇに助手席にブレーキほしいぜ】
幸太郎氏は胸をさすりながらプリプリと怒ってそう言いました。
 その後、すっかりアクセルを踏むことが怖くなってしまった私は、実はD状態でブレーキから足を離してさえいれば、アクセルなど踏まずとも進むのだと言うことを知ったのもあり、その状態で(クリープと言うそうです)30分ほど走り続けました。隣にいた幸太郎氏はしまいに、
【俺んとこにアクセルつけてほしい】
と言っていましたが。
 でも、隣の席にアクセルもブレーキも付いてしまったら、私が運転するんじゃなくなってしまうじゃないですか。
 

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帰還 1-希代の魔術師 5

 最初はどうなることかと思ったが、ビクトーリオは何とか車を転がせるようになり、俺と王子を入れ替える時がやってきた。
 生(なま)宮本に久しぶりに会えるとあって、エリーサはどうしてもと行きたがったが、ビクトーリオは、
【あちらの時間は止まったままです。固まったままの美久に会ってもエリーサ様がお辛いだけですよ】
と渋い表情でそう言う。ま、自分のドッペルが恋敵だなんてシャレになんねぇ状況だろうが、お前これからどれだけでも自分をアピールできるんだろーが。結局、それまで黙っていたフローリアの、
【界渡りは誰でも出来る魔法ではないのよ。それにセルディオ様お一人ならまだしも、今度はコータル様もお連れしての界渡り、あなたがその負担を増してどうするの!】
鶴の一声で、エリーサは泣く泣く同行することを諦めた。
 出来るだけリスクは少なく。お姫さんの立場ならそうだろう。政略結婚の多い王族の結婚の中にあって、珍しく恋愛結婚らしいから。
【エリーサ様、ここで座標軸になっていてくださいまし。戻ってくるときはあなたに向かって飛んできますから 】
ビクトールはふくれっ面のエリーサの頭を撫でながらそう言った。大体、設定する余力もなかったんだろうが、勢いで目標を定めずに飛ばした俺たちがたどり着いたのは約一月後のリルム郊外だったしな。だからといって明確に場所の特定できる王城に顔がそっくりで何も知らない俺たちを送り込むこともできなかっただろうしな。エリーサは自分の頭を撫でているビクトールを見上げる。その表情はちょっぴり驚いる風だ。その仕草が宮本っぽかったからだろうか。

【ま、ちゃっちゃと行こう(俺は帰るんだが)】
俺のその言葉に、ビクトールが頷く。
【アユカワ様、ありがとうございました】
それを見て、フローリアがそう言って深々と頭を下げる。
【俺はただ、こっちに飛ばされてきただけだ、何もしてねぇよ】
【いいえ、あなたがいらっしゃらなかったら、今頃殿下のお命はなかったですし。それに、エリーサも無事にここまで連れてきていただきました】
【いや、それはこっちも同じだぜ。ビクトールたちがあんとき俺らの前に現れなきゃ、俺たちの命だってなかったかも知んないんだから。それに、こいつがガザの実を採ってきてくんなきゃ、宮本がやばかったみたいだしな。ま、おあいこだ】
 コレでおあいこ、そしてコレでお別れ。それがなんだか寂しい気もする。見知った顔だらけで、ここが異世界だって感覚もいまいちないような気もするしな。
 でも、ここは俺の世界じゃない。縦しんばあの後、王子が日本でおっ死んで俺に身代わりをつとめろと言われてもお断りだ。洩れなく貞淑なフローリアが嫁として付いてくるとしてもな。王子なんて退屈なもん、3日も経たずに飽きるだろうし、俺にはあの、気の強い薫の方が性に合ってる。
 俺は見送りの人たちに軽く右手を挙げて挨拶すると、ビクトーリオが書いた魔術強化の円陣の中に歩を進めた。ビクトーリオは、黙って頷くとそのまま訳の分からない呪文を唱え始め、俺の視界は徐々に歪み始めた。

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帰還 2-希代の魔術師 6

 やがて目の前の景色だけじゃなく、俺自身も歪み始めた。身体の全部が溶け出すって感じだ。ハンパなく気持ち悪い。いかにメリットがあるからと言われても、俺は二度とゴメンだ。今回のことは不測の事態だとしても、こんな移動を何回も繰り返してるビクトールの神経が解んねぇ。
 その内、辺りの景色が定まり始めた。やはりそこは病院のようだ。二人部屋みたいで、しかもなにげに豪華っぽい。状況を考えたら自損事故だろ? 病室が他に空いてなかったのかもしんねぇけど、こんな部屋で俺たちいったい何日くたばってたんだ? 俺はここを出た後の借金生活を考えて思わずため息をついた。
【お疲れさまでした。もう動いても大丈夫ですよ】
ビクトールの声に促されて、俺は改めて部屋を見回した。扉に近いベッドの方には何だか祈っているようなポーズの宮本が固まっている。その横には同じ女顔の魔術師。結構シュールな光景だ。にしてもお前、そんな格好をして、こっちでも魔法使うつもりか? 大体、魔道書もなしで何唱えられるってんだ。ぷっと吹き出した俺は、次に俺のドッペルの様子を見てぶっとんだ。
【てめぇ、何してやがんだ! そいつはフローリアじゃなくて薫だ!!】
俺のドッペルはあろう事か薫とキスしてやがる。俺はあわてて薫を王子から引き剥がした。
【ビクトール、こいつは状況が解んねぇから眠ったままにしてんじゃなかったのかよ!!】
そう怒鳴った俺に、ビクトールは
【落ち着いてください鮎川様】
と、何とものんきな返事をしやがるが、俺の目の前で、しかも俺のドッペルに薫の唇が奪われる。そもそも俺はまだ、こいつとキスした事なんてねぇんだよ。コレが落ち着いてなんかいられっかよ!!
【まだ、唇はくっついてませんでしたよ、未遂です】
未遂とかそういう問題じゃないだろっ! それって俺たちが一瞬戻って来るのが遅かったら、終わりってことじゃんかよ!!
【殿下へのSleepの魔法はちゃんとかかってますよ。それにおそらく位置づけから考えると、どうもフローリア様の方から殿下に唇を寄せていると言うのが正しいのではないでしょうか】
【何で薫の方からキスしなきゃなんねぇんだよ。それに、どうでもいいけど、こいつの名はフローリアなんかじゃなくて、薫だ】
【あれ? 殿下とフローリア様がご成婚されたのですから、鮎川様とフ、カオル様でしたっけ、その方も近々ご結婚されるのでしょう? 行き着くところまで行ってしまうのは問題ですけど、キスぐらいは、されないんですか?】
鮎川様は意外と真面目なんですねぇとビクトールはちょっっとびっくりした様子でそう言った。ふんっ、婚約者なら当然ありだろうけどよ、薫と結婚する予定はねぇよ。それどころか、付き合ってもいねぇ。大体、ただの会社の同僚の薫が俺の病室にいて、宮本の見てる前でキスをする。何がどう転がったらそんな事態になるのか、俺が一番知りたいぜ。
【ま、その真相は直接カオル様にお聞きください。私はそろそろ殿下をお連れして失礼します】
あ、逃げるなこいつと、思いつつビクトールを見ると、やつは軽くだが肩で息をしている。そういやこいつさっきからずっと時間止めてたんだっけ。無駄話をしている体力はないって事か。
 そして、王子を魔法で宙に浮かせたビクトールは、王子が着ていたパジャマを脱がせ俺に渡して着るように促す。王子の着ていたものをそのまま着るのはあまり気が進まないが、一瞬で違うものを着ていたことになるので別のものを着るわけにはいかないかと、さっさと着替えて、それまで着ていたスーツはとりあえず丸めてロッカーに放り込む。
 そして、時間を止める前と同じように薫をベッドの脇で俺とキスする様に顔を傾けさせると、俺はドッペルの寝ていたベッドに滑り込んだ。
 俺は、無防備な薫の首根っこをしっかりと抱いて、その唇に食らいついた。どうせお前、寝てる俺にキスするつもりだったんだろ、薫。なら俺からしてやるよ。
ビクトールがくすっと笑ったのが聞こえた。
【では、鮎川様、このたびは本当にお世話になりました。鮎川様もどうかお幸せに】
そして、ビクトールはそう言うと、宙に浮かせたままの王子と一緒に景色に泥むようにすーっと消えていった。

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そうだ、夢オチでいこう-希代の魔術師7

 ビクトーリオたちが完全に消えてしまった途端、時間が元通り流れ始めたらしく、いつの間にか(薫にとってはな)俺にがっしり抱かれてキスされている薫が状況に付いていけなくて暴れ出した。俺はますます力を込めて薫を抱き、ディープなキスを施す。おっと、俺は今まで意識を失っていたことになってんだよな、
【フローリア、愛してるよ】
俺は寝ぼけた振りをして、英語で薫にそう囁いたんだが、宮本に聞こえるようにと唇を離してしまったのがマズかった。その拍子に薫はするりと俺の腕から抜け出し、-ぐきっ-っという音を立てて、俺の右頬に痛みが走った。薫の奴が俺を殴った、それもグーでだ。
「あ、鮎川っ! いきなり舌を入れてくるなんてどういう了見? ホントはいつから意識があったの、この無駄なフェロモン垂れ流しのエロ親父が!!」
誰がエロ親父だ、先にキスしてきたのはそっちの方じゃねぇか! 俺はそっちのご希望に沿っただけだぞ。大体俺は、据え膳は食わないではいられない気質なんでね。そう言いたいのをぐっと堪えて俺は寝ぼけた様子で、
「フローリア」
と言う。
「はい?」
すると、なぜか薫が返事をしやがる。
【フローリアってんだぞ】
だから、今度は英語でそう聞く。
「だから何だってのよ」
しまった、寝ぼけてないのがバレバレだったかと一瞬ひやっとしたが、薫は気づかずに名前に反応しているようだ、ラッキー!
「お前薫だろ、何返事してんだよっ!」
「鮎川こそ何言ってんのよ、フローリアは私の英名! 薫は日本名!!」
「は? 英名とか日本名とかセレブなこと言ってんじゃなぇよ、薫のくせに。お前、ばーちゃんがイギリス人なだけだろ」
英名ね、俺がコータル、宮本が音読みのビクと、何となくかすった名前になってんのに、こいつだけ何で思いっきり違う名前なんだろって思ってたんだよな、納得。ま、それでもとりあえず薫とのバトルには乗っておくことにして、俺はそういった。
「イギリス人だからよ。私ね、教会で幼児洗礼受けてるの。フローリアはその洗礼名なの! だけど鮎川がなんでその名前を知ってんの?」
「俺の夢の中に出てきたお前にそっくりな女がその名前だったんだよ」
「もしかして、先輩も僕と同じ夢を見てたんですか?」
すると、今度は宮本が身体を乗り出して、その台詞に食いついてきた。
「僕と同じ夢って……お前、王都グランディーナとか言うとこに行ったか?」
俺はしれっとそう返す。
「はい、車ごとおっこちちゃいましたよね」
「スライム食ったか? しかも俺の分まで」
「はい。でも、ちゃんとスライムプリンって言ってくださいよ。なんかそれじゃ僕がスライムのおどり食いをしたみたいじゃないですか」
「似たようなもんだ。じゃぁ、マシュー・カールは?」
「はいっ!エリーサちゃんですよね」
単純な宮本の顔が喜びで輝く。
「俺と同じ夢見てたってのか?」
それに対して俺は首をひねりながら、そう答えた。夢オチにしてしまわなきゃな。じゃねぇと……
「そうです。二人で同じ夢をみてたんですよ!」
それを聞いて宮本が無邪気にはしゃぐ。
「信じらんねぇ。まぁ、そこまで一緒なんなら、同じ夢だったのかもな」
俺は、不承不承という体でそれを認める発言をした。これで完璧に、夢オチだ。俺は、あいつ等に聞こえないように安堵のため息を吐いた。
「そうですよ。僕が目を覚ましても先輩ずっと目を覚まさないし、もしかしたら同じ夢の中にいるのかもって、戦闘不能を治す呪文唱えたんですけど、それでも起きてこないし、途方に暮れてたんです。そしたら、谷山先輩が『王子ならお姫様のキスで目覚めるんじゃないか』って。いやぁ、ホントにお姫様のキスが効くとは思いませんでした」
げっ、こいつ戦闘不能回避の魔法なんつーもんをまだ覚えてたって? そういや、こいつ変にやたら記憶力が良かったんだっけ。それも好きなことに関してはとんでもない威力を発揮するとか? どんだけオタクなんだか。
 ま、とにかく薫は俺のために俺にキスしようとしてくれてた訳か。でも、ふつうはキスされるのはお姫様の方だろ。結局俺の方からしてやったから、それは間違いでもないかな。
「余計なことしやがって」
俺は顔がにやけてくるのを何とか抑えながらそう言った。
「は?」
「お前が余計なことしなきゃ、今頃はその夢の世界で、お姫様と甘い新婚生活の真っ最中だったんだ。何が悲しくてこの凶暴女のキスで戻らなきゃなんねぇんだ」
いや、ホントは嬉しかったんだが、そんなことは口が裂けても言えねぇから、俺はワザとそんな風に悪態を付いた。
「何ですって!! 宮本君、あんたまだ魔法使える? お姫様として命じるわ、こいつを瞬殺して」
そしたら薫は顔を真っ赤にして怒りだして、宮本に命令する。宮本はちょっと困った顔をしながら、
「しゅ、瞬殺って、物騒な。でも、谷山先輩すごく心配してたんですよ。それなのに、そんな言い方するなんて。海より深く反省してください」
そう言って手を前に繰りした。お、お前まさかまだ他にも魔法を覚えてるってのか? い、一体何の魔法を覚えてるんだ?
「お、おい何の呪文をかけるつもりだ。宮本? まさか、あの『一億年』とか言わないでくれよ。ホント、ゴメンあやまるからさ」
俺は完全にビビりながらそう返した。夢オチにしたのはマズかったか、夢だと思ってる宮本は気楽に覚えている最高の魔法を使ってくる可能性大だからな。
 だが、宮本が手を振り上げてもうだめだと思った瞬間、あいつの身体はぐらりと傾いで
「なーんちゃってね」
というふざけた一言を吐きながらあいつはばったりと倒れた。
 そっか、王子に戦闘不能回避の魔法かけだんだっけな、こいつ。大変! と慌ててナースコールする薫を後目に、俺は内心心底助かったと胸をなで下ろしていたのだった。









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王子の帰還-希代の魔術師 8

 セルディオ卿と王子そっくりの異世界の客人とが周りの風景に泥むように消えてからしばしの時が経った。国王以下、その場にいた者たちはなかなか帰還しない希代の魔術師と呼ばれた男と本物の王子に何事かあったかと気が気ではないが、何分にも今までお伽話としてしか聞いたことのない『界渡り』がそれで失敗して彼らが戻れなくなることを怖れて、だれも動くことはおろか息もまともにできない。
 やがて、魔術師が書いた術強化の魔法陣が色が少しずつ成してくる。そして、皆が固唾をのんで見守る中、希代の魔術師、ビクトーリオ・スルタン・セルディオが、この国の王子コータル・トート・ランバルド・グランディールを宙に浮かせたまま現れた。見守る者の誰彼なしに
「おお」
という感嘆の声が洩れる。ビクトーリオは歯を食いしばったまま、前に出した手をゆっくりと下におろし、王子を用意してあった寝台に着地させ、ふっと息を吐き切る。そして、彼はがっくりと膝をついた。
「ビク!」
それを見てあわてて魔法陣に近寄ろうとしたエリーサをフローリアが腕で差し止める。
「フローリア様、もう大丈夫です。ビクトーリオ・スルタン・セルディオただいま戻りました」
上がった息のまま彼がそう言うと、フローリアはエリーサを解放し、彼女はビクトールの姿勢を落とした肩にしがみつく。
「ビクと呼んでくださるんですね」
その様子に、ビクトールは少し驚いた様子でエリーサにそう言った。
「だって、あなたが本当のビクなんでしょ」
「それはそうですけれど……」
あなたにとってのビクは美久なのではないのですかと、希代の魔術師は自嘲気味に聞く。
「でも、オラトリオにいて、あたしに求婚したのは、セルディオ様……あなただわ。あなたが『界渡り』の魔法を使ったからあたしはヨシャッシャ会えた。だけど、もうこんな魔法を使うのは止めて!」
ビクトーリオは、
「ビクがこのまま消えてしまったら、あたしはどうすれば良いの?」
と言いながら涙する隣国の王女の肩に右手を回し、左手でその髪を優しくなでた。
「大丈夫、エリーサ様を置いてそんなことはしませんよ」
「ビク、ずっとそばにいてね」
「もちろんです」
二人は見つめあい、もう互いしか見えない。
「おっほん!」
だが、そんな『二人だけの世界』にしびれを切らせたクロヴィス老の咳払いが割って入った。ビクトーリオとエリーサは飛び上がって、回しあっていた互いの肩を離した。
「して、殿下はいつ目覚められるのかな」
「ぎ、御意」
ビクトーリオはそう言うと、王子にAn sleepの魔法をかけた。すると、この国の王子は、悪い夢から覚めたかのように、大きく目を見開くと、辺りを見回した。

「ここは……グランディール城、私は助かったのか」
 今いる所が慣れ親しんだ城である事に気づいたコータルがそう言うと、ビクトール以下、その場に居た者が一斉に頷く。
 すると、コータルはいきなり起きあがり、父王にひれ伏した。
「父上、ただいま戻りました」
「うむ、よくぞ無事でおった」
「いきなり、お起きになって大丈夫ですか!」
その様子を見て、クロヴィス老があわててコータルに駆け寄る。コータルはそれを右手で制して、
「ああ、心配するなクロヴィス。何ともないぞ」
と言って、剣を振るう仕草をして見せた。
「ご無理をされてはなりませぬ」
「相変わらず心配性だな、このじいは。もう何ともないと申しておるではないか」
コータルはそれを信用しようとしない老臣に笑いながらそう言った。
「セルディオ、お前が言うように、ニホンとやらの治癒師の技量は相当なものなのだな」
それを見た王が感心したようにビクトールに言うが、
「はい、それはそうなのですが……」
当の彼はその王の賛辞に歯切れ悪く返すと、
「殿下、少々失礼いたします」
と言ってコータルの左腕を捲り上げた。
「やはり」
「何かあるのか、スルタン」
その様子にコータル自身も自分を救った希代の魔術師の顔を訝しげに覗き込む。
「殿下、ここにあった傷が消えております」
「それはどういうことです。まさかこの後に及んでまた殿下の偽物とか申すのではないでしょうな」
ならば貴様もろとも切り捨てる、とクロヴィスが老体に鞭打って息まく。
「もちろん、この方は正真正銘のコータル・トート・ランバルド・グランディール様です。私がちゃんとニホンの治癒施設からお連れしました。
私が言いたいのはそこではありません。
ニホンの治癒技術は魔法は一切なく、言うなれば物理的なもの。傷は癒えますが、深い傷は跡が残るのです。私の記憶では、この左手二の腕はかなり深く抉られていたはず。それが跡形もなくなっているのは、魔法が介在する証拠だと申し上げているのです」
「誰かが魔法を使って殿下を治癒したというのか」
何の為に、とクロヴィスが言う。
「ええ、ニホンには魔法という概念すらありませんので、人々は使えるとも思っておりませんが、たった一人だけ……このオラトリオで未熟ながらも魔法を操っていた私の映し身宮本美久その人なら、それができるはず」
「ビクは今でも魔法を使えるの?」
その言葉にエリーサが驚きの声を挙げる。
「ええ、彼は私の映し身ですから、基本的な魔法スキルは非常に高い。後は、念の込めかたと詠唱文言さえ会得していれば。それにしても治癒の中でも最高位の魔法をそらで覚えているとは。本当に興味の向くことには記憶力が優れてるんですね、美久は」
鮎川様はそれをオタクとか言ってましたっけ、とビクトーリオは苦笑しながらそう言った。
「では、私が見ていた夢は実は夢ではなかったというのか」
「はい、あれは夢ではなく、殿下と私の映し身の道程です。何分、彼らは右も左も分からぬ異界の民であります故、もしも何か事がありまして、鮎川様の身に何かありましたら、映し身の殿下にも悪い事が起こるやもしれませぬので。夢で彼らの行動が見られるようにしておったのです。私だけにかけていたつもりだったのですが、殿下にもそれが及んだものと思われます」
「それで、テオブロ閣下にあの男が切られた時、いつのまにやらすり替わったという訳か、本当に底知れぬ男ですな、セルディオ様は」
と、それを聞いたクロヴィスがため息混じりで呟いた。
「褒め言葉として受け取っておきますね」
ビクトールはそれに対して笑顔でそう返した。

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あの男-希代の魔術師 9

「殿下、此度は私の配慮が足りず、殿下を大変危険な目に遭わせてしまいました。トレントの森などという人気のない道など通らなければ、もっと策もありましたものを。本当に申し訳ございません」
 界渡りの荒技が一段落して、王や重臣たちが離れた後、ビクトールはそう言ってコータルに頭を下げた。
「謝らずとも良い。どの道刺客はどこを通ろうが襲ってきただろう。もし同じ深手を負ったとして、スルタン、お前以上の事後の手当ができたものはいないはずだ。
それに、あの異世界の者としての旅、なかなか楽しかったぞ。寧ろ感謝している」
それに対して、コータルはそういって晴れやかに笑った。
「もったいないお言葉です、殿下」
「しかし、あの男……私の映し身と言うが、どうにかならぬものかな」
「鮎川様ですか? 彼がどうかされましたか」
どうにかならないかと聞きながら何やら愉快そうな様子のコータルを見て、ビクトールは不思議そうにそう聞いた。
「私と入れ替わった後、フローリアに無理矢理接吻をして拳を打ちつけられておった」
「ああ、やっぱり」
そうなると思ってましたと、ビクトールが相槌を打つ。男たちがくすくすと軽い笑い声を挙げる中、
「まぁ、私は殿下に手など上げたり致しませんわ」
フローリアが不満の声を挙げた。
「そなたのことを言ってるのではない。どうもあちらのフローリアはあやつに合わせてずいぶんと跳ねっ返りのようだしな」
「みたいですね。でも、彼女はフローリア様ではなく、カオル様と言うのではなかったですか」
「フローリアはミドルネームだそうだ。
だが、あやつは殴られてニヤニヤと相好を崩しておった。まぁ、同じ顔をした私に彼女を取られたかと必死だったのだろうな」

その後、
「それがあの男を目覚めさせるための策だと知って、完全に骨抜きになっておった。まったく、同じ顔であのような見苦しい様を見せられると、なんだか複雑な気分だ」
「ふふふ、鮎川様は尻に敷かれそうですね」
コータルとビクトールが頷きながらそう話している横で、
「私はコータル様を尻に敷いたり致しません!!」
と一人フローリアがプリプリと怒り散らしていたことは言うまでもないが、それを横で見ていたエリーサが密かに、『お姉ちゃまも絶対にそうなるわね』思っていたことはフローリア本人には決して告げることのできない話である。





 



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家出の真相-希代の魔術師 10

「それはそうと、エリーサはどうして、家出なんかしてきたの?」
 それからフローリアは、突然思い出したようにそう言った。ぎくっと、エリーサの肩が揺れる。一連の界渡り騒ぎで皆、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「それは……」
「成婚式を見たいためじゃないでしょ。成婚式はガッシュタルトでもやったんだから」
「だって……」
「だってじゃありません!」
ぐずぐずと言うエリーサにフローリアがぴしゃりと言い放つ。
「だって、お父様がいきなり『お前の結婚相手が決まった』って言うんだもん。希代の魔術師って呼ばれてるって言うから、どんなおじいちゃんと結婚させられるのかと思ったんだもん」
だから、そうなる前に逃げたのよと、エリーサは頬を膨らませて、フローリアにそう告げた。
「お、おじいちゃん!? 私はまだ23です。エリーサ様とだって、たったの12歳差ですよ!」
心外な、とそれを聞いたビクトールはそう言って憤慨する。
「たった12歳差? 確かに、ガッシュタルト王と王妃よりは少ないかもしれないが。フローリア、いくつ離れていたっけ」
「お祖父様と王妃様は31歳の歳差ですわ」
「だから、心配だったのよ! 。それが『希代の魔術師』と結婚だなんて。あたしにだって少しぐらいワガママを言わせてくれたって良いでしょ」
エリーサが『希代の魔術師』の部分に力を込めてそう言うと、
「大体、私は自分から『希代の魔術師』と名乗っている訳ではありません、皆が勝手にそう呼んでいるだけです!
それにですね、此度は殿下とフローリア様のご成婚が第一義。私事で時間を割いている暇などございませんから。私はただ、エリーサ様に定まったお方がおられないか王様に確認しただけです。後はこちらでのお二人のご成婚式が終わり次第、正式にお話をさせて頂きにあがる所存でした」
それが何故、もう決定事項になるのでしょうと、ビクトールは半ば抗議するようにまくしたてた。
「そんなことあたしに言われても判らないわ。大体、いつあたしに会ったの? あたしはビクのことちっとも知らなかったのに」
エリーサも売り言葉に買い言葉で、会話の中に火種を放り込んでいく。
「月のきれいな夜、エリーサ様は庭園に出ておられましたね」
「ええ」
「まぁ、エリーサ、あなたまた夜更けにお庭に出ていたの? あれほど危ないと言っているのに!」
「フローリア、話が進まない」
「あ、はい」
それを聞いて、城内の庭とはいえ女がそんな夜更けて出るのははしたないと、フローリアが彼女に意見しようとするのを、コータルがやんわりと抑える。
「月に照らされて輝く頬と流れる髪、そして、満ちあふれる魔力。何もかもが私の理想でした」
「ビク」
ビクトールの歯の浮くような台詞に、エリーサが真っ赤になって俯く。
「エリーサ様、こんな歳の離れた男はお嫌ですか」
「あ、ううん、その……あたしはもっとたとえば禿頭のおじさんと結婚させられるのかと思っただけで……ビクなら別に……」
 希代の魔術師と呼ばれた男と、跳ねっ返りの家出王女の会話はまだ続いていたが、コータルはフローリアに目配せすると、気づかれないように彼らの側を離れた。もっとも、よほど主張しなければ外野の存在に、彼らは気づかないだろうが。
「あの魔法の研究にしか興味のなかった男が。変われば変わるものだな」
コータルは、自身の妻にそう言ってニヤニヤと笑った。

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男のロマン-希代の魔術師 11

 数日後、コータル王子とフローリア姫の成婚式が国を挙げて行われた。そして、国中がそのロイヤルウエディングに酔いしれた。
 ただ、セルディオ家では、今まで、研究バカだと思っていた三男に突然現れた『結婚しようと思う女性』に上を下への大騒ぎになっていたのだが。
 かのお相手が息子より12歳も年下で、隣国の王女だと聞いたとき、母は夢の世界に逃げ込んでしまいたい衝動に駆られた。
 それを何とか堪えた彼女は深いため息をつくと、急いで侍女に非常に苦いお茶を入れさせ、それ一気に呷ると、大急ぎで仕立屋を呼びつけて、突然出席することになった未来の嫁(仮)の成婚式のためのドレスを3日も経たずに仕立てさせて、エリーサに送ったのだった。
 
 そして、ビクトールがエリーサを連れてガッシュタルトに戻る日が来た。
 ビクトールは幸太郎からもらい受けた、彼が言うところの『ポンコツ』のボンネットの部分に、木彫りの馬の人形を取り付けた。で、こそこそと何やら呪文を唱えている。
「ビク、なにしてるの?」
「あ、これですか? このままでは悪目立ちしますからね、この馬が本物に見える魔法をかけたんですよ。これで道行く人々は私たちが馬車に乗っていると思い込むでしょう」
それを聞いてエリーサは、ホッとした。幸太郎の運転の時には幸いにもあまり人に出くわさなかったが、ものすごいスピードで走る異形の乗り物に、見たものは腰を抜かさんばかりの驚きようだったからである。もっとも、幸太郎は日本の一般道で同じ走りをすれば間違いなく捕まる速度で走っていたのではあるが、そんなことをエリーサは知る由もない。
 しかし、よくよく考えてみれば、魔法を施してまで車に乗らずとも通常の馬車に乗ればいいことだ。エリーサはビクトールにそのことを聞いてみる。
「馬にも牛にも牽かれないで走るんですよ。それも、ドラゴンのような速度で」
これは乗るしかないでしょう! ビクトールはそれに対して、少年のように目を輝かせて延々と車の魅力についての講釈を始める。(出たわ、オタク……)
 こういういわゆる男のロマンを女性が理解できないのは万国もとい、異世界でも共通なようで、その後車内では喜々として話すビクトールとその話を冷めた様子で聞くエリーサの姿があった。
 





 



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象が踏んでも壊れない 1-希代の魔術師13

 やがて、持ちにくそうにプリンを買ってエリーサが戻ってきた。実はビクトールは彼女にプリンを10個買ってくるように言ってあったのだ。
「ねぇ、本当に10個で良かったの? あたしがんばっても2個しか食べられないよ」
車に戻ったエリーサは日本のジャンボプリンとまではいかないがそこそこの大きさのプリンを見ながらそう言った。あの時、ヨシャッシャは2個食べても物足りなさそうだったけど。でも、もしビクが3個食べるのだとしても、あと半分余ってしまうわと、エリーサが思っていると、ビクトールが、
「エリーサ、食べるのは1個ずつですよ。残りはここに入れてください」
と、トランクから茶色い箱を取り出す。それまで見たことのない箱だった。
「彼らが火の魔道具を入れていた箱です。段ボールと言って、紙なのに象が踏んでも壊れないとか」
ふーん、とエリーサが言いながらがそこに8個のプリンを入れる。するとビクトールは、箱にだけアイスの魔法をかけた。プリンそのものにアイスを唱えてしまうとプリンが変質してしまうが、これならばそうはならないし、持っていった先でも冷たいまま食べてもらえる。これは実は、美久たちと入れ替わっていた時にいた治癒所の部屋にあった白い箱-冷蔵庫-の応用だ。
「婚約者のお宅に伺うのに手ぶらではね。それに、物を食べればお小言の一つくらいは減るかもしれませんしね」
家出してらっしゃったんでしょと、言われてエリーサの顔がひきつる。
「大丈夫ですよ、私も一緒に謝ってさしあげますから」
ビクトールは無言になってしまったエリーサの頭をなでながらそう言った。
 
 やがて車はガッシュタルトの城下町へとたどり着いた。無印の馬車は当然ながら城の入り口で衛兵に止められる。貴族たちの自家用の馬車にはたいてい家紋が施されているからだ。しかも、その馬車からは耳慣れない異音が聞こえ異臭までする。衛兵が警戒しないわけがない。
「怪しい奴、何者だ」
衛兵のリーダーは激しく窓ガラスを叩いた。その手がいきなり怪しい馬車の中に吸い込まれる。
「いったぁい!!」
すると中から甲高い少女の声がした。
「窓が開いたのぐらい気づいて手、引っ込めなさい!!」
そして、ちょこんと首を出したその人物の顔を見て、リーダーは蒼ざめる。
「え、エリーサ様!?」
それは行方不明中の自国の王女その人だったからだ。
「し、失礼しました!! ど、どうぞ」
一気に群がっていた衛兵たちが脇に離れると、車は何事もなかったように城内に入り、ビクトールは車寄せに車を止めた。一足先に降りたエリーサが、
「ひっ」
と、軽く声を上げて目線を下げる。それに気づいて、ビクトーリオもとりあえず降りると、そこにはクラウディア王妃殿下-つまりエリーサの母-がまさに仁王立ちといった状態で立っていた。
「た、ただいま」
エリーサは俯いたまま蚊の鳴くような声で母に帰宅の挨拶をした。クラウディアはそれに対してふっとわずかに口角を上げただけで返事はしなかった。そしてクラウディアは、続いて降りてきたビクトーリオに、
「ビクトール、久しぶりね」
と、声をかける。エリーサは母がビクトールと旧知であることを知って驚いて再び顔を上げた。





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象が踏んでも壊れない 2-希代の魔術師14

「お久しゅうございます、王妃殿下」
ビクトールは、王妃にひざまづいてそう言った。
「今まで通りクラウディアで良いわよ。あなたに畏まられると、なんだか妙だわ」
それを見て、クラウディアはそう言って苦笑する。
「そういう訳にはいかないでしょう。それに私はあなたが知っている子供の私ではないのですよ」
それに対してそう返すビクトール。そう言えばお母様はグランディール出身だったとエリーサは思い出す。クラウディアは嫁してから一度も里帰りしていないので、エリーサはすっかりそのことを失念していた。
「まぁ良いわ。今回はウチのバカ娘の面倒を見てくれてありがとう。フローリアから連絡が来たときには、ほっとしたわ」
クラウディアはそう言いながら呆れ顔の流し目を娘に送る。
「いいえ面倒だなんて。寧ろ感謝しています。フローリア様からお聞きでしたらお分かりでしょうけど、エリーサ様はいきなり飛ばされて右も左も分からないコータル殿下と私の映し身を無事にグランディールまで連れていってくださいましたから。それに、エリーサ様の家出が分かったとき、私の映し身がエリーサ様を平手打ちしたらしいんです。私のしたことではありませんが、一応お詫びしておきます」
「そうなの? それは聞いてなかったわ。でも、気にしないで、こんな跳ねっ返り娘どんどん叱ってやってよ、ためにならないんだから」
とは言え、『結果コータル殿下が無事に帰還したのはエリーサのおかげでもあるからあまり叱らないでやって』と、フローリアからは言われているんだけどねと、クラウディアはそう言って、もう一度エリーサを横目で見る。
「それにしても、これがその映し身さんからもらい受けたって言う車(カー)ってものなの? 聞きしに勝る面妖さね」
 それから、クラウディアは車に目を移してそう言った。
「お母様には馬車には見えないの?」
その言葉にエリーサが驚く。
「魔法でそう見えるようにしてあるだけですからね、魔力の高い方には通用しません。それが証拠にエリーサ様にもそうは見えないでしょう?」
それに対してビクトールが説明を加える。
「あたしは、これが最初から車(カー)だって知ってるもの。ビクが詠唱している所も見てるし」
「魔力が低ければ、たぶん車が馬車に一瞬にして変わった様に見えるはずです」
私も実はそういう経験はないんですけれどと、ビクトーリオは笑ってそう言った。それを聞いてエリーサは、
「どうせなら変わるのを見たいな、あたし」
と言った。だが、
「そしたら、あなたはマシューになって美久には会えませんでしたよ」
とビクトールに返されて、意地悪っ! と、プッと頬を膨らませた。

「さぁ、無駄話は止めてお城の中に入りましょう。陛下がお待ちよ」
それをくすくす笑いながら見ていたクラウディアは自分たちがかなり話し込んでしまっていることに気づいた。彼女はパンパンと手を叩きながら2人にそう言う。陛下と聞いてエリーサがゴクリと唾を飲み込んだ。
「もう少しお待ちいただけますか。これをじゃまにならない所に置かなければ」
するとビクトールは車を指さしながらそう言った。
「そうね、普通の馬車なら城のものに任せられるけど、今この得体の知れない物を操れるのはあなたしかいないものね」
そう言ってクラウディアも頷く。
ビクトールは、軽く会釈をして車のドアを開くと、先ほどのプリンの入った箱を取り出した。
「ではこれを。先に渡しておきます。リルムの町のMom Puddingです」
「これが噂の?」
「ええ、私もいただきましたが本当においしいです。毒味用も用意してありますので、是非陛下にも」
と言うと、車に乗り込んで車を門の隅ギリギリに寄せる。本来ならば、裏手に回らなければならないのだろうが、見えるだけで実際には馬はいない分だけ偽馬車はコンパクトだし、そのままにしておくと、城に仕える馬番に相当な魔力がなければ、居もしない馬を厩舎に入れようと悪戦苦闘することになるのは目に見えている。縦しんば術を解いたとしたら、今度は馬番が腰を抜かすほど驚くことになるだろう。大体、人間は騙せても人間より数倍敏感な馬が騒然とするのは目に見えている。
「そんな、毒味だなんて。コレあたしが買ったのよ!」
一方、エリーサはビクトールが「毒味」と言った事に反応してプリプリ怒っている。
「たとえあなたが買ったとしても、それはあなたたちしか分からないことでしょう? そんな物をいきなり陛下のお口に入れるのは許されないんですよ。ビクトールはそれを心得ているのです」
そして、母親にそう諭されて、彼女は口を噤む。だが同時にその母の言いぐさにビクトールと母との間の信頼の絆のようなものも感じて、彼女の心はざわざわと騒いだ。





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象が踏んでも壊れない 3-希代の魔術師15

 クラウディアはエリーサとビクトールを直接王の私室へと招いた。父親から大目玉を喰らうとビクビクもののエリーサはもちろん、ビクトールもいきなりの王の目通りに緊張を隠しきれない。
 実はビクトールがエリーサの婚約者の有無を聞いたのは、王ではなくフローリアの父、フレデリックだった。
 クラウディアに子供が産まれたことは聞いていたのだが、会っていない彼にはエリーサとその子とが結びつかなかず、フローリアの妹か従姉妹だと思っていたのだ。それが王女だと聞かされ、逆にビクトールが驚いた。
 フレデリックはしげしげとビクトールを眺めてから、
「エリーサちゃんに今、決まったお方はいませんよ。わかりました、私から義父上に話を通しておきましょう」
と笑顔でそう言った。
 ビクトールはグランディールでの成婚式を終えてから、改めてお目通りを願おうと思っていた。どうせ、トレントの森はガッシュタルトとの境近く、帰るのもさして変わらない。それに、エリーサ姫はまだ11歳、すぐに結婚となる歳ではない。そのような状況で、まさか王と直接見えぬまま結婚話が進むとはよもや思ってはいなかった。
 許しをもらえたのは嬉しかったが、その反面、ガッシュタルト国王は一体どういうお心積もりなのだろうとその真意を量りかねているというのが本音だ。
 ただ、王妃自らのお出迎えで、彼女の口添えがあったのだろうという想像だけはついた。

「陛下、セルディオ様をお連れしました」
「クラウディア、ご苦労だった。そなたがセルディオか」
「はい、ビクトール・スルタン・セルディオと申します」
「そんなに緊張せずともよい、我らはもうすぐ家族になるのだからな」
「……」
「それとも男のなりをして家出するような娘に愛想を尽かしたか?」
その言葉に、エリーサが居心地悪そうに俯く。
「あ、いえ、そんなことは。ただ……」
「ただ、何だ」
「本当に私でよろしいのでしょうか」
「何がだ」
「姫様を私のような一介の魔術師に下されてもよろしいんんですか」
エリーサは王女、王族ではあるが、降嫁した王の長女の娘とはやはり位置づけが違う。
「その方は姫を見てどう思う」
しかし、王はそれには答えずさらなる問いをビクトールに返した。
「どうと申しますと」
「エリーサの強すぎる魔力をよもや怖いとは思わんだろう?」
そして、継がれた言葉にビクトールは大きく頷いて、
「ええそれは。私も魔力を持つ者の端くれですから」
とビクトールは返す。同時に王の言葉尻に潜むものも理解した。
 魔力を持つ者は稀少だ。しかも祖父ゆずりの強すぎる魔力は、大人たちの過度の期待を呼んだ。
 それでも長子として生まれればそれも問題なかったかもしれない。しかし、三男と男子の中では末子の彼は、ささやかなものしか受け継げなかったビクトールの兄たちの嫉みを買い、陰で化け物呼ばわりされて育った。だから彼は、成人(オラトリオの成人は15歳)後すぐに王都の家を飛び出して父の所領のトレントの森に居を構え、以後研究と称して生家に寄りつかない生活を続けてきたのだ。
 男はこうやって気ままに一人暮らしという選択もあるが、女性の場合、婚家で夫に嫉まれたとしたら……目も当てられない。王はそれを懸念して早くからの縁づけもせず、『希代の魔術師』と呼ばれる男の乞いにすかさず乗ったのだろう。
「それが降嫁の理由だ」
王は彼の思考を後押しするようにそう言った。しかし、
「いや、降嫁ではないな。セルディオ、その方三男と聞いたが」
王はそう言葉を継いだ。
「はい、そうですが」
「ならば継ぐ家禄もないのであろう。ここに婿に来ぬか」
「はい?」
いきなりの入り婿宣言に首を傾げるビクトールに、
「ガッシュタルトを執ってくれと申しておるのだ」
と、王はさらにガッシュタルトの王位継承を持ちかけたのだった。
「何故ですか、ガッシュタルトには私の記憶に間違いがなければ、ちゃんと王子様もおられるはず、何故この余所者の私がこの国を執らねばならないのです?」
王がそれに答えようとしたとき、バーンと大きな音を立てて部屋のドアが大きく開かれた。現れたのはすっきりとした美丈夫。
「あ、エリーサちゃんいたぁ!!」
音の主は満面の笑みでそう叫ぶと、エリーサに飛びついた。














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象が踏んでも壊れない 4-希代の魔術師16

 「エリーサちゃん、こっち。エリーサちゃん、あそぼっ!!」
 そのビクトールより2インチぐらいは高いかもしれない、少なく見積もっても推定年齢20代後半の男は、他の面々には目もくれずまっすぐにエリーサに近づくと、その二の腕にしがみついた。
「待って、待って」
とエリーサが言っても、男はその手を離さない。唖然としながらもビクトールの唇が歪む。
「エリーサ、あなたが居なくてミシェルは寂しかったのよ」
その両方を見て見て、クラウディアがすかさずそう言った。エリーサはハッとして頷くと、男の腕を邪険にせず優しくふりほどいて、エリーサの前に屈んでいる頬を両手で挟み、
「ごめんね、寂しかった? ミシェル」
と言った。
「うん、エリーサちゃんいなかった」
こくんこくんとと首を縦に振った彼-ミシェル-は、その時初めてビクトールの存在に気づいたようで、何か珍しいものを見るような目で、小首を傾げてビクトールを見た。
「ミシェル、お客様よ。ごあいさつ」
「おきゃくさま? おきゃくさま おきゃくさまっ。ぼく、ミシェル」
クラウディアがそう言うと、ミシェルはまるで幼児のような屈託のない笑みを向けてビクトールに両手を差し出した。
「あ、ビクトール・スルタン・セルディオと申します」
ビクトールも慌てて右手を差し出す。
「ビクト?」
「うん、ビクだよ」
「ビク、ビク、ビク」
すると、ミシェルはビクと何度も連呼しながら、ビクトールの手をぶんぶん振り回す。この熱烈歓迎ぶりにビクトールは半ば面食いながらそれに応じていると、
「これがガッシュタルトの第一王子、ミシェル・ウォルター・クウェルクス・ガッシュタルトだ」
と、王自ら息子ミシェルの紹介をした。
「この方がミシェル王子……」
「そうだ、生まれつき知能の発達がゆっくりでな。加えていくつかの病も抱えておる。これでは到底王にはなれぬだろう」
ビクトールは王子の衝撃の境遇にしばらく二の句が継げなかったが、
「ですが、それでもフレデリック様がおられるでしょう。フレデリック様を差し置いて、私は王になどなれません」
それでもやっと彼の兄婿フレデリックの存在を思い出して、そう言った。だが、王は、
「いや、フレデリックはハナから王になる気はない」
とすげなくそう返す。
「何故」
「フレデリック様は王家の専属の治癒師でね、もちろん、陛下はフレデリック様にもお声をかけたわ、でも『ミシェルの身体も、この国もどちらも片手間では見られません。ならば私は迷わずミシェルの方を取ります』って言われてしまってわね」
するとクラウディアがそう補足の説明を加える。そう言えば、フレデリックは見えたときも野心などまるでない温厚な目をしていた。
 聞けば、同じ治癒師のフレデリックの父は、幼い頃から王宮に彼を同行させ、ミシェルやその姉エミーナ(現在は彼の妻だが)と兄弟同然に育ったのだという。
 そして、そういった周りの思いがなければ、この無垢な天使の命はもっと早々に潰えていたのだろうと、ビクトールは悟った。だからといって、自分が一つの国を執るなどということは、到底即答できることではない。
「そうですね、どちらも片手間ではできることではありませんね。分かりました、ですが少々お時間をいただけますか。あまりに大それたことで、気持ちの整理がつきませぬ故」
と言ったビクトールに
「相分かった、良い返事を期待しておるぞ」
王は、満足気にそう返した。

「では、お茶にしましょう」
 話が一段落したところで、クラウディアは城の者を呼ぶ。その手には先ほどビクトールが彼女に手渡した段ボール箱があった。
「何も、問題はございません」
事務的に毒味の終わったことを告げる彼に、
「当然よ、それあたしが買ったんだもん」
と返すエリーサ。それを聞いてびくっと肩を一瞬揺らすも、
「申し訳ございません。ですがこれは決まりであります故」
とかろうじて表情を崩さず王女にそう返す。きっと今、この毒味係の背中は冷たい汗に塗れていることだろう。
「なぁに、これ?」
すると、見慣れぬ箱にミシェルがきれいな瞳をくるくるさせてクラウディアに聞く。
「プリンよ」
と彼女が答えると、ミシェルは
「プリン? プリン、プリン!!」
と飛び跳ねて喜ぶ。そして彼女が箱から出すのを待ちかねたようにお目当てのものに飛びつくと、
「つめたいねぇ、おいしいねぇ」
と至上の笑顔でそれを頬張る。
「あら、ホント。それにどうしてこんなに冷たいの? いまは寒い季節でもないのに」
続いて口に入れたクラウディアも、そういって驚きの声を上げる。
「それはですね、この箱の内側にだけFrozonの魔法を施して、箱の中を氷温に保っているからなんです」
「ほお、そんな魔法の使い方ができるか。さすがに「希代の魔術師」と謳われるだけのことはある。これが応用できれば、食材の備蓄に大きく貢献するな」
それを聞くと、王は為政者の顔に戻って、しげしげとその茶色い箱を眺めた。
「これは平行世界の氷温の箱を真似て作ったもので、私が考えついたものではありません。
ただ、この位の大きさならそれほど魔力は必要ありませんが、大きなものでしかも継続使用するとなると、かなりの魔力が必要です。何か魔力をサポートするものを考えねば、実用化には至らないでしょう」
「うーん、どうやれば少ない魔力で大きな空間を冷やせるか……しかしこの箱思ったよりも軽いな」
「これも平行世界の段ボールというものでできた箱なのですが、軽いでしょう? 紙でできているんです。それなのに、強度もすばらしいらしく、何でも象が踏んでも壊れない頑丈さだとか」
「そう言えば、手触りは紙独特のものだな。それにしても象? 象とは南の大陸、アシュレーンにいるというあの象か?」
「たぶん」
 王はビクトールと熱を込めて『段ボール式簡易冷蔵庫』談義を続けていたのだが、傍らのミシェルを見ると、彼はとうにプリンを食べ終わり、手つかずの父親のプリンに釘付けになっている。
「とーさま、プリンいらない? ぼくほしい」
さらに父親と目の合ったミシェルはうるうるの瞳で父親におねだりするが、
「ミシェル、冷たすぎるから2個もダメ。明日お熱が出るわよ」
と、クラウディアが彼に甘い父親より先にそう答える。
「プリンほしい。でも、おねつイヤ。ぼくやめる」
熱が出ると言われて、ミシェルは父親のプリンに出しかけていた手を引っ込め、渋々そう言った。
「偉いね、ミシェル」
それを見たエリーサは、そう言ってミシェルの頭を撫でた。するとミシェルはぱあっと明るい表情に戻り、
「ミシェル、いいこね」
といいながらまた飛び跳ねる。その拍子に王が机の隅に置いた段ボール箱が落ちた。ころころ転がるそれを面白がって、ミシェルはその段ボールに飛びつく。次の瞬間、
-ぐしゃっ-
という音がして、段ボール箱は無惨にも潰れた。
「「あーっつ!!」」
 その場にいたミシェル以外の全員から驚きとも何ともつかない声が漏れたのは言うまでもない。
 




 












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おともだち-希代の魔術師 17

 その日、夜が更ける前に案の定ミシェルは発熱した。
「心配しないで、ちょっと興奮しただけだから」
と言いながらにわかにぐったりしてしまったミシェルをクラウディアは彼の部屋に運ぶようにてきぱきと城の者に指示を出す。指示を受ける側も心得たもので、同時にフレデリックにも連絡がいっていたらしく、あまり時をおかない内に彼が到着した。
「何かお手伝いすることはございませんか」
そう聞いたビクトールに、フレデリックは
「では、薬を飲ませるのを手伝ってもらえるかな」
と言った。熱に浮かされているとはいえ、6フィート近い『天使』に薬を飲ませるのは至難の業だ。いつも飲まされているミシェルはその薬の不味さをよく知っているので、
「おくすりイヤ~」
と、首をブンブンと激しく横に振る。それに、熱があるためにあまり強い力で押さえつけると関節が痛み、
「イタイイタイ」
と泣かれてしまうのだ。召使いたちは王子に泣かれるのには弱く、つい力を緩めてしまってなかなか飲ませることができない。また、魔法で拘束できないこともないが、それをすればミシェルは存外の力で拘束されることの恐怖でよけいに泣き叫ぶため、人の力で抑える方がましなのだという。
(ああ、こんな時ニホンのあの投薬できる管があれば……ミシェル様もすぐ良くなるのではないか)と一瞬ビクトールはそう思ったが、もしあっても飲み薬とは中身が違うかもしれないし、縦しんば同じものが使えたとしても、ミシェルが長時間寝たままでその治癒法を受け入れられるとは思えない。
 何か気を引けるものはないだろうか、そう思ったとき、ビクトールは部屋の隅の椅子に座っている古ぼけたぬいぐるみを見つけた。3~4歳の子供くらいの大きさだ。
「この子の名は?」
と近くにいた侍女に小声で聞く。
「あ、それはシェリルでございます。ミシェル様が幼い頃から大切にしている、『おともだち』ですが」
では、その『おともだち』の力を借りよう、ビクトールはシェリルをミシェルのベッドの枕元で浮かせる。その様子に魔法を持たないものはギョッとしてそれを見るが、彼はそれには構わず、前足部分にコップを浮かせ、まるでそのぬいぐるみがコップを持ってるかのように貼りり付けて、ビクトールはその後ろに回り込んだ。
「セルディオ殿?」
その様子に首を傾げたフレデリックに人差し指をたててうなづくと、ビクトールは子供っぽい声音を作ってミシェルに呼びかけた。
「やぁ、ミシェル」
「……シェリル?」
「そうだよ、僕はシェリル」
「シェリル、おはなしできるの!」
「今だけだよ」
ミシェルは無生物な縫いぐるみが言葉を発する不条理さに全く気づかないで顔を輝かせた。そして、
「あそぼ、シェリル」
と言って、高熱でふらふらする体を起こそうとする。慌てて周りのものがそれを止めに入ろうとするが、フレデリックが黙って両手を広げて、それをやめさせた。
「ダメだよ、ミシェル。僕はいま熱があるんだ。頭が痛くて遊べないよ」
シェリルはコップを持っていない方の前足で頭を抑えてそう言う。
「シェリルもおねつ? だいじょうぶ?」
ミシェルは大切な「おともだち」が熱を出していると聞いて泣きそうな顔になった。
「大丈夫じゃない。だから、薬を飲むために今動いてるんだ」
「シェリル、おくすり、のむの?」
「うん、元気になりたいからね」
シェリルはそう言ってコップの中身をごくごくと飲んだ。とは言っても、入っているように見せかけているだけで、中身は空なのだが。
「あー、体が軽い。。ミシェルも薬飲みなよ。すぐ、元気になれるよ」
シェリルはそう言いながら体操する。ミシェルは一旦口を尖らせてイヤそうな顔をしたが、拳を握りしめてうなずくと、
「ホント? ならぼくものむ」
と言ってフレデリックの持っていたコップの中身を一気に呷って、散々な顔をする。吐き出すかと周りは危惧したが、ミシェルは目を堅く閉じて何とかそれを飲み下した。
「シェリル、ぼくおくすりのめたよ~」
そして、誇らしげにそう言った途端、彼は眠りに落ちた。完全に飲み下したのを確認してビクトールがSleepの魔法をかけたのだ。どんなに速効性であったとしても、飲んだ途端に効果をあらわす薬などどこの世界にもないし、身体は薬だけで治すものではない、休息も必要だ。それに、このシチュエーションではミシェルは自分が直ちに治ったと思いこんで動くシェリルと遊びたがるだろう。それを見越しての彼の判断だ。

「見事だな。後は夢の中でミシェルとシェリルを遊ばせるか」
と感心した表情で言うフレデリックにビクトールは、
「いえ、さすがに夢の中にまでは私は介入できません」
と答えた。
「いや、たぶん長年の友達と話せた喜びと薬を自分から飲んだ達成感で、きっとそういう夢をを見ていることだろう。貴殿は子供の扱いに慣れているのだな」
「いいえ、子供などもうずっと見てさえおりません」
そして、続けてそう言ったフレデリックに、彼は苦笑しながら首を振りそう答えた。子供どころか、大人も寄りつかない森に暮らしていると。
 幼い日、怖がられて誰も寄りつかなかった頃の一人遊びを再現しただけのことだ。ビクトールは己が作り出したまやかしの「おともだち」に縋っていた幼い自分とミシェルを重ねていた。
 ただ、ビクトールは幼いながらもそれがまやかしだと解っていたが。だから、それを素直に受け止められるミシェルを本当にうらやましいと思っていた。
(懐かしい人物に出会って、少し感傷的になっているのかもしれないですね)ビクトールはこめかみに手を当てふっとため息をついた。

 




 












theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

クラウディアの結婚-希代の魔術師 18

 フレデリックの報告に同行したついでに暇乞いをしようとしたビクトールに王は、
「じきに夜も更ける、今宵はこの城にとどまり、明日の朝出立すればよいではないか」
と言って引き留めた。
 ビクトールは夜も車には灯りが搭載されているので心配ないと固辞したのだが、
「ビクトール、あなたさっき頭を押さえてなくて? 顔色もあまり良くないわ。とにかく今日は城に残って。すぐ部屋の用意をさせるわ」
と言うと、クラウディアはミシェルの時同様さっさとビクトールの部屋の手配をする。そして、
「後で、少し話でもしない?」
と彼の耳元で囁いたので、ビクトールは目を丸くしてクラウディアを見た。彼女はそれを見て、いたずらっぽく笑っている。

 やがて、整えられた部屋の椅子でビクトールがくつろいでいると、程なくしてクラウディアが侍女を連れてやってきた。
「王妃殿下ともあろうお方が、客人とはいえ、こんな時間に男性の部屋に訪れて良いのですか。私はあなたにとって弟にすぎないのでしょうが、この国の方々はそうは見てくれないのではないですか」
ビクトールが硬い表情でそう言うと、
「心配しないで、陛下からもお許しをいただいているから。と言うより、陛下が行って来いとおっしゃったのよ」
「どうしてですか?」
ビクトールは表情を変えずにそう尋ねた。
「積もる話もあるだろうってね、12年ですもの。私一度もグランディーナに戻ってないから」
「もうそんなになるんですね、私が屋敷を出てからでももう7年経つんですから、そうなんでしょうね」

「王妃殿下はその、ご存じだったんですか……ミシェル様のこと」
 それから言いにくそうにビクトールはそう切り出した。
「だから王妃殿下は止めて。昔のようにディアと呼んでよ、ビクター」
「そういう訳にはいきません」
微笑みながらそう返すクラウディアに、ビクトールの表情は最初からずっと固まったままだ。
「相変わらずね。まぁ良いわ。ええ、使者の方は包み隠さず話してくれたわ。大人になっても子供のままのお心の王子様がいらっしゃることも、亡くなられた王妃様に私がよく似ているということもね。その上で『助けてください、王子様は王妃様が亡くなられたことを受け入れられないで、泣きながら探されるのです』と土下座して頼まれたの。ビクターは私が騙されて連れてこられたとでも思ってるの? そうじゃないわ。私は自分の意志でここに来たのよ」
「あなたの意志ですって!? 隣国とはいえ王家の依頼を誰が断れるんですか。断ることができないのなら、あなたの意志とは言えないじゃないですか」
クラウディアがこの状況を知った上で嫁したと聞いて、騙されるよりなおたちが悪いとビクトールは声を荒げる。
「断るつもりはなかったわよ、私。そりゃ、自分より年上の子供たちに不安がないって言えば嘘だったけれど、何とかなると思ったし、ここに来てそれは間違いじゃないって確信したわ。初めてあった時からミシェルは私になついてくれたし、先にフローリアのいたエミーナは逆に母のように私に本当によくしてくれたわ」
それに対して、極上の笑みを浮かべて家族を語るクラウディアに、ビクトールは信じられないという表情をする。
「そんな顔しないで、私は本当に幸せなんだから。あなたにはあなたの私には私の幸せがあって良いはずよ、ビクター。
でも、ありがとう。私の小さなビクターがいつの間にかお大きくなって私をこんな風に窘めるようになるなんてね、私も年を取るはずだわ」
「それ、イヤミですか? ディア。どうせ私はいつまでも大きくなれませんよ」
「はいはい、拗ねないの。誰もそんなこと言ってないでしょ」
口をとがらせるビクトールに、クラウディアは吹き出しながらそう言った。その笑いにつられるように彼もも笑顔になる。(本当にお幸せなのですね、あなたは。なら私が言うことは何もないですね)

 その時、ビクトールの初恋が静かに幕を閉じたのだった。

 












theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

あたしは、何?-希代の魔術師 19

 クラウディアが退出してから、ビクトールは庭に出た。彼が思っていたとおり、そこには先客がいた。
「ビク……」
「エリーサ様、こんなところに長居をしてると、お風邪を召しますよ。昼間はともかく、夜は冷えます」
ビクトールはそう言って背後からエリーサの華奢な肩を抱く。エリーサがぴくんとふ震えてそこから逃れようとするが、ぴったりと彼女に寄り添うビクトールの腕はぴくりともしない。
「口先だけで優しいこと言ったり、こんなことしないで。誤解するから」
「何を誤解すると言うんですか」
ビクトールはふっと笑いながらエリーサの頭を撫でる。しかしエリーサが、
「あたし、ビクのお嫁さんになるの止めるわ」
と言うのを聞いて、その手の動きが止まる。
「界渡りしてヨシャッシャのところに行くの」
「無茶な」
「ビクができるんだもん、その気になればあたしにだって」
驚いて一瞬腕力を緩めたビクトールからエリーサはするりと抜け出すと、そう言いながら胸をはるが、
「ダメです、界渡りは一つ間違えば世界の狭間に落ちてしまって二度と戻ってこれないかもしれない危険な術なんです。此度は命を覚悟しなければならない状況だったので病むを得ず使いましたが、普段からおいそれと使ってはいけない禁忌なんですよ。それに、ここに私がいるというのに、何故美久の許に行かねばならないのですか」
それを聞いたビクトールは唇を歪めながらあっと言う間に今度は正面からエリーサを抱きしめる。
「ヨシャッシャはあたしだけを見てくれたもん!!」
エリーサはそれを引き剥がそうと抗うが、
「私だって、あなたしか見ていません」
ビクトールはそれをさせまいとなおさらその手に力を込める。
「うそつきっ!! ビクはお母様が好きなんでしょう。だから、娘のあたしにいきなり結婚を申し込んだ。違う? でもそれだったら、あたしはビクにとって何?」
「待ってください!」
「待たないわ、あたしは身代わりなんてまっぴらごめんよ」
「聞いてください!」
「イヤよ! 最初に界渡りをしたんだって、お母様がお嫁に行くからじゃなかったの? だって、12年前でしょ、ビクが最初に界渡りしたのって。きっちり計算が合うわ」
「それは ……違うんです、エリーサ、ちょっと、聞きなさいっ!!」
昔話を引き合いに出されて頭に血がのぼったビクトールは、思わずそう叫んでエリーサの頬を打ってしまった。
「ビクなんて大嫌い!!」
彼女の目から大粒の真珠がこぼれる。ビクトールはそれを見ると一気に青ざめて、
「あ、すいません。つ、ついカッとしてしまいました。私としたことがあなたに手を出すなんて」
とおろおろと土下座せんばかりに謝った。
「もう……イヤ……」
「確かに、私は王妃殿下に心を寄せていたことがあったことは認めます。ですがそれは私がまだ少年の頃のこと。そして、私が最初に界渡りを経験したのも、あなたの言う通りです。
ですが、私はあの方がこちらに嫁がれたことはもちろん知っていましたが、私はあなたがあの方のお嬢様だとは知らずに恋をしたんです。王女様は王女様でも、エミーナ様かミシェル様のお子様だと思ってました」
「ウソっ!」
「ウソじゃないです、信じてください。私はミシェル様がその……ああいったお方だとは存じませんでしたし」
 二人の間に居心地の悪い沈黙の時間が流れる。そして、ビクトールはふっと自嘲気味に笑うと、
「そうですね、私は美久じゃない。エリーサ様のお好きなのは美久ですもんね。よろしいです、私はもうあなたを乞うのを止めます。明日、トレントの森に戻ったらもう二度とあなたの前に現れることはないでしょう」
「それで、ビクはどうするの」
「どうもしないですよ。今まで通りあの森で一人魔道書の研究を続けるだけです。
此度は本当に良い夢を見させていただきました。美久を通しての夢でしたけど、一緒に旅をさせていただいて本当に幸せでした。これ以上望むのは、私にとって過ぎたことなのでしょう。
明日は、明け方早々に城を出立しますので、ここで暇乞いをさせていただきますね。
では、おやすみなさい」
そう言ってゲストルームに向かって歩き出す。エリーサはその後ろ姿に飛びつくと、
「ビクのバカ! バカ、バカ、バカ、バカ、バカ!! ビクは何にも解ってないじゃない。 あたしはビクにヤキモチを焼いてるのよ。美久にじゃないわ」
「エリーサ様……」
「だから、もう来ないなんて言わないで」
エリーサはそう言って、ビクトールに背伸びして口づけた。ビクトールは信じられないという表情で固まってしまった。
「『様』はNGなんでしょ、だからペナルティーよ。おやすみなさい」
エリーサは、真っ赤な顔でそう言って走り去った。
「は、はい、おやすみなさい。では、また明日!」
ビクトールは、悪い魔法から解けたかのように、2~3度首を振って、慌てて愛しい人にそう返した。




theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

希代の魔術師-希代の魔術師20

 翌朝、ビクトールは王に謁見を願い出た。
「王様、あの話受けようと存じます」
「そうか、受けてくれるか。ガッシュタルトもこれで安泰だな」
王はそう言って側近に耳打ちをする。側近は座を離れて、扉の外に控えている者に王がクラウディアを呼んでいると伝える。
 程なく、クラウディアがニコニコと、
「ビクター、あの話、受けてくれるって本当?」
言いながら現れた。彼女の笑みにつられて笑ったビクトールだが、彼女のその腕の中を見てその笑顔が固った。
「あのその方は……」
クラウディアの腕の中でスヤスヤと眠っているのは誕生日をまだ迎えたことのないであろう、どう見ても男の赤ん坊。
「紹介するわ。エリーサの弟のデビッドよ」
「と、と言うことは。王子様!? なんですか、それじゃぁ私が引き受けずとも、ちゃんと継承される方がおられるんじゃないですか!! 前言撤回します。私、このお話お受けいたしません」
ちゃんとした王位継承者がいるのに、自分が出る幕などないと憤慨しながらビクトールは言葉を翻す。
「そうか、ではそれではエリーサとの結婚も白紙ということにするが良いのだな」
すると、王はニヤニヤとした顔でそう返した。その笑いに、
「何故ですか、何故そこまで王は私に継がせようとなさるんですか! よ、よもやかわいい王女様をどこかに嫁がせるのが嫌だとかいう理由ではありますまいね」
思わず頭をよぎった不吉な予感を口にする。
「ふっ、ばれたか」
王はビクトールの指摘に、くっくっと肩を揺らしながらそう言った。妙齢でなければ舌も出しそうな調子だ。
「ふっ、ばれたかじゃございません、王位継承と言えば王室は言うに及ばず、一国の命運がかかっているのですよ。それを娘かわいさなんて理由でどこの馬の骨とも判らない輩にさせようなどと、愚行にも程があります!!」
子供じゃあるまいしと、ビクトールが真っ赤になって抗議すると、
「だから、理由はそなたのそういうところだ、セルディオ」
王は、急に真顔になってそう言った。
「は?」
ビクトールは何がなんだかわからず、思わず不機嫌な形相で聞き返してしまう。
「界渡りで見聞きしたものを基にたちまちあのような氷温箱を作ってしまえる技術力と行動力。エリーサのことがあるとは言え、このガッシュタルトのことを自国とと同じように考えられる平等性。嫌がるミシェルに素早く薬を飲ませることのできる機転。
そして、本人であるそなたにいささかの野心もない。これが余がそなたを後継に選んだ本当の理由だ。なんだ、不満気な顔だな。話を聞いて少し調べさせたのだ。それに、幼い頃のことならこれも知っておったしな」
と、クラウディアを見る。
「そうですか、わかりました。しかし畏れながら言わせていただければ、それは王と言うより宰相の資質ではありませんか? ですから、王の側近の末席を汚させていただいて勉強させていただき、ゆくゆくはデビッド様をお支えしていく。それでよろしいのではないですか」
それでも尚、自分は王の器ではないと食い下がるビクトールに、
「まぁな、余がこれが国を治められるほど永らえればそれも良いかもしれぬが、余ももう歳だからな。まだ幼い内にもしものことがたちまち即位せねばならぬ。だか、身に合わぬ即位はこれを追いつめるだろうし、これが追いつめられれば国は荒れる。言わば、これは保険だ」
と、王も一歩も引き下がらない。王自身、彼を非常に気に入っているのだ。そしてビクトールもそんな風に家族として受け入れようとしている王の気持ちが嬉しかった。
「わかりました、このビクトール・スルタン・セルディオ、全身全霊王にお仕えし、私などに引き継がずとも良いよう永らえていただけるように頑張ります」
「では、早々に森の屋敷を引き上げてこの国に来るように」
満足気に笑う王に、びくトールは膝を折って深々と頭を下げた。

 こうして、ビクトールはガッシュタルト王に仕えた。ビクトールは誠心誠意王に仕えたが、彼は息子デビッドの成人を見るには至らなかった。
 ビクトールはそれでもデビッドを王にして自分は宰相にとどまろうとしたが、側近やクラウディア、果ては王子のデビットまでが皆で彼を王に押し上げた。
 そしてここに、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトという、後々吟遊詩人に挙って謡われる『王にして希代の魔術師』が生まれたのだった。





theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

自由-希代の魔術師21

「おい、自分が家に来いと言ったんだろう。それがどうして置き手紙一つでガッシュタルトくんだりまで足を伸ばさねばならんのだ」
 ガッシュタルト城下の酒場で、男は再会を喜ぶこともなく、開口一番そう言った。
「すいません、私も成り行きでこの国に住むことになってしまったものですから」
それに対して身なりの良い若者がそう言って頭を下げる。
「ガッシュタルト王の補佐官の一人になったらしいな。予想通り嫁の尻に敷かれておるのじゃな」
大体、あやつは見るからに跳ねっ返りだと、男――テオブロ改めデニス・ガーランドが笑う。
「尻に敷かれてはおりませんよ。一応王の補佐官という形は取っていますが、実質はニホンで見たものをいくつかこちらで応用できないか研究しているだけですから。やっていることは森の中とさして変わりません。ま、彼女の跳ねっ返りは否定はしませんけどね」
そこがまたかわいいんじゃないですかと、相手の男――ビクトール・スルタン・セルディオが相好を崩す。
「それを世間では『尻に敷かれる』と言うのだ」
デニスはその様子に呆れ顔でそう言った。

「良かったら森の家は自由に使ってください。大きな実験はそちらでやろうとは思ってますが、それ以外はとても帰れそうにもないので」
そして、ビクトールがそう申し出ると、
「ああ、いらんいらん。あんな不便な所に住んでいた貴様の気が知れん。第一儂は貴様のように結界は張れんしな」
それに対して、デニスは大きく手を振りながらそう答えた。そして、
「痩せても枯れても儂は元王弟だぞ」
と、そこだけはトーンを落として付け加える。デニスは身分証の自分の新しい名を指でなぞりながら、
「最初は驚いたがな、折角貴様がこのガッシュタルトの民としての身分を証してくれたんだ、このままこの国で暮らしていくさ。儂を知るものと見える機会もないとも言えん。それでもここなら堂々と『他人の空似』と笑い飛ばせるからな」
と、晴れやかな顔で言った。そして、
「自由というのは本当に気持ちの良いものだな。それに引き替え貴様は……同情を禁じ得んよ」
と、ビクトールが後々即位してほしいと言われていることを見透かすかのようにそう続けた。

 デニスはガッシュタルト郊外の中程度の町に居を構えた。なにもかも使用人任せの王弟の生活から一転、身の回りのことの一通りを自分でやるようになったという。と言うより、定職に就いていないデニスはそうでもしなければ暇なのだ。ささやかな庭で大好きなポペ(真っ赤な生食する野菜の名前)まで作っていると言う。
 そして、手慰みに文章を認めているという。それも母ミランダのことを元にした泥沼の王朝絵巻。ほかのことはともかく料理だけは面倒だと足しげく通っている食堂の看板娘との話のきっかけに、物語と称して話し始めたのだが、当の看板娘がどんどんと続きを要求するため、順を追って認めることになったのだ。
 そんな日々の生活を知らせる手紙をビクトールにまで送ってくるあたり、デニスは生来から書くことに向いているのだろう。
 ビクトールは時間を作ってデニスに会いに行った。そして、件の物語を読んだビクトール即座に本にするよう手配した。
 この本は貴族の若い女性たちの間で大ブレイクした。それでデニスは兄王からの生活援助を断り、童話から戦記まで次々と発表していった。
 
 この後、彼の許にかつての妻シンシアが彼を追ってきて、彼の自由はいくらか束縛されることになる。デニスは、
「死んだことにしてまで、来ずとも良いのに。折角の自由な暮らしが台無しじゃ」
と嘯きながらも、大それたことを起こした自分をそこまで慕ってくれることに喜びを隠せない。
 ミランダ様も本当はこうなることを望んで導いておられたのかもしれないと、そのやに下がった表情を見てビクトールはそう思ったのだった。

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

天使の休息 前編-稀代の魔術師22

ガッシュタルト城執務室-

(雪か……)
 ビクトールは目を通していた書類から顔を上げて窓の外を見る。温暖なガッシュタルトには珍しく、どうりで今朝から寒かったはずだと。
 まるで今のこの国そのままの天気だなと、ビクトールはこっそりため息をついた。
 ここの所、ミシェルの調子が思わしくない。元々彼が自身で体調管理ができるはずもなく、少しでも気分が良いと動き出してしまう。それでも 起きていられるのは隔日、いや2日おきになってきているのだ。
 魔法は万能ではない。外傷に対しては跡形も消してしまうほどの威力を発揮したりもするが、逆に内から弱っていく症例にはもどかしいほど役に立たない。加えてエリーサは第二子を妊娠中であり、王の体調も優れないため、ビクトールが政務を代行しながらフレデリック・クラウディア・ビクトールの3人が王と王子の二人を看ているという状況だ。
(それでも暖かくなれば……まだ、大丈夫なはず)
結果的に自分に暖かい家族を与えてくれた、花のような存在をまだ失いたくはない。それまで持ちこたえてほしいと祈るような気持ちで机に突っ伏した時だった。
 城の中庭から子供たちの歓声が聞こえてきた。ビクトールが立ち上がって窓の外を見ると、中庭で舞い落ちてくる雪を相手に転げ回っているのは、彼とエリーサとの第一子、アイザックと……ミシェルだ!
 中庭に飛んで出たビクトールを見つけたアイザックは、
「あ、ちちうぇー。雪だよぉ。きれいだよぉ、つめたいよぉ」
 屈託のない笑みを自身の父親に向ける。ビクトールは一瞬何故ミシェルを連れだしたのだと息子を怒鳴りそうになったが、アイザックはまだ3歳になったばかり、ミシェルに誘われればその事の重大さもわからず喜んで外遊びに応じるだろう。ビクトールはぐっと拳を握って、
「そうだね、とってもきれいだ。でも、寒いからもう入ろう、ミシェルもほら、お熱がでるから早く……」
努めて穏やかな口調でそう言ってミシェルの手を取ろうとしたが、ミシェルは
「イヤ、ザックとやくそくした。ゆきがふったらあそぶって」
と、最近の状態を考えるとあり得ないくらい俊敏に掴もうとした彼の手をすり抜ける。そしてアイザックと雪遊びの続きを始める。
(このままでは取り返しのつかないことになってしまう)
<Stop!!>
少し焦りを感じたビクトールは彼が嫌がるので普段は決して使わない拘束の魔法を発動した。だが、ミシェルはそれをまるで蠅でも追うかように周りの空気をかき回すと、その術を跳ね返してしまった。ミシェルには魔力はなかったはず、その彼に何故自分の術が跳ね返せたのか理解できないまま立ち尽くすビクトールに、ミシェルは今舞っている風花のように笑うと、
「ねぇ、さいごだから。いまだけ、おねがいビク」
と言った。
-さいごだから-ミシェルの言うそれが最期だからと脳内で変換されて、ビクトールはその途端、身じろぎもできなくなってしまった。まるで、ミシェルにかけた拘束が反射してビクトールにかかってしまったかのようだ。
 やがて、追って現場に駆けつけたフレデリックはその様子に、
「ビクトール、君は何をしている!」
と怒りを露わにして、ビクトール同様拘束呪文を唱えるが、やはり弾かれてしまう。
「一体、どういうことなんだ」
そう言ったフレデリックに黙ったまま頭を振るビクトール。
 言葉をなくしたまま大の男二人が立ち尽くす中、子供の晴れやかな笑い声だけが響く。
 やがて、ミシェルは満足気に、
「たのしかった。もうおへやはいろ」
と言った。
「えー、まだあそぶ」
とまだ遊び足りないアイザックに
「ぼく、ちょっとつかれたの。ねんねする」
とミシェルは返した。それを聞いてアイザックは、
「じゃぁ、ご本読んだげるね。ボク取ってくる」
そう言って先に城内に飛び込んでいった。そしてアイザックの姿が城内に消えた途端、ミシェルはその場に崩折れた。
「ミシェル!!」
それを合図に、フレデリックとビクトールが金縛りから解放されたかのように彼に駆け寄る。ミシェルの意識は既になかった。
 

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genre : 小説・文学

天使の休息 後編

 それから一週間……
 アイザックは後悔していた。
(お外で遊んじゃいけなかったんだ。ミシェルはずっと病気だったのに……)
 父上がボクをミシェルのお部屋に入れてくれないのはきっと怒ってるんだと。
 アイザックがそんなことを考えながら自室で膝を抱えていると、そこにエリーサが入ってきた。
「ははうえ、ミシェル大丈夫? ボク、ごめんなさい。ちちうえ怒ってる?」
アイザックは、あふれてきた思いを整理できないまま、次々と口にする。
「いいえ、お父様は怒ってらっしゃらないわ。それに、ミシェルの目が覚めたの」
「ミシェル、起きたの!」
ミシェルが起きたと聞いて、まだ幼い彼はそれが元気になったと同義だと捉える。加えて、
「ええ、あなたにご本読んでほしいって」
と、ミシェルからそんなお願いをされれば、彼のテンションが一気に浮上するのは当然のことだろう。
「うん、行ってくるっ!!」
アイザックはぱぁっと顔を輝かせて、本棚にある一冊の絵本を取りだした。それは男の子とぬいぐるみが大冒険する物語。デニスがミシェルとシェリルを主人公にして書いたものだ。
 実はアイザックはまだ文字が読めない。しかし、その本はミシェルとともに何度も何度も母から読んでもらっているものなので、彼はページを開くだけで母そっくりの口調でそれを『読む』事ができるのだ。
 元気よく飛び出して行ったアイザックには、部屋に残った母エリーサが一人声を押し殺して泣いていた事を知る由もなかった。
 
 アイザックはいそいそとミシェルの部屋に入ろうとしたが、その中の空気の張りつめ具合に一瞬立ち止まった。ミシェルの元気になったとは言えないその姿と、父や祖母、伯父までが詰めている状況に気後れしてしまったのだ。それに気づいた父親の、
「ザック、入っておいで」
と言う声でやっと入室できた彼は、素早く父親の脇にへばりつく。
「ミシェル、アイザックが来たわよ」
クラウディアがミシェルの髪を撫でながら優しくそう言う。それを聞いてミシェルは、
「ごほん、よんで」
と、全身から絞り出すような声でアイザックにささやきかけた。
「うん」
アイザックは絵本を開いた。あとはノンストップで読み進めるだけだ。抑揚をつけて語っていくにつれてアイザックは物語に集中して周りの緊張感を忘れていった。
 そして、アイザックは、
「おしまいっ」
と元気よく叫ぶと、どや顔でミシェルを見る。ミシェルは穏やかに微笑んで、傍らのシェリルを今一度引き寄せると、
「おもしろかった、ありがと、またね」
と言って、すーっとまた眠りの-今度は覚めることのない-世界に旅立っていった。周囲に嗚咽の漏れる中、
「あれぇ、ミシェルまた寝ちゃったのぉ」
とアイザックだけがその意味を解らずつまらなそうにしていた。

 翌日からアイザックはまたミシェルの部屋に入れてもらえなくなった。ミシェルとはあれからお庭で一回会ったきりだ。
(ミシェルはそのときもずっと眠ってたけど)
(いつになったら、ミシェルとまた遊べるのかなぁ)
アイザックがそんなことを思いながらミシェルの部屋の前に立っていたときのことだ。
「ザック、久しぶりだな」
そう言って声をかけてきたのは、デニスだ。デニスは父の古い友人だが、ミシェルとも仲がいい。
「ミシェルに会いに来たの? でも、ミシェルの部屋には入れないよ」
「知ってるよ、ミシェルはもうここにはいないからな」
「えっ、ミシェルいないの?」
ミシェルがいないと聞いてアイザックは驚いた。
「ああ、ミシェルはな、シェリルと新しい旅に出たんだ。今日はそれをザックに伝えに来た」
デニスは、屈んでアイザックに目線を合わせてそう言った。
「ミシェルが旅?」
「そうだ、アシュレーンでゾウを見てくると言ってた。それだけじゃない、いろんなとこでいろんな物を見てくるそうだ。だから、しばらくは帰れない。でも、時々連絡をくれるそうだ」
まだ小さいアイザックはミシェルにもう会えない理由をそんなデニスの説明で納得したようだった。
「ミシェル旅に出たのかぁ、ボクも行きたかったな」
アイザックはちょっと残念そうにそう言った。すると、デニスは頷きながら、
「ザックもいつかは行ける」
と返した。
「ボクもいつか行けるの?」
「ああ、いつかはな。ただまだまだずーっと、ずーっと先だ。きっと、その時にはミシェルが迎えに来てくれる」
「ホントに?」
「ああ、本当だ。だからそれまでいい子で待てるな」
ミシェルにまた会えると、瞳を輝かせたアイザックの頭を撫でながら、デニスはそう言った。しかし、笑っているその眼にうっすらと涙が浮かんでいることに、アイザックは気づかなかった。

-ガッシュタルト城、執務室-

「先ほどは、どうもありがとうございます。」
「見ていたのか、セルディオ」
執務室に入った途端、立ち上がって頭を下げるビクトールに、デニスは照れながらそう返した。
「はい、ザックはあれから毎日あそこで長い間立っているものですから。正直、あの子にミシェルの死をどう説明すればいいのか迷っていたんです」
それに対して、ビクトールがため息をつきながらそう答えた。
「そうだな、下手にストレートに話すと、雪遊びの件があるから自分のせいでミシェルを死なせたと思うだろうしな。ザックが嘆き悲しむ姿をミシェルはそれこそ望まんだろう」
デニスは脇に置いてある椅子にどっかりとふんぞり返ると、
「それにあれはな、儂の次回作の執筆宣言だ」
と続ける。
「あの物語の続きを書いてくれるのですか、ザックのために」
「ザックのためじゃない、儂自身のためだ。儂が自分の中で昇華させたいのだ。あやつはある意味儂の理想だからな」
「あなたの理想?」
「そうだ、血として王に一番近い位置にいながら王にはなれなかった、あやつと儂はどことなく境遇が似ている。むしろ自由に動けない分、あやつの方が悲惨だ。
なのに、あやつはいつも笑っている。嘆くことを知らないのだからな。最初は見てて悲しくなったぞ。
だけどな、それはあやつがあの過酷な己が人生を全うするための天の計らいだと思うようになった。
だからこそ、あやつは関わる全ての人に愛される存在なのだと。あやつと関わるとどんな者も癒されるからな。そして、儂も癒された者の一人だ。そんなあやつには、せめて伽の中ででもいつまでも生き続けてほしい。と言うか、物書きの儂には、想いの全てを認めなければ、あやつを思い出にはできそうにないのだ」
何とも厄介な性分だろと、デニスは苦笑した。
「閣下……」
「書かせてくれるか」
「ええ、是非に。閣下は素晴らしい魔術師です。私にはミシェルをそんな形で永らえさせることはできませぬ故」
「セルディオ、閣下は止めてくれ。もうあの頃の儂は捨てたのだ。
しかし、魔力のかけらもない儂が魔術師か」
これは面白いと、デニスはビクトールの言葉にそう言って豪快に笑った。

 以後、デニスはミシェルとシェリルの冒険をライフワークとして書き続けた。彼が最期に認めていたのも彼らの物語だったという。そしてデニスは、
「ミシェル、待たせたな」
満足げに笑うと、彼と共に旅立ったという。













 

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

ファンタジーなんてっ……

希代の魔術師、これにて終了とさせていただきます。なんとなくエンドマークを付けるのも寂しくてつけなかったですけれど、オラトリオ組は一応コレでお別れと言うことで……

今回、苦労したのは、ズバリ名前。日本人の名前なら比較的苦労したことのないたすく、カタカナ名前に悪戦苦闘いたしました。
また、よしゃいいのに、王族面々にミドルネームなんぞ冠したもんだから、面倒臭さ倍増。一人(コータル殿下)に付けたら、他の子に付けない訳にはいかなくなって、アップアップ……

なので、英語もどきの世界の設定ですが、キャラの一部は英語の発音に準じてないです。

大体、主人公のビクトール・スルタン・セルディオ自体がもう既にイタリア系。だけど、クラウディア(この子はドイツ系かな)ビクターって呼ぶのが正解なんですけど、どうもビクターではお軽いと思ってしまったんですよね。

ミシェルは天使という意味でのネーミングですが、完璧フランス語の読みです。英語だとマイケル。でも、マイケルにすると、元気に走り回ってしまうんですよね、脳内で。最後には「ミッシェル・ポルナレフ」さんはイギリスのロックアーティストだったよねってことで、押し切りました。

それにちっとも武くんにかすってないってお思いかも知れません。実はそこはたすく、ちゃんとググりました。ミシェルのミドルネームのクウェルクスは英語で櫟の意味です。

フレデリック(こいつもドイツ系?)の愛称はフィール。つまり気分ちゃん(紀文ちゃん)ということなんですよ。

最初はどーだろ? とかも思ったんですが、『異世界だもん!』の一言で全部開き直ったたすくでした。

ふぅ、ファンタジーなんて、大っ……好きかも知れない。

だって、次回は日本に戻って、美久たちの後日談書くんですもの。

すいません、まだまだ「ターポイ」に帰れそうにもありませんです。

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genre : 小説・文学

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