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道の先には…… 1

「だぁーっ、もう! やっぱりお前と来ると禄な事がねぇ、この疫病神!!」
そう言って車のダッシュボードを叩くのは、僕の会社の先輩鮎川幸太郎。
「そんなぁ、道に迷ったのは僕のせいじゃないですよ」
遠慮がちにそういう僕を先輩はぐっと睨んだ。
「宮本、お前のせいじゃないって!? この状態のどこが都内で頻繁に迷子になる地図の読めないお前のせいじゃないって言うんだ。だから、ナビ付きの俺の車で行くって言ったんだ」
「でも、こんな山道で先輩の真っ赤なセリカちゃんなんて走らせたら、それはそれで何と言われるか……」
それで遠慮がちにそう言った僕に先輩は間髪入れずに、
「黙れ、ヘタレ宮本のくせに。確かにこんな道で俺のかわいいセリカWXに傷でもついた日にゃ、泣くにも泣けない。でも、こんな訳の解らないところで迷うよりは何ぼかましだろ」
と、返した。
「けど、今回は地図見てないし、僕のせいじゃないですって!」
「うるさいっ! 自分が地図見れないのを自慢するな!!」
そう言いながら不毛な言い合いをしているそのとき、ものすごい光に包まれたかと思うと、僕たち(正確に言えば僕たちの乗った車)はいきなり落ちたのだった。
何でだろ、たしかに前に道はあったはずなのに……
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theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

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道の先には…… 2

 僕たちはしばらくそのまま気を失っていたらしい、次に気がついた時、森の中にいた。落ちる前も山道を走っていたのはそうなんだけど、木の種類が全く違っていた。落ちる前に走っていた周りの木はいかにも日本らしい杉木立だったけれども、今目の前にあるのは広葉樹。しかも、青々としている。それに、心なしか気温も高い気がする。
 それに、落ちてきたはずの切り立った崖とか斜面なんてものはなくて、緩やかな丘みたいなものが遙か向こうまで広がっている。アスファルトで舗装された道は石畳になっているし、なにより確かにかなりな高さを降りたはずなのに、僕たちはもちろん、会社の車(先輩に言わせれば廃車寸前のポンコツ)にもぜんぜん傷なんか一つも付いていなかった。
「おい、宮本、乗れっ」
それを確認した先輩は、そう言って車に戻る。慌てて僕も車に乗るとエンジンをかけ発進させた。
「ちゃんと走るみたいですね」
「ああ、ポンコツの割には上等じゃねぇか」
先輩はそう言ってさらに車を走らせた。
 しばらく行くと道ばたに大きなリンゴの木が見えてきた。真っ赤な実が所狭しとひしめき合っている。
「そう言えばお腹空きましたね。あのリンゴ食べましょうよ」
「宮本、お前の頭には食うことと寝ることしかないのか?」
「そんなこと言ったって、お腹空いたんですから。それに、こんな道ばたにぽつりと植わってるんだから絶対に野生ですよ。採ったって誰にも怒られないと思います」
呆れる先輩に僕は胸を張ってそう答えた。どう言ったって先輩は僕をバカにするだろうし、それなら開き直って空腹を満たす方が建設的だと思わない? 
「じゃぁ、お前勝手に行って採って来い! 俺は知らん」
先輩はそう言うと、僕をリンゴの木の端まで戻って降ろしてくれた。
 僕は僕の背でも届くところになっている実を三つ四つ採り、その内の一つにかぶりついた。
「うー、おいひい」
間違いなく完全無農薬のそれは、僕が今まで食べたリンゴの中で一番美味しかった。
 しかし次の瞬間、僕は
「ぎゃっ!!」
という、悲鳴を上げた。
「宮本、どうした? やっぱり毒リンゴだったのか、それ」
その悲鳴を聞きつけて先輩は後から考えるとあんまりな台詞を吐きながらそれでも降りてきてくれた。
「違いますよ、ほ、ほらアレ……うわぁ!!」
そのとき、震える僕に向かって、そのゲル状の物体が突進してきたのだった。
 

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genre : 小説・文学

道の先には…… 3

 先輩はとっさにその辺にあった木の棒を持って構える。某ド〇ク〇の初期アイテム『ひのきのぼう』っていうのがあるけど、さしずめこれは『りんごのぼう』ってところだろうか。何にしても再弱アイテムには違いない。確か剣道2段の先輩は格好に反して意外と素早いゲル状を、それでバンバンふっ叩いている。何をしても様になる人だと思う。
 そのとき、先輩がぶっ叩いているのとは別のゲル状が僕の足にまとわりついてきた。ひえ~っ、キモチワルイ!! 僕は全身総毛立ちながら、そのゲル状に自分の食べていたリンゴをぶつけた。そして自分の手でもげる範囲のリンゴを次々ともぎとって、ガンガンゲル状に投げつける。
「宮本、もういい。これ以上やったら、リンゴがもったいない」
しばらくして、そう言いながら先輩が僕の腕を抑えた。
「僕がどうなってもいいっていうんですか」
「どうなるって、どうもならんだろ。もうこいつとっくにノビてるし」
だって、こんなアンデットっぽい奴、またすぐ復活して動き出しそうな気がするんだもの。そう言おうとした僕に先輩は、
「でも、お前思ったよりもなかなかやるな。さしずめ技名は『リンゴ乱舞』ってとこか。ガキ大将に泣きながらめちゃくちゃな攻撃加えるチビガキみたいで、なかなか良かったぞ」
と言った。一応褒められているみたいだけど、そんな褒め方ってなんかウレシクナイ。
 とにかく、投げたリンゴを回収して(だって、そのまま放置したって腐っていくだけだし、それなら洗って食べた方が……)車に乗せると、先輩はそれを見て鼻で笑った。 その時、ちょっと離れたところから
「Help help me!」
と、ちょっと訛った英語で助けを呼ぶ声が聞こえた。僕はその声を聞くと、自分のスキルなんてものは一切無視して、そこに走り出していた。
「おいこら、宮本! 待てよ!!」
それをみた先輩がやれやれと首を振りながら、今度はトランクを開けて車から修理用のスパナを取り出し、僕の後を追いかけた。

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道の先には…… 4

 僕たちが駆けつけると、声の主は茶髪で碧眼の男。大きな荷物を今度は犬? みたいな(そう言うにはかわい気のない)奴らに取られようとしていた。その男自身結構ガタイもデカくて一匹ぐらいなら振り切れるんだろうが、相手は4匹もいて、その中の一匹が指揮して集団的に動いているという、なかなか獣とはいえ賢そうな連中だった。
 僕はそのときになってやっと、自分がリンゴを車の中に全部置いてきたことを思い出した。
「宮本、お前は下がってろ!」
僕がそのことに気づいてあたふたしていると、先輩はそう言って、スパナで犬もどきをボカボカと殴ってあっと言う間に退散させた。

【助けてくだすって、本当にありがとうごぜぇました。この中には王都にもって行かなきゃならんでぇじな手紙が入っていたもんで、焦ったですじゃ】
その男の人は何度も頭を下げながらで早口にそう言った。
【オウト? オウトって何?】
【王都と言えば、王都グランディーナに決まってってでしょ? おかしなことを聞かんでくだっせ】
「先輩、この人変です」
「さっきから出てきている変な化けもんと言い、この外人と言い、確かに妙だがな、俺に言わせりゃお前も変だ。大体俺には何を言ってるのかさっぱりわからん。そんな男とちゃんと会話できているお前っていったい何だ?」
「えっ、先輩わからないんですか。この人王様に届ける手紙を守ってくれたってお礼言ってるんですけど」
「お前こいつがしゃべってることわかるのか?」
ものすごく驚いてそう言う先輩に、僕は逆にビックリしながら頷いた。確かに早口だったし、ものすごく訛ってるけど、この人のしゃべっているのは基本英語だ。それがわかれば、時々くるう文法を少し修正すれば内容はつかめる。
「だって、この人のしゃべってるの英語ですよ」
「英語?」
「ええ、かなり訛ってますけど」
「宮本、お前帰国子女か?」
「いいえ。大学英文科でしたけど、外国なんて一度も行ったことないですよ、僕」
「じゃぁ、何で解るんだ?」
「僕授業ちゃんと出てましたもん」
外国に行ったことがないと言った僕に信じられないと目を瞠った先輩に僕は胸を張って答えた。

「……とにかくだな、この男が変なのかお前が変なのかもう少し行ってみれば判るだろ。おいそこの、お前も乗れ! ……Ride in This car」
先輩はひとしきり頭を抱えてから、そう言って男に車に乗るように強要した。
【この車に乗ってくださいと言ってます】
だけど、先輩に車に乗るように言われてもきょとんとしている男に僕が通訳する。
【コレに? 馬のない馬車に……ですかい? 勇者様方も、モンスターに襲われて馬を盗られたんですねぇ。それでおいらを助けて下さったんかぁ。ここでまず一休みしてから出発ってことですね。んじゃま、Lady】
男はそう言って、先に僕が乗り込もうとしていた助手席のドアを開けると、僕の手を取った。そして、僕が乗り込むとおもむろにドアを閉め、自分は後部座席のドアを開けて荷物をドンと放り込むと自分も乗り込んだ。僕は勇者様とLadyという単語にすごく嫌な予感がした。その部分だけは先輩も理解したらしく、僕の顔を見てぶっと吹きながら車に乗り込む。
【で、これからどうするんですかい】
それから身を乗り出しながら聞いた男に、先輩は答える代わりにエンジンをかけ、思いっきりアクセルを踏んだ。
【ば、馬車が……馬もないのに走って…… ぎゃぁ~ お助けを!!!】
 続いて車の中には、僕たちが駆けつける時に聞いたよりさらにひきつった悲鳴が響きわたったのだった。


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genre : 小説・文学

道の先には……5

 車の中には晴れやかに笑う先輩と、恐怖でゆがんだ顔の男。
 やがて僕らの行く先に、見慣れないヨーロッパ風の田舎町が見えてきた。
【リルムの町だ!】
それを見て男はひきつったまんまでちょっと綻んだ。逆にそれを聞いた先輩の方が苦虫を噛みつぶした顔になって、車を停めた。
「やっぱり、さっきの光で僕たちの方がとばされたみたいですね。異世界トリップってやつですかね」
思案顔で僕がそう言うと、先輩は僕の頭を叩いて、
「何、冷静に分析してやんだ。ったく、やっぱりお前と一緒にいると禄なことがない」
とハンドルに突っ伏した。
「だぁからぁ、先輩が運転してたんだし、僕の所為じゃないですって!」
「うるさい、黙れ!! なら俺の所為だとでも言いたいか」
「別にそんなこと、言ってないでしょ!」
 だけど、僕たちがいつものように言い合いを始めた時、はじめは呆気にとられていた男がクスクスと笑い出した。
【おい、何笑ってんだ。それと、お前名前は?】
【マシュー、マシュー・カールっす】
すると先輩はむっとした顔のまま男に聞いた。
「先輩もこの人の言葉判るんですか?」
「お前がさっきこいつのしゃべってるのは英語だって言ったろ。お前にできることが、俺にできない訳あるか!」
僕が驚いて聞き返すと、先輩はそう言った。でも、よくよく考えてみると、名前聞いただけなんだよね。それだったら誰でもできる……なんてことは口が裂けてもいえないけど。
【で、勇者様方のお名前は】
【俺? 俺は鮎川幸太郎。あ、コータロー・アユカワ、わかるか?】
「OーOh,コータル、コータル」
「コータロー」
「コータロ」
「ま、これが限界か。OK」
マシューは頷くと今度は僕を指さしたので、
【僕は宮本美久。ヨシヒサ・ミヤモト】
「ヨッシャ?」
「ヨシヒサ!!」
「ヨッシャ?」
「よっしゃ、よっしゃそれでいい」
ヨッシャと言ったマシューに、先輩はうなづきながらOKを出す。
「勝手に決めないでください。よっしゃよっしゃって、何十年か前の政治家じゃあるまいし、良い訳ないでしょ!」
名前を聞かれてるのは僕なんですから。
「お前も古いな。じゃぁ、音読みでビクとでも呼ばせるか」
「音読み? ヨシでもヒサでもあるでしょ?」
まぁ、ヨッシャよりはまし……そう言いかけた僕に、マシューはビクというワードに反応し、
「Oh,ヴィク! ヴィクトリア!! OK、OK」
と満面の笑みで理解? を示した。
 だけど、ヴィクトリアって……
【ダメです、やっぱりダメ!! ヴィクトリアって言ったら女性の名前じゃないですか。ダメ、Not Victria! I’m not female!!】
「Not female!?」
慌てて訂正した僕に、マシューは目をまん丸にしてそう聞き返した。

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道の先には…… 6

【男ぉ!!】
【そんなにびっくりすることないでしょ!? 僕ちゃんとスカートなんか穿いてないじゃないですか!】
【そりゃ、勇者様の連れなんだから、お忍びの姫様なのかなぁとか……】
女性に間違われていたことに激怒する僕に、マシューが遠慮がちにそう言った。その目はどことなく傷ついた風。そして、
【バカ、こいつがそんな品のいい顔してるか?】
【確かに上品とは言えないかもしれないけど、かわいいじゃないですか。コータロと並ぶとお似合いです】
先輩がいつものように僕をこき下ろすのに同調して、何気に酷いことをさらっと言ってのける。ううっ、確かに165cmの僕は、183cmの先輩やほぼ変わりないだろうマシューからすれば小柄だけどね、
【げっ、こいつとお似合いだなんて言うな!】
すかさず先輩が言う。でも、それはこっちの台詞です。

【そうか、妙な光に包まれてこっちに運ばれてきたねぇ。あんたたちこれからどうするね】
 それから、僕たちはマシューにここに運ばれてきた経緯を掻い摘んで話した。マシューは僕たちが別に高貴な出自でもなく、歳もさして変わらないことが判ると幾分砕けた口調になっていた。だけど、元々敬語が曖昧(日本語が厳密すぎるのか)な英語では大して変化はないのだけれど。 それに、マシューが僕たちを高貴な出自だと勘違いしたのも、その口語というより、ブリティッシュイングリッシュな日本の英語教育が原因なのだろうし。 
 大体、僕だって私だって、こっちじゃ全部I my meだ。それが間違いの根元だって気がする……って、英語に八つ当たりしても仕方ないのだけどね。

【とにかく、腹が減っていてはなんもいい考えは浮かばんて、リルムの町で腹ごしらえといくか】
マシューに促されて僕たちは町外れで車を降りると(馬のない馬車なんかに乗っていたら、絶対にドン引きされるとマシューが言うので)リルムの町に入った。
【お、良いぞ。今日は市が立ってる】
見ると町のショボいメインストリートにはいくつかの屋台が出ていた。
「プリンだぁ!」
その中に僕は『Mon Pudding』という看板を見つけて色めきたった。車のないこの世界には当然プラ容器なんてものはないらしく、極小のブリキっぽいバケツに黄色いプルプルが収まっていた。
【それ三つ】
すると、その声を聞いたマシューがプリンを買って僕たちに手渡してくれた。
【助けてくれた礼だ、食え】
【うわぁ、ありがとう】
僕はそれを受け取ると、添え付けの木の棒で掬い取って口に入れる。予想通りと言うか、予想以上の美味しさ。
「んまい! 幸せだぁ~」
思わず日本語でうなってしまう。
「相変わらず、おまえの幸せはお手軽だなぁ。ま、なかなかいけるがな」
先輩もまんざらではない様子。
【旨いか】
【はい、とっても】
味を聞いてきたマシューに僕はぶんぶんと首を縦に振ってそう答えた。でも、僕の頷きにニコニコしながらマシューが言った
【そうだろ、そうだろ。ここいらは本当に良いスライムがいっぱいとれるからな】
の一言で、僕と先輩は互いの顔を見合わせて固まってしまった。
「す、スライム!!?」
「お、おえ~っ!」
僕が素っ頓狂な声を上げるのと同時に先輩が吐いた。あんなに美味しかったプリンの原料がほんのついさっき戦ったあのゲル状だっただなんて……
「ショックだ……こんなに美味しいものがスライムでできているなんて……」
「っていいながら、お前まだ食ってんじゃねぇか。一体どんな神経してんだ」
ショックだと言いながらどんどんと食べ続ける僕に、先輩は蒼い顔をしながらそう言った。
「だけど、こんなに美味しいんですよ。それに、途中で捨てるなんてもったいないです、そんなこと僕にはできません」
そのあとも僕は、
『何でこんなに美味しいものがスライムからできてるんだ』と繰り返しつぶやきながら、先輩の分のプリンも平らげたのだった。

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道の先には…… 7

 それから気を取り直して、僕たちは町で唯一の居酒屋兼食堂らしきところに入った。さすがにちゃんとした店構えならそんなに妙なものは出てこないと……信じてマシューに注文してもらう。ただ、先輩は料理と一緒にちゃっかりビールを注文していた。
「先輩、これからまだ車に乗るんだったら、飲酒運転はダメですよ」
と僕が窘めると、
「うるさい、これが飲まずにやってられるか。それに、車の存在していない社会で飲酒運転もクソもあるか」
と逆ギレした。言われてみればそうかも。たくさんあるからルールができてくるのであって、僕たちが乗っている車一台しかなければ、そんなものできる訳がない。
 やがてやってきた料理を僕たちは一切聞かずに食べた。もし聞いて、その材料にさっきマシューが襲われていた『犬もどき』やその他の妙なモンスターなんかが使われていることが判ってしまったら、僕たちは餓死しかねない。僕はともかく、先輩はその可能性大だ。その証拠に、先輩はさっきからベジタリアンに宗旨替えしたのかと思うほど野菜しかつっついていない。
 それでも何とか食事らしいものを終えると、先輩は徐にタバコを取り出して、ライターで火をつけた。それを見てマシューが驚く。
【コータロ、あんた剣の腕もあるのに、魔法も使えるのか?】
【は? ああ、これね。まぁちょっとな】
先輩はマシューがまじまじと見ている、今度の新商品につける予定だったロイヤリティーのライター(つまりタダもらいの品物)を手のひらで転がして不敵な笑みを浮かべた。 
「先輩っ!」
「何だ、宮本。お前何か言いたそうだな」
「先輩、コレって要するにおまけじゃないですか。そんなんで魔法使いごっこなんかしてると後でイタい目に遭いますよ」
「堅いこと言うなって。あっちが勝手に勘違いしてんだから」

 やがて、先輩が一服し終わり、僕たちは席を立った。
【あのぉ、お代は】
【はい、75ガルドになります】
そして料金を尋ねた僕に、店のおかみさんは愛想の良い笑みを浮かべてそう答えた。そうか、75。ずいぶん安いな。えっ? 75……75ガルドぉ!! 
「先輩、通貨単位が違う……」
「そりゃそうだろ。言葉が通じない世界で、金が一緒なわけないだろ」
持っているお金が使えないことに気づいて慌てる僕に、先輩は平然とそう返す。
「じゃぁ、どうして払うんですか! マシューにばっかり払わせられないでしょ?」
「何なら、お前が身体で払う? お前なら高く買ってもらえそうだぞ。何せビクだもんな」
続く僕の言葉に、先輩はそう言って高笑いした。

……やっぱりこの人、鬼だ……



  

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genre : 小説・文学

道の先には…… 8

【旦那、お困りですかい?】
 その時、店の奥から、ひとりの男が僕たちに近づいてきた。こぎれいな身なりをしていて、隙がない。旅人なのかかそれとも王都あたりの商人で、この町に来ているのか、何にしてもこの田舎町には似つかわしくないギラギラとした目つきをしていた。
【良けりゃ、あっしがお出ししやすよ】
と、続ける目線の先には先輩が握っているライターが……えっ、それがお目当てなの? 
【ふっ、あんたもこれが目当てか。安くはないぞ】
一応、先輩の名誉のためにライターとか言ったけど、実はアウトドアグッズの販促品であるそのチ○ッカマンを握り直して、先輩はそう言ってニヤリと笑った。そうやって見てみると、あの形はマジックロッドみたいに見えないこともないし、『キャンプのお供に……ファイアメイト』のロゴは、日本語なんて知らない彼らには何かの詠唱呪文を刻んでいるようにしか見えないかも。けど、安くはないって……元々タダでしょうが! 先輩、どんだけふっかける気なんだろ。
【数は用意できないでしょうかね。そしたらそれ相応の物はこちらも用意させてもらいやす】
【わかった、じゃぁ5つ6つ用意しよう。ただ、貴重品だからな、しかるべき所に隠してある】
 車の中に問題のマジックロッドもどきは100個以上あるって言うのに、先輩はそう言って、一人先に店を出た。僕に日本語で、
「つけられないように、お前はここにいてあいつを見張ってろ」
と言い残して。

道の先には…… 9

 先輩が戻って来て、僕たちはリルムの町の旅館の男が泊まっている部屋に行った。そこは回復系の木の実やら、石化防止のペンダントやらがいっぱい。僕が興奮しっぱなしで、一つ一つ眺めているのを先輩は些か冷めた眼で、マシューは幾分呆れた顔で見ていた。だって、これってリアルRPGのオンパレードじゃない! これが興奮せずにいられますかって!!
 僕はその中に古ぼけた本が一冊あるのを見つけた。何が書いてあるのか見ようと開いた僕に男は言った。
【止めときな、そいつは持ち主を選ぶんだ。大抵の奴は読めもしねぇよ】
先輩にはへつらっているクセに、随分と僕にはタメ口なんじゃない? なんて思いつつ、
【へぇ、そうなの】
と返しながら、僕はパラパラとページをめくって、
「火に関する呪文かぁ……fire ball<火の玉>って、笑えるぅ」
と声を出しながらその本を読む。それを聞いて男はおろか先輩やマシューまでもがギョッとして僕を見た。そして僕はその本の冒頭部分にあった『注意書き』を参考に『こめかみに意識を集中』して、もう一度、
<火の玉>「fire ball!」
と詠唱した。胸の前に広げた手にぽあっと赤い玉が生まれる。だけど、起こったことにビックリして気がそげちゃったのか、それはすぐに消えちゃったけど。
「うわっ、これってますますリアルRPG!」
と一人はしゃぐ僕に、後の3人の大の男は完全にフリーズしてしまっていた。

【お前、魔女なのか……】
しばらくしてから、やっと気を取り直して男がそう言った。僕は『魔女』というワードにちょっと『またか』と思いつつも、
【そうみたいですねぇ、僕、超ド級の初心者ですけど】
と男に返した。

 で、目立たないようにこっち仕様の服とか、ちょっとした武器などをチ○ッカマン計10本で購入。その中にはちゃんとさっきの『魔道書』(チ○ッカマン3本相当)も含まれている。
 僕はホクホクでその本を読みながら宿屋を出た。先輩はマシューに先に小声で耳打ちしてから僕に、
「こら、読みながら歩くな。転ぶぞ。それにな……」
とそこからぐっと声のトーンを落として、
「町のはずれまで来たら、一気に車まで走るぞ。その本を俺に渡すか、小脇に抱えてろ」
と言った。別に声のボリュームを下げなくたって日本語なんだから、ここの人は誰も解りゃしません、とか思いながら僕は小脇に本を抱えた。
 そして、町外れに来た僕たちは、一瞬3人で顔を見合わせると、車に向かって一気に駆けだした。

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道の先には…… 10

 僕たちが走り出した途端、慌てて追いかけてきた一団があった。総勢10名ほどか、さっきの商人が差し向けた者だろう。目的はたぶんあのチ○ッカマンだ。先輩が一人で取りに行ったのを見て、まだ隠し持っていると思ったに違いない。確かに希少価値と言えばそうかもしれないけど、なんだかなぁ。
 そんなに足は遅い方じゃないはずだけど、彼らは普段車なんか乗らずに生活してるんだろうから、かなり早くて少しずつ間合いを詰められている気がする。このままじゃ、車に乗って発進するためのタイムロスで追いつかれてしまう。何か彼らの足を止める方法は?
 その時僕が小脇に抱えている本がきらりと光った気がした。『君、持ち主を選ぶんだよね。僕を持ち主だと思ってくれているなら、助けてくれない?』と僕は本に囁きかけると、走るのを止め、追っ手の方に向き直ると『魔道書』をばっと開いて、そのページを見る。やった! 停止魔法だ!!
<汝の影よ、その大地に貼り付け! STOP!!>と唱えて、彼らをじっと見据えた。追っ手はまるで『だるまさんがころんだ』で鬼に見られた時のようにぴたりとその場で動きを止めた。
「宮本何をしている。早くこっちに来い!」
その様子に、先輩が慌ててそう叫ぶ。
「だ、ダメです。僕の今の集中力では、一瞬でも眼を離したらそこで術は切れます。だから、先輩が車を取ってきてここまで回してください」
「お、おう分かった。待ってろ」
先輩は僕のその言葉にそう言って、マシューに車に向かうように促した。そして車に乗り込むと、先輩は旋回しながら僕の前にピタリと車をつけた。その間約20秒。僕が眼を離すとすぐ、金縛りが解けた追っ手が慌ててまた走ってきたけど、僕が乗り込むのがわずかに早かった。先輩は僕が乗ったのを確認するとドアを閉める前にアクセルを全開で踏み込んで……一気にリルムの町を後にした。
 

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道の先には…… 11

【ここまでくりゃもう大丈夫だろう、ふえぇ、助かった】
しばらく走ったところでマシューがそう言ったので、先輩は車を停めた。
【それにしてもビク、お前すごいな。いきなり魔法を使いこなすか?】
【えへへ、あれは何でもいいから相手の動きを止められたらって思ってページを開いたら、たまたま停止魔法のページだったってだけです。偶然ですよ】
ビクと呼ばれるのは幾分不満だけど、褒められるのはなんだか悪い気はしない。そしたら、隣に座っていた先輩が
僕の髪をわしっと掴んで
「いい気になるんじゃねぇ」
と言ったので、僕はふくれっ面で先輩をにらんだ。
「大体、俺に命令するなんざ、100年早いんだ。ヘタレ宮本のクセに」
「でも、あの時には敵の動きを止めなきゃ……」
「だからって、できるかどうかも判んない魔法で乗り切りろうと思う奴があるか。まったく、寿命が縮まるかと思ったぞ」
先輩はそう言いながら、髪を掴んだままあらっぽく僕の頭をなで続ける。ああそうか、先輩心配してくれてんだ。
「先輩、ありがと」
「ま……解ればいいんだ、解れば」
その時、マシューがうん、と一つ大きな咳払いをして、
【俺に判る言葉でしゃべってもらねぇかな。どうもさっきから自分が邪魔者みたいな気がして、しょうがない】
と憮然とした表情でそう言った。
【邪魔者って……ただ、いきなり魔法を使ったのを叱られているだけです】
【コータロが怒ってる? 言葉が解らない俺からすれば、見つめあって愛を語り合っている様にしか見えなかったぞ】
【マシュー、気色悪いこというな! 何が悲しくて男に愛を語らなきゃならん】
それは、こっちの台詞!
【いや、愛があれば性別だって乗り越えられるのかなと……】
【マシュー!】
ぼそっと小声でそう言ったマシューを僕はキッと睨んで、パラパラと『魔道書』のページをめくる。
【さぁ、どれにしようかな】
その言葉に、マシューはもちろん先輩まで蒼くなる。
「おい、止めろ宮本。こんなとこで魔法なんか発動したら、このポンコツが爆発しちまう!」
【えっ、それがどうしたの? どうせポンコツでしょ?】
それに対して僕は笑顔でそう返しながら手を胸の前に繰り出す。その仕草を見て、先輩とマシューは同時に叫んだ。
【ひえーっ、魔女様お助けを!!】

……だから、魔女じゃないってば!!

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道の先には……12

 僕は指をこきこき鳴らしながら笑みを浮かべていた。でも、魔法を使おうとした僕は急にめまいがして目の前が真っ白になった。
 次に目覚めた時、僕はちゃんと宿屋のベッドに寝かされていた。
「目、覚めたか。急に目を回すから心配したぞ。マシューが言うには、魔力の使い過ぎだそうだ。初心者が時空系の停止魔法なんつー上級魔法をいきなり複数にかけるなんぞ、今まで聞いたことがないってよ」
そうか、MP切れって訳か。元々ほとんどMP自体が少ないのだろうし、
「あ、ありがとうございます。ちゃんと運んでくれたんですね」
「感謝してくれよ、マシューはあんな図体してるのに、実はちっとも力がないしで、結局俺が一人でここまで運んだんだからな。それにしても、おまえ重いぞ。抱き上げた時、腰が折れるかと思った」
「すいません、重くって。でも、僕は先輩がいつも抱いているような、女の人みたいに軽くはないですよ。なんせ男ですから」
『男』というワードに力を込めて僕が言う。
「うそうそ、重かなかったよ。ははは、魔女発言をまだ根に持ってんのかお前」
「当たり前でしょ? それよりマシューは?」
そう言えばマシューがいない。マシューが居たら、『また俺の分からない言葉で二人こそこそしゃべってる』と拗ねられかねないほど、日本語で会話している。
「あ、さっきなんかぼそぼそと訳の分からないことをつぶやきながら出かけるって言って出てったが」
 そんなことを話していると、マシューが戻ってきた。
【ビク、気が付いたか】
【うん、たった今】
【ほい、コレ】
マシューはそう言うと、真っ赤な実を僕の手の上に乗せた。
【何なのコレ?】
【これは、ガザの実だ。魔力の回復に効果がある。食え】
【買ったの?】
【いや、そこの森で取ってきた】
【わざわざ取ってきてくれたの? うわぁ、ありがとう】
【あ、いや、礼なんかいい】
僕が、お礼を言うと、マシューは赤い顔をしてもじもじしている。
【何? 僕何か変なこと言った?】
「おい宮本、お前がそんな殺傷能力のある笑顔なんかしてやるからだ。しまいに押し倒されるぞ」
それを見ていた先輩が、ぶっと吹き出しながらそう言った。うー、何考えてんだか、この先輩は。
 でも、真っ赤な顔をしているマシューのこと、ちょっとかわいいとか思ったりして……

 僕、ちょっとヤバいかもしれない。




 

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道の先には……13

  自分のそんな感情を振り払うかのように、僕はガザの実をがりっと大きな口で齧った。酸っぱい! それも梅干しなんて目じゃないくらい目から星が出てきそうなくらいの酸っぱさで、思わず口が歪んだまま固まる。
「ふ、ふっはい!」
真っ赤な色からは想像できなかったその味に驚いて、僕は思わず噛まずに飲み込んでしまった。
【あ、ごめん。不味かったか? 俺、味は知らなかったもんで】
その様子に、マシューが慌ててそう言う。そうだよな、見るからに体育会系の(その割には非力らしいけど)マシューが魔法系の回復アイテムを食べることなんてないんだろう。よく、こんな実の事を知っていたなと思った。まぁ、こっちの方では食べなくても基本のアイテムなのかもしれないけどね。
【ううん、ちょっと(実はかなりなんだけど)酸っぱかっただけ。心配しなくて、えっ?……!!】
それに対して心配しないでと言おうとした僕は驚いた。目の前にいたマシューがいきなりかわいい女の子になっていたのだ。歳はたぶん、10歳前後。同じ茶髪で碧眼なんだけど、髪は長くて緩やかにウエーブがかかっている。
【ど、どうした? そんなに穴のあくぐらい見つめられると、いくら俺でも照れるぞ】
だけど、そう見えたのは一瞬で、そう言った彼は相変わらずいかついおっさんだった。
【ぼ、僕疲れてるのかな。一瞬マシューが女の子に見えた……】
【は? どこをどう見たらこいつが女の子にみえるって!? おっさん丸出しだろうが】
それに対して、先輩は息も絶え絶えに笑っている。マシューも
【昨日の仕返しか、俺のどこが女だ。しかも女の子?】
と、怒ってはいるが、どことなく焦っているような気もする。
「使ったことのない魔法を使って、頭いかれたんじゃねぇか? もうこのまま飯食わないで寝ろ」
「えーっ、ご飯は食べますよ。僕MP切れで倒れたんですよ。食べなきゃ回復しませんよ」
先輩のご飯抜き発言に、僕は猛抗議した。でも、日本語のわからないマシューは心配そうに僕たちを見つめる。それに気づいた先輩は、
【心配すんな、大丈夫だよ。この食い気バカが簡単にくたばるか。飯抜いて寝ろってったら、怒ってんだよ】
と説明している。その説明も説明だけど、それに対して大きく頷いて納得するマシューもマシューだ。

 うー、僕病人なのに……みんな大っキライだ!!




 

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genre : 小説・文学

道の先には……14

 しっかり食べてぐっすり眠った僕は、翌日すっかり元気になった。魔力が完全に回復したかどうかは全然判んないけど、何だか今朝はどんどんと力が湧いてくる気がする。あのガザの実って、実は強壮剤? マシューがいきなりかわいい女の子に見えちゃったりするしね。
 朝食を食べ終えた僕は、先輩から“悲しいお知らせ”を聞く。どうやらあの通称ポンコツ(正式には社用車だけど)のガソリンがもう残り少ないと言う。
【たぶん、次の町までは保たないだろう。だから、ここに置いていく】
自家用車は、ガソリンなければただの鉄くず……よりまだ性質が悪い。中途半端なところでエンストしてしまえば道を塞ぐし、車を知らないこの世界の人の好奇の目にさらされる。悪くいけば山賊あたりにバラバラに解体されてしまうかもしれない。先輩の言うことはもっともだけど、気楽に着替えなんかの荷物は載せておけるし、何より僕らは営業と言ったって普段は電車や車を利用しての間つなぎの徒歩だ。そんなに長い距離を歩いている訳じゃない。あまり急な山道なんかはないみたいだけど、次の町まで歩き切れるのか?
【仕方ないかぁ……】
僕はそう相槌を打ちながら、ふと道端の屋台に目が行った。その屋台は、軽く干した魚をフリッターにして売っている。
「宮本、お前朝あんなに食ったのに、まだ食うつもりか?」
屋台の揚げ用の大鍋を凝視している僕に、先輩は呆れ顔でそう言ったけど、僕はそれに返事をせず、逆に店のおばさんに
【この揚げた後の油ってどうされるんですか?】
と聞いた。するとおばさんは、
【えっ、コレ? 捨てるだけだけど。カスは肥料にもなるけど、油は使いようがなくっていつも困るのよ】
頭を抱えるようなポーズをしてそう答えた。
【じゃぁ、僕がソレ、いただいていいですか?】
【持っていってくれれば、こっちも助かるよ。そこの樽がそうだから、好きなだけ持ってきな】
おばさんはそう言って、路地の隅に置いてある樽を指差した。
【じゃぁ、樽ごと頂いていきます】
【樽ごと!? いったい何に使うんだい。言っとくけど、もうそんなのじゃ何も食えるもんは揚げられないよ】
【別に食べませんから、大丈夫です】
驚いてそう言うおばさんに、僕は笑顔でそう答えると、
【さぁ、樽をひっくり返すのを手伝ってください。転がしていきますよ】
と、先輩とマシューに言った。先輩は慌てて
「お前、まさかこれをあのポンコツに入れるつもりじゃねぇだろうな」
と言った。
「ええ、そのまさかです」
僕は、先輩にそう言うと、先輩は憮然とした表情で
「確かにそういう車が一時話題にはなってたが、あれはソレ用に改造してるはずだ。お前、完全に壊す気か?」
と返す。それに対して僕はマシューに、
【マシュー、ここから王都グランディーナまではあと80kmくらいですよね】
と聞くと、マシューは
【ああ、あと町3つだからそれくらいだろうな】
と言った。
「何もそのままで入れるつもりはないですよ、先輩。まぁ見ててください」
僕はそう言って、首をかしげながら樽を押している二人の男の前を鼻歌交じりで先導していった。






 

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genre : 小説・文学

道の先には……15

 車の前まで樽を運んでもらった僕は、その樽を凝視し、中身だけに集中する。
「よし、ロックオンっと」
「何をやるつもりだ」
「先輩、石油っていうのは、太古の生物が化石になって液状化したものですよね。僕、文系だから詳しくしらないですけど」
「は? 俺も文系だしよく分かんねぇけど、そうだったかな」
「じゃぁ、それ再現しちゃえば良いんですよ」
「再現って……」
どうやったら再現できるってんだ? と頭の中に疑問符を一杯蓄えているのが丸分かりの先輩と、日本語で会話しているので、意味が分からず(もっとも英語で説明したってこの世界のマシューには内容が理解できるとは思えないけど)僕の出方を見守っているマシューを後目に、僕はもう一度樽の方に向き直って、
<汝その営みを止め、石となれ。Stone!>
と、中身を石化させ、
<Press>
と圧縮させる魔法を発動させる。それから、
<時の流れよ、汝の中で光陰の如く駆け抜けよ。Still!>
と、樽の中身の時間だけを一気に進ませた。
「さてっと、一億年ぐらい進んだかな」
「一億年!!」
「先輩、中身が液状化してるか確かめてください」
僕は一億年という途方もない数字に驚いている先輩にそう指示した。先輩は、
「宮本の癖に、俺に命令なんかするな」
と言いつつ、素直に僕の指示に従う。樽の栓を抜くと、嗅いだことのある揮発性の香りがあたりに広がった。
「う、ウソだろ? ホントにガソリンが出来てんのかよ」
「じゃぁ、入れましょう」
僕はそう言うと、車のガソリンタンクの栓を開いて、高く手を挙げると、
<汝その重さを天使の羽の如くし、我の手の動きに従え。Move!>
と唱えると、樽は軽々と空中に浮き、自分からガソリンタンクにその中身を注ぎ入れた。こぼれてしまわない程度で僕は
手を下におろす。樽はゆっくりと元の位置に戻った。
「はぁ、終わった」
その途端、達成感と共に、急激な疲労が襲ってきて、僕はその場に膝をついて崩れた。
【ビ、ビク!】
そこでかかっていた魔法が解けたかのように、今まで固まっていたマシューがものすごい勢いで駆け寄ってきた。
【ねぇ、大丈夫? 頼むから無茶なんてしないで!】
と、涙目で叫ぶその声は、いつもの低い声ではなく、高く透き通ったかわいい声だ。
【マシュー、やっぱ、かわいい。でも、その顔で、オネエ、言葉は、ちょっと、キモチ悪い、かも】
それに対して僕は肩で息をしながらそう言ってグッジョブポーズで微笑んだ。目がかすんで体が傾ぐ。
 その時、いきなり僕の唇に何かが触れた。強引に口に押し込まれる。えっ、まさかマシューが? キス?? と思った瞬間、目も覚めるような酸っぱさが広がる。

 それは、
【誰がオネエだ。ごたごた言ってないで、コレを食え!! 死んじまうぞ】
と言いながら、真っ赤になって怒っているマシューが手にしているガザの実だった。

道の先には……16

【まだ持ってたの?】
僕は酸っぱさで口を曲げながらそう聞いた。
【ああ、一つでもいくつでも手間は変わらんだろうが】
そりゃそうだろうけど、どうもこの強烈な酸っぱさは慣れない。『良薬口に苦し』とは聞くけど、『良薬口に酸っぱし』なんて反則技だ。まぁ、一晩ですっかり回復してまた魔法が使えたんだから、かなりの妙薬だってことは認める。でも、脳まで痺れる酸っぱさはどうにかしてほしい。
おかげで何とか倒れずに済んだんだけどね。

 せっかくガソリンを満タンにしたんだから、一気にグランディーナまで行こうと言った僕に、マシューは、
【王都は都会だ。こんなもんどこにも隠しておく所がない。リルムの町でもそうだったんだ、欲に駆られた連中にまた狙われるぞ。一つ手前のガルダモで降りて歩こう】
と言った。僕はそれに対して、ため息を一つ落として、
【そして、マシューは一人で行くんですよね、違う?】
と返す。マシューの肩が図星という感じで揺れる。
【俺には ……】
【大事な手紙を運ばなきゃいけないってことは解ってる……】
そして僕が言おうとしていることを聞きもしないで、
【解ってない、ビクは全然判ってない! 俺の正体も知りもしないでのこのこ付いて行こうなんてするな!! それに、お前にはコータロがいるだろ。コータロはコータロの考えがあるだろうが】
と怒鳴リ気味に先輩に尋ねる。それに対して先輩が、
【いや、俺は別にマシューとグランディーナに行くのには異論はないぞ。大体、この世界じゃ右も左も判りゃしないしな。ってことは、俺たちはどこに行こうが何をしようが自由ってことだ。それに王都ならひょっとして俺たちが元の世界に戻る方法を知ってる奴もいるかもしれないしな。俺たちにとっても全くの無駄足じゃないと思ってるんだがな。それとも、お前の方が一緒に行ってまずい理由でもあるのか?】
と聞き返すと、
【い、いや……まずいことなんて……ない】
と、なんだかしどろもどろで答えた。
【じゃぁ、問題ないだろ。『袖擦り合うも多生の縁』ともいうし、な、宮本】
【はい!】
ニヤリと笑いながらそういう先輩に、僕が元気に返事をする。それから、先輩が少し声をひそめて、
【それにな、こいつを敵に回したら怖いぞ。本気で怒らせてあの『一億年』の魔法なんかかけられてみろ。一瞬で塵だぞ】
と付け加えた。それを聞いたマシューはぎょっとして僕を見る。そして、ぼそっと
【そうだよな、魔女様を怒らせると禄なことがないよな】
と、つぶやく。次の瞬間、
【誰が魔女様だって?】
と薄笑いする僕に、二人は完全に固まった。でも、
【冗談はそれくらいにして早く、行きましょう】
と、言って一歩足を出したところで僕は目の前が真っ暗になってその場に蹲る。結局、二人に支えられて車に乗り込む始末だ。
 これじゃ、メガンテを連発するミニデーモンと変わらない……かも。

 

道の先には……17

 やがて、僕らの前にグランディーナの城郭が見えてきた。お城だけではなく、町自体も堀で囲まれていて、その端には警備の兵が常駐している。マシューが言うようにのんきに車で乗り付けられる雰囲気ではない。よくよく考えてみれば、城下町にそう易々と入れるようではそれこそ問題なのだ。
 僕たちは街道筋の外れに車を置いて歩き始めた。車に乗っている間に僕はマシューから口にねじ込まれたガザの実を身震いしながら完食してはいたけど、たかだか2~3時間のインターバルでは失ったダメージは回復しておらず、足下はおぼつかない。本当なら肩をかしてもらう所だけど、マシューも先輩も背が高すぎてそういう訳にもいかず、僕は蝉みたいにマシューにしがみついて歩いた。何故マシューかと言えば、先輩にそんなことをしたら、絶対になぐられると思うから。
 だけど、町に入るための跳ね橋の手前の所で、僕らに突進してきた一団があった。ちゃんとこの世界のトレンドに着替えてあるんだけどな、それでも『不審者』がバレた?
 思わず三人で顔を見合わせる。そして、半ば引き気味の僕たちの前に息を切らせながらやってきた老人は、先輩の前で膝を折り、
【殿下、殿下、よくぞご無事で。フローリア姫様が到着されてもお帰りにならないので、心配しましたぞ】
と臣下の礼をとった。で、殿下!? 電化じゃなくって?
(もっとも英語じゃ全く違う単語なんだけど)
 老人はポカンとしている先輩にお構いなしに、今度は立ち上がって僕の手を取ると、
【セルディオ卿もお役目ご苦労様でございました。はて、そこの御仁は……】
握手を求めながらそう言う。えっ、僕も誰かと間違われてるの? その中でマシューだけがそっくりさん? がいないらしく、老人が胡乱な表情で彼を覗き込む。それに対して、マシューが 
【わ、私はガッシュタルトのマシュー・カールと言う者です。フローリア姫に火急の文を届けに参りました】
つっかえながら老人に挨拶をした。
【なんと、ガッシュタルトのお使者であられるか。私め、このグランディール王国の家令を仰せつかっておりますクロヴィスと申します。さぁ、殿下、陛下も心配されておられます。一刻も早くお城へ】
と、先輩を促す。
「お、おいここは付いて行くべきなのか?」
それで慌てた先輩がこそっと僕に耳打ちをする。
「とにかく、マシューが手紙を渡すまでは、このまま付いて行った方が良いんじゃないんですか? でないと、マシューまで疑われて、手紙届けられなくなりそうです」
「分かった」
僕の答えに先輩は頷いてから、クロヴィスさんに続いて、城下町に入って行く。僕もそれに続いて歩きだしたけれど、まだ体に力が入らなくてマシューに寄りかかってゆっくりしか歩くことができない。それをクロヴィスさんに見とがめられた。
【やっ、これはセルディオ卿、いかがなされました。】
【あの、えっと、これはガス欠……いえ、ちょっと……】
ガソリン作ったから電池切れですなんて言えないしなぁ。僕が答えられずにもじもじしていると、
【長旅で体調を崩されましたか。それは大変】
クロヴィスさんは勝手に体調不良と判断して(この人ホント自己完結型だよねぇ)、一緒にいる騎士らしき人に目で合図を送る。
すると、見るからに屈強な男の人が、
【失礼します】
と頭を下げると、いきなり僕をお姫様だっこして歩き始めた。


 
 

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genre : 小説・文学

道の先には……18

【あ、大丈夫です。僕、ちゃんと自分で歩けますから】
男が男にお姫様だっこされているというとんでもなく恥ずかしい状況に僕は真っ赤になって抗議したが、だっこしている方の騎士は顔色一つ変えず、粛々と歩みを進めていく。
【ねぇ、降ろしてって言ってるでしょ!】
そして、なおも抗議を続ける僕に、少し前を歩いていた先輩がいきなり僕の方に向き直ると、
【そんなに気を使うな、セルディオは私を守るためにちと力を使いすぎた。ここまで戻ってきたからにはもう案ずることはないではないか。陛下の御前までは楽をさせてもらえ】
と言った。げっ、いきなり王子なりきりですか、先輩。確かに、みんなのためにガソリン作って力使い果たしましたけどね。そんな迂闊な発言して、もし偽物だってバレたらどうするんですか! 僕の顔が恐怖でひきつる。それを見た先輩はつかつかと僕の耳元まで戻ってくると、みんなに分からないように日本語で、
「こらっ、王子のフリしろってったのはてめぇだろうが。とにかく今はなりきって、お前の体力が回復し次第何か理由付けてばっくれりゃ良いんだよ。今のお前の体力じゃ到底逃げきれないからな。がんばってそのなんたら卿になりきれ!」
と言ってから、
【本当に、私に忠誠を尽くすのは良いが、自分の身も労ってくれよ】
とわざと大きな声でそう付け加えた。
【では、このように帰還が遅れたのはやはり殿下に……】
クロヴィスさんがそれを聞いて慌てて先輩に尋ねる。
【ああ、命も危うかったが、セルディオの力で何とかな】
調子に乗って先輩は王子の演技を続ける。それにしても、セルディオさんのキャラも知らないのに、そんなテキトーなこと言って良いわけ? でも、その発言に、みんながおぉという感嘆の声が挙がり、クロヴィスさんがにこにこしながら、
【殿下の危急を救われたのですか。さすがは希代の魔術師と謳われたお方。私も見込んだ甲斐があったというもの】
と返した。良かった。そのセルディオさんって言う人もやっぱり魔法使いらしい。顔が似るとキャラもにるんだろうか。ホッとした途端、全身から汗が噴き出す。
【陛下との謁見が終わられたら、一旦城で休んで行かれると良ろしいでしょう】
あ、セルディオさんは一応お城の人じゃないんだ。
 先輩さえ何とかできれば、僕は体調さえ回復したらここを出られる。僕は少しは希望を持てる展開に胸をちょっとなで下ろして、ふとマシューの方を見た。マシューの方も僕を見ていたらしく目があったが、何とも複雑そうな顔をして目を逸らした。マシューは日本語が解らないから、先輩は本当は王子様で、騙されていたとでも思っているのだろうか。
 マシューに本当のことが説明できないまま、僕たちはグランディール城内へと入っていった。
 
 

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genre : 小説・文学

道の先には……19

 城に入った僕たちにまるで卒業式みたいに両側に人の垣ができる。卒業式と違うのは彼らのほぼ全員が男性で、拍手の代わりに臣下の礼をとっている所だろう。
 人の波を進んで、広い部屋(謁見の間)に入ると、僕はやっと床に降ろしてもらえた。そしたら、マシューがさりげなく、僕に脇(肩じゃないのが本当に悲しいけど)貸してくれた。王様に謁見するのに座ったりはできないもんね。
 すると、王様が謁見の間につく前に、一人の女性が入ってきた。彼女はまっすぐ先輩のところに来て、
【コータル様ご無事で何よりです。本当にわたくし、心配いたしました。良かった】
と言った。王子様の名前ってコータルなの? 僕はびっくりする反面、マシューが幸太郎という名前をコータルと言ったことに納得した。こっちではコータルという名前が結構あるのかもしれないと。
 だけど、その女性を見てまたびっくりする。
「か、薫!」
先輩が思わず素っ頓狂な声を上げた。だって、そこにいたのは総務の谷山先輩のそっくりさんだったからだ。
 谷山先輩というのは、総務の女子社員で、先輩と売り上げの伝票のことなんかでつば迫り合い繰り返している、先輩とは犬猿の仲って感じの人だ。確か、谷山先輩のお祖母ちゃんがイギリス人で、どことなく日本人離れした顔(先輩はそれを『人間離れした顔』なんて茶化すけど)だから、この外人っぽい異世界集団にいても、僕らよりもっと違和感ないんだけれども。
 そのとき、谷山先輩もどきの体が傾いだ。先輩がとっさに彼女の肩を抱いて支える。
【フローリア姫様、大丈夫ですか】
それを見てお付きの侍女が慌てて彼女に近づいたが、先輩はそれをやんわりと制して、そのまま彼女を抱いたままでいた。そうか、谷山先輩もどきが、ガッシュタルトからきたフローリア姫なんだ。状況から考えると彼女はコータル王子の婚約者みたいだから、ふらつく婚約者をさっさと侍女に預けちゃうのはまずいもんね。
【姫様は殿下が消息を絶たれてからほとんど眠っておられませんでしたから】
侍女がそう補足する。
【だって、わたくしコータル様ともう会えなくなってしまうのではないかと不安で……】
【もう心配しなくて良い。私はこうして無事だ】
それを聞いた先輩は、そう言って彼女の頭を撫で始めた。そんな先輩の顔を横目で見ると、先輩はものすごく照れくさそうで嬉しそうな顔をしている。その顔はとても演技だとは思えない。もしかして先輩、本当は谷山先輩のこと好きだったの? いつもケンカばかりしているけど、よくよく考えてみればじゃれあっていたような……
「そっかぁ」
僕はぷっと吹き出してそう言うと、
「宮本、何を変な妄想してる」
と、先輩は横目で僕をにらんだ。僕は、
「何にも。あ、お姫様の手前、あまり日本語でしゃべらない方が良いですよ」
と返した。
 そのことで改めて僕の存在を思い出したみたいの(ホント、2人の世界だったもんねぇ)お姫様、
【セルディオ卿も、今度は誠にご苦労さまでした。あら、そちらの方は……】
とマシューを覗き込む。手紙を届けなきゃならないご本人登場で、しかもかなりの美人だから緊張しているのかもしれないけど、マシューは目を泳がせて明後日の方向を見る。
【ほらマシュー、ガッシュタルトからの手紙渡さなきゃ。本人が出てきたからって固まってどうすんのさ】
貸して貰っている脇を突っつきながら、僕はそう言った。日本語が通じるんだったら、彼の名誉のために日本語で囁いてあげたい位だ。
【手紙ですか? お父様かお母様に何か?】
僕の発言を聞いてフローリア姫がものすごく不安そうな顔になる。そりゃそうだろう、婚約者がやっと戻ってきたと思ったら、今度は親が……なんてことになれば、マジで倒れるかもしれない。でも、マシューは手紙を取り出すどころか、ますます明後日の方を向く。
 それを見たお姫様は、何かを気づいた顔になり、
【まぁあなた、なんて格甲をしているの? 正体をあらわしなさい!】
と、マシューに向かって一喝したのだった。

 マシュー! 君ってば何? 実はラスボスだったとか言わないでよね。
 

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genre : 小説・文学

道の先には……20

 フローリア姫に一喝されたマシューは唇をかみしめて立ち尽くしていたが、姫様が
【エリーサ! 分かっているのよ】
と言うと、マシューははぁっと大きなため息を吐いた後、それこそしゅるしゅるという擬音が聞こえてきそうな勢いで、どんどんと縮んでいき、あっと言う間に子供の姿になった。それは、僕がガザの実を初めて食べたときに見たあの少女だった。ガザ実を食べることで、一時的に魔力が上がって、マシュー(エリーサちゃんと言うべきなのかな)のかけている魔法を見破っていたのだろう。でも、僕は経験値が限りなくゼロに近かったから、一瞬だったんだろうな。
 それに、日本語と違って英語は言葉尻で性別を特定するのは難しいし、僕にとっては外国語だからマシューの体格で低音の声音で話されたら、僕の頭は無意識のうちにそれを男言葉として認識していた。だから、マシューのことを本当は女の子だったなんて微塵も思わなかったのだ。
【お姉ちゃま、なんで分かっちゃったの?】
エリーサちゃんは、フローリア姫にふくれっつらでそう尋ねた。
【分からない訳がないでしょ、あなたが家出したってことはとっくにソルグが知らせてきてるし。あなたがお城を出て、向かうとしたら、私の所しかないだろうって、おじいさまもね】
【そう、バレてたの……それにしてもあのバカ烏、速すぎるよ】
フローリア姫の答えに、エリーサちゃんが舌打ちをする。
【あら、あなたが遅すぎるのよ。大体、空を突っ切って飛んでくる烏に、徒歩のあなたが勝てるわけないじゃない。途中からは、コータル様たちの馬にでも乗せてもらえたの? 先触れの者からは、あなたたちが歩いていたと聞いたけれど】
 ソルグというのは、伝書鳩みたいなもんなんだろうか。烏だと、届けるのは不幸の手紙みたいな気はするけどね。
 それはともかく、この世界の魔法使いが箒に乗って空が飛べるかどうか僕は知らないけれど、あの魔道書にも、空を飛ぶ項目はなかったし、飛ぶ魔法とかはないのかもしれない。
 と言うことは、この幼い少女はなりを大人に変えていたとしても、たった一人で車で何時間もかかる道程を行こうとしていたってことだ。
 パシンッ、次の瞬間、広い謁見の間に平手打ちをする音が響く。いや、正確に言えば響かせる。僕が、エリーサちゃんの頬を打ったのだ。
「なっ、宮本!」
【ビク!! 】
フローリア姫をお姉ちゃまと呼ぶのだから、エリーサちゃんは間違いなく隣国のお姫様。国際問題に発展しかねないその状況に、周りは一気に青ざめた。だけど、僕は怯まずに、
【エリーサ様、あなたは何という無茶をなさるんですか。魔法で大人のフリをしたからと言って、それはあくまでもフリでしかないんですよ。あのときもたまたま殿下と私が通りかかったからよかったものの、そうでなかったらどうなっていたことでしょう。そうなったときに、お悲しみになる陛下やお后様のことを考えなかったんですか!】
と言った。
【だって……】
【だってじゃないです。知り合って3日と経たないこの僕が、それを知ったらこんなに苦しいんですよ。何もなくて本当によかった】
僕はそう言いながらエリーサちゃんの頬を撫でた。すると、エリーサちゃんは泣きながら僕にしがみついてくる。やっとこで立っている僕はちょっとよろけたけど、何とか踏ん張って、彼女を抱きしめた。その様子に、安堵のため息がそこかしこからもれてくる。
【お、おっほん、そろそろ陛下が参られます。お控えください】
 その時、奥の方から出てきた人が僕たちをちらりと横目で見てそう言った。僕は慌ててエリーサちゃんの身体を離し、臣下の礼をとって、王様を待った。

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道の先には……21

 しばらくして奥の扉が全開になり、王様が徐に大臣やらお付きのものを大勢引き連れて現れて玉座に着いた。人々は概ね遅ればせながらの王子のご帰還に喜びと安堵の表情を浮かべている。でも、若干名そうじゃない者もいるようだ。特に大臣らしき小太りの中年のおっさんは、顔こそ笑ってはいるが、目が笑ってはおらず、なんとなく心の中で舌打ちしているのが聞こえてきそうな気がした。
【コータル、ようやく帰って参ったか。あまりに遅いので、無法者に襲われて命を落としたという者まで現れてな、心配したぞ。いくらこちらでの挙式がまだだからとは言え、セルディオとたった2人でなく、姫の馬車と同行する形で帰っても良かったのではないか?】
王様は先輩にそう言った。やっぱりフローリア姫は王子の婚約者だったんだ。王様の言ってることを考えると、一応、ガッシュタルトでの結婚式は終わっているみたいだけど。
【いいえ、今度のことは私が不注意だっただけのこと。そのためにセルディオを大変な目に遭わせてしまいました】
王様の労いの言葉に、先輩がさっきのクロヴィスさんへの発言とも辻褄を合わせるように報告する。
【そうだ、セルディオ、コータルの命を救ってくれたのだとな。このバルド、高い壇上からではあるが、心から礼を言うぞ】
【とんでもない。私は殿下に仕えるものとして、当然の責務を果たしたまでのこと。そのようなお言葉、もったいのうございます】
王様の感謝の言葉に、僕は低くしている姿勢をなお低くしてそう答えた。というより、一旦膝をついてしまったら、もう元に戻せなくなっているのもある。ホントのところをいうと、僕の額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。

【して、その美しい少女は?】
続いて、王様は僕の横でそんな僕の様子を心配げに頭を下げているマシュー改めエリーサちゃんに眼を向けた。
【ガッシュタルト王女、エリーサ様にございます】
僕の紹介にエリーサちゃんは、王様にお辞儀をした。その仕草はとても優雅で美しい。こんなにちゃんとしつけられている彼女があの大男マシューと同一人物だったなんて信じられない。
【ごめんなさい、お姉ちゃまのご成婚がどうしても見たくて、コータル様を追いかけて、強引に付いてきてしまいました】
ここにいる理由をそう言ったエリーサちゃんに、
【そうか、やはり小さくても女性は女性ということか。姫の婚儀をそれほどまでに見たかったか】
と、目を細める王様。でも、結婚式を見るために男になりすましてまで、たぶん、200km近い距離は歩かんでしょう、普通。本当は違う理由があるんだろうけど、そこは今聞けないし、これは乗った方が良い。
【謝るのは私の方です。遅れた分、一刻も早く城に戻ろうと、あなたを先にお送りせずに、連れ歩いてしまいました。その上、リルムの町では危ない目にも遭わせてしまいましたし、そんな私をあなたはわざわざガザの実を取りに行ってまで看病してくださったじゃないですか】
と、熱くエリーサちゃんを見る。
【殿下と姫様のご婚儀が終わり次第、ちゃんとガッシュタルトまで私がお送りしますからね 】
【セルディオ様……】
エリーサちゃんがうるうるの眼で僕を見つめた。これで、僕はこの城を出られる。先輩は……このままグランディールの王子様になってもらおう。
 たぶん、僕の推測では王子様とセルディオさんはもうこの世にはいない。もしいたら、今頃きっとお城に帰って来れなくても何らかの連絡はしているはずだ。それがないってことは……そう言うことなんだと思う。

【それでは、婚儀は明後日に執り行う。国中に触れを出せ】
一通り話を終えた後、王様は高らかに結婚式の日程を宣言した。しかし、その時、慌てて
【王よ、お待ちください。騙されてはなりませんぞ。こやつらは、殿下とセルディオ卿を騙る偽物でございます】
そう進言したのは、一人眼の笑っていなかった小太りのおっさんだった。





道の先には……22

【テオブロ、いい加減なことを言うでないぞ】
小太りのおっさん改めテオブロ(胡散臭いので、敬称略!)は眉にしわを寄せてそう言う王様に、胸を張ってこう言った。
【いい加減ではございません。よくご覧ください、殿下の髪や肌はもっと淡かったはず、セルディオはこれほど小さくはなかったと思いますぞ。
それに、こやつは殿下が襲われたのがリルムの町だと言っておりましたが、私がその報を聞いたのはトレントの森。話が違います】
大臣クラスの自信満々の発言に、騎士たちがさっと身構える。
 確かに先輩はちょっと染めていて真っ黒ではないけれど、それはあくまでも日本のビジネスライフにひっかからない程度の茶色だ。肌はこの色が生まれつきなんだから仕方ない。……にしても、どーせ僕はチビですよ! 改めて言うことないじゃないですか!! でも、これで僕はこのテオブロって奴が王子とセルディオさんを襲った真犯人だとわかった。
【ふぅーん、テオブロさん、王子たちが襲われたのはトレントの森だった訳ね】
【そうだ、リルムの町ではないわ。トレントの森奥で殿下らしき者が魔物に切り裂かれていたと報告が……】
【なにっ、確かに、トレントの森と言えば街道沿いを行くよりは近道で、あの在のセルディオとならば行っても不思議はなかろうが、わしはその様な報告は聞いておらんぞ!】
テオブロの言葉に王様の声が裏返る。へぇ、セルディオさんってお城に住んでないとは聞いていたけど、森に住んでるんだ。いかにも魔法使いっぽい。
【へぇ、王様も知らないことを知ってるんだ、テオブロさんってば】
【何が言いたい! わしは余計なことを耳に入れて王に心配をかけまいとだな……】
【ふふふ、確かに僕たちは本物の王子と魔法使いじゃない、日本って国から飛ばされてきた、なんてことない異世界人ですよ】
ちょっぴり歯切れの悪いテオブロの答えに、僕は軽く笑いながらそう返す。
【び、ビク!】
「宮本、自分で言ってどうする!」
その答えに、エリーサちゃんも先輩も一瞬で青ざめた。
【ほほう、取り繕ってもボロが出ると解ってあっさり認めおったか。この偽王子たちをひっ捕らえよ!!】
テオブロはしてやったりという表情で騎士たちにそう命じた。だけど、それがウソだったら、とんでもない不敬罪だし、本物のセルディオさんは『希代の魔法使い』と呼ばれるくらいの人だから、何か術を仕掛けてくるんじゃないかと思って騎士たちはゆっくりしか近づけない。
【何をしておる、早く捕らえぬか!】
【ちょっと待ってくださいよ。確かに僕たちは本物ではないから、王子様たちが襲われた状況は全く知らないです。
でも、あなたは僕たちが偽物だって最初から判っていた。どうしてですか? 本物の王子様はもうこの世にいないと知ってる、そういうことですよね】
【な、何が言いたい!】
【あなたが王子様がいないと断言できるのは、あなたが……いえ、あなたが直接手をくだしたのでは勿論ないでしょうが、あなたの手の者が王子様たちを闇に葬った、そういうことことなんじゃないですか?】


道の先には……23

 僕の爆弾発言に謁見の間の空気が一瞬固まる。
【えい、ええい、何を言うかと思えば! 王子になりすますことがかなわぬと知れば、今度はわしを犯人扱いにするなど、言語道断。わしを王弟テオブロと知っての狼藉か!!】
テオブロ一人が沸騰した薬缶みたいになってがなり散らすけど、騎士はぴくりとも動かない。そっか……テオブロは王様の弟な訳ね。じゃぁ、王子がコータル様一人なら、それで次の王様は自分のモノって訳だ。充分な動機あり過ぎで、僕と彼の言うことのどちらが真実か量りかねているのだろうし、騎士は基本的に王様に従うもの。テオブロは王様じゃないもんね。
【な、何をしておる。この大悪人を早く捕らえぬか!】
【テオブロよ……お前よもやコータルを手に掛けたとは言うまいな】 
その時、王様が沈痛な面もちでテオブロにそう言った。
【王よ、王はこの血を分けた弟の言うことより、素性も分からぬ輩の言うことを信じるおつもりですか!】
【わしとて信じとうはないが、かねがねあまり良くない噂も聞いておるのだぞ】
【……】
王子様の暗殺計画は今回に始まったことじゃないらしい。テオブロは、王様にそう言われて、拳を握りしめ、唇をかんで黙っていたけど、
【なぜじゃ、なぜわしの言うことを聞かん。もういい、ならばわしがこの大罪人を成敗してやる!!】
と、逆上し、先輩にいきなり切りかかった。ダメだ、王子様だけじゃなくって、先輩まで殺される! 僕は、やっぱり自分のスキルなんて一切無視して、テオブロと先輩の間に割り込んで……

 僕はテオブロに、あっさりばっさり切られた。スローモーションで視界が横に流れていく。その時に床に飛び散った血が見えて、意外と血ってよく飛ぶもんだなと思う。
 切られたところは痛いと言うより熱かった。それに、心臓がふたつになったみたいに、切れたところから動悸を打つ。それくらい血が流れているんだろうか。一旦、床に転がってしまうと、頭を上げることすらできなかった。
 その後、なおも先輩を切ろうとするテオブロは、王様が騎士に取り押さえるよう命じて、あっと言う間に取り押さえられた。テオブロが、
【なぜわしがこのような仕打ちをされねばならん。罪人はこやつらじゃ! 離せ、離さぬか!!】
と、大声で叫びながら暴れるのを数人ががりで抑えて謁見の間の外に連れ出されていくのが見えた。

「宮本、しっかりしろ!」
 騒動が収まったあと、先輩が慌てて僕を抱き起こす。すると、僕の目に、超どアップのエリーサちゃんの泣き顔が飛び込んできた。
【エリーサちゃん、せっかくの、ドレス、汚れちゃうよ】
僕はそう言って、彼女の頬の涙を掬った。
【ビク! ドレスなんてどうでも良いよ。ねぇ、あたし お父様の言う通り、ビクのお嫁さんになる。だからお願い、死なないで!】
? なんでお父様の言う通りにするとどうしてエリーサちゃんが僕と結婚しなきゃなんないのか、その辺が全く分からない。でも、切られてすぐはとっても熱かった身体は、ずいぶんと血が抜けてしまったのだろうか、今度は急激な寒さがやってきて、ふるえで口が上手く動かくなってきはじめた。
【なに? お嫁さん】
というのがやっとで、それもものすごく小さい声しか出なかった。
【ヨシャッシャ、ヨシャッシャ……】
すると、エリーサちゃんは懸命に美久と発音しようとした。それを聞いて先輩が、
【一度に言おうとすると発音できないんなら、区切ればいい。ヨシ、ヒサ。さぁ、言ってごらん】
と助け船を出す。
【ヨッシー、ヒッサ……ヨッシー、ヒッサ】
エリーサちゃんは一文字ずつ区切って僕の名を呼ぶ。でも、ヨッシーなんていったら長い舌で卵を飲み込まなきゃならなくなりそうなんだけどなんて、つっこみを脳内ではいれつつ、それでもかわいいから許すと僕は思っていた。
【な…に】
【好きだから、大好きだから! しなないで、お願いずっとあたしのそばにいて!!】
 実は僕も君が好きだよ。君がいかついおっさんのときから、たぶん。自分が同じ男に惹かれる意味が解らなくて戸惑ってしまったりもしたけれど、きっと僕はマシューの中にちゃんと君を見つけていたんだと思うよ。
 だけど、僕はその想いを彼女に伝えることはできなかった。『Ilove you』と言った言葉は、荒い自分の息にかき消されて、そして……僕の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
 

theme : つぶやき
genre : 小説・文学

道の先には……24

 僕は、闇の中でセルディオさんに会った。闇の中なのに、セルディオさんだけが、ぽかっと浮かび上がっていた。
 そして、確かによく似てはいたけれど、魔道士が着るようなローブを纏った彼は、僕より数段落ち着いて見えた。
「美久、巻き込んだ上に痛い思いまでさせてしまって、どうもすいませんでした」
僕は彼が日本語で語りかけてきたので、驚いた。ああ、でも、ここは天国なんだろうから(いや、真っ暗だし、もしかしたら地獄? 悪いことはしてないつもりなんだけど)そんなのもアリなのかなと思う。僕は、
「セルディオさん、あなた方の仇はとりましたよ」
と言った。そしたら、セルディオさんは、くっくっくと笑うと、
「仇ですか、じゃぁ、そう言うことにしておきましょうか。では、私はこの辺で」
と言ってボワーンと消えた。なんかどこまでも魔法使いっぽい人……
 そして、僕はその途端、闇の中からいきなり光の中に放り出された。あまりの眩しさに、一旦目を開けたもののまた閉じなきゃならないほど。そして、次の瞬間お腹に強烈な痛みが襲ってきた。テオブロに切られたところだ。生きている、僕まだ生きているんだ!!
 僕が再度目を開けると、そこは謁見の間ではなく、白い壁に囲まれた、小さな部屋だった。僕はベッドに寝かされていて、隣のベッドには先輩が。その手をフローリア姫が
心配気に握っている。テオブロはもう捕まったはずなのに、どうして先輩までベッドに寝かされているんだろう。
「せん……ぱい……せん」
僕が先輩を呼ぶと、フローリア姫は弾かれたように、僕の方を見て、
「宮本君、気が付いたの!!」
と日本語で言った。あ、じゃぁ、この人はフローリア姫じゃなくって、谷山先輩? そう思って、先輩の方をもう一度見ると、先輩には、あっちではお目にかかれそうもない管やら機械に囲まれている。ああ、ここは日本だ。僕たち、戻れたんだ。そう思ったら痛みは尚更現実化してきて、たまらずに、
「ううっ」
と僕は呻き声を漏らした。その声を聞いて、
「痛いの?」
と尋ねる谷山先輩への返事の代わりに、僕は切られた所を庇うように身をすくめた。その様子を見て彼女があわててナースコールを押す。
 程なく、病室に看護師がやってきて、僕の着ていた布団をひっぺがすと、
「大変だわ!」
と叫んでだだだっとまた慌ただしく病室を飛び出していった。それからしばらくして、その看護師は他の看護師やら医師やらを引き連れてどやどやと戻って来た。
「大変だ、しかし、何で今更縫合部分が外れたのか。とにかく、緊急手術の用意!!」
僕を看た医師が、首を傾げながらそう言う。縫合部分? 僕はこっちの世界でも怪我をしてたのか。痛みでぼんやりとしてきた頭でそう思った僕は、こっちの世界に戻ってきたばかりだというのに、またすぐ麻酔で眠らされてしまった。  

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

道の先には……25

 僕は眠らされても、さっきまでの世界に行くことはなかった。どうでも良いような取り留めのない、ホントに夢らしい夢を何個か続けて見てまた目覚めた。その時、
「お兄ちゃん、大丈夫?」
と僕の顔をのぞき込んだのは……なんとエリーサちゃんだった。彼女を見て、あ、僕はまた異世界に戻ってきてしまったんだと思って嬉しくなってしまっていた。現実逃避といわれても仕方ないかな。
「お兄ちゃん、本当にごめんね」
枕元で、エリーサちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「エリーサちゃんがどうして謝らなきゃならないの」
そうだ、エリーサちゃんが謝る必要なんてない。本当は大男に変身できる位の魔女だった訳だから、もしかして魔法を駆使して僕を強引に呼び戻しでもしたとか? でも、彼女から帰ってきた答えは僕の予想とは全く違っていた。
「英梨紗が道路に飛び出したから」
「道路に飛び出した? エリーサちゃんが?」
グランディーナのどこの道路に飛び出したからって、どうして僕に叱られなきゃならないと思うんだろう。あ、隣国まで家出したことで、平手打ちにしちゃったんだっけ、僕。あれが、トラウマにでもなってる? 
 ううん、なんか違う。さっきから彼女はエリーサじゃなく、エリサって言ってるし、僕をビクじゃなくお兄ちゃんと呼んでいる。それに、よくよく考えれば(よくよく考えてみなくても)彼女がしゃべってるのは紛れもない日本語。僕や先輩や谷山先輩のそっくりさんがいたように、エリーサちゃんのそっくりさんもいたって訳か。もっとも、僕の側から言えばエリサちゃんのそっくりさんがエリーサちゃんというのが、正しいのだろうけれど。
 あの日僕たちは、アウトドアでの調理器具を展示するために、幕張に行く予定だった。先輩がセリカちゃんに乗らなかったのは、何のことはない、見知った道だったからで、そもそも迷子にもなってなんかいない。
 で、真相は、会社近くの道路に飛び出してしまったエリサちゃんを避けようとして先輩がハンドルを切り損ね、ガードレールに激突した、そういうこと。
 しかも間の悪いことに、僕たちはあの時、ロイヤリティーのチ○ッカマンを大量に乗せていた。事故後そのチ○ッカマンに引火し車は大破。僕たちは瀕死の重傷だったという。
「エリサちゃんはどこも怪我してないの?」
「うん」
「なら、良かった。謝ることなんて何もないよ。僕は君が無事でいてくれればそれで充分だよ」
僕はそう言って、エリサちゃんの柔らかくて細い髪を撫でた。エリサちゃんの頬がぽおっと薔薇色に染まる。
「でも、どうして、お兄ちゃんは英梨紗の名前を知ってるの? 最初変なとこ伸びてたけどさ」
そして、不思議そうにエリサちゃんはそう聞いた。
「うん? 何でかな、エリサちゃんの夢を見てた。君が僕をここに連れて帰ってくれたんだよ」
「ひぇ??」
当然だけど、エリサちゃんは意味が全く解らないだろう。でも、僕はこの展開に運命すら感じているんだけどね。夢の中で言えなかった『I love you』をきっと言えると確信したから。
「僕のことは、夢の中みたいにビクって呼んでくれる?」
そう言った僕の言葉に、エリサちゃんは薔薇色を通り越して、茹で蛸になりながら、ブンブンと首を縦に振った。
 僕の耳に、相変わらず眠ったままの先輩が夢の中で言った、『お前、しまいに押し倒されっぞ』の言葉が聞こえた気がした。
 先輩、僕このままじゃ押し倒される前に、押し倒しそうですけど。それって、犯罪……ですよね。




道の先には……26

 僕の傷は順調に回復していった。先輩も傷は大分良くなっていて、もう命の心配はないという。だけど、先輩は僕が目覚めても一向に目覚める気配がなかった。
 とんでもない大事故だったにも関わらず、僕にも先輩にも脳に損傷はないという。なのに目覚めることがない先輩……僕はある一つの思いにどんどんと心が苛まれるようになっていった。
 僕たちがいたあの世界はもしかしたら僕の夢の世界なのではないだろうか。そして、本来なら先に先輩がテオブロに切られてこちらの世界に戻り、それから僕が戻る。あるいは、僕が本当はもうこっちの世界には戻ることができなかったのかも。
 だけど、僕は先輩を押し退けてテオブロに切られた。そのために先輩をあっちの世界に閉じこめてしまったんじゃないのかと。
 長い間眠ったままの先輩の肌は抜けるように白くなり、少し痩せてしまっている。でも、まだちゃんと生きていることを主張するかのように髭が少しずつ伸びる。その髭をまるで壊れものを扱うように優しく丁寧に剃る谷山先輩を見ていると、僕は胸が詰まりそうだった。先輩、こんな戦闘不能の状態から早く抜け出してきてくださいよ。マシュー曰く、先輩は勇者様なんでしょ?
 先輩の髭を剃り終わった後、谷山先輩がぽつりと、
「宮本君、どうしたら鮎川は目を覚ますんだろうね」
と言った。
 僕はRPGの戦闘不能なら、死者蘇生の呪文を唱えればそれで良いのになと思った。実はあの魔道書を最初に見た時、ゲーマーの僕はそこを真っ先にチェックしていて、その詠唱文言もちゃんと覚えていた。だけど、現実世界でそれが効くとは思えないし、死者蘇生の魔法は、ランク的に最上級に属するはずだから、よしんば僕にまだ魔力が残っていたとしても、全然MP不足だろう。でも、あっちの世界では超初心者の僕が結構ぽんぽんと上級魔法唱えていた。後で、ぶっ倒れるおまけ付きだけど。それでも、唱えてみるだけの価値はある? 
 もし効いたらガザの実のないこの世界では、僕の方が今度は寝たきりになってしまうかもしれない。ちょっとそんな考えが頭を過ぎって、僕はかすかに震えながら谷山先輩に、
「谷山先輩、僕ね、眠っている間すっごくチートな魔法使いだったんですよ。案外死者蘇生の魔法を唱えたら、復活したりして」
とわざとおどけてそう言った。
「ぷぷっ、なにそれ。チープなコミックスじゃあるまいし」
案の定先輩はそう言って笑った。
「でも、やってみる価値はありますよね。何もやらないよりは良い」
僕はそう言って、やっとくっついたばかりのテオブロに切られた傷を庇いながら立ち上がり、背筋をピンとのばすと、
<黄泉の世界を統べるものよ、我の声に応えてこの者の魂を現し世に呼び戻せ、Rise dead>
と高らかに詠唱した。
 先輩の頬が上気したような気がした。でもそれだけで、先輩はやっぱり目を覚まさない。当然と言えば当然だけど、魔法なんてありはしないのだから。
「ヤダ、それもしかしてラテン語? イヤに本格的じゃない」
谷山先輩が目を丸くした後、バカ笑いする。ひとしきり笑った後、小声でありがとうと言って、
「じゃぁ、お姫様がキスでもしたら、目覚めるのかしら。眠り姫ならぬ、眠り王子は」
と、言った。彼女は全くの冗談のつもりだったんだろうけど、僕が
「それ、アリかもしれませんよ。僕の夢の中では谷山先輩はお姫様で、先輩は王子様だったんです」
と、マジ顔で返すもんだから、ちょっぴり引き気味だったけど、
「じゃぁ、やってみよっか。やらないよりはマシかもね」
と、笑うと、照れながら先輩に顔を近づける。そして、二人の口びるが重なったとき……

 窓も扉も全く開いていない病室に一陣の風が吹いた。驚いて、窓を確認した僕の耳に、
【う……ん、フローリア愛してる】
と言う先輩の声が聞こえる。ギョッとして先輩の方をみると、先輩はがしっと谷山先輩を腕の中に閉じこめて、キスをしている。谷山先輩が突然の事態にあたふたしていた。
 唇が離れたあと、谷山先輩に、
「あ、鮎川っ! いきなり舌を入れてくるなんて、どういう了見? ホントはいつから意識があったの? このエロ親父!!」
と言われてグーで殴られたことは言うまでもない。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

道の先には……27

「フローリア」
「はい?」
先輩がお姫様を呼ぶ声に、谷山先輩は疑問形で語尾を若干上げて応える。
【フローリアってんだぞ】
先輩は今度は英語でそう聞く。
「だから何だってのよ」
谷山先輩はそれに対して若干ウザ気にそう返す。
「お前薫だろ、何返事してんだよっ!」
「鮎川こそ何言ってんのよ、フローリアは私の英名! 薫は日本名!!」
「は? 英名とか日本名とかセレブなこと言ってんじゃなぇよ、薫のくせに。お前、ばーちゃんがイギリス人なだけだろ」
「イギリス人だからよ。私ね、教会で幼児洗礼受けてるの。フローリアはその洗礼名なの! だけど鮎川がなんでその名前を知ってんの?」
「俺の夢の中に出てきたお前にそっくりな女がその名前だったんだよ」
谷山先輩の思わぬ発言に、先輩は舌打ちをしながらそう答えた。えっ、じゃぁ……
「もしかして、先輩も僕と同じ夢を見てたんですか?」
「僕と同じ夢って……お前、王都グランディーナとか言うとこに行ったか?」
やっぱり、先輩もグランディーナにいたの?
「はい、車ごとおっこちちゃいましたよね」
「スライム食ったか? しかも俺の分まで」
「はい。でも、ちゃんとスライムプリンって言ってくださいよ。なんかそれじゃ僕がスライムのおどり食いをしたみたいじゃないですか」
「似たようなもんだ。じゃぁ、マシュー・カールは?」
「はいっ!エリーサちゃんですよね」
やっぱり、僕たちは同じ異世界にいたんだ!
「俺と同じ夢見てたってのか?」
首を傾げながら先輩がそう言う。
「そうです。二人で同じ夢をみてたんですよ!」
「信じらんねぇ。まぁ、そこまで一緒なんなら、同じ夢だったのかもな」
そして、先輩は半信半疑ながらそのことを認めた。
「そうですよ。僕が目を覚ましても先輩ずっと目を覚まさないし、もしかしたら同じ夢の中にいるのかもって、戦闘不能を治す呪文唱えたんですけど、それでも起きてこないし、途方に暮れてたんです。そしたら、谷山先輩が『王子ならお姫様のキスで目覚めるんじゃないか』って。いやぁ、ホントにお姫様のキスが効くとは思いませんでした」
でも、先輩の生還劇を喜々として話す僕に先輩は、
「余計なことしやがって」
と言った。
「は?」
「お前が余計なことしなきゃ、今頃はその夢の世界で、お姫様と甘い新婚生活の真っ最中だったんだ。何が悲しくてこの凶暴女のキスで戻らなきゃなんねぇんだ」
「何ですって!! 宮本君、あんたまだ魔法使える? お姫様として命じるわ、こいつを瞬殺して」
先輩の凶暴女の発言に谷山先輩は思わず暗殺(あ、大っぴらに殺すのは暗殺とは言わないのか)命令を僕に下した。
「しゅ、瞬殺って、物騒な。でも、谷山先輩すごく心配してたんですよ。それなのに、そんな言い方するなんて。海より深く反省してください」
と、言いながら僕は手を前に繰り出す。
「お、おい何の呪文をかけるつもりだ。宮本? まさか、あの『一億年』とか言わないでくれよ。ホント、ゴメンあやまるからさ」
その動作に、先輩は完全に怯えきっている。あれは夢の中のことで、僕が現実世界で魔法が使えるはずもないのに。でも、事故からの谷山先輩の気持ちを考えると、ちょっとお灸をすえないとねと僕も思ったし、かっこうだけしてみる。
 だけど、手を振り上げた途端、僕にまたあの上級魔法を使った後のような激しいめまいがして、僕は
「なーんちゃってね」
と言いながら意識を失ったのだった。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

道の先には……28

 意識を回復した先輩は、まるで怪我なんかしてなかったかのようにバカみたいに元気になった。一方、僕の方は意識を失った後原因不明の高熱が出て、点滴生活に逆戻り。
「急変するのはよくあることだが」
と言いながらも、どこか腑に落ちないという表情で担当の医師は僕を看た。
 結局、退院は先輩の方が先で、僕はその3日後。その週いっぱい自宅療養して(一人暮らしの僕はというより、居なかった分ほこりのたまった部屋の掃除とか、たまった洗濯をするとか、事後処理に明け暮れていたのだけど)、週明けにお久しぶりの出社をした。正直入社して半年そこらで事故で長欠した僕の席がまだあるのか不安だった。
 深呼吸して、営業部のドアを開く。
「おはようございまーす」
「お、宮本、やっと元気になったみたいだな」
声をかけてくれたのは、兵藤さん。
「はい、おかげさまで。本当に長い間ご迷惑おかけしました」
そう言いながら、僕がデスクにつこうとすると……
「宮本、そこもうお前の席じゃないぞ」
と、兵藤さんが言った。や、やっぱりもう僕の席はどこにもないの! 不安が的中して頭が真っ白になってしまった僕に兵藤さんは笑いながら、
「お前、掲示板ちゃんと見たか? 辞令が降りてんだよ、配置換え。わかったらさっさと見て、新しい部署に出社しろ。早く行かないと、大目玉くらうぞ」
と言った。は、配置換え? はぁ、辞めなくて済んだのは良かったけど、それでも窓際行きかぁ。僕はのろのろと掲示板を見に行って、そこにかかれてある辞令に……

マジでひっくり返った。そこには、

          宮本美久
 上記の者平成○○年○月○○日付けで秘書課勤務とする。
                            以上

と書かれてあったからだ。秘書課ぁ? この僕が?? 何かの間違いでしょ!

 だけど、いつまでも呆けてはいられないし、僕はとりあえず今度は秘書課のドアを叩いた。
「どうぞ」
と言われて中にはいると、そこにはなんと先輩がいた。
「先輩!」
「遅いぞ宮本。社長より遅れてきたら洒落になんねぇんだからな」
先輩はそう言って僕にデコピンを食らわせた。
「なんか悪い冗談なんですかね、秘書課なんて」
「ああ、そう思いたいよ。お前はなんかまだ良いぞ。俺なんか頃合い見て取締役会に出席のおまけ付きだぞ」
取締役会? 完全に予想外のワード連発に頭がついていかない。
 先輩はため息を落として、
「俺さ、お前が倒れた後薫にその……プロポーズしたんだわ。んで、退院した日に薫の親に挨拶に行ってさぁ、そしたらこうなった」
と言った。まぁ、夢の中でまで奥さんにするくらいだから、本気で惚れてることを自覚してちゃんと向き合ったんだろうけど、それがどうして取締役会やら僕まで秘書課勤務になるんだろう。
「へっ?」
「薫、この会社の会長の孫。正真正銘のお姫様」
「げっ。でも、それじゃなんで僕まで秘書課なんですか」
「あれ、気づいてねぇのか? 薫とあの子、英梨紗はこっちの世界でも、姉と妹なんだよ。お前、あの子口説いただろ。薫と俺が結婚するって言ったら、あの子もおまえと結婚するんだって駄々こねてさ、ほんじゃま様子見ってことで社長のそばに置くって事になったわけ」
「はぁ」
その言葉に今度は僕からため息が出た。
「ま、英語も呪文も使いこなす『語学マスター』なんだから、案外おまえって、向いてんじゃねぇの、この仕事」
 向いてる向いてないは解んないけど、エリサちゃんと再会したとき、運命を感じた僕の予感は当たっていたのだろうな。それが良い運命なのかどうかは別として……

 谷山先輩とエリサちゃんは本当は姉妹ではなく、会長の長女の娘の谷山先輩と、最初の奥さんが亡くなった後、30歳年下の奥さんと再婚した会長の娘のエリサちゃんは実は姪と叔母の関係であることが分かるのは、また後日の話。

 道の先には……Happy endが転がっていた。なーんてねっ!!

                                 ーThe Endー
  











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theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

道の先には……ビク編1

 僕たちが現実に戻ってきてたった一つ気にかかっていたのは、僕たちが居なくなった後のフローリア姫とエリーサちゃんのこと。そのことをおそるおそる先輩に聞くと、先輩は、
「お前知らねぇんだったな。あの後、なかなかケッサクだったぞ」
と言って、僕がこっちの世界に戻ってからのことを話し始めた。


―*-*-*-*-*-


【ねぇ、ビク。目を覚まして。あたし、ビクのお嫁さんになるから、約束するから】
エリーサちゃんが大泣きで僕の身体を揺すぶるのを、みんながもらい泣きしていたときのことだった。僕がいきなりぱちっと目を開いて、
【本当に? 本当に今度は逃げないで私の妻になってくださいますか?】
と言うと、すっと立ち上がって優雅にお辞儀したのだそうだ。
【○×△□※! マミー、あ、包帯してないからマミーじゃないわ、グール!!】
エリーサちゃんはそれを見て、恐怖にひきつった顔をしてありったけの言葉で僕をアンデッド宣言。
【ひどいな、私はまだ腐ってはいませんよ】
【もうすぐ、腐るわ】
死体だもの、とエリーサちゃんは小さな声でそれに付け加えた。
【それは困ったな。私はまだ、あと100年は腐らないつもりなんですが】
それに対して僕は、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう返す。
【マシュー、腐らねぇぞ。第一死んでない、こいつ宮本じゃねぇんだから】
【さすがは鮎川さんですね。では、ちょっと失礼します】
何かを気づいた先輩に僕はそう言うと、王様の前にひれ伏し、
【王よ、ビクトール・スルタン・セルディオ、ただいま戻りました】
と言った。
【うむ、よくぞ戻った。で、コータルは無事なのか】
【ビク、ビクトールって?】
エリーサちゃんが僕と言うか、僕もどきのセルディオさんのファストネームに妙な反応する。あれっ、セルディオさんの口振りではエリーサちゃんはセルディオさんのプロポーズを振り切って逃げ出したみたいなのに、どうして彼のファーストネームを知らないんだろう。
【エリーサ様、王にご報告申し上げたら、いくらでもご質問にお答えしますからね、少々お待ちください】
セルディオさんはエリーサちゃんに向かって、人差し指を口に当てながらそう言うと、王様にこれまでの顛末を話し始めた。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

道の先には……ビク編2

【まずは、殿下の安否についてですが、殿下は確かに生きておられます】
セルディオさんの王子の生存宣言に、王様以下城のみんなから安堵のため息が漏れる。
【生きてはおられますが、今とても動かせる状態ではなく、とある場所でご静養いただいております】
【それはトレントの森か。しかし、そなたたちの捜索に当たった者たちが、トレントの森のそなたの屋敷にも行ったが、誰もおらなんだと聞いておるが】
【はい、ご静養いただいているのはトレントの森ではございません。それどころか、このグランディールでもガッシュタルトでもありません。
それは、この鮎川様の世界である、“ニホン”と言う所でございます】
謁見の間にざわめきが起こる。


―*-*-*-*--*-


 殿下が何者かに命を狙われているということは、私もよく理解をしておりました。何しろ、普段トレントの森に引きこもって研究三昧の私にその任の白羽の矢が立ったのはまさに、そやつの攻撃から魔法面で殿下をお守りするという意味合いでしたから。
 恙無くガッシュタルトでの婚儀を終えた私たちは、姫様と別行動を取りました。敢えて敵方に連絡させる隙を作り、私たちは姫様の下を離れました。
 そして、私たちは二人だけでトレントの森を突っ切る道を選択したのです。よしんば敵に襲われたとしても、一個小隊程もある姫様の花嫁道中よりは身動きもとれるし、被害も少なくて済む。なにより姫様に被害が及ぶことがない。
 それに、トレントの森は私の庭とも言うべき場所です。敵方は私と同じように動き回ることはできないでしょう。あまり凶暴な魔物も棲息してはおりませんので、私たちは姫様よりかなり先に城にたどり着き、姫様をお出迎えできると算段していたくらいです。
 しかし、敵方は私たちのそんな行動を予想してたかのように、森に最適の刺客――魔物使いを送り込んできたのでした。
 何とかその魔物使いを返り討ちにしたものの、数多くの魔物たちによって私たちは満身創痍、特に殿下は一刻も早く治癒しないことには、お命も危ない状態。しかし、ここは辺境の森で、私より他に治癒できる者はなく、如何に私の魔力が高いといっても、一人で治癒術を繰り出すのには限界がありました。
 私はとんでもない間違いを起こしてしまったのかと、頭を抱えました。
 しかし、窮すれば通ずと言うのでしょうか、一旦は肩を落とした私は、とある場所のことを思い出していました。
(あの場所ならば、そして彼らならば……上手くいくかもしれない)
 そして私は、その禁断の呪文の扉を開いたのです。








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