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西へ-marine side 1

※この「Future」には、marine sideと chiffon sideがあります。登場人物はほとんど同じですが、展開が全く異なりますので、混乱されるかも知れません。予めお断りとお詫びをしておきます。

西へ


私は西に向かっていた。とは言え、行き先は決めていなかった。そう、今までいた場所から離れられるのなら、私はどこでも良かったのだから。たまたま乗った電車が西に向かっていた、それだけのこと…

私の名前は飯塚未来、25歳。昨日までは都内の会社でOLをしていた。
過去形なのは、昨日の退社時に私は私の上司であり彼でもある人の机の上に辞表を置いて、文字通り「退社」してきたからだ。

そして今朝、私は何食わぬ顔をして家を出てきた。そのための荷物はもう何日も前から少しずつ駅のコインロッカーに入れてあった。

今頃彼は引きつった顔で、私の携帯電話に着信を入れている頃かしら…駅に着いた時にホームに掲げられた時計が午前8時40分を示していた。
その気になれば足のつき易い携帯電話も置いてきた。清華とか何人かの友達の連絡先は手帳に手書きしてきたけれど。たぶん…私はその誰にも連絡したりしないだろう。

そう、私は全く新しく生まれ変わるのだ。本当にそんなことが出来るのか分からないけど、とにかく今までの自分は捨てた。
そう思いながら、私は旅の友にと唯一持ってきたツールに併せて声を出さずに軽く口を開いて歌っていた。
-あの人の大好きなあの曲を…―

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Future-marine side 2

JRに私鉄、とにかく行き当たりばったりに電車を乗り継いで名古屋の郊外に行き着いた。。

そして、私は聞いたこともない地名の駅に降り立っていた。もう日も暮れてしまっている。
これからどうしよう…泊まるところとかを考えると、ターミナルまで戻ったほうが良いのかも知れない。
それにしてもお腹空いたなぁ…そう言えば朝食べたきりで何も食べてなかったんだ。ジュースだけは飲んだけど。

「ねぇ、この辺で美味しいものないかしら。」
私は、ちょうど駅から降りてきたサッカーのユニフォームを着た男の子に声をかけた。何故その子だったかっていうと、ただ単に目が合ったというだけ。
「美味しいもの?じゃぁ、ウチに来ない?」
すると、その子はそう即答した。
「は?」
どうしていきなりそういう返事な訳?私、中学生?をナンパしたつもりありませんけど…私は怪訝な表情をしていたのかもしれない、その子は続いてこう言った。
「ウチ、3丁目でお好み焼き屋をしてるんだ。パパの焼くお好み焼きマジで美味いからさ、来ない?」
なんだ、それを早く言ってよ!納得した私はその子に向かって頷くと、その子について両親がやっているというお好み焼きのお店に向かった。
「僕は板倉陸、お姉さんは?」
歩きながら陸君に名前を聞かれた。
「私?私は…飯塚未来…」
いきなり本名を名乗ってしまっていいのかなと思いつつ、子供相手に嘘をつくのもなんだし、適当な名前も思いつかなかったので、私は正直に本名を名乗っていた。
「へぇ、いたくらりくといいづかみくか、何か名前も似てるね。」
すると陸君はそう言って笑った。そう言われればそうだ。声をかけたのが彼だったのも、何か縁があったのかもしれない。私はそう思った。

theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

似ている…-marine side 3

似ている…


「ママ、お客さん連れてきたよ!」
陸君はお家であるお好み焼き屋「いたくら」の中に入ると、開口一番そう言った。
「陸、お帰りなさい。いらっしゃいませ…あの、すいませんどのような関係の方でしたでしょうか。」
それを店先で出迎えた陸君のママは、最初彼が友達を連れてきたのかと思っていたみたいだけど、友達と言うより教師と言ったような年齢の私が入って来たのでそう聞いた。
「えっ、駅で拾ってきた。」
「はい、彼にナンパされました。」
そして、陸君がふざけてそう返事したのを受けて、私もそれに乗ったら、陸君のママはギョッとしたような顔になった。
「あ、ウソウソ、ウソです。私この辺初めてなんです。だから、食事できるお店とかわからなくて、駅で息子さんにお伺いしたら『ウチにおいでよ』って言ってもらったんです。」
「なんだ、そうなの?」
それを聞いて陸君のママは笑顔になった。
「ホント、すごくソースのいいにおい。ますますお腹空いてきちゃった。でも、このモダン焼きって何ですか?」
私はメニューを見ながらそう言った。
「あ、それ?お好み焼きにソバが入ってる奴。」
陸君は私に水を勧めながらそう言った。
「へぇ、そんなの初めて。じゃぁ、豚玉モダンかな、これください。」
「修司、オーダー。豚玉モダンお願いします。」
「はい豚玉モダンね。かしこまりました。」
奥から男の人の声がした。たぶん、陸君のパパだろう。すかさず陸君のママが私の座った座席の鉄板に火を入れる。
やがてお好み焼きの生地と焼きそばの麺を持って男の人-修司さんが出てきた。
「いらっしゃいませ。」
と言うと、手際よく生地を鉄板に流し、横でソバを焼き始める。それを生地の上に乗せると、上から少し生地を被せてお好み焼きの生地でソバをサンドした。
「マヨネーズかけます?」
修司さんがソースを塗る中、私は陸君のママにそう尋ねられた。
「美味しければ…」
お好み焼きは食べたことがない訳ではないけれど、モダン焼き初体験の私にはどっちが美味しいか判らないもの。
「マヨがキライじゃなきゃ間違いなく美味いと思うよ。加奈子はほら、未だにマヨ恐怖症だからな。」
「マヨ恐怖症…ですか。」
マヨネーズが嫌いじゃなくて怖いの?そんな病気は…ある訳ないわよね。
「こいつデブだったからさ、そういう高カロリーなもんには恐怖心感じるの。」
「だったら、女性はみんなそうですよ。」
修司さんのニヤニヤ笑いでの言い草に、私はそう返した。
「それが半端じゃなかったんだから。とんでもないデブだったんだぜ。」
「それ、未だに言う?!こっちでその事を知ってる人なんて、修司の昔からの友達くらいしかいないんだから。わざわざ宣伝しなくていいでしょ。」
尚もデブを強調する修司さんに、陸君のママ-加奈子さんが笑いながらガンガンと肘鉄を食らわせていた。
「今はナイスバディーだから言えんだぞ。俺は自慢したいの。」
「だから、それって自慢にならないってば。」
そうやって2人はじゃれ続けていた。何かラブラブだなぁ、この2人…何だか昔のウチの両親みたいだ。でも…
そう思ったら私の目からいきなり涙があふれ出てきた。
「ねぇちょっと、どうしたの?!」
完成したお好み焼きを前にしていきなり号泣した私を、加奈子さんは心配そうに覗き込んだ。

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genre : 小説・文学

marine side 4

やばっ、泣いちゃった。早く涙を止めたいのに、そう思うと後から後から涙が流れた。
「ごめんなさい、ママに…似てたから。」
私はしゃくりあげながらようやくそれだけを加奈子さんに言った。
「ママに?」
泣いて上手くしゃべれない私は、こくりと頷いた。
「とにかく食べて、保温だけど長く置くと下のほうが硬くなっちゃうわ。」
加奈子さんは優しくそう言った。
「あっつ、でも美味しい。」
口に入れるとまた涙が出た。私、どうしたんだろう。何でこんなに泣き虫になってるんだろう。普段は妹の明日香の方が泣き虫で、お姉ちゃんはホントにクールだって言われてるくらいなのに…
「泣きたいときには、うんと泣くほうが良いんだってよ。」
陸君がそう言った。
「そして叫ぶ。例えば、『パパなんか大っ嫌いだぁ!』とかね。」
「その意見には賛成だけどな、何で台詞が『パパなんか大っ嫌いだぁ』になるんだ?」
陸君の台詞に修司さんがちょっと口を尖らせながら尋ねた。
「だって、9年前のそれが実感だったんだから。それくらい大事件だったんだよ、小学三年生にとって横浜から日進への引越しはさ。」
そうか…ここの家族の言葉に違和感を感じないのって、元々関東に住んでたからなんだ。でも、という事はつまり…
「もしかしたら、陸君って高校生なの?」
「もしかしなくても高校生だよ。高校二年生。じゃなきゃ、あんな時間に駅から出てきゃしないよ。」
「えーっつ!」
私が驚いて声を上げると、陸君は口をへの字に曲げてため息をついてこう言った。
「そんなに驚かなくて良いだろ?うー、まったく凹むよなぁ。どうせ、僕はガキっぽいですよ。」
「だって、オレとか言ってないし。」
「言ったらこの人が怒るの!」
陸君はそう言うと加奈子さんを指差した。そして、私の耳元に口を寄せると、
「だから、学校では僕なんて言ってないよ。」
と加奈子さんに聞こえないように囁いた。

そうよ、あの人だってそうなんだから…あの人も私の前ではわざと意識して「俺」って自分のことを言ってた。私だけにそう言ってくれるのが、私は嬉しかった。
「陸、何耳打ちなんかしてるの?お姉さん嫌な顔してるじゃない。」
だけど、私があの人のことを思い出して顔をくしゃっとさせてしまったから、陸君は加奈子さんに叱られた。
「いいえ、違うんです。思い出しただけ。陸君がその…知ってる人に似てるなと思って…」

私が駅で他の誰でもなく陸君に声をかけてしまった理由は-

あの人に似ているからだと思う。顔じゃなく、背丈でもない、空気そのものが。

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genre : 小説・文学

Future-marine side5

私は食べながら自分のことを少し話した。千葉に住んで東京で仕事をしていた25歳、つい昨日までの私の事を。

「じゃぁ、ご馳走様でした。」
食べ終わった私は、お金を払って「いたくら」を出ようとした。
「飯塚さん。ねぇ、未来ちゃんって呼んで良い?その大荷物で、これからどこに行くつもりなの?」
出入り口を開けたところで私は加奈子さんにそう呼び止められた。
「これから泊まるホテルに…」
そう、手近なビジネスホテルでも探さなきゃ。
「今から探すんでしょ?それなら今日はウチに泊まらない?」
そしたらいきなり加奈子さんがそんなことを言い出すもんだから、私は驚いた。

実はこの時、加奈子さんは私が自殺する事を心配していたらしいのだ。そりゃそうかもしれない。修司さんと加奈子さんのラブラブ振りを見ただけで号泣した大荷物の私は、そう思われても仕方ないかもと今なら思う。
でも、私はこれっぽちもそんな気はなかったのだけれど。少なくともその選択肢だけは取るまいと心に決めていた。
苦い記憶を思い出させることで、それはきっとあの人を立ち直れなくなるほど傷つけてしまう事が解っているから。
その苦い記憶が、私とあの人を引き寄せ運命付けたのであったとしても。

「そんな…初対面の方のお宅にいきなり泊まるなんて、滅相もないです。」
「私、何だか始めてあった気がしないのよね。未来ちゃんの話もっと聞きたいな。」
だけど、私が遠慮がちに断っても、加奈子さんはなおも食いついてきた。そう、私も陸君に声をかけた時から初めて会ったという気がしなかった。この出会いは必然なのかもしれない。私があの人と、それよりもずっと先、ママとあの人のパパとが出会ったことすらも必然であったように…

半ば呆気にとられている男性陣を尻目に、強引に加奈子さんに押し切られる形で、私はその日板倉家にご厄介になった。
奥に通されると、受験勉強をしている陸君の妹、瞳(まなこ)ちゃんを紹介された。
「あ、気にしなくていいよ。あたしたち、ママのおせっかいには結構慣れっこだから。あの人のは、今に始まった事じゃないのよ。」
瞳ちゃんはそう言って笑った。

とは言え、眠れないままぼーっと板倉家の天井を眺めていた私は、あの人と出会いを思い出していた。

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genre : 小説・文学

あのひと-marine side6

あのひと


あの人の名前は結城秀一郎。

彼に会うまでの私の彼に対する印象は悪いなんてもんじゃない、最悪だった。
パパの敵の息子-敵って言うと大げさに聞こえる?でも本気でそう思ってた。

ママはパパと出会うずっと前にあの人のパパと付き合っていて別れた。
そんなのなんでどこにでもあることだけど、ママはその人のことをパパと結婚して17年経ったその時でも、ううん、26年経った今でも忘れてはいない。

あの人のパパのことが表面に出てくるまでのママは、パパ一筋って感じの娘から見ても恥ずかしくなるくらいで、修司さんと加奈子さんも真っ青なラブラブバカップルだった。
ただ…あの人のパパ、結城龍太郎さんの話を初めて聞く半年ほど前、ウチにヤスフミさんって人からも電話があった。その人もママの元カレで、龍太郎さん(うちのパパと混同しそうなので、名前で呼ぶことにするけど)と別れた後付き合っていたらしい。その人のことは今ではいい思い出になっているって笑っていた。

そして、あの日…ママは朝から浮かない顔をしていた。
『変な夢を見ちゃったの。』
そう言ってた矢先だった。
朝のニュースで、龍太郎さんの訃報が流れた。自宅マンションの8階階からの転落死だった。
確かに、昔の恋人がそんなことになったと知ればショックなのには違いないけど、ママの反応はそれどころではなかった。完全に自分を見失っていると言うのが正しかった。

そう…それはそれまでママが被っていたラブラブの仮面がひび割れて崩れた瞬間だった。

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genre : 小説・文学

marine side 7

完全に自分を見失っていたママは、あろうことかパパと龍太郎さんとを間違えた。龍太郎さんはあの人とよく似た顔をした(写真も見せてもらったけど、本当によく似ている)細身。背はママよりちょっと高いだけの小柄。そんな龍太郎さんを、身長182cmで、がっちりした体型のパパとを見間違うなんて、絶対にあり得ない。
それほど、混乱していたという事なのだ。
そして、ママは龍太郎さんの名を呼びながら泣き崩れた。

それでも、元カレの突然の訃報だからと、パパは何とか耐えた。でも、その何日か後、夕食後電話が鳴って…その電話が終わった後、パパは大声でママを罵った。パパは自分でも『俺の趣味は夏海だ』って豪語するくらいにママにべた惚れで、それまでそんな風に声を荒げたことなんて無かった。
そのまま2人は全く口を利かなくなってしまった。

でも、週末-2人はいつの間にか仲直りしていた。

私が土曜の朝っぱらから明日香を連れ出して図書館に逃げ込んだのは、両親の放つ空気にいたたまれなかったからなんだけど、その間にどんな話し合いがなされたのかは分らない。でも、帰ると2人は会話していた。
会話はしていたけど、それまでとは何となく違っていた。
今までパパのほうが4つも年上なのに、パパはママに完全に尻に敷かれていて、それをパパ自身が楽しんでいるようなところがあった。
でも、この後パパは時々高圧的な態度を取るようになった。ママもそれに対して今までみたいに声高に言い返したりしない。寂しい目をしてパパのいう事に従う。

それと…偶然だけど私は2人のエッチシーンを見てしまった。それまでのは当然知らないけど、何だかパパがママを追い詰めているような気がした。
だけど、私はママをかわいそうだとは思えなかった。パパっ子だった私は、娘までだまし続けたママの仮面が許せなかったからだ。

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genre : 小説・文学

marine side 8

龍太郎さんのお葬式が終わった後、ママは龍太郎さんの奥さん(つまりはあの人のママ)の志穂さんに会って、とても仲良しになった。それも私には納得がいかなかった。ママもだけど、旦那様のかつての恋人をどうしたら受け入れる気になるのかしら…そう思っていた。
ある日ママが、
「今日ね、秀一郎君が来るの。大好きなサッカーが病気で出来なくて寂しいみたいなの。仲良くしてあげてね。」
とあの人が初めてウチに来るこをを告げたときも、私はそれを鼻であしらっていた。

なのに-
「はじめまして、結城秀一廊って言います。未来さんですか。」
って聞く男の子なのに色白で(これは病気のために運動が禁止されていたからなんだけど)長いまつ毛をしたあの人-憎いパパの敵の息子-であるはずの結城秀一郎をかわいいと思ってしまった。一生懸命自分のことを話す姿に胸が高鳴った。
私は妹と同い年、つまりは5歳も年下の秀一郎に一目で惹かれていた。高校生の私が、小学5年生の秀一郎に…

それは血のなせる業とでもいうのだろうか。
それが、血のなせる業だと言うのは、それが私の妹明日香にもまた同じ効果を発動したようだったからだ。
私と違って同い年の明日香は、すぐに打ち解けて、それこそ生まれながらに知っているかのように仲良くなった。
だけど、高校生にもなっていた私は、それを醒めた眼で眺めているフリをすることしか出来なかった。

いっこうに打ち解けようとしない私にママは、ママと龍太郎さんが何故愛し合いながらも別れたのかを語った。

龍太郎さんの父親は、東証一部上場企業の社長で、龍太郎さんはその会社を継ぐべく教育を受け、育てられた。
家柄を重んじる大正生まれの彼の祖母は、ごく当たり前の家庭のママとの結婚をあからさまに反対した。それでも龍太郎さんは最初は押し切ってでも結婚しようとしていたらしい。
だけど…龍太郎さんは自分が子供の頃罹った病気が元で、通常ではまず子供は望めないのだと知ってしまう。
跡取りが出来ない事でママが辛い立場に立たされることを懸念した龍太郎さんは、何も真実を告げることなくママに一方的に別れを告げた。そして、親の勧める相手、志穂さんと結婚した。
だけど…出来ないはずの子供ができたのだ。それが秀一郎。秀一郎は龍太郎に準えるように同じ頃同じ病気に罹って…そして龍太郎さんは9年前、謎の死を遂げた。
「未来の歳なら、もうこの話も解ってくれるんじゃないかと思って…」
ママはそう言った。

ママはずるいよ。そうやって、自分の弱さを娘にひけらかして何になるって言うの?
その話を聞いた私は、秀一郎に運命を感じてますます惹かれてしまっていた。

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marine side 9

私がママの事を聞いたときパパはその場にはいなかったけど、別には聞いていたのかもしれない。最初は別行動だったパパが、いつしかその輪の中に合流した。
元々野球大好きのパパは、病気で好きなサッカーが出来ない父親を失った少年の事を放っておけなかったのかもしれない。
あるいは、彼の中に暁ちゃんの姿を重ね見ていたのだろうか。

私には生きていれば明日香より1歳年上の弟、暁彦がいた。とは言っても、私は顔さえ見たことがない。暁ちゃんは死んで生まれてきたのだ。
ママはそのことで錯乱状態に陥り、自分の産んだ暁ちゃんに会わせてももらえなかった。今でもその話になると、ママは必ず涙ぐむ。
「男の子なのに色白で、きれいな子だったよ。」
とパパがいつだったかぽつりと言った事があった。

それから、今度はそこに2人の同級生で龍太郎さんの親友、ヤナのおじさん(初めて会った当時は独身だったから、おじさんなんて口が裂けても言えなかったけど。ママと同い年なら、私には充分おじさんだよね)が加わるようになった。ママ曰く、
「志穂さんが私に似てるから心配なんじゃない?」
ですって…パパがママ以外の女の人に言い寄るなんて、あるわけないじゃないの!

そう…そんな事あり得ないけど、ママはふと夢見てしまうのかもしれない。ママと龍太郎さんが結ばれて、その代わりと言うと語弊はあるかもしれないけど、パパと志穂さんが結ばれれば-きっとみんながハッピーエンドになるんじゃないかって。

そんなことを考えながらいつの間にか眠っていた私は変な夢を見てしまった。

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genre : 小説・文学

夢-chiffon side1




ああ、何か変な夢見ちゃった…私が25歳になって家出してる夢。その家も東京じゃなくて千葉だったし。

私の名前は飯塚未来、高校二年生で17歳になったばかり。でも、今朝の夢って何かすごくリアルだった。そう思いながら、私は部屋を出て階段を降りると、
「おはよう。」
ってママに声をかけた。
「おはよう、未来。今日はどこにも寄らずに戻ってきてね。」
ママは、挨拶の後そう言った。
「何で?」
「今日から弥生さんの従兄弟の克也君が勉強見てくれることになったから。」
げっ、勉強?!弥生さんって言うのは、ママのお友達のお医者さん、大学病院の勤務医。克也さんというのは、その従兄弟で医大生。フルネームは広波克也と言うらしい。
「え~っ、勉強なんてやだよぉ。」
「未来、この前のテストで成績ずいぶん下げたでしょ?これでどこか大学いけるの?その話を弥生さんにしたら、克也君を行かせるって言ってくれたのよ。」
確かにこの前のテストの結果は散々だった事は認めるけど、勉強なんて見てくれなくて良いよ、弥生さん。いや克也さんか…どっちでもいいけど。

「おはよう、志穂。」
そこにパパが起きてきて、ママと朝のキス…はぁ、この2人は結婚18年目にして娘の眼も気にしないでそういう事が平気で出来る、超の付くほどのラブラブバカップル。
パパの会社にママが入社したとたん、パパは一目ぼれ、猛アタックの末結婚。ママは因みにその会社の社長の娘だったもんだから、金目当てだとかもいろいろ言われたらしいけどね。パパがそういうややこしい事の出来る性格かどうか見れば判るじゃないの。
ま、それは置いておくとしても、以来パパは「俺の趣味は志穂だ」と豪語するくらいの愛妻家。この2人を見続けると胸焼けするから、早いうちに避難しよっと。
私は、髪をセットするために、急いで洗面所に避難した。

私はどこかに逃亡したいという気持ちを何とか抑えて、その日はいつもよりちょっぴり早く帰宅した。
でも、克也さんはもう他の生徒さんを受け持っていて時間が合わないとのこと。内心「ラッキー」と思ったら、すかさずママは続けた。
「それでね、克也君のお友達を行かせるからって今克也君から連絡があったの。」
えっ、ピンチヒッター用意したって?!いいのに、頼まなくて…そしたら勉強なんてしなくて良いのに。
私はぬか喜びだった事に心の中で舌打ちした。
だけど…
「お邪魔致します、広波君の紹介で参りました。」
ウチに現れたその人を見て…私は一目で恋に堕ちてしまったのだ。初めて会った気がしない。運命感じちゃった…かも(あはっ、大げさ)。
「はじめまして、結城秀一郎と申します。あなたが未来さんですか?」
その人…結城秀一郎さんは、照れながら玄関先でそう、私に挨拶した。

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genre : 小説・文学

chiffon side 2

秀一郎さんは人懐こい笑顔で私を見て、
「さぁ、どこからやりましょうか。どこが解らないか言ってもらうと良いんですが。」
と聞きながら、私の数学の教科書をぱらぱらとめくった。でも、そんな笑顔でそんな質問をされたら、ただでさえ解らないものが更に解らなくなって、もうどうでも良くなっちゃうんですけど…
「ねぇ未来さん、この問題は解りますか?」
秀一郎さんの口調はとても優しく丁寧だった。私がいつも接してる都立高校の男子なんかは足元にも及ばないような紳士!
それでも私は…その時家族の誰も、結城と言う名字に反応する事はなかった。思えばママは小さな会社だけど一応社長令嬢だったのだし、通っていたのは有名なお嬢様学校。その時のご学友の弥生さんは今、勤務医をしているけど、大病院のお嬢様。そのセレブな一族の克也さんの幼馴染なんだから、あのYUUKIと結びついてもおかしくはないのだけど、克也さんのピンチヒッターでカテキョを買って出た時点で私たちはその選択肢を外していたのだ。
別に経済的に必要のない彼がカテキョを引き受けたのは、『ダブルブッキングなんて言ってもヤヨねぇには通用しないんだよ。悪いっ、頼むよ!』と克也さんに泣きつかれただけだし、その話を秀一郎さんがお家でしたら、彼のお父様は『YUUKIだけじゃなく、いろんなことを経験するのはいいことだよ。』とあっさり許されたからだったんだけど。

「やっぱり克也みたいには教えられないなぁ、僕は。それに、未来さん全然僕のいう事頭に入ってないですよね。克也は時間的にムリだとして、もっと上手く教えられる人にお願いしたほうが良いかも知れませんね。」
秀一郎さんが困った顔をして私を覗き込んでそう言った。
「い、いえ…結城先生の説明、とっても解りやすいです。別の人だなんて言わないでください。」
その時私は勉強がどうのと言うより、これで彼と会えなくなってしまうのが嫌で、慌ててそう答えてしまっていた。
「先生は止めてください。そんなガラじゃないですよ。」
それに対して秀一郎さんはそう言ってはにかんだ。

成績が上がらなきゃ違う人に頼まれてしまうかも!先生に来てもらうためには成績上げなきゃ!
些か本末転倒って感じだったけど、私はちょっと真面目に勉強するようになった。
結果、成績が上がったんだから、動機不順だけど大目に見てよね、ママ。

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どっちが夢?- marine side 10

どっちが夢?


翌朝目が覚めた私は涙を流していた。夢とは言え、幸せな私と秀一郎との出会いに。

でも、変なのは変だった。夢の中の私も、私の事を夢に見ていて首をかしげているし、私はパパの実家近くの一戸建てに住んで都立高校に通っている。しかも、それはママの出身校。
パパはパパのままだったけど、ママは志穂さん。因みに私のママの名前は夏海と言う。昨日寝る前に今までの事を思い出したりなんかしたから、ママの願望を夢に見ちゃったのかなぁ。

おまけに名前だけだったけど、広波克也まで出てくるし…
広波克也…それは一昨日までの私の上司で、私の彼。まだ未練なのかな…もう、そんなものはないと思ってるんだけど。

何より一番変だったのは秀一郎の顔だった。全然違うだけならまだしも、あのヤナのおじさんを若くしたような顔だったんだもの。
こんなのママは間違っても望んだりしないわ。夢の私は一目ぼれしちゃったけど、私はNGよ。こっちの秀一郎のほうが良いわ。ま、ヤナのおじさんと結婚した志穂さんの娘だから、それもありなのか…夢に突っ込みいれてもしょうがないんだけどね。

私は、加奈子さんたちに、
「もう行く所も家族も今はないんです。」
って泣きついて保証人になってもらい、「いたくら」の近くにアパートを借りて、修司さんの幼馴染の人がやっている喫茶店で急に人が足りなくなったと言うので、バイトで入れてもらえることになった。
独りぼっちになったって言うウソは彼らにはとっくに見抜かれていたんだけど、人の良い彼らはそれでも私を放っては置けずに面倒を見てくれていたみたいだ。

そして、独りになった解放感なのか、はたまた寂しさなのか-私は眠るたびに歪んだ幸せなもう1人の私の夢を見るようになっていった。
そのうち私は、どっちが夢?って思うくらいに…

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秀一郎さんのお家-chiffon side 3

秀一郎さんのお家


1年半後、私は無事大学に入学できた。

無事大学生になってからも、秀一郎さんとは時々会っていた。ただ、喫茶店なんかで近況を話すだけなんだけどね。友達の桜木清華なんかは、
「それ、絶対ミクすけに気があるって。でなきゃ、カテキョの期間が終わった後に会おうなんて言わないよ。」
って言ってくれたけど、それっぽい話は全くないから、ホントのとこはどうなんだろうと思ってた。

-9月-
「ウチに、来てくれないかな。」
ある日、何気ない調子で、秀一郎さんにそう言われた。
「へっ?」
「彼女として、両親に紹介したいと思ってるんだけど…ダメ?」
か、彼女?!
「あ、いえ…あの…」
私は突然の事にどぎまぎして、上手く返事できなかった。
「もしかして、迷惑なのかな…」
すると、秀一郎さんは悲しそうな顔になってそう言った。
「いいえ!あの…急だったから…ええ、嬉しいです。」
「良かった!断られるかと思ったよ。」
私が慌てて迷惑じゃないと首を振りながら言うと、秀一郎さんはホッとした表情になり、そう言うと、どこまでもさわやかな笑顔を私に向けた。
「これから卒論に本格的に取り組みたいから、あんまり今までのようには会えないから、それまでに形にしたいんだ。」
えっ?形にしたいって…それって何??
「じゃぁ、日曜日に。ここで待ってるよ。」
秀一郎さんは、そう言って話題を変えた。

そして、日曜日の朝、待ち合わせの喫茶店から、秀一郎さんのお家に向かった。
その時、私はちょっと前から気になっていたことを聞いてみた。
「秀一郎さんって、就職の話しないですよね。大学院に行くんですか?」
「えっ?大学院?違うよ、父が手薬煉引いて待ってるのに、就職するよ。家業を継ぐつもりだから。子供の頃からそのつもりだったから、まさかそんな質問されるとも思ってなかった。そうだよね、普通は就職活動ってするもんだよね。」
私がそう言うと、秀一郎さんは本当にバツが悪そうにそう返した。それがどういう事なのか、私にはまだ解っていなかった。そうなのか、家業を継ぐのかぐらいにしか思っていなかった。私がその時想像していたのは、小さな町工場で父子で頑張る秀一郎さんの姿だった。

やがて、秀一郎さんの自宅に到着した。私の想像に反してそこは、新宿の一等地にある高級マンション-いわゆる億ションという奴だった。概観もオシャレ。彼は徐にエントランスで8階の自分ち(マンションでそういう言い方は適切なのかどうかは分んないだけどね)インターフォンを押してこう言った。
「母様、秀一郎です。ただいま戻りました。」
と…
か、母様ぁ?!ママ相手にただいま戻りましたぁ??!
秀一郎さんって、実は何者…?
どこか異世界に紛れ込んだ気になった私は、緊張をピークにさせて、秀一郎さんとエレベーターで8階のぼった。

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chiffon side 4

「母様、紹介するよ。彼女が、飯塚未来さん。」
「はじめまして、飯塚未来です。」
私は秀一郎さんに紹介されて、緊張しながら彼のお母様に下げた頭を上げて…すごくビックリした。
だって、それはこの間から夢に見ているもう1人のママの顔だったから。
「未来さん、どこかで以前にお会いしましたっけ。」
彼女の顔を見ながら固まってしまっている私を見て、秀一郎さんのお母様は不思議そうにそう言った。
「いえ…いいえ。」
夢でなんて言ったら笑われちゃうから言えない。
そのとき、奥から彼のお父様まで出てきた。
「いらっしゃい、僕もう待ちきれないから出て来たよ。へぇ、あなたが未来さん…」
そう言った後、彼のお父様は一瞬口籠もった後、秀一郎さんを肘でついて、
「お前が一目ぼれした訳がわかったよ。母様にそっくりだ。」
と、ニヤニヤしながらおっしゃった。それにしても一目ぼれ?聞いてない…そんなこと聞いてないよぉ。
「あ、父様それ、未来さんには言ってない…」
そう言われて、秀一郎さんも照れまくっている。
「言ってなかったの?未来さん、秀一郎ね、初めて君の家に行った日からそりゃ煩かったこと!口を開けば未来さんがだったな。」
「父様?!いい加減にしてください!」
お父様の言葉に、秀一郎さんは真っ赤な顔をして怒っている。そして、それを見たお母様がクスクスと笑い出した。
「それって、まるで龍太郎みたいよ。引っ込み思案で思ってることの逆を言うとこ!」
「親子だから、似てて何が悪い。」
自分に水が向けられて、お父様は憮然とした表情でお母様にそう返した。
「そりゃそうなんだけど、あんまり似てるんだもの、可笑しい。」
お母様は手足までばたばたさせて笑っていた。笑いすぎたのか、その眼に涙まで浮かべていた。でも、そんなに笑う事なんだろうか…こんなことを思う私は変?

その後、階上の…マンションなのに部屋の中に階段があって、2階(ホントは9階??)の秀一郎さんの部屋で正式に、
「これから卒論で忙しくもなるし、それが終わればすぐ、父の会社で働く予定なんだ。だからそれまでに決着したいと思って。
未来さん、僕と結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?」
って言われちゃった。いきなり、結婚ですとぉ~!!!このぶっ飛びな展開に、些かどころか全然ついていけませぬ…
「もちろん、即答してもらおうなんて思ってないけど、考えてくれないかな。」
「…はい…」
私は蚊の鳴くような声でそう返事するのがやっとだった。

しばらく経って、ようやく気を取り直した私は、秀一郎さんに質問した。
「あのぉ、1つ聞いても良いですか?お父様の会社って、もしかしたら…」
「YUUKIだよ。知らなかった?」
…やっぱり。全国に名を轟かす東証一部上場企業の名を事も無げに彼は口にした。
彼の名は結城秀一郎、今まで結びつかなかった方がおかしかったのかもしれない。

大変な事に…なったかも。

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genre : 小説・文学

オトウサマ-chiffon side 5

オトウサマ


「げっ、いきなり結婚?!すごっ…ま、あっちのほうが3つ年上だけどさ。でも、あっちだってまだ大学生でしょ?そっかぁ、やっぱ結城さんミクすけに惚れてたか。ねっ、言った通りだったでしょ。」
翌日それを清華に言ったら、清華は飲みかけの缶のミルクティーを少し吹いた。
「汚ったないなぁ。いきなりって私も思ったわよ。でも、何でも秀一郎さんのお父様とお母様って、高校時代の同級生…うちらの先輩なんだよね。」
「へぇ、そうなんだ。」
「でさぁ、お互い学生の頃は良かったんだけど仕事を始めてからすれ違いでさ、些細な事でケンカばっかするようになって、一度別れたんだって。でも、その時秀一郎さんがお腹にいたらしいのよ。それが分かって、急遽結婚ってことになったんだって。」
「へぇ、デキ婚なんだ。ドラマだねぇ。」
清華はそれを聞くとニヤニヤしながらそう言った。ねぇ、変なこと想像してるんじゃないでしょうね!
「それで、秀一郎さん、お父様の会社に入るんだけど、『入社したら容赦なくこきつかうつもりだから』って言ってらして。『そうなると僕たちの二の舞になりかねないからさ、形だけちゃんとつけといたほうが良い。』ってことらしいわ。私、どうしたら良い?」
ため息交じりの私の言葉に清華はニヤニヤの顔のままこう返した。
「ミクすけ、好きなんでしょ、結城さんの事。じゃぁ、突き進みゃいいじゃん。もう、答えは出てんでしょ?あんた何気に嫁目線じゃんか。」
「嫁…目線?」
そんな目線で私、見てませんけど。
「あれ、自分で気付いてないんだ。お義父様・お義母様ってさっきから言ってんじゃん。」
「あ、それは秀一郎さんが父様母様って呼んでるから…」
文字で書けば分かるんだけど、音にするとお父様もお義父様も「オトウサマ」だもんね。
「今時男が父様に母様?どこのお坊っちゃんなのさ、結城さんって。カテキョでしょ?あり得ねぇ~。」
で、私の返事に清華は眼をまん丸にして馬鹿笑いした。
「うん…私も最初そう思ってたんだけど、お祖父様がYUUKIの社長なんだって。もうすぐ、お父様がそれを継がれるらしいよ。」
それに対して私は首を少しすくめながらそう返した。
「マジ?!」
「うん、マジ。お家に昨日うかがったんだけど、マンションなのに中に階段があってさぁ…しかもそれが新宿なの。」
「そりゃ、マジみたいだね。にしても新宿でメゾネットタイプのマンション?!」
私は驚いている清華に肯いた。でも、中に階段があるようなのをメゾネットタイプっていうんだ…初めて知った。
「でもさ、良いんじゃない?お互い好きなんだから。玉の輿に乗っちゃいな!頑張れ未来の社長婦人!!」
清華は咳払いをしてから、にっと笑ってそう言った。

友人の清華でもこうだったんだから、私の両親-特にパパの反応はすごかった。

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-chiffon side 6

私は秀一郎さんのプロポーズを受けた。で、秀一郎さんが私の両親の承諾をもらいに来る事になった。
私が、
「久しぶりに結城先生がウチに遊びに来たいって言ってるの。」
と言った時はパパは、
「そうか、もう勉強じゃないんだから、一緒に酒でも飲もうって言ってくれ。」
なんて張り切っていた。でも、パパすぐに酔っ払うのにな。

だけど、いざ秀一郎さんが家に来て、彼のスーツ姿を見たとき、パパの顔色が変わった。
「結城君、今日は何の用だ。」
声にも妙に凄みあるし…
「今日はお父様に折り入ってお話があって参りました。」
秀一郎さんは、いつものように折り目正しい口調でそう言うと、パパに深々と頭を下げた。
「残念だが、俺にはない。それに俺は君のお父様じゃない。解ったらさっさと帰ってくれ!」
それに対して、パパは握りこぶしをぷるぷるさせながらそう言った。今にも殴りそうなのを必死に堪えてる?何故??
「それから、未来には二度と会ってくれるな!あの子の事は心配してもらわなくても結構だ。俺たちでなんとでもできる。」
は?何それ?!パパ…何か誤解してない?秀一郎さんも困惑した表情でその場に立ち尽くしている。
「聞こえてるのか、出て行けって言ってるんだ!!」
「すいません、何か私、怒らせるような事をしたり言ったりしましたでしょうか。」
秀一郎さんは首をかしげながらそうパパに尋ねた。
「怒るも何もないだろっ!娘を傷物にしといて、それが言う台詞か!!」
き、傷物?!何それ!!
「ちょっとパパ、何勘違いしてるのよ!!」
「何を勘違いしてるだと!こいつはお前をもらいに来たんだろうが!!」
ま、それに間違いはないんだけど…ないんだけど何か違う気がする。
「ええ、だから今日は未来さんとの結婚を前提にした交際をお許しいただこうと思って参りました。」
「だから、認めないって言ってるんだ、何度言えば解る!!」
パパはついに秀一郎さんをグーで殴った。
「何するの?!何でパパ、認めてくれないの??昨日パパ、秀一郎さんと一緒に飲みたいって言ったばかりじゃない。」
「それとこれとは話が違う、娘を傷物にされたとあっちゃ…」
うー頭痛いよぉ、どうしたらそういう発想になったのかな。
「私がいつ、傷物になったって?!誓って言うけど、私たちまだそんな関係じゃありません!!」
「へっ?」
たまりかねて爆発した私に、パパは驚きの表情を向けた。
「そうじゃないのか?まだ学生の男がこんな上等なスーツを着込んで、しかもこんな低姿勢でお父様って言ってきたもんだから、てっきりそうだと…」
パパは私の言葉に急にトーンダウンして、小さな声でごにょごにょそう言った。
「秀一郎さんの言葉が丁寧なのは、今日に始まった事じゃあありません!!」
「す、すまん…そう、だったかな。」
パパは大きな身体を縮めてそう言うと軽く頭を下げた。
「その…私は結婚するまでそういう事をするつもりはありません。ただ、未来さんと結婚したい気持ちは本当なので、就職して忙しくなる前に、承諾を頂きたいと思ってお伺いしただけなんです。」
「そうか…そういうことなら、まあ…いいか。」
更に秀一郎さんの一言ですっかり萎れてしまったパパが、秀一郎さんに握手を求めた。
「ありがとうございます。」
秀一郎さんが笑顔でその握手を受けた。
「じゃぁ、パパ、秀一郎さんにちゃんと謝りなさいよ。何も聞かないで殴るなんて、サイテーよ。」
「ああ、申し訳ない。痛かったか?」
私がホッとしてそう毒づくと、パパは照れながら秀一郎さんに謝った。
「そんな、とんでもない。大事なお嬢さんをいただきにあがるのに、それくらいは覚悟してましたよ。父が母と結婚したいと祖父母に申し出た時には、祖父に3~4発殴られたと聞いてましたから。」
へぇ、そうなんだ。でも、お父様たちの場合、本当にデキ婚だったらしいから、それはそうかもね。私はそう思ったけど、それを今口にだしてしまったら話がまたややこしくなりそうなので黙っていたけど。

そして、この後、秀一郎さんの上等なスーツの謎-秀一郎さんがYUUKIの跡取りだという事が分かって、パパとママはあんぐりと口をあけて固まった。
パパがホントに小さな声で、
「やっぱり、ダメだ…」
と力なく言うのが聞こえた。

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虫除け-chiffon side 7

虫除け


私が秀一郎さんと付き合うと分かって、一番喜んだのは上河原のお祖父ちゃん。つまりママのパパ。お祖父ちゃんと、秀一郎さんのお祖父様って元々知り合いなんだって。ママが大人になったら、お祖父ちゃんは結城家に嫁に出したいと思っていたらしいんだけど、ママが20歳の時に秀一郎さんのお父様はお母様と電撃的に結婚したんでビックリしたと言っていた。
「でかしたぞ、未来。わしの長年の夢が叶ったわい。」
なんて言う。別に私はお祖父ちゃんのために秀一郎さんを選んだ訳じゃないし…
「大体、龍太郎君が夏海さんをもらってなきゃ、あんな9つも離れた奴に、志穂をやったりせんかったわい。」
と、挙句の果てに愚痴りだす始末。おじいちゃんはパパとママとの結婚には大反対。ママにお兄さんの憲一(のりかず)おじさんがいなくてママが会社を継ぐとかいう状態(婿養子をとるとかね)だったとしたら、強引に別れさせられていたかも。で、お祖父ちゃんは今もどっか認めてなくて、何かと言うとそういう愚痴になる。でも、私たち孫はかわいいらしい。その私たちはパパがいなきゃ生まれてないんだけど?というツッコミは、さすがにお祖父ちゃんに面と向かって出来ないんだけどね。

何とかうちの両親に承諾をもらった後、秀一郎さんは私に指輪を買ってくれた。でも、高校生が行くようなアクセサリーショップの石のついてない安物のシルバーリング。
それをつけてお家に伺ったら、彼のお母様がそれを目ざとく見つけて大笑い。
「全く…何でこんなとこまで似るかなぁ」
「へっ?」
私は誰に何が似てるのか分からなかった。
「あのね、私も龍太郎に結婚指輪の前にもらったのって、そういう縁日で売ってるような奴だったの。」
「そうなんですか。」
私は、どうリアクションしていいのか分かんないので、とりあえずそう相槌を打っておいた。
「未来さん、それ左手の薬指にずっとしておいてやってね。本物のエンゲージリングをあの子が渡すまでね。
それ、たぶん秀一郎なりの本気の証明だから。『学校でもしておいて、安物なら傷になっても気にならないでしょ。』とか言われなかった?」
なんで、そんなことまで分かるんだろう。流石に母親だわ。
「あの子、それ絶対虫除けのつもりなのよ。だからって玩具にしなきゃならないって法はないのにね。そんなとこが親子でそっくり。」
「血は争えないんですね。」
私は彼女の言葉にくすっと笑ってそう返した。
「そうよ…そうなのよね…」
でも、その時の彼女の顔は寂しげで眼は遠かった。でも、その時には私はその本当の意味を知る由もなかったんだけれども。
あの指輪が仰々しいものでなかったのは、“虫除け”としてずっと填めておくのもそうだけど、私が秀一郎さんのことを話すとき、YUUKIに直接つながらないようにするためでもあったのかもしれない。
あの指輪を填めている事で、虫除けになる前に私は、大学の女の子達から彼氏の事を聞かれた。だけど、馴れ初めは家庭教師の先生と生徒だし、チープなステディリングともなれば、誰にも玉の輿などと騒がれる事もなかった。

そして、秀一郎さんは翌年、無事卒業。YUUKIに入社した。

それから約一年、今度は私の4回生を目前にした時期に、正式な婚約をするべく両家が集まった。
その時…パパが彼のお母様をママが彼のお父様をみて固まってしまった。何だか、一瞬魔法で時が止まったように。そして、金縛りから解けるが如く、四人は一斉にしゃべりだした。
「何か初めてお会いした気がしませんね。」
と、親たちは口々に言い、あれよあれよという間に親同士が盛り上がってしまったのだ。

和やかな空気の中、私たちの結婚が決まった。

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伏せられたフォトスタンド(前)-chiffon side 8

伏せられフォトスタンド(前)


それから、私は時々秀一郎さんのお宅に、お義母様に料理とか細々としたものの作り方を習いに行くようになった。要するに花嫁修業。お姑さんとのご機嫌伺い以上に、私とお義母様はウマがあった。もしかしたら、実の親子だったのかもしれないと思う気持ちがどこかにあるのかもしれない。
「未来さんはそうじゃないんでしょうけど、私は本当の母親なのに母が苦手でね。」
お義母様はそう言っていた。何でも、曲がったことの大嫌いな何もかも見透かすような瞳をした方だとお義父様は言う。

でも、本当はお義父様のそんな一言を聞くまでもなく、私は秀一郎さんのお祖母様のことを知っていた。
私はあれから、ほぼ毎日もう一人の私の夢を見ていて、お義母様のお母様はもう一人の私の実のお祖母ちゃんとして会っていたからだ。夢は便利だ。思い出すだけで、私はお祖母ちゃんの顔が見れた。

そんなある日、私は風邪を引いていた。断りを入れて家にいれば良かったんだけど、その日は私が前から教わりたかった料理を作ることになっていたので、無理を押して私は結城家を訪れた。

はじめのうちは良かったんだけど、そのうちだんだん気分が悪くなってきていた。
「未来さん、大丈夫?何だか顔が赤いわ。」
それをお義母様に見咎められた。
「そうですか?ちょっと風邪気味ではありますけど。」
私は気分が悪いとも言えずに、そう答えた。
だけど、低い位置にあるものを取ろうとして腰を落として立ち上がろうとした時…
視界が回った。私は、気がつくと膝を付いて動けなくなっていた。
「未来さん?!」
お義母様が慌てて駆け寄って私の手を取った。
「未来さん、熱い。」
そして、そういうと私のおでこに手を当てた。
「まぁ、すごい熱!」
私は熱を出していたようだった。熱って、意外と出している本人は気付かないものだ。
「大丈夫です。」
「ダメよ、無理しちゃ。とにかくこの時間はお医者様まだ開いてないから、夕方になったらタクシーででも一緒に行きましょう。とにかくしばらく横にならなくちゃ。今、解熱剤を用意するわね。」
「良いです。じゃぁ、今から家に帰ります。」
横になるのなら、家に帰ってそうする方がと思って私がそう言うと、
「そんなことをして、もし途中で倒れでもしたらどうするの?私、龍太郎にも秀一郎にもうんと叱られてしまうわ。頼むから、ここで休んで行って頂戴。」
お義母様は慌てて解熱剤を引き出しの中から取り出すと、口をへの字に曲げてそう返した。

そう言われてしまうと、無碍に帰ると言い張ることもできず、私は、渋々解熱剤を飲んでお義母様のベッドに横になった。そして、私は…いつしか眠ってしまったようだった。

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泣き虫になった訳-marine side 11

泣き虫になった訳


夢の中の私が風邪を引いていて熱を出したのは、私の調子が悪かったからなのかな。
そう思うくらい、私はその日気分が悪かった。とくにその日は悪かったけど、実のところその前からずっと調子は良くない。
だからと言って、お医者さんに行く気にはなれなかった。お医者さんに行くには健康保険証を提示しなければならない。私の健康保険証はまだ有効なのだろうか…そんなことも分からない状態で、迂闊にかかれないというのが本当のところだ。

だからって、市販薬を飲む気にもなれなかった。空腹時には気分が悪いんだけど、それでも何かをたべてしまうと結構何とかなっていたからだ。
でも、その日はさすがに朝から何も食べる気になれず、そのままバイト先の喫茶店「ドルチェ」に向かった。

それにしても…あの夢、どんどんとリアルさを増していく。ママのママ倉本のお祖母ちゃんまで出てくるなんて思わなかったし。
私はますます、あれが夢だなんて思えなくなっていた。なら…なんなんだろう。もしかしたら「もう一人の私」がいるのかもしれないなんて…馬鹿げた発想だとは思うんだけど。

そんなことを考えながら歩いて、私はドルチェのドアに手をかけた。
「おはようございます。」
「おはよ、未来ちゃん。」
私が挨拶すると、マスターの菊池さんは、アイスコーヒーの仕込みをしながら私に挨拶を返してくれた。
「未来ちゃん、大丈夫?」
そのあと、菊池さんにいきなりそう聞かれた。
「何か?」
「顔色悪いよ、今日。」
「…そうですか?別に、普通ですよ。」
私はしらばっくれてそう答えた。少々気分が悪いからって休んではいられない。時給だから休めばそのままバイト料に影響するし、板倉さんたちにも申し訳ない。働かないと。
それに、この私の気分の悪さはここのコーヒーには反応していないみたいだいし…そう思いながらPOPを書く。日替わりランチならぬ日替わりモーニングの文字。
名古屋エリアではほかの地方ではおまけ程度しかないモーニングが、そうではないのだ。2品3品は当たり前、喫茶店でがっつりとした朝食を済ませることができることが多い。
菊池さんは料理の腕も一級品。だから、毎日通常のトーストにプラスして、ちょっとした朝のメニューが付く。それが日替わりモーニングの中身。だけど、
「喫茶店じゃなくて、レストランでも充分やってけるんじゃないんですか?」
って私が言った時、
「それじゃぁ、俺のこのおいしいコーヒーが脇役になる。俺はホントはコーヒーで勝負したいんだよ。コーヒー飲まない奴には、飯は作んない。」
と笑う。
そう、ここドルチェはそんなマスター菊池さんの大好きが詰まったお店。そういう空間はいるだけで心地いい。だから、なおさらいい加減な事をして辞めたくない。そのためにはできる限り迷惑をかけちゃいけない。
「未来ちゃん、一度も休んだことないでしょ。」
「別に休むことないじゃないですか。ここにいるとホントに落ち着くんです。」
「そんなこと言っても、何も出ないよ。まかないにプリンでも付けるくらいかな。」
「やった!プリン付けてくれるんですね。」
「しまった!ま、良いよ。ああ、タケさんいらっしゃい。」
菊池さんはそう言うと、折から入ってきたお客さんに挨拶した。

だけど、お昼前になって、今度はランチのためのご飯を炊飯器が湯気をあげて炊き始めた時、私はものすごい吐き気に襲われて、朝何も食べていないのに吐いてしまった。真っ蒼な顔をした私に菊池さんは、
「未来ちゃん、ホントに今日は帰んな。」
と、言った。
「そんな、今からランチの時間なのに…」
「だからだ。そんな時間に倒れられても、フォローもできないし、お客様にも迷惑がかかる。それに、今ならまだ午前中の診察に間に合う。帰り道に医者に寄って、今日はゆっくり休むんだ。」
時間は11時をすこし過ぎたところ。今なら、近くのお医者さんで滑り込みで診てもらえるに違いない。

少しの押し問答の末、私はとりあえずドルチェを出た。そして、医者には寄らずそのままアパートに戻った。
アパートについた私は、膝を抱えて自分の部屋のラグに座り込んだ。
私…何か病気なんだろうか…涙がまた出てきた。私は本当に泣き虫になったみたいだ。

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marine side 12

お昼過ぎ、ぼーっとしている私のところへ、午前の部を終えた加奈子さんが来てくれた。
「未来ちゃん、調子悪いんだってね。」
「あ、今は何ともないです。」
「そう?」
加奈子さんは私の返事に、疑わしそうに返事をしてから、
「でも、夕方には私と一緒にお医者さんに行こうね。」
と強い調子で私に言った。
「えっ、でもいたくらは?」
「ランチタイム以外は大体修司だけで大丈夫だし、今日はマナに手伝うように言ってあるわ。定期試験が終わったばっかだから…」
「でも、マナちゃんは受験…」
「1日くらいは、息抜きでちょうどいいのよ。それに、マナは愛想人間だから、結構お客様のウケも良いしね。それより私は、未来ちゃんの身体が心配。」
「あ、ありがとうございます…」
ただ店にふらりと現れただけの私にここまで優しくしてくれる加奈子さん。そんな加奈子さんを文句も言わずに送り出してくれた修司さんや瞳ちゃんの優しさに、私はまた涙が出た。
「そうなのよ、そういうとこが余計そうだと思うから…」
でも、その後加奈子さんはぼそっとそう、私に解らないことをつぶやいた。

「そうそう、それとコレ。」
それから加奈子さんはおにぎりを取り出して、
「どうせ朝から何も食べてないんじゃないかと思って。」
と笑った。何でもお見通し何だなぁ…私はそう思いながら肯いて、そのおにぎりを半分に割った。中身は梅干しだった。たぶん、私の胃の調子を考えてそうしてくれたんだろうけど、実は私は梅干しが苦手。でも、そんなこと言っちゃ失礼だから、私は黙って口に入れた。
「美味しい…」
でも、予想に反してそれはすごく美味しく感じた。酸っぱさが却って心地よく感じた。
「良かったやっと笑ったわね。」
そういうと、加奈子さんはマグボトルから味噌汁を取り出し、紙コップに入れて私の前に置いた。

そして、夕方私は加奈子さんに連れられて、近くの病院に向かった。
しかし、連れられたクリニックを前にして私は固まったまま立ち尽くした。
そこは…

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marine side 13

完全にそこから動けなくなってしまっている私に、加奈子さんが言った。
「未来ちゃん、正直に言って。身に覚え…あるんでしょ?」
私は唇を噛みしめながら俯くように肯いた。身に覚え…ははっきりとあった。そもそもそれが、わたしの家出の原因なのだから。

私は素直に加奈子さんに促されるままに医師の診察を受け、自分の身に起こった『新しい命の誕生』の事実を確認した。
「家に帰れなんて言わないですよね。私には、帰る家なんてもうないんです。」
病院を出る時、私は加奈子さんにそう言った。
「未来ちゃん…」
加奈子さんは悲しい表情で私を見た。
「帰れなんて言わないでください。」
「そんなことを言っても、今までとは状況が違うわ。本当はご両親、ご健在なんでしょ?」
もう一度帰らないといった私に、加奈子さんは首を振りながらそう返した。
「イヤです、今帰ったら…子供産めない…」
「産むのなら、子供のパパにも連絡しなきゃ。」
「彼には知らせません。私一人で育てます。」
「どうして!」
「だって、彼には…」
克也には親の決めた婚約者がいた。『翠は親が決めただけで、俺は何とも思ってない。』って彼は言っていたのに…
そんな彼女とも関係がちゃんとある事を知ったのは、家を出る少し前のこと。二股-だった。
そんな奴が、私に子供ができたからといって、責任をとるなんて思えない。それに…
「それに…まじめなパパは私が子供を産むことを許してはくれない…加奈子さんだって、修司さんだってそうでしょ?瞳ちゃんが父親のいない子供を産むなんて…」
「それは…」
私にそう言われて、加奈子さんは一旦口ごもった。
「そりゃ、私も母親だもの。娘がみすみす苦労するようなことはさせたくないわ。男親の修司はもっと激怒するでしょうね。相手の男だって殺しかねない。」
「そうでしょ?だから…」
「でも、彼だってもしかしたらってことだってあるでしょ?」
当惑した様子でそう言った加奈子さんに、私は頭を振りながら返した。
「私がもう彼を信じられないんです。」
そんな私の言葉に、加奈子さんはハッとして続く言葉を飲み込んだ。

「でもどうして、私が妊娠してると思ったんですか。」
私は加奈子さんがどうしていきなり産婦人科に連れて来たのかが不思議だった。
「私、子供を二人産んでいるのよ。妊娠中って独特なものがあるのよ。未来ちゃんが初めてお店に来た時、いきなり泣いちゃったでしょ。私、あの時あなたが自ら命を断とうとしているのかと思ったの。だけど、一晩泊めた後、あなたは日進で暮らしたいって言って、積極的にアパートや仕事を探し始めたでしょ。それからも、感情の起伏の大きいことも続いたし…お昼前に菊池さんから未来ちゃんが吐いたと聞いたときに確信したわ。」
「子供ができると泣き虫になるんですか?」
「涙もろくなる人が多いわ。」

加奈子さんは私をアパートまで送って、帰って行った。

加奈子さんにはああは言ったものの、私はこれから先、どうしたら良いのか判らなかった。まず、菊池さんには妊娠のことを報告しなければならないだろう。そしたら、「ドルチェ」を辞めなければならなくなるんだろうか。あそこを辞めても、身重の女を好き好んで使ってくれるようなところはどこにもないだろう。

でも産みたい。克也には未練なんてないけど、芽生えた命は無碍にはしたくない。それに、もしかしたら…
そんなことを考えながら私は、眠れぬ夜を過ごした。そして、明け方近くになって、うつらうつらとし始めた時、アパートのドアが激しく叩かれた。

私がドアを開けると、茹でダコのようになったパパと蒼い顔をしたママが立っていた。加奈子さんは私がはじめ自殺するものと思っていたので、私が板倉家のお風呂をいただいていたときに、こっそりと清華の連絡先のメモを控えたらしい。それで今回清華に連絡を入れて、清華からウチの番号を教えてもらったのだ。
加奈子さんから連絡を受けたパパとママは、すぐに夜通し走ってここに駆けつけたのだ。
「未来!」
パパは挨拶代りに私を平手で打った。
「マーさん、止めて!!」
ママが慌てて止めに入る。それを片手で制したパパは…私をぎゅっと抱きしめた。

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marine side 14

「話は板倉さんから聞いた。とにかく、何にしても帰って来い。」
パパは憮然とした様子で私にそう言った。
「心配している様だから言っとくが…父親のことは聞かんでおいてやる。というよりな、なまじ名前なんか聞いてしまうと俺はそいつを殺しかねないからな。それにな…たとえ間違いで授かった命だったとしても、子供には罪はない。生きたくても生きられない命だってあるんだ。俺たちには生きようとしている命をなかったことになんてできない。
未来、子供はもう家族のものだ。みんなで最高に幸せにしてやればそれで良いことじゃないか。」
その昔、趣味はママだと豪語して家族を何より大切にしてきたパパだから、その言葉が私の耳に重く響いた。

そして、-生きたくても生きられない命-それはたぶん、暁ちゃんのことを思っているのだ。
暁ちゃん、私はあんたに何もしてあげなかったのに、お姉ちゃんのこと助けてくれるんだね。…ありがと。
「ねぇ、私ホントにウチに帰ってもいいの?」
「当たり前だ、他にどこに帰るところがある。」
そうだね、他に帰れるとこなんてどこにもないし、このまま意地を張って残る気力も、パパの今の言葉で無くなっちゃった。
パパ、甘えさせてもらうね。
でも…今のこの状態であの子の顔を見るのは正直辛いな。

「私、帰るね。じゃぁ、『ドルチェ』に行って来るわ。」
「『ドルチェ』って?」
ああそうか、私のバイト先のことは知らないもんね。
「私が今、バイトさせてもらってる喫茶店。すぐに代わりの子を探してもらわないと。マスターの菊池さんに話してくる。」
どうせ、早めに行って昨日のことを話さなくちゃとは思っていた。それでも、使ってくださいと言うつもりだったけど…辞めるといわなきゃならないのか…さびしいな。
「じゃぁ、私も一緒に行くわ。」
すると、ママもついてくると言った。
「ママもその方にお礼がしたいし、親が迎えに来てるって言えばあなたも切り出しやすいでしょ。」
「俺はその間に部屋を片付けておく。」
「…うん、分かった。2人ともありがと。」
私は頷いてそう返事したものの寂しかった。バイトだし、事情が事情だから、菊池さんはすぐに了解して両親と帰るように言ってくれるだろうから。
でも…短い間だったけど、私はここの暮らしが大好きだった。

私はママと一緒に「ドルチェ」に向かった。春は名のみの風が私の頬に当たる。

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ドルチェ-marine side 15

ドルチェ


「おはよ、未来ちゃん。今日は早いね…そちらの方は?」
「ドルチェ」扉を開けると、菊池さんはいつものあいさつをくれた。
「おはようございます。あ、母です。」
「はじめまして、私、飯塚未来の母です。今回は娘が大変お世話になりました。」
「とんでもない、こちらこそ恥ずかしながら急に嫁に逃げらて困ってたんです。おかげで助かりましたよ。」
ママの挨拶に菊池さんが照れて頭を掻きながら返した。
「それで、勝手な事を言うようですが、娘を連れて帰ります。」
「そっか…迎えに来られたんですね。いえいえ、こちらはもう。やっぱり家族は一緒にいるのが一番ですよ。」
菊池さんに頭を下げたママに、彼は首を振ってそう返した。それから言いにくそうに、
「じゃぁ、昨日のことってやっぱり…」
と聞いてきたので、私はこくりと肯いた。
「菊池さん分かってたんですか?」
私がそう聞くと、菊池さんは、
「俺だって、伊達に未来ちゃんの2倍歳とってる訳じゃないよ。」
と言った。
「そうかいね、私は無駄に歳とってると思うがね。」
すると奥の方から、きれいな女性が笑いながら出てきた。
「澄子、そりゃないだろ。」
菊池さんはその女性-澄子さんに剥れながら返した。
「ほいでなきゃ、嫁に逃げられたりせんがね。」
「お前が言うか?!」
「たぁけ、私でなきゃ誰が言うがか。」
澄子さんがばりばりの方言で捲し立てるのを、綺麗な外見とのギャップで思わず私は口を開けてみていた。そのあと彼女は私の方を向くと、
「あ、未来さんと会うのは初めでしたな。私がその逃げた嫁の菊池澄子ですわ。」
と自己紹介した。この方が奥さんなのか…方言が慣れないからびっくりしたけど、明るくてはきはきとしていて、菊池さんとはお似合いな感じがする。
「はじめまして、飯塚未来です。」
「未来の母親の夏海と申します。この度は娘が大変お世話になりまして…」
ママも澄子さんの迫力に気圧されていたのか、突然魔法が解けたかのように何度もお辞儀しながら挨拶をした。
「いやぁ、こっちとそ、どえりゃぁ世話になってまって。」
澄子さんもそう言ってはにかみながら頭を下げた。
「ホントだぞ、未来ちゃんがいてくれなかったら、俺一人じゃにっちもさっちもいかんかったぞ。」
それに対して、菊池さんが憮然とそういった。
「解っとるがね、感謝しとるで。
ま、私がここに戻ることになったで、未来さんは後のことは心配せんでな。それよりも元気な子供産んでもらわにゃな。子供産むんは、女にしかできん仕事だで。」
そう言って、澄子さんは私の手を握った。ふんわりとした手は温かかった。
「澄子さん、すいません。私が現れて本当ならもっと早くに帰れるはずだったのが、帰れなくなってたんじゃないんですか?」
わたしがそういうと、澄子さんは手を振って、
「いやいや、そんなことはないでよ。こんお方も、意地っ張りやさけ、いきなりは謝れんかったんだわ。私にとってもええ骨休めやったで、気にせんで。」
そして、謝る私にウインクしてそう答えた。それを見た菊池さんは、何か言いたげだったけど、澄子さんの顔を見て止めたみたいだった。今の澄子さんは、菊池さんが一言言おうもんなら、その何倍かになって返ってきそうだったから。
「ありがとうございます。」
お礼の言葉を言ったら、涙がまた出た。そんな私を見た澄子さんは、
「泣いたらいかんて。泣いたらお腹の子が泣き虫になってまう。女の子ならえぇけんど、男じゃそりゃいかんだろ、な。」
そう言いながら私の頭を優しくなでてくれた。

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父親(前)-marine side 16

父親(前


そんなこんなで、私は板倉さんちに挨拶した後、バタバタと少ない荷物をパパの車に詰め込むと千葉の自分の家に帰って行った。

「お姉ちゃん、心配したんだから!名古屋っていったい何?!」
家に帰った私は、玄関もそこそこに明日香にそう言って泣かれた。
「秀君もね、ものすごく心配してたんだよっ!」
そして何の防御もしないうちに繰り出された秀一郎の名前に、私は身を強張らせる。
「ゴメン…秀一郎にはあんたから謝っといて。」
「何で?お姉ちゃんが帰って来たって言ったら秀君飛んでくるよ。自分で謝れば?」
私の返事に、明日香はそう呑気に答えた。
「秀一郎はあんたの恋人でしょ?!あんたが言ってよ!私、疲れたの。少し寝かせて。」
私はそう言って自分の部屋-とは言え半分は明日香のでもある部屋の自分のベッドに横になった。

まったく、泣きたいのはこっちの方…

秀一郎と明日香が初めて会ったときから惹かれあっていることは誰の眼からも明らかだった。
だから、私は自分が年上だと言うことを抜きにしても自分の気持ちを押し殺して2人の幸せを願うことができた。
-できたと思っていた。

だけど、克也と彼の婚約者の翠さんとの関係を知って文句を言った私に、克也は冷たく言い放った。
「んなことを言やぁさ、お前だって同じじゃん。お前だって、俺よかあのガキの方が良いくせに。何が好みなのかねぇ、あんな鼻たれが。」
「やめてよ、秀一郎のこと悪く言わないで。」
「ふんっ、まぁいいか。けどよ、あいつ妹のカレシじゃなかったっけ?そんなお前が俺に文句なんか垂れてどういうつもりだよ。」
私はそれに言い返せなかった。私が克也と付き合っていたのは、あの子たちから私の本心を隠すための隠れ蓑だったのだから。

だからといって、私はこのまま克也と馴れ合って、広波克也の「愛人」を続けるつもりはなくなっていた。

克也と別れた私の足はいつしか、最近ヤナのおじさんと志穂さんが再婚したことで一人暮らしを始めた秀一郎のマンションへと向かっていた。

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marine side 17

「お姉ちゃん、いきなりどうしたの。」
秀一郎はドアを開けて私の顔を見ると、そう言った。秀一郎は、明日香に倣って私をお姉ちゃんと呼ぶ。
「引っ越しどう?ちょっとは…すごいな、随分片付いてるじゃない。」
私はついこの間引っ越したばかりなのに、随分と片付いている室内に目をやってそう言った。
「ああ…ヤナさんがね片付け魔なんだよ。あの人が来るたびに何も言わないでも部屋が片付いていくんだ。」
「何よ、他人事みたいに。それに、ヤナさんって呼んでいいの?お母様の旦那さんでしょ?」
「そうなんだよね。全然現実感ないんだけど。でも、呼び方のことは、今までどおりの方が良いってヤナさんが言ってさ。」
私の言葉に、秀一郎はため息交じりでそう答えた。
「ふつう、死んだ元の夫と暮らした家にそのまま住みたいなんて言う男がいる?」
ま、経済的にそうならざるを得ない人もいるけど、結城家の場合経済的な要因はない訳だし。でも、子供にとってそれは気持ちのいいものではないと思う。ましてやあんな亡くなり方をした前夫の思い出がいっぱい染み付いた家には間違っても入ろうとはしないだろう。妻をあの場所から引き離そう…普通の夫ならそう考えるはず。
「母様とヤナさんって、父様の思い出話に終始してるんだ。何だか2人でいたって3人で過ごしているみたいな…そんなで結婚なんて違和感だったんだけど、ま、ヤナさんは良い人だし、母様が良いならそれでいいんじゃないかと思ってたんだ。要するに結婚なんて2人の問題なんだし。でも…俺。怖いんだ。」
秀一郎は、私の前でだけ自分のことを意識的に俺と言う。
「怖いって何がよ。」
「ヤナさんの目、あの人の俺を見るときの目だよ。」
そう言った時、秀一郎は明らかに少し怯えていた。
「家にいたときさ、気がつくといつでも目が合うんだ。もしかしたら、俺がリビングにいる間はずっと俺のことを見てるんじゃないかと思うくらいにね。」
「バカね、考えすぎよ。確かに、秀一郎ってあの頃の龍太郎さんにそっくりだってママも言ってるわ。だから、ヤナさんも懐かしくなってつい見ちゃうのかもしれないわ。だけど、たぶんそれだけのことよ。」
「うん…」
軽い調子で言った私の言葉に、秀一郎は歯切れ悪く返した。
「それにさ、YUUKIでも一緒だったわけでしょ。きっといろいろな思い出がヤナさんの中にあるのよ。そんなに心配しない。」
私はそう言って、秀一郎の肩を叩いた

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marine side 18

「あ、そうだ、良いのがあるんだ。お姉ちゃんも飲む?」
その後、秀一郎はサイドボードからワインを取り出すと、ガラスのローテーブルの上に置いた。
「あ~、いいの?そんなの隠し持ってて。」
「良いんだよ、俺もう未成年じゃないんだから。別に隠してないから。」
そう私が茶化すと、秀一郎は口を尖らせてそう返した。そう言えば、彼は最近20歳の誕生日を迎えたばかりだったことを思い出した。
「でも、飲んでも大丈夫なの?」
「大丈夫って…病気の事を言ってるんなら、もう8年も前に完治してるよ。」
私が身体の事を心配しているのだと分かると、彼はウザそうにそう言いながら、自分と私の分のグラスを取り出した。
「そんなにいつまでも心配しないでほしいよ。父様だって結局再発はしなかったんだし、俺は父様より症状はずっと軽かったんだ。」
「ゴメン。」
彼は病気の事を心配されるのを一番嫌うのだということくらい、解っていたはずなのに…
YUUKIの一部の人間は、秀一郎が跡を継ぐことを是としない。そういう輩にとっては、秀一郎の病気は一番オイシイ部分。持って行きようによっては、欠格要件にすることもできるかもしれない。だから、今でも龍太郎さんの謎の死が病の再発を苦にしてだという噂が後を絶たず、秀一郎もいずれ再発すると声高にいうものもいたりするのだ。
…それよりも、秀一郎は自分が父親と同じ病を得たことで、遠巻きにでも自分が父を死に追いやったかもしれないとでも思っているのだろうか。
「いいよ、謝らなくて。それより、お姉ちゃん、俺に何か相談したいことあるんだろ。話、聞くよ。」
「あ…相談なんて別にないよ。」
続いて秀一郎の口をついて出てきた言葉に、今度は私が身を強張らせた。
「うそつき、話聞いてくださって顔してるよ。」
「してないわよ。」
一転、笑顔になって言う秀一郎から顔を背けて、ぶっきらぼうに私は返した。
「ま、いいや。とにかく飲もうよ。」
そう言うと彼は、私にワインの入ったグラスを手渡した。私はそれをあおった。
「へぇ、良い飲みっぷりだね。」
私は正直なところ、忘れたかったのだ。そして…彼に勧められるままに何杯もお代わりしていた。

でも、私は飲むべきじゃなかったんだ…

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marine side 19

私は、ママのようにお酒に強くない。それに普段飲みつけないワインだったから、酔う加減もよくわからなかった。

「克也に二股かけられてたの…しかも、相手は親の決めた婚約者でさ、勝ち目ないのよ。」
酔った勢いでポロっと出てしまった。秀一郎は私のその台詞に黙って目を瞑った。
「でもね、内心良かったかなって思ってる。私、克也に飽きてきてたしね。」
そう言った私の目から涙がこぼれる。内心ホッとしているのは事実だった。秀一郎への想いの隠れ蓑に、言われるまま克也と付き合っただけだから、だけど、嫌いではなかったし、まだ飽きてもいなかった。
「お姉ちゃん、強がらなくていいよ。」
「強がってなんかいないわ。」
私はそう言うと、秀一郎から背を向けた。
「じゃぁ、何で泣いてる訳?自分の泣いてることも否定して、それでもまだ自分の気持ちを押し殺し続ける訳?そんなの身体に良くないよ。思いっきり泣けば?俺の胸で良ければ貸してあげるからさ…ほら。」
すると、秀一郎は私の前に回り込んで、私の頭を彼の胸に押しつけさせた。私の心臓はものすごい音を立てて打ち始めた。
「良いって言ってるでしょ!私、帰る!!」
それを悟られないように、私は慌てて帰ろうとした。帰ろうとしたんだけど、私の身体にワインは思いの外回っていて、すっと立ち上がることができなくてよろけた。
秀一郎は私の正面にいた。だから、私は逃げようとしたのに、逆に思いっきり彼の胸に飛び込む格好になってしまったのだ。
そんな私を秀一郎は強く抱きしめた。
「好きだよ…おねえちゃん。ううん、未来。」
私は驚いて顔を上げた。すぐ近くに秀一郎の顔があった。
「秀…一…郎…」
「俺は未来の事がずっと前から好きだった。もう、あんな奴忘れてしまえよ。俺が、いるよ。」
そう言って、秀一郎は私に口づけた。魂まですべて持っていかれるような激しいものだった。

秀一郎も酔っているだけ-私はそう思いながらも身動きすらもできなかった。私は酔っていなくても秀一郎の事が好きなのだから。

そしてそのまま…私たちはつながり、私は秀一郎の最初の女となってしまった。

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伏せられたフォトスタンド(後)-chiffon side 9

伏せられたフォトスタンド(後)


「未来さん、未来さん…」
目覚めた私はすごく汗をかいていた。
「大丈夫?ひどくうなされていたようだけど。」
お義母様が心配そうな顔で私を覗き込んだ。
「あ、大丈夫です。変な夢見ただけですから。」
ホント、ビックリした。あっちの秀一郎さんと私がいきなり、その…あんなことしちゃうんだもん。考えるだけで顔が真っ赤になっていく。あ、でも私も来年は結婚するんだよねぇ。でも、先に夢で経験するのは何だかなぁ…いろんなことが頭を過っていく。
そんな黙ったままで赤くなってしまっている私を見たお義母様は、
「寝てまた熱が上がったんじゃない?」
と、私のおでこに手を当てた。
「熱は…下がったみたいね。」
「ええ、もう大丈夫です。」
お義母様、これは熱のせいではないですから。
「でも、もう少ししたら秀一郎が帰って来るから、そしたらあの子と車で病院に行けば良いわ。そのまま家まで送らせるし。」
「あれ?秀一郎さん、定時に帰って来られるんですか?」
私はそれを聞いてびっくりした。秀一郎さんはお義父様が『こき使う』と言われたように、まだまだ新入社員の今、早くに帰れることなんて滅多にない。
「あなたが眠った後、あなたの携帯に休憩時間に電話してきたのよ、あの子。出ないと心配するかと思って出たら、様子を話したら逆に心配しちゃって。『僕が未来さんを病院に連れて行くから。必ず定時に終わって帰るから、母様が連れてったりしないでよ。』ですって。」
「うわっ、そうなんですか?すいません。」
「謝ることなんかないわよ。仕事より親より彼女が大事。それで良いのよ。龍太郎はすぐに仕事を優先させるから、病気がまた出ないかといつも冷や冷やするんだから。」
お義父様は、若い頃大病をなさったと聞いている。

私はその時、部屋のシンプルだけどモノの良いドレッサーの上に置かれたそれには似つかわしくない些かチープなフォトスタンドを見つけた。中に入っている写真は、秀一郎さん?…微妙に顔が違う。人懐こい笑顔はそのままなんだけど、何だか大人びていて、しかも写真がかなり古い。少し変色していた。

「ただいま!」
その時、玄関で元気な声がした。秀一郎さんの妹、ほのかさんが学校から帰って来たのだ。
「じゃぁ、秀一郎が帰って来るまで待ってて頂戴。」
お義母様は、私がその写真を不思議そうに眺めているのに気付くと、フォトスタンドを伏せてほのかさんを出迎えに部屋の外へと出て行った。

-あれは、きっとヤナのおじさんだ-
実際に会ったことはないけれど、私はそう思った。彼はママの向こうでの旦那様。

でも、何でヤナのおじさんの写真がお義父様とお義母様の寝室に飾られているんだろう。
私は、もう一度写真を確認したい衝動に駆られたけど、お義母様が戻って来られるかもしれないと思って、そのままベッドの中にいた。

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chiffon side 10

私は慌てて帰って来た秀一郎さんの運転する車で病院に向かった。
その時、私はふと、秀一郎さんがヤナのおじさんを知っているのか聞いてみたくなった。
「秀一郎さん、梁原健史さんって知ってる?」
「えっ、未来さんも梁原さんを知ってるの?」
やっぱりヤナのおじさんも実在していたの?!私は聞いておきながら、秀一郎さんの口から梁原さんという名前がすんなり出たことに驚いた。じゃぁ、何で何も話題に出ないのだろう。あちらの世界では、ヤナのおじさんと、お義父様は仕事も一緒で、3人が揃うと必ずお義父様の話になるのに…そう言えばあの写真、かなり古かったけど。
「え、ええ…まぁ…私って、お義父様とお義母様の後輩でしょう?私の同級生にお義父様たちの同級生の娘さんがいたのよ。
その子のお家に伺った時、『あんたって結城んとこの息子の嫁になるんだってね。そう言えばヤナってどうしてるかなぁ、全然連絡とれないんだけど…』って言ってらしたの。だから、梁原健史さんっていうお名前を聞いて、お義母様に聞こうかなって思ってたら、今日熱出しちゃって…眠ったら忘れてたから。」
私がお二人の後輩なのは事実だけど、後は口から出まかせ。でも、私がそう言うと、秀一郎さんは顔を曇らせた。
「彼…もう亡くなってるよ。24年前に山で遭難してる。」
えっ、ヤナのおじさん亡くなってるの?しかも24年前って言ったら、秀一郎さんが生まれた頃じゃない。
「じゃぁ、顔は知らないの?」
「知らないよ。でも、死んだのは24年前だけど、遺体が見つかったのはそれから20年も経った4年前でね、その時身元引き受けを父様がしたから、僕も同行したんだ。その時、『この方がいなかったらお前は生まれてないんだよ。お前の命の恩人だから、大切に扱って欲しい。』って言われて、お骨膝に乗せて運んだし、よく覚えてるよ。」
「そっかぁ、もう亡くなってるのね。じゃぁ、そう伝えとくわね。」

たぶん、秀一郎さんは、お義母様とヤナのおじさんとの子供。でも、山で遭難した後、お義母様は秀一郎さんの妊娠の事実を知ったのだ。そして、お義父様はそんなお義母様と結婚し、秀一郎さんを自分の実の子として育てた。
だから、私が指輪の事で『血は争えない』と言った時、すごく悲しい遠い目をされていたのね。

だけど後日、私はお義母様に、
「未来さんの同級生ってどなた?秀一郎から聞いてびっくりしちゃったわ。と言われて慌てた。ヤナのおじさんとあっちのママが同級生の話をしていたのを急いで必死に思い出す。確か…畔上ルリさんって人が、やっぱり同級生同士で結婚したって聞いたわ!
「あ、駒田…駒田ユリアです。」
「駒田?もしかしたら…お母様の名前なんて分からないわね。どんな方かしら。」
「その時、お父様もいらしたんで、お父様が『ルリ』って呼んでたような気がしますけど…たぶん。」
実際は彼らが同級生同士で結婚したこと、そして娘の名前を某有名なアニメのヒロインからとったんだって話で盛り上がっていたんだけなんだけど、おかげで見事につながった。はぁ、冷や汗かいた。
「ルリ?コマちゃんとルリも結婚したんだ。そう、ありがとう。」
お義母様が同級生の消息を知ってにっこり微笑まれたのを見て、私は胸が痛んだ。

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父親(後)-marine side 20

父親(後)


うとうとしていると、携帯で起こされた。この着信音は…良かった、清華だ。私は家に置きっぱなしだった携帯電話に手を伸ばした。

「もしもし。」
「あ、やっとつかまったよ。おかえり。ミクすけごめんね、チクっちゃって。」
清華は開口一番、私に謝った。
「良いよ、おかげで踏ん切りもついたしね。」
「シカトしようかとも思ったんだけどね、あのおばさん、わざわざ電話くれてんだし、なんか良さ気だったし。」
「うん、板倉さんには随分お世話になったんだ。今回の事がなきゃ、私ずっと名古屋で暮らしてたと思う。」
「そっか。それで…おばさんの話、あれホントなの?」
加奈子さん、清華に子供の事話しちゃったみたいだ。
「ホントだよ。」
私が肯定すると、清華はしばらくの間無言だった。
「ホントなのか…独りで育てるのは大変だからね。ウチのノンちゃんとこ、ノンちゃんはもう6歳になってたけど、それでもサユママはすごく苦労してたもん。」
ノンちゃんと言うのは清華のお兄ちゃん、周人さんの奥さんの乃笑留さんという人の事。ノンちゃんのお父さんはノンちゃんが小学校に上がる直前、交通事故で世を去った。
それで、ノンちゃんのママはたった一人でノンちゃんを立派に育て上げ、ノンちゃんは今、管理栄養士をしている。
「で、どうするの?あっちには知らせるんでしょ。」
あっちって言うのはたぶん、克也の事だろう。
「ねぇ、メールに切り替えていい?」
「あ、うん…いいよ。じゃ、一旦切るわ。」
清華が着信を切ったので、私は徐にメール画面を出して入力した。
-ゴメン、隣のリビングに明日香がいるから、聞かせたくなかったんだ。それで、産むには産むけど、克也に知らせる気はないよ-
そう入れて送ると、間髪いれずに清華から返信があった。
-んなこと言ったって、あっちは父親でしょうが。いくら親が決めた婚約者でも、状況はこっちが有利じゃない。押しちゃえ押しちゃえ!-
有利か…私が克也だけを思っているのなら、そうなんだろうな。
-有利とかそういう問題じゃないのよ。というか、克也じゃないかも知んないの-
そう送ったら、ムンクの叫びのようなデコメが施されたメールが送信されてきた。
-!!!まさか、あの子と?!聞いてないよぉ!!-
清華には本当は秀一郎が好きだということは話してあったけど、さすがに今回の事は話してはいなかったのだ。
-そのまさか。だから、私は秀一郎から離れるために名古屋に行ったのに-
私は続いてそう送信した後、ため息をついた。

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